第三幕 (元)孤児の近衛騎士
「メア。明日は孤児院の視察に行くわよ」
「えー、王女様の公務ってやぁつぅ?」
「そうよ」
ああ今日もお茶が美味しいなぁと思っていたら脈絡もなくティータイムに突然言われた。うっかり飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
正直面倒くさい。でも姉さんはやると言ったらやるし、行くと言ったら行く人だ。あたしに声をかけてきたのはついて来いという意味だ。
「孤児院って親がいない子供がいっぱいいるところだよね? 大教会が運営してるんだったんだっけ」
「あら、勉強嫌いかと思ってたら意外とよく学んでいるじゃない」
意外とは失礼な。本を読まないだけだし人間に興味はそんなないけど三年もここで暮らしていたら情報くらいは入ってくる。あと親がいないのはあたしも一緒だ。母親は産後の肥立ちが悪くて亡くなった。父親はあたしが一歳の時に魔族に襲われた。それ以来あたしはノドカの親にノドカと一緒に育ててもらっていた。まるで姉妹のように。だからこそノドカが消えてしまった時は報告するのをちょっと躊躇ったし、生きているなら里にちゃんと連れ帰りたいと思う。寂しくないかと言われれば否定できないけど、今のあたしには姉さんがいてくれる。お城の人達もほとんどは優しい。たまにそうでない人もいるけど。
ところで大教会とは太陽の女神レイナディアを信仰するレナード教の総本山だ。教皇がいて、枢機卿がいて、司祭達がいて、聖女がいて、巫女達がいて。教えを説くと共に貧しい人を助けたりしている。孤児院運営もその一環。一番偉いのは教皇だけど、人々は皆象徴である聖女を推すしその補佐をする枢機卿を崇める。巫女達は癒しの能力が使える乙女の集団だけど、聖女はそれに加えて女神からの神託を受けられると言われている。本当なのかなー? こればっかりは聞ける本人がそうだと言うのだからその言葉を信じるしかない。
とにかく明日はその孤児院に行くことが決定した。耳とか尻尾を隠せるようにマント着て行こう。引っ張られたくない。姉さんの弟のサバタみたいにあたしを見れば耳や尻尾を引っ張ろうとしてくるかもしれないから。あのクソガキ。
「ごめんね、うちの弟が」
「……姉さん以外は王族みんな嫌い」
「あら奇遇ね。私もよ。同じ母親から産まれてもそうでなくても、好きになれる人はいないわね。お父様もお母様も助けてはくれないし」
姉さんの身分はかなり高いのに。嫌がらせをしてくる弟妹も皇妃や側室も後を絶たない。皇后様すら見えない嫌がらせを行う。それを姉さんは流しているけど、心にも傷はつくはず。あたしの存在が少しでも癒しになればいいなと思う。
「王族でも貴族でも平民でも。イジメなんて普通にあることよ。程度の低い奴らが自分達より下だと格付けないとやっていけない程弱いってだけよ。だから大丈夫」
凛としてそう言い切る姉さんは大人びていて格好良くて、とても美しかった。
「今日も一緒に寝ていい?」
「もちろんよ」
だから、わざと甘えてみせた。きっとこんな浅い思惑も見抜かれているんだろうけど。
次の日。大教会の裏手にあるイェルシー孤児院へやってきた。大教会は王都の中心にある世界樹を王宮からぐるっと反対に行ったところにある。世界樹は初代聖女が眠っているという。あくまで伝説。だけどそう言われてもおかしくない程大きくて常に緑の葉っぱを茂らせた古木。
参拝していくかと聞かれたけど断った。あたしは女神信仰も聖女信仰もしていない。
「ようこそ、リリアナ殿下。本日は視察ということですのでご案内させていただきます」
孤児院の担当の巫女に連れられ施設内をひと通り回り子供達の状態について質問する。今のところ飢えている訳でもなく、子供達はよく学び働き、成人する十八歳には巣立っていく。ただ、親が育てられなくて置き去りにされていく子はまだまだ多いそうで、そこだけが気がかりであるとも。
暇にしてたけどとりあえず良かった。警戒していたけど耳も尻尾も引っ張られなかった。マントで隠していたからかな。やんちゃそうな子供は結構庭で遊んでいるのは見たけど。
