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転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?  作者: 蘇芳ありさ
第五章『VTuber無双編』
88/102

N社の新型ゲーム機『We X』発売前実機配信 〜完結編(前編)〜






2012年7月20日(日本時間20:05)



 お昼にやったMクラの配信は結果的には大成功の部類となった。


 当初は想定外のアクシデントもあったが、その問題も解決して。


 勢いで手を染めたアーニャ御殿の建築も、助っ人に現れたぽぷらさんたちのおかげで時間内に完成して。


 Mクラの魅力を視聴者に分かりやすく伝えるという目的と同時に、革新的なVR機能を備えたWe Xの魅力を全世界に発信するという目的も達成できたのだから、まさに万々歳。ここまでは良かったのだ。


 だが、その反響はサーニャ(サブちゃん)の未来予測すら超越する凄まじいものとなった。


 さすがにそのすべてを網羅するのは別の機会に譲るが、さっきのMクラと関係のあることだけでも、配信終了後にひと息ついていたら「自分たちもアーニャさんたちと一緒に、ゲームイン機能を使ったMクラをやりたいです」との申し出がハルカさんたちアーニャ御殿在住組から出てきて。


 嬉しいんだけど、一応は今後のアップデートで開放予定のゲームイン機能を独断で利用するわけにもいかず、ダメ元で事務所を通して磐田社長に確認したら「どうぞどうぞ」とまさかの快諾。


 で、その話を聞きつけた地方在住のRe:liveのメンバーや、海外事務所に所属するENやIDの子たちも「ぜひ自分たちも」とすごい騒ぎになり。


 これまでは気軽に全員で集まるのは難しかったけど、ゲームイン機能を使用したMクラ内ならそれも容易だ。


 これはすごいコトになるぞって確信してWisperやYTubeにそのことを告知したら、今度はわたしのマネちゃんである北上さんから緊急かつ内密の相談があったのである。


 内容はRevisionの鈴木さんから、うちの子たちも参加するわけにはいかないでしょうかって問い合わせがあったというもので……オーケーしたら、今度は個人勢や他の箱の子たちが羨ましがっちゃって。


 ま、そんなわけで世界中のVTuverが集結みたいな流れになって、わたしはこうして壇上に立たされ開会式の音頭を取らされたんだけど、これも因果応報か……。


 気分は国連での演説を頼まれたときと大差ないが、いつまでも間抜けな姿をさらしていても仕方ない。ここはご飯を前に待てを命じた愛犬のような面持ちの欠食児童どもに良しと命じるとしますか。


「えー、それではアーニャ御殿の完成をもって、ここにN社のMクラサーバーを世界中のVTuberに解放することを宣言します」


 そうして沸き上がった歓声は、ここがサーニャの制御下にある仮想空間でもなければ確実に耳を痛める代物だった。


 まあ、配信中はずっと喋り続けることになるVTuberがこんなに集まって騒いでいるのだから、当然と言えば当然だけど……そのなかで一番耳に悪かったのは間違いなく芹沢のなっちゃんだろうね。


 ある程度は予見して備えていた顔見知りのメンバーはともかく、これが初顔合わせとなる海外勢や箱外の子たちは生の衝撃にびっくりしてるよ。


 っていうか、そんな衝撃波が炸裂したばかりだというのに、もう自由行動だと早とちりして私語を交わす姿がちらほら見えるのは、さすがと言うか何と言うか……。


「アーニャさん! やっと会えた!!」「初めまして先輩方、Re:live EN(イングリッシュ)の不死川キアラです」「はー、すっご……We Xマジヤバイね。これは勝負アリだわ」「あのぅ。自分ほんとに無名の新人なんですけど、こんなにすごい人たちのイベントに参加しちゃっていいんですかね?」「あれ? もう開会式みたいの終わり?」「おい社畜ネキ! ぽぷらもさぁ! お前ら裏で菜月に何かしようとしてるって聞いたぞ? 怒らないから素直に白状しろ!?」


 しかしこうして壇上から見てみると、見事なまでに身内で固まってるな。


 まだ会ったばっかりなんだからある程度は仕方ないにしても、最前列から順番に0期生、1期生と、階級分けがなされているように感じるのは頂けないところだ。


「はいはぁーい! アーニャさんの話はまだ終わってませんよ!? もうしばらくご清聴願いまぁーす!!」


 よし、最終的にかき玉のように引っ掻き回してやろうと決意したら、最前列のハルカさんが弛んだ空気を引き締めにかかったので、一旦その話は脇に置いておく。


 まずは仕事仕事と、再び注目するVTuber一同に運営サイドの人間としてお願いする。


「基本的にこのMクラサーバーは、VTuberなら自由に利用できます。配信中はもちろん、配信外での利用も自由にしてもらって構いません」


 仕事と言ったが、中にはいま話したみたいに、基本的なルールの伝達という業務連絡も含まれているんだけど……個人的に気が進まない仕事も含まれてるんだよな、これが……。


「というわけでなっちゃん?」


「はい?」


 気は進まないが、ワクワクしながら見守るぽぷらさんと社畜ネキさんにはお世話になったばかりだから、あまりガッカリさせるわけにもいかないのだ。


「なんですかアーニャさん?」


 手招きして呼び寄せたなっちゃんの前に、ドスンと土管を設置したわたしの内心は自棄っぱちである。


「あ、この土管ってMシリーズにもありましたね」


「うん。マイクラはマイクラでも、今やってるのはMクラだからこういうのもあるの……というわけで土管の上でしゃがんでもらえる?」


「わかりました」


 あまりにも無防備に土管に潜り込むなっちゃんの笑顔に心が痛くなる。


 なんて無垢な信頼──だけどわたしはあえて裏切る。


 そう決意してなっちゃんに続くと、そこには予想通りの光景が広がっていた。


「はぁああっ!? ゾンビゾンビアーニャさんゾンビいるゾンビッ!!」


 石のレンガで作られた地下室には、柵の向こうに大量のゾンビか詰め込まれており。わたしは抱きついて泣き崩れるなっちゃんに心のなかで侘びつつ、壁のレバーをガコンッと下に倒した。


