N社の新型ゲーム機『We X』発売前実機配信 〜事前準備編〜
2012年7月20日(土)
夏休み初日に朝から向き合うことになったのは、これがなかなかの難題であった。
事のあらましはこうだ。昨夜の配信終了後に、言いたいことはハッキリと言うサーニャが意外にも二の句が告げずに硬直する姿を発見。
驚きながらも問いただしたところ、以前の視聴者参加型3Gの配信中に大規模な通信障害を発生させた犯人が特定され、直ちに身柄を拘束されたとの報告が。
しかもこちらの人物が未来人で、サーニャのお仲間である『アレックス君』のご主人さまと言うだけでも脳にかなりの負荷がかかったが、あまつさえこの時代で大掛かりな犯行を計画していたというのだから堪らない。
それで昨夜は就寝前の時間帯ということもあって「ちょっと待って」と問題を先送りにしたものの、この件にはアーリャともどもお世話になっている教会の司祭さまも関わってるっていうし、いつまでも逃げてばかりもいられないから詳しい話を聞かせてもらったわけだけども……これが他人事とは思えない話だったというわけだ。
この時代の管理代行者であり、アレックス君とサーニャの通報で現場を押さえた司祭さまたちに睨まれて、気の毒なほど縮こまる女の子の名前はターニャちゃん。
わたしより背が低く、幼い感じのする子だけど実は高名な未来の科学者で、自己申告とサーニャの話によると軽く500年程度は生きてるのだとか。
で、そんな話を聞かされたわたしは、彼女がアレックス君を使って物騒な電脳誘拐をやらかそうとしたことも含めて、人は見かけによらないなって感心するや呆れるやら……脳のキャパシティがかなり圧迫されたんだけど、それでも少し同情しちゃったんだよね。
もちろんこの子がやろとしたことは許されることじゃないけど、それでも何故そうしようとしたのか聞いてしまうと、まあ、情状酌量の余地はあるかなって。
なんでも極度に文明が発達して、飢餓からも老衰からも解放されたはずの未来人たちの多くは、何をせずとも生きていける暮らしのなかで次第に無気力になり、関わる意義を見いだせなくなった社会や家族との関係を断ち切ってしまったと言うのだ。
労働の概念はとうに廃れ、趣味が仕事と同義になり、変わらぬ日々を漫然と過ごすようになった人々は自分だけの世界を創造してそこに引き篭もり、何世紀も連絡がつかなくなる事例が頻発。
代わりに社会インフラの維持を委ねられた人工知能だけでは主体的な判断ができず、人類社会は崩壊の一途を辿っており、そんな状況に危機感を覚えた古い世代の未来人たちは、彼らの関心を外に向けるための研究をターニャちゃんに依頼したそうだ。
なんていうか、VTuverにならなかったら遠からず引き篭もっていた自覚のあるわたしには耳に痛い話だけども、そんなわたしだからこそアドバイスできることもある。
「独りでいるより、みんなと一緒に遊んだほうがぜったいに楽しいよ。だからターニャちゃんもVTuberをやってみようよ」
「ハッ、それでも口説き文句のつもりか? 馬鹿馬鹿しい……貴様らの茶番劇を見せたところで、あの引き篭もりどもが関心を持つとでも言うつもりか?」
「そこまでは言わないけど、わたしたち現代人の活動が何の参考にもならなかったら、ターニャちゃんもわざわざこの時代にやって来ようと思わないよね? 科学技術や文明のレベルに差はあっても、根っこの部分はそんなに変わらないと思ったから、この時代の人たちを観察しようと思ったんじゃないかな?」
痛いところを突かれたのか、ターニャちゃんの元から不機嫌な顔がさらに渋くなる。
「VTuberが楽しそうに遊んでいるゲームをやってみたくなるような、個人的にすごく気に入ってるけど、あまり人気のないゲームをVTuberが楽しそうに遊んでるのを見て無性に嬉しくなるあの気持ち。他者と楽しいことを分かち合いたいっていう人類特有の根っこの部分は、ターニャちゃんの話を聞いたかぎりだとあんまり変わってないと思うんだよね。だってそうでもなきゃ、居心地のいい世界を作ってまで異世界転生ものをプレイしたりしないでしょ?」
単純に言い返せなかったことが悔しいのか、ますます険しい顔付きで反撃の糸口を探すターニャちゃんだったが、これ見よがしにため息をついてみせたサーニャがトドメとなる情報を開示した。
「まあ、ゆかりの正しさはアーニャが押さえた数字が証明してますからね。貴女ならあちらの配信にアクセスする視聴者がこの時代の人類の総数より多いことの理由を説明できるのでは?」
「……この世界を観測する程度の技術開発に成功した近未来の連中が、こいつらの配信に注目しているのが原因だろう? かくいう私もそれで興味を持ったクチだ」
なんと、そんなことになっていたのは知らなかったが、わたしたちの配信が未来人にも通用すると判ったら遠慮はいらない。ターニャちゃんを熱烈歓迎、これに尽きる。
「それならターニャちゃんもやろうよ、VTuberを。きっと楽しいよ。参考になるよ」
