出発
それから20年が過ぎた。
セリオンは20歳。
たくましい青年に成長していた。
セリオンは金髪と碧眼を母から受け継いだ。
そのセリオンは暴虐なドラゴンと対峙していた。
そのドラゴンとは暴竜ファーブニル。
ファーブニルはその凶暴さによって多大な人的、物的被害を出していた。
セリオンは手に大剣を持っていた。
片刃の大剣で、その名は神剣サンダルフォン(Sandalphon)。
18歳の成人の儀で大天使スラオシャから渡された剣である。
シベリア人は18歳で成人する。
ファーブニルは熱線を放った。
周囲の岩がはじけ飛ぶ。
ファーブニルは翼を広げた。
その威容は圧倒的で、見るものをすくみ上らせた。
しかし、セリオンは恐れていなかった。
セリオンはこの暴竜に対して立ち向かった。
ではなぜセリオンはこのドラゴンと立ち向かうことになったのか……
時を遡ろう。
エーリュシオン――それがこの世界の名である。
この世界は神=Gottによって創造された。
セリオンはテンペル(Tempel)と言う組織に属している。
テンペルとは何か?
それは宗教軍事組織であり、シベリア人の信仰共同体である。
シベリア人――シベリア民族は東からやって来た民族らしい。
このシベリア人は神聖レーム帝国の一領邦として王国を形成していた。
それがシベリア王国である。
大陸の中央にはツヴェーデン(Zweden)という国があり、このツヴェーデン人とシベリア人は共生していた。
セリオンたちのテンペルも、最初期はツヴェーデンの首都シュヴェーデ(Schwede)に置かれた。
テンペルはスルト、アンシャル、ディオドラによって創始された。
戦士と平信徒から構成され、信徒は男はブルーダー(Bruder)、女はシュヴェスター(Schwester)と呼ばれていた。
また組織内部に修道院もあった。
テンペルの指導者は総長スルト(Surto)、副長はアンシャルだった。
テンペルは聖堂騎士団と言う軍事力を保有している。
聖堂騎士団長はスルトが兼ね、副団長はアンシャルが兼ねていた。
テンペルは「食」で勝つと言われる。
それは戦いにおいて、後方業務や補給を重視することに他ならない。
NO.2のアンシャルは後方支援部隊の隊長でもある。
テンペルには「聖騎士」がいる。
これは団長直属の騎士で、特別なミッションを行う。
今は聖騎士は二人いて、すなわちセリオン・シベルスク(Selion Sibersk)とアラゴン・ダンスク(Aragon Dansk)の二人であった。
セリオンは18歳で聖騎士になった。
そのセリオンはスルトの執務室を訪れていた。
スルトはセリオンの代父であり、セリオンに戦いのすべてを教えた師匠にもあたる。
スルトの執務室には先客がいた。
それはアンシャルだった。
アンシャルは40歳になっていた。
「来たか、セリオン」
「若き狼よ、ようこそ」
スルトはセリオンのことを「若き狼」と言う。
この「狼」とはセリオンのシンボルで、誇り高いがゆえに「狼」と呼んでいるらしい。
セリオンはまた「青き狼」とも呼ばれていた。
青はセリオンの色である。
「聖騎士としての仕事か?」
「そうだ。おまえに用があるようでな」
スルトはイスに腰かけていた。
スルトは全身に甲冑をまとっている。
これがスルトのスーツだった。
20年前からそのままだそうで。
「ベートホーフェン(Beethoven)大統領より依頼があった。
暴竜ファーブニル……おまえも聞いたことがあるはずだ」
「ああ、その名は俺も聞いている。竜の中の竜らしいな」
「現在ファーブニルによってツヴェーデンは大打撃を受けている。このファーブニルをおまえに討伐してもらいたい」
「暴竜ファーブニルの討伐か……」
「私はおまえにならできると確信している」
「アラゴンではだめなのか?」
そこでアンシャルが。
「アラゴンの得意属性は炎だ。ドラゴンとは相性が悪い。おまえは雷の技を使えるだろう? ゆえにおまえにこの件を託すことにした」
「わかった。引き受けよう。俺が何としてでも暴竜ファーブニルを倒してくる」
「若き狼よ、出発は明日だ。それまで自由行動をしてよろしい」
セリオンはヴァルキューレ隊――テンペルの女戦士部隊の訓練場に来た。
「ん? 君はセリオン殿か?」
「ナスターシヤ(Nastasiya)隊長、お久しぶりです」
「ここに来たのは一つの理由しかないだろう。エスカローネ(Eskaroone)はあそこだ」
一人の女性がハルバードで突きの訓練をしていた。
ほかの隊員たちは槍を扱っているようだ。
金髪碧眼、ストレートのロングヘア、服の上からでもわかる豊満でいやらしいボディー。青い軍服の上衣にボックス型のミニスカート、二―ソックスといういで立ち。
「セリオン!」
エスカローネはセリオンに気づいた。
エスカローネがセリオンに近寄ってくる。
「どうしたの、こんなところまで?」
「ああ、明日任務で出発することになった。その前にエスカローネに会いに来たんだ」
セリオンとエスカローネは恋人同士だった。
「どんな任務を受けたの?」
「ああ、暴竜ファーブニルの討伐だ」
「暴竜ファーブニル!?」
エスカローネは息をのんだ。
暴竜ファーブニルを知らない者はいない。
凶暴なドラゴンとして有名だった。
「安心してくれ。俺は必ずファーブニルを倒す。
そして、エスカローネのもとに帰ってくる。約束だ」
「うん。私のもとに帰ってきて。約束よ?」
セリオンはエスカローネを抱きしめた。
エスカローネの体から柔らかさを感じ取る。
「エスカローネ、愛してる」
「ええ。私もセリオンを愛しているわ」
「おっほん……そういうことはほかの人の目がないところでやってもらいたいのだが……」
ナスターシヤ隊長が赤面して言った。
セリオンはもう一人会いに行く存在がいた。
セリオンは厨房を訪れた。
「母さん、いるかい?」
「あら? セリオン? どうかしたの?」
ディオドラは現在35歳。
20歳の子供の母としては思えない若さだった。
「ああ、明日発つことになった」
「今回も特別な仕事なのね?」
ディオドラが真剣な目で。
「俺は暴竜ファーブニルの討伐に向かう。スルトから直接命じられた」
「暴竜ファーブニル!? あの伝説級のドラゴンね?」
「ああ、俺は必ずファーブニルを倒してみせる」
「ああ、セリオン……あなたはいつも苦難と危険ばかりなのね。でもそれがあなたの宿命かもしれないわ。あなたは英雄へと至る存在だから……気をつけて。私はあなたが生きているだけでうれしいんだから」
「ありがとう、母さん。今日はもう休ませてもらうよ」
「今日の夕食は腕によりをかけて作るわねー!」