 するとピストンを利用した回路が作動して柵が下がり、わたしたちを標的と定めたゾンビたちが群がってくるのだった。


「ほわああああああゾンビ来るゾンビ来るアーニャさん助けてぇええええ!!」


「はいはい」


 そして今ひとつのレバーを倒すと、天井からマグマ入りのバケツが射出されて周囲は一面、阿鼻叫喚(あえんびえん)の地獄絵図に。


「いやぁああああっ!? 助けてってそういう意味じゃないからぁあああッ!!」


「そうだね。それじゃあそろそろ帰ろうか」


 完全に腰を抜かしたなっちゃんを抱きしめて、二人して土管の上にしゃがみ込みゾンビの群れからおさらばすると、ステージの周囲は主犯のいたずらウサギを筆頭に、熱心な『ナ虐』愛好家のみなさんが笑い転げていたのだった。


「どうだった」


「最大で120dB……もはや完全に人外の領域ですね」


 そして呆れ顔のサーニャに訊ねると、なっちゃんの公害レベルも判明。120デシベルって、たしかジェット機の近くとかそういうレベルじゃなかったっけ……?


「えー……とまあ、こんなふうにMクラの世界では手の込んだ悪戯もできますが、やりすぎて信頼関係を損ねないように注意してもらえればと」


 どの口で言ってんだかって心のなかで反省するが、一応ね、運営側として分かりやすい実例が必要だったんだよ。


「ぽぷらぁ〜? お前か、この野郎……こんな手の込んだ悪戯を仕込んだのはよぉ?」


「やべっ! ちがうぽぷ!! ぽぷ〜らは反対したのに社畜ネキがどうしてもって!!」


「てめっ、さらっと裏切ってんじゃねぇーよ! 同期の絆はどうした、同期の絆はさぁ!?」


「二人ともそこに直れ! こんなことにアーニャさんを巻き込んでんじゃねぇよ!!」


「あと、こんなふうにPVPも可能ですし、そちらのほうは自由にやってもらって構いませんが、他の人が建てた家などを燃やすなどの迷惑行為は禁止です」


 最後に、低次元の争いを横目に一番大事なことを伝える。


「マイクラがそうだったように、Mクラはとても自由なゲームです。お昼の配信でわたしたちがやったように建築を頑張るのもいいですし、ゲームイン機能を使えばコミニケーションツールとしても優秀です」


 そうだ、これは画面の向こうに人がいるというネットのそれを凌駕している。直接触れ合うことすら可能なこのゲームを、VTuberの配信という公の場でプレイするわたしたちには、今まで以上に強い規範意識が求められる。


「それだけに利用者のマナーが問われることもありますが、その辺はみなさんを信頼しているのであまり堅苦しくならず、楽しくやっていきましょう」


 わたしはみんなが熱心にうなずくのを見て、野暮な指摘を省略して話を締めくくると、まるでファーストライブのそれを思わせる万雷の拍手が包み込んできた。


 心地よい高揚感と、微かな照れくささに手を振って応えてから、あとの説明を委ねる。


「ま、こんな感じで開幕式は終了となりますが、自由行動の前に『市長』からみなさんにお願いがあるそうです」


 わたしがそう促すと、フラグメントのお二人が心得たように前へ出てきた。


「えー、このたび彗星の如く市長に任命されたRe:live1期生の箒星みい子と、桜田教授です。みぃちゃんはぁ〜?」


「風呂場で触ったけど、ないように見えて意外とあるんだよなコイツ……」


「何の話をしてんだお前は!?」


「痛ったぁああい! 許してみいちゃあああん!!」


 パカンと頭を叩かれて直ちに屈服する恒例の漫才に場がドッと沸き立ち、まったく、と腕組みしたみい子さんが満更でもなさそうに続ける。


「ま、この馬鹿はあとできっちりシメるとして……見てもらえれば分かると思うんですけど、ここもこの人数がいろいろ建てるとなるとさすがに手狭なんですわ」


「にぇ。昼間はこんなに人が集まるとは思わなかったからここを選んだんだけど、まずは整地をしないとどうにもならないかって」


 そして当然のようにさくらちゃんがパートナーの言葉を補い、色々と補完していく。


「というわけでですね、向こうのチェストに斧とかスコップがいっぱい入ってるんで、みなさんには申し訳ないんですけど、向こうの山を真っ平にするのを手伝ってもらえないかなって思いまして……」


「はいはい、了解しましたぁー! それではみなさんチャッチャと終わらせちゃいましょう!!」


 さくらちゃんの申し出に0期生のリーダー的存在であるハルカさんが率先して声を上げると、口々に賛同の声を上げたVTuberたちは、まるでわたしを見つけたマスコミのような勢いで向こうの山へと殺到した。


