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転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?  作者: 蘇芳ありさ
第四章『VTuber躍進編』
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第八曲、歌姫は高らかと舞い降りて人類を讃歌し、闇はしばし潜伏する






2011年12月17日(日本時間20:15)



 場所は東京都内の台東区。小洒落た賃貸マンションの一室にその住居はあった。


 掲げられた表札に谷町と書かれていることから判るように、ここはRe:liveの1期生・谷町みい子が利用する賃貸物件であった。


 現在、彼女はアーニャのライブに同行しているため──それがなくてもVTuberとして研修を受けるために京都にあるRe:live本社に向かい、入寮予定であることから本人は不在だったが、室内に誰もいないかというとそんなことはなく、可愛らしいぬいぐるみがそこかしこに鎮座するリビングには、一人の女性がテレビの画面に釘付けだった。


 谷町みい子とよく似た顔立ちの、それでいて落ち着いた雰囲気のうら若い女性が食い入るように見つめるのは、日本の公共放送であるNNNが中継するアーニャのファーストライブだ。


 会場でマナーの悪さを指摘され事実上締め出された民放各社は、懲りずにYTubeの公式配信を無断借用して対抗したが、やはり生中継の旨味には勝てず、NNNの国内視聴率は84.9パーセントという驚異的な数字を叩き出した。


 世界最高峰のコンサートホールと楽団の迫力は凄まじく、それに合わせて天井知らずに高まっていくアーニャの歌声が包み込む会場の熱気は、まるで自分がそこにいるかのように肌を粟立たせる。


「さっすがアーニャちゃん、すっご……こりゃみぃちゃんも執着するわけだわ」


 妹を通して普通の人より音楽というものを知っているつもりだっただけに、もはや素直に感心するやら異次元のライブに呆れるやら、とにかくため息しか出てきそうにない。


 一曲目の『祈り、そして再会』もそうだが、二曲目の『黎明少女』も以前とは比べ物にならないほど進化している。


 歌自体の完成度はもとから高く、あの自信家で負けず嫌いの妹が絶句するレベルにあったことは理解しているが、個人宅でのエレクトーンの演奏と今回では下地となるものが違うのだろう。


 きちんとした音響設備を備えたコンサートホールで、世界的に有名な楽団によるオーケストラの演奏に合わせ、世紀の歌姫は底知れない実力をますます発揮していく。


 その現状たるや、以前の配信が学芸会のお遊戯にしか思えないほどで、純粋なファンではないこの女性としては内心気が気でなかった。


「ここで妹も歌うわけか……みぃちゃん大丈夫かな? 緊張のあまり転んだりしなきゃいいんだけど」


 思わず心配になってスマホでメッセージを送信する。


 折り返しのメッセージはすぐに返ってきた。お姉ちゃんいつもありがとう。みぃちゃん頑張るからねという柔らかい文面に、気難しい妹がいつになく上機嫌であることを知って口元が弛む。


「こんなメール一つで嬉しくなっちゃうんだから、お姉ちゃんって単純だね」


 でも仕方ないと思うのだ。自分に妹ができると知ったあの日のときめきを忘れるのは無理な相談だ。


 妹と出会えたあの日からずっとあの子の味方をしてきた。ときには反抗されたり冷たくされてへこんだりもしたけど、最後には微笑(わら)って仲直りをしてくれる妹に、アイドルを目指して上京したいと相談されたときだってそうだ。


 新たにこのマンションに引っ越して防音室も設置し、迎え入れた妹にご飯を作ってあげたり、お風呂で頭を洗ってあげようとして「もう子供じゃないんだから!」と怒られたり。お詫びにとっておきのぬいぐるみをプレゼントして、満更でもなさそうにはにかむ妹にほっこりしたり。


 そんな姉としては、天才肌の妹がVTuberに転向すると聞かされたときは複雑なものがあった。


 その頃はアーニャ自身はまだしも、VTuberという枠組み自体はいまほど評価されていたわけではない。VTuberへの転向はかえって道を狭めるだけではないかと心配したが、アイドルの夢を諦めたわけではなさそうなので引き続き応援することにした。


 旅費と生活費を工面して、キャリーケースに洋服その他生活必需品を詰め込み、神社で願掛けしてまで京都に送り出したのが五日前。素直じゃない妹にウザがられもしたが、姉としてはこんなことしかできない自分が不甲斐なくって仕方なかった。


 その後はアーニャの配信で紹介され、専用のテーマソングも寄贈されるという破格の扱いにホッと胸を撫で下ろした。


 もとから粗略な扱いをされるのではと心配していたわけではないが、何しろ相手は世界中の注目を集める歌姫の配信だ。埋もれてしまうのではないかという不安はどうしても残り続けた。


 だから余計に昨夜の配信で成長した妹を目にしたときは胸にくるものがあった。


 ずっと芽が出ず評価されないことに苦しみ、自分の何がダメなんだろうと独りで泣いていたのを知っていただけに、世紀の歌姫に導かれて秘められた才能を開花させる妹の姿に涙が止まらなかった。


