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23.届かなかったメール

──キーンコーン


 チャイムが鳴り響き、ふと時計を見るともう五時半を回っていた。


「もうこんな時間か。今日の仕事は終わったし、俺も帰るかなー」


 徐に帰り支度を始めた先生に、いい機会なのでずっと引っかかっていた事を聞いてみた。


「……先生」

「んー? どうしたー?」

「以前街で会った時に、携帯の番号教えてくれましたよね?」

「あぁ、教えたな」

「あの後お礼のメールを送ったんですが、返事がなかったのって……やっぱり忙しかったですか?」


 迷惑だったのかもと、わざと返信しなかったのかもと思ったこともある。だけど、今までの先生を見ていて、教えた番号にお礼のメッセージが来ても無視をしたりするとは思えない。


「メール?」


 思い出そうとしているのか、手を止めて考え込んでいて。


「あぁ! あれな! え……俺、ちゃんと返したぞ?」

「……えっ?」


 先生の返答は思いがけないものだったが、すぐには信じられなかった。三日三晩待っても来なかったのが事実だったのだから。


「嘘だぁ」

「嘘じゃねぇよ! ほら!」


 そう口にしてスマホのメッセージ画面を私に向ける。


【生徒に払わせるわけにいかないだろ

相席になったよしみってことで気にするな

また学校でな】


「ほんとだ……」

「だろ?」

「でも、なんで届いてないんだろう」


 画面をよく見ると、その理由はすぐに分かった。メッセージの横に送信失敗の『バツマーク』 がついていたのだ。


「先生……ここ」

「ん?」


 私が指を差した所を見て先生も気がついたようで。


「わりぃ、気づかなかった」


 そう言いながら頭をかく。


(そっか、返してくれてたんだ……)


 届かなかった経緯はどうであれ、先生が返事をしてくれていたことがわかって嬉しく思う。

 返事がなくて死ぬほど悩んだ過去の私に、気にするなと伝えてあげたい。


「そういや……」


 なにかを思い出したように先生が口を開く。


「ちょうどあの時電話かかってきてたな。それが理由かも」

「すごいタイミングですね」

「ほんとにな。隆也のやつタイミング悪すぎ」

「隆也?」

「ほら、あのカフェにいた生意気な店員の兄貴」


(あ、先生が大切に思ってる人だ)


「知り合いの弟さんって言ってましたね」

「嫌味なところがそっくりな兄弟な。この間も『夏休み入ったら部活以外どうせ暇なんだから』とか言われてよー」


 先生の言葉と表情が相変わらず一致していないことに思わず口元が緩むも、夏休みと聞いて顔が曇る。

 私の好きな人は先生で、そもそも学校でしか会う機会がない。だから夏休みに入ってしまったら、二学期が始まるまでおそらく先生と会うことはないだろう。どうしても接点を持ちたい、そう思ったら口に出ていた。


「またメール送ってもいいですか?」


 不意に口をついた言葉に一瞬驚いた顔をした先生が口を開こうとした時──


「あれ倉田先生」


 背後から声が聞こえてビクッと肩が跳ねる。


「根岸先生」

「まだ残ってたんですか? っと、七瀬もか」

「あ、テストの点数が間違ってて……」

「そうか、熱心なのはいいことだけど下校時間過ぎてるから早く帰らないと親御さん心配するよ」

「はい、もう帰ります。倉田先生ありがとうございました」

「お、おう」


(先生、なんて言おうとしてたんだろう)


 答えは分からないままだけれど、タイミングが悪かったと諦めて体育職員室を後にする。

 階段を降りている途中、スマホの振動音が鳴って画面を見た私は息をのむ。


【さっきの話、いつでもいいぞ

気をつけて帰れよ】


 先生からのメールだった。思わず振り向いて体育職員室を見る。飛び跳ねたい衝動を抑えつつ、大人しく下校した私は帰宅時の電車の中で先生へメールを送ることにした。


【改めて先生、シャープありがとうございました!

約束守れなかったのに、嬉しかったです

大切にします

先生も気をつけて帰ってくださいね】


 返事は思いのほかすぐにきた。以前送れていなかったことを気にして、早々に返してくれたのかもしれない。


【まぁ、俺もぬか喜びさせちまったしな

なんも無しってのはさすがにナイだろ

もうすぐ夏休みだけど、ちゃんと楽しめよ

もちろん勉強も大事だけどな】


(楽しめ、かぁ)


 そういえば夏休みには花火大会がある。出店もたくさんでるし、結構大規模なお祭りで今年も鈴と一緒に行こうって話してた。


(先生も誰かと行くのかな……)


 そんなことが頭を過ぎって、ふと思う。今まで気にしていなかったけれど。


(そういえば……先生って彼女いるのかな?)


 森田さんが振られた理由も『生徒だから』とそう考えていた。

 でも、それ以前に恋人がいたら断るに決まっている。

 二年前先生のことを『りょうすけ』と呼んでいた女性が恋人だろうか。

 でも、部活以外どうせ暇なんだからと言われたって先ほど言っていたから、やっぱり恋人はいないかもしれない。


(彼女がいても先生を好きな気持ちは変わらない……でも、いたらやっぱ嫌、だなぁ)


 帰宅後、悩んでいても仕方がないので思い切って聞くことにした。


【はい!

充実した夏休みを送りたいです

先生は夏休み部活ですか?

それとも彼女とデート三昧だったり?】


(送っちゃった……大丈夫だよね? 自然に聞けてるよね?)


 返事がくるまでソワソワして落ち着かない。


「だめだ! お風呂に入ってこよ!」


 小一時間ほど経って部屋に戻ってくると、返事が届いていた。


(開きたいような、開きたくないような)


 スマホをじっと見つめて暫く悩んだあと、覚悟を決めてメール画面を開く。意気地無しとは思いつつ、スマホを持った腕を思い切り伸ばして薄目で内容を見る。


【デートとか、そんなんここ何年もした覚えないっつーの

まぁ、俺は大体部活だな

七瀬こそ彼氏とハメ外しすぎんなよ】


「あ……ってことは、彼女……いない? よ、よかったぁ……」


 全身の力が抜けて、その場にへたり込む。


「………………返信!」


(ホッとして放心状態になってた……)


【彼氏いないですからそんな心配は無用ですー

だから先生、勉強の息抜きにでもメール付き合ってくださいよー】


 好きな人に彼氏がいると思われているのは嫌だったから、そこはきっちり否定しておかないと。

 あとは勢いで書いてしまったけれど、いつでもいいと言っていたし、先生はきっと駄目とは言わない……はずだ。

 少しの間の後、通知音が鳴る。


【いいよ、付き合ってやる

でも息抜きしすぎんなよー】


 メールを見て付き合ってやるの言葉が目に入った瞬間、心臓が口から出そうになった。

 そっちの意味じゃないことはすぐに分かったけれど。


(さすがに心臓に悪い……)


 ──その日を境に、先生とメールのやりとりが始まった。

 時間は大体夜で、内容は『今日は何食べた』とか『今日は何した』とかそんな変哲もないメールだったけれど。

 メールの中だけは先生と生徒の関係を忘れるくらい楽しくて、画面のスクロールが長くなるたびに先生との仲が深まった気がして、とても嬉しかった。

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