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転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?  作者: 蘇芳ありさ
第五章『VTuber無双編』
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N社の新型ゲーム機『We X』発売前実機配信 〜ここからが本当の地獄だ編〜






2012年7月20日(土)


 この日、午後3時より、N社の本社ビルで開かれた緊急の記者会見に詰めかけた報道陣の多くは戸惑い、互いに困惑した顔を突き合わせて意見交換する姿が目立った。


 そもそも家庭用ゲーム企業であるN社が緊急の会見を開くこと自体が尋常ではない。何かと物議を醸した新型のゲーム機に不具合が見つかって、販売を延期するのつもりなのだろうか。いや、アーニャが自身の配信で実機をプレイ中だが、今のところ不具合と言えるほどの混乱は起きてない。彼らの私語は主にそのような内容だ。


 彼らはまだ何も気づいていないが、それも無理なからぬことだった。


 今や人類の至宝とまで呼ばれるアーニャの配信で何事が生じたのか、気づいたのは魔境とすら呼ばれる『あのスレ』の住人のみ。


 その書き込みもあっという間に流れて、目にしたのはアーニャの配信を視聴しながら常駐する一部の変人だけとあっては、彼らと遊んでやるつもりのない記者たちが特ダネを逃しても責められる謂れはない。


 だが、その僅差が会見の流れを決定付けた。


 知られてからでは遅い──そう判断したN社の社長である磐田肇は、来客である経団連の富田会長、日本学術会議の与謝野会長、経済産業省の吉永事務次官、他一名を巻き込み、膨大な手札をオープンにすることによって問題の本質を覆い隠すことに成功したのだ。


「…………より厳密な生体認証によるユーザー登録と、脳波のやり取りを可能とする相互通信機能ですか?」


「はい。これらの技術によりWe XのVRモードをプレイすると、ゲーム内の出来事を実際に経験しているように感じられまして。私どもは分かりやすく『ゲームイン機能』と呼んでいますが」


 不幸にも質問役に抜擢された若い記者が、磐田の返答により一気に老け込んだよう顔になった。


 気持ちは分かる。不幸にもこの会見に同席させられた鈴木健太郎は、磐田の説明にますます困惑するマスコミ一同に心から同情した。


(まったく、磐田社長もそうだが……サーニャたんが自重しなくなってから、ずっとこんな調子なんだよなぁ……)


 振り回されるのは仕方ないが、せめて事前に説明してほしかったというのが同席を断りきれなかった健太郎の本音である。


 ざっと思いつくかぎり列挙しても、とんでも宇宙船と揶揄されるフロンティア・スピリッツ号を皮切りに、その動力源であるモノポール・エンジンを利用した発電所や、アーニャのファーストライブで一般化した立体映像投影機。


 他にもWe Xの中枢技術である常温超伝導型半導体に完全個体電池など、今や常識と学会の敵とまで呼ばれる『例の博士』がこの半年間で出したものだけで、世間はいい加減お腹いっぱいだというのに、今度はよりにもよってゲームイン機能ときたか。


 空想科学の世界に迷い込んだとしか思えない、変態的な技術のお披露目に参加したジャーナリストは「こんな質問をするならSF作家の一人でも同行させるんだった」という冗談を飛ばしたそうだが、まさか今度はライトノベル作家を同行させなかったことを後悔する日が来ようとは……。


(マスコミも、実はWe Xにはゲームの中に入り込んで遊べる機能があります、なんてラノベのような話をされても困るだろうに)


 そうだ。磐田の説明にあったゲームイン機能とは、数多の創作で描かれた『ゲームの世界に入り込む』ことすら可能にするものではないか。


 そんなことが可能なのかという疑問は、例の博士と同期だという開発者の青白い顔を見て霧散した。うん、その辺りは考えても仕方ない。


 なにしろこんな話もある。宇宙開発の分野ではるかに先行するアメリカを牽制しようと、各国から地球との通信に年単位の時間がかかる太陽系外への進出を当面禁止しようという話が出てきたときのことだ。


 オブザーバーとしてそのときの会議に参加した例の博士は「では超光速通信を開発するとしますか。なに、超光速理論は完成済みですから時間はかかりませんよ」と口にして、翌月には試作品を提供したというのだから呆れるしかない。


 アレックス・ノアという例の博士の同期は言動こそまだまともだが、MIT時代から十年来の付き合いであるという時点で大概である。朱に染まって赤くなるには十分すぎる時間だ。手の施しようがない。


 そう考えたのは健太郎だけではなく、居並ぶ報道陣とて大差ない。彼らは健太郎と同様に思考を放棄しかけたが、これが自分たちにも理解できる低次元の政治闘争ともなれば話は別だ。


「こちらの機能は現段階では使用に問題があって、後のアップデートで解放予定でしたが、どうやらアーニャさんたちは知らずに起動してしまったようで。弊社はただちに原因究明を行うのと同時に、多大な迷惑をお掛けしてしまったアーニャさんたちに深く謝罪するためにこの場を設けさせて頂きました。本当に申し訳ない」


 磐田の謝罪に、これがN社の過失で生じた事故だと理解したマスコミの一部が責任追及の声を上げようとしたが、彼らは経団連の会長である富田のひと睨みで事前に沈黙させられた。


 いまは黙ってろ。半年前ならいざ知らず、今のN社は日本の財界のみならず、世界経済の台風の目だ。大勢が判明するまで軽挙妄動は慎めと、富田の眼光は言っている。


「……磐田社長にお尋ねします。ゲームイン機能は、その、創作の例で恐縮ですが、ソードアート・ファンタジアのように脳波でゲームと直接やり取りをする機能なのでしょうか? その場合、作中では脳に多大な負荷が掛かるなどの弊害がありましたが、そちらは大丈夫なのでしょうか?」