「本音は……?」
「そんなのわたしがターニャちゃんをVTuberとしてデビューさせたいからに決まってるじゃん。最近ボケ役が増えすぎてツッコミ役が足りないんだよね」
わたしが結論らしきものを口にすると、ターニャちゃんは司祭さまたちの反応を気にしながらではあったけれどこう答えてくれた。
「まぁいい。貴様らの行動を分析するのもまるきり無駄ではないし、拒否したところで私の立場が良くなることはないから、ここは折れてやろう」
「やった! それじゃあさっそくターニャちゃんのガワを用意するね? 設定は名前も似てるしサーニャの妹でいこうか? 大好きなお姉ちゃんが一般人に仕えてるのが気に入らない、みたいな感じでさ」
「はい、それでよろしいかと。これでも知能レベルはそれなりですし、アーニャに刺々しい態度をとっても説明がつきますから妙案かと」
「フンッ……どうせ時間の無駄になるだろうがな。私の役に立つことはおろか、貴様らがあの未来人どもをどうにかするなど、思い上がりも甚だしいが……私も自分の立場くらいは心得ているから、刑罰の類だと思って貴様らに合わせてやるさ」
その言葉に背後の圧が和らぎ、ターニャちゃんがホッと胸を撫でおろす。
まだ知り合ったばかりだし、どんな子なのか判らないほうが多いけれども……見たところかなり幼く臆病な子のように見える。
口もサーニャと張り合えるくらいには悪く、整った顔立ちを台無しにするほど険しい目つきをしてるけど、それでも憎めないのはこの迷子のようなイメージにあるんだよね。
司祭さまたちもそう思ったのか、いまは未曾有の時間犯罪に手を染めようとした罪人ではなく、反省した子供を見守るかのような優しい笑みを浮かべている。
「さて、そちらの話し合いも纏まったようなので我らはこれで撤収するが、何かあれば遠慮なく相談してほしい」
「ええ、宛先はミハエルでもいいし、わたしたちでもいいわ。勿論、あの子でもね」
「はい。主も貴女の自発的な行動には大変満足してらっしゃいます。我らは主の従僕であるのと同時に、貴女たち人類に奉仕するものなれば、どうか遠慮なく」
「うむ。まあ、そんな感じだ。よろしく頼む」
「はい、こちらこそありがとうございました。アーリャにもこちらのことは心配いらないってお伝えくださいね」
立ち上がって礼を述べると、司祭さまたちは温かい笑顔のまま退去していった。
アーリャの正体に勘付いたときからそうじゃないかと思ったけど、わたしは想像以上に多くの人たちに見守られてたんだなって嬉しくなる。
彼らの好意を無碍にしないためにも、まずはターニャちゃんの保護者としてしっかりしないとね。
「それじゃターニャちゃんのことをどう説明するかだけど、とりあえずさっき言ったようにサーニャの妹ってことで、お姉ちゃんを連れ戻そうとしたけど失敗したから逆にお世話になるってことでどうかな?」
「そのあたりは貴様の好きにしろと言いたいところだが、私にこの女を慕っているフリをしろだと? その手の演技などしたことがないぞ?」
「いいよいいよ、その辺は周りが察してくれるから……ね、サーニャ?」
「はい、年齢的にも反抗期ですからね。こちらが説明せずとも勝手に察するでしょう」
若干黒い笑みを浮かべる悪徳商人に微笑み返すと、ターニャちゃんが背筋をぞわりと震わせた。
「なんていうか、貴様ら……裏の顔は随分と黒いな」
「まあお代官さまと悪徳商人だからね。綺麗事だけじゃやってけないよ」
今度は意味が分からなかったのか、可愛らしく小首をかしげる。そんな表情をしただけで受ける印象はまるで違う。
「とりあえずこっちはこっちでターニャちゃんを受け入れるための準備をするけど、そっちが終わるまで暇を持て余すのもなんだから、AiPadがあるけど使ってみる?」
「……うむ。まぁ暇つぶしくらいにはなろうよ」
そんなターニャちゃんにタブレット端末を貸してあげたら、さっそく『お代官さま』と『悪徳商人』で検索したのは笑っちゃったけど、遊んでばかりもいられないので準備しよう。
まずはターニャちゃんのL2Aをサーニャと共同で用意するが、こちらは簡単だ。共に北欧系の女の子。リアルの姿も似通っているからデフォルメは最小限で済み、わたしのイメージは違和感なくモニターのなかに落とし込めた。
ターニャちゃんをデビューさせることについても事務所の了解を得られたので、Wisperに立ち絵ともども告知して、ついでにDScordで後輩たちに思いっきり振り回してくれるようにお願いすると、こちらの様子を窺いにきた女の子が何か言いたそうな顔をするのだった。
「少しは手伝ってやろうかと思ったが、もうほとんど終わってるのか……私もそれほど詳しいワケではないが、普通はもう少し時間がかかるのと違うか?」
「まあ他社からデビューしようとしたら、L2Aを安定させるだけでも相応の時間が掛かりますが、そちらは私がいますし、ゆかりもいますからね……」
