幕間『御子柴さくらと谷町みい子のマ◯クラ奮闘記 〜最後にこれを配信でやったら放送事故じゃ済まないよねと、歌姫は密かに戦慄する〜』
??????(マイクラ生活14日目)
不幸な事件のあった洞窟を大きく迂回して、さらなる地下を目指して掘り進めた螺旋階段はほどなく深層岩のエリアに到達し、やがて人力では破壊不可能な岩盤にぶち当たった。
そこから高さにして5ブロックほど上に戻り、採掘場の拠点となる7×6マスの広間を構築する。ベッドや保管庫、作業台やかまど、たいまつなど設置した御子柴さくらは、判別しやすいように階段出口の延長線上となる広間の先に、高さ2マス、奥行き60マスほどの坑道を掘り抜くと、相方である谷町みい子に効率的な採掘を提案した。
「ここをね、みぃちゃんは右、さくらは左を50マスくらい掘ったらね、入り口に近い方の壁を3マス掘って、そこからこっちに向かってもどってくるの」
これで高さ2マスと天井1マス、幅6マス、奥行き50マスの計700ブロックをチェックできる。この手順を二人で行うことで1400ブロック。10往復で14000ブロックをチェックできるので、目当てのダイヤモンド鉱石を見逃すことなく効率的に確保できるはずだ。
「じゃ、ダイヤ以外は大量に持ち込んだ石のツルハシで、ダイヤは鉄のツルハシで掘っていこうね」
「やだ」
だが谷町みい子はこの提案を変わらぬ笑顔のまま断固として拒否した。
「みぃちゃああん」
「なんて言われようとイヤなものはイヤなの。私さくらからゼッタイ離れないからね」
この件に関して議論する気はないと言わんばかりに顔を背ける谷町みい子に、彼女の顔色を窺う御子柴さくらは困惑するばかりだ。なまじ相方がこうなった理由に心当たりがあるだけに強く出られない。
どうやら彼女は自分がクリーパーの爆発に巻き込まれて、目の前でしめやかに爆裂四散したことにトラウマに近いものを抱えるようになったようだ。
おお、ゴウランガ──御子柴さくらは「これゲームなんだけどな」とこっそりため息を吐いた。
実のところゾンビなどの敵対MOBに攻撃されても痛くなかったように、地面に墜落したときも『御子柴さくらは高い所から落ちて死んだ』というポップアップメッセージが表示され、淡々とリスポーン地点に移動させられただけだったので、当人はまるで気にしていないのだが。
まぁ落としたアイテムの回収ができなかったことは痛手と言えるが、それとて過去の経験からマグマダイブによる全ロスを警戒していたため、大したものは持ち込んでいなかった。
数本の石のツルハシと一スタックのたいまつ。その程度の被害でここまで来れたのだから万々歳。御子柴さくらはそう考え、ゲーム内の死亡を過剰に警戒する谷町みい子をどう説得したものかと頭を悩ませた。
「みぃちゃんはそう言うけど、さくら結構ね、みぃちゃんの見てないところで死んでるんだよ?」
「えっ!?」
「ほら、みぃちゃんの服……革なら黒じゃなきゃやだって言ったじゃん? そのときにね、さくら染料の元になるイカ墨を集めるために海に潜ったら、槍を持ったゾンビに攻撃されて、三回くらい死んでるんだよね」
それは想像すらしないことだったのか、谷町みい子は明らかに気勢を失って弱々しく応じた。
「ごめん、そんなことになってただなんて想像もしなかった。本当にごめん……私の我侭でさくらを危険な目に遭わせて……」
「いいよ、ゲームだもん。死んだってへっちゃらだよ」
「そうだね、さくらの言う通りなのかもしれない。でもね……みぃちゃんやっぱりイヤなの。私さくらを死なせたくない。だから一緒に居させてっていうのも、我侭になるのかな……?」
己の死をゲーム内の出来事と割り切る少女と、割り切れない女性が折り合うのは、やはり時間がかかりそうだった。
純粋に自分のことを評価して一目置くようになり、気にかけてくれるようになったことは有り難いことだ。だがこれはちょっとやりすぎではないかと思うのだ。
気のおけない同期からゲーム内の師弟のような関係になり,友人同士の関係になれたのはいいが……昨夜は危うくその先に進みかけ、いまや谷町みい子は自分に依存しようとしている。
そのことを漠然と察しながらも、御子柴さくらに気難しい友人を遠ざけるという発想はなかった。触れ合う唇と素肌の感触を思い出すのは気恥ずかしいが、この美しくも気高い年上の女性が示した親愛を踏み躙るのは、やはり耐え難いものがあるのだ。
(こんなときアーニャたんならどうするんだろ?)