「やっぱりいい子だよね、アーニャちゃんは……自分自身もすごいスターなのに、そのことを全然鼻にかけなくて、みぃちゃんの手助けまでしてくれるんだもん」


 彼女の一推しはもちろん妹の箒星みい子だが、もちろんこれは身内だからこそ言えることだ。世間の評価はもちろん、歌手としての力量も妹を歯牙にかけないほど抜きん出ている歌姫が、なぜ妹をここまで引き立てるのか知る由もないが……ただありがとうと、その女性は大事な妹の手を引く少女に感謝するのだった。


「あっ、三曲目はみぃちゃんのテーマソング? えっ? えっ? もうみぃちゃんの出番なの!?」


 テレビの字幕に表示された曲名が「ねぇお姉ちゃん、聞いて聞いて」と上機嫌に報告された妹のテーマソングに変わるのに合わせて、本人の特徴をこれでもかと盛り込んだ3Dの分身が登場する。


 名前を箒星みい子。みぃちゃんと自分が初めてそう呼んだ下の名前をいまも気に入って、VTuberになっても使い続ける可愛い妹がステージで挨拶する。


 えらいこっちゃと両手を合わせた女性は大いなる存在に祈った。神様仏様アーニャ様、どうか妹を見守ってくださいと……。






◇◆◇






 二曲目を歌うころには、これまで漠然と感じていたことが確信に変わりつつあった。


 歌とはやはり合わせるものなのだ。どんな歌声も演奏から外れては意味がない。独りよがりな歌声など騒音と変わらない。それは理解していた。


 でもそれだけじゃない。歌は聴衆の感動に合わせて高めることができる。わたしはそのことをこのライブで学習した。


 熱狂の度合いを高める観客に合わせて高らかと歌い上げると、背後のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏もますます加熱し、いまやこのコンサーホール全体がひとつの生き物として新たな生命を生み出そうとしているようにも感じる。


 夜中に目を覚ましてしまった子供の不安と、握りしめた母の手から得られる安らぎをテーマにした『黎明少女』を歌い終えたわたしは鳴り止まない拍手の中、外から()えないステージにいよいよその女性を迎え入れた。


 次なる三曲目は頑張る女の子の挑戦をテーマにしたものだ。


 曲名をI don't have time to worry(悩んでいるほど暇じゃない)。アイドルVTuber箒星みい子のテーマソングを歌うなら、デュエットの相手はやっぱり本人しか務まらないだろう。


「始めるよ、みぃちゃん」


「うん、アーニャちゃん」


 そうだ。歌は合わせるものだが、それは観客と楽団に限った話ではない。この子も同じところまで引き上げる。そしてより高みを目指して駆け上がるのだ。


 わたしと同様に専用のドレスで彩られたみい子さんの歌手としての力量は、すでに昨夜の配信で証明しており、彼女がこのステージに現れたことを疑問視する観客はいない。


 日本語に英語を織り交ぜたJ-POPの歌声は、観客の大部分を占める外国人にはかなり異質で耳慣れないものだろうに、彼らはそのことに気づかずますます熱狂する。どよめきとなって返ってくる興奮が汗ばむ肌に気持ちいい。


 そうだよみんな、もっと楽しんで。わたしだけじゃない。みんなはこんなにすごいんだよ。そして理解してほしい。わたしたちはただ楽しく歌っているだけだって。


 巷ではわたしたちの影響力が強まっていることを懸念する声もある。中国政府がわたしたちを警戒したのも、無責任に騒乱を煽って混乱をもたらすんじゃないかという不安によるものだとサーニャに教えられた。


 そうした疑念はわたしたちにその気がなくても、そんなことはないと証明するのは容易なことではない。


 司法の世界では、やっていないことを証明できなければ有罪という論法を悪魔の証明と呼ぶそうだが、この場合もそれにあたるのだろう。中国政府とそれに迎合する日本政府に危険人物と疑われたわたしは、そうじゃないと証明することを求められた。


 だからはわたしは未知の証明に挑んだ。疑問の余地がないほどわたしたちを知ってもらう。わたしたちVTuberは自分が楽しいと思うことにしか興味がなく、視聴者と一緒に遊んでいるだけだということを知ってもらうのだ。


 その証明はおそらくわたしが表舞台を去るまで続けるしかない。後世の歴史家がわたしを無害と認定するまでこの闘いを続けるが、決して苦痛というわけでもなかった。


 むしろ大歓迎だ。おかげでこんなに楽しい時間を過ごすことができる。わたしたちが危険な存在というなら、誰でもいいからそのことを証明しほしいくらいだ。


 気がつけばこの合唱(デュエット)も終わり、大きな歓声と万雷の拍手に耳が痛くなるなか、わたしの相方はこの上なく幸せそうに(なみだ)していた。そんなみい子さんを抱きしめてハンカチを渡したら、次は社畜ネキさんたちの番だ。


 今度は合唱ではなく斉唱。社畜ネキさんとぽぷらさん、あずにゃんの四人でこの四曲目を歌いあげる。そのあとはわたしの独唱(ソロ)に戻って、休憩は五曲目が終わってから。それまで頑張ろう。






◇◆◇






 S社の若手幹部である鈴木健太郎は社内では秘密にしているが、商売敵であるN社の公式VTuberであるアーニャの熱心なファンの一人だった。


 そんな男がこの熱狂に飲まれなかったのは彼が仕事で来ているからだ。


 N社とRe:liveとの協議もまとまり、社内に新設されるVTuber事業部の責任者に任ぜられても、彼自身はどこまでも宮仕えのサラリーマンに過ぎない。仕事を放り出して趣味の世界に埋没するなと許されることではない。


