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探偵少女の異世界事件簿 【第1章 召喚師密室呪刻事件 完結】  作者: 風名拾
第2章 透明盗人(ファントムシーフ)を追って
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第27話 琥珀の追跡者

 翌日、私とユーリは絶望の淵を彷徨っていた。



「もうムリ……足が限界、折れそう……」


 私の数歩後ろで泣き言をこぼすユーリ。


「私も、心がポッキリ折れそうですわ…………」


 彼女を慰める余裕もなく、私も愚痴を返してしまう。


 肉体的にも精神的にも、エネルギーは底を尽きかけていた。



 透明盗人(ファントムシーフ)の情報を集めるべく、意気揚々と宿屋を飛び出したのが早朝のこと。


 市場の人々に聞き込みをし、ここ数日で起きた盗難事件の現場を歩いて回り、魔跡観測マギアメトリーを行った。


 令嬢には似つかわしくない、地道で泥臭い捜査活動である。


 やっとの思いで全ての現場を調べ終えた頃には、もう夕方になってしまっていた。



 ――まさか、これほどの距離を歩く羽目になるとは。


 方向感覚を狂わせる、細い道が入り組んだ迷路のような街並み。


 ダンジョンを探索する冒険者の気持ちが、少し理解できた気がする。



 ついに歩くのを諦めたユーリは、壁にもたれかかって一時的なスタミナ回復を始めた。


「こんなに大勢の人と話したの、いつ以来だろ……。ソクバイカイぶりな気がするな」


「何ですの? そのソクバイカイというのは」


「同好の士たちが集まって、情熱を込めた作品を世に解き放つ、1日限りのマーケットだよ。その日だけで数ヶ月分の出会いと運動を達成できる、一大お祭りイベントなんだけど……今日の捜査はそれに匹敵する疲労度だね……」


 いかにも「頑張りました」と言わんばかりに、赤く染まる空を見上げるユーリ。


 実のところ、ユーリは私の後ろで話を聞き、時々質問を投げかけていただけである。


 街の人々との会話は、私が8割方引き受けていたのが現実だ。


「探偵のお仕事では、こういった聞き込みはしていませんでしたの?」


「うん。全部所長にやってもらってたから」


 会ったことのない所長さんに、急に親近感がわいてくる。


「私は脳でのエネルギー消費が激しいからね。手足の筋肉を動かしている余裕がないんだよ。それに聞き込みはコミュ力が命だもん。私みたいな内向的な人間に、向いてないのは明らかでしょ?」


 言い訳となると、途端に饒舌になるのは気のせいだろうか。


「ですがアマノガワ様、推理劇を披露されていた際は話し慣れている雰囲気でしたわ。それはもう早口で淀みなく、自信に溢れているようでしたが」


「本当は、あの時も結構緊張してたんだ。話す内容を事前に整理できたから、それなりに話せただけで」


 聞き込みは対話だから、推理を一方的に発表する場のようにはいかない――ということなのだろう。


 とはいえ、聞き込み相手とユーリの間に立って進行役を務めるのは骨が折れる。


 探偵に言われるがまま手助けするのが、助手の役目ではないはずだ。


「アマノガワ様は、自分が内向的だと思い込んでいるだけではありませんか? これまで会話する機会が少なかったために、極端に苦手意識を持たれているように感じます」


「それは…………そう、かもしれない、です……」


「私とだって、難なく話せているのですから。街の人にも勇気を出して話しかけてみれば、意外と会話が弾むかもしれませんわ」


「むむむ……何事も経験あるのみだもんね。次はちょっと、頑張ってみようかな」


「えぇ、その意気ですわ。私も隣で見ていますから」


 ――ユーリが早くこの世界に慣れることができるように、可能な限りサポートしていこう。


 私は改めて、そう心に決めたのだった。



 ユーリのスタミナが少量回復したのを確認して、再び宿屋に向けて歩き出す。


「それにしても……これといった新情報が得られなかったのは、残念でしたわね……」


 私が精神的にエネルギー切れを起こしていたのは、こちらの理由の方が大きかった。


 どの盗難現場からも、事件に関係のありそうな魔跡は観測されなかったのだ。


 証言も、「見えない何者かに高価な品を盗まれた」という情報に終始していた。


「そう落ち込まないで。聞き込み調査で決定的な新情報に出会えるのは、100回に一度くらいなものだから」


「ですが、この調子では先が思いやられます……」


「大丈夫。収穫なら、ちゃんとあったよ。例えば――ほら、これ」


 ユーリが指に引っ提げてみせたのは、厳つい銀色の手錠だった。


 聞き込みの最中、怪しげな露店で見つけた代物である。


 どうしても欲しいと駄々をこねるので、旅の資金を使って彼女にプレゼントしたのだ。


 ……こんなモノが初めてのプレゼントで、本当に良かったのだろうか?


