第二幕 退屈なお姫様
──退屈だわ。
毎日行われる王族のための英才教育。下手に王位継承権が高いと面倒で損ね。どうせまだ子供は作るんだろうし、私なんかもっと下げてくれたら良かったのに。王太子を抜かして生まれた順になんかするからよね。
私の名前はリリアナ・ツーベルク・ド・アゼンタイン。このアゼント王国の第一王女。王位継承権は第三位。十歳。どうせ王太子が継いで国王になって、私はどこかのお貴族様に嫁がされるんでしょうね。十八歳の成人までに発言権を増して少しでもマシなところに嫁ぎたいものだわ。
いや、いっそ王太子とお兄様を廃嫡させて王位につく手も……ないわね。皇后陛下にもお母様にも暗殺されそうだわ。お兄様なんて母親は一緒なんだし。お母様はこの国の第一皇妃。皇后陛下に次ぐ身分の高い女性。そして発言権もある。そんなお母様が王の第一子を生んでしまったものだから皇后陛下もさぞや焦ったでしょうね。次子も私だったし。私の二歳差でようやく王太子になる第二王子がお生まれになってさぞかしご安心なさったことでしょう。くすくすくす。私のすぐ後に第二王女を生んでいたとはいえ基本は男子に王位は譲られるもの。しかも王太子が生まれる前に側室から第三王女も生まれたとなれば発狂しかけたことでしょう。私達が夭折しなくて良かったわほんと。
ある日のこと。今日は魔法の実技。座学ばかりじゃ退屈すぎて寝てしまいそうだし、なによりお尻が痛くなってしまうわ。
「では姫様、自分の力でできるところまでどうぞ」
カチン。あんた宮廷魔道師だからって馬鹿にしてるの?
私が使えるのは水魔法。そして、召喚魔法。実はこっそり練習してすごいものを呼べるようになったから驚かせてやるわ。
「召喚、聖獣アルネ」
「……は?」
私の手から黄金の光に白いラメが入ったような魔力が放出され召喚したものを形作る。召喚術を使う時の魔力はいつもこれだ。水魔法の時は青なのに。
ぽかんとする魔道師。それはそうよね。目の前にいるのは真っ白な毛並みにアクアマリンの角の聖獣ユニコーン。名前もつけてあげたの。アルネ。いい名前でしょう?
「ひ、姫様こちらは……」
「なんか呼べるようになったし契約もしたから私の愛馬にしようと思ってね」
「聖獣をですか!?」
「ええ」
「……わかりました。これからは水魔法の訓練だけにいたしましょう」
召喚師としては教えることが何も無いと思われてしまったみたい。少し前までは精霊とかだったものね。
水魔法ももっと極めたいし、ユニコーン以外にもすごいものを呼べるようになりたい。ああ、成人したら宮廷魔道師団に入りたいとか言ってみるのも悪くないわね。お父様に直談判してみようかしら。
またある日のこと。宿題として出された魔法式学のレポートが煮詰まってイライラしたからアルネに乗って森へ遠乗りしたの。これをやると後からお父様からもお母様からも怒られるのだけど。危険だからって。
まあそれはいいとして、そこで倒れている少女を見つけたの。艶やかであろう黒髪はぼさぼさで可愛らしい顔は腫れて鼻血も出ていた。無茶苦茶に森を歩いたのか体中傷だらけだった。でも、私は不謹慎にもちょっとわくわくしたの。可愛い、欲しい、って。それで自分ができる最大限の応急処置をして、王宮へ連れ帰ることにしたわ。
え? 回復魔法といえば光属性ではないかって? もちろん本格的な治療をするのであればそうよ。でも応急処置だけならどの属性でもできるの。できるものなのよ。
というわけでその少女を連れ帰って客間を準備させてベッドへ寝かせたわ。宮廷魔道師で回復魔法に明るい者を呼んですぐに魔法を使わせたのだけど、なかなか効きが悪くて。ああもう使えない! とやきもきしながらもその魔道師を帰して目が覚めるのを待つしかなかった。
侍従を一人置いて、容態に変化があったらすぐ知らせるよう言い聞かせて自室へ戻ったわ。そういえばなぜか錆びたナイフをしっかり握りしめていたけど、一応刃物だからなんとか手から外して預かっておいたの。
