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1.『今回もダメだった』

追放(クビ)ね」

「はい……」

 ギルド登録所の隅のテーブルで行われた、追放宣言。

 何度も何度も繰り返した、このやり取り。

 あたし、今回もダメだったわ。


「全く。騙されたわ」

「いえ、あの、騙したつもりは……これ布地が良くて昔から愛用……」

「そう思うなら、是非そのフードを脱いで欲しかったわ」

 あたしの言い訳は、リーダーである女狙撃手(スナイパー)の強烈な眼光によって遮られた。そしてあたしの感情に併せて、猫耳フードの猫耳部分が垂れ下がる。


「あの……」

「何?」

「お給金は……」

「出ると思って?」

「ですよね」


 最後に聞くだけ聞いてみたが、そりゃ無駄だった。またしても浴びせられた鋭い視線が非常に痛い。

 うう……心も体も、一度に貫かれた気分。


 そんなやり取りを終え、元パーティメンバーたちはあたしを置いて登録所を後にした。その退出の間際、他の元メンバーからあたしに向けられた目線はいずれも、リーダーからのものと同じく厳しいものであった。


 昨日パーティに迎え入れられ、本日付けでクビ宣告。僅か一日だけの付き合いであった。

 そしてあたしは、またしても野良回復術師(ヒーラー)相成(あいな)ったのだった。


 ちなみにこれでも、追放時の扱いはかなり『良い』ほうだ。


 その前のパーティは、戦闘中に突然の離脱宣言。

 さらに前のパーティは、野営中にあたしだけ放置され取り残された。

 さらにさらに前のパーティは、ダンジョン最深部で(おとり)に使われ、危うく大土蜘蛛の夕飯になりかけた。


 今回はちゃんとギルド登録所で、正式な脱退手続きを踏んでくれただけ良心的だ。

 命あっての物種。ありがたやありがたや。


「……来る者は拒まず、去る者追わず!」

 心機一転、気持ちを切り替えたあたしは、改めて次のパーティに拾ってもらえる事を願ってギルドに再登録を行うことにした。だが……。


「げっ」

 ここで一つの問題が発生した。この街で登録を行うには、書面に自分の技能(スキル)を記載する必要があった。


「……」

 あたしは、書面に必要事項──その技能(スキル)欄を除いて──を記載し、黙ってギルドの窓口に提出した。

 が、受付の女性に咎められた。


「あら回復術師(ヒーラー)さん、ここ、抜けてますよ」

「……いや、実は」

 あたしは俯き、もごもごと口を動かしてバツの悪そうな態度をとっていると、

「──ああ」

 と、彼女は察してくれたようだ。だがしかし、次に彼女の口から出た言葉は、あたしに非常な現実を突きつけた。


「とすると、パーティ編入も、日雇いも……厳しいかもしれませんね」

「ですよね」

 正直、それは判っています……はい。



 ***



「さて、腹が減っては戦はできぬ!」

 とりあえず、冒険者の登録は済ませた。以前よろしく、新たな冒険者パーティーに拾ってもらえるといいんだけど。技能(スキル)登録が必須のこの紹介所では、それは望み薄か。

 悩みのタネは尽きないが、それでも人間、お腹は空く。そういえば昼食を食べ損ねていたわ。


 夕飯の時間にはまだ少し早く、ギルド併設の酒場の客はまばらだった。

 あたしは開いていた一人用カウンターに腰かけて、メニューを眺める。ここの酒場は有難いことに、結構しっかりとした食事メニューも提供していた。


「あ、チキンの香草焼きと、マッシュポテトお願いします」

「……飲み物は?」

 無愛想なマスターが、食事に併せて飲み物の注文を促してきた。

 そうか、此処は酒場だ。酒場で飲み物を頼まないのは申し訳ないか……。


 しかし現実問題で、あたしの懐事情は心もとない。もともと今回の冒険者から、傭兵として日雇い分の賃金を頂く予定だったのだが、それが叶わなくなったのも痛手だ。

 メニュー表を眺めると、非常に多種多彩なお酒が並んでいた。此処のマスターはお酒には並々ならぬ情熱と自信をもっていることが伺える。


 本音を言うと、あたしはかなりの酒好きだ。有れば有るだけ煽ってしまう。だからこそ、此処では我慢だ。マスターには申し訳ないが、あたしの経済的余裕を汲み取っていただきたい。


「……なし、で」

「……梨果汁のリキュールで」

「お願いします」


 ……。

 ……うん? 


「……ちょちょちょ、ちょっとまって!」


 我慢我慢と言っておきながら。

 聞き違いから生じた注文ミスをそのまま『ああ間違えちゃった、てへ』くらいの流れで通して誤発注という免罪符で飲酒を正当化して許してしまうのは……流石に違うんじゃないかな。


 あたしは注文を変更せんと、大慌てでマスターを呼び止めた。


 此処は、我慢、我慢……。

 しかし、梨のリキュールとはまた珍しい。此処で機会を逃してしまったら、次はどこでお目にかかれるか判らない。


「梨のお酒か……」


 梨の芳醇な甘みと、僅かに残る特有の酸味。みずみずしさを感じられるフルーティな果実酒。といったところだろうか。如何せん、味わったことがないタイプのお酒だ。


(ごくり)

 味の想像をしただけで唾液が口内にあふれ、それを嚥下した。

 しかしあたしは、改めて邪心を振り払おうと、頭を振った。


 いけない、我慢、我慢よ。

 一旦飲み始めてしまったら、あたしの財布は軽くなり、それこそ重力に逆らって空中浮遊を始める危険性すらありうる。


「如何しました? 注文の変更ですか?」

「えっと……」

「……」


 しばしの沈黙の後、私は意を決して口を開いた。


「……グラスじゃなくて、ジョッキ大で!」

「はいよろこんでー」


 今宵、あたしの財布は空を舞う。

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