そんなとき指標となるのは、自身が目標とするあの少女だ。
すでに社畜ネキという厄介なファンを抱えながらも上手く付き合ってる(ように見える)あの娘も、自分たちの見えないところで色々と苦労しているのだろうか……。
その苦労は想像するしかないが、あの娘なら人の嫌がることを無理強いはすまい。
どちらにしろ単独行動をここまで嫌がっているのだから、彼女が慣れるまではもう少し付き合ってもいいはずだ。
多少効率は落ちるが、タイムリミットが決まっているわけでもないのだ。のんびりやっていけばいいかと思い直した少女は、ここ数日で急速に覚えた妥協をこのときも発揮した。
「わかった、一緒にやろうか。さくらが掘るから、みぃちゃんは暗くなったらたいまつを置いて……あとマグマを掘り当てるかもしれないから、そのときは水バケツを使ってね」
「うん、わかった……さくらありがとう」
そうして表面上は笑顔で和解したが、内心では気まずくって仕方なかった。
険悪な雰囲気ではない。それどころかこの世界で一緒になって数日後には、自分に敬意らしきものすら払うようになった。何をするにも自分に意見を求め、その指示を尊重する。そうした姿勢はいまも変わらず、なんだかんだと親しくなった女性は有り難いことに本音で話してくれるようにもなった。
そのことは純粋に嬉しい。だからこそもっと対等の関係になりたいと願わずにはいられない。
もう白状しよう。自分はこの女性をクラスの友人たちよりも好きになった。だからもっと自由に気兼ねなく遊びたいと思ったのだ。
だが、その為にはやはり……。
「谷町も一度死んでみるか?」
「えっ……さくらを死なせたことを死んで償えって言うならそうするけど?」
「違ぁああう! どうしてそうなる!?」
一心不乱に石のツルハシを振るいながらもジト目を向けて、御子柴さくらはとうとう観念して洗いざらいぶち撒けた。
「聞いて驚け。さくらはここ数年、友達と遊びに出かけた記憶がない」
「うん、ぼっちなんだよね。それぐらい見りゃ判るし」
「ぼっちじゃねぇ! いいから黙って聞けや!!」
ハイハイと適当にあしらう姿に、やっぱりこいつムカつくなと思いながらも自分の結論は変えなかった。
「とにかく、さくらは嫌なんだよ……谷町に気を使われるのが。違うだろ、そうじゃないだろ。もちろんムカつくこともあるけど、谷町は仲間としても頼もしいし、相方としても相性バッチリだし、友達としても嫌いじゃないから、ようするに好きってことなんだよ! 分かれよ、それぐらい……!!」
御子柴さくらが魂の咆哮を放ったとき、谷町みい子の理解は少し遅れた。なに言ってんだコイツという顔が驚きに塗り替えられ、そして鮮やかな朱に染まった。
「だから、その、なんだ……そんなに遠慮すんなよ。もっと振り回せよ。迷惑なんざいくらでも掛けていいんだよ、友達なんだから……」
そうした相方の反応を目の当たりにしているうちに自分まで恥ずかしくなったのか、赤面した少女はブツブツと口にしながら振り向き、ツルハシを振るって採掘を再開する。
「まぁね……余計なことも言ったような気がするけど、ようするにさくらはね、みぃちゃんともっと楽しく遊びたいんだよ。アーニャたんも言ってるじゃん。せっかく面白いゲームが目の前にあるのに楽しめないのは損だって……」
「うん……アーニャちゃんならそう言うよね……」
「みぃちゃんもさ、さくらにムカついたらその斧で頭をかち割って、何すんだよってもどってきたら指をさして笑えばいいんだ。……なぜって、マイクラはそういうゲームだからさ」
「わぁ……マイクラって野蛮なゲームなんだね」
「元はコテコテの洋ゲーだからな。ジー・ティー・エーって知ってるか? ギャングになってブイブイ言わせて、警察にミサイルを撃ち込むゲームがあるんだぞ。楽しいぞ。元の世界にもどったら一緒に遊ぼうぜ」
実際にしようとは思わないが、ゲームならそれもありだ。そしてどうせやるならつまらないことは気にせず、この年上の友人と頭を空っぽにして楽しみたい。
「だからさ、さくらは昨日くらいがいいんだ。あれくらい遠慮なくどつき回されたほうが楽しいよ。楽しいんだよ、みぃちゃん」
