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第22話 終末への序曲

 空の彼方の星々が眠りに就く頃。


 岩峰を照らすのは、青い月明かり唯ひとつだった。


 凹凸のある山肌が光を反射し、その輪郭が夜闇に淡く浮かび上がる。




 異世界(ガラシア)から見る宇宙(そら)は、地球からの眺めと瓜二つだ。


 同じ衛星。同じ惑星。そして、同じ銀河系。


 多元宇宙の流れの中で、それらは等しく存在している。


 しかし、そこに生きる人々や、辿ってきた歴史は大きく異なる。


 最たる違いを挙げるなら、大陸の形状と魔法の存在ということになるだろう。



 ――始まりは、些細な分岐(ズレ)だったはずだ。



 枝分かれした可能性(セカイ)は、少しずつその歪みを広げてゆく。


 積み重なった変化は、ひとつの未来への収束を拒み、いつしか異なる運命を歩み出す。



 魔王の誕生。勇者の覚醒。死闘の末に取り戻した平和な日常。


 それすらも、世界を破滅へと導く「綻び」の前奏曲(プレリュード)だとしたら。



 ――この時刻、この場所、この異世界(ガラシア)で。



 今まさに、終末への序曲が始まろうとしていた。




 ガラシアの中央大陸北部に広がる山岳地帯。


 とある峡谷の断崖に、大穴が口を広げている場所がある。


 「ミマスタラ洞窟」と呼ばれる巨大な遺跡の入り口だ。


 闇をも呑み込まんとする空洞が、岩山の地下深くまで続いている。



 その周辺には、薄闇の中で目を光らせている者達がいた。


 アスティオール王国所属、第三騎士団ホマーム隊である。


 風音だけが響き渡る寒空の下、彼らは微動だにせず与えられた任務に当たっていた。




 ミマスタラ洞窟遺跡は、古の時代に造られた地下迷宮(ダンジョン)である。


 元は魔法石の採れる鍾乳洞だったが、人々が鉱床を求めて掘り進める内に、その構造は迷宮と呼ぶに相応しい規模にまで広がった。


 現在はアスティオール王国の管理下に置かれ、採掘された魔法石などの保管場所として、厳重な警備体制が敷かれている。



 程なくして、谷の一方から近付いてくる集団があった。


 その数およそ40名。同じく第三騎士団所属のエニフ隊である。


 その中には、第三騎士団副団長シェアトの姿もあった。


 彼は3年前の王都奪還作戦でも活躍するなど、王国のために尽くす熱血漢として知られている。


 僻地での過酷な警備任務に、率先して志願する程だ。


 団長から頼りにされているのは勿論のこと、騎士たちからの信頼も厚い。



「――ご苦労。異常はないか」


 シェアトからの問いかけに対し、二番隊の面々は口を揃えて返答する。


「はッ! 異常ありません!」


「よし、では交代の時間だ。総員、速やかに配置につけ!」


 警備はエニフ隊に引き継がれ、ホマーム隊は山の麓の駐屯地へと帰ってゆく。


「私は暫くの間、周囲を巡回する。見張りは頼んだぞ」


「はッ! お任せを!!」


 威勢の良い返事を受け、大きく頷く副団長。


 彼は部下4名を引き連れて、岩陰の向こうへと消えていく。




 それが、エニフ隊の見たシェアト副団長の最後の姿だった。



 数分後、月が雲の向こうに顔を隠した頃。


 名もなき災害が「彼ら」を蹂躙し尽くしたからである。



「…………が……っ」



 1人目の犠牲者は、頚椎を後ろから貫かれた。


 天から降ってきた異形の武具によって。



 持ち手の両端に刃が付いた剣。


 いわゆる「諸刃之剣ツインヘッド」である。


 下手に振り回せば、使い手自身を傷付けかねない構造だ。


 しかし殺傷範囲の広さという点においては、理に適った選択といえよう。



