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転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?  作者: 蘇芳ありさ
第五章『VTuber無双編』
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肉、それなくしては語れまい……。






2012年7月21日(日本時間16:30)



 少しばかり旧交を温めるつもりが、ビックリするような情報提供(カミングアウト)に翻弄された会談のあと──まさか微妙な空気に責任を感じたわけじゃないだろうけども、キャップから意外な提案があった。


「ところでディナーの予定はもう決まってるのかな? もしまだなら迷惑をかけてしまったお詫びに、今夜はハンバーガーをご馳走させてもらえないかな……無論、本場のシェフが腕を振るったアメリカのハンバーガーをね」


 なんと、ビッグ◯ックでも一個では満足できないグラちゃんをして「量が半端ない」と言わしめる本場のハンバーガーをご馳走してくださると言うのだ。


 そちらの情報にさほど詳しくないわたしでも、アメリカの料理が色々と桁外れなのは小耳に挟んでいる。はたして生粋のアメリカ娘であるグラちゃんが「一個で満足できる」と断言するサイズのハンバーガーとは、一体どれほどの大きさなのか……。


 これは確実にネタになると思って同行者を募ったところ、真っ先に手を挙げたのは蘇芳さんたちとWe Xで遊んでいたマリナさんだった。


「いやぁー、実は以前から興味があったんですよ。本場のハンバーガーに」


「マリナ好きだもんな。たしか高校時代にテラ◯ックも完食してたっけ?」


「あー、あの縦に15センチくらいあるヤツな。蘇芳、マリナと違って口も小さいし、食べるのにえらい苦労したから、今回は普通のにしとくわ」


「あれくらいの大きさになると女性にはキツイですからね。でもいいんじゃないですか。人それぞれのハンバーガーですよ」


 グラちゃんの次くらいにハンバーガーに(こだわ)りのあるマリナさんが参加を表明し、相方の蘇芳さんと親友の美緒さんが苦笑しつつもこれに同調。そして手のかかる子供を無人島に送り出したコーデリアさんも笑顔で同行の意思を明らかにする。


「みぃちゃんも今夜は肉って気分だったから一緒に行くけど、さくらはどうする?」


「んー、谷町も行くんだったらさくらも行こうかな。谷町を野放しにできんし、キャップにはお世話になってるしね」


 これにみい子さんとさくらちゃんも加わり、無人島に出張中の杏子さんとグラちゃん以外、アーニャ御殿在住組は全員参加と……。


「クゥーン」


 そして蘇芳さんちの名犬ゴン太くんもわたしの前にちょこんとお座りして、尻尾をパタパタさせてるけど、この仔はどうしようか?


「いや、さすがにゴン太はあかんやろ。アーニャちゃんのファーストライブんときはその場の勢いで連れてったけど、今回は大人しく留守番しときぃ」


「そうなんだよねぇ……キャップは歓迎してくれそうだけど、まさかゴン太くんの晩御飯にハンバーガーってわけにもいかないからさ。今日のところはお留守番をお願いね」


 ご主人さまである蘇芳さんの決定にゴン太くんは残念そうな顔をしたけど、こうやってきちんと説明してあげれば理解してくれるのがこの仔のいいところだ。


 よしよしと頭を撫であげると、外出に向けて準備するさくらちゃんの声が聞こえてきた。


「んじゃ、さくらはお母たんたちに晩御飯はいらないって言ってくるね」


「あいよ。……ところでお姉ちゃんはどうする?」


「お姉ちゃんはここを空にできないから留守番だね。代わりにお土産に何個かもらってきてよ。そしたらこっちでも似たようなハンバーガーを作れるようにするからさ」


 そんな会話を耳にしつつ、わたしもさくらちゃんを見習ってお母さんに連絡。ついでに姉町さんの話も報告すると、お母さんにも何個か貰ってきてって言われた。やはり料理に携わる人間として無関心ではいられない様子だった。


「よしっ、これでアーニャ御殿(こっち)はオッケーっと」


 ともあれ、参加者はわたしたちを除いてこれで六人。ご馳走になる立場で無制限に参加者を増やすわけにはいかないが、ファーストライブでお世話になったキャップのお誘いであることを考えると、あの子たちに声をかけないわけにもいかなかった。


 またぞろ外部に漏らして大事にならないよう、DScord(ディスコ)の個別チャットにメッセージを送ると、残念ながら自宅からこちらまでの距離のある琴子(ぽぷら)さんとあずにゃんの不参加は確定。アーリャも教会の行事があるから厳しいとのことだ。