口調こそ変わらないものの切実に訴えるその言葉に、谷町みい子はバツが悪そうに頭を掻いた。
「あー……今日は謝ってばかりだけど、最後にもう一回だけ言わせて? ごめん、いつの間にかアンタとの関係を見誤ってたわ」
そうだ。親切にしてもらったことに感謝するのは人間として当然でも、自分たちの関係とは分けて考えないといけない。
谷町みい子にとって御子柴さくらは同期の仲間であり、頼りになる先輩プレイヤーではあっても、師匠でもなければ保護者でもなく、ましてや自身の所有物でもない。そこを見誤った。
「まあ谷町とはね、ビジネスくらいの関係でちょうどいいんだよ。さくらがボケ役で、みぃちゃんがツッコミ役。相性は悪くないし、海千山千の同期たちに対抗するために、利害が一致したから手を組んだってぐらいの関係でさ」
「そうだね、それぐらいでちょうどいいね」
そう言って笑い合った二人は、だが一番大事なことを口にしなかった。
むしろなぜ口にする必要があるのか。この二週間あまりの時間で育んだ友誼は本物であり、いちいち口に出して確認するのは照れくさいにもほどがある……。
「よぉーし、それじゃあ言わせてもらうぞ! 谷町サボるな! たいまつはもう少しこまめに置け! モンスターが湧いたらどうする気だ!!」
「そっちこそ前見ろバカッ! それって溶岩なんじゃないの!?」
「あっちゅ! あっちゅ!!」
「あぁああ! このっ馬鹿さくらぁあああ!!」
うっかり掘り当てた溶岩の処理が遅れて阿鼻叫喚の惨状になろうとも、彼女たちは変わらずケンカ仲間であり、タッグパートナーで在り続けた。
そうしてさらに五日ほど経ち、地底から帰還した二人の装いは一変していた。
一人は北欧神話の戦乙女のように。一人は太古の原典に登場するコッズアイテムのように。
その全身をダイヤモンドの装備で固めた二人組は、拠点の自宅に帰還する道すがら、群がるモンスターを苦もなく殲滅して不敵に笑うのだった。
「んー、強くなったねぇウチらも……うーん、この手ごたえ気持ちいい〜!」
「まあ最強装備だからね。盾もあるし、もうゾンビだスケルトンだのは敵じゃないよ。でもな谷町……さくらたちはまだ強くなるぞ?」
「まだこの先があるんですか先生?」
「うん、溜め込んだ革と紙を使って本を作ったら、本棚と司書台が作れる。目指すは修繕、耐久力、ダメージ増加とダメージ軽減。全部揃えばさくらたちは無敵だ」
すでに効率的な採掘の最中に地図を作り、次なる狩場には目星をつけてある。不思議なものだが、この世界の地図は地下深くを探索しても地上の景色が描き込まれる。この距離なら引越しは不要。ダイヤモンドのツルハシで黒曜石も相当数確保した。
「自宅にもどって準備したらすぐに向かうぞ。遠慮は無用。逆らうヤツは皆殺しだ」
「ヒャッハー! 汚物は消毒だぁー!!」
久しぶりの地上で開放感のあまりハイになったのか、彼女たちは物騒な掛け声を挙げてクリーパーに襲いかかった。
二人揃っての全力ダッシュからのジャンプ斬り。怨敵退散。因果応報とばかりに吹き飛ばされたクリーパーは、自慢の爆発を阻止されて露に消えた。
「うわぁー気持ちいい! フラグメント最高!!」
「みぃちゃん見て見て、向こうにスケルトンがいるよ! 弓も欲しいからあいつもぶっ殺そうぜ!!」
そんな徹夜明けのハイテンションで拠点周辺のモンスター殲滅して、自宅で最低限の補充だけした二人は地図に記された村に向かったが……こんな二人を迎えることになった村人たちは堪ったものではなかった。
「おぉ〜、いいね、いいね。畑にじゃがいもとニンジン、ビートルードがフルコンプじゃん。これでさくらたちのご飯がもっと豪華になるよ」
「見て見てさくらぁ! みぃちゃん保管庫からダイヤと鉄を見つけちゃった! これ貰っちゃっていいんだよね?」
「うん、いいに決まってるじゃん。……あ、チェストを荒らすのはいいけど、ついでにベッドと職業ブロックも回収しといて? 鍛治台とか溶鉱炉とかそういうのね!?」
「もうそれっぽいのは根こそぎ回収したわ。あと鐘みたいのも」
「おーっ、さっすがみぃちゃん! 話が早くて助かるよぉ〜!!」
「えへへ、もっと褒めて、もっと褒めてぇ……」