ふと悲鳴が聞こえそちらを見ると背の高い女の子が石を投げられ逃げ回っていた。その肌の色は日に焼けた時よりももっと黒い。髪も手入れをすれば輝くだろう銀髪だ。
「ああ……また。彼女はとても真面目で礼節もわきまえよく学び働き者なのですけれど……少々気が弱くて。子供は自分達と違う物に排他的です。見つけ次第注意はしているのですが」
ふうん、素敵だと思うけどな。金の肌も銀髪も滅紫の瞳も。
自分達と違うってだけでいじめるなんてそっちの方が格好悪い。
『程度の低い奴らが自分達より下だと格付けないとやっていけない程弱いだけよ』
いつかの姉さんの言葉がよぎった。ああ、たしかにそうだね。
「彼女は影霊族ですか?」
「わかりません。しかし……容姿からして血は引いているのでしょう」
姉さんの目がキラッと光ったのをあたしは見逃さなかった。あれは興味があるしるし。
ふらっとその子へ近づいて行く。ほら、やっぱり興味を持ったんだ。周りで石を投げていた子供達はヤバッという顔をして逃げていった。
「ねえ、あなたいくつ?」
「え?」
「年齢よ年齢。何歳?」
「わ、私は生まれて間もない赤ん坊の時に置き去りにされて。見つけてもらった日が誕生日になって。その、その日を信じれば、十六歳になります」
「ふうん。孤児院は好き?」
「好きも嫌いも……ただ、お世話になっていると」
「そう」
あ、これは気に入ったな。連れ帰るって言い出す。
三年間でなんとなく姉さんのツボがわかった気がする。
姉さんは常に退屈している。若くして既に人生に飽いている。娯楽に飢えている。色々なものを手にしているのにそれが気に入らない。それを解消してくれるものは人も物も大好きでそしてとても大切にする。使用人とかもそうだから間違いない。従魔もそう。というかそんなこと言ってるあたしもそう。
「ここから出て私と王宮に行かない?」
「……え?」
「嫌?」
ほらやっぱり。そして相手の意思を尊重してるかに見えるけどもうこれは姉さんの中では決定事項なので覆ることはない。例外があるとすればよっぽど王様に反対を食らった時だけど、王様はいい意味で子供達に対して放任主義だ。だからきっとOKが出る。あたしの時はちょっと渋ったって聞いたけど。なんで?
そういえば名前すら聞いてないけどそれはどうでもよかったんだろうか。それよりもまず気に入ったと。
「よ、よろしくお願いいたします」
「よろしくね。私はリリアナ。あなたは?」
「ヨリです」
決まってから名前聞く普通? とにかく本人の了承を得た姉さんはうきうきしながらヨリを引き取る手続きをしに行く。楽しそう。あたしより気に入ってたらどうしよう。そんな思いを抱えながらヨリに近づく。フードを取って耳を見せながら挨拶する。
「初めまして。あたしはメア。メア・ラヴリーヌ。ヨリって言うんでしょ。姉さんに気に入られた者同士、よろしく」
「姉さん?」
「リリアナ姉さん」
「ああ……よろしく……お願いします。メアさんは幻狼族?」
「さんはいらない。そうだよ。ヨリは人と違ってるけど綺麗だね。自信持っていいと思うよ」
「え?」
「じゃあね」
手続きを終えた姉さんがやってきたので軽く手を振って姉さんに駆け寄る。姉さんはヨリに二日後に迎えの馬車をよこすから準備を済ませておくように言った。
「帰ろうか、メア」
「うん。掘り出し物あって良かったね」
「んー? 妬いてるの」
「……別に」
可愛いわねと言われほっぺたをぷにぷにされた。
二日後。引き取られたヨリは毎日のように栄養価の高い食事を出され姉さん直属の侍女達の手で湯浴みをし頭の先から爪の先まで丁寧に洗われた後、姉さんのお気に入りのゼラニウムやベルガモットの精油に蜂蜜とバターを混ぜたボディーオイルで念入りに丁寧にマッサージをされた。髪も香油を塗り丁寧に梳ることでサラサラになり天使の輪が見えるようになった。そしてふかふかのベッドでたっぷりの睡眠。それを約一ヶ月間。髪はサラツヤ、肌はぷるぷるもちもちの美少女が出来上がった。
