N社の新型ゲーム機『We X』発売前実機配信 〜完結編(後編)〜
2012年7月20日(日本時間21:00)
変わりゆく世界を一望してわたしは思った。はるか古代に原野へ活動の舞台を移したわたしたちのご先祖さまは、故郷である森を拓き、山を崩して得た土で湿地を埋め、場合によっては川の流れそのものに手を加え、より安全で快適な居住区を拡大してきたそうだけど……これはたぶん、その縮図だって。
「箒星さぁーん、ここらでまた区切っときますか?」
「うん。将来的に街路樹を植える可能性もあるから、道路は広めに確保しといて」
「了解っす。……んで、桜田教授は何をしてるんすか?」
「違うよぉ〜! さくら遊んでるんじゃなくて、チャンクごとの境界線が分かりやすいように目印を置いてるんだよ」
陣頭指揮を執る市長、ならびに相談役の手足となり、精力的に働くVTuberたちが街を作る瞬間に立ち会ったわたしは感嘆する。
ほんの1時間前まではアーニャ御殿とお付きの農場しかなかったこの世界は一変して、見渡す限りの平地は区画整理がなされ、様々な建築物が完成に向かいつつある。
「これがキャップの言ってた開拓者精神ってやつかな? だとしたら今のうちから自然保護も考えなきゃだね」
「あっ、アーニャちゃんもそう思う?」
独り言のつもりだったが耳目を掠めたのか、こちらに気づいたみい子さんが笑顔で駆け寄ってきた。
「Mクラの仕様書にも目を通したんだけど、こっちはマイクラ以上にバイオームの条件が厳しいらしくてね。森林とか山岳でしか湧かない生き物も増えてるし、あまり真っ平な住宅地ばっかり作るわけにもいかないんだよね」
バイオームとは、この世界の作成時にランダムで生成された気候帯であるのと同時に、その環境下で生み出された独自の自然形態のことだ。
例えばこの辺りは温帯の平原に分類されるんだけど、わたしたちがこの世界を公開して早々に切り崩した山は冷帯の森のある山に相当して、そこにしか姿を現さないヤギやキツネなどの小動物もいる。そのため安易に地形を変えてしまうと、そこを棲家とする小動物の発生条件を満たせなくなってしまう。
単純に緑のない自然は寂しいというのもあるけど、考えなしに森を伐採した結果、リスやウサギを探し回るのに苦労してから後悔しても遅いのである。
「それは由々しき問題だね。最初に木材を切り出した森はまだ残ってるけど、あれだけじゃ足りないよね」
「さすがにこの人数だと全然足りないね。……ただ一応ね、完全に更地にしてゲームのほうが平原と認識するまでは、私たちの手で植えた苗木も森の一部としてカウントされるらしいんだわ。だから本当一応ね、森を伐採するときにその辺のことを気をつけてもらえれば、たぶん大丈夫なんだけど……」
なるほど……わたしはみい子さんが何を危惧しているのか分かった気がした。
「わかるよ。マイクラって結構その手の判定が厳しいもんね」
「ね。さくらが村にアイアンゴーレムトラップを作ろうとしたときだって、さくらが誘導しようとゴーレムを殴ったら、最終的にさくらが倒した判定をされて湧かなくなったし」
アイアンゴーレムトラップとは、主にマグマと水流を利用してアイアンゴーレムという村を防衛するMOBを安全に倒し、ドロップする鉄のインゴットを自動で回収する仕組みなんだけど……実はこのアイアンゴーレム、わたしたちプレイヤーの手で少しでもダメージを与えられた状態で倒されると、『この村のアイアンゴーレムはプレイヤーの手で駆除された』と見なされ、二度と湧かないようにできてるんだとか。
「ま、そんなわけであの森もうちらが何を言っても、苗木を植えるのは木材をあらかた回収してからでいいやっていう、さくらのような横着者が出てきたら風前の灯なんだよねぇ」
「さくらちゃんはどちらかっていうと、人の話が上書きされるタイプだから……」
わたしがクスクスと含み笑いしながら応えると、みい子さんは「そうなんだよなぁ」と頭を掻いた。
「さくらも何か言えばきちんと聞いてくれるんだけど、あとでオヤツの話を耳にしたら脳の中身が丸ごと書き換わっちゃうんだよ……一つのことしか憶えられんのかアイツは!?」
こんな話を聞くたびに、この女性は本当にさくらちゃんの良き理解者なんだなって感心しちゃうけど、安易にそのことを指摘するとみい子さんも困っちゃうから、そろそろ運営側の人間として方針を明確にしよう。
「それじゃあ伐採用の植林場は別に作って、今ある森は国立公園みたいに保護するって方針でどうかな?」
「うん、わたしもそれでいいと思う。幸い苗木は大量にあるから、道路脇に確保した街路樹の整備を後回しにして、先に伐採用の植林場を整備するってことでいいかな?」
「うん、こっちからお願いしたいくらいだね。よろしくお願いします。みなさんも引き続きみい子さんたちを助けてあげてくださいね」
わたしはそう言ってみい子さん本人にはもちろん、先ほどまでみい子さんの指揮下で区画整理を行なっていた男性VTuberたちにも頭を下げたんだけど、こちらを遠巻きにする彼らは困ったように笑っているだけで確たる反応は返してくれなかった。
「あー、やっぱりアーニャちゃんが相手だと苦しいか」
わたしがそのことに寂しさを覚えるより早く、こっそり耳打ちしたみい子さんが申し訳なさそうに説明してくる。
「あんまり悪く思わないであげてね? Revisionは最初から男女混在の箱だけど、Re:liveって今のところ女だけの箱でしょ? だからね、うちらは気にしなくても向こうは色々と気にするみたいなのよ」
「ああ、忘れてた……男性のVTuberが女性のVTuberに絡むのを好まない視聴者の心理に配慮して、ってやつだね?」
わたしが納得すると、みい子さんは「そうなの」とため息をついた。
「さっきも言ったけど、最初から男女混在のRevisionのVTuber同士なら視聴者もそこまで神経質にはならないみたいなんだけど、Re:liveはねぇ……別にガチ恋営業をしてるわけじゃないし、そういったコメントはYTubeで送れないようになってるけど、やっぱり自分の推しに手を出そうとしてるって思われるみたいなんよ。これでもずいぶん揉んでやったから、うちらとは普通に話せるようになったんだけど……」
「さすがに各国首脳と公的な付き合いもあるわたしじゃ、気後れするのも無理はないかな?」
「うん。男と絡んでむしろ安心しただの、40までの結婚を目指そうって言われるのは社畜ネキくらいなもんだよね」
社畜ネキさんの名前が出たことで吹き出すわたしに、アイドルらしい真っ白な歯を見せて微笑ったみい子さんは、最後にこう請け負った。
「まっ、アーニャちゃんの方針は理解してるから、こっちのほうはもうちょっと時間をくれると嬉しいかな」
あぶれる人が出ないように──わたしの願いを正しく受け取ってくれたみい子さんにあらためて頭を下げる。
「大変だと思うけどよろしくお願いします。みんなのことも、さくらちゃんのこともね」
「あー……さくらのことは任されたくないけど任されました。あんなんでも一応ビジネスパートナーだし、悪いヤツじゃないからね」
さくらちゃんの名前を出した途端に複雑そうな顔をするみい子さんの表情は、ちょっと一言では説明できない。嬉しそうだと見なすには苦み走っていて、かと言って迷惑そうだと判断するにはその目元は優しすぎた。
「おい、なに遊んでんだよ箒星! アーニャたんとイチャイチャしてないでこっちの指示を出してよ! みんなにこれからどうしますかって訊かれてさくら困ってんだぞ!?」
