第六幕 スタンピード
「メア! 起きて! 一緒に行くわよ!」
「なーにぃ……姉さん。あれ、お茶会は?」
「いいから! とりあえずついてきて!」
お茶会するから起こされたのかと思ったらもっと必死そうな姉さんの顔。寝ぼけ眼で謁見の間までずるずると引きずって連れて行かれる。なんだなんだ、王様なんかに用事はないぞ。
「王国の太陽、国王陛下に第一王女リリアナ・ツーベルク・ド・アゼンタインがお目通りいたします」
「王国の太陽、国王陛下に騎士ヨリ・イェルシーがお目通りいたします」
えっ、いつのまにかヨリ出てきてるし! しかもちゃんと礼してる! ……わかった! わかったから二人ともこっち見ないで!!
「……王国の太陽、国王陛下にメア・ラヴリーヌがお目通りいたします」
これでいいでしょ。ちらっと見たら二人は小さく頷いていた。良かったらしい。
「うむ。面を上げい。先程大教会から使いがきた。リリアナは先の神託は心得ているな?」
「はい。魔帝の復活が近いということで勇者候補の方をお呼びしたと」
「そうだ。そしてつい先程勇者候補として聖女から認定された」
??? どうしよう、全然わかんないんだけど。困った顔でちらっとヨリを見たらウインクして「後でな」って小声で言ってくれたので黙って聞いてることにした。退屈だけど。
「勇者候補の認定後にすぐさま次の神託が降った。お前達三人も勇者を覚醒するための旅に同行するように、だそうだ。私としてはリリアナを外へは出したくないのだが……」
「何を言いますか。神託に逆らうなどと不遜なことはいくら王族といえどできません。私は行きますよ」
「そう言うと思ったし、止めたところでお前は勝手に行ってしまうのだろうが……だからこうして勅命の形を取っている」
「では」
「行ってくるのだ。……できれば無事に戻ってきてほしい親心はくんでほしい。わかるな、ヨリ、メア殿」
「はい、御心のままに」
「はい」
あ、よくわかんないけどはいって言っちゃった。ま、いっか。よくわかんないけど旅に出ろってことでしょ。
退出した後姉さんに詳しい話を聞いた。魔帝なんてお伽話の中の存在だと思ってたと言ったら、「ヨリちゃんもや」って言われた。
姉さんはわかりやすいいようにゆっくり噛み含めるように魔帝や勇者、聖女様について話してくれた。でもあたし……聖女様にいい印象持ってないんだけど。
「あれは大教会の意思よ。聖女様の意思ではない……と思うわ。あの方は救いを求める人を誰でも救おうとするから」
「誰でも?」
「そう、誰でも。だから大教会は救いが必要な人をふりわけているのよ」
「嫌な話やな。まあヨリちゃんが言えた話やないけど。その大教会が運営する孤児院におったし」
ふーん、いいけど。で、その聖女様と初対面させてもらえるってわけ。勇者候補(らしい)のおまけつきで。
「なんかもう一人一緒らしいわよ」
「そうなん?」
「守護竜が」
「「竜!?」」
聞けばかの勇者候補は伯爵令嬢だそうで、そちらの領地の守護竜が保護者気分でついいてきたらしい。いいのかなー、それで。領地困らない?
まあ、竜も気まぐれな生き物だし。保護者気分っていうか面白そうだと思ったからついてきたような気がする。でもよっぽどその伯爵令嬢を気に入ってるんだね。そうじゃなきゃ気にも止めないはずだし。
「メアは竜族に会ったことあるん?」
「幻狼族人間と成長速度も寿命も変わんないんだけど。あんな長寿の生物なんか見たことないよ。大体生息域が違う」
「それは失礼」
竜族は王国を真ん中にして見た時南東にあるドラグニカ渓谷に巣を作って住んでいる。それに対してあたし達幻狼族は北のハガリニッド氷原に集落を作っている。酔狂な旅好きでもなければ両者が出会うことはまずない。
で、その竜族に対面しての最初の言葉は、「派手」だった。何がって? 人化の魔法を使っていても尚目立つ燃える赤の髪、煌めく金の瞳、そして華やかなドレスとそれに見合う体型。思わず自分の胸部をぺたぺたとさすってしまった。身長もだがここも成長していない自分が悲しい。横で姉さんが苦笑いしながら頭撫でてくれるのも今だけはむかついた。華やかさだけなら王女である姉さんにも負けないかもしれない。姉さんはそれに品格も持ち合わせているけど。
「何このちっちゃいわんちゃん。ペット?」
「んなっ」
「無礼者。私の可愛い子になんてことを言うの。黙りなさいこの羽つきトカゲ」
あっ、姉さんがキレた。でもそれ竜族に一番言っちゃいけない言葉だよ! まずい!