仲良きことは美しき哉──しかしやっていることは蛮族の略奪と変わらない。寝床と同時に職業を奪われた村人たちは、そこはかとなく困り果てているようでもあった。
「それでこの辺の開けたところにベッドを並べればいいんだっけ?」
「うん、さくらはゾンビが入ってこれないように柵で囲って湧き潰しをしとくね。夜になったら村人が集まってくるから、そうしたらベッドの前に司書台を置こうね」
「わぁ〜い、司書ガチャだ司書ガチャぁ」
ルンルン気分で寝床に群がる村人たちを監禁して、ついでに『フラグメントのマネージャー養成所』と書かれた看板も立てる鬼畜ぶり。
睡眠中だというのに職に就かされた村人たちは、柵の上に設置された鐘を鳴らされる音で跳ね起きる。
「オラァ、フラグメントじゃ!!」
「ハロぉ〜? エンチャント本寄越せコラ!?」
そうして始まるのはカツアゲじみた持ち物検査だ。目当てのアイテムを持っていない村人の職業ブロックは速やかに壊され、再設置によって取引項目を一新される。
「コイツもハズレ。コイツは……むっ、シルクタッチがエメラルド8個か。よし、一旦保留で、その次は……キタァー! 目当ての修繕がエメラルド5個だ!」
「こっちもダメージ増加Ⅴを持ってた! エメラルド26個と交換だって!!」
「でかした! 手持ちの紙を取引してエメラルドと交換して、取引内容を確定しちゃって!!」
「おっけぇー! さて、こいつは……ねぇ、さくら。ダメージ軽減ってⅣで最高なんだっけ? エメラルド20で出てるけど?」
「うんそうだよ! こっちも耐久力Ⅲがエメラルド11で出た! やったよみぃちゃん、これでウチら最強になるよ!!」
「やったぁー! さくら大好きぃー!!」
思わず抱き合って喜んだ二人は、さっそく大量に溜め込んだ紙の取引を済ませ、目当てのエンチャントアイテムを購入したが、やはり全てを確保するには至らなかった。
「んー、修繕10個に、ダメージ増加2個、ダメージ軽減8個は揃ったけど、他のものは買えないか……」
「まぁそっちはあとで揃えればいいよ。一度自宅にもどって持ち物を整理してから考えよう」
「うん、わかった。じゃあね、村人さんたち、また来るよー」
その言葉に村人たちの視線が「自分たちも家に帰っていいですかね」と訴えているように思えたのは、たぶん気のせいだ。
柵の上に置いたカーペットに飛び乗れるのはプレイヤーの特権であり、村人たちはこの場に隔離されたままだ。意気揚々と引き上げる二人組を見送る村人たちがどう思ったかは、余人の想像が及ぶところではなかった……。
最強装備と最強エンチャントという特大の戦果に喜び、ホクホク顔で帰還した彼女たちが六日ぶりの自宅で何をやったかのというと、まずは真っ先に入浴だった。
「んんっー、生き返るぅ! モーモーさんのお乳も美味しいーっ!!」
なにがモーモーさんのお乳なんだか、と笑みがこぼれる。直前まではっちゃけぶりをそのままに、幼児退行した女性はバスタブとして使っている丸石の階段に腰掛けて、前も隠さず手にしたコップの中身をあおる。
以前は胸が小さいと揶揄ったこともあったが、見事なまでに節制されて引き締まった肢体をこう明け透けに見せられては白旗を掲げるしかない。
「みぃちゃん、アーニャたんの配信で胸が小さいって言ってごめんね。きれいだよ。みぃちゃんのカラダは」
「ふふ、ありがと。そう思ったら包み隠さず白状しろって言ったのは私だけどさ……あらためて言われると照れくさいものがあるよね」
「じゃあ言わないようにする?」
「ううん、もっと言って……さくらも可愛いよ。みぃちゃん大好き」
「あ゛ぁっ、照れクセェー!! やっぱりヤメヤメ、もうやめようみぃちゃん、さくら恥ずかしいよ……」
恥ずかしいと言ったのは可愛いと褒められたからだろうか。それとも片膝を抱える刺激的な格好だろうか。谷町みい子は相方の少女をからかって一通り満足すると、湯の中に身を沈めて顔を洗った。
「不思議なものだよね。あんなに長いこと地下で穴掘りしたらさ、もっと真っ黒に汚れそうなものなのに、そうならないのは……まあ、ゲームだからってことなんだろうけど……その割にはお風呂で湯に浸かると生き返るんだよね。本当にどうなってるんだろうね。この世界はさ……」