「ああ、言いたいことは解るぞ。いくら貴様が着色と背景を担当したからって、普通はこのレベルの作品を10分かそこらで描き上げるなぞ不可能だからな。まったく、あの羽畜生どもに過剰なまでの天賦を押し付けられたのは知っているが……それで私は何をしたらいい? 見たところ表情の差分を作っているようだから、怒ったり呆れたりして見せればいいのか?」
「そうですね。一晩そちらを観察したので蓄積情報は十分ですが、ゆかりがイメージを構築するために笑顔を作ってもらえれば」
「また苦手なところを突いてきたな……そんなモノを作っても活用する機会はないというのに物好きなことだ」
どうやら自分がオモチャにされたことが不満なのではなく、単純にわたしの技量に呆れているようだけど……少し気になることができたので、苦労して口角を吊り上げるターニャちゃんに訊いてみることにした。
「いまの口ぶりだと、わたしが転生者ってことをターニャちゃんは知ってるんだよね?」
「そりゃあな。あんなヤツらが贔屓にしてるのを見たら嫌でも気づくさ」
「それじゃあ逆に言うと、アーニャの配信を見てくれてるって言ってた未来の人たちは、まだわたしの正体に気がつかないってことかな?」
そう切り返すとターニャちゃんは答えに困ったのか、チラリと視線でサーニャの様子を窺った。
「そうですね……人類が天使たちと同じステージに立った西暦2700年以降は、それまで都市伝説の類であった転生者が過去に実在したことは証明されましたが、具体的に個人が特定された事例はないはずですよ」
「うむ、私もそう認識している。例えばアレックスを抱き込んだ磐田肇や、私が利用したスティーヴン・ジェイコブなどもそのチートぶりから、実は転生者ではないかと冗談混じりに語られたが、それを証言できるのは本人か、先ほどの天使どもくらいのものだからな。特定など不可能だと思うが……何か気になるのか?」
「うん、ちょっとね……なにか引っ掛かるんだよね」
過去の世界で好き勝手にやってる転生者として目をつけられたんじゃないなら、純粋にVTuberとして評価されたことになるから嬉しくはあるんだけども……これってかなり異常なことじゃないだろうか?
「ねぇ、わたし並行世界の仕組みに詳しくないけど……アーニャが誕生したこの世界はさ、すでに別の世界として独立して、その先にある未来の人たちは何らかのかたちでわたしの存在を知っていてもおかしくないってことでしょ?」
「まあ、そうなるな。そうして過去を観測する技術を確立した未来人があらためて貴様に着目、再評価しただろうよ」
うーん、そう言われれば納得できそうなのに、何だろうかこの違和感は……。
アーニャが歴史の表舞台に登場したから新たな世界線が誕生した。だからその先の未来の人たちはそのことを知っている。そこまでは分かる。でもそうなると、ターニャちゃんが最初から識っていなかったのはおかしなことになるのだろうか?
「ターニャちゃんはさ、ターニャちゃんから見て過去の人たちがわたしの配信を取り上げてるのを見て、わたしに興味を持ってくれたんだよね?」
「まあ、貴様を知る一つの契機にはなったがな」
「うん、そうなるとターニャちゃんがわたしを利用しようとしてもどこもおかしくないことになって……ダメだ、わたしの頭ではどこがおかしいのか判らないや」
ギブアップとばかりに両手をあげて脳みそを休憩させる。
大事なことだと思うが、あまり先の未来にまで責任は持てない。わたしはわたしでターニャちゃんをVTuberとしてデビューさせる。ターニャちゃんはターニャちゃんで、VTuberとして大きなお友達と過ごす日々からヒントなり何なりを得てもらう。当面はそれでいいはずだ。
「何を気にしているのか知らんが、貴様に関しては子供の思いつきと馬鹿にできないところがあるからな……」
「まあ、そちらはわたしも注意しておきますし、そろそろ昼になりますから休憩にしてはどうでしょうか?」
と、そんなことを気にしていたらもうお昼になるのか。
時刻は11時40分と、たしかにいい時間だ。そろそろ寝坊助さんたちも起きてるだろうし、お腹も空いた。ターニャちゃんの紹介もしたいから、みんなのところに向かうとしますか。
「……ところで一つ言い忘れていたが」
「うん?」
「We Xや、来月発売の新型AiPhoneに搭載させたFDVR機能は、対外的には存在しないことになっている。貴様らが個人的に楽しむ分には構わないが、配信中にうっかりそのことに触れるなよ? 説明がややこしくなるからな」
「あ、そうか。あれはあくまで立体映像を使った専用ディスプレイ無しのVR機能だもんね。いきなりSAFみたいにゲームのなかに入り込めたらおかしいのか」
「フンッ、やはり忘れていたようだな? まったく貴様は……迂闊な失言で恥を掻くのは貴様だけではないのだから、もう少しシャキッとしろ」
「うん、さっそく助けられたね! ありがとう、ターニャちゃん。これからもよろしくね?」
「ば、馬鹿者! そんなあからさまに礼を言うヤツがあるか!?」