 例外は未だ低次元の争いを続ける社畜ネキさんたち三人と、壇上に残されたわたしのように、昼の配信に参加した主催者側の七人だけだった。


 その中の一人であり、マイクラ履修済みのあずにゃんがおずおずと口を開いた。


「さ、最初はどうなるかなって思ってたけど……これだけ人手があれば何とかなりそうだね?」


「うん、そうだねあずにゃん。おじさんも面倒な整地を丸投げできて楽ちんだヨ」


「おい、やめろよそのあずにゃん限定のみぃおじムーブ……ハッキリと意味不明なんですけど?」


「お前とはビジネス……真の恋人はあずにゃんだけって寸法サ」


 邪魔者を押し除けたみい子さんが親しげに肩を抱くも、あずにゃんは構ってもらえるのが嬉しいのか基本的に嫌がる様子はない。


 社畜ネキさん曰く、あずにゃんは自他ともに認める『ド陰キャのコミュ障』だそうだけど、好んでそうなったわけでもないらしく、基本的にこの手のスキンシップを嫌がることはないが、不安だ……。


 こういうときに思い出すのは、やはり昼間の社畜ネキさんやサーニャとのやり取りだ。


『なら先輩として忠告してあげる。女子校ってわりと魔境よ。お姉さんも高校はカトリック系の女子校に通ってたんだけど……あいつらって周りに男がいないもんだから、女同士で恋愛してくるの』


『なるほど、異常な環境においては異常こそが正常になると……思えば異性が存在しない特殊な環境下においてそのような傾向が見られることは、人類の歴史が証明していましたね』


 わたしは手遅れかもしれないけど……どうかあずにゃんだけはと願わずにはいられない。


「なんだ、お前らも百合か? 百合の花を咲き誇らせているつもりか?」


 そのタイミングで口を挟んだのは、どこか他人事のターニャちゃんだった。


「ま、その辺は個人の自由だからとやかく言わんが……女同士で抱き合って何か楽しいんだ?」


「ちがうよ、ターニャたん。みぃちゃんはね、昼間に手伝いに来てくれたあずにゃんたちにすっっっごい感謝してるんだけど、素直にありがとうって言えないからああして誤魔化してるんだよ」


 なるほど……さすがはベストパートナー。そういう見方もあるのかって感心したら、案の定みい子さんが赤面した。


「待て待て待て待て、はい待った」


「やだ、待たない。誰か助けて。さくら殺される。殺人鬼がここにいますよ」


 そうして笑いながら逃げ出したさくらちゃんを追いかけて、伝家の宝刀であるダイヤの斧を装備したみい子さんが壇上から姿を消すと、解放されたあずにゃんが少しだけ残念そうにこう漏らした。


「助かったけど、大丈夫かなあの二人……?」


「大丈夫よ。みい子さんも笑ってたし、照れくさいだけだから」


 マナカが安心させるように微笑むが、この件に関してターニャちゃんは懐疑的だった。


「貴様は人類の善性を盲信しすぎだ……あの女は()るときは殺ると、ピンクの小娘も言っていたではないか」


「ま、そういう意味で言うならここがマイクラの世界で助かったね。みい子さんも一回殴ったらスッキリするでしょ」


 みい子さんも根に持つタイプじゃないし、それでも不満そうならこっちからフォローしとこうって思ったらサーニャから指導があった。


「さて、積もる話もあるでしょうが、私たち運営側が高みの見物というのはよろしくありません。私たちも整地の指揮を執りましょう」


「そうだね。それじゃあわたしたちも向こうに行こうか」


 そう言って笑顔でうなずくみんなと連れ立って向かうのは、総勢で108名というマルチプレイの常識を超えた大人数が群がる禿山だった。


 すでに木々は残らず伐採され、見渡すかぎりの土も剥がされた山は灰色を姿をみるみる小さくしていくばかりだった。


 一人ではリアルで何日かかるか想像もつかない大規模な整地作業も、このペースなら1時間もかかるまい。


 そんなマイクラ初心者の見立てはものの見事に外れ、三つの山といくつかの谷を埋める整地作業はわずか30分で完了するのだった。






 そのあとは市長の二人が街の中心であるアーニャ御殿の前に道路を敷いて、さて誰がどこのスペースを使うかって話になったがここで一悶着あった。


「私たちは間借りしてる身だし、Re:liveのみなさん邪魔にならないように端っこを使わせてもらいたいんだけど……」


 そう申し入れたのはRevisionの責任者である鈴木さんの実妹という立場から、この手の窓口を任されがちな天城ソラさんだったが、わたしが目を向けると恐縮したようにうなずくあたり、どうやら今のはあちらさんの総意であるらしい。


 不思議なものである。彼女たちは、副業ならまだしも兼業を禁止する職に就いている立場から、雇用形態が個人事業主となるRevisionからデビューすることを選んだだけで、元はわたしが興したRe:liveで研修を受けた仲間であるはずだった。


 だというのに世間は彼女たちをわたしたちより低く見積もって、彼女たち自身もその評価を当然のものとして受け入れて自ら壁を作ってくる。


 その傾向はソラさんたちRevisionのVTuberたちに留まらず、C社の興したVスポーツの面々や、無所属の個人勢──そして驚くことにENやIDといった海外勢からも見て取れるとあっては、放置するには深刻すぎる問題だった。


 色々と暴れすぎたわたしは仕方ないにしても、アーニャわたしのファーストライブに参加した社畜ネキさんたちRe:live0期生と1期生は何かと特別視されがちだった。


 後発のVTuberたちに目標とされ、尊敬されること自体はいいことである。例を挙げればENのキアラさんはコーデリアさんとみい子さんを特に尊敬しているそうだし、他の子も多かれ少なかれそうした推しを持ってるみたいなんだけど……だからって過剰に遠慮して身を引くのは違うだろうと、内心でゴリ押す決意をする。


