第26話 燃える探偵魂
「透明盗人、か…………」
ユーリは店を出てから、ずっと難しい顔をして俯いている。
私の誘導がなければ何度も壁に正面衝突していただろう。
「思わぬところで、事件に遭遇してしまいましたわね」
「ごめんね、私の体質のせいで……」
申し訳無さそうにするユーリに、私は素早く忠告をした。
「もう! 謝るのは禁止です! アマノガワ様は何も悪くないのですから、もっと堂々としていませんと」
「は、はい……! 気を付けます」
「それに、この旅に貴女を巻き込んだのは私ですのよ。そのことを、どうか忘れないでくださいませ」
「――心得ました、お嬢様」
ユーリは時おり、気まぐれに私のことをお嬢様と呼ぶ。
そのたびに一瞬ドキリとしてしまうのが、ちょっぴり悔しい。
「それで、どうするつもりですの?」
「どうするって……何を?」
「透明盗人の件、調査したいのでしょう?」
「え! どうして分かったの? もしかして……読心術!?」
「だって表情に、そう書いてありますもの」
ソニアおばさまの話を聞いてから、事件に興味津々なのは火を見るより明らかだ。
「そっか……私もまだまだだね……」
ユーリは照れ臭そうに苦笑する。
きっと、クールなポーカーフェイスを目指しているのだろう。
でも個人的には、情熱的な一面が見られて嬉しいというのが正直な気持ちだ。
「隠さなくていいですのに。困っている人を放ってはおけないのは、人として立派なことですわ」
「いや……別に、そういうのじゃないよ。普通の盗みだったら、騎士団や傭兵団にお任せしてたし。でも今回の事件は、彼らにとって荷が重そうだったから」
「確かに、これまで逃げ続けられている以上、任せきりにするのは不安ですわね」
騎士団は、透明化を無効にできる実力を持った魔術師との繋がりがあるはずだ。
それでもなお捕まえられていないのは、「触れられない」という要因が理由として大きいのだろう。
透明化魔術は通常、光属性魔法に分類される。
光の反射を操ることで、周囲の景色に溶け込み姿を隠すというメカニズムだからだ。
しかしながら「触れられない」となると、光以外も透過していることになり、もはや透明化魔術の域を超えている。
例えば「体を煙状にして空気に紛れる術」であれば条件を満たせるが、その状態で物を盗み去ることは不可能だ。
……透明盗人、確かに一筋縄ではいかなさそうな相手である。
そんな私の不安を吹き飛ばすかのように、ユーリは胸を張ってこう言った。
「だからこそ、私の出番かなって。透明盗人の手口を暴き、どうすれば捕まえられるか推理する。なかなかに探偵向きの謎だと思わない?」
未解決の難事件を前にして魂を燃やす姿は、とても探偵らしく頼もしい。
「まあ……好奇心で首を突っ込むと、ろくなことにならないんだけどね。でも今回は犯人が『逃げるプロ』で、私たちが『追い詰める作戦を考える』立場だから、危険は少ないんじゃないかと思って」
「そうですわね。そのプラン、私も賛成ですわ」
「本当に、カトリーヌ的には大丈夫? この事件、例の呪術師とは関係がなさそうだけど……」
「ご心配には及びません。無駄足にはならないと思いますから」
私は頭に浮かんでいたプランを、ユーリに伝えることにした。
「ソニアおばさまが仰られていた、王都から来た調査官。その方に会うことを最優先事項とする、というのはいかがでしょう?」
「そのついでとして、透明盗人を調べるワケね」
「はい。同じお尋ね者を探していれば、調査官と出会える確率も高まるはずです。闇雲に街中を探し回るより良いと思うのですが……」
「大賛成! 私も、それが一番スマートな選択だと思う」
「では、そうしましょう!」
きっと私から提案がなければ、ユーリの方から同じ提案をしていただろう。
それでも、旅の目的を歪めてしまわないように、私の意思を確かめてくれたのだ。
器用なのか不器用なのか、よく分からない人である。
「ひとつ確認しておきたいんだけど、さっきの店内で手がかりになりそうな魔跡は視えた?」
「いえ……結界術式などは確認できたのですが。犯人に繋がる魔跡は、残されていませんでしたわ」
4日前の魔跡――それも屋内で発動された魔術であれば、私の魔眼が見逃すはずはない。
「魔跡がないということは、ショーケースは物理的な衝撃によって、直接割られたことになります。透明盗人は、確かに店内にいたはずですわ」
「前提の確認をさせて。透明化魔術は、現場に痕跡が残らないの?」
「残念ながら、そうなのです。透明化や透過など、人や物に直接作用する効果付与魔術は、その対象に魔跡が残ります。そのため対象が移動してしまうと、現場から十分な魔跡を観測できないケースが多いのです」
「なら、その対象を見つければ、魔跡を調べられるってこと? 例えば容疑者から透明化の効果が観測できたら、その人が透明盗人で確定――みたいな」
「それも少々難しいですわ。私の魔跡観測では、効果付与魔術を観測できるのは効果発動中の対象者に限られますの」
悔しい話だが、今の私の技術ではそれが限界である。
「魔術師の体内を流れる魔素の影響で、人体には魔跡が残りにくいのだと思います。強化や弱体化系統も同様なのですが、魔術の効果が解除されると、たちまち魔跡も薄れてしまいますの」
「なるほど。リアルタイムじゃないと、人にかかっている魔術の効果を見極められないのか。それじゃあ透明盗人の判別は難しそうだね……」
「裏を返せば、リアルタイムであれば位置の特定が可能なのです。たとえ透明化を使ったとしても、私の魔眼は誤魔化せませんから」
幼い頃に一度、透明化魔術を視たことがある。
その時は魔術師の居場所が、魔跡の靄として筒抜けだったのだ。
「透明化魔術の魔跡を視ることで、その発生源である本人の居場所が分かるってワケね!」
「はい! ですから、犯行の瞬間に居合わせることができれば良いのですが……」
「そのためには、もう少しヤツの動向に関する情報がほしいな。他の現場を回って聞き込みをする必要があるね」
「今日はもう店じまいの時間ですわ。市場は朝早いですから、宿屋で体を休めましょう」
「うん……分かった」
渋々と頷くユーリの瞳は、とびきりの謎を前にして一段とキラキラして見える。
――その輝きの向こう側に、私も連れて行ってほしい。
きっと、それこそがこの旅の醍醐味なのだと、私は改めて思ったのであった。