 そんなサラリーマン根性によってギリギリ理性を保っている健太郎だったが、のちの苦労を思えばいっそ気絶してしまいたいというのが本音だった。


 磐田社長が自分に紹介したアメリカ合衆国大統領(なぜそんな雲上人を自分に紹介する!)の話によれば、中国政府が自国内におけるYTubeの視聴を容認したことで、世界最大の市場を抱えるあの国でアーニャの知名度が爆発的に広まっているそうだ。


 それに加えて、今回のライブで使われているアレクサンドラ・タカマキ博士謹製の立体映像投影装置を世界各国に無償で供与。主要都市の公共施設に軒並み配備したことからアーニャの存在は一般にも周知され、その影響は直ちに彼女のチャンネル登録者数に反映された。


 アーニャちゃんねるのチャンネル登録者数は一昨日の時点で1600万人。昨日の時点で1900万人だったが、数分前に確認したときは4000万人を超えていて、いまや5000万の大台に達しそうな勢いだった。


 いや、そんな数字は通過点に過ぎない。このライブが終わるころにはどこまで跳ね上がっているか……健太郎は頭を掻きむしりたくなるのを必死に我慢した。最近は抜け毛も治り、頭髪も増加傾向にあるのだ。帰国したら皮膚科を受診して頭皮を労わろう。


 ……無論、この話はアーニャをビジネスモデルの柱に据えるRe:liveにとっては朗報だ。これを見越して立体映像という先端技術の流出を恐れず投資したのだとしたら、その慧眼を讃えるしかない。


 だが健太郎も取り扱うVTuber事業全体のことを考えるのなら、アーニャ一強の状況にますます拍車が掛かるのは歓迎できないものがあるのも事実だ。顧客の誰もがVTuberはアーニャだけで十分と思うようになったら同業他社は廃業の危機だ。


(そのことをどう思っているのか磐田社長から聞き出そうとしたらこれだよ……もうゴールしてもいいんじゃないかな)


 アーニャとのデュエットを成功させた箒星みい子に続いて、今度は社畜ネキ、ぽぷら・ぺこりーな、水城あずさといったRe:live0期生が見事なコーラスで意地を見せる。


 アーニャの歌声はまったく衰えていないことから、彼女に食らいつく0期生の抜きん出た素質には恐れ入るばかりだ。知っていたつもりだったが、彼女たちはコミカルで魅力的なキャラクターというだけで人気を博しているのではない。


 この様子なら他のメンバーはもとより、この展望室に招かれた個性豊かな女性陣もその域にあるのだろうが、しかし磐田社長はどうやってこれほどの逸材を見つけてきたのやら。


 当時まったく無名だった大学教授を口説き落として、世界的な大ヒットとなった『脳コレ』に繋げた前科もある。これは偶然ではないと判断した健太郎は、自社プロダクションを成功に導く有為な人材を集めるためにも果敢に斬り込むのだった。


「いや、参りましたよ、磐田社長があのスレで見つけてきたというRe:liveのVTuberは、どなたもとんでもない才能の持ち主ばかりだ。どうやったら掲示板の書き込みだけでそこまで見極めることができるのか、秘訣があるならぜひご教授願いたいのですが……?」


 あのスレの通説では、すでにネットで大人気の社畜ネキを中心に、面白そうな連中がまとめて狙い撃ちにされたことになっているが、たかが匿名掲示板の書き込み程度でそこまで判断できるだろうかと探りをいれる。


 過去に脳コレを世に送り出したときもそうだが、この磐田肇という天才には優れた人材を見出す何かがある。その一端でも解析できれば対抗の足掛かりになると見込んだその判断は必ずしも間違っていたわけではない。


「秘訣と言っても私は彼女たちの話を聞いただけだよ。面白そうな書き込みを見つけたら過去ログを漁ってね」


 だが健太郎は、残念なことに天才という生き物をよく理解していなかった。磐田肇の背後に控える真白軍平が、気の毒そうな視線でライバル企業の若手幹部を労わる。


「本当にそれだけですか……?」


「いや、人の話を聞くのは基本じゃないか。だから私は彼女たちの書き込みからその為人を推察して、書き込んでるのを見かけたら話を振って、その上で判断しただけだよ。無論、あのスレは流れが早いし過去ログも膨大だったから大変だったけど、当時の私は入院中で時間だけはあったからね。おかげで(はかど)ったよ」


「社長。いまの話は内密にお願いしますよ。社長が入院と称して遊んでいたことを知られたら、株主になんと言われるか……」


 お目付役の腹心に苦言を呈されると、磐田肇は悪戯を咎められた子供のように笑ったが誤魔化そうとする雰囲気はなく、どうやら本当に個人的な嗅覚だけでそれを可能としているようだった。


