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第五幕 女神の神託

『フリーシラー伯爵令嬢様。神託が降りました。至急王都までお越しください』

はあ、と思いながら短い手紙を眺めていた。これは先程王都から早馬で届いたボク宛ての手紙。しかし、覚えがない。はて、神託、とは?


「イローナ、どうしたの?」

「レイリー、これわかるかい?」

「神託? ……イローナ、これ急いで行った方がいいよ。多分魔帝が復活する」


ボクはイローナ・デ・フリーシラー。フリーシラー伯爵令嬢で、魔法の適性が全属性あることから『リハレアの魔女』と呼ばれている。当然だけど、揶揄されているわけでも畏怖されているわけでもない。愛称、というやつだ。リハレアというのは領館があり領内で一番大きい街だ。

横でたった三行の短い手紙を眺めながら整った顔をしかめているのはレイリー。ファミリーネームがないのは彼女が人間ではないから。

彼女は昔からこのフリーシラー領を守ってくれている竜族だ。燃え上がるような真っ赤な髪と闇夜でも輝く金の目をしている。

人間なんかより長く生きる彼女が「急げ」と言うのだから何かあるのだろう。

父上に王都からの呼び出しがあったと告げ、馬車を用意してもらう。ここからだと他の領地や森を越えるのを加味して急いでも二日はかかるだろう。

微妙に王都から外れた土地なのが恨めしい。最低限の用意をして御者にできるだけ急ぐように言って出発する。隣にはちゃっかりレイリーがいた。


「レイリーも行くのかい」

「私はフリーシラー領の守護竜。イローナも私が守るべき大切な子供。まあ、面白そうっていう方が強いけど」

「そっちが本音だろうに……いいけど」


道中レイリーに神託のことを聞いてみる。だけど彼女は知っているはずなのに「行けばわかるから」と言って教えてくれない。さっきまであんなにしかめっ面をしていたというのに今は本当に楽しそうに鼻歌なんて歌っている。まったく、なんだっていうんだ。

魔帝の復活なんて、お伽話の世界だと思っていた。そう思っている人間は多いだろう。だけど、人よりも長く生きるレイリーは知っている。それが現実に起こり得ることを。だというのにはぐらかして教えてくれない。それはなぜなんだろう。


「お嬢様。これからバーベに入ります」

「ああ、うん。今日はここで宿泊して明日森を越えよう。手頃な宿を探してくれるかい」

「かしこまりました」


御者が探し出したのは三階建ての高級宿。ボクとしてはもう少し安い冒険者達が泊まる宿でも良かったんだけど、伯爵令嬢ともなるとそれはだめだったらしい。一番上の階の奥、一番いい部屋に通されてしまった。この町にもリハレアの魔女は浸透していたようだ。ボクが名乗っているわけじゃないんだけど……

紙幣も小銭も持ってきているから宿代には十分だし心付け(チップ)にも問題はないけれど、レイリーが楽しそうだからいいことにする。


「わーい、ベッドふっかふか」

「あんまりはしゃいじゃだめだよ」

「はいはい。イローナったらお母さんみたい」

「二十二歳の子供の母親?」


竜族にしては若い方だけど、一応成竜のはず。そんな彼女にお母さんと呼ばれるのは少々不本意だ。そう言うとぷうとレイリーは膨れる。

こんこん。レイリーを嗜めていたらノックの音が部屋に響いた。


「はい」

「お嬢様、お食事はいかがなさいますか?」

「宿の食堂で適当に済ませるよ」

「明日の出立はいかがなさいますか?」

「うーん、早めに行きたいよね。五時には出れるよう準備しておいてくれるかい」

「かしこまりました」


愛の月だからでも五時でも日は登っていて明るい。至急来いというのだから、早い方がいいだろう。眠ければ馬車の中で眠ればいいし。

御者を下がらせレイリーと食堂へ行く。ボクは野菜たっぷりのキッシュ、魚の素揚げにあんかけをかけたもの、牛骨で出汁をとったスープ、レイリーは「お肉食べたい!」と羊肉のステーキを十人前頼んでいた。


「はあ……レイリー、ほどほどにね」

「わかってますぅーだ」


ほどほどにさせないとレイリーは宿中の食べ物全部食べてしまうから。先に注意しておかないと。食べながらそういえば、と手紙のことを思い出す。それには王都に来いとしか書かれていなかった。王都のどこへ行けというのだろう。王宮? 神託があったというなら大教会? そこまで書いてくれればいいのになんとも不親切だ。