「わかった。そういうことなら今日はこっちの手伝いをしてもらうおうな」


 そう言ってみんなの顔をチラ見するが、これまでさんざん振り回してきたみんなのことだ。笑顔でうなずくあたり、わたしの考えなどお見通しだ。


「いいですねぇー。そういうことなら仲上はコンサートホールを作る仲間を募集します」


 真っ先に手を挙げたのは、今回の配信に先立ち十分な予習をしてきたというRe:liveきってのゲーマーであるハルカさんだった。


「アーニャさんの街なのに、アーニャさんの歌う場所がないというのは頂けませんからね。最終的にファーストライブ会場であったコンサートホールのような立派なものを作りたいんですが、まずは最低限の客席とステージを備えたものを作りたいですねぇ」


「ええやん。その話、ウチも乗ったわ」


「それじゃあウチもいいかな、ハルカ」


 そんなハルカさんに真っ先に協力を表明したのは相方のエリカさんと、もう一人。今年の3月にデビューしたRe:live2期生のまとめ役である竹生ヶ丘美緒(ちくしょうがおかみお)さんだった。


「おーっ、いいですねぇ。久しぶりに三人で頑張りましょうか」


「はいっ、はい! ぽぷーらも募集します!!」


 喜ぶハルカさんの後ろから、ぽぷらさんが負けてなるものかと声を張り上げる。


「ぽぷーらはアーニャちゃんを守護(まも)るための軍事要塞を建築します! ついでに隊員も募集するので、我こそと思うものはあとでぽぷーらのところに来てください!!」


「おっ? そういうことなら菜月も募集しちゃよ? 菜月の悲劇は繰り返してはならない……というワケでありまして、菜月は警察署を作ります。菜月と一緒に不届きものの兎を取り締まりましょう」


「わたしも! わたしも募集する! わたし明日から杏子の無人島だから、こっちでも杏子の無人島を作りたい!!」


「私は海岸線が寂しいから海の家を作りたいですねぇ! どうせならこの子の無人島と繋ぐ橋も作っちゃいますか!!」


「お、いいねぇ……そういうコトなら共同で募集しちゃう?」


 そしてぽぷらさんに続いて、なっちゃん、グラちゃん、コーデリアさん、杏子さんと次々に手を挙げる。


 わたしは若干気圧された様子のソラさんたちに微笑み、そして続ける、


「ま、そんなわけでみなさんにはこの子たちの手伝いをしてもらいます。誰の手伝いをするかは、個人的に話をしたい人を見かけたとか、そんな理由でオッケーだから深く考えないでね」


 そう。まずは0期生と1期生が中心になってVTuberの交流会を立ち上げて、この距離を縮めるところから取り掛かろう。


「もちろん何をしたらいいか分からない初心者の子もいるだろうし、アーニャ御殿を見学したいっていう子もいるだろうから、そういう子はわたしのところに来てもらえるかな? 色々と案内したり、みい子さんたちに教えてもらえるように取り計らうから」


 わたしがそう呼びかけると行動を起こさない子は誰もいなかった。






 そうして複数のグループに分かれたVTuberたちを見送り、あぶれた子がいないことを確認したわたしの初仕事は、今のところ唯一の観光スポットであるアーニャ御殿の案内だった。


 ぞろぞろとわたしを先頭にした行列の内訳は、アーニャ御殿への入居を考えているというRe:liveのVTuberたちと、単なる冷やかし。


「すみませんアーニャさん、お忙しい中わざわざ案内していただいて」


「おー、これが仕事でアーニャちゃんちに行ったときに何度か見たアーニャ御殿か。なんとも立派なものでよ」


「ねぇー。中はどうなってんだろ? 楽しみぃー」


 見事な日本語で一礼するキアラさんの隣で、顔見知りのRe:live3期生の狛村リオさんと岡島ユキさんは暢気に笑っているが、その背後で恐縮する海外勢にはとある共通項があるように思えた。


 つまり語学の天才であるキアラさんほど日本語に通じておらず、わたしたちと気軽に意思疎通ができないという問題点だ。


 わたしも今まで忘れてたんだけど、いつもの配信では自動翻訳を標準搭載したYTubeを中継しているので言語の問題はないも同然だったが、今回みんなが集まったMクラのサーバーにはそんな機能はない。


We X自体も現時点では自動翻訳を採用していないとなると、この子たちが日本で道に迷った外国人観光客みたいになるのも致し方ないところだ。


 無論、全員がそういうわけではなく、ID(インドシナ)のメンバーにはキアラさんに匹敵するほど日本語が達者な子もいるが……全員がそうでない以上、どうしても遠慮が先に立つだろう。


 そう推測したわたしは、旧知の狛村さんに前もって断りを入れることにした。


「狛村さん、ごめん。ここからは英語に切り替えたいんだけどいいかな?」


「ええよ。英語ならペラペラとは言わんが、さくらちゃんの日本語よりはよう分かるでな」


「ボクも英語なら普通に使えるから遠慮しなくていいよぉ」


 全員を付きっきりで見るわけにもいかず、どうしても距離が空きがちな後輩たちの中、物怖じとも人見知りとも無縁なこの二人は本当にありがたい存在だった。


 愛犬(ユッカ)を家族に迎えて以来、ずっとお世話になっているトレーナーの狛村さんは、ついこの前の7月上旬に親友であり同僚でもある岡島さんと一緒にデビューしたばかりだったが、とてもそうとは思えない歴戦の風格と落ち着きはなんとも頼もしいかぎりだった。


