第31話 転移魔術の大原則
ユーリは、自身が異世界から来た廻生者であることを、なるべく明かさないよう振舞っている。
そうする理由は、いくつかあると話していた。
面倒ごとに巻き込まれたくないから。奇異な目でみられたくないから。
そして、廻生スキルを奥の手として隠し持ちたいから。
その方針は、メグ執行官相手であっても例外ではないようだ。
「ですが……透明盗人本人が、転移魔術を使える可能性は低いと思いますわ」
「それは、どうして?」
ユーリは何事もなかったかのように、澄ました表情で尋ねてくる。
「マケマト内のあらゆる盗難現場において、転移魔術を含む空間属性の魔跡はありませんでしたもの。彼が転移に頼らず盗みを働いているのは、間違いないのです」
「でも、スリルを愉しむために、あえて盗みの際には転移魔術を使わない縛りをしている可能性もあるよね」
「それは…………否定できません」
街の間を転移魔術で移動した可能性は、どうしても残ってしまう。
本人や仲間の魔力適性を調べることでしか、この疑問に結論を出すことはできなさそうだ。
「現時点で議論できるのは、この辺りまでみたいですね……」
ユーリは抱えていたモヤモヤが、少し落ち着いたように見える。
メグ執行官はポンと手を合わせて微笑んだ。
「ではお開きにしますか! とっても美味しい時間だったっすよ、お二人さん」
「こちらこそ貴重なお話を沢山聞けて、感謝いたしますわ」
「あ、あと言い忘れてたんすが、働き分の対価はお渡ししますから! 事件が解決した後にはなりますけど……」
自由奔放な立ち回りをしているものの、こういうところはキッチリしているのがお役人さんらしい。
私は、準備していた言葉をメグ執行官に伝えた。
「あの……お金の代わりに、情報をいただくことは可能ですの?」
「えっ、情報で!? それは逆に助かりますよ! 答えられる範囲ならいいんですが……。何について知りたいんすか?」
「――魔素喰らい、と呼ばれる呪具についてですわ」
「それを聞いて、何をするつもりっすか?」
軽快さを保ちながらも、どこか冷めた声のトーン。
禁じられた呪術に対する強い警戒心を感じる。
「場合によっては、詳しく話を聞かなきゃいけないんで」
私は迷わず、ありのままの本音を言葉にした。
「《魔素喰らい》の呪いを解く方法を、探していますの」
「……そういうことでしたか、了解っす」
メグ執行官は、いつもの笑顔に戻っていた。
「何やら事情があるようですが、野暮な詮索はしませんよ。肝心なのは、善の心に従っているかどうかっすからね」
「善の心、ですの…………?」
「見れば分かりますもん。カトリーヌさんが、正直者の目をしてることくらい」
「まぁ、執行官さま――!」
「そうでしょうとも。お嬢様は、嘘を吐くのが絶望的に下手ですからね」
「ちょっとユーリ、それは褒め言葉に聞こえませんわよ!?」
メグ執行官はグラスの残りを飲み干すと、席を立ちながら私たちにこう告げた。
「何か進展があったら、この酒場に来てください。しばらくは毎晩いると思うんで」
「分かりました。必ずや、良い知らせを届けに戻ってきます」
「いや~、期待してるっすよ! 可愛い探偵さんたち」
酒場からの帰り道、ユーリは切実な面持ちで呟いた。
「ねぇ、カトリーヌお嬢様。私も転移魔術で、ひとっ飛びしたいんだけど!」
筋肉痛で震える足をさすりながら、神に祈るが如く懇願している。
「この数日で私は悟ったよ。徒歩での旅は、不可能だってね」
そう自慢気に言うユーリに、私は溜め息混じりの言葉を返す。
「そう言い出すと思いましたわ。ですが、その提案こそ不可能なのです」
「一体それは、どういう理屈で?」
ユーリは食い下がりはするけれど、聞き分けが悪いワケではない。
理屈さえ分かれば納得してもらえるだろう。
「――では、教えて差し上げますわ。転移魔術の何たるかを」
探偵が推理をする上で、避けては通れない転移魔術。
その法則をユーリに正しく理解してもらうためにも、ここできちんと講義をしておくべきだろう。
「転移魔術とは、空間属性魔法の極意です。『離れた位置に転移する』という効果の通り、遠隔魔術に分類されます。遠隔魔術の発動条件は覚えていますでしょうか?」
「えぇと……魔術の効果範囲を目視していること、または目印となる魔法陣や魔法石が配置されていること、だったよね」