 そして最後の社畜ネキさんはと言うと、『今ちょうどあたしの家に風香と恋歌、あとリリアも居て、晩飯をどうしようかって話してたんだけど、一緒に連れてっても構わないかな?』って連絡が。


 相変わらず交友範囲が広いなって感心したわたしは、一応キャップに確認して「勿論いいとも」と返事をもらってから、5時までにこっちに来てもらうことにした。


「分かりました。警備の者たちにもそのことを伝えておきます」


 そのことを伝えるとサーニャは忙しそうにあちこちと連絡を取り出し、流れで参加することが決定済みの北上さんと日向(ひむかい)さんもそれに続いた。


「サーニャたちも大変だね……。まあ、現職のアメリカ大統領がいきなり会いに来たんだから、そうなるのも無理はないけどさ」


 本当なら警察の人たちがものすごく苦労して、24時間体制で警護するような要人中の要人が滞在しているのだから、代わりに担当するサーニャたちの苦労たるや、素人のわたしには想像もつかない。


 そんなわけで気づかわしげにため息をついたわたしを、しかしターニャちゃんは若干棘のあるジト目で見上げて別種のため息で応えるのだった。


「まるで他人事だな。……責任の半分はあの筋肉ダルマにあるのだろうが、もう半分はお前にあるのだぞ」


「わたし?」


 その言葉に自分を指差しながら訊ねると、しみじみと頷いてみせたターニャちゃんは「見ろ」と廊下の窓に目を向けた。


 その動作に釣られて見てみれば、まあ居るわ居るわ。正門前にカメラやマイクを持った報道陣の人だかりが……。


「いつも思うんだけど、どうしてあんなにこっちの動きが筒抜けなんだろ……?」


「それだけ注目されているのもあるだろうが、念のため言っておくと、連中は自分たちの不利益となる情報を握りつぶすだけで、能力自体は決して低くないぞ? 聞いた話によると、向かいの物件は全部連中の住処になっているそうじゃないか。今回もそうした努力が実を結んだんだろうよ」


 なんと、その話は知らなかった……まさか向かいの建物が報道関係者の溜まり場になっていただなんて。


「うーん、そこまでする価値がアーニャ(わたし)にある、っていうかできちゃったのは理解してるつもりなんだけどさ……あんなに血眼になることはないんじゃない?」


「お前たちだけならある程度はそっとしておいただろうが、今回はまあ、あの筋肉ダルマがリムジンから降りてくるところを見られたんだろうな。さすがに世界唯一の超大国の指導者が非公式に訪問となったら、現場の判断で見なかったことにできまいよ」


 Re:liveと親会社のN社のみならず、日本政府も参加する報道協定があるために、彼らもアーニャ御殿に出入りする関係者については見ないふりをしてくれるが、さすがにキャップは見逃してもらえなかったようだ。


「今や世界を強烈にリードするキャップが、これまた革新的な技術を提供し続けるサーニャの居るわたしの家に来ちゃったんだもんね。久しぶりに義理の娘の顔を見たかったっていう表向きの理由だけじゃ納得してくれないか」


「ま、しないだろうな。連中だけじゃなく、各国もどんな話し合いが持たれたのか必死に探ってくるだろうよ」


 本当にどうしてこうなったんだろうね。本名を写真ともども公開したわたしはともかく、他の子たちが普通に生活できているのは大勢の協力があってこそだ。


 見れば社畜ネキさんのポルシェが正門を潜ろうとしてるが、そちらにマスコミが群がる様子はない。警備の人たちが気にしているのは、それ以外の第三者の動きだ。


「さて、社畜ネキさんたちが到着したから、ちょっと迎えに行ってくるね」


「うむ。自覚があるなら気を抜くなよ。今やお前を狙っているのは金銭目的の誘拐犯だけではないのだからな」


 (きびす)を返した背中にかけられた声は、やはり温かみに満ちていると感じざるを得なかったが、本人はどう思っているのだろうか。無性に嬉しくなったわたしが玄関に向かって駆け出したが、残念なことにそちらはすでに人類の業が生み出した戦場と化していたのだった。


「ちわーっす。アーニャたん、来たよー」


 玄関のロビーでスリッパに履き替えた社畜ネキさんがこちらに気づき、笑顔で右手を振ってくる。それに釣られて、白鷺さんたちもこちらに足を向けようとしたが、その前に二人の女傑が立ちはだかるのだった。


 それは、見事なまでに対照的な姿だった。


 社畜ネキさんが掲げた『大人のお姉さん』という枠組みは、いまや白鷺さんや四宮さんなどが加盟して無類の戦闘力を誇っている。


 まさに、『富めるもの』を代表するかのようなこの四人組に、『持たざるもの』の悲哀を背負った二人が挑もうというのだ……!!


