4.知ってもらいたいの
今まで私は好きだなって思った人がいても、ただ楽しければそれで良かったし、別に彼女ができてもなんとも思わなかった。彼女がいても話したり遊んだりして楽しい気持ちは変わらなかったから。
でも、先生が女子生徒と仲良くしていたら胸のあたりがモヤモヤして、特別な誰かがいるかもって考えただけで胸が苦しくなる。先生の隣には自分がいたい。他の誰にもその場所を譲りたくない。
自分の気持ちがはっきりした私は、先生にアプローチすることにした。
(仲良くなるためにはどうしたらいいかな?)
いろいろ出来ることはあるけれど、そもそも先生は私の名前を知っているのだろうか。挨拶くらいしか言葉を交わしていない生徒だから、名前なんて気にもとめていないかもしれない。なんて自分で想像しておいてちょっとへこむが、受け持っている生徒の名前ぐらいは多分覚えているはずだと自分に言い聞かせる。
結局のところ、私がどんな子なのか知ってもらわないと始まるものも始まらない。先生にたくさん話しかけるのが一番だろうけど、キッカケが見つからないし、先生は体育の他に保健体育も教えているけれど、残念ながら私のクラスは担当ではないし……教科書を持ってココ教えてくださいって先生の所へ行くのは、さすがに露骨過ぎる。
「…………あっ、そういえば!」
授業でちょうど今習っているマット運動の試験が、再来週にあることを思い出す。
(もしかしてだけど……みんなが挑戦しないような難しい技を取り入れたら、特別に教えてもらえたりするんじゃないの?)
昼休みにまでわざわざ練習しようなんて考える奇特な人はきっと他にいないだろうし、しかも高難易度な技なら、つきっきりになって教えてくれるかもしれない。
(二人きりになれて、話もたくさん出来て、距離も縮まる……いいことづくめじゃん)
なんてすばらしい考えだと、自分で自分を褒めた数日後──
『先生と仲良くなるための大作戦』を実行する日が早くも訪れた。
(2時間目は体育……お願いするなら今日しかない!)
意を決して、授業中にお願いしようかと思ったけれど。
「テストは再来週だぞ~」
「せ──」
「せんせ~、ちょっとこっちきて~」
「!」
「おう、どうした?」
(あー……行っちゃった)
まったくと言っていいほど話しかける隙がない。かといって、大声で呼び止めて注目を浴びたら元も子もない。誰かに聞かれて、万が一にも『あ、私も練習する』なんてなったら最悪だ。
(やっぱり、後にしよう)
体育の授業が終わり、みんなが着替えに向かった後、周りに誰もいないのを確認した私は、先生に駆け寄った。
──ドクン、ドクン
近づく私に気づいた先生と目があって、鼓動が高鳴る。
「倉田先生!」
「どーした?」
少し不思議そうな顔をするも、優しい声で聞いてくれる。
──ドクン、ドクン
落ち着け、私。言うことは決まっている。昨日、何度も練習したじゃないか。明日の昼休み、テストの練習したいんですけど、教えていただけませんか、と。
──ドクン、ドクン
鳴り止まない胸を軽く手で押さえながら、息をふぅと吐いて。
「あ、明日の昼休み、いただけませんか?」
時が一瞬止まる。
(……私のバカ)
いただけませんか、とはナニをいただくのか。先生の時間…いや、それは間違ってはいないがそうではない。これでは何をいいたいのか分からない。
(先生の頭に『?』が見えるよ、困ってるよ)
「テッ、テストの練習したいので」
言い直そうとするも、動揺して声が裏返ってしまった。顔から火が出そうだけど、今さらここで止めるわけにもいかないので最後まで口にする。
「……教えていただけませんか?」
(うぅ、穴があったら入りたい……)
先生の顔が見られずに俯いていると。
「ふっ」
先生の笑いがもれたのがわかった。
(わ、笑われた……あー、もう開き直ろう。そうしよう。ダメでも先生が笑ってくれたのだから、少しは記憶に残ったはず。それで今回はよしとしよう。時間はまだあるんだし。だから『ごめん』でいいよ、先生)
「……いいよ」
「え?」
諦めきっていた自分の耳を疑う言葉に、思わず顔をあげる。
(今、先生『いいよ』って言った?)
「練習、するんだろ?」
聞き間違いじゃなかったのだとわかり、私は大きく頷いた。
「はい!」
「んじゃ、明日な!」
背中を向けて後ろ手を振りながら出口に向かう先生に、私はもう一度返事をする。
「はい!!」
すごく嬉しくて、その場でガッツポーズをしたい気分だった。もちろん自重したけれど、もしかしたら我慢できずに顔はニヤけていたかもしれない。先生が後ろを向いていて良かった。
今にも気持ちが溢れ出そうだから気をつけよう。この気持ちは、まだバレてはいけないのだから。