「なんか難しい顔してる」

「王都に来いとしか書かれていない手紙だけでどこに向かえというのか不親切だなって考えてたんだよ」


レイリーはややしばらく考えて王宮? と答えた。疑問系になるあたりつまり彼女にもわからないということだ。やれやれ、ボクはどこへ呼ばれたやら。街に入る時に聞けばわかるだろうか。わからなかったら……どこへ向かおう。封蝋から考えるに王宮からの手紙なのだから王宮でいいだろうか。

さっと入浴をすませベッドに入る。横ではレイリーがすやすやと寝息を立てている。一応あの量の食事で満足したようで安心した。おやすみ。


次の日は眠そうにしているレイリーを無理やり叩き起こして顔を洗わせる。不服そうだったけど、眠いのはボクもだから馬車の中で寝てくれ。鏡を借りさっと服装に合わせ薄く化粧をする。華美な服装もゴテゴテした装飾品も化粧も好まないボクは世間から見たら変わり者だろう。伯爵令嬢が着飾らないなんて! ってね。でもこだわりがないわけではないんだけどね。朝食にとふっくらした白パンを二つもらって片方をレイリーに押し付け馬車に乗り込む。これから森に入る。森には魔獣がいたり盗賊が出たりとなかなかに危険な場所だ。本当は馬で駆け抜けた方が早いのだけど、父上が馬車で行けときかないものだから目立つ馬車での旅になってしまった。


ああ、ほら。早速。盗賊じゃないか。金目の物を置いて行けだってさ。生憎だね、お前達にくれてやる物なんか一つもないんだよ。

すっと指を踊らせるとばちばちっという音がして盗賊達が倒れていた。泡を吹いている者もいたけど殺してはいないさ。ボクは無用な殺生を好まない。無用なのはね。誰かを守る時や致し方ない時は別だけど。今はそうじゃないからさっさとご退場願いたい。


「力の差がわかっただろう? 早く行っておくれ。ボク達は急いでいるんだ」

「化け物……」


失礼な。年頃の女の子に言う言葉じゃないだろう。ああ、瞳を見て言ったのかな。自分では気に入ってるし、みんな綺麗だって言ってくれるんだけど。見慣れないとこういう反応になるのかな。珍しいしね。

盗賊を追い払ったと思ったら今度は魔獣。ああ、鬱陶しい。獣は火が嫌いなことが多い。だから火属性魔法で燃やして。木に燃え移った分は水属性魔法で急いで消火して。そんなことをしていたら王都に入れたのはすっかり日も高くなってからだった。ちなみにやっぱりどこに行けばいいのかわからなかったので王宮まで送ってもらって馬車には領地に帰ってもらった。王宮の入り口で暇そうにしている騎士に手紙を見せると、すぐに応接間に案内された。謁見の準備ができるまで待っていてほしいと言われた。本当に、どうして呼ばれたんだ?


軽く身づくろいしながら待つこと二十分。呼ばれたので騎士についていった。謁見の間に入ると何より先に美しい金色が見えた。黄金郷の大河のような輝く金髪を編んでいる少女が見えた。玉座に向かって跪いている。よく見れば教会にいる巫女達に近い服を着ている。彼女は高位の巫女か何かなのか?

とりあえず国王に挨拶せねば。膝をつき頭をたれ挨拶をしようと……つらっと突っ立っていたレイリーの頭も慌てて下げさせる。痛いと怒られたけどそこは気にしない。


「王国の太陽、国王陛下、フリーシラー伯爵家イローナが召還に応じ馳せ参じました」

「うむ。面を上げい。此度は急な呼び出しをして悪かったなイローナ嬢」

「いえ、陛下のお求めでしたらいついかなる時でも参ります」

「手紙には来いとしか書けんで申し訳なんだ。事情はそちらの聖女様から聞いてくれんか。ヒスイ殿、お願いする」

「はい陛下」


桜のような儚げな可愛らしい声が聞こえた。ボクより小さく年下に見えた彼女はなんと聖女様だった。顔を上げこちらを向いたその肌は白くきめ細やかで瞳は深き森のごとく透き通った美しい翠。髪と合わせ女神が丹精込めて作った人形だと言われても納得できそうだ。向き合った彼女の第一声は、「まあ、美しい瞳」だった。いや、あなたがそれを言いますか。戸惑っていると自分の失言に気がついたようで頬を染めながら自己紹介をしてくれた。