もはやゲームの世界に取り込まれたという結論は動かし難いが、この現実感はどうしたことだろうか。
伐採の途中で放置した樫の木が宙に浮いたままだという、ゲーム特有のご都合主義的な部分に目を瞑れば五感がほぼ十全に機能するこの世界は、手にした牛乳のほのかな香りすら伝えてくる。
ここは本当にゲームの世界なのだろうかと、谷町みい子はあらためて疑問に思った。
「なんかアレだね、ハンターのGIみたいだよね」
「……どんな漫画なの?」
ふと興味を覚えて訊ねると、オタク知識を披露した少女は相方が一般人であることを思い出し、軽く赤面すると解りやすく翻訳してくれた。
「ええとね、今のさくらたちみたいにゲームを直に体験できるって触れ込みなんだけど、実際には実在の世界に作られた場所に飛ばされてたってオチだったの。だからさくらたちも似たような経験をしてるのかなって……」
「だとしたら私たちを拉致した敵は、最低でも重力操作ができることになるな」
「なるね。いったいどこのサーニャたんだろ……」
二人して宙に浮かんだままの微動だにしない木々を眺めて出した結論に戦慄する。
ネットのウワサ話を参考にするまでもなく、たしかにあのトンデモ博士ならアニメや漫画のような、先進的なVR空間の構築くらいお手のものだろうが、仮にもアーニャの後輩である自分たちに何の説明もせずに巻き込むとは思えない。
いや、むしろあの悪戯好きのメイドなら、この光景をニヤニヤと見守ることもあり得るのか……?
「あー、ヤメヤメ! こんな話をしたら次にサーニャちゃんに会ったとき、どんな顔したらいいのか分からなくなるぅ……!!」
「うん、そうだね……そうじゃないことを祈ろう……」
どっちにしろ手掛かり一つない現状では、この世界の考察にも限界がある。不毛な議論をするくらいなら、もっと有意義なことに時間を使いたいものだ。
「ところでみぃちゃん、マイクラ面白い?」
「すっごく面白い! みぃちゃんもう完全にハマってるけど……」
「けど?」
勿体つけたわけじゃないだろうが、ひどく続きが気になって訊ねると、彼女はニンマリとした笑みを浮かべて身を寄せてきた。
「……みぃちゃん?」
その笑みに不吉なものを感じて後退りするも、それほど広くない浴槽に逃げ場などなく、御子柴さくらの進退はすぐに窮まった。
「けどね、それはさくらと一緒だから……私一人じゃこのゲームを手に取ろうとも思わないし、仮にやったとしても何をしたらいいのか判らなくて、すぐに投げ出していたと思うな」
追い詰められたネズミのように身を竦ませる少女にそう語りかけた谷町みい子は、そこで満足したように悪戯っぽく微笑って──。
「キスされると思った?」
「……思った」
からかわれたことに気がついた少女は憮然と答えるが、油断するのは少し早かったようだ。
その不意打ちは実に効果的で、赤面する少女を解放して舌なめずりをした女性は、ふたたび湯のなかに身を沈めると少しだけ照れくさそうに笑うのだった。
「まあこのゲームって自由度が高すぎて、初心者お断りみたいなところがあるでしょ? だから私一人じゃ、何が楽しいのか分からないで辞めちゃっただろうなって話よ」
「いいけど……いちいちさくらの純情を弄ぶのはやめてもらっていいですかね?」
「いいじゃん。二度目なんだし、そんなに目くじら立てなくっても……さくらだって本気で嫌がってるワケじゃないでしょ? もしそうならみぃちゃん悲しいな」
さすがにいまのは悪戯の範囲を超えていると抗議するも、実にあっけらかんと一蹴される。
思春期の少女にとって四歳の年齢差は思いのほか大きく、このところ翻弄されっぱなしのさくらは一抹の悔しさとともに、敵わないなと自身の相方に微笑み返すのだった。
「ところでこのゲームってパソコンでも遊べるんだよね? だったら研修が終わったらさ、一緒にこのゲームを紹介していこうよ。こんないいゲームが埋もれるのは勿体無いし、これってすごいアドバンテージになると思わない?」
そんな甘酸っぱい雰囲気のなか、その元凶たる小悪魔が行ったのは至極まともな提案だったが、ドキドキと胸を高鳴らせる少女はどこか残念そうにこう答えるのだった。
