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探偵少女の異世界事件簿 【第1章 召喚師密室呪刻事件 完結】  作者: 風名拾
第2章 透明盗人(ファントムシーフ)を追って
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第29話 捜査会議はディナーの最中で

 優れた皿は、その地域の特徴を色濃く映し出す。



 例えばフロンタムでは、採れたての海産物を活かした料理が広く親しまれていた。


 一方マケマトの料理はというと、とにかく食材の幅広さに驚かされる。


 様々な地域の食文化が混ざり合った自由なレシピ。


 各地から新鮮な食材が手に入る、市場でしか味わえない贅沢さだ。


 巨大な肉の塊を目の前にして、ふと私はそんなことを思った。



 中央広場から少し歩いた小路の行き止まりに、看板を構える酒場「払暁亭」。


 薄暗い店内には、大勢の冒険者たちがひしめき合っており、酒の匂いと騒々しさで肩が縮こまってしまう。


 そんな私の前に運ばれてきたのは、巨大な骨付き肉。


 その周りには色とりどりの野菜と果実が添えられている。


 フロスト家では滅多にお目にかかることのなかった、豪快な一品だ。


 隣のユーリを見遣ると、顎が外れそうな勢いでガツガツと喰らいついている。


 ナイフを使わずに、これにかぶり付けと――?


 躊躇う私に、メグ執行官が笑顔で声をかける。


「食わないんすか? ほら、冷めちゃうっすよ」


「で、では、いただきますわね……」


 私は覚悟を決めると、こんがりと焼かれた肉の表面に、ひと思いに歯を突き立てた。



「……ん、んんん…………!!」



 その瞬間、溢れ出る肉汁の熱とスパイシーな風味。


 私の中の常識を破壊する美味しさが、口いっぱいに広がってゆく。


 人の目を気にするのも、今だけは愚かしく思えてくる。


 私は肉汁をこぼすまいと口を大きく広げて、しばし骨付き肉と格闘を繰り広げたのだった。



 それから私たちは、透明盗人(ファントムシーフ)について分かっている事柄を確認し合った。


 彼がマケマトに現れる以前の事件についても、メグ執行官は情報を集めていたらしい。


 しかしながら、やはり現場に手がかりは一切なく、その正体を特定することは困難を極めているのだそうだ。



「ただひとつ、分かっていることと言えば――ヤツの犯行動機っすね」


 そういえば動機は、聞き込みの際には出てこなかった話題だ。


「高価な品のみを狙っているのは、お金のためではないのでしょうか?」


「勿論、それもあるかと。盗んだ品は早々と売り払って、その金で旅してるみたいっすから」


 私の素朴な推測を受けて、メグ執行官は鋭い視線を投げかける。


「でも金目の物が目的だとして、わざわざ監視の目が厳しい店ばかりを狙うのは、変だと思わないっすか?」


「それは確かに……仰る通りですわ。安全に盗める品には、見向きもしないなんて」


 首を傾げる私の隣で、ユーリがポツリと呟いた。



「――盗みのスリルを楽しんでる、ってことなのかも」


 頷くメグ執行官。


「鋭いっすね。実はウチも、そう睨んでるっす。透明盗人(ファントムシーフ)にとって、盗みは手段ではなく目的そのものだ――って」



 楽しんでいる……? 盗みを?


 私にはカケラもない発想で、理解が追いつくのに時間を要してしまう。


「ヤツが盗みを行う条件は、ふたつあるっす。ひとつは警備体制が厳重なこと。そして、もうひとつは人の目で監視されていることっすね」


「あえて盗むのが難しい状況で、人々に透明な犯行を見せつける。それが彼の犯行動機ってことですか」


「その通りっす。そういう力試し――腕自慢なんすよ」


 ……遊び感覚で、盗みを働くなんて。


 そんなことが(まか)り通って良いはずがない。



「街をふらついては、盗み甲斐があると思った品を、気の赴くままに奪い去る。ある街での盗みに満足すると、次の街に標的を移すのもそれが理由っすね」


 眉をひそめるメグ執行官に、ユーリも深く同意を示した。


「盗賊のように金に窮して悪事を働くワケではなく、怪盗のように美学を持ち合わせているワケでもない。快楽のための強奪者、か……。迷惑な趣味ですね」


「ほんとですよ、まったく」


 メグは怒りを滲ませて、勢いよく肉を噛みちぎった。



 注文したメニューが全て出揃い、捜査会議も終盤に差し掛かった頃。


 ユーリがぽつりと呟いた。


「話を聞けば聞くほど、不思議に思う点があります」


 俯いた顔に深い影が落ちる。



「なぜ盗人ひとり相手に、執行官(フィクサー)が動いているんですか?」



「…………ムシャムシャ」


 メグは目を細めて、頬張った肉と果実を咀嚼している。


「いくら人騒がせな魔術犯罪者とはいえ、王国の要である執行官が出向く必要性は薄いように感じます。実際、9日前までは傭兵団が捜索に当たっていたと聞きましたし」


 私があえて尋ねなかったことを、躊躇(ためら)いなく訊いていくとは。


 何でも聞いてと言われたら、本当に何でも聞いてしまうところがユーリらしい。



「……10日前に、何があったんですか」


 ここまで色々と深く話したことだし、今さら隠し立てすることはないだろう――。


 ユーリの言葉からは、そんな圧が感じ取れる。



 やはりこの探偵、ちょっと距離の詰め方がおかしい。


 恐らく「段階を踏む」という概念を知らないのだ。



 メグは口の中のモノを飲み込むと、小指の先で髪をいじり始めた。


「いや〜、困ったなあ。これだけは内密にって言われてるんで……」


「そこを何とか、お願いします!」


 初手では慎重に、情報漏洩されるリスクを警戒していたというのに。


 私たちにとって「美味しい話」だと確信した途端、態度が急変している。


 これがニホンの探偵の交渉術……なのだろうか?



 ――真実に迫るためなら、なりふり構わず食らいつく。


 そんなユーリの信念に揺さぶられて、私も一緒に頭を下げる。


「私からも、お願いいたしますわ!」


「ちょ、ちょ、ちょっと! やめてくださいって! 分かったっすから!」


 両手を顔の前で振るメグ執行官。


「……ウチから聞いたってのはナイショで頼みますよ。賢者(ボス)に怒られちゃうんで」


「勿論です! 情報の取り扱いは心得てます」


「私も、約束は必ず守りますわ!」



 メグは周囲を見回すと、ユーリの耳元に顔を寄せた。


 私も、音を立てないようにして近くに移動する。


 声のトーンを落として、第4位執行官はこう告げたのだった。



透明盗人(ファントムシーフ)――ヤツは、召喚石強奪事件の容疑者なんすよ」



 そこで私は、ようやく理解した。


 この情報を知ったからには、もう部外者ではいられない。


 私たちは、後戻りができないところまで来てしまっているのだと。

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