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25.あの時と同じ

「鈴?」


 淡い期待を抱いて顔を上げると二人組の男が目に入り、


「あ……」


 鈴ではなかったことに肩を落とす。


「どうしたの? 友達とはぐれちゃった?」


 男の一人がニヤニヤしながら聞いてくる。


「……いえ、大丈夫です」


 立ち上がっただけで右足がズキズキと痛む。気丈に振る舞い、人がたくさんいる方へ行こうとすると、行く手を塞ぐように男が立ちはだかる。


「またまたぁ。足ケガしてるんでしょ?」

「一緒に友達探してあげるし、ほら」


 強引に手首を引っ張られ、振り払おうとするけれど力が強くて振り払えない。


「チッ……あんまり強情だと、お兄さん困っちゃうよ?」


 抵抗が煩わしかったのか舌打ちをされて、痛いほど手首を握られる。


「……っ!」


 怖くて助けを呼ぶ声もでない。

 頭に思い浮かぶのは先生の顔。咄嗟に心の中で助けを求める。


(先生!)


「──!」


 遠くで誰かが叫ぶ声が聞こえて、私は息を呑んだ。あの声を聞き間違えるわけがない。


「七瀬!」


 人混みをかき分けながらこちらへ向かってくる。


「すみません! ちょっと通してください!」

 

 あの時と同じ──先生は、また私を助けにきてくれた。


「は? なにコイツ」

「はぁっ……はぁっ」


 肩で息をする先生の額にはうっすら汗が滲んでいた。私は涙をぐっと堪えて声を絞り出す。


「……せん、せー」

「……」


──ガッ


「ちょっ!」

「うちの生徒が何か?」


 先生が私の手首を握っていた男の腕を掴んで睨みつける。今にも殴り掛かるんじゃないか、ってくらい先生は怖い顔をしていて、男もそう感じたのか、手をぱっと離して苦笑する。


「いやぁ……ははっ……怪我してたっぽかったから、ねぇ」

「怪我……?」


 男の視線を追って先生が足元に目をやり、頷いて。


「なるほど、それはご心配をおかけしました。ですが、ここからはどうぞお気づかいなく」


 男を掴んでいた手を離し、そう口にしながら男と私の間に割って入る。口角はあがっているけれど目が笑っていない。


「お……おう」

「それじゃあ……ボク達はこれで……」


 互いに顔を見合わせながら後退り、背中を向けて一目散に逃げて行く。


「ったく……大丈夫か、なな……」

「せん……せ」

「おっ、おい! 七瀬!」


 安心して腰が抜けてしまった私を抱きとめてくれた先生に支えられたまま、ゆっくりと縁石に座る。


「大丈夫か?」

「……はい」

「っとに良かったよ、何にもなくて」


 深いため息を吐きながら項垂れる先生にお礼を言う。


「先生ありがとうございました」

「ん、気にするな」


 照れくさそうにそう応えて、辺りを見回しながら聞いてきた。


「それより……友達は? 一緒に来てたんじゃないのか?」

「えと、鈴といたんですが途中ではぐれちゃって……」

「スマホは? 連絡したのか?」

「……家に忘れちゃって」

「なるほどな。鈴村なら、会場の入り口で待ってるかもしれないな……ちょっと待ってろ」


 先生が、徐にズボンのポケットからスマホを取り出してどこかに電話をかける。


「根岸先生、倉田です。先生の担当、いま入り口付近ですよね? はい、その辺りに3Aの鈴村いますか? 一緒に来てた七瀬がはぐれたようで……はい、いたらちょっと電話代わってもらえませんか? いた? ありがとうございます」


 電話相手の声は聞こえないけれど、先生の言葉を聞くと鈴がいたらしい。きっと心配してるだろうな。


「鈴村か? 突然わるいな。七瀬? ああ、ここにいる。足怪我したみたいでよ。そう、スマホ忘れたらしくて。は? あー……まぁそのつもりだけどよ。わかった。ほら七瀬」


 鈴と何やら話したあと、スマホを渡されて耳にあてる。


「す……鈴?」

『葵? 足、大丈夫?』

「ごめん。思ったより痛くて、回れそうにないかも」

『大丈夫、帰って安静にした方がいいよ』

「せっかくきたのに、ごめんね」

『いいよいいよ。足治ったらまたあそぼ』

「うん」

『……ねぇねぇ』

「ん?」

『先生に葵の浴衣姿、見てもらえて良かったね!』

「鈴!」

『気をつけて帰んなよ~。じゃあ根岸先生にスマホ返すから倉田に代わっといてね』


(もう、鈴ってば! そんなこと言われたら意識しちゃうじゃない)


「……根岸先生にスマホ返すから先生に代わってって」


 顔が見れずに俯きざまにスマホを渡す。


「はい、ありがとうございました。七瀬も安心できたようです。それで相談なんですが……はい、このまま帰すのも心配なので、はい。わかりました。この後のことよろしくお願いします」


 根岸先生と電話が終わったのだろうか。話し声が聞こえなくなったので徐に顔を上げると、先生と目が合ってドキッとする。


「駅まで歩けるか?」

「だ、大丈夫で──っ!」


 平然を装って立ち上がり一歩踏み出すが、右足に体重をかけた途端に激痛が走って思わずしゃがみ込む。


「……無理だな」


 そう口にした先生が、何を思ったのか羽織っていた上着を脱いで差し出す。


「ほら、これ巻いとけ」

「え?」

「おぶってやるから」

「ええ!?」

「その足じゃ歩くの無理だろ」


 確かにそれは自分が一番分かっていた。


「でも……」


 いくらなんでも先生におぶってもらうのは申し訳ないし、何より恥ずかしい。

 戸惑っていると、先生が小さく息を吐いて。


「おぶられるのが嫌なら抱えるしかないな」


(抱えるってお姫様抱っこのことだよね!? 憧れるけど、そんなのもっと無理!!) 


「わかった」


(わかったって何が!? 私、まだ何も言ってないんだけど!)


 先生が屈んで手を伸ばしてくる。迷っていたら本気でされかねないと思った私は、慌てて立ち上がり上着を手早く腰に巻き。


「お、おぶってほしい! ……です」


 観念したようにそう口にすると、くくっと笑いながら背中を私に向け『乗れ』と言わんばかりにおんぶの体勢をとる。


「~っ、乗りますよ!」


 覚悟を決めて、そっと先生の背中に身体を預ければ、温もりと煙草の香りを近くに感じて顔が真っ赤になる。


「立つぞ、ちゃんと掴まっとけよ」


 落ちないように、私の身体を支えて立とうとする先生の首に腕を回すと、先生の耳に今にも唇が触れそうになって。


(かっ、顔が近い!)


 咄嗟に先生の肩に顔を埋めた。

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