「……どうした谷町? ハルちゃんも? そんなに怖い顔しちゃってさ?」


 まずはVTuberの最長老。社畜ネキさんこと蛍崎海音(ほたるざきあまね)さん御年(おんとし)27歳は、Re:live1期生までのメンバーの中ではコーデリアさんに次ぐほどの戦闘力を誇り。


「みぃちゃんたちに会うのも久しぶりだね。キャップもさ、ウワサにゃ聞いてるけど実際に会うのは初めてだから、実は楽しみにしてるんだよね」


 人々に癒しを与える2期生の白鷺風香(しらさきふうか)さんもまた、その親友に恥じない対等のボリュームを誇り……。


「だよねぇー。団長もさ、(たま)には牛丼以外のものも食べたいって思ってたところに、キャップが本場のハンバーガーを(おご)ってくれるっていうから、気分はもう完全に肉って感じなんよ」


 2期生の四宮恋歌(しのみやれんか)さんに至っては、Re:liveの事務所に出入りする関係者に二度見しなかった人物は性別を問わず存在しないと、実しやかに囁かれるほど圧巻のLカップ(戦闘力53万)を誇示し……。


「あ、どうも谷町先輩。マリナ先輩もご無沙汰しています。……ええと、どうしてそんなにリリアたちの胸を睨んでるんですか?」


 3期生の駒草リリアさんも非常に堅牢な胸部装甲の持ち主でありまして……そんな四人組と相対した谷町みい子さんの悲哀たるや、まさに慟哭の一言でありました。


()ぇれ! お前らに食わせる肉はねぇ!! というか食った肉の養分をどこに回す気だ、このおっぱいお化けどもはよぉ……!?」


「かーっ! 卑しか女ばい!! 帰ぇれ帰ぇれ、ここはおめぇらのような女の敵が来るところじゃねぇぞ!!」


 そこにどちらかと言えば慎ましいほうのマリナさんも加勢して、二人して狂犬のように吠えたてる……これにはわたしも自分のサイズを確認せざるを得ない。


 いやね。自分でもまだまだ子供だって理解してるし、わたしの成長期は終わってないぞって言いたいところなんだけど……ここまで圧倒的な格差を見せられちゃうとさ、気持ちが勝手に負けを認めちゃうんだよね……。


「やめよう。やめよう、みぃちゃん……さくらたちじゃこいつらには敵わないんだよ」


「マリナも悪ふざけはその辺にしときな。社畜ネキたちはともかく、後輩のリリアちゃんが本気にしかけてるだろ」


 そのタイミングでそれぞれの保護者が問題児を回収……わたしの見たところ美緒さんの言うようにリリアさんが本気にしかけてるから、先輩としてフォローしなきゃいけないんだけど。


「一応言わせてもらいますが、いいことばかりではないんですよ? 肩は凝るし、走ったりお風呂に入るのも大変なんですから、むしろ胸が大きくて得したことなんて一度もないくらいですよ」


 そこに三傑の枠組みには確実に入りそうなコーデリアさんの追撃。効果は抜群だと言わざるを得ない。


「あー、番長も苦労してますか。団長も運動したりするのは、専用のサポーターでガッチガチに固めないと無理なんよね」


「リリアもそんな感じですよ。ほんと汗が溜まるのはどうにかしてほしいですよね。お風呂でいちいちおっぱいを持ち上げて洗わなきゃいけないのが、ホントめんどくさくって……」


 そうなんだ……わたしには縁のない話だろうけど、一応憶えとこうっと……じゃなくて、死屍累々だしそろそろ止めないと!! 胸のサイズに拘りのなさそうな蘇芳さんと美緒さんの目も死んでるよ!?


