舞台裏
ヨリ・イェルシーは自分の境遇を少しばかり憂いていた。この肌も髪も、自分が望んでなったものではないというのに。
十六年前の雪の月、それはとても寒い日だったという。このイェルシー孤児院の前におくるみを着せられて置き去りにされていた。自分の生命力に万歳をしたい気分だ。父親も母親も知らないまま育ったが、それは生まれた時にこの人間離れした容姿を疎まれたのではないかとヨリは考えていた。金の肌も銀の髪も、人ではなく影霊族の特徴だ。紫の目も多いと聞く。だけど自分は人間で。あるかもわからない家系図を何代も遡れば影霊族がいるのではないか。つまりは先祖返りだ。自分は耳は長くないけれど。
疎まれる容姿ならば人よりも努力して役に立てるようにしなければと孤児院で学べるものは率先して学んだ。本は好きだったし色々な本を貪るように読んだ。大教会から来る巫女様達はこんな自分にも優しく質問をしたら答えてくれた。九つになる頃には他の子供よりもすらりと背が伸び手足も長くなった。大人の手伝いも洗濯も料理も掃除もできることは何でもやった。自分の存在価値を証明したかった。本当はもっと他の子供達と仲良くしたかった。もっと遊びたかった。しかし子供は大人よりも排他的だ。自分達と違う容姿のヨリは無視され暴言を吐かれ石を投げられることが日常だった。巫女様達はその行為を咎めはしていたが、それはヨリに対するイジメを加速させるスパイスでしかなかった。ヨリは隠れて泣くことが増え、どんどん卑屈になっていった。明るい姿を自ら閉じ込め隠した。
転機が訪れたのは十六になった年だった。この国の第一王女が孤児院を視察に来た。陰からこっそり覗くととても美しい人だった。たしか母君が善霊族だと聞いていたが耳が長いので特徴が濃く出たのだろう。深い海色の髪に白い肌、切れ長のシルバーの星屑を集めたような瞳には目を奪われた。だけど近寄ることはできなかった。自分なんかが寄って行ったら迷惑だと思ったから。だからその王女様から話しかけられた時には驚きすぎて言葉を忘れかけた。
「ねえ、ここから出て私と王宮に行かない?」
「……え?」
「嫌?」
美しいだけじゃなくなんと慈悲深い。こういう人を女神と呼ぶのだろう。自分なんかに興味を持って連れ出してくださるなんて。その時はわからなかった。なぜこんな自分をこの女神が選んだのか。だけど理由はなんでもよかった。ここから連れ出してくれるなら。
「私はリリアナ。あなたは?」
「ヨリです」
そうしてヨリは辛かった日々から抜け出せた。リリアナはヨリに色々な物を与えた。服、靴、かばん、アクセサリー。どれも特注だ。さすがに高価すぎるし遠慮すると本やぬいぐるみを与えられた。これなら既製品だからいいだろうと。それは間違いではなかったのだが……
ヨリとしては美味しい食事と温かな寝床、それに加えて毎日の湯浴みと侍女によるスペシャルマッサージ、どれもこれもが自分には眩いくらいなので辞退したかったのだがリリアナが許さなかった。ただでさえ孤児を拾って王宮へ迎え入れたことで心無い人達から「偽善者」と言われているのを聞いていたから申し訳なかったのだが、当のリリアナは何も気にしていなかった。何かこの恩を返せはしないかと毎日考えるようになった。
リリアナはヨリの他にも幻狼族の女の子を保護していた。名前はメア。彼女とも仲良くしたかったが、警戒されているようでなかなかチャンスは来なかった。だけどたった一度だけ褒められたことがある。リリアナに王宮へ行こうと誘われた日だ。コンプレックスだった肌と髪と目を綺麗だと言ってくれた。
ある日リリアナが所用で部屋を空けた時、メアから話しかけられた。自分を嫌っているのかと思っていたから驚いた。
「ねえ、ヨリは姉さんの役に立ちたいと思う?」
「姉さん? リリアナ王女殿下?」
「そう、リリアナ姉さん」