 そうした場の空気を読んだ質問役の記者がWe Xの安全性を確認すると、磐田肇は待ってましたとばかりに満面の笑みを見せた。


「はい、そちらは顧問としてサーニャさんを招いて確認しましたが、やはり安全だと。ですが基礎データと論文を送った学会の承認が遅れているのと、法律の整備が間に合っていないので公開を見合わせたワケで……」


 磐田に話を向けられた日本学術会議の与謝野会長がため息混じりに口を開く。


「皆さんもご存知のように、学会ではこうした先進的な技術が安全かどうかの科学的な検証も行なっていますが、正直勘弁願いたいというのが本音でありますな。こちらは世界中の科学者がガン首を突き合わせて、ようやくモノポール・エンジンの安全性の検証が終わったばかりで……」


「法律面の整備も、現段階ではどのような問題が生じるか想像も付きませんので、その都度対処するしかないのが実情でして……いま言えることは、やはりホログラムを利用したVR機能を屋外で使用しないようにと、利用者に注意喚起を行っている段階でして……」


 与謝野会長に続いて経済産業省の吉永次官もそう応じたが、その顔は気まずそうな顔をする記者たちのそれと大差なかった。


 ようは彼らも磐田の話についていけないのだろう……経団連の富田会長は「大した狸だ」と口に出さず感心した。


 どのような理由であろうとWe XがN社の想定外の動きをしたら、それは事故でありN社の過失だ。ましてやそこに各国の思惑すら絡むアーニャが巻き込まれているとなったらただでは済まない。


 仮にそのこと会見前に明らかとなっていたら、半年前の政変を機に牙を取り戻したマスコミの追及は厳しいものになっただろうし、We Xの販売が差し止められることも十分にあり得た。


(だが、そうはならなかったな)


 よって先んじて全ての情報を公開し、責任の所在を明確にしたうえで謝罪する。その安全性を科学的に検証できる立場にないマスコミの攻撃材料は、アーニャが使えないはずの機能を使えたプロテクトの甘さしかないのだから、大した騒ぎにはなるまい。


(まったく、手強いことこの上ない男だよ)


 富田は場の注目を集めない程度にため息をついた。


 今や独立王国と呼ばれるまでに急成長したN社の存在は、この国の経済界を与る富田にとって頭の痛い問題だった。


 経団連に所属せず、銀行からの融資を必要としないN社に口出しできる人間など、この国には存在しない。以前はそれでも良かったが、例の博士と共同で常温超伝導半導体や完全個体電池を実用化したとなると話は違ってくる。


 特にWe Xを携帯モードで使用するために開発された完全個体電池が(まず)い。使用するたびに劣化する電解液を必要とせず、桁外れの蓄電容量と耐久性、そして安全性を兼ね備えたあのバッテリーの利用価値は計り知れない。


 あの理念に傾倒しすぎた京都議定書の締結以来、自動車産業はCO2削減という政治的な圧力に苦しめられており、N社の完全個体電池は、次世代電気自動車を模索する自分たちへの政治的凶器としても機能し得る。


 だから自分は経団連の会長として、せめてN社と話し合いくらいはできるようにしようと関係を模索してきたが……まさかN社がライバル企業のS社に常温超伝導半導体を提供しようとするとは。


 富田は思う。今まで磐田のことは奇行が目立つ家庭用ゲーム業界のオピニオンリーダーとしか思っていなかったが、どうやら認識を改める必要がありそうだと。


(もはや自社の利益に拘泥する必要もないほど稼いでいるのもあるだろうが、競合他社の存在しないジャンルは廃れるというあの言葉……磐田社長は私などよりよほど遠くまで見据えているようだな)


 そんな磐田だからこそ、まったく新しいゲーム体験を開発して世に送り出せたのだろう。


 もともと異次元の映像技術と称されるアーニャちゃんねるの配信ではあるが……実際にゲームの世界に現れたとしか思えないアーニャたちの楽しげな笑顔は、自分を含め、それを目にした視聴者に自分もあの世界に参加したいと、そんな気分にさせてくるのだ。


 それが狙ってそうしたのかまでは不明だが、このタイミングでN社が秘匿技術を公開したことはむしろ賞賛され、多少の手抜かりがあったことなどすぐに忘れられるだろう。


 その証拠にこの場の誰もが磐田の話に耳を傾けながらも、その目は会場のモニターに釘付けだ。


 この世のものとは思えないほど美し世界で電子の妖精が微笑(わら)っている。


 本当に嬉しそうに、本当に楽しそうに、可憐な歌姫が笑顔を紡いでいく。


 そんな姿を見ながら低次元の政治闘争など、最初からできることではなかったのだ。






◇◆◇






 この世界で経験してふと思った……VRは体験学習の場としても優れているんじゃないのかなって。


 例えばわたしたちは畑仕事に精を出してるんだけど、これを実際にやるとなったら全身の筋肉が悲鳴を上げることは想像に難くない。


 だというのに社畜ネキさんたちと共同で18×18マスとかなりの広さの地面を耕しても、汗もかかずに心地よい達成感に包まれるだけなのだ。


「いやぁー、土いじりも楽しいよねアーニャたん。お姉さんね、子供の頃に公園の砂場で泥だらけになったのを思い出して童心に帰ってたわ」


「うん、わたしのそんな感じ。楽しいよね、こういうのも」


「ねぇー。なんかさぁ、これがゲーム内の出来事ってさんざん言われてるのに、お姉さん変な自信が付いちゃってさ。実家が畑作業に手を出したら、よっしゃ任せろって突撃して、お姉さん口ほどにもない醜態を晒しちゃいそうよ」


