第28話 執行官第4位:抗魔のメグ
「非礼をお詫びいたします、メグ様! ほら、アマノガワ様も……!」
「す、すみません。世の中について不勉強なものでして……」
「いいんすよ、結成して間もない組織ですから。知名度はこれからって感じで」
執行機関『アルクトス』。
3年前の魔王討伐作戦後、その立役者の一人である賢者ポラリスによって設立された組織だ。
生ける伝説と謡われる勇者一行の内、もっとも頭の切れる人物として作戦の指揮に当たったのが彼である。
王国騎士団を表の治安維持部隊とするならば、アルクトスは裏の治安維持部隊に位置づけられるだろう。
王国の脅威となる存在に、少数精鋭の遊撃手でもって対処する。
そのために選ばれた七名こそが、「執行官」と呼ばれる傑物たちだ。
彼らには執行権限が与えられており、凶悪犯をその場で「断罪」することが特例として許されている――。
「……という話を耳にしたことがありますの」
「だいたいそんな感じっす。いや〜物知りっすね、お嬢さん」
「いえ、そんな……」
こうも面と向かって褒められると、流石に照れてしまう。
ユーリはというと、小声で独り言を呟いていた。
「要するに、コウアンケイサツに近いタイプの捜査官兼処刑人って感じか。なるほどね……」
何やら一人で納得している様子だ。
「それで……執行官さまが、私たちに何の御用でしょう?」
「いや〜、別に聞き耳を立てていたとか、そういうワケじゃないんですけど。お二人が聞き込みをしているのが、たまたま耳に入ってきましてね」
口元に手を当てて、ヒソヒソ声で話す執行官。
しかし発声が良いせいで、あまり音量が変わっていない気がする。
「あなた方もお捜しの盗人について、ちょいとお話できたらな〜と思いまして」
――あなた方も、ということは。
彼女も透明盗人を追っているのか。
ユーリと目を見合わせて、小さく頷く。
ソニアおばさまが話していた「調査のために王都から来た偉い人」というのは、彼女のことで間違いないだろう。
こんなに形で出会えるなんて、とても運が良い。
彼女の方から声を掛けてくれたことに感謝しなくては。
「まさか執行官さまが、透明盗人の捜査に当たっておられるとは思いもしませんでしたわ」
巷を騒がせている盗賊とはいえ、王国の脅威に値する犯罪者かというと微妙なラインだ。
「お嬢さんも、やっぱそう思います? ウチも同感っすよ、正直なとこ」
でもまあ仕事なんで、と果物をムシャムシャするメグ執行官。
何やら事情がありそうだが、好奇心に任せての詮索は、令嬢として品位に欠ける行為である。
逸る心をグッと堪えて、私は優雅に言葉を返す。
「あの……実は私たち、独自に調査を始めたばかりの部外者なのです。執行官さまに提供できる新情報は、何も持ち合わせておりませんの。お役に立てず申し訳ありませんが…………」
「逆っすよ逆! ウチがお二人さんに情報提供したいんです」
「…………え!? そうなのですか! であれば、是非――」
喜び勇む私の裾を引っ張り、ユーリが耳打ちをする。
「こんな美味しい話、何か裏があるって。勢いで飛びつくのは危ないよ!」
執行官の言葉を疑うという発想が、私には出てこなかった。
「ですが、折角のチャンスを逃すワケには……!」
「ここは私に任せて。お嬢様は後ろで見ていてくださいな」
「……分かりましたわ」
相手の心をほどく世間話は私の担当だが、交渉においては疑い深いユーリの方が適任である。
それに、ユーリが初対面の相手との積極的な会話にチャレンジする気になったのだ。
私は口を結んで、付き人の振る舞いを見守ることにした。
「ご提案、とても魅力的ではあるのですが、その前にいくつか確認してもよろしいですか?」
「勿論です。なんでも聞いてください。慎重な姿勢、嫌いじゃないっすよ」
「では、1つ目の質問を。その行為は、捜査情報の漏洩に当たりませんか」
「そこは心配しなくて大丈夫っす。一応弁えてますから。ヤバくなったらノーコメントってことで」
話の内容については、彼女なりに線引きはしているようだ。
「ウチが街で聞いたウワサを、あなた方に話す分には問題ないでしょ?」
「そういうことなら……分かりました。では次の質問です。私たちに情報を提供する理由と、その目的について教えてください」
「シンプルに言えば、仲間集めのため――っすね」
「仲間集め、ですか」
「そうです。ウチは対魔術犯罪の専門家とか何とか呼ばれてますけど、得意なのは暴動の鎮圧であって、捜索ではないんすよ」
メグは目を細めて、困ったように微笑んだ。
「逃げ隠れが上手いタイプは、天敵と言ってもいい。それをたった一人で追い詰めるなんて、流石にムリって思いません?」
彼女は3年前の王都奪還作戦で、魔物の軍勢を蹴散らして『抗魔のメグ』の名を轟かせた。
二つ名の通り、彼女の「能力」は対魔術戦闘でこそ本領を発揮できるのだろう。
たとえ犯人の足取りを掴めたとしても、彼女の溢れんばかりのオーラでは追跡が難しそうだ。
「それで、犯人逮捕のための協力者を募っていると……?」
「おっ、話が早くて助かるぅ! まさにその通りです」
メグは嬉しそうに上半身を横に揺らした。
「この街の傭兵団には、すでに透明盗人の情報を共有済みっす。ヤツの居場所を掴んだら、すぐウチに報告が届くようにね」
現地で情報網を張り巡らせて、人海戦術で犯人を追い込む。
それが、メグ執行官の掲げる作戦なのだろう。
「決してサボってるワケじゃないっすよ。適材適所、それが仕事におけるマイルールなんです」
「適材適所、ですか――」
「それに、信頼できる仲間は多い方がいい。知恵の回る人なら、なおさらね。未来を予測して先手を打てますから」
「同感です。事件が起きてから動くのでは、後手に回り続けることになります。透明盗人を捕まえるには、こちらから仕掛けるしかないかと」
「ふっふっふ、さすがウチの見込んだ通りのクレバーガールさんだ。自慢じゃないですけど、これでも人を見る目には自信があるんすよ」
「いえ、そんな……恐縮です」
「――では、お二人さんの力と知恵、ウチに貸してもらえますね?」
「はい、ぜひ協力させてください!」
「ありがとうございますっ! 快く承諾いただけて、痛み入るっす」
メグは手のひらを服で拭くと、ユーリに向かって差し出した。
信頼の証として、熱く握手が交わされる。
「まだ、お名前を聞いてなかったっすね」
「私はユーリです。そして、こちらが――」
「カトリーヌ・フロストと申しますわ」
フロストという名に、メグは反応を示したように見えた。
執行官ともなれば、元宮廷魔術師のお父様を知っていても不思議ではない。
「ユーリさんにカトリーヌさん。覚えましたよ、お二人さん」
流れるように私の手も握られる。
硬く、力強い手のひらだった。
「ここでウワサ話しをするのもアレなんで……ついて来てください」
どこに行くつもりなのかと顔を見合わせる私たちに、メグはニヤリとする。
「夕ご飯、まだっすよね? オススメの店があるんすよ」