「それじゃあ──みんな一瞥以来お久しぶり。これが気がついたらアーニャ御殿って呼ばれるようになったわたしの別荘を再現したものだよ」


 わたしが二人に感謝して英語で呼びかけると、やはりそこがネックになっていたのか、ENとIDの子たちは明らかにホッとした様子だった。


「すみません、私たちのためにわざわざ……知っていましたがとても流暢な英語ですね。どちらで覚えたんですか?」


「英語だけじゃないわよ、アリシア。あなたもアーニャさんのライブは見たでしょう? アーニャさんはドイツ語もフランス語もペラペラなんだから」


 ぺこりと一礼するアリシアさんとキアラさんの言葉に、内心で言葉に詰まる。


 まさかわたしのチート能力について説明するわけにもいかず、どうしたもんかと少しだけ迷うが……結局のところ、これまで通りの虚像をなぞるのが無難との結論になった。


「まあ、気がついたらできるようになってたって感じかな……本当に気がついたら自然にね」


「おおっ、さすがはアーニャさんです! 人類の至宝の二つ名に偽りなしですね!!」


 ごめん。嘘は吐いてないけど、わりと隠し事はいっぱいなのよ。例によって小市民的な良心が全力で起動するなか、わたしは何とか軌道修正を図った。


「うん……まあ、それはそれとしてさ。みんなごめんね? 今回の配信は翻訳まわりの機能が追いついていないから気後れしちゃったんでしょ?」


 わたしが訊ねると、特にIDの子たちが「そうなんですよぉ〜」と熱心に賛同してくれた。


「まさかJPの先輩たちに英語で話しかけるわけにもいかないから、みんなどうしようって」


「わたしも日本語、少し分かりますけど、さすがに分からない子のために通訳までは……」


「だよね。とりあえずサーニャと磐田社長に改善をお願いしてみるから、それまで不自由だと思うけど我慢してもらえるかな」


「はい! あぁ〜ん、アーニャさん優しい……」


「アーニャさんは女神よ。はっきり分かったでしょう」


 よしよし、これで日本語に苦労してる子たちが寂しい思いをすることはないだろう。


 元気を取り戻した海外勢と、ニコニコと微笑む狛村さんたちに振り返り、わたしはあまり自慢できないいわく付きの物件を紹介することにした。


「で、これがリアルのアーニャ御殿を再現したものなの。総工費2030億円。敷地面積8200平方メートル。全3棟。3階建てで、入居可能な室数合計個人用56室。家族用26室。社員用12室……油断したら国賓用の居住区まで造られそうになった、いわく付きの物件がこれなんだよね」


「あー、キャップがその話を聞きつけたときに自分も引っ越したいって愚痴ってましたね」


「うん。義理の娘さんに説得(・・)してもらったら、わりとすんなり引き下がってくれたキャップはいいんだけどさ。それ以外がね……」


 いや、本当にあのときは大変だったよと、みんなを案内しながら関係省庁に迷惑がかからない範囲で説明する。


「最初はさ、コーデリアさんがなんかの配信でみんなと住める家があったらいいですねって言ってたのを聞いて、それならって感じでいろんな人に相談したんだけど……まぁ使い道に困ったわたしの収益を湯水のように使う予定だったから、気がついたら地元の建設会社が勢揃いしてもまだ良かったんだ」


 こう言ってはなんだけど、地元への還元って意識もないわけではなかったから、彼らに一任するのもやぶさかではなかったんだが……。


「それが出所は不明だけど、わたしの建てる家に不正があってはならないって世論に後押しされて外部の有識者会議が設立されてね。あとはもう何がなんだか、わたしにはもうさっぱり」


 うん、ごめん。わたしいま嘘をついたけど、さすがにこれは聞かせられない。実は有識者会議が日本国内のどの省庁が、わたしの事業を取り仕切るかの縄張り争い場だったなんてさ。


 やれ文部科学省は、わたしの活動に占める歌の割合が大きいことから、自分たちの管轄だと主張したり。やれ経済産業省は、いまやVTuber事業は国策の一つだと主張したり。宮内庁も宮内庁で、夏休みに麗子さんが宿泊の意向を示していることから、皇族が利用するのに相応しいものにしてほしいと注文したり……。


 最終的にそうした雑音を、義理の娘(サーニャ)に叱られたキャップが『お前ら、少し黙れ』と鎮圧してくれたから助かったけど、そうじゃなかったらアーニャ御殿はわたしたちが気軽に使えないようなものになってたかもしれないんだよね。


「まあ、そんなふうに色々と大変だったけど、なんとかリアルのアーニャ御殿はわたしたちの共用施設になったんで、みんなも日本への移住、ないし旅行を考えてるんだったら、ぜひこちらのレプリカを参考にしてください。……まったく同じじゃないけど、フラグメントのお二人が頑張って寄せてくれたかなりの自信作だよ」


「わぁ、お洒落……」


「あーん、遊戯室に飾ってあるぬいぐるみが可愛い……」


「見て見て、こっちの部屋。箒星先輩の部屋だって」


「ぉお〜うっ!? ラブリー、アーンド、ファンシー……箒星先輩、ベリー乙女……」


 そうして目をキラキラと輝かせる外人さんたちを解き放ったらこの反応。これにはわたしもニッコリである。


 自分で言うのもなんだが、リアルのアーニャ御殿は居住性や利便性、安全面からもかなりのものが出来たと自負しているが、利用者がまだ少ないのが悩みのタネなのだ。


 とりあえずあずにゃんやぽぷらさんなどの未成年組も、さくらちゃんのように家族全員ではないものの夏休み中の利用を検討しているし、2期生のラプちゃんも白鷺さんと一緒に顔を出すと約束してくれてるが、この機会に利用者が増えてくれればわたしとしても嬉しいかぎりだ。


