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28.先生が来た理由

 車のスピードに合わせて外の景色が流れていくのをぼーっと見つめながら、先ほどのことを考える。


(先生も私のこと好きとか……夢みたい)


 額にキスされた時、唇にキスされると思っていた自分を思い出して少し恥ずかしい。


(思いっきり身構えちゃったもんな……)


「──いいか?」

「うん……」


 完全に上の空になっていた私は、話を全く聞かずに無意識に返事をしていたことに気づかず、足元に先生の手が伸びてきて驚く。


「きゃっ!」


 思わず小さい悲鳴をあげてしまったが、先生は赤信号で停車していた隙に、助手席の前側にあるフタ付きの収納箱を開けようとしていただけで。


「一応そこのボックス開けていいか、って聞いたんだけど……ね」


 そう言いながら取り出した『煙草』を私に見せた。


「!」


 過剰に反応してしまったことに気づいて一気に顔の温度が上がる。外が暗いおかげで、赤面がばれなくて良かった……と思った瞬間、先生が妖しい笑みを浮かべた。どうやら見透かされてしまったらしい。


「なっ……なにかっ?」

「くくっ。んな驚かなくてもナニもしないって」

「わ、わかってます!」

「くくっ。コレ、吸っていいか?」

「どうぞ遠慮なく!」


 強がってみせるも虚しく先生は声を立てずに笑っていて、なんとか話題を変えようと試みる。


「そ、そういえばあの辺りだったんですか?」

「ん?」

「見回りの担当です。根岸先生は入り口って言ってたから、先生はあの辺だったのかなって」


 先生の左腕についている『校外指導員』と書かれた腕章を指差してそう聞くと、何故か先生は困ったような表情を浮かべて言葉を濁す。


「あぁ、まぁ、駅周辺だな」

「やっぱり! じゃないとあんなタイミング良く先生いないですよね!」

「そうだな」

「あれ、でも会場の方から来てたから駅とは逆方向……では?」

「あー、会場に用があったからな」

「戻ってきた時にちょうど私がいたってことですか? やっぱりすごいタイミング」

「……あちっ」


 先生が慌てて吸殻を灰皿に押し付ける。どうやら煙草の灰が指に落ちてきたらしい。


「大丈夫ですか?」


 車を路肩に停車して、指を冷やそうと息を吹きかけている先生の顔を覗き込んで心配そうに尋ねる。


(なんかさっきから先生の様子がおかしい)


 見回りの話をしてからだけれど、先生にとってなにかマズイことでもあるのだろうか。

 不思議に思って見つめていると、深い溜め息をつきながら先生が項垂れて。それから何かが吹っ切れたように矢継ぎ早に話し出した。


「ったく偶然じゃねぇよ。お前が心配で探し回ったんだ。浴衣着て花火行くってメッセージ見て、なんか嫌な予感がしてよ。案の定野郎に絡まれてた。間に合った、って思ったね」

「……」

「聞いてんのか? だから危なっかしくて目が離せねぇって言ってんだよ」


(そっか……先生それで来てくれたんだ)


「せんせー」

「?」

「ほんとに私のこと、好きなんだね」

「まだ信じてなかったのかよ……」

「信じてないわけじゃないけど、まだ夢みたいで」

「ったく、好きじゃなきゃあんなことしないっつーの」


 溜息まじりに先生が呟いた『好き』という言葉を聞いて、思わず照れ笑いを浮かべる。



「そろそろいかないとな」


 時計をちらりと見た先生がそう言って、車を発進させた。思ったより結構な時間が経っていたようで、車通りがなかった道もちらほら車が目に入る。花火大会が終わったのだろうか。


「……さっきも少し言ったけど」


 ほどなくして、少しばかり言いにくそうに先生が口を開いた。


「俺と付き合っても普通の恋人らしいことはもちろん出来ないし、いろんなこと我慢してもらうことになる、と思う」

「はい」


 先生と付き合ってることを知られてはいけない。学校以外で会うことはおそらく無理だろう。学校だとしても過度に接することはできない。

 あくまでも『先生』と『生徒』でいなければいけないから。


「すま──」

「さっきも言いましたが、先生と付き合ってるだけで幸せだから平気です!」


 素直な気持ちを口にすると、先生は眉尻を下げながら『そうか』と微笑みを浮かべた。

 それから先生と何気ない話を交わしていたら、家まではすぐだった。


「ほら、着いたぞ」

「あ……」


 夢のような時間が終わってしまうことに、なんだか寂しくて思わず呟く。


「ずっと着かなきゃよかったのに……」

「七瀬?」

「あっ……ううん、今降りるね」


 後ろ髪を引かれる思いで車の外に出た私は、窓越しにお礼を言った。


「今日はありがとうございました」

「おー、足はやく治せよ」

「うん」

「じゃあな」


 応えるように手を振り、先生の車が見えなくなるまでずっと目で追う。恋人らしいことができないのはわかっていても、あまりにもあっさり帰ってしまった先生に、少しモヤっとしながら家の中に入る。


「あら? お帰り、楽しかった?」

「た、ただいま」


 玄関で母と鉢合わせした私は、なんとなく母の顔が直視できなくて、さもケガを気にしているかのように視線を下に向けた。


「鼻緒ずれ起こしちゃって……」

「あらら、それは災難だったわね……」

「んー、まぁね」


 うそ──とっても幸せな日だった。


「ほら、とりあえず浴衣脱いで」

「うん」

「あー、そうそう。葵、携帯忘れてったでしょー。連絡たくさん来てたわよー」


 家に置きっぱなしだったスマホを開くと、ほとんどがはぐれた時に来ていた鈴からの連絡で、少し前に花火の写真も送ってくれていたみたいだ。

 先生からもメールが来ていて、時間的に私が出掛けた直後だろうか。


『楽しんでこいよ

お前の』


 明らかに途中の文面で終わっていて、首を傾げる。後に続く言葉を考えてみたけれど、どれもこれも非現実的で先生が言いそうにない。

 頭を悩ませていると、先生からメールが届いた。


『まだ起きてるか?

俺はさっき家に着いた

帰る時、ロクに話できなくてごめんな

ゆっくり休めよ

直前のメールは間違ったようなもんだから

気にしないでくれ

また明日な。おやすみ』


(間違ったようなもん? まぁ気にするなって言うなら考えても──ってそれより! 早々に帰ったこと、ちゃんと先生も気にしてたんだ…...)


 同じ気持ちだったとわかって、モヤっとした気分が晴れていく。


(先生も少しは寂しいって思ってくれたのかな)


 嬉しく思いながら、先生へメールの返信をする。

 いつもの何気ないやりとりとは違って『また明日』と交わせることが、なんだかくすぐったい感じだ。


 七瀬葵17歳、初めての彼氏ができました──

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