姉さんも同じことを毎日しているけど、あたしは湯浴みだけさせてもらって残りはパスしている。あまり人に触られたくないしオイルの香りが苦手だから。シャンプーやボディーソープの香りですら辛いので特別に香りが薄く泡立ちのいい石鹸を用意してもらっている。あとは栄養価が高い食事とティータイム、安心して眠れる環境があれば十分だ。
☆☆☆
「ヨリちゃんもあん時は女神様が現れたかと思たわ」
「わかる。姉さん美しいしね」
「それに加え優しい」
「ちょっと止めてよ二人とも」
姉さんの頬が薄く紅色に染まった。いつもは凛として格好良くて美しくて知的で……(褒めだしたらキリがないからここまで)そんな姉さんが恥ずかしがるところは実に人間味があって好きな顔。姉さんはなんていうか……クールビューティー? というやつだ。近寄りがたい雰囲気を出しているように見えるけど本人は全然そんなことはない。興味がないだけで。妹や貴族のご令嬢を招いてのお茶会もよく開催して情報収集に抜かりはないし、街へ視察へ行くこともしばしば。そこでもお優しい姫君として平民からも人気だ。
時には孤児院にも貧民街にも顔を出し自分の予算から寄付をしたり炊き出しを行う。王族としてパーフェクトだ。人気なのはヨリもだけど。愛想がよくて誰にでも分け隔てなく優しいヨリも街の人気者だ。果物やらお菓子やらをよくもらってる。男女比は三:七。女性からの方が人気がある。王女である姉さんに直接渡せない者はヨリに渡してくるので両手いっぱいに荷物があることもザラにある。
ヨリは姉さん(とその侍女さん達)の手ですっかり垢抜けた美少女になってからは姉さんの役に立ちたい! と姉さんの近衛騎士になるべく勉強も訓練も人の何倍も努力した。そこまでを求めてはいなかったのか姉さんが心配するほど。ヨリは闇魔法の適性があった。それなら影潜みの魔法を覚えれば常に姉さんの影に潜んで守れると言うとそれだ! と気づいたヨリは前より一層その魔法の取得に勤しんだ。そんな魔法が使えるなんてずるい。あたしだって……
この世界の魔法は六属性ある。火・水・風・雷・光・闇だ。姉さんは水属性魔法に加え召喚魔法も使える。愛馬のアルネも姉さんが召喚する聖獣ユニコーンだ。あたし? あたしは、水属性の上位の氷魔法だ。上位だからって別に強いわけじゃない。普段は専ら夏の姉さんの冷房代わり。あと氷が欲しい時とか。こんなんで本当に姉さんの役に立てているのだろうか。
「メアはそこにいてくれるだけでいいのよ」
焦っているのを見破られたのはいつだっただろうか。ヨリが来て一年後、騎士見習いに昇格したお祝いした時だったかもしれない。その後二年で正騎士に昇格して無事姉さんの近衛騎士の座を勝ち取った時にはもう何も思わなかった。三人で一緒にいることが自然だったから。
でもその時はとにかく焦っていた。あたしの方が先に姉さんのそばにいた事実は変わらないけど、相変わらずオルルへカートも上手に振れなかったし、魔法の技術もまだまだだった。努力の差か。体の成長の差か。才能か。何が足りない? 姉さんにもヨリにも見えないように泣いていたことも何度もある。こんなざまで姉さんのそばにいていいのか。ノドカの行方も掴めるのか。いてくれるだけでいい、というのはペットと変わりないんじゃないだろうか。考えるたびに熱い涙が目からこぼれ落ちた。ああ、いけない。目が真っ赤になって姉さんに泣いたのがまたバレる。姉さんはめざといから。
ある日あまりにもあたしの目が真っ赤だったから、姉さんが心配して抱きしめてくれた。頭を撫でてくれた。
「どうしてそんなに泣いたの? 私には話せない?」
「だって、だってあたし……何もできない。ヨリみたいにすごくない」
「そんなこと。メアがいてくれるおかげで私は毎日楽しいわ。灰色だったここでの生活がとても色鮮やかになったの。ヨリはたしかに私に恩義を感じて頑張ってくれている。でもそれを強制したわけではないし、メアに同じようにしてほしいとも思わない。一緒にいてくれればいいの。こんな伏魔殿みたいな場所で私を一人にしないで。ね?」
