17.切れたままのスマホ
念のため一週間自宅療養することになった私は、机の引き出しに閉まってあったスマホを取り出して、電源ボタンに手をかける。
(ずっと入れることができなかったけれど、ようやく向き合える)
二年前も今も、先生は誰かの為に本気で怒って心配してくれる優しい先生で、そんな先生を好きになったことを私は誇りに思う。
だから私は、もう後悔しないことにした。
臆病な私にも、さよならする。
一生懸命恋をして、それで駄目なら仕方がない。
女として好きになってもらえなくてもいい。
せめて、人として好きになってもらえるように、頑張ろう。
そう、決めたから。
電源を入れると予想していた通り、未読のメッセージが溜まっていた。中にはケガしたことを心配した鈴からのメッセージもあって、母や先生だけでなく、自分のことをこんなにも心配してくれる友達がいることを嬉しく思う。
先生からのメールの返信は、やっぱり来ていなかった。
でも『もう、大丈夫』
そう、思えた。
「よし!」
意気込んで机の上に勉強道具を広げ、学生の本分である勉強に取り組む。
先生を好きになってから、先生の言動に一喜一憂してしまう自分がいて。でも『恋愛に現を抜かして』なんて言われるのは嫌だ。
ちょうど期末テストが近いし、成績アップを目指してみようか。前回の中間テストは真ん中ぐらいだったから、出来れば上位に入りたい。
動機は不純かもしれないけれど、私は私にできることを頑張る。
そして、誇れる自分になったら先生に告白しようと思うんだ。
──学校を休んでから4日がたった。
(もう4日かぁ)
さすがに先生に逢えない日が続くと寂しくて、教科書の中に先生の名前の漢字を見つけるたび、先生のことを思い出してどうしようもなく逢いたくなる。
(ダメダメ! 頑張るって決めたんだから! 切り替え、切り替え!)
「葵ー!」
自分を奮い立たせて勉強に励んでいると、母に呼ばれた。
外を見ると日が沈みかけていて、長い間集中していた自分に少し驚く。
「なぁにー?」
「先生が見えてるわよー! 降りてらっしゃい」
「はぁい」
(先生って誰だろ。担任かな?)
階段を下りると玄関先に男物の靴が揃えて置いてあった。担任の先生は女性なので来たのは別の先生のようだ。
(担任じゃないの? じゃあ、誰?)
「……っえ!?」
磨りガラス越しにリビングにいる『先生』が目に映った瞬間、私は心臓が止まりそうになった。
慌てて階段を駆け上がり、部屋に飛び込んでは後ろ手に扉を閉めて、思わず声に出せない叫びを心の中で叫ぶ。
(なっ……なんで倉田先生がいるのー!?)
「葵ー? 何してるのー? 早く来なさいよー!」
しびれを切らしたのか、母がもう一度私を呼ぶ。ハッとした私は姿見に自分を映して確認する。
(見せられない恰好では……ないかな)
あまり待たせる訳にもいかないから、せめて髪だけでもとブラシで梳かす。
(すー……はー……)
深呼吸をしながら階段を下りて、リビングへ続く戸を開ける。
「おそい! どれだけ先生待たせるの?」
「ご、ごめんなさい」
「ほら、謝るのは先生に、でしょ?」
母に背中を押されて視線を移した先のソファーに先生が座っていた。先ほどは気づかなかったけれど、いつもはジャージ姿の先生が、スーツ姿でそこにいた。
(家に来るために、わざわざ着替えたのかな?)
「よぉ」
「……」
「七瀬?」
「……」
スーツ姿の先生があまりにも素敵すぎて、話しかけられていることにも気づかず見入っていると。
「こら、葵! なにぼーっとしてるの!」
私の頭を軽く小突きながら母が呆れた様子で話す。
「すみません、先生。この子ったら、ほんとぼんやりしてまして……」
「いえ……元気そうで安心しました」
先生が私の方を見て優しく微笑う。
(先生の笑った顔を見たの、久しぶりだ……)
最近はまともに先生の顔見れなかったし、最後に見たのは悲しい顔だったから、笑ってる先生を見てなんだか泣きそうになった。
「そうそう!」
突然、母が何かを思い出したように手を叩いた。
「倉田先生に夕飯食べて頂くことになったから」
「……え?」
「買物に行ってくるから、お留守番よろしくね!」
「ちょ、おか……」
「今夜はご馳走よ~♪」
──バタン
何が起きたのか理解する間もないまま呼び止める手も虚しく、機嫌よく鼻歌を歌いながら、母はいそいそと出掛けて行ってしまったのだった。