「うん、分かる分かる。わたしもね、帰ったら家庭菜園に手を出しちゃいそうだもん」


「はぁ……こっちの世界で感じたことは錯覚に過ぎんと何度も口にしたというのに、まったく懲りないやつらだな、お前たちも……」


 社畜ネキさんと冷めやらぬ興奮を共有していたら、畑を柵で囲ったターニャちゃんが雑談に混ざってきた。


「まぁ突き詰めて設計すれば、VRでもリアルと遜色のない畑仕事を体験できるだろうが、このゲームはそこまで考慮して作られていないからな。そこのエルフ女が言うように、出来もせん家庭菜園に手を出して両親を呆れさせたくなければ自重しておけ」


「でもさ、逆に言うとそこまで突き詰めて作れば、We Xでもリアルな体験学習みたいなソフトが作れるってことでしょ?」


 わたしが指摘すると、ターニャちゃんは意外そうな顔をしながらも認めた。


「たしかに出来るが、そんな学習ソフトに需要があるとは思えんな。せいぜいお役所や教育現場で採用されるくらいだろうよ」


「そこはほら、面白くするのは磐っちの役目でしょうが」


 そこに社畜ネキさんが今までにないゲームの枠組みを広げる。


「お姉さんはアーニャたんが言ってること分かるよ。だって畑を耕してるだけなのに楽しくて仕方ないんだもん。リアルじゃできないことでもこっちの世界なら簡単にできるし、きっと売れると思うんだよね。メッチャリアルなシュミレーターみたいなソフトもさ」


「ねっ! 自然と触れ合う機会なんてそうそうあるもんじゃないし、あっちに海があるけど実は行ってみたくて仕方ないんだ!!」


「わかるぅー! リアルじゃ海に行っても日焼け止めのオイルを塗りあったり、波打ち際でキャーキャー言い合ったり、海の家で食を満喫するくらいしかできないけど、こっちならスキューバダイビングみたいなこともできそうだってワクワクが止まらないんだよね!!」


「だよねっ! 今はあっちのほうにさくらちゃんたちが行ってるけど、きっと全力で楽しんでるよ? この世界の海を全力でね……!!」


 意気投合した社畜ネキさんと興奮気味にまくし立てるが、遠い目をしたターニャちゃんは「海水に身を沈めて何が楽しいのだ?」と首をひねるばかりだった。


 もしかしたらターニャちゃんの世代には海で遊ぶという習慣がないのかもしれないが、だとしたら余計に放っておけない。畑仕事が終わったらこの子に海の魅力を教えてあげないと……。


「まあ、そう感じるのは自由だからな。需要があるならその手のソフトを開発するのもアリかもしれん……磐田肇なら、確実に世間の度肝を抜いてくるようなものに仕上げるだろうし」


「うん、確実にそうなるだろうね。Weにもあったレジャースポーツやフライトシミュレーションの新作も楽しみだね、こりゃ」


「ところでターニャたん」


 なんて今後の展望を練っていたら、後ろからターニャちゃんに抱きついた社畜ネキさんが『動物のフン』を取り出した……いきなり何してんの!?


「なんかさ、肥料に使えるって言うからタネを撒く前に使いたんだけど、これってどうやったら使えるの? さっきから試してるんだけどウンともスンとも言わないんだよねぇ」


「まったく、そんなことを訊くために後ろから抱きついて、目の前にそんなモノを見せつけるやつがあるか」


 小さなエルフのお姫さまが、これまた小さなメイドの女の子に抱きついて動物のうんちを鼻先に突きつけるというひどい絵面だが、被害者であるはずのターニャちゃんがそんなに嫌がってないのは意外であり、同時に微笑ましかった。


 わたしはとっくに慣れちゃったけど、ターニャちゃんは意外にも社畜ネキさんのやや過剰なスキンシップを嫌がらず、むしろ満更でもなそうに応じるのだ。


 それが人と触れ合う機会の少ない未来人(ターニャちゃん)の寂しさゆえだとしたら社畜ネキさんグッジョブである。そのままこの子を孤独から解放してほしいとワクワクしながら見守る。


「動物のフンは、畑の隅に備え付けたコンポスターに使えば良質の肥料になる。畑に使えば広範囲の収穫量を劇的に向上させるから、種を蒔く前に使っておけ」


「りょうかぁーい。んで、コンポスターってこれか?」


 ターニャちゃんが指差した茶色いブロックに社畜ネキさんが動物のフンを投入すると、見た目は茶色と黄色のまだら模様という、あまりよろしくない代物がモリモリあふれてきた。


「あっ、アーニャたん見て見て!? 試しに使ったら畑の色がこげ茶色になった!!」


「うん、視点を合わせて確認したら『豊穣な土』に変わってるけど、肥料ってずいぶん広範囲に効果があるんだね」


「うむ。良質の肥料は周囲3マスの土ブロックにも影響を与えるからな。この広さの畑でも手持ちの肥料で十分に賄えるさ」


「じゃあお姉さんがパパッとうんち撒いちゃうから、アーニャたんは麦や野菜のタネを撒いちゃってくれる?」


「わたしも手伝うぞ。それと作物は1列ごとに違うものを植えたほうが育ちがいい。向こうに行ったやつらが麦を多めに作れと言ってたから、基本麦が9列、合間に他の野菜で植えるとするぞ」


