3.嫌いだったはずなのに
2ヶ月たったある日。
「で? 話って?」
学校を出てすぐにそう問いかけてきたのは、鈴村奈美。クラスは離れてしまったけれど、中学の時からの仲で、気心が知れた友達である。
「鈴、あのね、その……」
話したいことがあるといって誘ったものの、どう話してよいかわからず言葉につまっていると。
「もしかして……好きな人できた、とか?」
正に話そうとしていたことを口に出され、驚きを隠せず鈴の顔を見る。
「どうしてわかったの!?」
「あ、当たってた? そっか……良かった」
「う、うん」
(良かった、ってどういう意味だろう)
「それで? 誰なの? 私も知ってる人?」
「え? ちょ」
「うちの学校? 同い年?」
不思議に思うも、鈴からの質問攻めに深く考える間もなく。
「中学校から一緒の佐藤? んー、仲良さそうな小田かなー?」
色んな人を思い浮かべては、私の反応を見ながら名前を口にする。当てたいみたいだけど、きっと当てられることはない。だって、考えもつかないような人だから。
「うちの学校だし鈴も知ってる人だけど、佐藤でも小田くんでもないよ。 ……そもそも同い年じゃないし」
「じゃあ、二年の──」
「もちろん年下でもないよ」
被せるようにそう言い切ると、鈴は一瞬考え込んで、思いついた言葉を半信半疑で聞いてきた。
「……先生?」
「うん」
「……倉田?」
「…………うん」
私がゆっくり頷くと、目を丸くして声を上げる。
「えぇ~!? そりゃ若い先生は倉田しかいないし……ってそうじゃなくて、なんで? いつから? どこがいいの?」
鈴のこの反応は普通だろう。相手は7歳も離れた年上で、なにより学校の先生なのだ。
私だって、好きになるなんて思わなかった。
(どこから話せばいいかな)
そう、考えていると。
「大体、倉田のこと嫌ってなかったっけ?」
「あー……だね」
鈴の言う通り私は最初、倉田先生が嫌いだった。言葉はきついし、なんとなく怖くて苦手だった。
だけど、体育の授業を受けて先生のことを見ているうちに、言葉がきついのが当たり前になって、いつの間にか怖い気持ちはなくなっていた。
「でも……一番の理由は、この前の事件がきっかけかなぁ」
「事件、って……倉田の足の?」
「そう」
倉田先生は、数年前に事故で右足首を切断し義足を使用していた。高校生にとって義足を目にする機会はあまりなく、良くも悪くも生徒の興味を引いた。
もともと先生は私たちと歳が近いからか、友達感覚で接する生徒が多くて、先生の義足を揶揄する人が多かった。
先生は怒ったり注意したりすることもなく、いつも笑って受け流していた。
──事件が起こったのは2週間前。
「なにやってんだお前ら!!」
突然、澤口先生の怒鳴り声が廊下に響き渡った。
一部始終を見ていた友達に話しを聞くと、先生が義足をはずした時に奪い取り、キャッチボールをして遊んだ生徒がいたようだ。
「さすがにあれはないよね」
「澤口に怒られてカワイソー」
周りの生徒達は、澤口先生の怒鳴り声と怒られている生徒に注目していたが、私はなんとなく倉田先生に目がいった。先生は、悲しいような悔しいような、そんな顔をしていて、思わずこっちが泣きそうになってしまったのを、今でも鮮明に覚えている。
きっと、先生は見せなかっただけで、ずっと……傷ついていて。そんな当たり前のことに気づいた私は、それから先生の姿を探すようになっていた。
先生は笑っているだろうか、隠れて辛い顔をしていないだろうか。ふと気づけば先生のことばかり気になって。
(よかった……今日は元気そう)
先生の笑った顔を見ると、ほっとする自分がいた。
──トクントクン
(あれ? まただ……)
そしていつからか、先生を見ると鼓動が高鳴るようになった。笑った顔が可愛いなとか、運動してる所がカッコイイなとか、すれ違いざまに挨拶するだけで嬉しくなったり。声が聞こえただけで先生だとわかったり。全部が輝いて見える。
これって──
「先生のこと好きなんだろうな~って思ったんだ」
「そう、葵は倉田のこと本気で好きなんだね……だけど」
ときどき頷きながら私の話を聞いてくれていた鈴が、心配そうに言葉を続ける。
「やっぱり倉田は先生だし、相手にされない可能性が高いと思うし……きっと辛い恋になるよ?」
わかってる。先生を好きになって結ばれるなんて、おとぎ話みたいなものだってことも。
「うん……泣くことになるのがわかってて好きになるなんてバカかもしれないけど」
でも、初めて恋した人だから。
「好きって気持ちは大切にしたいんだ」
「そっか……なんかあったら言ってね? 相談ならいつでも乗るからね」
そう言って微笑む鈴に、私は頷きながら微笑み返した。