彼女が目覚めるまでの五日間、暇があれば顔を出したかったけれど、勉強が忙しすぎてそれどころじゃなかった。気が気じゃなくてあんまり身が入っていなかったけれど。
目が覚めたと報せが入った時にははしたないと思いながらも廊下を走ってしまったわ。すぐお母様に見つかって叱られたから早足程度まで速度は下がったけれど。
その子はベッドの上でぼんやりしていた。ベッドの端へ腰かけて、自己紹介をしたわ。
「こ、こは……どこですか」
「アゼント王国の王宮よ。あなた、ミスティメイズの森でぼろぼろになって倒れていたの。幻狼族なんて初めて見たわ。覚えている?」
「なんと、なく……あなたは」
「アゼント王国第一王女、リリアナ・ツーベルク・ド・アゼンタインよ。あなたの名前も聞かせて?」
「メア……メア・ラヴリーヌ、です。リリアナさん、は善霊族?」
私の耳を見て勘違いしたのね。それに警戒してる。幻狼族は里にいることが多いから人間と交流がないものね。
私は善霊族と人間の合の子。お母様はヴィオル・ユグドレア・ド・アゼンタイン。善霊族の国、メディカ女王国の女王の妹。二国間の関係を親密にするため第一皇妃として輿入れした。血筋としては割とやんごとない。名前が長いのは王族は生まれた時もしくは入内した時に新たな神語のミドルネームを授かるからだ。お母様でいえば「ユグドレア」、私でいえば「ツーベルク」がそれにあたる。ちなみに側室の子には名が与えられるけど側室本人には名は与えられない。
ハーフだということを伝えると先程よりは警戒心が薄まった……気がする。まだ怖いかしら。
「ねえ、幻狼族の話を聞かせて。私みたいな王宮のどろどろした話聞いても楽しくないでしょ?」
「ちょっとは、興味深かったよ。王位継承権の順番とか。男子にしかないんだと思ってた」
「大昔はそうだったらしいけどね。幻狼族は王……って言わないかしら。長? とかどう決めるの?」
そうやって晩餐の時間までたくさん他愛もない話をした。メアの話はとても面白かった。
「朝と夜ならどっちが好き?」
「満月と三日月ならどっち?」
「一番好きな季節はどれ?」
「食べ物は何が好き?」
「飲み物だったら?」
「炎と雷、どっちが怖い?」
「魚と鳥、どっちになってみたい?」
──朝が好き。三日月が好き。冬が好き。甘いお菓子が好き。ホットチョコレートが好き。炎かな。どっちかといえば魚。イルカになりたい。
「リリアナは?」
呼び捨てしてくれる程警戒心をといてくれたことを内心喜びながら答える。
──私も朝が好き。満月が好き。初夏が好き。グラタンが好き。紅茶が好き。どっちも怖くないわ。絶対に、鳥。
メアが倒れている事情は聞かなかった。話したくなったら聞こうと決めていた。
後から一番の仲良しの友達が生死不明で行方知れずだと聞いた。それは心配にもなるわよね。ずっと浮かない顔の原因がわかった。だから心からその友達が生きていますようにと願った。
晩餐にはメアは参加できない。だから代わりに部屋に食事を運ばせた。また明日も来ようと思ってそう言ったら一瞬驚いたような変な顔が見れた。可愛い。
自室に下がって寝る準備を整えベッドに横になる。食事中も入浴中もメアのことが頭から離れなかった。入浴中なんかそれでちょっと溺れかけてちょっとした騒ぎになった。
あの子なら私のこの退屈を解消してくれるかしら。一緒にいてくれるかしら。出会ったばかりなのについつい期待してしまう。だって兄弟はいれどみんな王位を狙うライバル同士でしかない。仲良くなんてできないんだから。友達が、欲しかった。できればあの子みたいな可愛い妹のような。年齢を聞いたら私より三歳下だった。ああ、第四皇妃殿下の双子の弟と同じ歳ね。やんちゃ盛りだろうにあんな警戒心いっぱいにして……可哀想に。笑ってくれるように努力しましょう。
次の日。メアから錆びたナイフを持っていなかったか問われた。私が預かっていることを伝えるとできれば返してほしいと言われた。私の客人(ということにしてある)とはいえ王宮内で刃物はまずいかと思ったけれど、メアの瞳が真剣すぎて、いいか、錆びてたし、という気持ちになった。