「オッケー。それじゃパパッとやっちゃおうか」


 そうして麦や野菜のスタックを手に、ムーンウォークを決めながら植え付ければ完成である。いまは一面こげ茶色の畑に芽を出すだけの作物も、数日後にはわたしたちお腹を満たしてくれることだろう。


「いやぁー、いい汗かいたね。ちょっと休憩にしようか」


「うむ。わたしも初めてのことだが、たとえ錯覚でも農作業の達成感は悪いものではないな」


「うん。それじゃあ牛さんたちにバケツを使って、と」


 瞬く間にミルクで満たされたバケツにガラスの瓶を使って、瓶詰めの牛乳で一息入れる。


「なんかさ、つぶらな瞳で見られると可愛いって思っちゃうよね」


「まぁMOBのAIは簡素だから何だこいつらとも思っとらんだろうが、そう感じるのも分からんでもないな」


「あ、なんかみんな集まってきたね。……ふふ、可愛い」


「──おや、何をしているのかと思えば休憩中ですか?」


 なんて、みんなして腰に手を当ててプハーッとやりつつ集まってきた動物たちを愛でていたら、用事があると言ってログアウトしたサーニャが戻ってきた。


「うん。畑が完成したから休憩がてら家畜を愛でてるんだよ」


 わたしが答えると、社畜ネキさんと一緒にブタさんを撫でていたターニャちゃんがイヤそうな顔をした。


「わたしはこいつらのエサを持っているわけでもないのに、MOBどもが集まってきたのはなぜか首をひねっていただけだ」


 天敵の前で弱みを見せるわけにはいかないと思っているか、ターニャちゃんはフンッと顔を背けた。どうやら二人の雪解けにはまだもう少しかかりそうだけど、サーニャも優しい目をしているしそんなに先のことでもないだろう。


「それよりコイツらの相手を私に押し付けてまで中座したのだ。仕事はキッチリこなしてきたんだろうな」


「勿論ですよ。とりあえず仮初になりますがこんな感じで」


 そして仲の悪いフリをしだす妹にこれまた素っ気なく答えたサーニャが手を振ると、視界の隅のU(ユーザー)I(インターフェース)が改良され、目慣れたチャット欄が復活した。


「当初はこのような形での配信を予定していなかったので調整が遅れましたが、やはり視聴者(リスナー)との対話がアーニャちゃんねるの肝ですからね。ここからは普段通りの配信をお楽しみください」


[あれ、コメント欄が復活した?]

[うわっ、サーニャたんが席を外したのはこれが目的か]

[コメント欄復活ッッ コメント欄復活ッッ]

[とりあえずアーニャたん、うんち助かったよw]

[アーニャたんとお話しできるようになって嬉しいよ」


 向こうでも確認できたのか、サーニャの言葉にコメント欄が活気付き、光の滝とも称される声援が届けられる。


「うん、わたしも会いたかったよ。ごめんね、今まで待たせちゃって……でもこれからは平常運転だから」


 なんだろう。まだそんなに経ってないはずなのに、懐かしい人に会えたような気になってきた。


 いや、下手をしたらそうなっていたかもしれないんだ。今さらながらにわたしにとっての視聴者(みんな)の重要性に気付かされる……。


「うーん、お姉さん四六時中コイツらと殴り合ってるけど……こんな馬鹿どもでも掛け替えのない仲間なんだなって、なんか泣けてきた」


「そうだよね。わたしにとっての雪国民、社畜ネキさんにとっての戦利品……やっぱり視聴者(みんな)がいてこそのVTuber(わたしたち)なんだなって実感したよ」


 さて、そうと知れたらいつまでも涙ぐんではいられない。わたしたちを見てくれるみんなのためにもこの世界を遊び尽くさないと……!!


「それじゃあサーニャも戻ってきたし、次は水田かな。詳しい話はそっちでしようか」


「そうだよねぇー。こっちでもホカホカのご飯が食べられるようになりたいよねぇ」


「うむ、水田は畑を土で囲って水を流し込めば完成だ。さっさと取り掛かるぞ。貴様もキリキリ働けよ?」


「貴女に言われるまでもありませんね。この身はアーニャのメイド……よってアーニャの望みとあらばどんな仕事でも全力で取り組むまでです」


 うーん、サーニャの気持ちは嬉しいんだけど少しは手加減してくれると有り難いかな?


 ただでさえわたしのために全力を出しすぎて、ネットではまた例のメイドが世間の常識にケンカを売ったぞって言われてるみたいだし……。


 まあ、そうなったのはわたしがこの子の手綱を握るのに失敗したからだって言われたらそれまでだけど……この子もわたしに褒められたいだけで、みんなを困らせるつもりはないんだよね。


 配信中にログアウトしたのも、一番の理由はたぶんコントローラーを握ったまま幸せなユメを見ているであろう、リアルのわたしたちが心配だったんだろうしね。


「とりあえずお疲れさま。外の様子はどんなだった?」


 そのことには触れずに(ねぎら)い、この子が表向きの理由として持ち出した情報収集の成果を訊ねると、一段低い畑にバケツの水を流し込んだメイドは嬉しそうに答えてきた。


「そちらも上々ですね。実はこちらの現状を踏まえてN社が緊急の記者会見に臨んで、磐田社長自ら私たちが使用している特殊なVR機能……磐田社長はゲームイン機能と呼んでましたが、そちらの説明が一通りなされましたが概ね好評です。少なくとも貴女が心配しているようなことにはなりそうにありませんね」