「さくらうるさい。遊んでるんじゃなくて打ち合わせだもんね、打ち合わせ。悔しかったら打ち合わせができるくらいの企画力を身につけなよ」
そうしてこちらに手を振ってから相方に駆け寄ったみい子さんは、ずいぶん気安い雰囲気の男性VTuberが見守る中、遠慮なくさくらちゃんをやり込めるのだった。
「わかった。さくらいつか箒星をギャフンと言わせるような大会を開いてやるからな。覚悟しとけよ」
「えー、それはちょっと無理なんじゃないすか教授? みい子さんはどう思います?」
「うん、無理というより無謀じゃね? さくらってスケジュールを立ててもスケジュール帳を確認する概念がないからハッキリ言って立てるだけ無駄だし」
「うわキッツ……ほら教授もそんなに剥れないで、アーニャさんに挨拶したら作業に戻りましょうよ」
だからその気安い雰囲気に乗じることができたのはわたしにとって幸運だった。
「じゃ、わたしはちょっと向こうの様子を見てくるから、さくらちゃんもまたね? みなさんもみい子さんたちを手伝ってあげてくださいね」
「あ、お疲れさまです。こちらのことは任されたんで、アーニャさんは向こうのほうをお願いします」
「あまり目に余るようでしたら、ウチの葛葉か天城に言ってください。一応その二人がこっちのリーダーなんで」
「わかりました! それでは、またぁー!!」
みい子さんたちのやり取りが緊張を解したのか、初見より格段に親しげな反応が返ってきたことに舞い上がり、わたしは歌い出したい気分でその場を後にした。
いや、実際にメロディを口ずさんでるんだから歌ってるんだけど、ここまで気分が良くなったのは成人男性との会話に成功したという、なんともわたしらしい理由なんだから我ながら可愛らしい話だ。
わたしは今でこそ世界を相手取った配信者をやっているが、基本的にコミュ障とまでは言わないもののかなりの陰キャだと自認してる。
少し前に社畜ネキさんが自分の配信で「誤解されてるけどお姉さんかなりの陰キャよ? 今のコミュ力は社畜時代に鍛えられたっていうか、お姉さん昭和のオタクなんだから陽キャのわけないじゃんねぇー」ってカミングアウトしたときは驚かされたものだけど、理解できるような気もしたのだ。
わたしも必要があってそう演じはしても、対人関係は常に綱渡りだ。外しちゃいないだろうか、引かれちゃいないだろうかと、過去の会話を思い出しては猛省する毎日だ。
そんなわたしだからこそ小さな歩み寄りが本当に嬉しい。その期待に応えるためにも頑張ろうと、そう思ったところで腹の虫が鳴った。
「あ、お腹……」
Mクラの世界でも時間経過でお腹が減る。わたしも今まで忘れていたから仕方ないんだけど、開会式から整地、案内と3日くらい食事を怠っていたのでかなり大きな音がした。
そのことに赤面し、誰かに聞かれなかったかなって周囲を確認したが、どうやら天はわたしを見放したようだ。
「ねぇー、んなたん今の聞いた?」
「聞いた聞いた。すげぇ音がしたよなチョコたん」
ハルカさんたちが手がけるコンサートホールの隣に建てられた屋台の中から、二人の悪魔が満面の笑みを浮かべてわたしを見つめてくる。
「おうおう、そこのお嬢さんよ……子供が空きっ腹を抱えちゃあいけねえな! このバーガーショップ癒姫で腹一杯食ってきな!!」
「あ、結局その名前にしたのか……あとで看板を作らねぇとな」
そう言って立ち尽くすわたしを誘惑してきたのは、Re:live3期生の女子高生コンビ。魔界のヤンキーこと癒塚チョコさんと、魔法学院の優等生こと椿姫ニーナさんだった。
「いやぁー、それにしてもすごい音だったな。あんなにすごい音を全世界に発信したのは、ちょっと前にさくらっちょが配信中に屁をこいたとき以来じゃね?」
「あれはすごかったのだ……共演したなっちゃんとユキたん、美緒しゃが爆笑したことも含めて……」
デビューしたての3期生ながら、二人とも『あのスレ』の出身者とやらで、パワフルかつエネルギッシュな行動力たるや、Re:liveのVTuberとして満点なんだけど、さすがにそのときの騒動と一緒にされたら堪らないんだ……。
「うん。そんな不幸な事故もあったねぇ……」
「まぁチョコ的には可愛いもんが見れたからご馳走様なんだけど」
「みんなメシを食うのも忘れて遊び呆けてやがるかんな。アーニャたんもんなたんたちのバーガーを食わせてやっから、その辺に座っとき」
なので、まあ、できれば自然にフェードアウトしたかったんだけど……お腹が空いているのは事実だから、テキパキと配膳する二人の行為に甘えることにした。
「ヘイお待ち! パンとトマトとレタスと牛肉を組み合わせたらできたハンバーガーが一丁!!」
「それとじゃが芋と豚さんから取れたラードを組み合わせたらできたフライドポテトに、同じく鶏肉とラードを組み合わせたらできたフライドチキン、あとオレンジジュースな」
「へえ、そうやって作るんだ?」
本家とは比較にならないほど充実した食材の組み合わせに驚きつつ、わたしは食欲を誘う香ばしい料理に喉を鳴らした。
「……いただきます」
興味津々と見守る二人の視線は気になったが、こうなってしまっては食欲には勝てない。試しに摘んだポテトはリアルのそれを思わせる食感で、たまらず齧り付いたハンバーガーときたら専門店もかくやという美味しさだった。
「どうなのだ? んなたんたちのバーガー売れそうか?」
「うん、とっても美味しいよ……」
「よっしゃー! アーニャちゃんの言質取ったどぉー!!」
瞬く間に完食したわたしの感想に沸き立つ二人は、大喜びで『アーニャたん公認バーガーショップ癒姫』の看板を打ち立てた。商魂逞しいな……。
「それはそれとして、ごちそうさまでした。これお代ね」
わたしは苦笑しながらMクラでエメラルドの代わりに村人との交易で使えるコインを差し出したが、メイド服の二人は一瞥するやフルフルと首を振った。
「アーニャちゃんからお代は取らないよ。もともと原資はこの店を建てるときにサーニャちゃんから貰ったものだし」
「おーっ、裏に農場も作ったけど、んなたんたちの持ち出しはゼロよ。だから代金は他のヤツら回収して大金持ちよ」
「払えないヤツは地下送りにして、チョコたちの帝国の礎にする予定よ」
VTuberがキャラの設定をどこまで尊重するかは人それぞれだけど、この二人のようにガッチリ噛み合ってると物騒な言動も微笑ましくなるから不思議だ。
「まぁ地上侵略もほとほどにね。一応設定では地上の娯楽を視察に来た魔界のお姫さまとお付きの人ってことになってるけど、窮屈だったら投げ捨てちゃってもいいから」
「そんな勿体ないことしねぇのだ。んなたんたちは永遠にゴリラの設定を擦るカナたんのように骨の髄までしゃぶっていくのだ」
特に本人の希望でいろんな設定を盛りまくったニーナさんは、その設定が重荷になるどころかさくらちゃんを思わせる舌っ足らずな滑舌と相まって、独自の世界観でファン増やしているので、これからもやりすぎに注意しつつ頑張ってほしいものだ。
「ところでアーニャちゃん、これお土産ね」
と、内心で深くうなずいたところで思わぬ申し出が。
振り向けば『ラッキーセット』と書かれた紙袋をチョコさんが笑顔で手渡してくるけど、問題はその数だ。
「そこら辺を見て回るんなら手土産があったほうがいいでしょ? ついでに店の宣伝もしてもらえると助かるんだけどなぁー」
「あ、それは助かります、けど……」
手に取ればずっしり重く、隅っこに『64』と表示された紙袋を二つも……おいおい、わたしがご馳走になったハンバーガーのセットが2スタックも詰め込まれてるんだけど?