 ――何故ならば。


 その剣は、誰の手にも握られることなく。


 ひとりでに宙に浮いているのだから。



「……敵襲ッ! 魔術による攻撃を確認!」


 騎士の躯から引き抜かれる刀身。


 裂けた頸から血飛沫が噴き上がる。



「来るぞ! 構えろ!!」



 剣は上空へ翔び立つと、持ち手を中心に高速回転を始めた。


 そしてチャクラムの如く円弧を描いて迫りくる。


 生命なき無機物の強襲に、騎士たちは反撃に出ることすら敵わない。


 盾を持つ者は盾を、剣を持つ者は剣を構えて防ごうとする。


 しかし――そこで彼らは、さらなる絶望を思い知らされるのだった。



「なんだ!? 体が……!」



 ――思うように、動かない。



 身に起きた異変の理由も分からないまま。


 エニフ隊の騎士は、次々と斬り裂かれてゆく。



「あり得ない……鋼鉄の塊を、自由自在に軽々と…………!」


「魔術師が近くにいるはずだ! 探し出せ!!」


「ですが人影はどこにも……」



 総員が恐怖の底に沈む中、ひとりの騎士が空を指差した。


「あれを――ッ!」



 暗雲が流れ、再び現れる青い月。


 その光を背にして浮かぶ影法師(シルエット)があった。



「……魂に刻むといい。これが、最期の記憶になるのだから」



 その呟きは地上の誰にも届くことはなく。


 月をも蝕む純黒の災厄は、優雅に魔術の指揮を執る。



 ――斬、斬、斬。


 皮を、肉を、骨を断つ軌跡。



 血の海地獄から上がる悲鳴は次第に細くなり。


 憐れな第三騎士団エニフ隊は、ひとり残らず地に臥せたのであった。



 黒衣の男は地面に降り立つと、真っ直ぐに手を伸ばす。


 そこに吸い寄せられるようにして、飛来した諸刃之剣ツインヘッドの持ち手が収まる。


 回転して風を切ったことで、あらかたの血は振り払われているようだ。


 男は懐の魔術鞄から布切れを取り出し、残りの血と脂を拭き取ってゆく。


 月明かりを反射させ、刃が元の輝きを取り戻したことを確かめると、剣と布を合わせて鞄へと格納した。


 空間術式の施された異空間へと、銀光を散らして消えてゆく。



 一連の後始末をする男の背後から、姿を現す者たちがいた。


 その全員が、闇に紛れるよう黒い装備を身に纏っている。


 その先頭に立っているのは、鋭い目をした淑女(レディ)だ。


 彼女は指を鳴らすと号令をかけた。



「――狩り獲りなさい」



 その一声で、一斉に動き出す黒服たち。


 倒れた騎士の首元に何か細いモノを突き立てていく。


 これ以上苦しむことのないよう、速やかに黄泉へと送るための鎮めの儀式。


 それは、先端に毒が塗られた暗器だった。



 事を終えた黒服のひとりが、淑女に声を掛ける。


「あの……ララ姐さま、本当に2人だけで行かれるのですか……?」


「えぇ、お前たちは入り口で待機よ。もし応援が現れたら始末しなさい」


 ララと呼ばれた女は、そう指示すると身を翻した。


 扇状に広がる艷やかな紫色のロングヘア。


 その後ろに、魔術師と思しき男が影の如く付いていく。



「…………了解です。どうか、ご無事で――」


 洞窟の中へと消えゆく2人の背中を見届けながら、女は静かに呟いた。




 青い月が照らし出す、赤き死屍累々の山。


 ミマスタラ洞窟遺跡の歴史上、最も波乱に満ちた夜が始まろうとしていた。



 天野川遊理が異世界(ガラシア)に召喚される、5日前の出来事である。

敵勢力と思しき謎の黒服たちが、ついに登場です。

第2章「透明盗人を追って」は鋭意執筆中ですので、のんびりとお待ちください……!


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