「うわぁ……見て見てリオさん。こっちのキッチン、大きくて使いやすそうだよ」


「おー……これはリオたちもリアルでの移住を考えちまうでよ。うちのアイリスも配信中にゴン太くんたちと共演してから、えらい恋しがってるしな」


 なんて外人さんたちをみんなの部屋に案内していたら、向こうからえらく興味深い話が聞こえてきた。


「うちの小太郎もエリカさんの配信にゴン太くんが出てるよって教えてあげると反応するようになったし、美緒さんちの大河も似たようなもんだって言ってたよねぇ」


「え? あの仔たちもゴン太くんに夢中なの?」


 思わず駆け寄って尋ねてみたら、狛村さんがニンマリと笑って「そうなんよ」ってわたしの知らない話をしてくれた。


「なんかね、以前にアーニャちゃんが主催でペット大集合ってやったやんか? それからというものさ、もともと他の人間も動物も大好きなうちのアイリスはともかく、ユキんちの小太郎くんも美緒さんちの大河ちゃんも妙に社交的になったみたいなんよね」


「うん。うちの小太郎なんて、以前はお腹が空いたときやトイレの掃除をしてほしいときしか甘えに来なかったのに、今ではゴン太くんのことが気になって気になって」


「おおっ、さすがは世界初のバーチャルアイドル・レトリーバー……うちのユッカも一日中構ってほしそうにしてるし、大人気だ」


 いやいや、あの配信はRe:live本社ビルの配信室に集まってやらせてもらったけと、かなり苦労させられた記憶があるよ。


 一応さ、ペット全員分のL2Aを用意したけど、わんこはもう興奮しちゃって配信画面に留まってくれないし、にゃんこは逆に置き物のように動かなくなっちゃうしさ。


 最終的にはどっちもそれなりに仲良くなってくれたけど、そうか……こういう話を聞かされるとやって良かったって思っちゃうよね。


「その配信ならワタシもコーデリア先輩のVTuberニュースで取り扱わせていただきましたが、海外のリスナーからも大変好評でまたやってほしいと言われたので、次回があるならぜひ参加させていただきたいです」


「あれ? キアラちゃんもペット飼ってるんだっけか?」


「ハイ。実家でピレニーズを」


「おー、いいねいいね。大きくってモフモフだぁ」


 思わず案内も忘れてペット談義に耽ってしまったが、こちらの様子を見にきたキアラさんが雑談に混じると、ENやIDの子から実はウチにもという自己申告が相次いだ。


「私も日本の実家が三毛猫を飼っていまして……たまに帰省すると、めんどくさそうに甘えにきますよ」


「えっ? カテリナちゃんの実家はこっちなんか?」


「へぇー、意外だけど日本語も上手だし、他にもそういう子はいるかな?」


「アイリスもそうです。ENだと日本語が不自由なのはアリシアだけですね。去年の視聴者参加型3Gに参加したときにペラペラだったのは、実はサーニャさんの自動翻訳頼みで」


「◯ァック。勝手にバラすなクソ鳥。焼き鳥にすんぞ」


「YTubeの自動翻訳もサーニャさんの発明の一つだけど、あんなに便利だと使えなくなると苦労しちゃうよねぇ」


「それな。リオもユキほど得意じゃないから、やっぱりないと不便だよね。アリシアちゃんももうちょいゆっくり話してもらえたら、ファッ◯以外も聞き取れるんだけどな」


「OH! スミマセン、注意します……」


 EN1期が4月、ID1期が5月、JPの3期が7月と、比較的後発のメンバーが仲良く交流する姿に微笑み、全員にMクラ産の飲み物を勧めたわたしはしばし考える。


 今ではリアルタイムの通訳すら可能となったサーニャの自動翻訳はYTubeだけではなく、8月に発売予定のスマートフォンにも搭載されるなど急速に普及しているけど、それが使えなくなったらどんなに不便かは今回の配信が証明している。


 当たり前のように使えていたものが使えなくなる不便さは、台風や大雨などで電車が止まったのを経験していれば想像がつくだろう。今さら歩いて帰れと言われても困る。それは分かるんだけど、わたしはこうも思うのだ。


 江戸時代のご先祖さまは一日に何十キロも歩いたって話だけど、そういった話を聞くたびにわたしたちの文明は進歩していても、わたしたち自身は反比例するように虚弱になっていやしないかっていう疑問が頭をもたげるのだ。


「ま、さっきも言ったとおり、こっちでも自動翻訳が使えるように手配するけど、いつになるかは確約できないから……それまでキアラさんたちは日本語が苦手な子が孤立しないように助けてもらえるかな?」


 便利な道具に頼り切りになって共倒れしてはならない──わたしはそう思い、当面は互助努力をお願いすると、喜ばしいことに全員が笑顔でうなずいてくれた。


「ボクも手伝うよ。それ以外だとリオさんは分かってる気になってるだけだから怪しいけど、たしかハルカちゃんとエリカちゃん、美緒さんと杏子さん、白鷺さんあたりは英語が分かるんだっけ?」