「そっか……良かった。わざわざ確認してきてくれてありがとうね」


「えっ? なになに、アーニャたんの心配事って何よ?」


 わたしが献身的なメイドに感謝してホッと胸を撫でおろすと、内緒話を聞きつけた社畜ネキさんが慌てたように口を挟んできたけど、この人も純粋にわたしを心配してるだけなんだよね。


「うん。あのね、わたしたち予定にないVR機能を使っちゃったでしょ? だからそのことで磐田社長たちに迷惑をかけてないか心配だったから、サーニャに頼んで確認してきてもらったの」


「あー、言われてみればそんな話もしてたっけねぇー。んもう、アーニャたんったら、あんなオッサンどもにはいくらでも迷惑かけときゃいいのに、そんなに気にしちゃって本当にいい子……どう思うよ、こんな12歳?」


 わたしに抱きついて一通りスキンシップを済ませた社畜ネキさんが、ピックアップしたコメント欄に訊ねると、視聴者の反応は見事に二極化した。


「ふーむ、社畜ネキ裏山けしからん系のコメントはいつものことですが、まさかこのアーニャちゃんねるでほぼ同数のアニャネキてぇてぇ系のコメントを集めるとは……やはり侮れませんね」


「侮れませんねって……まさかそういう意味か!? やめろよ、わたしもコイツに抱きしめられてちょっといいかなって思ったりしたんだぞ!!」


 そのコメントを分析して物議を醸しそうなことを言い出す姉と、本気で心配する妹を見て笑みがこぼれる。


「大丈夫だよ。社畜ネキさんは可愛いものが好きってだけで、エッチなことはしてこないから。ターニャちゃんも安心して身を任せていいんだよ」


 社畜ネキさんのハグは心地よく、相手が嫌がることは絶対にしない。だから時には過剰に思えても、これは純粋なスキンシップ。親愛の表現に他ならないと説明すると、ターニャちゃんは「やはりそうか?」と安心したようだったが、当の本人である社畜ネキさんはなぜか気まずげになった。


「なんですかその顔は……やはり性的な意図があったと?」


「いやね。そういうワケじゃないんだけど……お姉さんね、こんなに純粋だとアーニャたんの将来が心配だなって思っちゃうんだよね……」


 半分くらいは本気で心配してそうなサーニャの追及を()わした社畜ネキさんは、わたしを解放すると、遠い目をして肺のなかを空っぽにするのだった。


 あまりにも深刻なため息……なんだろう。こんな社畜ネキさん、初めて見る……。


「アーニャたんって、リアルでは女子校に通ってるんだよね」


「うん、そうだけど……」


 本当になんだろう。なんか聞いちゃいけなそうなことを耳にしそうだけど、社畜ネキさんが本気で心配してるのが分かっちゃったから、止めるに止められない……。


「なら先輩として忠告してあげる。女子校ってわりと魔境よ。お姉さんも高校はカトリック系の女子校に通ってたんだけど……あいつらって周りに男がいないもんだから、女同士で恋愛してくるの」


 その言葉にピキッと周りの空間が凍りつく音が聞こえてきた。


「お姉さんもその学校に通うまでは自分は絶対大丈夫って思ってたんだけど……今にして思うとだいぶ染まってたわ。お姉さんが可愛い女の子にクラっといきがちなのもその頃の名残かもしれんから、アーニャたんも流されないように気を付けなね」


 いや、善意で忠告してくれてるのは分かるんだけど、そんな話を聞かされてどうしろと……?


「なるほど、異常な環境においては異常こそが正常になると……思えば異性が存在しない特殊な環境下においてそのような傾向が見られることは、人類の歴史が証明していましたね」