そんな最中に飛び出した指摘は協力姿勢の表れなのか、わたしはなんだか嬉しくなって、妙に慌てるターニャちゃんに全力でお礼を言うのだった。
さて、朝から予定外のイベントに時間を使ってしまったが、実のところわたしはかなりタイトなスケジュールが組まれている。
一ヶ月以上の夏休みをもらえる気楽な学生の分際で何を言うかと思うかもしれないけど、なまじ世界的なVTuberの演者なんてものやってると大変なのよ、色々とね……。
例えば通っている学校が偏差値70以上の超名門校ということもあって、たんまり出された夏休みの宿題も頭を悩ませてくれるが、それがなくても麗子さんと親友になれたこともあって、麗子さんのご家族や天皇陛下との会食は避けられそうにないし……年末年始の選挙で大勝した新政権が、好意で内々に検討している国民栄誉賞をどうするのかっていう問題もある。
配信者としても来週の日曜にはN社公式VTuberとして絶対に外せない『社長に訊く』があるし、8月の中旬にはワールドツアー・ライブも待ってるわけだし、遊んでばかりいるように思えて意外と大変なんだよね。
ま、好きで背負い込んだ苦労だから、愚痴はほどほどにしないと怒られちゃうけど、せめて今日くらいは他のことに神経を使いたくないなと、二階の吹き抜けから一階の様子を窺うと、予想通りの光景に自然と口元が弛んできた。
どうやらようやく起き出した寝坊助さんたちが、わたし宛に届いた荷物の中身を漁って盛り上がっているようだった。
「おはよう蘇芳さん、杏子さん、コーデリアさん、グラちゃん。さっそくプレイしてみたWe Xの感想はどうよ?」
白鷺さんと鴨川さんが出払ってるから、泊まり込みのメンツはこれで全部だ。
思わず階段を駆け下りながら訊いてみると、一斉に振り返ったみんなはとっても嬉しそうに応えてくれた。
「ゆかりさんおはよう。ちょっと触ってみたけど、やっぱりとんでもないねこのゲーム機。自分のパソコンとの紐付けも簡単で、ハイエンドゲーミングPC専用のFPSがグラフィックの設定をどれも最大にしてもカクつく気配がないって反則だよね」
「そちらも興味ありますが、ソフトのほうもすごいですよ! マリナさんに勧められてZ伝の新作をプレイしましたが、今までのOWはなんだったのかって出来映えですから!!」
「ぶつ杜の新作もすごく可愛い……これもVRモードでプレイしたらすごいことになりそうだよ」
「あかん、メッチャ面白すぎてこれ以外したくなくなったわ……」
「おーっ、わたしはあとで触れるつもりだったけど、配信前に手を出すと時間を忘れてプレイしちゃいそうだからもうちょい我慢するかな」
起き抜けの姿のまま足を縫い付けられたようにプレイするみんなの感想に微笑み、元気に廊下を駆けてきた愛犬二匹に待てを命じつつ、いつの間にやら姿を消している顔触れについても訊いてみた。
「ところでみい子さんは? さっきまでマリナさんとWe Xで太古の巻物をプレイして、みぃちゃんの100万を返せーってぶう垂れてたけど?」
「あー、みい子さんはさっき相方のさくらさんが家族連れで到着しましたので、そちらのほうにご挨拶をしに向かわれましたよ」
そうしてどこか申し訳なさそうに急停止した白黒二匹の大型犬をモフると、マリナさんからちょっと意外な回答が。
「うん、言ってたね。さくらさんのお母さんがゆかりさんに挨拶したいって言うから、それなら自分も挨拶しとくかって」
「みい子もすっかり変わっちゃったよね……初対面のときはそういう人付き合いが苦手なイメージがあったけどさ、今じゃいつもさくらの世話になってるんだからご両親に挨拶するのは当然って言って、姉町が感動のあまり泣いちゃうんだもんね」
「そっか。もうすっかりベストコンビだもんね、あの二人も」
当人たちはやたら『ビジネス』と強調するが、その友誼が偽物かどうかは見れば判る。クリスマスも二人で祝ったらしく、そのことを配信中に漏らしたときは視聴者に『てぇてぇ』を連発されたんだよね。
「ま、ゆかりさんは忙しいから時間があるときに挨拶すりゃいいんでないの? それより居心地が悪そうしてるから、そろそろ後ろの子を紹介してよ」
杏子さんに言われて振り返ると、そこにはジト目をこちらに向けるターニャちゃんがいた。紹介すると言っておきながら内輪で盛り上がり、放置するとは何事だと視線で訴える女の子に「ごめんね」と謝ってから紹介する。
「この子はターニャちゃんって言って、サーニャの妹なんだって。お姉ちゃんを連れ戻しにきたみたいだけど、サーニャが取り合ってくれないからさ。それなら自分のほうが一緒にいるって」
わたしが掻い摘んで説明すると、マリナさんと蘇芳さんが同時に微笑った。それはターニャちゃんをたじろがせるほど優しく、温かい微笑だった。
「なるほどぉー。それでVTuberとしてゆかりさんのお世話になるんですね?」
「道理で複雑そうな顔をするはずやわ……反抗期さんなんやね」