気を失っているメアの手から外す時もだったけれど、見た目の割には重く、持っているのも少々大変だったので魔法で水球を作りそれで持ち運びした。魔法の属性付与で雷を足しておいたからこれ以上錆ることはないだろう。
どうぞ、と返すとぎゅっと胸に抱いた。まるで大切な宝物のよう。親友の子との思い出の品かしら。
「幻狼族の、宝の魔剣、だから……」
違った。本当の意味で宝物だった。しかも魔剣。良かったわ二人きりで。私はメアに私以外に口外しないことを慌てて約束させるのだった。
魔剣の銘はオルルヘカート。所有者を選び持ち主の意思の力で本来の大剣の姿を見せる。持ち主以外が持つととてもじゃないが持っていられない程に重いらしい。錆びたナイフの状態でもやたら重かったのはそのせいだったのね。
「リリアナ。こんなにお世話になって申し訳ないんだけど、あたし里に帰りたい。ノドカのこと……報告しなきゃいけないし、あたしが無事だったことも」
「! ええ、そうよね。体は動く?」
「うん、だいぶマシになったよ。そういえばリリアナが手当してくれたんだってね。ありがとう」
「私なんて……応急処置程度よ」
とりあえず宮廷魔道師が役に立たなかったことは黙っておいた。
「明日、行くね。リリアナのこと、忘れない」
「まだ本調子じゃないでしょ。送って行ってあげる。報告が終わったら私と王宮へ帰ってきましょ」
「……は?」
どうして王宮へ帰ってくるのかという顔をしている。だから言ってあげた。
「私ね、あなたのこと気に入ったの。だからそばにいてちょうだい」
嫌だったかしら。あまりにもストレートな物言いだったかしら。だって、本当に可愛くて気に入ったんだもの。妹のようになって欲しかったんだもの。
「いいよ。姉さん」
姉さん。私の思いを知ってか知らずか彼女ははにかんで私をそう呼んだ。なんて嬉しいことを言ってくれるんだろう。
「今日はゆっくり寝て、明日の朝から行きましょ」
「うん」
次の日。日が昇って間もなくして私とメアは幻狼族の里へと向けて旅立った。もちろん、私の愛馬で。
「召喚、アルネ」
「うわっ、ユニコーン!? これが姉さんの馬なの!? す、すごいね」
「ここに運び込んだ時も乗っていたのよ? 覚えていないだろうけど。さ、掴まって。行くわよ」
「わわわ……!」
乗馬は初めてなのかメアは少し怯えている。少しスピードを緩めながら走ったので、ハガリニッド氷原の近くまで三時間近くかかってしまった。
森の中でアルネから降りて歩く。十分もかからずすぐに氷原に着いた。
「メア! お前一週間近くもどこ行ってたんだ! ノドカも帰ってこないし……ってエルフ……いや人間!?」
「ごめんなさい。ちょっとそのことで話があるから長に会いたいんだけど……」
出会い頭にメアを叱った幻狼族AとBはすぐさま長を呼びに行った。
ハーフだけど私が人間だってわかるのね。匂いとか? 見た目だとわからないものね。
少しして長がいるという天幕へ案内された。
「メア!!!」
「長……ごめんなさい。ノドカが、魔族に……あたしも助けようとしたけど全然だめで……」
「そうか……実はな、お前達が姿を消したとほぼ同時にお前のオルルへカートと対になる魔剣、ティアハーディスもなくなってしまったんだ。あれも持ち主と認めた者しか持てない物。誰かが盗んだとしか考えられん……」
そんな……とメアは絶句してしまう。
そんな時に長は視線をこちらへ向けて言った。
「のう、人間の王女様。良ければメアを外の世界へ連れ出してやってくれんか」
え、私? そりゃメアと一緒にいたいけど。外っていうと王都と……視察に行く貴族領くらい……十分外かしら。
「わかりました。お預かりします」
「助かる。メア、外で存分に見識を広め、願わくばティアハーディスを取り戻してほしい。ノドカも……その過程で見つかるやも知れぬ」
「わかった。でも長、人間と関わっていいの?」
そろそろ我らも里にばかり閉じこもっているわけにはいかないからな。と長は笑った。
これで堂々とメアと一緒に……いや、お父様に許可得なきゃだめだったわ。いいって言ってもらえるように努力しましょう。