 いやいや、サーニャもそんなに感心したように言わないでよ。


 わたしが綺麗な女の人に弱いのは、前世(わたし)の記憶が悪さをしてるんだと思い込んでたんだから、そんなに夢も希望もないことを口にするのは禁止、禁止。


「よし、わかった。ようするにわたしがエルフ女の抱擁を心地よく感じたのは、わたしがハグを経験していなかったからだな……ということでこの話は以後禁止な」


「そうだね……お互いに心を強く持って生きようね」


 血の気を失ったターニャちゃんと見つめ合い、深々と励まし合うと、この空気を作り出した社畜ネキさんが若干気まずそうに頭を掻きだした。


「あー、なんか誤解しちゃいそうなこと言ってごめんね? ただお姉さんさ、アーニャたんがあまりに人を疑うことを知らないから心配しちゃって……」


 そんな率直な言葉ひとつで空気が入れ替わるあたり、やはりこの女性は天然のムードメーカーなのだろう。


 周囲はポカポカと温かな空気を取り戻し、得体の知れない寒気に震えていたわたしたちの全身からドッと力が抜ける。


「はぁ……貴様は自身の影響力をもっと正確に把握したほうがいいな。貴様が深刻ぶった顔をするだけで心臓に来るものがあるぞ」


「うん、ごめんねぇ〜? でも心配になったのは本当だから、老婆心だと思ってもらえると嬉しいかなって」


「うん、わたしもちょっと驚いちゃったけど……」


 VTuberとして配信中は対等に接しているけど、よく考えたらこの女性はわたしよりずっと年上で人生の大先輩なのだ。


「けど何? 何よアーニャたん?」


「……けどやっぱり、わたしは社畜ネキさんのことが大好きだなって、そう思ったんだよね」


 前世は長男、今世は長女と、年上の兄姉(きょうだい)に憧れる気持ちもあるけど、それ以上にこの親切で、愛情深い社畜ネキさんとは上手く付き合っていきたい。


「また貴女はそんな思わせぶりなことを言って……見なさい、社畜ネキさまが完全にフリーズしてしまいましたよ」


「ああ、見事なまでにどう反応すべきかの読み込みに失敗してるな。まったく、貴様も貴様でもう少し自覚しろというのに……」


「あっ……あはっ、あははははっ!!」


 この二人はそういうも、さすがはトークとアドリブに定評のある社畜ネキさんはすぐさま笑い出し、冗談めかしてこの話を締めくくった。


「まあ、微妙に空気を悪くしてごめんご。今のはどっちかっていうとお姉さんの黒歴史に分類される話だから、当時を思い出して脳がバグったのかも知れん」


 仕切りに手を振った社畜ネキさんは冗談めかして、しかしそう決めつけるには深刻すぎる声音で最後に──。


「何しろ当時はわりと深刻でさ。高校以前の親友も可愛く思えちゃって……告ったらキモイって言われて正気に戻ったんだよね……」


 人に歴史あり、黒歴史あり。


 その過去にはネタしかないと言われる社畜ネキさんにも辛い過去があったんだと、そんなことを考えさせられる昼下がりの一幕だった。






 そんな経緯で珍しく意気消沈した社畜ネキさんを励まし、田植えの作業を完遂。そのあとは予定の時刻になっても帰ってこないさくらちゃんたちを探しに行こうって話になったんだけど……。


「おい誰だよ、社畜ネキクッソワロスって言ったヤツ! ぶっ殺すぞ……変質者はアーニャたんに近づかないでもらえますかじゃねえだろ、馬鹿。まったく、何を聞いてんだよお前らはよぉ? お姉さんはノーマルだって言ってんだろぉ!?」


「…………アイツは何と闘ってるんだ?」


 やらかした社畜ネキさんは視聴者の辛辣なコメントでなぜか復活。ターニャちゃんは本気で意味が分からんとしきりに首をひねってるけど……まあ、社畜ネキさんが元気になったのはいいことだよねと、諸々の疑問を封印。


「ちがいますぅー、だから百合の花なんて咲いてないっつってんだろ! っていうかそういうのはさぁー、お姉さんじゃなくて箒星に言ってもらえる? どう考えてもアイツのほうがヤバイだろ。だってアイツ、当時女子中学生のさくらたんとクリスマスの夜を過ごしたんだよ? さくらたんのこと好きすぎだろアイツ!?」


「……誰がさくらのことを好きすぎだって?」


 と、まさにそのタイミングでリードを結んだチェスト付きボートを引っ張るみい子さんたちと遭遇。全方位にケンカを売りまくった社畜ネキさんの顔が青ざめる。


 そんな社畜ネキさんをフォローしようとしたわけじゃないけど、わたしは不思議に思ってみい子さんに訊ねた。


「いつもあんなに一緒なのにみい子さんはさくらちゃんのことを好きじゃないの?」


「あー、それはそういう契約だからね。ビジネスよビジネス。うちらはビジネスで仕方なく一緒にいるのよ」


「にぇー。そうでもなきゃ一緒にいないよ。みぃちゃんと一緒にいるとか、普通の人は頭禿げるで」


 あははと苦しそうに笑うみい子さんと、無邪気な感想を口にするさくらちゃんに、社畜ネキさんが「それでビジネスのつもりかよ。くそ、てぇてぇな」と吐き捨てる。


「まぁ社畜ネキはあとでシメるとして、アーニャちゃん畑のほうはどんなもん?」


「畑はどっちも完成したけどそっちは? 帰りが遅いからちょっと心配しちゃった」


 そうして双方の進捗状況を確認し合うと、みい子さんはちょっとだけ苦しそうに「あー」と言い(よど)んだ。


「なにその反応? まさか見えないことをいいことにイチャコラしてたとか?」


 喜色も露わに社畜ネキさんがからかおうとするも、笑顔のみい子さんが無言で石の斧を振り下ろすと慌てて飛び退くのだった。


「おっかねぇ! いま絶対本気だったろ!?」


「気をつけな、社畜ネキ……みぃちゃんは()るとなったら、本気で殺る女だからね」


「あははっ!!」


「お、おい……冗談だよな?」


 まさに一瞬の殺陣を目に、本気と受け取ったターニャちゃんの声が震える。


 それなりに長い付き合いのわたしにもどこまで冗談なのか判らないんだから、今日が初対面のターニャちゃんが戦慄するのもむべなるかなである。


「まぁ視聴者の目もありますので、冗談はそのくらいにしておきましょうか」


「『はぁーい』」


 そんな妹を思ってのことではないだろうが、サーニャが場外乱闘を未然に防止すると三人は素直に応じた。


 それからはさくらちゃんたち物資回収班が、チェスト付きボートに詰め込んできた砂や粘土などのブロックをインベントリに移し、拠点であるアーニャ御殿(仮)に帰還。


 昼食代わりのアップルパイやヨーグルトで空腹を満たしつつ、今後の建設計画を現場監督に尋ねるも、箒星・桜田両監督の顔は渋いままだった。


「リアルのアーニャ御殿ってさぁ、基本鉄筋コンクリートで、外壁はレンガ調でしょ? 一応マイクラにはどっちもあるんだけど……数がねぇー、全然足りんわけですよ」


「えっ? あんなに採ってきたのに足りねぇのかよ!?」


「うん。レンガは敷地内の地面や噴水にも使うし、駐車場の地面はアスファルトだから、そっちに砂利も使っちゃうしね。けっきょく近場じゃ全然足りなくて遠出したわけなんだけど、それでも全然足りなくって」