「あの、こんなにいいんですか? これだけの数となると材料費もそうですけど、作るのもかなり大変だったんじゃ……?」
「いいのいいの。さっきも言ったけど材料は貰ったもんだし、作るのと袋詰めも一度登録しちゃえば楽チンだったし」
「それにみんなもアーニャたんのようにメシ食うの忘れてんじゃねぇかって心配だったから、ドドンと恵んでやろうかなって」
そう言ってイヒヒと笑う二人に、わたしは敵わないなぁという感想を抱いた。
先ほどターニャちゃんが人類の善性を盲信しすぎだとアーリャを批判してたけど、わたしもよくサーニャに物事を善い方向に捉えすぎですと注意されるが、別にいいじゃないか。
仮に本人たちの言うように宣伝目的の裏があっても、この二人がお腹を空かせたわたしを見かねてご飯を食べさせてくれた事実は変わらない。
「それじゃあお言葉に甘えて、さっそくなっちゃんたちにお二人の差し入れだって宣伝してくるね」
「おー! んなたんもなっちゃんの醜態は間近で観察したかったけど、店を空けるわけにはいかねぇから代わりに話を聞いてきてくれなのだ」
「まぁ菜月には、チョコが笑ってたとでも伝えといてよ」
小さな親切を手に、メイド姿の小悪魔たちに手を振ったわたしは、この平和な世界観をぶち壊しにしそうな抗争の現場へと向かうのだった。
かつてサーニャが生やした村と拠点とを隔てる丘陵地隊はすっかり平され、今や巨大な建造物が築かれつつあった。
物々しい石レンガを高々と積み上げた城壁には、これまた物騒な砲台が四方八方に睨みを利かせている。
そう、これこそが抗争初期になっちゃんがツルハシで強引に突破しようとするも、内蔵されたマグマによって阻止した城壁であり、その上から矢の雨を降らせて侵入者を追い払った砲台である。
「ぽぷらちゃんの話だと、あくまで冒険のイロハを教える教導施設ってことなんだけど……」
今も単騎で城門を潜ったなっちゃんがものの数秒でほったて小屋から出てきたことから、内部がどれだけ物騒になってるのか……ちょっと想像がつかない。
そしてさくらちゃんがこの場にいれば、「また負けたにぇ」とおちょくりそうな少女がどこまで本気で悔しがっているか、推し量るのもまた難しい。
「くっそ、ぽぷらのやつ本当に許せねぇよな! なにが風雲ぽぷら城だよ!? 菜月の仲間を拉致った挙句、あんなもんを作りやがってさぁ……!!」
今のも120dB を超えてたよねって大音量に、さてどうしたものかと思案する。
わたしの影響か、視聴者とのプロレスを得意とするRe:liveのVTuber同士が仲良くケンカするのは日常茶飯事だったが、かたや巨城、かたやほったて小屋とここまで差がつくのは珍しかった。
その原因は何か……わたしの見たところ、どうも仲間に引き入れる人間を見誤ったように思えてならない。
地団駄を踏んで悔しがるなっちゃんの周囲でゲラゲラ笑ってるのは、社畜ネキさんと親交が深い2期生の白鷺風香さんに加えて、自らを重篤の愉悦部員と称する2期生の四宮恋歌さんである。心配にもなる。
「どう考えても嫌がらせだろ!? 菜月だけ目的の物を作れないようにして笑いものにしようってさぁ……!!」
「そんなこと言ったってさぁー、警察署を作るって言ってたのに、実際には作り方が分かんなくてほったて小屋でしょ? そのタイミングで暇を持て余した子たちが直接声を掛けたぽぷらに付いてっちゃったのは当然だって」
「まぁ笑えるからいいけど、そろそろ自分のキャラを自覚しなよ。どうあっても勝てないんだからさ」
「いや、むしろトコトンやったほうが面白くね? 団長、ナ虐が捗りすぎて震えるわ」
憤慨するなっちゃんを正論で殴る社畜ネキさんに、辛辣な白鷺さんに呼吸が怪しくなる恋歌さん……うん、見事なほど敵しかいないね。
無責任に面白がってる社畜ネキさんと、自他ともに認める変態と公言して憚らない恋歌さんはともかく、2期生の良心とまで言われる白鷺さんまでこの有り様とは。
どんなにクソガキムーブを決めようとも、隠しきれないいい子ぶりが滲み出ると評判のラプちゃんが、心底懐いて尊敬する白鷺さんがここまではっちゃけているのは、まあ、星の巡り合わせが悪かったとしか言いようがないかな?
Re:liveのVTuberとしてデビューする以前からの知り合いだという社畜ネキさんと絡むとき、温和な常識人の仮面を投げ捨てた白鷺さんは安心してはっちゃける傾向にあり、そこに色々な意味ですごい恋歌さんが加わるとき、全員が元社会人にして苦労人だというこのトリオは無敵となる。
「あー、恋歌はおむつ穿いときな。さすがに配信中に漏らしたらマネちゃんに怒られるよ」
「いや、さすがにそっちは漏らさないけどさぁ……風華も察してよ? 女なら別の意味でパンツチェンジもあるんだって」
「おっ? パンツチェンジの回数でマウントを取る気か? そういうことならあたしだって張り合っちゃうもんね」
なんていうか、三人とも自分の枠を取ってなくて、こっちの配信に映り込んでいないと思ってるもんだから言動がすごいことになってるよね……。
ううっ、やだなぁ……あの中に入っていくの。確実に矛先がこっちに向きそうだし、最悪この配信がアーカイブに収録できなくなりそうだけど……まさか親友を見捨てるわけにはいかないし……ええい、ままよ。
「ンンッ。あっ、あーっ。コホン」
ダメ元でわざとらしく咳払いして、言外にストップをかけると意外なことにある程度の効果はあったようだ。一斉に振り向かれたときはドキリとしたが、互いに目配せするその顔は直前の放送事故に比べればマシになっていたからだ。
もっとも、あくまでさっきよりかはマシになった程度なんだけど……。
「誰かと思ったらアーニャたんじゃん! なになに? 寂しくなってお姉さんにたちに会いにきてくれたの?」
「う、うん。まあ、そんなとこ……これ、差し入れね?」
「なにこれバーガーとポテト? Mクラってこんなもんまで作れるの?」
満面の笑顔で抱きついてきた社畜ネキさんを紙袋でブロックすると、今度は中身を確認した白鷺さんに抱きつかれた。
「いやぁ助かったよ……ちょうどお腹が空いてて、腐った肉を食べてみようかと思ってたんだ」
「んー、本当にいい子……マネちゃんに自重してくださいって止められなかったら、今すぐ引っ越してお嫁さんにするのに……」
「なんだ恋歌……お前それをあたしの前で言っちゃうか? 世界で初めてそう宣言したあたしの前で、アーニャたんを嫁にしたいってよ?」
そこに恋歌さんが加わって頬擦りするのを見て、社畜ネキさんが無駄に張り合おうとする。ううっ、やっぱりこうなったか。
リアルなら好きなだけしてもらって構わないんだけど配信中にこれをやると、わたしのお父さんを筆頭に本気で心配する人が出てくるから、できれば陰でこっそりやって欲しいんだが……今は言うだけ無駄か。
社畜ネキさんも単独なら常識人だけど、類は友を呼ぶの理論でお互いの朱を塗りたくって、真っ赤に染まった今の三人には何を言っても届かないだろう。
「いやそんな話はいいんよ! それよりアーニャさんも聞いてくださいよぽぷらの悪行を!!」
だが、さすがはなっちゃんと言うべきだろうか。精神年齢が小学男子の低学年にも匹敵すると言われる元女子高生は、わたしの周囲に充満する桃色の妖気に気が付きもせず立ち向かい、見事に場の雰囲気をぶち壊すことに成功した。
「ま、まぁなっちゃんも落ち着きなって……これアーニャたんの差し入れね?」
「いらねぇよ! って何これラッキーセットじゃん!? あー、うめぇ……空きっ腹に染み渡るわ……!!」
「うん、それチョコさんと姫さまからみんなにどうぞって貰ったものね?」