「あはは……肩身が狭くなるから、おっぱいの話なそれくらいにしようか? リリアさんも、直接会うのはデビュー前の打ち合わせ以来だね。それとさっきのは毎度恒例(いつも)の漫才みたいなものだから、あまり本気で受け取らないでね」


「は、はぁ……漫才ですか……」


 わたしが声をかけると新人のリリアさんは恐縮する素振(そぶ)りを見せるも、言ってることは半分も信じちゃいない様子だった。彼女は未だに怨嗟の声を漏らす問題児たちの惨状に眉を顰めるが、最終的に「これがRe:liveなんやね」と受け入れ難い現実を飲み込んでくれたようだ。


「どうも、ゆかりさん。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。本日は急な参加を許可してくださってありがとうございます」


 そこでようやく一息つけたリリアさんは、挨拶を忘れたことを恥じるように深々とお辞儀してきた。この辺り、呉服問屋の娘だという美緒さんと同様に育ちの良さが伺える。


「ううん。むしろこっちこそ参加してくれてありがとうだね。帰りは少し遅くなるかもだけど大丈夫かな?」


 ともあれ、おっぱい談義が止まってくれたのは助かった。わたしは場の空気を入れ替えるように、努めて明るい口調で確認した。


「あ、そっちのほうは大丈夫です。両親もゆかりさんと同じ職場だと報告したら、露骨に安心して門限を撤廃してくれたんで……」


 ううむ……こうして話をするたびにお嬢さまの香りがプンプンしてくるな。


 なんだろう? まるで学校にいるときのような気分になって、だんだん落ち着かなくなってきたぞ……?


「どうよ、アーニャたん。お姉さんたちの後輩は? 堕とし甲斐がありそうでしょ?」


「うん、どう考えても付き合う相手を間違えちゃってるよね。リリアさんの親御さんが知ったら、どうか娘だけはって泣き出しちゃうよ」


 そんなリリアさんに背後からしなだれかかって邪悪な笑みを浮かべる社畜ネキさんに、わたしは精一杯にやり返したつもりだったが、目立った効果は無し。


「言うねぇ、さすがアーニャちゃん。……ところでウワサのキャップはどちらに? なんかデッカいハンバーガーを食わせてくれるって聞いたんだけど?」


「キャップは屋上の機体(・・)の中にいるよ。全員揃ったし、わたしたちそっちに行こうか」


 時刻はもう5時を過ぎてるし、そろそろ合流してもいい頃合いかなってみんなを促すと、白鷺さんと目を合わせた四宮さんが首をひねった。


「機体って、団長たちが来たときには何もなかったけど?」


()えないけどあるんだよね、これが……それもこういうときの秘密兵器が」


 外のマスコミは比較的お行儀良くしてくれてるけど、さすがに車で移動となったらどうかお気をつけてとはいかないだろう。


 最低でも行き先を突き止めて、その目的を推測しないことには彼らの商売は成り立たない……だから屋上のヘリポートにはこんなものも用意してあるのだ。


「久しぶりだねお嬢さんたち! サーニャと合作のモノポールエンジン搭載型垂直離発着式ステルス輸送機へようこそ。レーダーにも映らず、立体映像投影型光学迷彩により視認も許さず、完全無音で航宙能力も兼ね備えたこの機体なら、野暮なマスコミを煙に巻いて君たちとの内緒のデートを楽しめるって寸法さ!!」


「この機体は惑星内の安全な航行を目的としたものですから、最高時速は控えめですが、将来的な民間への払い下げを視野に入れると、まあ、この程度が妥当かと」


 フロンティア・スピリッツ号のときもそうだったけど、相変わらずこの手のオモチャを自慢するキャップは楽しそうだなぁ……うちの子たちも絶句してるし、サーニャもあっち側に行っちゃったんで、ツッコミ役がわたししか残ってないよ。


「これってなっちゃんたちの無人島との送迎にも使ってるんだよね……時間的にはどれくらいかかるの?」


「それでも最高時速は2万キロほどですから、30分ほどもあれば十分ですが……なぜそのような質問を?」


 可愛らしく首をひねったサーニャに、わたしは手元のスマホを見せることで答えた。


 一体どこから漏れたのかは知らないが、そこには無人島でバーベキュー配信を予定しているキッズたちの「ズルい」「除け者にされた」「吾輩も食べたかった」という怨嗟の声が満ちあふれていた。


「さすがにハンバーガー食べたさに予定された配信をキャンセルするのはどうかと思いますよ?」


「うん、だからさ……こっちもホログラム形式で配信して、向こうとリンクしてあげればちょっとは不満も収まるんじゃないかって」


「まあ、その程度のことなら大した労力は要りませんが……」


 わたしの提案にサーニャはため息一つをもって了承し、嫌な顔ひとつせず待機していた北上さんたちに指示を出した。


 ファーストライブのときは裏方に大きな負担を強いたホログラム形式の配信も、今ではそれほど大がかりな機材を必要としないらしく、北上さんたちがいくつかの鞄を手に戻ってくる頃にはうちの子たちも再起動を終了させていた。