「レイリー、無礼なのは君だよ。謝って」
「イローナ……っ」
「ごめんなさいは?」
「……ごめんなさい」
「私もつい頭に血が上ったわ。申し訳ないわね」
向こうは渋々とはいえ本気で謝ってるけど、姉さんは明らかに心にない謝罪。わかってるよ、あたしへの侮辱は自分への侮辱って考えてる人だもんね。つらつらと心にもない言葉を述べるあたり姉さんもさすが王族だ。目が笑ってないよ。怖い怖い。
「ふう。茶番はこのくらいにさせてもらうわね。私はアゼント王国第一王女リリアナ・ツーベルク・ド・アゼンタイン。こちらは私の近衛騎士のヨリ・イェルシー。それと……」
姉さんはそこで言葉を切ってさまわよわせるようにあたしを見た。ああもういいよもうペットでもなんでもと言いそうになった。なんて言っていいかわかんないんだもんね。
「妹分のメア・ラヴリーヌ。見ての通り幻狼族よ」
……うまく言ったね。さすがに猫可愛がわりしててもペットとは言わないか。妹分って言ってもらえて本当に良かった。
「アゼント王国の星、第一王女殿下にお目通りいたします、イローナ・デ・フリーシラーと申します。この度勇者候補に選定されました。そちらの騎士様は影霊族の血をお引きですか?」
「せやねん、て言いたいところなんやけどヨリちゃんも知らんねや。多分、てことにしといて」
「……変わった言葉遣いですね」
「趣味や。そちらが聖女様?」
「はい。初めまして、アゼント王国の星、第一王女殿下にお目通りいたします、ヒスイ・パスフィーネと申します。当代の聖女を務めさせていただいております。どうぞヒスイとお呼びください」
「堅苦しい礼も敬称もなんてつけないわよ。私はレイリー。二十二歳。フリーシラー伯爵領の守護竜をしているわ」
「レイリー……君はもう……」
「構わないわ。私のこともリリアナと呼んでちょうだい。ところで二十二歳って若くない? そんな歳で隠居なの?」
俗に竜族の年齢を人間換算する時は百を掛けるといいと言われている。つまりこの竜──レイリー──は二二〇〇歳くらい。たしかにまだまだ若い。人間の土地の守護竜に落ち着くには早い気がする。あたしのように助けられでもしたのかな?
「十歳の時に旅で寄ったフリーシラー領が気に入ったの。当時の伯爵と契約を交わしてね。旅もいいけど人間達をのんびり見るのも悪くない日々よ。ババくさいなんて言わないでね。私はただあの土地の人間が好きなの」
言ってないじゃん。思ったけど。件のフリーシラー伯爵領だが、王国から見て西にある。豊かな土地でまた海にも面しているため王都へ海産物を卸したりもしている。
そうそう、王国領について話しておかないと。この王国で領地を持つのは金座十三席と呼ばれる伯爵以上の大貴族。それ以下は法服貴族として王都に屋敷を構えている。十三貴族の内訳は、上から順にクロレンス公爵、イカルガ公爵、エルシア公爵、シュードット侯爵、グラスペ侯爵、シェルカラネ侯爵、ミーメル侯爵、アヴェンズ辺境伯、ダスレイン辺境伯、フリーシラー伯爵、ホームズ伯爵、リーナ伯爵、パラフル伯爵、以上十三席。え、なんであたしがそんなの覚えているかって? 姉さんの視察に付き合うからって詰め込みで覚えさせられたからだよ……あの貴族名鑑はもう見たくない。そしてそれに加えて海に浮かぶ『ナナシマ』と呼ばれる七つの島があるけど、これはどの貴族も治めてはおらずその土地の民に任せているらしい。
「大変です!」
そんなことを思い返していたら教会の方から人が飛び出してきた。なんだよもう。余計な人には会いたくないぞ。
「どうしましたですか。王女殿下もいらっしゃるのにそんなに慌てて」
聖女様が聞くと中庭に飛び込んできた司祭が悲壮に叫ぶように言った。
「王都の西側でスタンピードが発生しました! 規模は約五〇〇〇と見られています!」
なんだって!??