その言葉にターニャちゃんは困惑するばかりだった。自分の立場は理解していると明言したこの子にとって、これは設定に即した行動を演じるという一種の罰ゲームだ。
「私もどうしてこうなったのか、むしろ説明しろって言いたいくらいなんだが……とりあえず今日から世話になるタチアナ・ストリャロフだ。ターニャと呼んでくれ」
どう答えるのが正解か判らず、困り果てた女の子は最終的にそう答えたがかなり不安そうで、視線でチラチラと助け舟を求めるのだった。
「おー、そっかそっか。さっそくゆかりさんに振り回されたみたいで大変だったね。よろしくね、ターニャちゃん」
「わたしもよろしくね、ターニャ。ここにいるのはみんなゆかりの被害者みたいなものだから安心していいよ」
「大変でしたね……私たちで良ければいつでも相談に乗りますので、どうか強く生きてください」
「おい、どうして普通に挨拶しただけなのにそんなふうになるんだ!?」
そんな自分を温かく迎え入れる先輩一同に、ターニャちゃんがますますワケが分からなくなって声を荒げる。
まあ、ここにはわたしに振り回された被害者しかいないしね……この様子なら遠からず打ち解けるだろうと笑みをこぼすと、食堂から姉町さんが顔を出した。
「ご飯だよぉー! 今日はゆかりちゃんのお母さんが手伝ってくれたから、焼きたてのバターロールとアイリッシュ・シチューでメッチャ豪華!! ハムとハンバーグも用意したから、好きなのを挟んで食べてね」
おお、さすがお母さん。寝坊助さんとコーデリアさんたち海外組に配慮したナイスな洋食だよ。
「それじゃあ続きはご飯を食べながらしようか。午後のことも話したいし、ゲームはそのあとでね」
杏子さんが賛成賛成と熱心に応じてくれると、残りの四人は多少名残惜しそうではあったもののゲーム機を置いて従ってくれた。
まあ続きが気になるだろうからあんまり手間取らないように注意して、手短に纏めようと頭の中で整理しつつ食堂に向かうと、テレビから聞き慣れた音楽が流れてくるのだった。
「そう言えば今日だったね。ソラさんのVTuberジャーナルも」
ちょうど正午ジャストに放送されたこの番組は、S社の鈴木さんが立ち上げたRevisionからデビューした天城ソラさんが司会を務める、VTuber業界専門のニュース番組だ。アーニャのデビューから半年以上が経ち、数多のVTuberが人気を博するいまやそんな番組が当たり前のように存在する。
『皆さんご機嫌よう。司会の天城ソラです。さて、本日のVTuverジャーナルは直前にビッグニュースが飛び込んできたこともあって、時間を延長して12時45分までお届けします。まずはゲストの皆さんからご挨拶を』
『はい、Re:live0期生の社畜ネキです。もうブラック企業に勤めてないんだから名前を変えたいのに、みんな反対するんですよね。どうしてこうなった!?』
『えっ? そりゃ社畜ネキが社畜ネキ以外の名前を使おうとしたら、みんな混乱するでしょ……ンンッ、Re:live1期生の芹沢菜月です! 本日もよろしくお願いしまぁーす!!』
『まあ今さら変えるくらいだったら、最初っからもうちょいマシなハンドルネームを使っとけって話だよね? Re:live2期生、白衣の天使白鷺風香です。フーたんって呼んでもらえると嬉しいナ』
『了解です。元Jプロダクション所属、Revisionゲーマーズの葛葉タケルです。あの、自分まだまだデビューしたての初心者なんで、どうかお手柔らかにお願いしますね……?』
「あはは、元トップ俳優の工藤さんがなんか言ってるよ」
「ま、今のところ工藤さんの正体は内緒ですからね、内緒。単純にVTuberとしての知名度に配慮したのでは?」
「たしかにチャンネル登録者数だけを比較すると、マ◯モスマンとバッ◯ァローマンくらい差がありますからね。工藤さんとのことをご存知でないファンの心情に配慮したのでは?」
そんな会話を耳にしながらアイリッシュ・シチューを一口して、焼きたてのバターロールにハムを挟む。
いま話題に上った工藤さんは貴重な協力者であるJ事務所の鯉戸会長に推薦され、本来はRe:liveからデビューする予定だったんだけど、気がついたら女性Vばかりになったウチからデビューするのを遠慮しちゃったんだよね。
Re:liveは別にアイドル事務所ってわけじゃないし、ガチ恋営業をしてる子もいないんだから気にしなくても良かったんだけど、やっぱり女の子ばっかりだと男の人のほうが気後れしちゃうのかな。
こうして見てるぶんには仲良くやってるんだけどね……んっ、今日もお母さんと姉町さんの料理美味しい……。
『いやもうホント勘弁してくださいって……それよりビッグニュースってなんですか? そっちのほうが気になるからそろそろ教えてくださいよ』
『葛葉さんも困っていますし、社畜ネキさんもそろそろお願いします』
『チッ、しゃーねぇなぁ……聞いて驚け! さっきアーニャたんかWe Xの現物が届いたから14時からさっそく実機プレイをお届けするってさ。お姉さんも生放送が終わったら速攻でアーニャたんのところに駆け込んでコラボ配信よ。どうだ参ったか!!』