 質疑応答に答えた両監督が浮かない顔で続ける。


「そうなるともっと遠くまで採りに行く必要が出てくるんだけど、そうなるとこっちで建築の指揮を執る人間がいなくなるわけよ」


「海って結構危険だから、まだマイクラを始めたばかりのアーニャたんたちを行かせるわけにも行かないからさ、どうしたもんかなって」


 なるほど……要は人手不足と。


 一応は開発サイドの人間であるターニャちゃんは必ずしも初心者ではないだろうが、だからこそ彼女は自重してる節がある。その辺り「建材が必要ならいくらでも生成しますが」と言いかけて視線で黙らされたサーニャとは違うのである。


「せめてあと一人……いや二人くらい経験者がいてくれたら、定刻の4時までに一応の形にはして見せるんだけど……」


 別に今回の配信で建てきるつもりはなかったから、アーニャ御殿が未完成で終わっても構わないけど、完璧主義者のみい子さんは納得してくれないだろう。


「まぁ無いものねだりをしても仕方ないよ。わたしたちも頑張るからさ、せいぜいコキ使ってくださいな」


 なのでそう言って気合を入れた、そんなときだった。わたしに叱られてしょぼくれてたサーニャが「おや?」っとつぶやいたのは。


「どうしたの?」


「全体チャットをご覧ください。どうやら助っ人が到着したようですよ」


「助っ人?」


 疑問に思いながらも言われるままに全体チャットを開く。


 この配信は発売前のWe Xを使用して、特定の回線からしか接続できないN社のテストサーバーでプレイしている。よって助っ人して参加できそうなのは、すでにWe Xの実機を手にしたハルカさんたちRe:liveのVTuberしか存在しないが、彼女たちにはもう枠を取ってしまった自分たちの配信がある。


 ならば、まさか磐田社長たちが──わたしが内心失礼な想像をしつつ、震える手で流されたログを巻き戻すよりも早く、その声は聞こえてきた。


「どうやらお困りのようぽぷな」


「ぽ、ぽぷらっ!?」


 そう、社畜ネキさんの叫びに独特の引き笑いで応じたのは、新衣装のバニースーツ発表以来『ウサギの子』として定着したぽぷらさんだった。


「わたしも居るわよ」


「あ、あたしも居る……ぽぷらちゃんにだけいい格好はさせられないかなって」


「マナカたん? あずにゃんも!?」


「おーっ、これが友情パワーか。さすが0期生。たいしたもんだにぇ」


 そして修道服姿のマナカと、髪色と同じピンクのネコ耳と尻尾を引っさげたあずにゃんも到着したが、社畜ネキさんとのこのやり取り、実にノリノリである。


「本当は来る予定はなかったけど、あんな配信を見せられたらVTuberとして黙ってられねぇぽぷよ」


「あ、あてぃしはWe Xを受け取りに来ただけなんだけど、なんだか押し切られちゃって……」


「わたしはちょっと確認したいことがあったから寄っただけなんだけど、人手が要るなら手伝うわ」


 さてはわたしたちの配信を見て我慢しきれずWe Xを受け取りに来て、その足で混ざりに来たなと思ったらだいたいその通りだった。この辺り、面白そうなことがあったら黙っていられないVTuberとして実に優秀であり、応じる社畜ネキさんも実に嬉しそうである。


「まぁそういうことならありがたい話なんだけどさぁ、なんか最低限のプレイ経験が必要みたいよ? 三人とも大丈夫?」


「このぽぷーらを舐めんなよ社畜ネキ。こう見えても以前のフラグメントの配信で楽しそうだったからマイクラは履修済みよ。敬え。お前とは違うんだよ、お前とは」


「あたしもマイクラは結構やってるから大丈夫。なんでも命令して」


「残念ながらわたしは未経験だから雑用をするつもりだけどいいかしら?」


「もちろん大歓迎だよ。ね、みい子さん?」


「正直助かるぅー。そういうことならぽぷらとあずにゃんは砂と砂利と粘土を頼める? コンクリートパウダーとレンガを作るのにまだまだ必要なんだよね」


「任せろ! 代わりに最低限のツールと食料だけもらっていい?」


「ほらよ。あずにゃんも生きて帰れよ」


「う、うん。あてぃし頑張るから……」


 そうして総数を9名に増やした桜田建設の社員たちは、アーニャ御殿完成のために必要なブロックを手分けして確保することになった。


 さくらちゃんとみい子さんは山へ採掘に。ぽぷらさんとあずにゃんは海岸沿いに遠征を。


 そして初心者のわたしたちは近場で木こり兼炭焼き職人兼石焼き職人に。


 とりあえず社畜ネキさんにはさくらちゃん直伝の木こりの腕を振るってもらって、わたしは初心者のマナカにかまどの使い方を伝授する。


「というわけで、かまどで丸石を一回焼くと石に、もう一回焼くとなめらかな石になるんだけど、どっちもそれなりに必要になるみたいだから、とりあえずチェストの中の丸石は全部焼いちゃって石にしといてもらえるかな」