「フフフ。それでは君たちの準備も良さそうなのでそろそろ発進しようか。念のため全員着席してシートベルトを締めてくれたまえよ」


「はぁーい、分かりましたぁー」


 最後にマリナさんがキャップの指示に元気よく応えると、その機体はあの(ふね)がそうだったように何の衝撃も感じさせずに飛び立つのだった。


「あ、やっぱり(マスコミ)の人たちはまるで気付いてない。仕事なのに、ちょっと可哀想だね……」


 まだアーニャ御殿にキャップがいると思い込んで、夜通し張り込むことになったらあんまりだから、そろそろWisperで告知を兼ねたネタバラシをしておこう。


「ええと、今夜はキャップにハンバーガーをご馳走になります。ホログラム形式の配信でその様子をお届けするので、みなさんもハンバーガーを片手に参加してくださいね、と……」


 これにハンバーガーの国に迷い込んだアーニャたちのイラストを添付して、よし、投下完了……なんてやっていたら、みんながこっちを見てクスクスと笑っていた。


「はいっ、アーニャたんがまたしても世間を騒がせましたが、予想される反応をお答えください」


「マリナは日本中のハンバーガーショップにお客さんが殺到して、店長が半泣きで非番のスタッフをかき集めるのに1票ってところですかねぇ……」


「私はその光景が世界中で見られるのに1票を投じますよ。特にアメリカでは深夜ですから大変な混雑になるかと」


「なら蘇芳は正門前のマスコミもしょんぼりしながら買いに行くに1票だわ」


 みんなの指摘に思わず頭を抱えたくなる。ごめんなさい、修羅場を経験する従業員の人たち……そこまで考えてませんでした。


「まったく、お前はどこまでお人好しなんだ? そんなことにまで責任を感じていたらキリがないぞ?」


 そんなわたしを揶揄(やゆ)するターニャちゃんの言葉を否定する人は、その場には存在しなかった。






 時刻は夜の6時。舞台は、合衆国が日本国内に保有する高級住宅地。かつて鴨川さん(なっちゃん)が一時的に住んでいたそれと似たような物件のリビングで、わたしたちの姿を上書きして配信開始する。


「こんにちは、N社公式VTuberのアーニャです。今夜は趣向を変えて、『突撃! 隣の晩御飯!!』みたいな構成でお送りします。審査員のみなさんはこちら」


 サーニャの合成した歓声を耳にしながら、隅っこでやさぐれるキッズとその保護者を紹介する。


「はぁーい、こっちは無人島で野生のブタを掻っ捌いてる梵天寺杏子(ぼんてんじきょうこ)です。そっちはアメリカのバーガーだっけ? あたしも向こうにいたときに食べたことがあるけど、量が半端ないから気をつけてね」


「いいなぁ。こっちは半年も我慢してるのに……ども、エビをたくさん捕まえたからそこまで悔しくないイルカの子だよ。でも帰ったらぜったいバーガーを食べてやるから、みんなも本場のボリュームにお腹いっぱいになってね」


茉莉(まつり)は許さん……。茉莉が無人島で侘しい生活をしてるときにこんなことをするのって酷くない? 帰ったら今日の配信で一番いい思いをしたヤツに虫を食わせてやる。今日はそんなアンニュイモードの紺野茉莉です」


「僻むな、僻むな。こういうときにお利口さんにしていると絶対サービスがある。具体的には、夏休みのあいだにアーニャさん()に遊びに行ったら、ワン(ユッカ)ちゃんと一緒にお散歩してくれたりな。……そう信じてこっちでもきちんとツッコミ役をします。Re:live2期生のラプンツェルです」


「いい子かよ! お前クソガキ設定どこ行った!? あとリラメンに虫を食わせるとかいう地獄しか生まない企画はやめろ!! えー、こっちは無人島でいいようにコキ使われてますが、体力的にはそんなにキツくないっていうか……意外と悪くないんじゃねって思ってる芹沢菜月です。今日はこっちでバーベキューをしつつ、アーニャさんたちの配信に首を突っ込ませてもらいますんで、よろしくお願いしますね」