「ええとね……さくらの記憶違いじゃなきゃ、このゲームは今年いっぱいでサービス終了しちゃうの。みぃちゃんの言うように初心者ウケしなかったから、思うように売れなくてサーバーを維持するのが困難だって言ってた」
「それは……なんていうか勿体無いわね」
「うん、さくらもそう思うから、アーニャたんに頼んでみる? このゲームの会社が潰れそうだから宣伝してくれって」
「うーん、3Gがすごい売れたって聞いたし、アーニャちゃんなら効果覿面だろうけどさぁ……仕方ない。潰れてからじゃ遅いし、帰ったら頼んでみようか? 本当はうちらの配信でバズらせたかったんだけどねぇ……」
これでまたデビュー後の戦略を練り直さないといけない。いいアイデアだと思ったがなかなか思うようにならないと、谷町みい子は若干悔しそうだ。
そんな相方を御子柴さくらは素直にすごいと思った。自分は隠れた名作であるこのゲームの魅力を知っていても、それを活かそうとは思わなかった。そういう意味でも自分にないものを持っているこの女性とのコンビは魅力的だ。
「だったらアーニャたんじゃなくて磐田社長に相談してみる? すごく面白いゲームを見つけたんだけど会社が潰れそうだから何とかしてくれって、うちらの手柄を強調してさ」
「おっ、いいねさくら。それくらい貪欲のほうが相方として頼もしいよ。んー、フラグメント最高ぉ」
どちらも悪い顔してやがんなコイツと思いながらも、そのことに満足した二人は、ほぼ同時に「さて」と立ち上がった。
「もうすぐお昼になるけど、今日はどうするのさくら?」
「一応このゲームって寝なくてもペナルティはないけど、昨日は徹夜しちゃったし、疲れてるって感じてるんだったら今日は軽めにして、早めに休むのもありかなって思ってるんだけど……」
「んー、あんま疲れてるって感じはしないんだけど、無理をしてもろくなことにならないのは学習したからね。今日は持ち物を整理したり明日の予習をしておこうか」
「そうだね。それじゃあ身体を拭いて服を着たら畑も広げてみよう。じゃがいもとニンジンを植えたいんだよね」
「あー、そっちもあったか。じゃがいもはともかくニンジンなぁ……」
「みぃちゃんニンジン嫌いなの?」
「好きではない……けど、嫌いだなんて言ったら、好き嫌いすんなって言われそうだからね。食べるよ。喜んで食べます」
「まあニンジンはね、さくらもあまり好きじゃないし、シチューの具にするくらいしか思いつかないから、お互いに頑張ろうね」
「うん、ありがとう……みぃちゃん頑張るよ」
気がつけば自分の弱みすら当たり前のように晒せるようになった。虚勢はなく、過度の依存もなければあくまで自然体で。好きなことや楽しいことだけではなく、嫌いなことや苦手なことまでさらけ出せるようになったことが何よりも嬉しいと、二人の笑顔が物語っている。
「それじゃあ裸で突っ立ってるのもなんだし、そろそろ出ようか。忘れ物ないよね?」
「ないよ。はいタオル」
「ア゛ア゛ッ!?」
と、ちょうどそのタイミング二人の間を横切るものがあった。
「『は……?』」
2頭のラマを引き連れた青い衣の行商人は、無遠慮に生まれたままの姿の少女たちの間に割り込み、下品に痰を吐き捨てた。
そんな行商人に二人だけの時間を邪魔された二人は瞬時に武装し,にっこりと微笑むと即席の裁判を開始した。
「えー、それでは検察のさくらさんはこいつの罪状を述べてください」
「はい裁判長! こいつはさくらたちのお風呂に侵入して、さくらたちの裸を見ながらかぁーペッてしやがりましたがどう思いますかね?」
「うーん、死刑で」
その行商人がどう処されたかはここでは語らない。だが温厚なことで知られるとある未来の猫系VTuberが、作業の邪魔だという理由で排除しようとしたほどのマイクラ界一の迷惑MOBだ。後に2頭のラマが彼女たちの家畜小屋に繋がれたことが、その答えなのだろう……。
??????(マイクラ生活21日目)
昨日は予想外のアクシデントで露天風呂を作り直すことになった二人だったが、今朝は気分を一新して元気にラジオ体操から開始した。朝食は余った野菜を活用して、鶏肉とじゃがいも、ニンジンのあやしくないホワイトシチューをでっちあげてみたが、これがなかなかの味だ。