「なんですって! 王宮に伝達は!」
「すでに!」
「西側は冒険者ギルドがあるからそこで少しは持ち堪えられるはず……その間に私達も行きましょう! その前に王宮に寄って騎士団と魔道師団を動かすように手配しなければ……イローナ嬢、先をお願いしても?」
「もちろんだよ。リリアナ殿下は殿下にしかできないことを」
「行くわよ、メア、ヨリ!」
「オッケー!」
「了解や」
大教会から王宮までは世界樹をぐるっと回らなければならないから地味に遠い。走れば速いのはあたしだけどあたしじゃ騎士団や魔道師団を動かせない。姉さんに合わせて走るしかないのがもどかしい。姉さんも息を乱しながらなんとか辿り着いた。しかし……
「どうして騎士団も魔道師団も動こうとしていないの!」
そう、伝達はいっているはずなのに騎士団も魔道師団も王宮をがちがちに守っているだけで市街に出ようとしないのだ。王様はなぜ命令を出さないの!?
関係ない民衆に被害が……! 五〇〇〇なんて規模を冒険者達だけで抑えきれるわけないのに!
「動いて! リリアナ・ツーベルク・ド・アゼンタインの名の下に命令するわ!」
「姫殿下、私共も動きたいのです。しかし、王太子殿下のご命令の方が優先です。むしろ姫殿下も城に入って守られてくださいませ!」
「なんで王太子殿下なのよ! お父様は! 陛下の命令はどうしたのよ!」
「陛下は……この件を王太子殿下に全権を委任いたしました」
「〜〜〜〜〜!! 何考えてるのよ! もういいわ! ヨリ、影に! メア、全力で走るわよ! 召喚、アルネ!」
「姫様!」
「何よ、急いでいるのに……え?」
「我々第二騎士団は姫様と共に参ります」
「命令は?」
「違反しますが、姫様だけを参らせるわけにも行きますまい。そもそもヨリは第二騎士団所属の者です。ならばもう我々が出てもいいでしょう。お叱りは後で受けます」
「ならば急ぎなさい! 私達は先駆けるわ! 行くわよメア!」
「うん!」
姉さんは愛馬であたしは自前の足で。全力で駆ける。ここまでのやり取りで十分。一分一秒を争う事態の時に十分は痛い。どれだけ被害が出るかわからない。別に人間に興味はないけれど、もしかしたら優しくしてくれた人が怪我なり死んでしまったりしたら後味が悪すぎる。走れ、走れ。つむじ風が見えるほどに。建物があるせいでアルネに乗ってる姉さんもそんなにスピードは出せない。それなら三次元で移動できるあたしの方が早く到着できる。走って、跳んで、また走って。ギルドの看板が見えたところで腰にさしてる錆びたナイフを引き抜き意思を込める。それはあたしの身の丈程の大剣に変わる。いける!
ギルドの屋根を足場にして苦戦している場所の魔獣を一閃。返して反対側にももう一閃。切って切って切りまくった。劣勢の場所が変わった時姉さんが、第二騎士団が到着した。ならばあたしの行くべきところは────前線だ。思いっきり跳び上がって足場代わりに氷を展開。ジグザグにそれを踏んで跳び前へ前へ。そこでは人化を解いた竜と勇者候補、聖女様が戦っていた。いや聖女様は前出ちゃだめでしょ!
あ、着地点間違えた。竜の頭踏んづけちゃうわ。ごめーんねっ!
「痛ったい! 何すんのこのわんころ!」
「ごめーん、着地点ミスったー」
「後で覚えてなさい!」
当然だけど覚える気は、更々ない。それよりも、こんな前線に聖女様がいる方が問題!
「ちょっと! 聖女様がこんな前にいちゃだめじゃん! 後方支援しててよ!」
「イローナ単体で止められないのだからヒスイがここにいるしかないでしょう! 支援だけじゃなく攻撃だってできます! 民に被害が出る方がヒスイは嫌です!」
「〜〜〜! ああ、もう! なんて意地っ張り! 聖女様が怪我したら困るのも嘆くのもその民なんだからね! 自分の身くらいちゃんと守ってよ!?」
なるほど勇者候補はたった一人で最前線を担っていたわけだ。その撃ち漏らしを竜と聖女様がなんとか後ろに行かせまいと奮闘してたわけだ。ならば、あたしも最前線に行く!
「メアさん! サポート助かります!」
「おしゃべりは後! あたしらで姉さん達が来る前にこいつら蹴散らすよ! 姉さん達は少数だけど騎士団連れてこっち向かってる!」
伯爵令嬢という話だけど武器の扱いが上手い! 槍なんて初めて持ったお嬢様がそうそう扱える物じゃないはずなのに! 魔法の扱いもすごい。一、二、三……全属性!? すごい、そんなことあるの!?