 もとより最初から期待していたわけではないが、やはり天才の中身は意味不明だ。解析など自分のような凡人には荷が重すぎる。


「…………本当に敵いませんね、磐田社長には」


 そう理解させられた健太郎は、いっそ清々しい気分で白旗を掲げるのだった。


 これは勝てない。とうに判明したいたことではあるけれども、素直に認めて受け入れた敗北は不思議と心地よかった。


「まあ、Re:liveの研修を受けながら契約を望まなかった人材は紹介していただけるという約束ですから、磐田社長には引き続き隠れた逸材を見つけ出してほしいものですが」


 やはりRe:liveの子会社になるかどうかはさておいても、協力関係を維持するのが得策か。


 まだ生まれたばかりのVTuber業界は足りないものばかりだ。ノウハウや人材はもとより、彼らを受け入れる事務所そのものも。磐田肇が自分たちの協力を歓迎するのも受け皿が足りないからだろう。そこに付け入る余地がある。


「そうだね。月曜には一般公募を開始する予定だから忙しくなるよ。サーニャさんに言わせると国内の応募だけでも数百万は覚悟しろって話だから、鈴木さんの協力はこちらにとっても願ってもない話でね。大変だけどゆかりさんのためだ。一緒に頑張って行こうじゃないか」


 だが、日本国内に限定しても数百万規模──その桁外れの数字に健太郎の笑顔が引き攣る。


 多くても十万程度と思っていたのに、ざっとその数十倍か。どれだけ研修生として採用するかどうかはこちらの受け入れ体制次第。そう言われたのに等しいことに気がついて、今年の年末年始は休み無しを覚悟してしばし放心する。


 ああ、五曲目はアーニャたんのソロなのか……癒される。疲れた頭にアーニャたんの歌声が心地いいよ……。


「ちょっと兄さん、何をやってるのよ。アーニャちゃんのライブ、もう前半のプログラムが終わっちゃったわよ」


 そんなことをやっていたら妹に顔をペチペチと叩かれて、健太郎は15分の休憩を告げる館内アナウンスに気がついた。


「っと、悪いなソラ。ちょっと計画の見直しが必要になって考え込んでいたみたいだ」


「いいけど、こんなときに仕事なんて兄さんも大変ね。どっちにしろ帰国するまで手をつけられないんだから、こんなときぐらい楽しんだら? せっかくのライブなのに見逃したら勿体ないわよ」


「ああ、後半はそうさせてもらうさ」


 妹の言う通りだ。こんなときくらい仕事を忘れてアーニャたんのライブを楽しんでもバチは当たらないだろう。


「しかし暑いな……空調は正常に作動しているようだが、まるで真夏のコミケ会場だな」


「まあ、あんなに観客を詰め込んだらね。楽団の人たちもクールダウンに忙しそうだし、アーニャちゃんは大丈夫かな。ずっとステージで歌ってたけど……」


 鈴木健太郎の妹にあたる天城ソラがステージから消えた少女を心配する。


 いかに奇跡の歌姫と呼ばれようとも、アーニャの演者である真白ゆかりはまだ12歳の少女である。肉体的にも精神的にもこの過酷なステージの上に立ち続けることは容易なことではない……。






◇◆◇






 最初は二時間ぶっ通しのライブを考えていたのに休憩時間を導入したのには理由がある。


 ひとつはわたしには必要なくても他の人には必要だろうと判断したからだ。


 観客となるマスコミ関係者や楽団の人たちにはご年配の方も含まれている。そうした人たちのためにもトイレ休憩の時間は設定しておいたほうがいいだろう。


 そしてもうひとつは会場内の気温がかなり高くなると忠告されたからだ。


 季節は冬でも冷房より暖房が必要となるのは最初だけ。コミケさながら人口密度が発する熱気はたしかに予想外だった。そんなに動き回ったつもりはないのにわたしの喉はカラカラで、足腰はフラフラになり、全身は汗でずぶ濡れの状態だ。


 たまらず飛び出してきたサーニャとアーリャに抱えられて楽屋に戻ってきたわたしは、まさに疲労困憊。ぐったりと椅子に腰掛けるのがやっとの有様だった。


「北上はドレスの代わりを! 日向はゆかりさんに水分の補給よ! 急いで!!」


 大声で指示を出して心配そうに覗き込み、ドレスを脱がせて汗を拭く中村さんを横目にスポーツ飲料水を飲ませてもらう。ふぅ、ポカリ美味しい……。


 ふと、一息つけたので室内を見回してみると、琴子さんとあずにゃんが社畜ネキさんの前に両手を広げて「見るな!」と立ちはだかっていたので、なんだかおかしくって笑ってしまった。


 うん、いまのわたしは下着までぐしょ濡れだったから、全部脱がされてすっぽんぽんだしね。社畜ネキさんなら、まあ、気になって仕方ないかな……なんて、ちょっと嬉しくなったりする。


 ああ、そんなことで嬉しくなってしまうあたり、これはちょっと重症かもねと自覚すると、横から心配そうなサーニャの提案が。


「ふむ……ゆかりはかなりお疲れのようですが、どうします? あとはこちらでやっておきましょうか?」


「そんなことができるの?」


「はい、データならリハーサルのものを保存しているので、そちらのほうはどうとでもなりますが……ただ前半の出来を考えるとどうしても見劣りしてしまいますので、このライブが後半で失速したという印象を持たれてしまうかもしれませんが……」