「よりにもよってアイツらからの差し入れぇ!? おいこれ絶対やばいヤツだって! アイツらが菜月に渡した物にろくなモンは……あれ? なんともねぇな……」
そしてさすがは男子小学生……一度は『愉悦部』からの差し入れだと判明して慌てるも、さしたる異変が生じなかったこととお腹がいっぱいになったことから、段々とその機嫌が上向いているのが見てとれた。
そして問題の三人もわたしの配信中にはしゃぎすぎたのを自覚したのか、バツが悪そうに笑って誤魔化そうとしていることから、そろそろ切り出すにはいいタイミングかもしれない。わたしは本能的にまったりとし雰囲気を醸し出すなっちゃんに事の経緯を確認してみることにした。
「それでだいぶ荒れてたけど、何があったのか聞かせてもらえるかな?」
「それなんですけど、見てくださいよアレ……」
すると満腹になって寛容な気分になったのか、 天敵への怒りに身を焦がしていたなっちゃんは思ったよりも冷静に──されども拭いきれない不満を噛みしめるように問題の施設を指差してこう続けるのだった。
「そもそもぽぷらのヤツ、自分がこの世界の平和を 守護るみたいなツラをして人を集めたじゃないですか?」
「うん、たしかに似たようなことは言ってよね」
「でもですね、アイツの本性を知る菜月はこう思ったんですよ。あの性悪ウサギの好きにさせたらとんでもないことなると」
「うん。たしかにぽぷらちゃんってわりと悪戯好きだよね」
社畜ネキさんはぽぷらちゃんのことを『ネット弁慶』と評したが、たしかに配信中の彼女はリアルの性格からは想像もつかないほど強気であり、口も悪く、自分の視聴者ともしょっちゅう殴り合っていて、おちょくったら楽しそうだと思った相手には遠慮なくちょっかい仕掛ける。その配信スタイルは、前世の記憶にあるあの人たちのそれにもっとも近い。
わたし自身が自らの記憶に学び、実演を通して世に広めたそれは、わたしの後追いを選択したぽぷらちゃんに受け継がれ──その意味において、彼女はあの人たちのもっとも忠実な後継者と言えるだろう。
そんなぽぷらちゃんだからこそ人気を博したのはわたしからしたら当然だが、そんな事情とは関係のないところで毎度のように騙され、七転八倒を余儀なくされた被害者が憤慨するのも、まぁ解るのだ。
「菜月の悲劇を繰り返してはならない……。だから菜月はぽぷらの好きにはさせんと芹沢警察を作ろうとしたんですけど、信じられる? ぽぷらさのヤツ、菜月の仲間を引き抜いて妨害してきたんですよ? 他にも文句を言いに行ったら問答無用で攻撃してくるし、許されませんよねこんなの?」
ただなぁ……どうもこのなっちゃん、無意識に話を盛るクセがあるんだよね。
実は年明けになっちゃんのご家族とお会いする機会があって、そのときなっちゃんのご両親に例の火災にまつわる件であらためてお礼を言われたんだけど、どうも詳しい話を伺ってみると、だいぶなっちゃんの話と食い違ってたというか……。
なっちゃんの話だと火事で家はほぼ全焼。持ち出せた財産も少なく、再建の目処も立たずに一家は離散みたいなイメージがあったんだけど、さすがにそれは盛りすぎだとご両親に叱られていたことを思うに、今回も本人の言い分をどこまで信じていいものやら。
「……本人はこう言ってるけど、白鷺さんにはどう思うかな?」
こういうときに頼りになるのは第三者の視点だと、この中で一番マシに思えた白鷺さんに意見を伺うと、彼女はニヤリと口元を邪悪に歪めてこう断言した。
「さすがに無理があるでしょ? 自分にとって都合のいいように話を盛るのはやめときなぁー」
「白鷺さん!?」
「ねぇー? ぶっちゃけた話、どんな家を建てるんですかって訊かれて慌ててネットでそれっぽい画像を探してるときにさ、それならなっちゃんが戻ってくるまでこっちを手伝ってよ、ってぽぷらに言われたRevisionの子があっちを手伝ったってだけの話だしね」
「ちがぁああう!! 社畜ネキももっと地球に優しく、菜月に優しくって言ったじゃんかぁあああ……!!」
「まぁぽぷらっちょが途中から悪ノリしてナ虐に移行したから、間近で観戦できた団長的には美味しかったけど」
「恋歌もさぁ、いい加減ナ虐とか卒業しない? もっとなんていうか、こう、お互い幸せになるような関係を構築しようよ?」
うん、これまでの話でだいぶ掴めてはいたけど、まあ、だいたい予想通りかと納得する。
とりあえず今回の企画を立案した運営サイドの人間として言わせてもらうと、Re:liveのVTuber同士なら身内だし、MクラはPVPも可能なゲームだから、あくまでプロレスと割り切ってもらえるなら大掛かりな抗争でも許容するとこなんだけど……今回は親戚筋のRevisionのみならず、C社のVスポーツや個人勢という外部のお客さんもいらっしゃるわけだ。
そうなるとわたしとしては「今回はお客さんもいるから、いつもの身内のノリはちょっとだけ控えてもらえると有り難いかな」とお願いするしかないが、それでみんなが萎縮しちゃって持ち味が消えちゃうのもな……難しい話だ。
「そういうことなら、わたしのほうからなっちゃんの準備ができたから、今度はこっちを手伝ってくださいって伝えることはできるけど、その辺りはどうなってるのかな?」
頭のなかで検討したわたしは折衷案を提示するが、問われたなっちゃんは自信なさげだ。
「一応ですね、海外のおしゃれな建物を見つけはしたんですけど……菜月はまだこのゲームのことよく分かってないから、具体的な指示を出せる自信は……」
『おや? そういうことならワタシたちが力になりますよ』
と、そんななっちゃんに声をかけたのは、こちらに手を振りながらやって来るRe:live IDの子たちだったが、残念ながら英語だったので本人は半分も理解していないようだった。
『手伝ってもらえるのは助かるんだけど、五人とも挨拶回りはもう終わったの?』
わたしが訊ねると、Re:live IDのリーダー格であり、交渉の窓口に立ったミリアさんが自信ありげな笑顔を閃かせた。
『イエスです、アーニャ先輩。なのでお困りのようですし、ワタシたちもナツキ先輩のお手伝いをしようかと……キャエラ?』
『はい、ナツキ先輩はポリスステーションを作りたんですよね? 私もマイクラはそれなりにやっていて設計図も引けますから、きっと力になれます』
『うん、それは有り難いんだけど……』
ちなみにここまでの会話はすべて英語だ。
ID1期生のミリア・ホシノヴァさんと、キャエラ・コヴァルスキアさんは日本語も多少は理解するけど、残念ながら会話ができるほどじゃないとのことなので、必然的にそうなるわけだが……チラリと横目で確認すると視線の合ったなっちゃんは困り果て、社畜ネキさんと恋歌さんは猛烈な勢いで首を振り、白鷺さんも観念したように告白するのだった。
「ごめん……ネイティブの英語は早すぎて半分くらいしか分からんかった」
ネイティブの英語は早すぎる──白鷺さんの指摘にわたしは天啓を得たような気がした。
「あ、そうか……それならリダクションを控えてもらえばいいのか」
「リダクション?」
これは盲点だったと、ワケが分からんと首をひねるJPの一同に説明する。
「ええと、リダクションっていうのはね、英語を文章で発音するときにスペル通りに発音しなくていいっていう、ネイティブ独自の仕組みがあるの」
「そんな仕組みがあるのぉ!?」
「マジかぁ……そりゃスペル通りの発音じゃなきゃ聞き取れんよ」
ま、今のは学校では教えてくれないことだから、知らなくても仕方ないね。わたしは驚きながらも納得の表情を見せる白鷺さんに向かって説明する。
「リダクションは主に流暢にするために行われてるんだけど、実は日本人も似たようなことはやってるんだよ? 例えばありがとうごさいますをアザッスとか、ごっちゃんですをチャシとかさ」