「し、失礼いたしました。ヒスイ・パスフィーネと申します。当代の聖女でございます。イローナ・デ・フリーシラー様ですね? それと、フリーシラー領の守護竜レイリー様でいらっしゃる」

「あー、ごめんそのかしこまった口調苦手だからもう少しざっくり喋ってくれないかな? 呼び方もイローナとレイリーでいいから」

「レイリー!」

「失礼しましたです。ではそのように。お二人は魔帝について知っていますですか?」


順応性高い聖女様だな。もう少しかしこまった態度を続けられると思っていた。だけどこの方が楽だ。

しかし、突如聞かれて驚く。それは行きにレイリーに散々はぐらかされたこと。お伽話程度にしか知らないと言うと隣から思いもよらない声が上がった。


「知ってる。前回の復活の時にはフリーシラー領守ってたから」

「えっ!?」

「そうだったですか」


初耳だ。いやでも彼女の年齢を考えればあるいは……

こちらの顔を見てヒスイは改めて教えてくれた。


「これは、教会にある歴史書からの抜粋になりますが────始め、世界はドロドロとした混沌の渦だったと云う。「光あれ」と誰でもない声が響いた。そこに創世の女神が生み出された。女神は言った。「世界あれ」すると大地ができ、空ができ、海ができた。更に女神は言う。「生命(いのち)あれ」すると大地に転がる石から人間族が、一輪の薔薇の花びらから善霊族が、薔薇の棘から影霊族が、はらりと木から落ちた紅葉から竜族が、雪の結晶から幻狼族が、次々と生まれたと云う。そしてそのどれでもない澱は闇となり大地の底へ沈んだ。創世の女神は自分の創り出した世界を見守らせるために他にも神を創った。生命の輪廻や死を司る神、大地の恵みを司る神、魔法を司る神、武を司る神、技術を司る神、遊戯を司る神、そして最後に愛の神として双子の女神を生み出し眠りについた。姉神は太陽を司り全てを等しく愛したが、妹神は月を司り闇の澱に興味を持った。そして自分の力で闇の澱から戯れに魔族を創った。魔族はどの種族よりも強く固く度々世界の住人を襲った。気を良くした妹神は魔族達を纏める帝王を闇の澱から創り、世界を破壊せよと命じた。それは姉神には自分だけ見ていてほしかったからとされている。それに対して姉神は黙って見ていない。信心深い人間に自らの力を分け与え魔帝を討たせようとした。それが勇者と聖女の始まりである。しかし勇者は魔帝を完全に討滅することはできず、封じることで精一杯だった。

聖女は魔帝を封じるため永遠の祈りと共に世界樹へ変わり、勇者はそこへ国を作った。そして双子神は争いながらも太陽と月で眠りについた。太陽の力が強い間は魔帝の封印が解けることがない。人々は太陽神レイナディアを信仰した。しかし月神ノクターノが力を増す時、太陽を隠し厄災を起こす。それは魔帝の復活である。厄災が起きずとも魔帝には九柱の魔王の配下がいる。魔王と魔族達は地上に現れては悪さをする。それは時に暴力であったり、時に誘惑によって人を魔に闇に堕とすことだったりする。それを食い止めることが生命あるものの使命だと我々は考える。そして、願わくば二度と厄災が起きず──魔帝が復活せず完全に討滅できることを願っている」


そして、女神の神託により選ばれた当代の聖女と()()がヒスイとボクであること。それは魔帝の復活の予兆。

ただ、勇者と認められるにはまず世界樹の試練を受けなければならない。世界樹に眠る聖女から武器を賜らなければならない。


「イローナにはまずその試練を受けていただきますです。レイリーも参りますですか?」

「当たり前じゃない。もちろん行くわよ!」

「では早速参りましょう。陛下、慌ただしくて申し訳ありません。失礼いたします」

「よいよい。イローナ嬢が()()()()()()()()ことを祈る」


……? 過去に正しくない勇者でもいたのだろうか。

ヒスイやレイリーに聞きたかったけれど、神妙な顔で歩く彼女達からは聞けそうもなかった。今は、まだ。

まずは試練を乗り切ろう。


行き先は大教会の中庭、世界樹に面している場所だった。美しく清浄な気配だ。空気が凛としてのどかなのにどこか張り詰めている気がした。


「よろしいですか?」

「あ、ああ。何をすればいいのかな」

「ヒスイと共に祈りを捧げる──それだけなのです。もしも勇者の資格があったなら初代聖女から魔を滅するための武器を賜われるでしょう」

「資格がなかったら?」

「……」


何も起こらないのだろう。そして勇者は生まれず世界は破滅へのカウントダウンをただ待つしかできなくなるのだろう。

ヒスイと共に世界樹の前で跪く。


「では、参ります。神言はヒスイが述べますので、イローナはただ祈りを初代聖女様に届くように捧げていてください。それからレイリー。そこから動かないようにしてくださいなのです」