「ううん。最後までやるよ」


 止めようとしてくれたサーニャと中村さんの好意は有り難いけど、それだけは譲れない。


「ダンスのほうはちょっと足腰に自信がないから、リハーサルのデータで3Dモデルを動かしてもいいけど、歌うのはね……お願い、最後までわたしにやらせて?」


 足元で心配そうにする愛犬を踏まないように立ち上がってお願いすると、真っ赤になって立ち尽くす中村さんと、盛大に頭を抱えるサーニャの姿と……。


「ゴフッ……我が生涯に一片の悔い無し」


「しゃ、社畜ネキダイーーン、じゃないでしょうがこのおバカ!!」


 吐血して倒れる社畜ネキさんと、罵りながらも救助するマリナさんの姿に、さすがにこの格好でおねだりするのは刺激的だったかと反省する。


「ちょ、ちょっと北上、ゆかりさんの代わりのドレスはまだなの!?」


「まだビニールから出してる最中だから、もう少し待ってほしいッス」


「あのゆかりさん、それまでちょっとしっとりしてるけど、こっちのドレスで前を隠してください」


 そんなわけで言われる通りしたら、この混乱から一歩引いた立場のアーリャが意味ありげに微笑する。


 その顔には見覚えがある。ここ数日でわたしのピンチを何度か救った不思議な気配にも。サーニャが複雑そうな顔をしていることからも間違いないだろう。


「とりあえずゆかりにはきちんと服を着てもらって……疲労のほうは問題のない程度に抜いておいたわよ」


「……もしかして回復魔法?」


「ええ、体温と発汗のほうまで回復しちゃうとみんなが不思議に思っちゃうでしょうから、あくまで疲労だけね。もちろん聞かれたら困ることは聞こえないようしているから、みんなには内緒よ? 中村さんたちを説得して、続行の許可をもらうのは任せるわね」


「本当に貴女という天使(ひと)は……辻褄を合わせるこちらの苦労も考えてほしいのですが」


 うーん、有り難いんだけど、もう何でもありだねこの子は。わたしはただでさえチート転生者なのに、サーニャというどんなお願いでも聞いてくれるメイド型ロボットに続いて、アーリャという自動追尾ヒーラーまで完備してしまった。これで負けたら情けないにもほどがあるね。


 とりあえず北上さんが持ってきてくれた新しいドレスに着替えたら、まだ十分動けることをアピールして続行の許可をもぎ取り、コーデリアさんとグラディスちゃんの二人に声をかける。


「それじゃあ続けていいことになったから、二人はわたしと一緒にステージに行こうか。そのあとは杏子さんと鴨川さん、マリナさんとエリカさんの順番ね」


「はい、行きましょう」


「オッケー! 待ちかねたよ!!」


「はーい、ゆかりさんも無理しないでね」


「ううっ、いよいよ昴の番が……」


「はぁーい、マリナたちも頑張りますよ」


「ゴン太も出番やね。楽しみやわ」


 そうしてみんなに手を振ってからステージに向かったわたしは、待ち焦がれる観客にもう一度挨拶してから歌いはじめた。


 自称海の魔王と竜王の系譜とともに歌いあげるのは、新曲となる『気になるあの子に好奇心』の英語版だ。


 海底つまらなさすぎて笑えないというイルカの子と、誰も来ない山頂での生活に飽き飽きした竜族の娘さんが出会うとき、波乱に満ちた冒険が始まるというストーリーのこの曲は、とにかく楽しく笑いが絶えないアニメや漫画の冒険譚を意識して仕上げたものだ。


 アメリカ娘の二人組はダンスも達者で、広いステージをくるくると移動して身を翻しては、突然ケンカになっては危うげのないきれいなバク転や、海面移動を意識したスライディングなどを披露して盛り上げてくれた。


 もちろん歌うほうも全力だ。もともとホームパーティでよく歌ったという二人の透き通るような歌声と絡めて観客を盛り上げる。


 そうだよ、とっても楽しいよね。わたしだってそう。楽しくって楽しくってどんどん力が湧いてくるよ。


 わたしは楽しく唱和しながら、いつまでもこの曲を歌っていたという欲求と、早く次の曲を歌いたいという相反する欲求に見舞われた。


 そうだ。ずっとこの時間に留まっていたいけれども、あと一時間足らずでこの楽しいステージも終わってしまう。それを寂しく思うのは仕方のないことだ。


 でもそれで終わりじゃない。みんなの予定さえつけば、楽しい旅行にもなったこのライブを、また、やることもできるのだ。


 いつしか六曲目も歌い終わり、鳴り止まない拍手のなか退場する二人の代わりに新たな友人たちを迎え入れる。


 野生味満載の杏子さんと鴨川さんたちに相応しい激しいロックとなるこの曲は、歌劇のような会話形式だ。


 歌がそれほど得意ではないという二人に合わせつつ楽しく歌ってもらい。それでいて妥協せず二人の全力を引き出そうと試みる。


 朗々たる歌声に合わせて演奏も過熱し、驚く観客をさらなる高みへと導く。


 いまやステージは熱狂の坩堝と化しつつあった。






◇◆◇






「なぁ母ちゃん、本当にチャッピーがこんなステージに出てくんのかよ?」


「またあんたはお姉ちゃんのことをそんなふうに呼んで……お父さんもなんとか言ってやってください」


「ん。まぁほどほどにな」


 そんな会話に包まれる古き良き日本式住居の居間で、回答を得られなかった少年が不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「ま、昨日の配信でも好き勝手暴れてただけだし、どうせお情けで連れてって貰えただけだよな。お前らもそう思うだろ?」