「うん。あとはみい子さんと、2期生のカナちゃんと3期生の姫さまもできる部類だったと思う。これだけいるんだからもっと気楽に頼ってもらっていいからね」


「そうだよね。うちらはもう家族みたいなもんだから遠慮は無用だでよ」


 わたしの提案に狛村さんと岡島さんが笑顔で請け負うと、一部の子たちが感激したように涙ぐんできた。


「ありがとうございます、センパイがた」


 そんな子たちを慰めて、IDのオリーさんが不自由な日本語で礼を述べた。


「日本のセンパイたち、とても優しい……ワタシたち、ミナサンのことがとっても大好きです」


「このミルクも、とっても優しい味です。ゲームの中で味がするのも不思議なものですが、これが先輩たちの味なんですね」


 オリーさんに続いてカエラさんが微笑むと、岡島さんがクスリと笑みをこぼした。


「よく勘違いされるけど、ボクとリオさんはデビューしたての新人だよ? 先輩なのはその前にデビューしたオリーちゃんたちじゃないかな?」


 岡島さんの指摘にオリーさんたちが「そうでした」と赤面し、狛村さんが「ゲヒャヒャ」と爆笑した。


「それにアーニャちゃんたちの味ってなんなん? そんなセリフ、口にしたのが社畜ネキだったら絶対勘違いされるって!?」


「まあまあ、リオさん。口にしたのはカエラちゃんだから、そんなつもりじゃなかったんだと思うよ」


 岡島さんの実にゆるい雰囲気に、赤面したカエラさんが「重ねて失礼を」と謝罪する。


「ですが頼りっきりというわけにもいきません。幸いマイクラは履修済みですから、みなさんの要望を伝えていただけたらきっと力になれるものかと」


「うん、ありがとう。マイクラのシステム周りで困ってる子がいたら力になってあげてね」


「はい、必ず」


 さて、ちょっと案内するつもりがだいぶ話し込んでしまったね。


「それじゃあそろそろみんなの手伝いに向かいたいんだけど、準備はいいかな?」


「はい、恩返しの時間ですね?」


 自信ありげなキアラさんが立ち上がると他の子も立ち上がり、内部の意見を調整しだす。


「では、ワタシとアリシアは、まずはお世話になってるコーデリア先輩のところへ。カテリナとイナニスは杏子先輩のところへ。アリシアはIDの子たちと同行して、ハルカ先輩と菜月先輩、ぽぷら先輩のところへお手伝いに向かうということでいいですか?」


「サンクス。ヒジョーに助かります」


「ボクらもこのゲームのことはよく分からないけど、頑張って役に立とうねリオさん」


「うん。リオは適当にその辺を冷やかしてるから、またあとで会おうなユキ」


 そうして思い思いに席を立って、こちらに手を振りながら長居したアーニャ御殿を後にする子たちを見送ると、時刻はすでに9時近くになっていた。


 まったく、いつも思うが楽しい時間は本当にあっという間だ。これはいかんと使用した食器を片付けて、わたしもみんなの手伝いに外へと向かう。


 精巧な仮想空間であるこの世界は、すでに二度目のログインから一夜を経過しているが、どこまでも鮮やかで見飽きることがない。


 海辺では一度はさくらちゃんたちの手で更地にされた砂浜に、大量の砂ブロックが運び込まれて砂丘が復活していて、通りの向かいではハルカさんのコンサートホールが早くも形になろうとしている。


 その一方で、この世界で法の守護者になんらんと手を挙げたぽぷらさんとなっちゃんは早くも対立しているようで、そこかしこでバチバチにやり合ってる。


 パッと見た感じだと、ネット配信限定の優れたリーダーシップを発揮してるぽぷらさんの陣営が優勢のようだけど、なっちゃんはどうやら社畜ネキさんを味方につけたようで、少数ながらに健闘してるようだった。


「やったと戻ってきたか。まったく、ずいぶん長らく留守にしてくれたものだな。おかげでこっちは大変だったぞ」


「アーニャが自由にやってよいと言ったのですから、その辺りは私たち運営側が関わることではないのでは?」


「そうは言うけど、アーニャが煽ったのも事実だから、責任は取るべきだと思うわ」


 そして顔を合わせるなり苦情を申し立てるターニャちゃんに、わたしを弁護するサーニャと、それを切り捨てるアーリャだったが、よくよく考えるとこの三人の関係も興味深かった。


 ターニャちゃんはサーニャとアーリャの両方を苦手としており、サーニャは明らかにアーリャに遠慮してるが、だからといってアーリャがこのなかで強い権限を持つわけではなく、本人の性格もあって一歩引いたところで見守るというスタンスだ。


 そのためアーリャが今回のように何かしらの意見を口にすると、サーニャは反論を控えがちだが、傍目には一番弱い立場にいるターニャちゃんは遠慮しない。


「馬鹿馬鹿しい。そこな小娘が口にしたのはあくまで一般論だ。どうした理由か知らんが、あの菜月とかいう声のデカい女を好んで弄ぶ、物好きの尻拭いまですることはあるまい」


「まぁそうなんだけど、わたしもさっきはぽぷらさんと社畜ネキさんの悪だくみに乗っかっちゃったしね。バランスを取るために今回はなっちゃんに味方するかな」


「……まあ貴様がそうしたいと言うなら止めはせんが、私はここで初心者の質問に答えにゃならんから手伝わんぞ?」


「うん、ありかとう。ターニャちゃんは今後もみんなの質問に答えてあげてね」


 わたしがそう言って感謝の気持ちを伝えると、そのタイミングでRevisionの子がターニャちゃんに声をかけてきた。


「すみませーん……あっ、お話中でしたか?」


「ううん、いま終わったとこ。ほらターニャちゃん、お客さまみたい」


「はぁ……まぁいい。見ての通り私は多忙だからな。馬鹿騒ぎをどうにかするのは自分でやれよ?」


 ターニャちゃんはますます機嫌を損ねたように顔を背けるが、『私』という一人称がちょっと固かったことから、あれはたぶん、意識してそう振る舞ってるね。


 そうしないと顔がにやけそうになるのかな、っていうのは言わないほうが無難かな?