「あぁ〜! そりゃ分からん!! ハッキリと意味不明だって!!」
ようやく納得がいったと爆笑する白鷺さんを横目に、今度はミリアさんたちに説明、というかお願いをする。
『あのね、実は日本人はリダクションに慣れてないから、できればスペル通りの発音を意識してほしいんだけどできそうかな?』
『え? は、はい……アー、シラサキ先輩、ワタシの英語が分かりますか?』
『分かる分かる! そっちもアタシの英語理解できそう?』
『分かります! とても聞き取りやすい発音ですよ!!』
意思疎通に成功して、キャーキャー抱き合って喜ぶ6人とは対照的に、なっちゃんたち3人は遠い目をして黄昏れる。常日頃どれだけサーニャの自動翻訳に頼り切りになっていたかよく分かる姿だった。
『それじゃあミリアさんたちには説明したけど、サーニャの自動翻訳がWe Xに搭載されるまでは、申し訳ないんだけど白鷺さんが窓口の中心になってもらえるかな?』
『オッケー。いや外国人の患者さんのために覚えた英語なんだけどさ、実践ではからきしだったから全然自信なくってさ。……でも意外と無駄にならないもんだね。リダクションひとつでこんなに変わるなんて思わなかったよ』
『とりあえず困ったらプリーズモアスローリィ、モアクリアリィで意外となんとかなるもんだよ。あとは身振り手振りとかね』
『そうですね。そういうことならワタシも日本語の勉強がてら、片言の日本語でナツキ先輩たちに話しかけてみます』
そうして始まる異文化交流。最初はどっちもおっかなびっくりだったけど、段々と打ち解けて以前の配信で共演したときの笑顔が戻ってくる。
「それで、ナツキ先輩、泣いてたんですか?」
「そうなんですよ、ミリアちゃん。まったく、なっちゃんってば、弱いのに負けん気は強いんだから、困っちゃうよね。天は菜月とさくらの下に人を作らずって、有り難い格言を知らんのかっていうの」
「おいそれ、いつだったか教授の配信でリスナーが『俺らのなかに上下はなく、下に教授がいるのみ』って言ったのが元ネタじゃん! 菜月は関係ねぇよ!!」
お互いに意識して聞き取りやすいように配慮する姿に安心して、わたしはクルリと踵を返した。
「それじゃあぽぷらちゃんのところに顔を出してくるから、こっちはお願いね」
「あ、ぽぷらに会ったらちょっと強めに注意してもらっていいですか? ナ虐は用量を守って適度にお願いしますって」
その強気なんだか弱気なんだかよく分からないお願いに笑顔で答えて、まずはなっちゃん曰く『風雲ぽぷら城』とやらを視察しよう。
「おー、中はこんなふうになってたんだ」
物々しい城壁の内部は軍事施設というだけあってかなり物騒な造りだったが、同時によく考えられていると感心もさせられた。
例えば城門のすぐ側は掘り下げられてマグマの海になっていたけど、所々に浮かんでいるガラスのブロックを利用して移動している姿もあることから、キャラコンを学ばせるために敢えてそうしているんだと推察できるし。
他にも湧き潰ししていない建物の内部に自然発生させたモンスターと戦っている姿もあり、なるほど、これなら問題ないだろうと判断できる。
そんなふうにキャラコンに自信のないわたしが入り口から見ていたら、ぽぷらちゃんが城壁の上から飛び降りてきた。
「あ、あ、アーニャちゃんいらっしゃい……!! そ、その、何か……?」
この顔から察するに、少しはしゃぎすぎたという自覚はあるようだ。それならばわたしの返答は決まっている。
「うん。なっちゃんの用意ができたみたいだから、今度は向こうを手伝ってもらえるかなって伝えにきたんだ」
「りょ、了解しました……。ほ、他には何か、なっちゃんに言われたりは……?」
「それは本人に聞いてもらうとして、わたしから言えることは……」
弱気の虫が見てとれる表情に、いまのこの子は琴子さんだと確信する。たぶん彼女はちょっとやりすぎたという自覚から、わたしの配信にそぐわなかったかもって反省しているかもしれないけど、それを指摘する気はわたしにはない。
「ぽぷらさんはとっても良くやってくれてるってことかな? 今後もやりすぎに注意してみんなを楽しませてね」
ホッと胸を撫で下ろしたぽぷらちゃんの顔に笑顔が戻る。世界中の視聴者を魅了する、とびっきり元気な女の子の笑顔が……。
「それじゃあわたしは時間まで一通り見てくるけど、これ、良かったらみんなと食べてもらえると嬉しいな」
「うわっ! 何これバーガーのセットじゃん!! Mクラってこんなもんまで作れるの!?」
「うん、3期生のチョコさんとニーナさんが頑張ってくれたおかげだよ。美味しかったらコンサート会場の隣にある二人の店を贔屓にしてあげてね」
「分かりましたぽぷ! おーい、お前らメシだメシだ! アーニャちゃんの差し入れだぞ!! それを食ったら今度はなっちゃんの手伝いだ! 気合い入れんぞ!!」
大声で呼びかけたぽぷらちゃんがマグマの海を軽快に跳び越えると、30人はいるんじゃないかっていうVTuberたちが次々と姿を現した。
よしよし……念のため1スタック丸ごと渡しといて良かったと、欠食児童の集団に手を振ってからその場を後にして、最後にチラッと確認する。
ぽぷらちゃんを取り囲み、チョコさんたちのラッキーセット受け取る人たちは実に雑多な集団だった。Revisionの子がいれば、Vスポーツの子たちや個人勢の子たちもいる。事務所の方針が違えば、個々人の考えや得意分野も異なる。そんな集団を纏めあげ、笑顔を絶やさないぽぷらちゃんには、正直なところ尊敬しかない。実は人見知りで、他人との距離感に悩んでいることを知っていれば尚更である。
「……良かったね」
あの子の不屈の努力が正しく報われたことを知ったわたしは、笑顔で行き交う人々に幸運のハンバーガーを配りながら次の場所に向かった。
そうしてたどり着いたのは、日本人以外から初めてデビューしたこともあって海外のファンが特に多く、ENやIDのメンバーからも大先輩として特に慕われている英国の赤き龍の末裔。海外のファンからは本人の名乗り通りC2と、日本のファンや身内からはココさんの愛称で呼ばれているコーデリア・コリングウッドさんの海の家だった。
「これ、差し入れのラッキーセットね。チョコさんとニーナさんがみなさんにどうぞって」
「あっ、これはわざわざありがとうございます! お返しにさっき作ったばかりのかき氷はいかがですか!?」
そんなわけで日本人らしく(ココさんも日系人だから間違ってない)ペコペコと頭をさげ合ったら、なんとも開放的で情緒のある木造建築でわたしはかき氷、ココさんはハンバーガーで雑談タイム。
「んー、いいですねこのボリューミーでジューシーな味わいは、あの子の故郷であるキャリフォルニアを思い出します」
「あ、かき氷美味しい。……向こうのハンバーガーってすごいってよく聞くけど、そんなに違うのかな?」
「まあ、あの国は色々とサイズが過剰ですから……。時には大きければいいもんじゃねぇぞって言いたくなるときもありますが、あのサイズをあの値段で提供できるのは世界広しと言えどアメリカだけですから、そこら辺は評価しなきゃダメでしょうね。そういう意味で言うなら、向こうの食事に慣れていない日本人に合わせて普及させたのは大したものです。それぞれのお国柄に合わせたサービスを徹底したからこそ、あの店は世界中で愛されているのでしょうね」
「さすがは米国育ちの日系英国人。貴重な視点だね」
そしてよく教育が行き届いていると感心する。
例えば生粋のアメリカ娘であるグラちゃんは、日本でも営業しているアメリカのハンバーガーショップの商品が本国に比べてボリュームに欠けることに不満を持っているものの、配信などでそのことを口にすることはない。