「なんか最近ね、こっちの生活が充実しすぎて、もう帰れなくてもいいかなっ思ったりもするんだよね」
「わかる。だって毎日楽しいんだもん。ご飯も美味しいしさ」
贅沢にカリカリのベーコンエッグを乗せた焼きたての食パンに齧り付きながら、さくらは熱心に応じる。
食事ひとつとっても融通の利くこの世界なら組み合わせは無限大だ。ビートルードもあるし、今夜は世界三大スープの一つといわれるボルシチに挑戦してみるのもいいかもしれない。
「お風呂もさ、災い転じて福となすの精神でメッチャ豪華に作り直したし、ラマも手に入ったからさ。……まぁあの行商人は許さんけども」
「うん、ラマ可愛いよね。チェストも付けられるし、お風呂にもお花を飾ったからめっちゃいい匂いする。……まぁあの行商人は許さんけどな」
今度は自宅から専用の通路を使わなければ出入りできないようにしたが、やはり乙女の自尊心を傷つけた罪はあまりに重い。
自分たちの裸を見て痰を吐くってなんじゃい。地獄でウチらに詫び続けろ行商人とばかりに憤る。
「ま、イヤなことは忘れるとして……今日は装備をエンチャントするんだっけ? 本を使おうとしてもできなかったけど、どうやってやるのか訊いてもいい?」
「うん。エンチャントはね、金床に装備とエンチャントの本をセットして強化するんだよ」
実際に金床を設置してみせた少女は上機嫌に実演する。
「強化にはね、経験値を消費するの。ほら、敵を倒すと丸っこい緑のヤツがドロップするよね? アレを集めてレベルが上がるとティロリーンって音がするんだけど、最初の強化は1レベル分、次の強化は2レベルくらいと 装備一つにつきだいたい10レベル分くらいの経験値が必要になるの」
「なるほどねぇ……アレにはそういう意味があったのか。そうなるとウチらのやることは一つしかないね」
「うん、近くの洞窟を残しといたのもこのためなんだ。まずは付けられるだけエンチャントを付けて、残りは金床をもって洞窟のなかで強化しよう。低レベル帯なら一瞬でレベルが上がるからそんなに苦労しないよ」
「オッケー、まずは何から付けたほうがいい?」
「最初は修繕一択。これね、耐久値が減ってるとね、経験値を拾ったときに回復するの」
「えっ? それって無限に使いまわせるってこと?」
「うん、そうだよ。で、その次は斧にダメージ増加Ⅴを付けて、防具にはダメージ減少Ⅳを付けるの。これで斧がますます強くなるし、防具全部にダメージ減少Ⅳを付けると、被ダメがだいたい3分の1くらいに減るんだよね」
「無敵じゃん! あーっ、フラグメント最高ぉ!!」
「あ、あと名前もつけられるよ。みぃちゃんのサイコアックスみたく」
「マジで? やばい、どんな名前を付けたらいいのか全然思い浮かばない……」
「まあ、名前はあとでいくらでもつけ直せるから……最後に今回は買えなかったけど、耐久力Ⅲを付ければだいたい完成。本当はシルクタッチと幸運Ⅲの司書もいるから、斧にシルクタッチを付けて、ツルハシにも幸運を付けたいんだけどね」
「うーん、悩むね……本当に悩ませてくれるよ、このゲームは……」
「そうだよね。建築ひとつとってもさ、ブロックの置き方で受ける印象がまるで違うし……でもそんなところが楽しいんだよね、みぃちゃん」
「うん、私さくらと一緒にこのゲームができて本当に幸せ……」
「またオマエはそんなことを……まぁ頑張ろうよ、みぃちゃん。これからも一緒にさ」
「はいはい。一緒に頑張ろうね、さくら」
朝食も終わり、今後の方針もまとめた二人は笑顔で立ち上がる。そんなときだった。
「あれ?」
その声に驚いて振り返った二人の視線の先には村人ではなく、もちろん行商人でもない角張った人物が自分たち以上に驚いていた。
二人にはない名前も頭上に表示されて、そこには『iwacchi』というアルファベットが綴られている。マルチプレイも経験済みの少女は、ならば目の前の人物もマイクラのプレイヤーかと驚き、同時に安心もするのだった。
ワールド生成時のリスポーン地点に拠点を構えたのは、決して狙ってのことではなかったが……こうして後発のプレイヤーと出会え、閉ざされた世界ではないと証明されたのは大きかった。