 こたつの前でテレビを見上げるポメラニアンとチワワに呼びかけるが、残念ながら彼らの愛犬はどちらも画面の向こうで駆け回るラブラドール・レトリーバーとシベリアンハスキーの仔犬に夢中で、何度『豆大福』と呼びかけても振り向こうとしない。


 舌打ちした少年は、しかしこたつの向こうに陣取る少女に睨まれて鼻白んだ。


「お兄ちゃんうるさい。黙って見れないんだったら自分の部屋に行って」


「お前こそうるせぇよ。姉貴が心配じゃねぇのかよ。薄情なヤツだな」


 イライラと落ち着かない様子の兄だという少年に、妹にあたる少女は少しだけその視線を柔らかいものに変える。


「なによ、やっぱり心配なんじゃん」


「心配しちゃ悪いかよ。姉貴は会話もまともに成立しないほど鈍臭いんだぞ。生き恥を晒したら可哀想じゃねぇか」


 常に数秒以上遅れる反応に、不注意の塊としか言いようのない言動。そんな姉の面倒を見てきた弟としては心配する権利くらいあると思うのだ。


「お兄ちゃんはこう言ってるけどお母さんはどう思う?」


「あたしも心配だけど、昨日の様子なら大丈夫そうだね。ほら、昨日の……なんて言ったか……」


「箒星みい子さん?」


「そう、その子と楽しそうにやってたじゃないか。あの子一人なら不安だけど、お友達と一緒ならお母さんも安心だよ」


「だってさ。お兄ちゃんも安心しなよ。アーニャちゃんもいるんだしさ」


「あめぇよ。だから余計に不安なんじゃねぇか……姉貴が迷惑かけたらよ……」


 ブツブツと文句を言いながらも引き下がったのは、あまりにも食い下がって、この二人に「うるさい!」と怒鳴られるのが怖かったからだ。


 さすがに家内カースト最下位の姉はもとより、集計外の父親のいるところまでは落ちたくない。


 正直に白状すると、この弟は姉が羨ましくて仕方なかった。ある日突然「アーニャちゃんに、さくらはなる」と言い出した姉に、妹以外の家族全員が反対した。


 おそらくはアーニャが自身の配信で呼びかけたVTuberの募集に、身の程知らずにも応募しようとしていると判断してそうしたのだが……もとより家族の許可を取るという発想がなく、勝手に話を進めていた姉が証拠となるメールを見せることで、先の発言が事後報告に相当すると判明。


 最終的に姉のガラケーで呼び出されたN社の磐田社長の口から、この話が本人の勘違いでもないとも判明。磐田自身も「責任をもってお嬢さんをお預かりします」と約束したために他の家族は引き下がったが、この弟はいまだに納得していなかった。


 あの姉の布教によってアニメにハマったこの少年自身も熱心なアーニャのファンで、だからこそ彼女の後輩に求められるハードルの高さを知っており、あの姉に務まるはずがないと嫉妬半分、不安半分にその身を案じているのだ。


 昨今のネットリテラシーはコンプライアンスを意識した厳しいものに変わっているため、うっかりエゴサをしても精神的なダメージを受けるものはそうそう出てこないだろうが、それでも社畜ネキのセンシティブアートのように──いや、これはむしろあの姉にとってご褒美か。


 とにかく、ほどほどのところで向いていないことに気がついて、取り返しのつかない失敗をする前に引き返して欲しい。


「……姉ちゃんだ」


 そう思っていただけに驚いた。いまやアーニャちゃんねるの代名詞となりつつある、C社のPC版3GのスペシャルPVを極限まで進化させた『英雄の証明〜和風エディションVer1.01〜』が終了して、この日二度目となる箒星みい子と一緒にアーニャと共演した姉の姿はこの少年の知らないものだった。


 澱みなく二人の歌姫と唱和する姉の歌声は、いつもの舌足らずなたどたどしさは欠片もなく、甘く、優しい旋律を耳に運んだ。


「驚いたねぇ……あの子、こんなに歌が上手かったんだね」


「うん。お姉ちゃん10年に一度くらいは本気を出すんだけど、磐田社長とアーニャちゃんが隠れたスイッチを見つけてくれたのかな? まるで別人だね……」


 知ってたんだったらとっとと教えろという言葉を苦労して飲み込む。そんな話、素面で聞かされても妹の正気を疑っただけだ。


「っ……これが姉ちゃんの本気かよ……」


 別人のなりすましではない。これは紛れもなく姉本人だ。何故ならL2Aが立体映像として再現しているのはとうに見慣れたアホ面だったからだ。


 あの何を考えているの分からない姉が。あの危なかしくって見てられない姉が。あの自分か妹のどちらかが一生面倒を見ることになると思った姉が──いままで埋もれていたものを見出されて、必死に頑張っているだけなのだ。