何かを引き合いに出して何かをけなせば確実に反発が起きる。その手の炎上を避けるためにRe:liveの事務方が知恵を絞った指導の賜物だが、ココさんの場合はさらに奥深い。
彼女も日本のハンバーガーに驚いた一人だろうに、あくまで公平な視点から長所を挙げるにとどめる。わたしも見習いたいものだ。
「ただいまぁー……あっ、アーニャさん? ココお前、自分だけ何食ってんだよ!?」
……なんてやっていたら、海の家に入ってくるなり慌てた女の子がココさんを睨む。
天使の翼と輪っかを持つこの子は、春先にデビューしたRe:live2期生にしてココさんの相棒。その名をマウンテン・ゴリラ……じゃない、牧御天河原彼方さんだ。
「アーニャさん、すみません。うちのココが自分だけ食べて……おいこっちにもあるじゃねぇか! さっさとお出ししろよ!!」
愛称はカナタ、あるいはカナちゃん。より親しい人にはカナたそと呼ばれる彼女は、わたしがあっさりと食べ終わってココさんの食事を見学している状況を飲み込めずにいるようなので、まずはその誤解から解いておこう。
「それね、実はわたしのお土産なの。代わりにかき氷を頂いてもう食べ終わっただけだから、カナちゃんも良かったらそれ食べてね。チョコさんたちの差し入れだよ」
とりあえず掻い摘んで説明すると早合点に気がついたのか、みるみる赤面するカナタさんにココさんがジト目を向ける。
「お前なぁ……曲がりなりにも教師として礼儀を尊重する立場にあるわたしが、アーニャさんにそんな失礼を働くわけないだろうが?」
「ご、ごめん……悪かったよ、ココ」
「まあまあ、知らずにやったことだし」
別に仲裁の必要に駆られたわけじゃないが適当に相槌を打つと、まだ少しだけ顔の赤いカナタさんが「すみません、いただきます」と着席して紙袋の中身を取り出した。
「おい、食うのはいいけど握り潰すなよ?」
「握り潰さねぇよ! ヒトを何だと思ってんだ!」
「そんなことを言って、お前……寿司屋の寿司を箸で粉砕したのを忘れたのか?」
「あ、あれは使い慣れない箸だったから、ちょっと力加減を間違えただけで……」
その会話は初めて聞く人は「何の話だ?」と首をひねるだろうが、実は可愛らしい天使をモチーフにした華奢な女の子であるカナタさんがココさんに妙な心配をされ、同期のニーナさんに「永遠にゴリラネタを擦ってる」と言われるのにはワケがあった。
「ええと、カナちゃんの握力ってたしか50トンだっけ?」
「トンじゃなくてキロです! カナたそに石炭を渡してもダイヤモンドには出来ませんからね!!」
「両手で体重計を握り潰せりゃ十分だろうが。何かあるたんびに握力自慢をして先輩がたの手を握り潰すからゴリラ扱いされるんだよ」
ちなみに主な被害者は社畜ネキさん、あずにゃん、それとさくらちゃん。例外はただ二人……。
「ううっ、そんなこと言ったってハルカさんと杏子さんはボクより強いのに、ゴリラ呼ばわりされてないのはズルくない?」
「その二人はお前のようにゴリラ自慢をしてないだろうが! 真の強者は手の内を明かさないものだと理解なさい!」
そうなのである……その二人は数々のVTuberに悲鳴をあげさせたカナタさんが両手で握りしめても涼しい顔をしていたのだ。
特に「おー、なかなか強いね」と笑ってた杏子さんはまだしも、心底不思議そうに「もっと本気を出していいんだよ?」と煽り散らしたハルカさんの動画は、巷に流布する『仲上ハルカ、最強ヤンキー説』を思い出させ、視聴者を戦慄させたそうな。
「ま、まぁカナたその場合は何も鍛えてなくてこれですからね。今は握力を鍛えるスポーツ用品を手に入れて日々精進しているので、そのうちリベンジしてみせますよ」
「ゴリラと呼ばれたいのか呼ばれたくないのか、どっちなんだお前は……?」
そんなことがあったのでRe:liveでゴリラと言えばカナタさん、コングと言えば杏子さん、宇宙からやって来た巨大猿と言えばハルカさんで定着してしまったけど、その話に触れるたびにやっぱり口は災いの元なんだなって思い知らされちゃうね。
「まあ、そっちは陰ながら応援するとして……ところでビーチはどんなもん? 人手は足りてる?」
さすがに不憫になって話題を変えると、ココさんは「よくぞ聞いてくれました」と立派な胸を張った。
「まぁ見てくださいよ。他所から大量の砂を運び込んで造ったこの立派な砂浜を」
そう言って外に出たココさんを追って彼女自慢の砂丘を一望するが、たしかに海岸沿いを埋め尽くすこのビーチは素晴らしいものがあった。
We Xの桁外れの演算能力で描画されているのもあるけど、それがなくてもまるで南国のリゾート地のようヤシの木が植えられた砂浜は適度な起伏もあり、その造形の見事さは、ここがあらゆる物が立方体のブロックで構成されているマイクラの世界であることを忘れさせるほどだ。
「うん、すごいね。見れば見るほど職人のこだわりを感じるというか、服を脱いで海に飛び込みたくなってくるね」
「そう言ってもらえるとボクらも苦労した甲斐がありますけど、実行するのは勘弁してくださいね。そんなことになったら放送事故じゃ済みませんから」
後ろでチキンとポテトを頬張るカナタさんが本気で心配そうに言ってきたけど、さすがにその辺りは言われるまでもなく承知していることだ。
「ま、試すにしてもあとでこの世界をコピーして、プライベートでこっそりやるつもりだから勘弁してね」
わたしがペロッと舌を出して誤魔化すとコメントが騒ついたが、たぶん気のせいだろう。
「プライベートでやるならいいんじゃないですか? 私もアーニャさんに言われるまで気に留めませんでしたが、ここまで美しいビーチに仕上がったら楽しそうです。実際にはそうそうできることではありませんが、そういうのを気軽に試せるのもこのゲームの魅力でしょう」
またしてもコメントが騒つき、カナタさんがげっそりとした顔になったが、目の前のビーチに釘付けになったわたしたちは気がつかなかった。
かくしてインターネットのサジェストはまたしても汚染され、検索サイトで『アーニャ』、もしくは『ココ』と入力すると『裸族』だの『見たい』だの表示されるようになるが、まぁ今さらか……。
「他にもですね、ボートレースができるようなコースも整備予定で……実はまだ大きな声では言えないんですけど、ENの子たちがイルカを捕まえに行ってるんですよ。何でもイルカにエサをあげて背中に乗せてもらうと、とんでもない速度で海の中を移動できるらしく……」
「マジで!?」
「マジみたいなんですよこれが……そういうワケで確認が取れ次第ご報告するんで、楽しみにしておいてくださいね」
こらは俄然やる気が出てきた……!!
これが現実となると、よほどの幸運と専用の装備がなければまず望めないイルカとの邂逅──それがこっちでもできると知ったわたしの気分は、完全に海! これに尽きる!!
「決めたよ。わたしもやっぱり杏子さんのサバイバルスクールに参加する」
たしかスキューバダイビングの体験講習もやるって言ってたから、急遽予定を変更して参加しようと思ったら、ココさんとカナタさんが同時に眉をしかめて確認してきた。
「それってたしか警備の面で問題があるから諦めてください、って事務所に言われたやつですよね……?」
「そっちは必要ならキャップに相談してみる。なんならわたしの口座の中身を全部差し出して、これでお願いしますって」
「え? キャップに頼むと米軍が配備されそうなんですけど、アーニャさんってどんだけお金持ってるんです?」
「んー、わたしの口座にあるのは14桁円くらいかな?」
細かい数字は覚えてないけど、それだけあれば燃料その他人件費くらいにはなるかな?