「うん、任せて」


 一応は先輩として新入社員のマナカを指導すると、彼女は人好きのする笑顔で答えたあとに、どこか悪戯っぽい視線をターニャちゃんに向けるのだった。


「ところで話は聞いたわ。大変だったわね」


 それだけでマナカ(アーリャ)の素性を察したのか、色々と前科があるターニャちゃんが慌てる。


「お、おい! まさかコイツ……!!」


「うん、司祭さまのところでお世話になってる。だから修道服なの」


 わたしの言葉にターニャちゃんが愕然とするが、どうやら笑顔のマナカはそのことを蒸し返すつもりはないようだった。


「そんな顔をしないで? 人間が過ちを犯すのは当然のことよ。だってわたしたちは独りでは生きられない弱い生き物だから」


「……まるで本職のようだな?」


「本職よ。主はわたしたちの行いをすべて見守ってくださるわ。だから貴女が前を向いて歩いているかぎり、わたしたちはその前途を祝福するの」


 そこまでは聖職者の名に恥じない模範的な説諭だったが、それだけで終わらないのが彼女の持ち味であり、人間的な魅力だった。


「ま、そうは言ってもぶっちゃけた話をしちゃうとね。わたしとしてはアーニャの友人として貴女ともいい関係を築けたらと、それだけなの。こんな話をしちゃうと司祭さまに叱られちゃいそうだけどね」


 悪戯っぽく舌を出したマナカが微笑する。その笑顔は罪人も等しく祝福し、赦しを与える聖女のそれを思わせた。


「フン……そういうことなら、まあ、考えてやらんでもない」


 分け隔てのない笑顔を向けるマナカにそう答えたターニャちゃんだったが、その表情から察するにだいぶ戸惑ってようだ。


 高名な心理学者であるとされる彼女はわたしたちのことを『意味不明な怪物』と称したが、人の心は当人以外には誰にも分からない。喜怒哀楽の激しいわたしたち現代人は、きっと精神的に老成した未来人の基準からかけ離れたところにあるのだろう。


 だが、それでも寄り添うことはできるはずだ。


「じゃ、わたしとサーニャは社畜ネキさんの手伝いをしてくるから、マナカとターニャちゃんはこっちのほうをお願いね」


「わたしもか? まあ、あの社畜ネキだとかいうどこまで本気か判らんやつの相手をするよりかはマシだが……」


「ええ、いってらっしゃい。留守は任せてもらって大丈夫よ」


「うん、それじゃあよろしくね二人とも」


「何かあったら全体チャットを開いてこちらの音声入力を。それだけで全員に伝わるようにできていますから」


 笑顔で見送る二人と別れ、サーニャと連れ立って森に向かうと、端から木々を伐採する社畜ネキさんが「こっちこっち」と手を振ってきた。


 視聴者の反応も上々で、We Xの魅力と同時にマイクラの魅力も伝えたかったわたしとしては嬉しい話だ。


 この調子ならアーニャ御殿も今日中に完成し、明日からはこの世界をのんびり散策かできるんじゃないかと、このときはそんな暢気なことを考えていたのだ。






















 そして時刻は日本時間の夜の8時──本日二度目の配信で、わたしはみんなと一緒に完成させたアーニャ御殿を背景に、なぜかステージの上に立たされるのだった。


「ほら、どうしました? みんな貴女の言葉を待ってますよ、アーニャ?」


 意地悪く微笑したサーニャに急かされて、喉をグッと詰まらせる。


 昼の配信と同じく、今度は正式にゲームイン機能を起動したわたしの周囲は夥しいまでの人影に埋め尽くされているが、その全員がこの場に招かれたVTuberたちだ。


 Re:liveの0期生から2期生はもちろん、今月上旬にデビューしたばかりの3期生や、海外の支部に所属するENやIDの子たちも居る。


 わたしがデザインを手がけたRe:liveのVTuberが居れば、他のイラストレーターにデザインを頼んだRevisionのVTuberも居るし、Re:liveで研修を受けながらそれぞれの事情で個人勢として活動してるVTuberも居る。


 その総数は軽く100人を突破し──その全員がわたしを見上げてくるなかである種の宣言をしなきゃいけないわけだから、わたしの内心は自棄っぱちである。


「えー、それではアーニャ御殿の完成をもって、ここにN社のテストサーバーを世界中のVTuberに解放することを宣言します」


 そうして沸き上がった歓声は文字通り世界を揺るがすように感じられた。


 配信中はずっと喋り続けることになるVTuberがこんなに集まったのだから当然だが、そのなかで一番耳に悪かったのは間違いなく芹沢のなっちゃんだろう。


 それまでは物理的な制約があってなかなか会う機会を作れなかったが、こんな世界が用意されたらそんなものは無いも同然だった。


「アーニャさん! やっと会えた!!」


「初めまして先輩方、Re:live EN(イングリッシュ)の不死川キアラです」


「あのぅ……自分ほんとに無名の新人なんですけど、こんなすごい人たちに囲まれて息を吸ってもいいんですかね?」


「おい社畜ネキ! ぽぷらもさぁ……お前ら裏で菜月に何かしようとしてるって聞いたぞ? 怒らないから素直に白状しろ!?」


「はいはぁーい! アーニャさんの話はまだ終わってませんよ!? もうしばらくご清聴願いまぁーす!!」


 あまりの熱狂ぶりに、わたしは胸が熱くなってくるのだった。









長かった新シリーズも次回で一区切りです。


そのあとは無人島サバイバル編か未来からの使者編にのどちらかになりますが、まだどっちにするか決まってません。悪しからずご了承ください。




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― 新着の感想 ―
[一言] 仲間が増える…!! とてもいい! 番外編でぽぷら24時とかやったりしません…?
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