『マジで!? くっそぉー、それは羨ましい……僕Revisionだけど貰いに行っていい?』
『Revisionには別途提供予定と磐田社長から伺っているので、もうしばらく我慢してくださいね』
『うん。あとね、アーニャたんの配信で配送料500円を投げると、毎日抽選で100名さまにWe Xがプレゼントされるみたいなんだワ。そちらも奮ってご応募してくださいねぇー』
なんて社畜ネキさんが必要事項を伝達してくれると視線を感じた。見ればわたしを包囲するかのように着席したVTuberたちが、ギラついた視線をわたしに注いでいた。
「いま社畜ネキさんが番組でさっそくコラボ配信をすると仰っていましたが?」
「メンツは? 今週はまだウチらとしとらんし、ここらでノルマ達成やろ?」
「抜け駆けは良くありませんよ! そういうことならあさC2ニュース出張版の出番ですよね!?」
「おばさんの出番じゃないよ? ねー、ゆかり? わたしとぶつ杜をやるんだもんね?」
「あー、あたし来週からなっちゃんやグラちゃんたちと無人島配信をするから、その前にコラボするのもアリだと思うんだよね?」
みんなの剣幕にターニャちゃんは腰を抜かしそうになったけど、その貪欲なまでのコラボ精神、わたしは嫌いじゃないよ。
「残念だけど今日はVR機能の使い方と、We X版のマイクラ配信が中心だから、ゲストは社畜ネキさんとこちらのターニャちゃん、みい子さんとさくらちゃんのフラグメントにお願いする予定なんだよね」
そう説明すると心底残念そうに落胆したけど、あんまり大勢でコラボしながら説明するとしっちゃかめっちゃかになっちゃうからね、ご理解いただきたいところだ。
「その代わりと言ってはなんだけど、14時以降にWe Xを使って配信するのは自由だから。Z伝も発売前にラスボスが倒されちゃうのは困るけど、寄り道が中心なら好きにしていいって言われてるから今のうちに何をやるか決めといてね」
わたしがご飯をモリモリ食べながら提案すると、互いに顔を見合わせた一同が我先にと挙手をする。
「ハルカはZ伝をやりたいです! 蘇芳、お前もそうだよな!?」
「そりゃやりたいけど、椅子取りゲームじゃないんやから、みんなで一緒に遊べばいいんでないの? たしか最大4人までのマルチプレイに対応してるって書いてあったんやけど?」
「それは楽しみですね……私は他の子の希望を聞いてから決めますが、個人的にMメーカーにも興味ありますので、さっそくDScordで確認しますね」
「わたしはぶつ杜、ぜったいぶつ杜……でもこっちの水鉄砲で撃ち合うヤツも可愛いよね」
「うん、それTPSって言って、最大8人まで同時に遊びる三人称視点のアクションシューティングゲームみたい。個人的に興味があるから、Revisionの子たちにも声をかけてみようかな」
そんな話に耳を傾けながら番組のほうも注視すると、そちらでもこの話題は大いに盛り上がっていた。
『ねぇー! 菜月は来週から無人島なのに何これイジメ? 菜月もみんなとWe Xをやりてぇよぉー!!』
『無人島って言っても配信環境があるんだから、菜月先輩もやればいいじゃん。杏子先輩のサバイバル配信でずっと遊んでたら困りものだけどさ』
『まぁーねぇー、聞いた話じゃパソコンのゲームもヌルヌル動くみたいだから、なっちゃんの大好きなホラーゲームが選り取り見取りよ』
『あ、そのときは是非ともうわさのVRモードをオンにしてプレイしてくださいね。ファンなので』
『ソラちゃんってサラッとエグイこと要求するね……まあ僕も大好物なんだけどさ。いや、変な意味じゃなくってね!?』
うん、ただでさえビビりの芹沢として有名なのに、なっちゃんがVRモードでゾンビに囲まれたら、死ぬな……周囲の音響が……。
食堂のなかもテレビのなかも大変な盛り上がりようで、食べかけのロールパンを片手にキョロキョロして見せたターニャちゃんは、不安そうに設定上の姉に泣きつくのだった。
「な、なぁ……こいつらっていつもこうなのか? 私はゲームってもっと気楽に遊ぶもんだと思ってたが、こいつらときたら血に飢えたサバンナの獣みたいじゃないか?」
「何をいうのかと思ったら、こんなのはまだ序の口ですよ。貴女もVTuberになるなら覚えておきなさい……真に恐るべきはゆかりの無茶振りだと……」
「これこれ、サーニャさんや。あまり人聞きの悪いことを言うもんじゃないよ。今日は普通の配信だし、そんなに変わったことをするわけじゃないんだからさ」
「世界中が注目するWe Xの実機配信を当日に決めておいて何をおっしゃいますやら。ゆかりはもう少し普通という言葉が持つ意味を考え直したほうがよろしいのでは?」
例によってこれ見よがしにため息をついて見せたメイドに、その妹まで涙目で同意する。
おかしいな。これでも色んなところの了解を得て、段取りを整えただけ有情だと思うんだけど……?