「その通りですわ。ゆえに転移魔術も、大きく2種類が存在します。目で視える場所に跳ぶジャンプ型と、遠く離れた魔法陣の位置に跳ぶテレポート型です」
転移する距離が近距離か、あるいは遠距離かで術式が大きく異なるのだ。
「前者は目視が条件ですので、必然的に移動距離が限られます。そのうえ連続で使用すると魔素消費による疲労が激しく、街の間を行き来するには不向きですの」
「話を聞く感じ、攻撃を避けたり、高い場所に跳んだりする時には便利そうだよね」
「実際、戦闘時の瞬間移動として用いられるケースが多いですわ。それに対して後者――正式名称は遠距離転移魔術と言うのですが、これが問題なのです」
誰もが憧れる魔術の頂点、極格魔術。
遠距離転移魔術は、その一角に位置づけられる。
「まず前提として、この魔術を使える者は世界に10人ほどしかいません。空間属性の魔力適性がSランク以上、かつ経験を積んだ極位魔術師のみが行使できる、非常に難しい術になりますわ」
「その10人の誰かと、お友達になるところから始めないとだね。うぅ……ハードル高そう……」
「確かアルクトスの執行官にも1人、転移魔術を使える方がいらっしゃったはずですが」
「そうなの!? じゃあ今回の事件の報酬として頼み込めば、転移させてもらえるかも……?」
「それは無理な話だと思いますわ。遠距離転移魔術には莫大な魔素が必要ですから、旅人相手に気軽に使えるものではありませんの。緊急時の最終手段として、普段は温存しているはずです」
「ぐぬぬ……無念……」
しょんぼりしたユーリは、二回りほど体が縮こまって見えた。
「説明を続けますわよ。遠距離転移魔術の転移先には、目印となる存在が必要です。一定量の魔素が、識別可能な状態で蓄えられていることが条件になりますわ」
「その目印として最適なのが、魔法陣ってことね」
「はい。魔法陣は何度も利用できるように、魔素の流れが濃い土地に描かれます。難しい魔術ですから、魔法陣を描ける者も少ないのです。一度描いたものが消えぬように、各地の騎士団によって維持されていますのよ」
「インフラ整備は、どこの世界でも大変そうだね……」
「ですから転移魔術といえども、どこへでもひとっ飛びはできないのです。主要な都市の、決まった場所へ転移する。これが基本的な原則になりますわ」
「一応、例外についても聞いておいていいかな」
「ランドマーク的な魔法陣でなくても、新たに魔法陣を書いた場所に飛ぶことは可能です。その場合、術者が一度訪れていることが前提となりますわ」
「すでに行った場所となると、帰り道用のショートカットって感じかな」
ユーリの言い換えに、私はこくりと頷いた。
「また、魔法陣以外のもの――魔法石や魔道具を目印代わりにすることも可能です。ただ、魔法陣より魔力への耐久性が低いので、一度転移しただけで壊れてしまうことがほとんどですが……」
使い捨てにするのが惜しい上に、目印として判別可能な魔素を含んでいる物は珍しいため、通常は土地由来の魔法陣が使われている。
「少し気になったんだけど……。遠くの人を転移させる時に、その相手が魔法陣の上にいるのをどうやって確認するの?」
「方法は様々ですわ。千里眼で遠くの光景を観たり、あるいは思念伝達術で転移対象者と意思疎通を行ったり。特別な魔術を持たない場合は、音霊器などの通信魔道具を使うのが一般的ですわね」
「ほえぇ……この異世界には、スゴい魔法が色々あるんだなぁ……」
「これで、私たちの旅に転移魔術を使えない理由が、ご理解いただけましたでしょうか?」
「誠に残念ながら、ばっちり理解できました」
「ふふ、それは良かったですわ」
現実的ではないと分かるや否や、潔く諦めるのがユーリの良いところだ。
「今の話を聞いて確信したよ。もし透明盗人が盗みに転移魔術を使っていたら、手の打ちようがなかったかもしれない。でもヤツの犯行に関しては、転移魔術の可能性は除外できる。つまり――」
「彼を追い詰める手立てがある、ということですわね?」
「その通りでございます、カトリーヌお嬢様」
探偵少女は、悪役さながらの笑みを浮かべていた。
「明日、勝負を仕掛けようと思う」
獲物の味を夢想するかのように、舌舐めずりをするユーリ。
その妖しさが、私の神経に電撃を走らせ、身を焦がしてゆく。
「――作戦名は、シンデレラ作戦。魔法の解ける時が来た」




