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18.やくそく

(先生がうちで晩御飯……?)


 先生を待たせてしまっていた数分の間に、そんな話になっているなんて急展開すぎる。大方、母が『この間のお礼に』とか言って強引に誘ったのだろうけれど。


(お母さんてば、私の気持ちも知らないで……)


 先生にお礼を言いたいから、近いうちに二人きりになれればとは思っていたが、まさかこんなに早くその機会が訪れるなんて思わなかった。

 心の準備が出来ていなかったが仕方がない。深呼吸をひとつしてから口を開く。


「先生」

「どうした?」

「先日はありがとうございました。私、謝ってばかりできちんとお礼、言ってなかったですよね」

「病院のことか? その時も言ったが、当たり前のことだから気にしなくていい。それより……お前が元気そうで本当に良かったよ」


 そう口にしながらとても優しい眼差しを先生に向けられて、心臓が激しく鼓動する。こんなに柔らかな表情の先生は見たことがなくて、うっかり勘違いしてしまいそうになる。


「き、今日はどうしたんですか?」


 落ち着きを取り戻そうと、先生の向かい側に腰を掛けつつ話題を変える。


「ん? あー……お前が怪我した時の授業担当だしな。休みの間に様子は見にこようと思ってたんだが。今日ちょうど出たから……お前も早い方がいいだろ?」

「ちょうど出た?」

「期末の試験範囲だよ。まさか忘れてたんじゃないだろうな?」

「忘れてるわけないじゃないですか。今も勉強してたし」

「ならいいけどよ。お前のクラスは授業担当じゃないが、今回は俺がテスト作成するからな」

「え、先生なんだ?」

「俺のテストで赤点とったらどうなるか……」

「赤点なんてとりませんっ!」


 ふざけて低い声で脅かしてくる先生に、ついムッとしてそっぽを向きながら答えると。


「くくっ。ごめんごめん、俺が悪かった」

「……」

「だからそう怒るなよ……な?」

「……」

「なーなーせ」


 先生が子どもをあやすような口調で語りかけてくる。子どもみたいなことをしている私も私だけれど、先生にとって私はやっぱり子どもなのだろうなと少し落ち込んでいると。


「七瀬は赤点とるやつじゃないってちゃんと解ってるから」


 相当怒っていると勘違いしたのか、言葉に先生の焦りが感じられた。

 私の中に悪戯心が芽生える。


「じゃあ! 先生のテストで満点とったらなんでも言うこと聞いてください! それなら許します!」


 ちょっとだけ『困らせてやろう』と、そう思っただけなのだが──


「……いいよ、聞いてやる」


 まさかの『いいよ』が返ってきた。


「ほんと? ほんとにいいんですか? 『なんでも』ですよ?」


 冗談かと思って、何度も確かめる。


「あぁ。満点とったらな」


(そっか……先生は、私が満点とれるわけがないと思っているんだ……そう……そっちがその気ならこっちだって!)


 小指を立てて、ずいっと先生の前に突き出す。


「約束ですよ!」

「あぁ」


 先生も微笑いながら自分の小指を絡めてきて、くすぐったいようななんともいえない感覚を覚えながら私も指を絡めると。


「ただいまー」


 母の声とともに玄関の開く音が聞こえて、慌てて絡めた小指を離し何事も無かったかのように母を出迎える。


「おっ、お帰りー! 早かったね」

「いいお肉は早く行かないと売り切れちゃうから、急いだもん」

「ちょっと『もん』……って、お母さんいくつ? 先生の前で恥ずかしいから若ぶるの止めてよ」

「だってまだ母さん若いもん!」

「もーっ、また!」

「ふっ」


 堪え切れなくなったのか先生が笑い出す。


「ほら! 笑われたじゃん!」

「ふふ。まぁいいじゃない。夕飯の支度、手伝いなさいよ。先生はゆっくりしていてくださいね」

「お言葉に甘えさせていただきます」


 母が帰ってきて二人きりではなくなって、ほっとしたような残念なような複雑な気持ちで台所へ向かいながら、先生と絡めた小指に目をやる。


「小指どうかしたの?」

「えっ!」


 母に不思議そうに聞かれて、すぐになんでもないと答えたけれど、母は含み笑いを浮かべていて。追及されるのも怖いので、私はそれ以上なにも言わなかった。


 夕食が出来た頃にちょうど父も帰ってきて、両親揃って改めてお礼を言われた時は緊張していた面持ちの先生も、父と世論がどうだの、好きなチームはどこだだのと話が随分弾んでいたみたいで、終始盛り上がっていた。

 父が先生を独り占めしていたおかげで、先生と話すことはできなかったけれど、帰り際に『テスト頑張れよ』と頭をポンと叩かれた。

 

「倉田先生って素敵な先生ねー」


 先生が帰ったあと食器の後片付けをしていると、母が呟いた。

 先生の座っていたソファーに視線を落とし、先生の姿を思い浮かべる。


(スーツの先生、かっこよかったなぁ)


 と、本当のことなんて言える訳もなく。


「うん、まぁ、そうだね」

「ふふ」


(嬉しそう……)


 適当に返したつもりだったのだが、母の様子を見るに先生のことを好きなのがバレるのも時間の問題かもしれない。


(とにかくテスト頑張ろ!)


 せっかく掴んだチャンスだし。


(絶対満点とってやる!!)

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