教会
セリオンとエスカローネはデートの待ち合わせをしていた。
セリオンは待ち合わせの時間より早く、女子寮の前で立っていた。
女子寮は男子禁制である。
男性たちは女子寮のことを知らない者が多いが、それはどこか女子寮を神聖視していたからでもあった。
女子寮には守衛がいる。
もちろん、不審なやからや、男性たちを入れないようにするのが目的である。
守衛は一日交替で休みの日も努める。
女子寮の守衛はエスカローネも務めている。
二人で組を作って、警戒していた。
なお、テンペルでは毎日交代でメンバーが警衛を務める。
これはセリオンも務めている。
エスカローネは守衛に外出許可を確認すると、セリオンのもとにやって来た。
「セリオーン! お待たせ―!」
エスカローネが寮から出てくる。
「セリオン、あなたを待たせたかしら?」
「いや、ほとんど待っていないよ」
セリオンはエスカローネを見て笑顔を見せた。
セリオンはエスカローネの服装を見た。
エスカローネはノースリーブの黒いシャツに、白いミニのプリーツスカートでストッキングをはいていた。
長い髪がストレートに流れる。
まるで金髪の輝きが光沢を発しているようであった。
メイクはあまりしていない。
客観的に見て、エスカローネは美人だった。
セリオンとエスカローネは幼なじみであった。
幼少のころからいっしょに学び、遊び、訓練してきた。
エスカローネは孤児で、両親がいない。
エスカローネがテンペルに入ったのは、テンペルの前に捨てられたからである。
ディオドラがそれを見つけた。
以来、ディオドラはエスカローネの母親のような役割も担ってきた。
エスカローネはディオドラから愛され、二人目の子供のようにエスカローネは育った。
セリオンとエスカローネは恋人になるのに10年近くかかった。
二人が恋人同士になったのは18歳の時からだ。
二人はどちらかと言えば早熟なタイプで、小さいころから大人っぽかった。
互いに親しいだけあって、互いの想いを自覚するのに時間がかかった。
ちなみに、セリオンがエスカローネの中で一番好きなのが、このストレートの金髪である。
二人が小さいころは寮もなかったし、民族のための学校もなかった。
テンペル(Der Tempel)は20年前、スルト、アンシャル、ディオドラの三人によって設立された。
初めはたった三人だった。
この三人はテンペルの父たちであり、母である。
その起源はシベリア人のアイデンティティーが失われていくことを、スルトが懸念したからだった。
シベリア人にとってナショナリズムは宗教に帰ることだった。
つまり、シベリウス教である。
そのため、スルトとアンシャルはテンペルを立ち上げ、ほかのシベリア人の民族同胞を誘い、仲間を増やした。
テンペルには二つの区分がある。
それは戦士と一般信徒である。
テンペルはシュヴェーデだけで一万人以上の一般信徒がいる。
「さて、用意もできたことだし、出かけようか」
「そうね、行きましょう」
エスカローネはセリオンの腕を取った。
こうすると否が応でもエスカローネの豊かな胸があたるのだが、それを気にするような二人ではなかった。
「さあ、ラベンダー畑を見に行こう」
セリオンとエスカローネはバイクでラベンダー畑にやって来た。
「うわー、すてきね。そう思わない、セリオン?」
「そうだな。紫の花と緑の茎がいいコントラストを演じているな」
二人の前にはラベンダーが広大な一面に広がっていた。
ここはいつ来てもいいところだ。
ラベンダーの花が咲いているころは特に美しい。
「この季節のラベンダー畑はいつ来てもいいわね」
「一本いただくか?」
セリオンが意地悪そうに言った。
「セリオン、わかって言ってる? それって犯罪なのよ?」
「ああ、、わかってるって。ただ、聖堂に一本くらいラベンダーの花があってもいいと思ってね」
「なら、帰りに花屋でラベンダーを買っていきましょうよ。ディオドラさんは喜ぶと思うわ」
「そうだな。そうしよう」
セリオンはラベンダー畑を去り、ツヴェーデンの市街にやって来た。
ここで買い物をする予定だ。
女性用品を扱っている店なのでセリオンは外で待っていた。
エスカローネの目当ては石けんだった。
美容用の石けんらしい。