しかしさすがというべきか持つ槍は魔を祓うものだから魔獣には効果抜群だ。
オルルへカート……あたしの愛剣、幻狼族の魔剣。力を貸して。吹雪を起こすよ。その一振りで何もかもを凍らせて。
「うらぁっ!」
「! すごい……」
「全部砕けばもういないよね? やっちゃうよ!」
「ああ!」
かっちんこっちんに凍った魔獣達を手分けして粉々に砕いていく。後方もあらかた片付いたようだ。安心したところで森との境目に変な感じがする箱を見つけた。それを持つ。蓋に白い彼岸花が刻印されていた。思わず手を引っ込めて落としてしまう。気持ち悪い。何これ。
「メア! 無事?」
「姉さん、これ、森の入り口に落ちてた」
「これは……そう、このスタンピードは冥府の方舟の仕業ね」
「冥府の方舟?」
「魔帝を信仰するカルト集団よ。魔帝復活の兆しを受けてこんなことをしでかすなんてね……とりあえずこれは王宮に持ち帰るわ。ってメア! その足!」
え? 足? あ、左足が足首から腿までざっくり裂けていた。今になって痛い。ずきずきして立っていられない。ぺたんとその場に座り込んでしまった。
姉さんが叫んでるのが聞こえる。聖女様を探しているようだ。でもその聖女様はあちこちで回復魔法をかけているようでなかなかこっちへ来られない。なるほど、たしかに誰でも助けようとする人なわけだ。慌てて姉さんが応急処置の魔法をかけてくれる。大丈夫だよ、そんなんで死ぬ程やわじゃないよ。そう言いたかったけれど、出血が多すぎたのか傷の痛みを感じたまま意識が遠のいていった。誰かが抱き上げてくれる。ヨリかな? まったく、二人とも大げさなんだから。大丈夫だってば。
目が覚めたら王宮の一室だった。覚えてる。昔いた部屋、客間だ。怒鳴り声が聞こえたからそちらに意識を向けると姉さんが聖女様の胸ぐらを掴みあげていた。
「あなたが誰でも救おうとする方なのは存じています! だけど最前線で戦い怪我も重かったメアを優先しようとは思わなかったのですか! 間接的にメアはあなたをも守ったのですよ!」
「う、ぐ……」
「殿下、それ以上は! ヒスイにも守りたいものが」
「代わりにメアが傷ついたのに?」
「姉さん……いいよ。だってその人、そういう人なんでしょ」
あたしの声に全員がこっちを向く。そうだね、聖女様を吊し上げる姉さん止めようとしてたもんね。だけどぽつりとこぼした言葉は朦朧とする意識の中で放ったあたしの本音。そんな人のために姉さんに怒ってほしくないから。怪我が化膿して熱があるようだ。左足と頭がじくじくして熱い。あれ? どうして治されているはずの足が痛むの? 幻痛?
「足……痛い」
「……! 聖女様の回復魔法が弾かれたのよ。メアには回復魔法が効かないみたいだわ」
「申し訳ないのです……こんなことは初めてで。あんなに頑張ってくれた方の治療一つできなくて何が聖女ですか……」
「しばらく動かないで休んでいなさい。私達は街の復旧に手を貸してくるのと……王太子に正式に抗議をしてくるわ」
姉さんはまだ何か言いたそうにしていたけど、本当に申し訳なさそうに謝る聖女様を見て苦しそうに言葉を飲み込んだ。そして全員を促して部屋を退出した。
へえ、あたしって回復魔法効かないんだ。初めて知った。まあ幻狼族は怪我の治りも早いから大丈夫だろう。それより貧血の心配をした方が良さそうだけど……姉さんのことだから後で栄養たっぷりの食事が運ばれてくるだろう。
救える人は誰でも救う、ね……その身を犠牲にすることも厭わないから前線に出ていたと。究極の自己犠牲だ。あまりの優しさに胸焼けして反吐が出る。
「〜with your sweet pain────♪」
むかしむかし聞いた子守唄を歌った。郷愁を少し感じながらそのまますっと眠りに落ちていった。
読んでくださってありがとうございます!
もしよろしければ、広告の下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎からの評価をお願いいたします。
すごく応援しているなら⭐︎5、そうでもないなら⭐︎1と、感じた通りで構いません。
少しの応援でも作者の励みになりますのでどうかよろしくお願いします!