城へ帰った後渋るお父様に泣き落としのフリまでして頼みこんでようやく本気度が伝わったのか、メアと一緒にいる許可が下りたのだった。
ただし魔剣のことは伏せたのでメアは毎日森の浅いところで日が昇り始める頃に剣の練習をしている。主に素振り。剣の扱い方は宮廷騎士団に頼みこんで練習させてもらっている。いいなぁ。私も体動かしたい。護身術の授業くらいしかないし。乗馬の授業は完璧だからもう終わっちゃったし。魔法はもう座学しかない。座学、座学、座学。もう何が嫌って座りっぱなしだとお尻痛いし眠いって話よね。
時は流れ三年後。もうすっかりメアは王宮に馴染んだ。日の出頃に魔剣の鍛錬をし、朝食後は騎士団と一緒に訓練をし、昼食後は魔道師団と魔法の練習をし、三時になったら私のティータイムに付き合う。晩餐までは自由だから一緒に街まで出かけたり、お昼寝していたり。
ティータイムは最初薔薇庭園でしようとしたら、メアが頑なに拒んだ。では温室かと言えばそれも拒む。花は嫌い、怖いと言って。その理由を聞いても答えてはくれなかったから、私のお気に入りの大木の下が定位置になった。メアの普段の定位置もこの木になった。登ってみたり、木陰で過ごしたり。この木は冬に花を咲かせる木だけど、私が生まれた日に満開だったのを最後に今は蕾もつけない。元々咲く時期がまちまちらしい。今はいい香りのする葉っぱがそよそよと揺れている。
少しは教養もつけようかと本を渡したら文字は読めたけど面白くない、とすぐに放り投げた。慌ててキャッチしてメアを叱った。その代わりに物語をたくさん読み聞かせしてあげた。それは大人しく聞いてくれてほっとした。
ある日メアと王都モントルイーザのレスター通りに出かけた。ここはいわゆる骨董市。お宝もあればガラクタもある。自分の目で見て楽しみ買い物をする場所だ。
何軒か見て回っていると、気になる物を見つけた。銀製の羽の形のキーチェーンだ。数字が刻印されている。店主に尋ねると古代文明の通話道具だという。そんなばかななんて思っていたけどメアが欲しそうだったので使い方を聞いてお揃いで持つことにした。二つしかなかったしね。魔道具ということでそこそこお高めだったけど私のお小遣いの範囲内。
レスター通りを出たらすぐに綿飴の屋台を見つけてメアと半分こした。これ以上食べたら晩餐が入らなくて叱られてしまうから。
帰り道で試しに使ってみた。
「エリアルレイヴン、Ⅸ、コール」
すると、
リリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!
とメアの持つキーチェーンが大きな音で鳴り始めた。
慌ててメアが
「は、はろー?」
と応答する言葉を発すると音は止み、代わりに私の声が聞こえるようになった。
同じことをメアの方からやっても使えた。私のは、Ⅲ。
どのくらいの距離まで使えるかはわからないけど、なかなかの掘り出し物を手に入れたようだ。取り上げられないように大事に持っておこう。
メアも同じようにしっかりポーチにしまっていた。
「でも、ちょっとうるさかったわね」
「ねー。うるさすぎて耳塞ぎそうになったよ」
「本当ね。あ、明日は私いないから真面目に訓練しているのよ」
どこ行くの、とホットピンクの瞳をキラキラさせて訊いてきたのでお母様の里帰りの付き添いでメディカ女王国に行くの、と答えた。するといたずらっぽい笑みを浮かべて、その距離でも使えるか試してみようよ、と言うのでわかったと言っておいた。
次の日。昨日の自分を殴ってでも止めておくべきだったと後悔した。結論としてあの魔道具は王宮とメディカ女王国の距離でも使えた。が、いかんせんうるさいので慌てて人のいない場所に移動するはめになった。
……メアに任せず私からかければ良かった話なのだけど。
※話の中でメアが魚(イルカ)になりたい。と発言しますが、皆様ご存知の通りイルカは哺乳類です。
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