そんな意見調整の場となったランチタイムも終わり、ひとまず解散を告げたわたしが家族寮に顔を出そうとしたら、ちょうどみい子さんが駐車場の共用車から降りてきた。
「あっ、ゆかりたん」
こちらから声をかけるよりも早くそう叫んだのは、よそ行きのおしゃれな夏服に身を包んださくらちゃんだった。
その声に釣られてみい子さんがわたしに気付き、親しげに手を振ってくる。
「あ、ゆかりちゃんただいま。ちょうどゆかりちゃんの留守中にさくらたちが到着したからさ、ご挨拶がてら近所のスーパーやコンビニを教えて、ついでにご飯も食べてきたんだけどダメだった?」
「ううん、そんなことないよ。むしろありがとう。みい子さんがいて助かっちゃったな」
こちらが立て込んでることを見越して色々と気を利かせてくれたみい子さんにあらためて感謝すると、彼女は満更でもなさそうに微笑んでこちらに駆け寄るさくらちゃんたちに視線を向けた。
嬉しそうにみい子さんに抱きつくさくらちゃんはいつも通りだけど、後ろに整列するご家族の方々はかなり緊張している様子だ。
こうした反応に慣れているわたしは、みい子さんの姿を確認した時点で引き返したほうがよかったかなと思いはしたが、今さら気にしても仕方ないのも事実だ。不意打ちじみたご対面となったのは誠に申し訳ないが、せめて失礼のないように対応しよう。
「さくらさんのご家族の方ですね? 初めまして。いつもさくらさんにはお世話になっています。アーニャの演者を務める真白ゆかりと申します」
「あっ、いえっ、こちらこそなんて言うか、娘が、そのっ、お世話になって……」
母親らしき女性はよほど慌てているのかしどろもどろになって、父親らしき男性と弟さんらしき男の子(と言ってもわたしより年上だ)はまるで金縛りに遭ったかのように立ち尽くし──さくらちゃんが何か言いかけた、そんなときだった。
「もうっ、お母さんもしっかりして? 有名人に会えて緊張するのは分かるけど、ゆかりさんはそんな扱いを望んでないよ?」
そう言って前に出たのはわたしと同年代の女の子だった。
「初めまして、御子柴さくらの妹です。今日は姉と一緒に大勢で押しかけちゃってごめんなさいね」
「ううん、このために建てた家族寮だもん。使ってもらえてむしろ有り難いよ」
限りなく本音でそう言うと、妹さんは「よかった。またあとであらためてご挨拶しますね」と狼狽するご家族の背中を押して笑顔で退場していった。
「さすがさくらの妹だ。長々と挨拶しないあたりもよう分かっとる」
「ホントしっかりしとるわ。あれでさくらの妹とかいまだに信じられんし」
「うん、もう配信も告知してるし、気を遣ってくれたのは間違いないんだろうけど。なんかいいよね、いまの距離感」
アーニャの虚像ばかり大きくなって、わたし自身もそう扱われることに慣れていただけに、あくまでお姉さんの友人に留めた距離感で接してくれたのが新鮮で、もっとよく知りたいって欲張りたくなるが、そちらは配信終了後の楽しみにしておこう。
「とりあえずこっちの準備はできてるから、まずはわたしの部屋で作戦会議と行こうか? Wisperで告知したターニャちゃんのこととか、二人に教師役をお願いするWe X版マイクラの仕様変更とか説明しなきゃいけないこともあるからさ」
「オッケー! 今度はアーニャちゃんたちも一緒にVRでマイクラかぁ……とりあえず配信中に服を脱がんように気をつけんとな」
「あ、それもあったね。みぃちゃんお風呂で裸にならないように気をつけようね」
朗らかに過去のテストプレイにおけるとんでもエピソードを披露する二人に、やっぱりあの子たちに正式な仕様を纏めるようにお願いしといて正解だったかと苦笑する。
さて、そんなワケで残念なお知らせだけど……We X版マインズクラフトでは、仮にVRモードに掛けられたロックを解除してFDVRモードを有効にしても裸にはなれない。というか現実の物理法則はほとんど排除されているらしい。
できるのはあくまでマイクラのシステムで実行できる動作だけで、味覚と嗅覚、そして触覚は未来のFDVR物でも法律によって制限されているのだとか。
そうじゃないとゲームのなかでえちちなことができたり、危険な薬物を体験できちゃうためだそうで……本当に前例がないほどギリギリのプレイのなかで絆を深めた二人には申し訳ないんだけど、まずはその辺りの認識をあらためておきたいので、専門の方々に説明してもらう。
「──以上のように、お二人が体験したテストプレイは開発者であるアレックスや、ターニャたちの想定しないバグのようなもので、現在は修正されているため利用できないのはご理解いただけましたか?」