「まさか市場で売ってるなんて、ツイてるよ! ちょうど欲しかったんだ」


 とても喜んでくれているので、良い買い物をしたことにしておこう。



「ですが……透明盗人(ファントムシーフ)は触れられないという話でしたわ。はたして手錠が役に立つのでしょうか……」


「ま、今回使えなくても、今後何かと必要になるでしょ。魔術に頼らないアナログな鍵付き仕様。このシンプルさは、如何なる状況でも輝けるポテンシャルを秘めているのだよ。フヘヘヘヘ……」


 はしたない笑い声を漏らすユーリ。


 その様子を見て、イヤな妄想が脳裏をよぎる。


「その手錠……私相手には、使わないと約束していただけますわよね?」


「私のこと、なんだと思ってるの。さすがに、無実のお嬢様を拘束する趣味は持ち合わせてないよ」


 それはつまり、悪いことをしたら拘束されるかもしれないということ。


 その可能性を考えると、キュッと胃が縮むのを感じた。



「あと、収穫ならもうひとつ。聞き込みの中で重要な情報が得られたよ。キミは気付いていないかもだけど」


「そうでしたの⁉ 何が分かったのか、私にも教えてくださいませ!」


「待って。その前に――」


 ユーリは私にだけ見えるように、指先で背後を指し示した。


「さっきから、あとを付けられてるみたい」


「え…………!?」


「背の高い女性で、肩より長い金髪。私たちが立ち止まった時、向こうも歩みを止めてた」


 反射的に振り返りそうになるのを、必死に理性で押しとどめる。


 ユーリがこっそり伝えたということは、尾行に気付いていないフリをしなければ。


 何事もなかったかのように振舞うとした、その直後。



「あの~~~、すんませ~~~~ん!」


 気の抜けた明るい声に呼び止められた。



 ユーリに続いて、私も後ろを振り返る。


 その声の主は、件の追跡者の女性のようだった。



 スラリとした長駆に、鍛え上げられた手足。そして琥珀色の明るい髪。


 魔法戦士のような軽装だが、そのあちこちに刻まれているのは戦いの痕だろうか。


 着古された印象の衣服に対して、傷ひとつない肌の白さが際立って見える。



 タイミング的に、彼女は「私たちが尾行に気付いた」ことに気が付いて、すぐさま呼び止めることにしたのだろう。


 ビリビリと伝わってくるオーラからしても、やはり只者ではなさそうだ。



「いや〜すんません! 付け回すみたいになっちゃって……」


 女はバツが悪そうな笑みを浮かべて、こちらへにじり寄ってくる。


 そして(おもむ)ろに袋から果物を取り出すと、皮ごと(かじ)り始めた。


 風に乗って、甘酸っぱい香りが漂ってくる。



「カトリーヌの知り合い……だったりする?」


「いえ、初対面の方ですわ」


「そう…………」


 ユーリは警戒心丸出しの(ジト)眼で、追跡者を訝しんだ。


「そう構えないでくださいよ〜。別に怪しいもんじゃないっすから」


「そのセリフ、怪しいヤツの常套句だけど……」


 しかし物欲しそうに弛んだ口元は、果実への興味を隠しきれていない。



「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 ――初対面の相手には、まず挨拶から。


 こういう場面でこそ、お父様の教えは役に立つ。


「ああ、すんません。ええと、どこに仕舞ったっけ……」


 彼女は着ている服のあちこちを、ゴソゴソと探り始めた。


「あったあった! これがないと、いつも信じてもらえなくって」


 彼女が掲げたのは、クマを模した紋章が刻まれたメダルだった。



「ウチはメグ。『アルクトス』所属の執行官(フィクサー)っす」



 メダルには、4thを意味する文字も添えられている。



 ――間違いない。


 彼女こそが、アルクトスの執行官第4位(フォース・フィクサー)



 対魔術犯罪の専門家、『抗魔のメグ』本人だ。

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