テンペルでの日常
ダリア・フライツァ(Daria Freiza)はアリオンの母である。
そしてディオドラの親友だった。
彼女は現在37歳。
夫とは離婚してアリオンを引き取った。
彼女の元夫はツヴェーデン人だった。
彼は教師だったが、教育者としてどうしても国や法律、制度やしがらみにぶつかり、政治家を志すようになった。
彼はアリオンとは一か月に一回は会っている。
ちなみにその時の会話はツヴェーデン語で行われる。
ダリアは教師をしていたが、世俗の生活に嫌気がさして、信仰の生活に入った。
ダリアは一般信徒としてテンペルに入った。
ダリアはテンペルの付属学校、「シベリア学校」で教師を務めている。
ダリアはシベリア人だった。
彼女はシベリア学校でシベリア語を教えていた。
テンペルの公用語はシベリア語である。
講堂で授業は行われる。
ダリアはシベリア語の聖典アヴェシュタから――それはシベリウスの全著作のこと――文章読解をさせた。
講堂はA,B,C,Dとランクがあり、学力を基準にしてクラスが分けられる。
この際、年齢はバラバラである。
シベリア人の学校は年齢別の構成を持っていない。
当然だが、先輩、後輩関係は存在しない。
以外かもしれないがアリオンはAクラスだった。
シエルとノエルもAクラスである。
ダリアは子供たちに良き信仰を持ってもらいたがったので、宗教書や文学からテキストを引用することが多い。
そもそもテンペルは「信仰」共同体なので、無信仰者は入る資格がない。
授業ではアリオンがトップクラスの成績を収めていた。
アリオンはシベリア語もツヴェーデン語も母語として育った。
ダリアはシベリア語とツヴェーデン語を両方聞かせてアリオンを育てた。
シエルとノエルはそんなアリオンを苦々しく見ていた。
ダリアは息子のアリオンに声をかけた。
「アリオン!」
「母さ、いけない、何でしょうか、フライツァ先生?」
アリオンが振り返る。
「あなた、ギルベルトとは会った?」
ギルベルトとはアリオンの父の名である。
「ああ、おととい会ったばかりだよ」
「ふうん、そうなの。どんな話をしたの?」
「そうだなあ……ツヴェーデンの教育に大きな影響を与える法案を上院で通過させたとか、上院議員としての任期が残り少ないとか、まあ、父さんは政治家をやっているから、政治の話ばかりだよ。何、母さん、気になっているの?」
「私たちは嫌いになったとか、考えが会わないから離婚したんじゃないの。それぞれの互いの人生の道を尊重して別れたのよ。互いに好意は持っているわ」
「そうなんだ……父さんも母さんがどうしているか聞いてくるよ。テンペルでも母さんは教師をしているって言ったら、そんなに教師が好きなのかって言われた」
「うふふ、ギルベルトらしいわね。ありがとう、アリオン。それじゃ、これからは先生モードね」
テンペルではすべての信徒が武術の習得を義務づけられている。
アリオン、シエル、ノエル、ダキの四人はアンシャルに手合わせをしてもらった。
テンペルの武術館で生徒たちは訓練を受けた。
まずアンシャルはノエルと手合わせをした。
ノエルは槍を使っていて、アンシャルはノエルに構え方の指導をしていた。
「ノエル、一気にすばやく突くんだ。それに腰が引けてるぞ?」
「は、はい!」
「ふうむ……ノエルにはあまり武術の才はないようだな」
シエルも槍を持って突きの訓練をしていた。
「シエル、体に覚えさせるんだ。頭で考えるんじゃない。なまじおまえは頭がいいから頭で体を動かそうとする」
そのとき、一人の少女の槍がアンシャルの目を引いた。
それはダキだった。
ダキ・ダンスカ(Daki Danska)。聖騎士アラゴンの一人娘。
「ほう……ダキ、いい突きをしているな。見事だ。おまえの突きなら暴漢でも撃退できるな。それに武器を扱うセンスがいい。今後も精進に励むように」
最後にアンシャルはアリオンのもとを訪れた。
アリオンは刀で振りかぶったり、斬りつけたりしていた。
「アリオン、ちょっといいか?」
「何でしょうか、アンシャルさん?」
「おまえは刀を使ってどれくらいになる?」
「確か10歳くらいの時から使っていると思います」
「私は思うのだが、おまえは『片手剣』の方が向いているのではないか?」
「え?」
「もちろん、どの武器を使うかは個人の選択だ。だがそれも向き、不向きがある。おまえには直線的な剣の方が向いている気がする」