3.酔いも覚めたわ
「あれ?」
昨晩もお世話になった宿の外に、誰かの荷物が放置されていた。置き忘れ……にしては、置き方が雑。まるで投げ捨ててあるような感じ。
人通りも少なくない宿の目の前。中身の内容に関わらず、すぐに誰かに拾われてしまうわ。
そんな風に思うあたしも、事実、その荷物の中身が気になるところ。どうせ捨ててあるのであれば、使えるものは有効利用してあげたほうが、元の持ち主も喜ぶでしょうに。
……ん?
しかしこの、麻製のバッグ。見たことがあるような……。
──これ、あたしの荷物やん。
すぐさま荷物を回収し、その足で宿の受付に抗議に走った。
「お客様、昨日までのご予約になってますね」
「うそん」
「嘘ではありません」
宿帳を見せてもらった。確かに私の名前はある。が、宿泊予定日数は減っていた。今日の予定は二重線で消されていたのだ。
「──あ」
直ぐ上に記載されていた名前を見て、ハッとした。
つい先ほどまで一緒だったパーティが、今夜分の宿泊をキャンセルしていたのだ。そしてそれに追従して、あたしの一日分もキャンセルされた。
そのため、宿に残されたあたしの荷物は、捨てられたという理由。
いやいやいや。
宿のかなり強引且つ横暴な対応。ちょっち高めの宿で昨夜は休息させてもらえましたが、その宿代が支払えない人間には容赦ねぇな。
もう少し、やり方があるでしょうに。
そんな宿の態度に腸が煮えくり返るも、ここはぐっと我慢。確かに前のメンバーに宿代を出してもらっていた訳ですし。そこに文句を垂れるのは見当違いだ。
あたしは大きく深呼吸し、心を落ち着かせたのち、改めて宿を取ることとした。が。
「既にいっぱいでして。空室はありません」
「なんで! 昨日はガラガラだったじゃない!」
すると宿の人が、一枚のポスターを指さした。受付横に張り出されているそれは、非常に目立つカラーリングを施され、来る人の目に留まるようになっていた。
「……ランドリン枢機卿が視察に来られるのね」
7年前に終結した紛争ののち、中央教会のナンバー3まで上り詰めた人物だ。
紛争の被害にあった場所に自ら赴き、教えを説き、地方の教会を避難場所として解放し、支援物資や仮設住宅の手配まで行っていた。正に時代の英雄。
やれワイロやら何やらで汚れまくった中央教会上層部において、いくら荒を探してもホコリすら出てこない(ホントかよ)。彼は、多くの信者に信頼され、支持されているのだった。
そのポスターでは、どうやらその枢機卿が、建造中の教会の視察に来られるとのこと。確かに街の中央に巨大な建物が造られていた。あれ教会だったのか……。
「明後日に来られるランドリン様を一目見ようと、観光客と警備の人間が挙って街に集まっておりまして」
「うそん」
「嘘ではありません」
こうして私は改めて、深夜の街に放り出された。
「……酔いも醒めたわ」
ふてくされて荷物を持ち(そう考えると、荷物が無事だったことには感謝しなければならない)、あたしは、街の外れで野宿が出来そうな場所を探すこととした。
いまの宿の話では、他の宿も全て埋まっているとのこと。先ほどの宿は、手ごろな価格でありながらサービスもよかったのに……口惜しい。
かといって街中での野宿は、おそらく夜間巡回している憲兵たちが許さないだろう。少しでも怪しい人物は徹底的に取り締まられることは自明だ。
(そうか、だから彼らは、宿をキャンセルして先を急いだのか)
枢機卿が来るとなると、この街に入るのも出るのも、いろいろメンドクサクなりそうだものね。
「困った」
改めて夜風に当たりながら、なんとか一晩を過ごせる場所を探すことにした。風は冷たかったが、頭がチンチンに熱くなっていたこともあり逆に心地よい。夜風はあたしの赤髪を優しく撫でていった。
「しかしホント、困ったわ──」
泊まれる場所を探して、夜の街──いや、すこし離れた郊外──を、少しばかり彷徨うのも、いいかもしれない。
「──さっきから、付けられているみたいだし、ね」