 ううむ……のっけからコメント欄がすごいことになったが、まぁいいだろう。


「色々と溜め込んでるものが想像できそうな自己紹介だったね。まあ、今回は間が悪かったけど、戻ってきたらその分フォローするから機嫌直してね」


「ぶー、きっとだよ……」


 最後にそう返した茉莉ちゃんに手を振りつつ、今回の主役ともいうべき人物を紹介する。


「さて、今夜はすでにご存知かもしれませんが、なんとあの(・・)キャップが本場アメリカのハンバーガーをご馳走してくださることになりました」


「やあ、諸君。久しぶりだね。私が謎の覆面マッチョメン、キャプテンASだ! 実は以前、グラディス嬢が本場の味を懐かしがっていたのでね。こうしてお届けに来たって寸法なんだが……そちらのスケジュールを見落としていたのは誠に申し訳ない! お詫びに明日の朝食は焼き立てを届けるつもりなので、それで許してもらえるかな?」


「本当!? キャップ大好き!!」


 思わぬサプライズに大喜びのグラちゃんが駆け出し、キャップに抱きつこうとするが、残念なことに目測を誤って体を突き抜けてしまった。これにはグラちゃんを抱き上げて肩に乗せようとしたキャップも冷や汗。


「……意外と難しいね。ホログラムを遠隔操作するのってさ」


「おーい、いいから帰って来い、帰って来い。そっちのコメントを荒らすな」


 うん……杏子さんの言うように、傍目にはグラちゃんの顔面がキャップの下腹部(比喩表現)を貫通していったからね。コメント欄もすごいことになってるよ。


[ロシア連邦大統領:くたばれ]

[イギリス外務省:ま、まあ非常に興味深い企画ですな]

[フランス共和国大統領:確かに。これに匹敵するのは突撃英国料理くらいかと]

[中国外交部長:それはお嬢様方に過酷すぎる内容では?]

[イタリア外務大臣:美食と情熱をお求めなら、ぜひ我が国を]


 ほら、場外乱闘も始まってるし、こういうときはスルーだ、スルー。


「えー、それでは実際の会場はこちらになりますが、今のところその道のプロが下拵えを済ませるのを、うちの子たちが見守っている状態ですね。……といったところでキャップに質問なんですけど」


「おや、なんだい?」


 とりあえずわたしがさっきの放送事故を無かったことにして話を進めると、冷や汗を拭ったキャップはわりかし平静に対応してくれた。事前の想定にはない質問になるけど、この分なら大丈夫だろう。


「わたしたちはアメリカのメニューに詳しくないんですけど、具体的にはどうやって注文したらいいんでしょうか」


「なんだ、そんなことかい?」


 どこかホッとしたように微笑したキャップは、わたしの質問にこう答えた。


「その辺りは適当でも大丈夫さ。例えば一番大きいのとか、普通のサイズって感じでね。……なんなら日本でも人気のMCド◯ルドのメニューを参考にしてもらったっていい。本場のハンバーガーを食べてもらいたいってのが今回の趣旨だけどね、それに囚われて君たちが楽しめないんじゃ本末転倒だからね」


「そうですね。視聴者(リスナー)はわたしたちが楽しそうにしてるのを見に来てくれるんですから、今日はお言葉に甘えて全力で楽しませてもらいますね」


「ああっ、それでこそ君たちさ! 私たちも君たちを楽しませるために全力を尽くすよ!!」


 その会話はカウンターの前に(たむろ)するうちの子たちの耳にも入っているが、こちらに割り込んでくることはない。今回の配信は、都合10名の欠食児童VS.大きことはいいことだというアメリカの食文化との(たたか)いであり、わたしたちは審査員の5名を含めて、その激戦をスタジオからお届けしているって設定だ。


 デビューして間もないリリアさんはせめて挨拶くらいはしたそうだったが、それを無言で押し留める社畜ネキさんの目は真剣そのもの。


 力強いその瞳は、まるで新兵に目の前の戦闘に集中しろと語りかける歴戦の軍曹のようだった。


「フフ、ハンバーガーが焼き上がったようだが……はたして彼女たちはアメリカの洗礼に耐えられるかな?」


 キャップはどこか心配するように──それでいて期待するように見守るが、口にしてしまった以上、それは果し状を叩きつけたのも同然だ。


 キャップの挑発とも取れるその発言を、あえて額面通りに受け止めた一人目が「上等だよ」と呟いて、その場所に躍り出る。カウンター席に腰掛け、テーブルに両肘を突き、組んだ両手の上に顎を乗せて──Re:liveきっての武闘派と評判の仲上ハルカというVTuberは、不敵な笑みを浮かべてこう口にした。