セリオンはそのあいだ近くの花屋でラベンダーを買った。
「セリオン、お待たせ。花は買えたようね?」
「ああ。ん? あれは?」
「? どうしたの?」
「あれは、クリスティーネさんだ」
「え?」
セリオンの目にスーツ姿のクリスティーネが目に入った。
彼女も買い物にでも来たのだろうか。
「こうして出会ったんだ。声をかけてみよう」
「いいわね」
セリオンとエスカローネはクリスティーネの後を追った。
クリスティーネは町の教会に入っていった。
教会は常時こうして開かれている。
教会には祈りに来る信徒が多い。
この教会にはほどほどの人影があった。
クリスティーネはまっすぐ進んでいき、祭壇の前でひざまずき、祈りを捧げた。
「主なる神よ、私はあなたに祈りを捧げます。私は私のSeeleが救済されることを祈ります」
クリスティーネは目を閉じて手を組み合わせる。
その姿は神秘的だった。
ディオドラの祈りも美しいが、クリスティーネが祈ると優美な感じだった。
「クリスティーネさん!」
エスカローネがクリスティーネに声をかける。
クリスティーネははっとして後ろを振り向いた。
「? あなた方は……セリオン様に、エスカローネ様?」
「お久しぶりですね、クリスティーネさん。教会に入っていくのを見かけたのでついてきたんです」
「そうですか……お二人はデート中ですか?」
「ああ、そうだ」
「そうですか……お二人は愛し合っているのですね。おや? セリオン様、その手に持っているのは?」
クリスティーネが視線をラベンダーに向けた。
彼女の興味を引いたらしい。
「ああ、これはラベンダーだ。聖堂に飾ろうと思ってね」
「なるほど。ラベンダーは香りもいい花ですからね。ちなみに、私の名前はクリスティーネ・ラヴェンデル(Christine Lavendel)と言います。ラヴェンデルとはツヴェーデン語でラベンダーという意味です。私の名前の花でもあるんですよ」
そう言うと、クリスティーネはにこりと笑った。
セリオンにはそれが新鮮に映った。
「クリスティーネは教会によく来るのか?」
「そうですね。毎週必ず、訪れています。私は神に仕えるはしためですから……それに私は私のたましいの救済を求めているのです」
「何か悩んでいるんですか?」
「……そう、ですね。悩みがないと言えばウソになります」
クリスティーネは視線を下げた。
「このことはヒルデブラントさんは知っているのか?」
「これはヒルデブラント様に話すようなことではありませんので……」
「俺たちでよかったら聞くが?」
「申しわけありません。ほかの方に話すことはできないのです。これは私のたましいの問題ですから」
「でも、一人で悩んでいても解決しませんよ? 司祭様には相談されたんですか?」
「いえ、それは……私にとって重要なことは私にSeeleがあるかどうか、それが重要なのです」
「変なことを言うな。誰にだって魂はあるだろう?」
セリオンは一般論を言った。
確かにセリオンの言っていることは正しい。
クリスティーネの悩みは彼女自身にかかわることだった。
彼女の生まれに……
「そう、ですよね。変ですよね。生きとし生けるものはみなたましいを持っています。私が求めているもの、それは私のたましいの救済なのです。私は私のたましいが救われるように神に祈っています」
クリスティーネは力なく笑った。
どこか無理をしているようにセリオンには見えた。
セリオンはクリスティーネの悩みが宗教的なものであると思った。
シベリウス教は彼女の悩みに答えを与えることができるのだろうか?
セリオンはクリスティーネとテロリストの事件を解決したため、彼女に親身になってあげたかった。
「そうか。救われるといいな、君のたましいが。俺はそれを祈っているよ」
「ありがとうございます。今日はあなたがたと会えてうれしかったです。私は私の仕事がありますので、これで失礼させてもらいますね」
「クリスティーネさんは休日にも仕事をしているの?」
「そうですね。休むことの重要性は理解しています。私は体力的には問題ないので、休日にも仕事をしています。ヒルデブラント様からは休むよう言われているのですが……私はこうして教会に来ることができればそれでいいのです。それではお二方、ごきげんよう」