「ところで杏子さんは? ログハウスを建てるって言ってたからあの島かな?」
善は急げと周囲を見渡し、それっぽい島を見つけたので海に飛び込もうとしたら後ろから二人に両手をガッチリ決められた。
「久しぶりに経験しましたね。思い込んだら一直線の暴走特急アーニャ号を……」
「ココ、おめぇ反省しろよ。どう考えてもアーニャさんが幼児退行したのは、お前がイルカの話をしたからだろ……」
「あの、できれば離してほしいんだけど……?」
「『ダメです』」
「ええと、勝手に突っ走ったのは悪かったけど、それは目先の欲望に負けただけで理性が完全になくなったワケじゃないから……」
「『それでもダメです』」
ダメかぁ〜!!
どう足掻いても腕力じゃ敵わないで、スーツのおじさんに捕まった宇宙人のように降参してしょんぼりすると、ため息以外のものが上から落ちてきた。
「それに杏子さんならそっちじゃなくて、向こうの岬に灯台を……あっ、帰ってきましたね」
そう言われて顔を上げると、「アーニャさぁ〜ん」と元気よく駆け寄ってくる小さな姿が目に入った。
大きな二本のツノをこめかみの辺りに生やしたその子は、問題児しかいないと視聴者を戦慄させたRe:2期生唯一の良心と言われるラプちゃんだった。
「帰ってきたな、キッズどもが」
「あのコーデリアさん。吾輩こう見えても数千年は生きてますんで、キッズにカテゴライズするのはやめてもらっていいですか? あとアーニャさんお疲れさまです。もしかして吾輩たちの施設を見学にいらしたんですか?」
「うん。まあ、そんなところだね」
さすがにもう海に突撃する恐れはないだろうと拘束を解かれたわたしは、ラプちゃんの物言いに笑みをこぼした。
「よっしゃ! そういうコトならあとで案内するので言ってくださいね。……ところでカナタさんは何をモグモグ食べてるんですか? 食べ歩きはみっともないですよ?」
「んー、アーニャさんがお土産に持ってきてくれたバーガーの残り」
「えっ、アーニャさんのお土産!? ほしい! 吾輩もほしい! 分けて、吾輩にも分けて〜!!」
「こらっ! やめなさいはしたない! そんなに騒がなくても家の中にいっぱいありますから、ちゃんと座って頂きなさい!!」
「うっ、うん……騒いだりしてごめんなさい。ちゃんと椅子に座って食べます」
「よろしい」
「じゃ、じゃあお土産を頂いてきますけど、アーニャさん勝手にいなくなったりしたらイヤですよ? もっと吾輩とおしゃべりしてくださいね?」
「うん、もうしばらくこっちにいるから安心して」
わたしが安心させるように微笑むと、ラプちゃんは少し顔を赤くして「わかりました! 無理を聞いてもらってありがとうございます!」とお辞儀してからパタパタと足音を立てて海の家に消えていった。
「さすがは『世界一礼儀正しいクソガキ』だね。ご両親に愛されて育ったのがよく分かるよ」
「まあ、あの子の場合は可愛い物ですけどね。他の二人は──」
と、そのタイミングで遅れてこっちにやって来た『問題の二人』が両腕にしがみついてきた。
「にひひ。アーニャちゃん見ぃつけたぁ〜!」
「えへへ。アーニャ捕っかまえたぁ〜!」
出たなRe:liveの『マセガキ』こと2期生の茉莉ちゃんと、Re:liveの『エロガキ』こと1期生のグラちゃんたちめ……。
「ねぇねぇアーニャちゃん、こっちでおしっこってどうやればいいの? なんか茉莉、おしっこを我慢しすぎて気持ちよくなってきたんだけど?」
なんてラプちゃんの言動不一致ぶりとは正反対の見事なまでの問題発言をかますと、即座に50キロの握力で握り固められた拳骨が茉莉ちゃんの頭の上に落ちてきた。
「馬鹿かおめぇは! そんなもんログアウトしてリアルで行ってこい!!」
「痛ったぁ〜いっ!! なんでよ! そんなのするワケないじゃん! おしっこは我慢すれば我慢するほど気持ちいいんだよ!?」
「知るかお前の変態的嗜好なんぞ! いい加減にしねぇと事務所を通してご両親に相談するぞ!?」
「残念でしたぁー、二人とも茉莉の趣味は知ってるもんね。なんでかっていうとこの前我慢しすぎて膀胱炎になって、お医者さんの前で股をパカッと」
「だから聞いてねぇ言ってんだろそんな話!!」
再びカナタさんの拳骨が炸裂し、茉莉ちゃんは手持ちの荷物をぶち撒けて露と消えた。
「すごいな、カナちゃんの拳骨。いくら防具を装備してなかったからって、2発で20のライフを0にしたのか……さすがは50キロの握力……」
戦慄するのも束の間──わたしの左腕にしがみついたもう一人の問題児が、未成熟な膨らみをグイグイと押し付けて引っ張ってきた。
「それよりねぇねぇ、アーニャってヌーディズムに興味があるの? さっきログを確認したらそんな会話が出てきたんだけど?」
「ううん! 別に興味があるわけじゃなくって、なんとなくそんな気分になっただけだから誤解させちゃったらごめんね!?」
これはまずい子に聞かれちゃったなぁと全力で否定するも、妖しく微笑ったグラちゃんは意に介さなかった。
「わかるよ、気持ちいいもんね。わたしも内緒でやったことあるけど、波が女の子の敏感な突起に触れると気持ちんだ。これぞ大自然とのセッ──」
今度はココさんの拳骨が炸裂して、グラちゃんは一発で悶絶させられた。
「いいんですか、アーニャさん。杏子さんの無人島に行くと、可愛らしいクソガキはさておき、始末に負えないエロガキとマセガキが漏れなく付いてきますが……?」
「まぁ社畜ネキの女好きはあくまでファッションですけど、こいつらはね……根っこがガキの分、余計にタチが悪いと言うか……」
「う、うん……そう言われるとちょっと考えちゃうな……」
窮地を脱したわたしは恩人である二人の女性に心から感謝し、そして悟る。まさか事務所の言ってた警備の面で問題があるって、まさか外から不審者が侵入してくるんじゃなくて、内側で手ぐすねを引いて待ち構えるこの二人を警戒してのことかな……?