「一番大きいのをお願いします」


 手袋を叩きつけるのはむしろこっちだと言わんばかりの笑みに、初老のシェフが「分かってやがる」と口角を釣り上げる。


「フフ、さすがは繁華街の皇女とまで呼ばれたハルカだ。素晴らしい度胸ではあるが、今度ばかりは相手が悪いと言わざるを得んな……」


「そんなにすごいんですか?」


 なんだろう。急に作画が変わったような、そんな不穏な雰囲気の中……額の汗を拭うキャップに訊ねると、審査員のグラちゃんが代わりにこう答えるのだった。


「わたしも一度挑戦したことがあるけど、さすがにアレは食べきれなかったよ……」


 なんと、ビッグ◯ックを物ともしないグラちゃんをしてそう言わしめるとは……だがその評価も実際に目にしてしまっては認めざるを得ない。


 日本のものとは比較にならないほど分厚いバンズの上に、これまた分厚いハンバーグが、大量のピクルスが、トロトロのチーズが、贅沢なほどのレタスが、輪切りのトマトが、次々と乗せられていく。


 なんとボリュームのあるハンバーガーだろうか。だが、それで終わりではない。


 繰り返すこと三度。満たし、満たし、満たしても終わらず。具材の搭載が四度目に突入してもまだ終わらず。遂には──。


「待たせたな。これが合衆国(ステイツ)の誇るグランド・クインティプル(五重奏)・マウンテンバーガーだ」


 それは、たしかに山としか形容できないようなハンバーガーだった。その高さは、軽く30センチを超えており──。


「いやいや、普通に口に入らないよね? っていうかどう見ても人の顔より大きいでしょ!?」


 思わず突っ込んでしまったが、その威容をもってしても慌てふためくのはわたしたち外野だけで、当事者のハルカさんは微塵も動じなかった。


「素晴らしいッ!!」


 そう叫んだハルカさんが両手で強引に圧縮した山脈に齧り付き──食い千切った!?


[ロシア連邦大統領:なん……だと……?]

[イギリス外務省:……残念だが、流石にこの物量では]

[フランス共和国大統領:なんということだ……これでは、さすがに]

[中国外交部長:くぅ……これがアメリカの物量か……]

[イタリア外務大臣:哀れな……あたら若い命を……」


 まるで時間が制止したかのような静寂の中、心臓の鼓動と表示されるコメントだけがそれを否定する。そんな最中に失笑に似たため息が漏れた。


 まるで敵討をするかのように歩み出た美緒さんは、しかし親友の勝利を微塵も疑ってないようだ。


「別にバーガーを食ったところで死ななねぇだろ? ほら、ハルカもコーラ飲め。喉を詰まらせないようによく噛んで食べないからこうなるんだ」


「んっ……サンキュー美緒! いやぁ、なかなか美味しいんじゃないでしょうか!?」


 差し込まれたストローを全力で啜ったハルカさんが、明らかに照れた様子で応じる。


 凄まじい勢いで巨大なバーガーを征服するハルカさんの勇姿に、再び湧き上がった歓声がスタジオを埋め尽くした。


「いやぁ、見ただけでゲップが出そうな光景だね。ハルカさんもようやるよ」


「すごいよね。わたしは半分も食べられなかったのに、もうあんなに小さくなって……わたしもまた挑戦してみようかな?」


「吾輩は無理……。普通のやつも無理かも……」


「それでもアーニャちゃんが食べろって言ったら食べるのがRe:liveなんやで、ラプち」


「いや、そんなふうに言うのはやめろよ? そんなアーニャさんのことを、毎回芸人をサバンナに投入するプロデューサーみたいにさぁ……アーニャさんも困ってるじゃん!?」


「ううん! 毎回振り回して悪いと思ってるから気にしないでね!!」


 さすがにこれは猛省するしかない。意図的に地獄を生み出してきたつもりはないけど、結果的にアーニャ(わたし)という暴走列車に乗り込んだこの子たちの旅路が、平穏とはかけ離れたものになっているのは事実だからだ。


