26.おさえられない思い
「さっき鈴村と、何を話してたんだ?」
少しの時間のあと先生にそう聞かれて、先ほどの鈴の言葉が頭に浮かんだ。
『先生に葵の浴衣姿、見てもらえて良かったね!』
だけどそんなことを当然言えるわけもなく。
「き、気をつけて帰ってねって」
「……ふーん」
誤魔化したものの、これも嘘ではない。顔が見えなくて良かったと思いながら、ふと思ったことを口に出す。
「じゃあ、先生は鈴となに話してたの?」
「そりゃあ、お前の……」
「私の?」
「いや、なんでもねぇ」
「え! なにそれ! そんなこと言われたら気になるじゃないですか!」
「あー……あれだ。ちゃんと送ってけよ、ってさ」
(……絶対違う気がする)
誤魔化された感が否めないが、自分も人のことを言えないので言葉をのみこむ。
その後、何か考え事をしているのか先生はずっと黙ったままで。花火大会の会場へ向かう人たちも疎らになり、辺りに人がいなくなった頃、徐に先生が口を開いた。
「七瀬」
「?」
名前を呼ばれて耳を傾ける。
「もう、我慢しなくていいんだぞ」
「!」
平気だと思っていた。我慢しているつもりもなかった。
でも、先生にそう言われた瞬間、胸の奥から熱いものが込み上げてきて涙が頬を伝う。
その時初めて気づいた。怖くて怖くて、本当はずっと泣きたかったこと。
どうしてこの人は分かってしまうのだろう。
(先生には敵わないや)
先生は私を背負ったままただゆっくりと歩き続けて、私が泣き止むのを二年前と同じように待っていてくれた。
「あの時と同じだな」
ひとしきり泣いた後、先生がボソリと呟いた。
(あの時? 同じ……って)
もしかして二年前のことを言っているのだろうか。まさかとは思うが聞いてみることにした。
「先生」
「どうした?」
「二年ぐらい前、さっきみたいに絡まれてたわた……女の子を助けたの……覚えてますか?」
「ふっ……あぁ、まさか俺の生徒になるとは思ってなかったけどな」
苦笑しながらそう口にする先生の返事に、私は顔を上げる。
「最初から、知ってたの!?」
「まぁな。赴任先の高校がお前と同じ制服だったときは驚いたし、思わず名簿で確認しちまったよ」
「……」
「お前が二年のときに俺が赴任したし、最初の一年はほとんど顔合わせなかったからなぁ。お前が気付かないのも無理はないだろ」
(そんな前から気付いてたんだ……)
「お前は、なんかぼーっとしてるからな」
「そんなに──」
ムッとして『そんなにぼーっとしてない』と言おうとしたのだけれど、先生が矢継ぎ早に言葉を続ける。
「あん時も、怪我した時も、今日だって。いつも心配ばかりかけさせるんだ、お前は」
「う……」
(そんなにかけてるつもりはないんだけどなぁ)
ケガした時はぼーっとしてるというより、目にゴミが入ったからな訳で。
(……まぁ、その前に先生のこととか考えたりして集中してはいなかったかもしれない)
そもそも二年前のことは、連れていこうとしたヤツが悪いと思う。
(……言われるがままについていった私も反省すべき点があるとは思ってるけども)
だけど今日は、絡まれたくて絡まれてる訳じゃない。休んでただけだし、ちゃんと毅然と断った。
(……一人じゃ対処できなくて結局助けてもらってる)
押し黙って考えた結果、迷惑をかけてるかもしれないという結論に至ったところで不意に先生が足を止めた。
そっと地面に降ろされたかと思えば、次の瞬間には何故か先生の腕の中にいて、少し痛いぐらいに強く抱きしめられた。
「……っとに危なっかしくて目が離せねぇよ」
なにが起きているのかすぐには理解が出来なくて。
先生に抱き締められていると理解が出来ても、どうして抱き締められているのか考えても分からなくて。
ただ、先生の腕の温もりを知って、私はもう自分の気持ちを抑えることができなかった。
先生を他の人に取られたくない。
優しい言葉をかけられるのは自分だけであって欲しい。
気付いたら、口にしていた。
「好き」
腕の力が緩む。
少し離れて、先生の目をじっと見つめながらもう一度、言う。
「私、先生が好きです」
先生は黙ったまま動かない。
感情が込み上げてきてつい告白してしまったけれど、完全に早まった。しかも先ほどまで泣いていたから、ひどい顔をしているはずだ。
(……最悪だ)
今ならまだ『嘘』と言ってごまかせるだろうか。
──ヒュルルルル……ドーン
俯き様にそんな事を考えていると、口笛のような音が聞こえ、轟音と共に辺りがパッと明るくなる。
空を仰ぐと夜空に花火が打ち上げられて、音とともに何度も何度も色とりどりの花が咲き誇る。
思わず息を呑むほど綺麗だった。
黙っていた先生が口を開く。
「綺麗だな」
「うん」
「お前……けどな」
「なにか言いました?」
花火の音で先生の声が聞き取れずに聞き返すと。
「浴衣姿似合うなって言ったんだよ」
「え!?」
「俺の車すぐそこにあるから乗れ。家まで送ってやる」
「く、車って」
「ったく、一人で帰すわけねぇだろ」
戸惑う私なんて気にも留めずに助手席へと促され、私はおとなしく座るしかなかった。