「まったくアレックスめ。そんなことがあったのに報告すらせんとは……だが二人とも理解したな? 以前のはハッキリと違法な代物だと?」
いつものようにキラリと光る眼鏡と教鞭を装備して、膨大な資料を背景に説明するメイドに続いて、こちらもお姉さんの趣味でメイドの格好をさせられた女の子が念を押すが、暢気に受講する二人組は「『そうなんだぁ』」とまるで堪えた様子はない。
「おい、本気で分かってるのかこいつらは……?」
「うん、さくら完全に理解したよ。ようするに配信中はライブでやったみたいに、ホログラムってヤツに囲まれてマイクラをやるんだよね?」
「んで、以前のようにプレイするのはその後のお楽しみってことでしょ?」
「だからそっちは法律で禁じられるから、以前のようにはプレイできんと……」
「え〜? そんな法律さくら知らないんだけど、みぃちゃんは知ってる?」
「いんや、まったく知らんわ。……みぃちゃんね、あれからずっと気になってニュースを追ってたから断言できるけど、そんな法律はない」
「いや、だからな……」
「な・い・よ・ね?」
「だ、ダメだ……この二人、強いっ……!! おい責任者! 笑ってないでこいつらをなんとかしろッ!!」
ま、見てもらえば判ると思うけど、さくらちゃんのどこまで本気か分からないムーブとみい子さんの笑顔の圧に、一応はFDVR関連の開発者に名を連ねているターニャちゃんは完敗。サーニャも教鞭を投げ捨ててやさぐれそうな勢いだ。
「うん、とりあえずさ……配信中はさくらちゃんの言うようにプレイして、二人が以前に体験したようなFDVR機能は、あとでこっそり楽しむってのはどうかな?」
本当ならわたしも説得に回るべきなんだろうけど、なまじさくらちゃんの口からテストプレイの詳細を聞かされた身としては、ね……。
「あんなに楽しそうにプレイしてたんだもん。二人がこだわるのも分かるし、わたしを誘ったのもその楽しみを共有したいだけだと思うんだけど?」
それでも問題があるかどうか視線で訊ねると、サーニャは諦めたように頭を振るのだった。
「まあ、この時代の管理者はご存知のようにおおらかですからね。ゆかりたちなら悪用はしないでしょうし、ここで存在しない法律に基づいて危険性を指摘しても意味はありませんか。……分かりました。仮に叱られたら、アレックスを通してこの技術を世に出した妹に責任を取らせましょう」
その言葉にターニャちゃんが「わたしか!?」と悲鳴をあげ、フラグメントの二人組が「『やったぜ』」とハイタッチを決める。
「いいねいいね。マイクラも磐田社長のおかげでPC版のサービスが継続したから、建築の設計図を描けるサイトが出来たんだよねぇ。今度はもっと平らな地面を確保して、思いっきり大きな家を建てようよ」
「うわぁー、みぃちゃんすっごく楽しみ。マイクラって建築も楽しいんだよね。どうせならアーニャ御殿を作ろうよぉ」
どこまでも楽しそうに今後の計画を練る二人に、付き合いきれないとばかりにターニャちゃんが頭を抱える。
「おい、こいつらは本気で大丈夫なのか?」
「うん、この二人はまだ大丈夫だよ。悪いことをするならするで、ちゃんと事前にやっていいか訊いてくれるからね」
そういう意味で言うなら、こちらに向かって全力ダッシュをしているはずの今ひとりの共演者のほうが危険だ。
とにかく何をしでかすか予測がつかないし、仮に理解を示して引き下がってくれても油断できない──そういう怖さが社畜ネキさんにはある。
よって、間違ってもFDVR関連の秘密を口外しないように、みい子さんとさくらちゃんを納得させる必要もあったのだが、どうやら間に合わなかったようだ。
コンコンっていうノックの音がその刻限が尽きたことを報せる。どうぞと答えると、顔を覗かせたのはやはりこの女性だった。
「お・ま・た・せ、アーニャたん。お姉さんね、タクシーに乗ってるとき以外この暑さで全力ダッシュよ。2時までまだちょっと時間があるから、シャワー借りてもいい?」
豪快にシャツの前をはだけながら、こちらににじり寄る女性が誰か本能で察したのだろうか。ターニャちゃんが机に突っ伏して「どうすんだこれ」と絶望の声をあげた。
「シャワーならわたしの部屋に備え付けのがあるから、そちらで良ければ使って構いませんが、配信中は服はちゃんと着てくださいね海音さん」
「はぁーい、いつものようにパンイチで配信したりしないからそこは安心して? ところで一緒に入ろうかって訊いてもいいかな?」
京都のスタジオで生放送が終わるなり駆けつけてきた、社畜ネキこと蛍崎海音さんの登場に、事態はますます混迷を深めるのだった……。