「お二人はRe:liveの谷町みい子さんと御子柴さくらですよね? どうしてアバターも設定せず現実世界の姿でここに……? おーい、アレックス君! これはどういうことか説明してもらえるかな?」
「はいはぁーい……ええっ!? す、すすすすみません! どうやら将来的に招待する予定の方々のパーソナルデータを入力したときに、お二人の紐付けを解除するのを忘れていたようです、磐田社長……」
「おいおい……」
そんな会話を耳にした二人は顔を見合わせて溜め息を吐くしかなかった。
まず自分たちの目の前に現れたのはN社の磐田社長であることと、そして自分たちが内緒のテストプレイに巻き込まれたこと……そしてこのアレックス君とやらがかなりのおっちょこちょいであることは間違いないようで、磐田肇が責任者として平身低頭するのも道理だ。
「本当に申し訳ない! こちらの手違いでお二人には大変なご迷惑を……!!」
「あ、別に迷惑ってほどじゃないんで……おかげでいい思いをさせてもらったよね、さくら」
「うん、みぃちゃん。すっごく楽しいよね、マイクラってさ」
「うわっ、それは羨ましいですね……実は私、つい先程まで仕事に追われておりまして、こちらにログインするのが楽しみで楽しみで仕方なかったんですよね」
だというのゲームの話になった途端に子供のように目を輝かせる磐田の姿に、二人の考えは一致した。
この様子なら向こうでもそんなに時間は経ってないだろうし、まさか帰れないということもないだろう。
ならばやるべきことは一つしかない。
「そういうことなら磐田社長も私たちと一緒に遊ぶっていうのはどうですか? 一人より三人でプレイしたほうが楽しいと思いますけど?」
「うん、ここまで来たら最後までやろうよ。磐っち楽しいよマイクラ」
「ええっ、いいんですか? いやぁ、ご迷惑のかけ通しになりますが、どうかよろしくお願いします」
「はい、その代わりにひとつお願いが……」
「ええ。勿論ひとつと言わず何でもお聞きしますが?」
「うん、磐っちがさ、このゲームを気に入ってくれたらさ……」
◇◆◇
2012年7月20日(土)
「というわけで、内緒のテストプレイに参加したさくらは谷町とフラグメントを結成して、磐田社長をエスコートしてさ……マイクラのことがすっかり気に入った磐田社長は、アーニャたんのファーストライブが終わったらその足でマイクラを作った人たちを口説き落として、こうしてN社の傘下でサービスを継続できるようになったってワケなのよ」
「そうなんだ……うん、貴重な話を聞かせてくれてありがとうね? それじゃあさくらちゃんがこっちに到着するのを待ってるから……」
そんな話を聞かされた真白ゆかりは久しぶりに冷や汗が止まらない気分だった。
何ということだろうか。ライブの前日には何があったのか不思議に思うほど息がピッタリだったけど、まさかそんなことがあっただなんて……。
御子柴さくらに何度も礼を言いながら通話を打ち切った真白ゆかりは、しみじみと嘆息すると、傍の少女たちに困惑しきった顔を向けるのだった。
「また彼ですか。まったくあの粗忽者は……まぁ制作者がこちらの女性では迂闊なのも無理はありませんが」
「おい、なんだその結論は……まるで私に似たように言うな!!」
そんなメイドと珍客の陰険漫才を横目に、真白ゆかりは本当に大丈夫かなとこれからプレイするゲームを危惧する。
非正規の参加者が現実の動作を持ち込むなどかなりカオスな様相を呈したようだが、まあテストプレイの最中だったというし、完成版は服を脱ぐなど放送事故を防げるような仕組みになっていることを祈ろう。
「でも楽しそうだったな……あんなに仲良くなってたし、わたしも参加したかったな」
そんなVTuberならではの心配事に頭を悩ませながらも、真白ゆかりは一緒に遊ぶことになりそうな友人たちの顔を思い浮かべて、ひとり微笑むのだった。
途中で強引にでも打ち切らないと延々続きそうなのでこういうオチになりましたが、今回でマイクラ短編は一応の終了となります。
というかガールズラブのタグを登録するように指摘されてからの作中描写がかなり際どいことに。
いかん、このままでは作者の性癖がバレそうだし、もう少し控えめにしないと……。