「あれー? アーニャさん結局来ることにしたの?」
そして最後に、そんなやり取りを楽しそう眺めていた杏子さんが口を開くと、コーデリアさんが盛大なため息をついた。
「そういう話もありましたが、煩悩のままに生きるキッズどもしばきもせず無責任に笑ってる杏子さんが責任者じゃ、アーニャさんは任せられません」
「あ、そういうことね。……それなら初日を避けて二日目においでよ。その頃には、この子たちもセクハラ目的でアーニャさんに抱きつく気力は残ってないからさ」
そう言って楽しそうに喉を鳴らす杏子さんの笑顔には何とも言えない凄みがあった。
「一応あたしが買い取った無人島には電気と井戸もあるけど、この子たちには使わせない予定……。無人島じゃ一口の飲料水を得るのも命懸け。そのことを学べばあたしたちがどれほど恵まれた生活をしているか、それを提供する社会や家族に感謝する気持ちも芽生えるよ」
それは……リゾート気分だったわたしにも刺さる重い言葉だった。
「ねぇ杏子さん……なっちゃんも初日から参加するんだよね?」
「そうだよー。あの子もちょっと甘ったれた言動が目立つようになってきたから、ここらで矯正しとこうかなって」
その言葉にわたしは思わず天を仰いだ。見ればわたしの両脇に立つ二人の女性も胸の前で両手を合わせていた。
夕陽を背に赤く染まる水平線の彼方に、なっちゃんの笑顔を幻視した一刻だった。
すっかり日が暮れて夜も更けた頃、わたしは昼間のように明るい街中を歩いていた。
マイクラではサーバーにログインしたプレイヤー全員がベッドを使用しないかぎり、夜はスキップできない。
総勢で100名を超えるVTuverがログインしてるこの世界では、ただ寝るだけで一苦労となり、必然的に夜に活動することが増える。
「まさに眠らない街……いや眠れない街だね」
この世界は楽しいことが多すぎる。いつまでもこうしていたい。でもそんなわけにもいかない。
時刻は間もなく夜の10時。8時に始まったわたしの配信が終わるまであと10分。その時間になったらわたしはログアウトして、お父さんとお母さん、弟と妹の待つ家に帰らないといけない。
だから最後にその場所を訪れたわたしは、とても1時間かそこらで建てられたとは思えないほど立派なコンサートホールの前で息を飲んだ。
そんなわたしに、ホールのエントランスで待っていてくれたハルカさんとエリカさん、美緒さんの三人が笑顔で話しかけてきた。
「どうですかアーニャさん、仲上たちのコンサートホールは? 一応この世界にいる全員を収容できるように設計したんですけども」
「いや、メッチ苦労したわ……。ハルカの奴がこんな凝り性で、融通の利かん女だとは初めて知ったわ」
「ウチは知っとったよ。昔から自分が正しいと思ったら絶対退かん性格なのはエリカも知っとったやろ?」
わたしは美緒さんの口ぶりに「おや?」っと首をかしげた。前からこの三人が仲良しなのは知ってたけど、今の口ぶりは……。
「違ってたらごめんね? もしかして美緒さんってハルカさんたちの……?」
「あ、高校時代のクラスメートです」
赤面した美緒さんに代わって、ハルカさんとエリカさんが楽しそうに説明してくる。
「実はNicoichi時代に仲上のサポートもしてくれまして……それでアーニャさんのお世話になるときに一緒にやろうと誘ったんですが、コネ入社みたいになるから嫌だと断られまして」
「まあ、そんなワケで今まで内緒にしとったんやけど、アーニャちゃんにもバレたしええ頃合いやろ。またエリカのママをやってや」
「それは前にも断ったろ? エリカにオギャられてもイラつくだけだし、そうなったらお母さんは卒業やわ」
「なるほど……わたしも何度かお世話したことあるけど、エリカさんの甘えっぷりは底なしだからね」
分かるわぁ〜と共感してくれる美緒さんと、もし自分の代わりに息をしろって言われたら殴っていいですよって笑うハルカさんを他所に、プクーッとむくれたエリカさんはなんでやねんと可愛らしい唇を尖らせた。
「ところでこのコンサートホールだけど、最高だね……わたしはハルカさんたちが作ってくれたものならなんでも良かったんだけど、こんなにすごいともう降参! もう最高としか言いようがないよ!!」
わたしが心から絶賛すると、むくれていたエリカさんも笑顔に戻り、相棒であるハルカさんや親友の美緒さんと堅く手を握り合って喜び合った。
「うん、決めたよ。せっかくだし早速使わせてもらおうかな」
わたしは即座にチャット画面を呼び出し、サーニャを指定して個別通話を開始した。
『はい、こちらサーニャ。どうしました、アーニャ』
『あのさ、今から時間までハルカさんのコンサートホールで歌いたいから、こっちにわたしの曲を流してもらえる? あと全体チャットでそのことをアナウンスしてもらえると助かるんだけど?』
『はい、直ちに……』
挨拶もそこそこに流れ出す音楽に、全体チャットの告知。目を丸くするハルカさんたちに微笑んだわたしは、彼女たちがアーニャのために作ってくれたステージの上に立った。
続々と駆け込んでくるみんなに語りかけるようにわたしは歌った。
誰も欠けていない。誰もがわたしの歌を聴くためにこの場に集まってくれた。
なんという幸福だろう。いったい孤独という言葉はどこに消えたのだろうか。
人間は独りでは生きられない、人間は孤独に耐えられないと言うが、わたしは識っている。
文明が極度に発達した遙か未来において、誰にも頼らず生きていけるようになった人々は生まれながらに孤独になった。
決してそう望んだわけではないのに話しかける相手は見つけられず、話しかける方法すら見失ってしまった孤児たちのために、わたしは歌おう。
決して難しいことではないのだ。勇気を出して一歩を踏み込めば、きっとその声に応えてくれる。
わたしだってそうだ。だからわたしは呼びかけたい。この世界を用意してくれた誰かに、ありがとうの言葉を届けたい。
わたしは親愛なる友人たちとまだ見ぬ誰かのために時間いっぱいまで歌い、そして万雷の拍手に応えながら帰還した。
「お疲れさまでした。おかえりなさいませ、ゆかり」
そしてアーニャ御殿にあつらえた部屋に帰ってくるなり、いつものメイド姿でお辞儀をしてきたサーニャの表情は固かったが、このときわたしは気がつかなかった。
「ただいま。……それと言い忘れてたかもしれないけど、Mクラのサーバーは24時間利用可能だから、わたしの配信が終わっても自由に使っていいってあらためて告知してもらえる?」
「はい、それと大変申し訳にくいのですが、その……」
それでもここまでわかりやすい反応を見せてくれたら、頭が興奮と感動のあまり茹っている今のわたしでも、さすがに気づく。
「何事……?」
その言葉にサーニャは判断に困ったように目を伏せ、わたしの知らない間に何があったんだろうと心配になるほどけっそりしたターニャちゃんときたら、さながら最後の晩餐を目にした囚人を思わせた。
「まあ、なんだ……言ってみれば客だな」
「お客さん? こんな時間に?」
「ああ。お前が面会を拒否すれば出直してもらうと、司祭たちは言っていたがな」
そんなターニャちゃんがか細い声で来客を告げる。
「わたしもお前の決断に任せるが……ただ一つだけ言わせてもらえるなら、余裕のあるうち会っておいたほうがいいな」
……これはいよいよ只事ではない。
「いいよ、会おう。司祭さまたちにもそう伝えて?」
わたしがそう答えるとターニャちゃんは安堵し、サーニャですらどこか不本意な命令から解放されたような顔をした。
「助かります。彼らの持つ『権威』は、私のような人工知能には抗いがたいものがありまして……」
「まあ、別に取って食われるわけじゃないさ。ただ、奴等の外見はかなり変わってるからな……この部屋なら大丈夫だと思うが、悲鳴には気をつけてくれ」
そんな会話の直後に姿を現したのは──。
今回の登場人物
JP2期生
白鷺風華(22)単独なら常識人だが、悪友とつるむと危険度が跳ね上がる。
四宮恋歌(20)健康器具でマッサージ配信を企画してマネちゃんに怒られました。
紺野茉莉(12)おしっこASMR配信を企画してマネちゃんに怒られました。
ラプちゃん(11)クソガキムーブを提案してマネちゃんに本気で心配されました。
牧御天河原彼方(16)配信中にリンゴを握りつぶしてゴリラの異名が定着しました。
竹生ヶ丘美緒(19)配信中になっちゃんを戦慄させて畜生の異名を轟かせました。
JP3期生
狛村リオ(20)だでな。
岡島ユキ(20)だよねぇ。
癒塚チョコ(19)ガチィ!? ←JP最強ランキング第三位
椿姫ニーナ(16)たまげたなぁ。
駒草リリア(18)やめなー。 ←今回未登場
杠葉リッカ(11)あははっ! ←今回未登場
ID1期生
ミリア・ホシノヴァ(17)なぁーに見てんだよ、このぺったん娘。
キャエラ・コヴァルスキア(16)日本の先輩たちのために、Mクラ頑張ります。