「……ふん」


そばについていたかったのだろう、レイリーは立ち入りを禁じられて面白くなさそうに腕を組んだ。重そうな彼女の胸が組んだ腕に乗る。いつ見てもグラマラスな体型だ。おっといけない、祈祷に集中しなければ。


「────神ノ樹ト成リテ神界ニ留マリ坐ス

掛ケマクモ畏キ陽ノ神ニ愛サレシ処女(おとめ)

闇病ンダ澱祓ヘ給ヒシ時ニ生リ坐セル

勇マシキモノノ武

猛キ力を振ルウモノノ理

災禍憂ヒシモノノ舞ヒ

無垢ナルモノノ涙

黎明告ゲシトキ

追ウモノ有リテ赤ノ鍵ヲ

追ワレルモノニ黒ノ鍵ヲ

(さと)ニハ夢ヲ

霞ニハ(じつ)

罪ト穢被リシ災禍ノ鳥有ラムレバ

隠シ人吊ルサレシ樹ヨリ永遠ナル聖杯(さかずき)授ケ

全テヲ御名ノ元ニ還シ

冬ノ積モリ春ノ風ガ吹キ飛バスヤウニ

祓へ給ヒ清メ給ヘト

白スコトヲ聞コシ召セト

恐ミ恐ミモ白シマス────」


初代の聖女様、聞こえていらっしゃいますか? あなたが愛し、そしてボクも愛するこの世界に災いが訪れようとしています。もしもボクに資格があるのなら、ボクを勇者と認めていただけるのなら。あなたの力をどうかお貸しください。魔を封じ、魔を滅する力を、ボクに────


────凛。

神言をヒスイが言い終わって五秒程で光を感じて目を開けた。すると、白く輝く槍が浮いていた。思わず手に取る。すうっと槍に吸い込まれるように光は消えた。

すぐさま近くにいた司祭様が鑑定してくれた。


「輝光槍イアガルドニース。魔を祓い魔に馴染み魔を穿つもの。あなただけの武器なのです、イローナ。儀式は成功ですね」

「ボクだけの……」

「無事あなただけの武器を得られたということで、話しておかなければならないことがあります」

「? 何かな」


ヒスイはちょっと躊躇うように話し出した。

過去にも無事武器を賜った方はいらっしゃいました。しかしその方は力に溺れ魔に見い出され世界の敵へと変貌してしまいました。魔王の一柱を討ち滅ぼしたというのに、その方は真の勇者ではなかったのです。あなたも例外ではありません。ゆめゆめ力に溺れることのなきよう、平和を愛し善意を夢見て希望を忘れずに。あなたが真の勇者として覚醒する日をお待ち申し上げています。


「真の勇者とは?」

「世界樹から賜った武器だけでは足りないのです。世界各地に散らばる四つの装飾品を見つけ出し身につけて初めて勇者と呼ばれる方になるのです。イローナは……そう、今はまだ勇者候補、といったところでしょうか」

「魔帝復活が近いというのになんとも悠長な……世界を旅してまわれと。ちなみにその装飾品の在処が残されては……」


ヒスイは首を横に振った。まあ、そうだろうと思ったよ。困ったな。


「旅に出るならヒスイもついて行きます。聖女ですから」

「それでもレイリーとの三人旅か……」

「あ……っ」

「ヒスイ?」


ヒスイが突然黙り込んだ。その目は焦点が合っていない。どうしたと言うのだろう?


()、は────」


────そなた達を常に見守っている。運命を切り開け愛しい子らよ。

運命はそなた達が進む道であり望むこと。そなた達に剣を盾を授けよう。その名は────



読んでくださってありがとうございます!

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すごく応援しているなら⭐︎5、そうでもないなら⭐︎1と、感じた通りで構いません。

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