思うけど……口にはしなかったが表情で悟られたようだ。ならば、と王宮騎士団の正騎士になって姉さんの近衛騎士になれるように訓練したらどうかと提案してきた。それはとてもいい考えだと思った。戻ってきたリリアナにあなたの近衛騎士になりたいと伝えると反対はしなかったがメアがデコピンされていた。余計なことを言うなと言わんばかりだった。仲の良さそうな二人を見て羨ましく思った。
次の日から訓練と勉強漬けの地獄のような毎日が始まった。走り込み、筋力トレーニング、剣の素振り。少しして魔法の適性も見られたので宮廷魔道師団での訓練も追加された。訓練が終わった後はすぐにでも眠りたいほど疲れていたが、そこから勉強が始まる。最低限は孤児院でも学んでいたが、王宮で過ごすとなるとそれでは足りない。睡眠時間が日に日に減っていくヨリをリリアナは心配そうに見て「無理はしないでね」と言った。それを見ているメアが自分が言い出したことなのに嫉妬でいっぱいの目で見ていることも気がついていた。気がついていないのは、本人だけ。
メアのことを可愛らしいと素直に思った。だけど言い出したのは彼女だし、努力するしないは自分の勝手だ。そこは大目に見てもらいたい。
一ヶ月程で一度疲れすぎて体が食べ物を受け付けなくなった。しかし吐きそうになるのを懸命に堪えて飲み込んだ。何をするにも体力は必要だ。
血の滲むような努力を重ねて、ヨリはわずか一年で見習い騎士になった。だけどそれでは満足できない。早く正騎士になりたい思いでいっぱいだった。多少の無茶は無視して気にしないようになった。早く。早く。少しでも早く。自分を助けてくれたあの人のお役に立てるように。
そしてある時唐突に影潜みの魔法が使えるようになった。嬉しくて報告しようとリリアナの部屋を訪ねたらメアが泣きながら話しているのが聞こえてしまった。悪いとは思いながらも最後まで扉の外で聞いてしまった。メアは泣きじゃくった後の能面のような顔で涙を流しながら「気にしてない」と答えた。この頃には自分をヨリちゃんと呼ぶようになっていたし、リリアナを姉さんと呼ぶようになっていたが、二人は全く気にしていなかった。ただし騎士団でも魔道師団でも王宮内でも、リリアナに相応しくないと言われることはあったけれど。その度にリリアナはかばってくれた。フランクに軽い口調で話す方がお好みのようだ。
そしてメア……彼女の運命とも呼べる話を盗み聞きしてしまったことで、少なからず同情してしまった。自分よりも過酷だと思ったから。しかし獣は聡い。メアには不機嫌に言われてしまった。
「同情はいらない。そんなものより姉さんの役に立つための努力をして」
(そうか……あんなに嫉妬でいっぱいの目をしていてもまだヨリちゃんには姉さんの役に立てるようになってほしいんやな。いらないと言われても同情はしてしまうし、何よりもいじらしい)
いらないと言われたから、そんな素振りは見せないようにした。そして相変わらず努力の日々が続いた。そして二年がたった。ついに正騎士としてリリアナの近衛騎士となれた。嬉しくて二人にはすぐ報告した。リリアナは優しい顔で「頑張ったわね」と褒めてくれメアは少し複雑そうな顔で「お疲れ様」と言ってくれた。
この日から、何もない時は常にリリアナの影に潜み、彼女を守る日々が始まった。たまたまとはいえ自分にこの魔法の才があって幸運だと思った。守りたい人を何より近くで守れる。リリアナが自分を選んだ理由はけっして身を守らせるわけではなく、ただ興味を引かれたからだ、と知ったのは正騎士になってからだったけど。
メアはこんな自分をどう思っているのだろう。羨ましい? 妬ましい? どちらであっても構わない。自分にできることはただリリアナの影でいることなのだから。しかし、憎まれ口を叩ける程度には仲良くなれたと思っているので、どうか彼女にかけられた世界からの呪いが解ければいいと思っている。呪いかどうかは知らないが。こんなことを考えていると勘づかれたら、また彼女に「同情しないで」と言われそうだけど。
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