闇の陰謀
「あのお方の策略がヌミディアで破綻した。その邪魔をしたのは忌々しい『あの』組織の者どもだ!」
「『あの』組織ですか……まったく我々の邪魔をする者たちですな。あのお方の崇高な理念を我々の帝国を地上に打ち建てるという使命を妨害するなど許せませんな」
会話しているのはオールバックに長い赤い髪を流した女と白髪が出ている男だった。
彼らは通信で会話していた。
女はまるで女王のように身を飾っていてイスに腰かけていた。
「まったく、忌々しい……。我々の陰謀が成功していれば、ヌミディアを我らの領土とすることができたものを。ヌミディアが落ちれば次はマウレタニアの番だった。二つの国を我らが主の帝国にし地上侵攻への足掛かりにできたものを……。すべてはテンペル! あの男のせいだ! どうやらテンペルは我々の前に立ちはだかるようだな」
「テンペルの英雄『セリオン・シベルスク』でございますね?」
赤毛の女が目を細めた。
まるでその名前を聞きたくないかのような顔だった。
「……そうだ。今日まですべて我が主の陰謀の実現を邪魔してきたのはセリオン・シベルスクだ。つまり、我らの目的がたった一人の男の前に粉砕されているのだ!」
赤毛の女は怒りをあらわにした。
女の目は怒りに燃えていた。
「その心中、察しますぞ、アシュトレト(Aschtoreth)様」
赤毛の女……天空の女主人アシュトレト――それがこの赤毛の女の名であった。
アシュトレトと吸血鬼の王ヘルベルト(Herbert)はモニター越しに会話していた。
ヘルベルトはミュールハウゼン族の王だった。
吸血鬼も部族主義で血の掟を重視する。
血の掟は彼らにとって絶対の価値観なのだった。
「それにしても『サタン様』の野望を実現するために我らも動かねばならぬ。サタン様は我々に期待されている。その期待を我らは裏切るわけにはいかぬ! 世界はサタン様のものとなるのだ! サタン様の帝国をこの世界に、地上に実現することこそ、我らが悲願だ。それにしても、テンペルか……この組織をどう潰したらいいものか……」
アシュトレトが思案に暮れる。
ヘルベルトは赤ワインに口をつけた。
「一つ、策がございます」
「策? テンペルを直接攻撃するつもりではあるまいな?」
アシュトレトがヘルベルトに冷ややかな視線を向けた。
「はっはっは。そんなことはいたしません。それは愚かというものです。それより、こちら側に招くのが一番かと」
ヘルベルトは顔を歪めた。
何か汚いことを考えているかのようだ。
「何? ヘルベルトよ、おまえは何を考えている?」
「つまり、我らミュールハウゼンの地にテンペルの者どもを招き、皆殺しにするのです」
「ほう……それはいい策だな」
アシュトレトが妖艶な笑みを浮かべた。
と同時に邪悪な笑みだった。
「さっそく、招待状を作らせましょう。ほっほっほ。これで奴らを始末できます」
アシュトレトはモニターの電源を切った。
「フム……さて、テンペルはどう動く? だが、どうであれ、テンペルは我らの罠の中よ」
「お疲れのようですね、アシュトレト様?」
「マティアか……」
マティアは金髪の長い髪をしたメイドだった。
アシュトレトは玉座に移動した。
「マティアよ、ワインを持ってきてくれ」
「かしこまりました」
マティアは一礼して去っていく。
アシュトレトはほおづえをかいた。
しばらくすると、メイドのマティアがワインを持ってくる。
アシュトレトの前でマティアはワイングラスに注いだ。
赤紫の液体がグラスに注がれる。
アシュトレトはワイングラスに口をつける。
まるでワインが舌にしみこむような味だった。
「ウッフフフフ……よい、ワインだ。すばらしい。美味だ」
「……アシュトレト様、お疲れでございますか?」
「? そう見えるか、マティアよ?」
「はい、私にはそう見えますが……」
「そうか……なら私は疲れているのであろう……それにしても、ユグルタも使えぬ男よ。あのサタン様のバックアップがあってなお敗れるとは……私の理解を越えていたわ」
怒りとストレスをなだめるように、アシュトレトはワインを飲んでいく。
「ふう……我らが盟主サタン様は崇高な野望を抱いておられる。そして、エーリュシオンでその世界観のために活動しておられる。ツヴェーデンの中にも我らがシンパはいる。ツヴェーデンのシンパ……サタン派はツヴェーデンを倒すために活動をしている。それにしても、先日の『ユグルタ戦争』が悔やまれる。まさかあれほど短期で終わるとは思わなかった。まったく、ユグルタも使えんな……長期戦になればツヴェーデンでもえん戦気分になっただろうものを。ツヴェーデンは自由民主主義の国だ。国民の気分を操作できれば我々にも勝機はあった。まあ、いい。今だ我々が、サタン様が表に出ることはできん。人間たちを団結させるのは最悪のシナリオだ。それだけは何としてでも避けねばならぬ。そんなことを許せば、我らのレーベンスラウム……生存圏を手に入れることはできん。すなわち、我々の領土を……そのためにはテンペルには地上から消えてもらわねばならぬ。フフフ……今回の策略……うまくいけばテンペルの主力を徹底的に壊滅させ、弱体化できるやもしれぬ。我が主の野望が実現する日も近い」
赤いワインがグラスに中で揺らめいた。
テンペルに一通の招待状が届いた。
それは吸血鬼の王ヘルベルト・フォン・ミュールハウゼン(Herbert von Mühlhausen)からのものだった。
「アンシャルよ、吸血鬼の王ヘルベルトから我々に招待状が届いた」
スルトが書面を見て言った。
「見せてくれ」
スルトはアンシャルにその手紙を渡す。
アンシャルは手紙を受け取った。
「テンペルに栄光あれ。テンペルの方々よ、日ごろのあなたがたの活躍のおかげで世界は平和に満ちている。この世界の平和はあなたがたがもたらしたものだ。それに敬意を表し、あなたがたを我が城に招待したい。ぜひ、テンペルの騎士たちが来られんことを。ヘルベルト――」
「どうだ、アンシャル? 私はそれを見て怪しいと思うのだが……?」
アンシャルは書面を吟味した。
「フム……テンペルとミュールハウゼンは特に関係を持っていないからな。なぜスルトは怪しいと思うんだ?」
「私にはこの手紙が一種の罠だと思えるのだ。この手紙は我々を亡き者にする陰謀だとな。私の勘がそう告げているのだ」
「では、招待を断るか?」
「……いや、ここはあえて策に乗ろうではないか。そしてこの策がヘルベルトからのものか、それともヘルベルトの背後にいる存在のものかを確かめたい」
アンシャルはきらっとした目をして。
「つまり、『あのお方』のことだな?」
「そうだ。セリオンからの報告ではユグルタは独力で王位を簒奪したのではなかった。何者かが背後からユグルタを支援していたのだ。『あのお方』が何を考えているのかはわからんが、おそらく悪魔の大物であることは間違いない。どうやら、『あのお方』とやらは本気で世界の征服でも考えているようなのだ。これは世界の危機だ。我々人類と悪魔との戦争になるやもしれん。そのために敵が行いそうなことは……」
「私たち光の勢力を相互不信で分断すること。私たちを陰謀によって抹殺すること。そんなところだろう」
「その通りだ、アンシャル」
「ということは、今回の招待も陰謀の可能性があると?」
「我々はヘルベルト王については何も知らん。まずは情報を集めることだな」
「そうだな。テンペルの情報部に命じよう」