「でも……」
ヨリを連れて帰ると決めた時もそうだけど、と姉さんは微笑んであたしの赤くなった目をそっと撫でた。
「メアは嫉妬深いのね」
「嫉妬?」
「違うの? ヨリに嫉妬してるじゃない。私を取られまいとしているんでしょ? そこまで大切に思ってくれて嬉しいわ」
ぼんっ。自分の顔から湯気が出るほど赤くなったのがわかった。なんて子供っぽい……
そうか、あたし、そんなに嫉妬深い性格だったんだ。考えたこともなかった。それに、そう思うほど姉さんを大切に思っていることも。
ノドカのことを忘れたわけじゃない。でも、姉さんは大切。好き。その姉さんが、一人にしないでとお願いしてくれるなら、叶えよう。それがあたしのできることだ。
「姉さん」
「何?」
「ずっとそばにいるよ」
「ええ」
「だから……話、聞いてくれる? 突拍子もない話で、今まで誰にも話したこともないんだけど」
そうしてあたしは自分の記憶の話をした。無数の人生。その最期。毎日のように夢に見ること。魂が擦り切れてしまうまでこの日々を過ごさなければいけないのかと思うととても怖いことを。
姉さんは時に質問を交えながら最後まで聞いてくれた。そしてぎゅうっと抱きしめてくれた。
「よく、頑張ってるわ。あなたは」
「うん」
「呪い……かどうかはわからないけれど、その呪縛から逃れられるように私も協力するわ」
「……うん」
「まずは宮廷魔道師団に行って呪いのバッドステータスじゃないかどうか確認だけでもしてみましょう」
「ヨリちゃんもついてくで」
「ヨリ!?」
ドアから現れたヨリはすまんなぁと頭をかきながら答える。聞くつもりはなかったんやけどと。
「ノックしよ思てんけど。泣いてるの聞こえたからつい聞き耳立ててしもて」
「いいよ。ヨリにもそのうちこの話しなきゃと思ってたし」
「涙こぼして無表情で抑揚もなしに言われるとめちゃめちゃ怖いんやけど」
とにかく、と姉さんが頭を撫でてくれながら言う。明日早速宮廷魔道師団に行きましょうと。ヨリに師団長にアポを取らせに行き、しばらくの間姉さんは泣いているあたしを抱きしめていてくれた。
「姉さん、師団長は明日の午後ならええ言うてましたわ」
「わかったわ。そういえばヨリ、私に何か用事だった? まだ訓練終わる時間じゃないでしょ?」
「あ、そうそう。この度影潜みの魔法覚えましてん。なので訓練や勉強の時間以外は姉さんの影にいさせてもらおうかと」
「あらすごい。もう使えるようになったのね。わかったわ」
ヨリの口調がフランクになってきたのもこの辺りからだった気がする。隠していただけで実はこういう性格だったらしい。今では人前でも堂々と姉さんにこうして接しているけど、最初の頃はまだ姉さんを「リリアナ様」とか「殿下」とか呼んでいたし敬語だった。でも姉さんが許可を出してからは気にせずに「姉さん」と呼びフランクな口調になった。たまに見つかると咎められるけど、普段は姉さんの影の中にいるし、見つかっても姉さんと一緒にいることが多いから注意したものは逆に姉さんに嗜められることが多い。
次の日魔道師団長に会い調べてもらったけどバッドステータスはなかった。ただ、魂に歪みのようなものが見えるっぽいので聖女様に見てもらった方がいいと言われた。
「ぽいって何よぽいって。師団長のくせに役立たずね」
「聖女様かぁ……」
「アポイントメント取るの難しそうね。一応手紙を書いておきましょうか」
姉さんは机の引き出しを開けると王家御用達の便箋を取ってさらさらと綺麗な字で面会のお伺いの手紙を書いた。封筒に入れて封蝋で閉じて、使用人に大教会に届けるように渡した。
次の日、手紙が届いた大教会が大いにざわついたらしいのはここだけの話。
え? 面会? できてないよ。
結局その時は聖女様に会えず終いだったんだもん。
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