「なぁーに、気にすることはないさ。君というジェットコースターは毎回刺激に満ちていて、乗り込んだ我々を存分に楽しませているんだからね」


「そう言ってもらえると助かります……」


 キャップの大きな手がわたしの髪ををワシワシとかき混ぜると、わたしの心は大きなものに守護(まも)られているように感じて安心したが、コメントはサーニャが意図的に通したとしか思えないF言語で埋め尽くされた。なんまいだぶ。


「いや、まあ、さすがにあのサイズは想定していなかったから慌てちゃいましたね」


「ま、そうなるだろうね。私も結果的に(けし)かけるようなことを言ってしまったからな……あとでサーニャやキャシーと顔を合わせるのが怖いよ」


 だよねぇ……わたしもあんなキャップを見るのは嫌だから、せめてサーニャだけでもお義父(とう)さんに優しくするように言っとかないと。


 だがそれはそれとして、切込隊長のハルカさんが勝ち取った戦果に勇気づけられた欠食児童たちは次々と席につき、自分の身の丈にあったハンバーガーを注文してるようだ。


「ウチは普通のハンバーガとポテトを……あとナゲットってあります? あったらソースはバーベキューでお願いします」


「あ、エリカもそれにするわ。ポテトを控えめにすればいけるやろ」


「っていうかポテトいらなくね? みぃちゃんは野菜とチーズ抜きの肉のみダブルバーガーにするわ」


「分かってないね、箒星は……バーガーはね、ポテトが主食でバーガーはオカズなんだよ。さくらはテリヤキとポテトLでお願いします」


 うん、こっちはわりと穏当な注文だけど、この場にはそんな常識を歯牙にもかけない集団が存在するのだ。


 チーム『富めるもの』の代表たる社畜ネキさんは、Re:liveお尻相撲ランキングぶっちぎりNo.1の実力を見せつけるかのように、その圧倒的なヒップでさくらちゃんを押し退けると、犬歯を剥き出しにして(わら)うのだった。


「日和ってんなぁ、お前ら……マスター、お姉さんはハルちゃんとおんなじもので頼むわ」


「正気か社畜ネキ!? お前、少しは自分の年齢を考えろよ!!」


 そんな社畜ネキさんの無謀とも思えるような宣言に、被害者であるはずのさくらちゃんは仲間を必死に制止するが──。


「いいねぇ、あたしもハルちゃんと同じやつを貰おうかな」


「あ、団長もそうする」


「リリアもお揃いでいいですか?」


「いいんじゃないですか? 私も久しぶりに挑戦しますよ」


 だが、無謀と断じた認識自体が間違っていたのだ。


 カウンターにズラリと聳える山脈のそれと比較すれば、たしかに先ほどのハンバーガーも見劣りする。


 そうだ。肉無くしてこの豊かさは生まれないと、社畜ネキさんの不敵な横顔が語っている。


「分かるか、箒星……これがRe:livだよ」


「上等だよ……マスター! さっきの注文はキャンセル! こっちにもグランド・クインティプル・マウンテンバーガーをちょうだい!!」


「やめてみぃちゃん! そんなことをしたら死んじゃうよぉ!!」


 その挑発にまんまと乗ってしまったみい子さんは、相方の必死の制止を無視してその地獄に挑む。


 まさに生か肥満かデッド・オア・アライブ。その流れに美緒さんとエリカさんが困惑しきった顔を突き合わせる。


「えっ? これってウチらも同じものを頼まなきゃいけないってことぉ?」


「待って待って! さすがに無理! アーニャちゃん助けてぇ!!」


 そんな阿鼻叫喚(あえんびえん)の地獄絵図がおかしくって仕方がない。


「おやおや、とんでもないことになってきたが君はどうする?」


 クスクスと笑い出したくなるのを堪えるわたしに問いかけるキャップへの返答は、もはやこれ以外にあり得なかった。


「せっかくだからわたしも挑戦してみます。わたしだっていまはこんな体型だけど、将来的には社畜ネキさんのような大人になりたいですからね」


「それでいい。よく遊び、よく学び、よく食べて、よく眠る。それが子供の特権というものだよ」


 そう言って笑顔でわたしを送り出したキャップの前で踵を返して、社畜ネキさんの背中に抱きついたわたしは、アメリカ自慢の特大バーガーを注文するのだった。









次回、久しぶりのお風呂回(主人公以外肉満載)




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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかの飯テロ。 大きいハンバーガーが食べたくなった。 [一言] アメリカが自国の料理を食べてもらう配信を通したなら、クソ!とか言ってないで他の国も自分のところのおいしい料理をみんなに食べ…
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