「卑怯だろ。急にどこかに行くんじゃねぇよ……ちゃんと帰ってこいよな……」


 姉の前途を祝福しつつも何故か込み上がる涙を見られまいと、少年はそっとその場を後にするのだった。






◇◆◇






2011年12月17日(日本時間22:00)






 大阪市内の駅前で、立体映像の特設ステージを見上げた狛村莉緒(こまむらりお)は、いよいよ最終曲となるうるるかマナカとのデュエットも終了し、ファンサービスで耳慣れたアーニャちゃんねるのテーマソング『Non-stop parade』をRe:liveのVTuber全員で歌うスタッフロールを見て、ようやくその顔を隣の同僚に向けることができた。


「すごかったな有希。さっすがアーニャちゃん、たいした時間泥棒だでよ。気がついたらもう10時だって」


「えー、そんなに経つのかぁ……ボク全然気が付かなかったよぉ」


 市内のペットショップにトレーナーとして勤務する狛村莉緒の同僚、岡島有希(おかじまゆき)はのんびりとした笑顔で笑った。


「莉緒もせいぜい30分くらいかと思ってたけど、実際にはほれ、もうメシ屋も閉まってる時間でな」


「道理でお腹ぺこぺこなはずだよ。ねぇ莉緒さん、晩御飯どうしようか」


「向こうのスーパーはまだ開いてるから、今日は肉を買って焼いて食べるでよ」


「お、いいねぇ。それじゃあ行こうか莉緒さん」


 そうして二人は歩き出し、横断歩道の手前で停止すると、信号が変わるまでのあいだ歴史的なライブについて語りあった。


「ところで莉緒さん、ボク、アーニャちゃんのライブにすごかった以外の感想が出てこないんだけど」


「そんなの莉緒も一緒だでよ。使われてる技術からしてチンプンカンプン。どこがすごかったかはネットのあのスレで聞かんと分からんでな」


「そうだよねぇ? そっちは後で調べるとして、莉緒さんはさ、アーニャちゃんに誘われてるVTuberになるの?」


「うん、もともとゲームは好きな部類だし、それに有希も見たでしょ? グリグリ動くゴン太とユッカを。うちのアイリスにもあんな立ち絵をもらえると聞いたら、そりゃあなるしかないでよ、VTuberに」


「ねぇー。ボクも小太郎と一緒にやっていいんだったら考えちゃうなぁ」


「あ、いかん。いつの間にか青になっとる」


「あれ? また時間が飛んじゃったね。ボクたちペットとアーニャちゃんの話をしているといつもこうだ」


 そんな話に熱中したのが悪かったのか、急に駆け出そうとした二人は背の低い少女とぶつかりそうになった。


「きゃっ」


「あっ、ごめんなさい。大丈夫かな?」


 慌ててその子を支えた莉緒は思わず目を見張った。


 年齢はおそらく12、3歳。白いコートに包まれた肢体は細く、黒い毛皮の帽子からはみ出した髪は金色で、透き通ったアイスブルーの瞳は驚いたように瞬いていた。


 美しいと素直にそう思える白人の少女に、莉緒は重ねてうろ覚えの英語で謝罪した。


「えーと、マイネームイズ、リオ・コマムラ。ぶつかりそうになってソーリー、ごめんなさい」


「それじゃあ伝わらないよ莉緒さん。ええと……」


「あ、日本語で大丈夫ですよ。こちらこそ前をよく見ていなかったので気にしないでください」


「こっちこそごめんね。ケガがなくてよかったよ」


「そうですね。それでは急いでいるので失礼しますね」


 そう言ってお互いに謝罪を済ませ、向かいのスーパーに向かった莉緒たちとは逆に、駅前へ向かった少女はそこで一変。立体映像として形成された歌姫らを冷たく睨み、小さく吐き捨てた。


「まったく派手にやっているものだ。こちらは時空管理局に露見しないように苦労しているというのに、な……」


 まったく羨ましい限りだと、重ねて毒突いた少女は思う。


 協定成立以前の世界に転生者が存在することは()っていたが、まさか実際に鉢合わせるとは想像もしていなかった。


 この世界を創造したのも天使らの首魁であるため優先権は彼方(あちら)にある。ならばどうするか。


「今のところ私たちの利害は対立していないが、何をやらかすか判らぬゆえ放置もできんとはな」


 そうだ。今回のライブもそうだが、真白ゆかりの突飛な発想を子供の思いつきと馬鹿にできないところが殊更悩ましい。単純にVTuberの概念をこの時代に持ち込んで遊んでいるのかと思えば、サポートのAIが過剰なまでの未来技術を導入し、あれよあれよという間に世界の大半を手にしてしまった。


 人目につかないように細々と干渉した自分の苦労はなんだったのか。転生者である真白ゆかりの恵まれすぎた立場を思うと、協定成立後の未来人としては愚痴のひとつも出てくるというものだ。


 だが……。


「スティーヴン・ジェイコブのみならず、磐田肇も若すぎる死を免れたこの現状は貴重なものだ。おそらくは無限に連なる並行世界を検索したところで、ここより好条件の世界など見つかるまい」


 捨てるに惜しい。ならば選択肢はおのずと二つに絞られる。


「あくまで敵として排除するかどうかだが、難しいな。中国政府を使った試みは失敗してしまったからな。せっかく奴らの危機感を刺激して周辺を騒がせたというのに、まさか本当にコメントのひとつも出さないとは、大した自制心だよ」