「ところでサーニャ、自動翻訳の件だけど……」


 わたしはターニャちゃんとの会話がひと段落したことからさっきの要望を伝えることにしたが、そんなに急がなくていいと速やかに対処しようとするサーニャを引き留めることも忘れなかった。


「なるほど……あえて日本語の不自由なメンバーをフォローし合うことで、かえって交流が進むと言う計算ですか」


「そこまで具体的じゃないけど、岡島さんたちが率先して手助けしようとしたのがいい流れに思えたんだよね」


「わたしもいいことだと思うわ。文明の進歩は大事だけど、便利になりすぎて人付き合いの必要が薄れるのは問題だしね」


 わたしの考えをアーリャが積極的に推してくれてサーニャも納得。この問題は一度持ち帰って事務所に上げることで落ち着いた。


「それじゃあちょっと色々と見てくるから、サーニャはこっちのほうをお願いね」


「任されました。いってらっしゃい、アーニャ」


「わたしも行くわ。よく考えたらこのゲームに詳しくないわたしがこっちに居てもあまり意味はないもの。とりあえず海外の子が意思疎通に困っていたら助ける予定なんだけどいいかしら?」


「うん。ありがとう、マナカ。わたしもそうする予定だけど、先にあっちをどうにかしてくるね」


 見ればマグマを内蔵した石レンガの壁を強引に突破しようとしたなっちゃんがすごいことになっている。さらには壁上の砲台から弾幕のごとき矢を降らされてはなす術なし。途中でアーリャ(マナカ)と別れたわたしは、あまりに劣勢な芹沢警察の援軍に向かうのだった。






◇◆◇






 その配信をN社の社長室でグラスを手に視聴していた宮嶋本春は、感心したようにこう漏らすのだった。


「まったく、どっちも大したものてすね。そうは思いませんか、磐田さんも」


「ん? どっちもって、誰と誰のことを言ってるんだ? それだけじゃ何も言えんぞ、ミヤポン」


「惚けないでくださいよ。そんなのゆかりさんと磐田さんに決まってるじゃないですか」


 唐突に話を向けられた磐田肇はしらばっくれようとするも、長年の付き合いからその気配を察した宮嶋は盟友である磐田の逃げを許さなかった。


「半年ぐらい前に、磐田さんが癌か仮病だか知りませんが入院したときに言ったじゃないですか。現実と変わらない仮想空間を構築したいって。そのときの磐田さんは異世界って表現を使っていましたけど……」


 宮嶋は自ら手がけた作品であるMクラの見慣れた映像に、精巧を極めた別人の作品を見るかのような視線を向ける。


「本当に大したものですよ。こうしてアーニャ(ゆかり)さんたちが活き活きと暮らしているのを見れば、ここが一つの独立した世界であることに異論を差し挟める人間などいやしませんよ。……だから僕は大したものだと言ったんですよ。ゆかりさんもそうですが、たった半年で自分の夢を叶えた磐田さんもね」


「ゆかりさんはともかく、オレは運が良かっただけだよ。ゆかりさんと知り合え、サーニャさんの起こした技術革新の波に乗れなかったら、オレは今ごろ原因不明の腹痛でも起こして首をひねってたさ」


 そうだ。運が良かったもあるが、あまり当たってほしくなかった予想が当たったのも大きかった。


「アレックス君も一体どこから見つけてきたんです。サーニャさんのMIT時代の同期って話ですが、別にサーニャさん本人から紹介されたわけでもないんでしょう?」


「その話なんだが……」


 磐田は宮嶋の追及にチラリと周囲を確認した。監視や盗聴の可能性を懸念したわけではないが、この話をするのはどうしても慎重になる。


「実は少し前に、オレのところにちょっと変わったお客さんがいらしてな」


「どんなお客さんです?」


「オレの仮説が正しければ多分いるだろうと思ったが、オレのところに来るまではいると確信を持つまでには至らなかった、そんな変わったお客さんだな」


「随分と回りくどい口ぶりですね? 僕と磐田さんの仲じゃないですか。他言はしませんからもっとざっくばらんに行きましょうよ」


 ご機嫌伺いのつもりか、空のグラスにブランデーを注いでくる盟友に磐田の顔がほころぶ。


 たしかに他言を禁じられたわけではないし、宮嶋はこう見えて十分に分別のある男だ。この友人なら構うまいと秘中の秘を明かす。


「彼らは自らを汎人類評議会の使者と名乗った。遠い未来で人類を統括するという彼らは、ある日突然オレの前に現れて、勿体なくも不手際の謝罪と忠告を伝えてくれたって寸法さ」


「……まさかもう前後不覚ってことはないですよね、磐田さん?」


「そう思うのも無理はないが、まあ聞いてくれよ。問題はその内容なんだからさ」


 時代はいまや宇宙人を発見したと言われても驚かないほど進んでいるが、さすがにタイムマシンでやってきた未来人と遭遇したと言われれば正気を疑われよう。


 自身の想像を笑い飛ばした磐田は不満そうな顔をする宮嶋を宥めるが、あまりに突飛な話を順序だててすることに苦労させられるのだった。









次でこのシリーズは最後と言っておきながら前編になって誠に申し訳ない。


私は嘘つきではないのです。ただ見積もりが甘く、予定通りに物事を運ぶ能力が低いだけなのです……。




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― 新着の感想 ―
[一言] さらっとさくらの日本語より英語のほうがわかるって言われてるの超笑えますねw、マイ○ラの名場面はたくさんあるから何が出てくるのかめっちゃ楽しみです!海外勢はコラボとかでしかあまり理解できてない…
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