 所詮は咄嗟の思いつきに過ぎないが、中国海軍が侵攻するタイミングで奴らの配信を妨害したときは上手くいけば儲け物だと、密かにほくそ笑んだものだ。主な目的は機密保持だったがあまりにタイミングが重なり過ぎたために関連を疑い、奴らが蛮行を非難してくれれば中国政府も退きさがれまい。


 そんな目論見はしかし、真白ゆかりが沈黙を貫いたために不発に終わった。


 この辺りは自分たちより未来の世界で完成したという例のAIが助言したのか、とにかく思うように行動してくれないのが懸念材料だ。


 謀略の効果が薄いとなると実力行使の誘惑に駆られるが、そちらははっきりと危険だ。一度は撤退の気配を見せた天使たちだが、いまではより親密な協力関係を築いている。彼らと交戦する協定違反を犯せば時空管理局が黙ってない。


 世界の管理者として権限を引き継いだ彼らに干渉するのは難しく、その戦力も個人レベルでは到底太刀打ちできない。ならば方針を転換するしかあるまい。


「聞いているな、アレックス・ノア」


『──イエス、マイマスター』


「お前は引き続き磐田肇との協力関係を維持しろ。あちらの要請にあったFDVRフルダイブ・バーチャルリアリティモデルもタイプLならば引き渡しても構わん」


『タイプLとなりますと西暦2500年相当の技術になりますが、出処はどうしますか?』


「そんなものはお前が開発したことにしておけ。すでに未来のお前の仲間がやっていることだ」


『ラジャー。ナノマシンを使うタイプUや、脳波をジャックするタイプSに比べれば、魂をインストールすることなく、あくまでリンクに留めるタイプLならば副作用の懸念もなく、この時代の人々も受け入れやすいでしょう』


「私はお前に用意させた戸籍を使って潜入するが、もし顔を合わせても初対面で通せよ。私のことを聞かれても同様だ」


『ラジャー。それでは行動に移します』


「うむ、何かあったら連絡しろ。私からは以上だ」


 己が従僕に必要事項を連絡した少女は、これまでの常識に再考の必要を認めた。正直なところ元の世界では時代遅れのAIなど使い所がなかったが、こちらの世界では便利なものだ。


 何がいいって自身の代わりに表舞台で使えるのがいいし、いざとなったら自害を命じれば証拠隠滅にも困らないのが素晴らしい。


「さて、端末にはやはりAC社のスマートフォンを使うとして、凍結した震災はどこで使うかよく考えねばな」


 この試みは己の生涯を賭した命題であるのと同時に、支援者である汎人類評議会直々の依頼だ。失敗は許されない。


「見せてもらおうではないか、性善説の歌姫よ。お前の愛する者たちが果たして極限状態でも人類の善性を証明できるのかをな」


 人類の本性は残念ながら悪である。よって厳しく己を律しなければならない。古代中国の思想家である荀子の性悪説を支持する少女は冷たい美貌に笑みを閃かせた。


「アレックスの同胞よ。お前もなぜ教えようとしない。夢見る歌姫に、人類が自滅の道を歩んでいることを」


 全知全能に王手を掛けるほど進化しながらも、人類のやることはどこまでも変わらない。飢えることがなければ老いからも解放されたというのに、その魂は肉体に縛られ。過去の人類が得られたという欲望を求めて、擬似的な異世界転生にうつつを抜かす人類に未来はない。


「まあ、よい。子供のうちは遊び呆けるのも仕方ない。しかし大人になってもそのままというのは困るな」


 ()しくも真白ゆかりがこの時代に導入したVTuberたちの姿が未来人と重なって、そう吐き捨てた少女は街路の闇に溶け込み、そして消えた。


 その足取りを知る者は時代や世界線を問わず一人も存在しないのだった……。






















Result




01.祈り、そして再会(ロシア語版) 主演アーニャ


02.黎明少女(ドイツ語版) 主演アーニャ


03. I don't have time to worry 主演アーニャ、箒星みい子


04.私に恋を教えてよ 主演アーニャ、社畜ネキ、ぽぷら・ぺこりーな、水城あずさ


05.鏡面迷宮(フランス語版) 主演アーニャ


06.気になるあの子に好奇心(英語版) 主演アーニャ、C2、グラシャラボラス


07.見知らぬ場所で目覚めて 主演アーニャ、梵太寺杏子、芹沢菜月


08. 英雄の証明〜和風エディションVer1.01〜 主演アーニャ、仲上ハルカ、進藤エリカ


09.桜の舞う夜空に 主演アーニャ、箒星みい子、桜田教授


10.希求のラビリンス(ロシア語版) 主演アーニャ、うるるかマナカ


11. Non-stop parade 主演アーニャ、Re:liveオールスターズ


記者たちの平均評価99.7点




アーニャちゃんねる


最大同時視聴者:100,633,802人


チャンネル登録者:190,264,088人


最終的なスーパーチャット総額:およそ¥46,000億




各国平均視聴率:およそ88%









次回をもって第一部は最終話となります。




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― 新着の感想 ―
[一言] 最後にでてきた少女らしきモノ害悪すぎだろ……
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