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転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?  作者: 蘇芳ありさ
第三章『VTuber争奪編』
54/102

ついにこの世界にも◯◯虐の概念が持ち込まれてしまったか






2011年12月12日(火)



 あんなところを見られてどうしたものかと思ったけれども、鴨川さんはあっさりと納得してくれた。


「なるほど……ゆかりさんが足を滑らせて、咄嗟に庇おうとしたらああなったわけですか」


 とりあえず虚偽の説明こそしていないが、疑わしい点はいっぱいある。いつからこの部屋にいるのか、どうしてそうなったのか、前後の繋がりがすっぽり抜け落ちているというのに、鴨川さんは微塵も疑っていない様子だった。


「失礼しました。そして、ご挨拶が遅れたことをお詫びします。初めまして。高名なタカマキ博士にお会いできて光栄です。鴨川昴と申します。不束者ですが、どうかよろしくお願いします」


 そして実に恭しく礼を尽くす鴨川さん。あまりの純粋さに、見てるこっちが心配になる。


「これはご丁寧に。ですが私のことはサーニャでいいですよ、鴨川さま。そのほうがこちらも肩が凝りませんから」


「そうですか。でもそういうことでしたら、サーニャさんも様付けは勘弁していただけませんかね? そんなふうに呼ばれると勘違いしそうで……」


「それこそ申し訳ありませんが、私はゆかりのメイドなので……そういう演技(ロールプレイ)だと思って見逃していただけませんか?」


「わかりました。それではしばらくこの問題は棚上げして……ところでサーニャさんがこの部屋にいらっしゃるということは、今夜の配信はご一緒に、ということなのでしょうか?」


「いえ、私はゆかりに会いたくなったから来ただけで、もう帰りますから」


「おや、それは残念です。……あれ? そう言えば玄関にサーニャさんの靴が見当たらなかったような?」


「それは……あまり騒がれたくなかったので、こっそり。私の靴はこちらに」


「ああ、そういうことでしたか。わかりました。玄関までお見送りしますね」


 ハラハラしながら見守るが、鴨川さんはあっさりと言い包められてしまった。


 サーニャの言い訳は、わたしから見たら突っ込みどころしかないというのにこれだ。悪い大人に騙されないか心配になる。


 でも正直助かったよ。やっぱり考え無しに行動するもんじゃないね。


 あとはチクチク痛む良心に蓋をしてサーニャを見送れば、とりあえず急場は凌げる……と思ったら、玄関前でお母さんと遭遇した。


「あら、ゆかりのお客さん? 初めてにしては、ずいぶん見覚えが……ああ、その子がサーニャさんね」


 ……これはマズイ。


 配信に使ってるL2Aを忠実に再現しているためか、鴨川さんに続いて一発でサーニャだと見抜いたお母さんに、なんて言い訳しよう。


「お、お母さんあのね?」


「ちょうどよかったわ。お父さんね、急な仕事で帰りが遅くなるっていうから、ご飯が余っちゃうのよ。でもサーニャさんがいらっしゃるなら話は別ね。お夕飯を食べてくださる? それと好きな料理は何かしら? おかずはこれから作るからなんでも用意するわ」


「あ……その、特に好き嫌いは……」


 お母さん……形だけは質問してるけど、答えを聞く気はないよね。サーニャも困ってるけど、こういうときは逆らっても無駄だ。


「とりあえず、ゆかりはしばらくお母さんの手伝いはいいから、三人でお風呂に入っちゃって? サーニャさんの着替えはお母さんのを貸すから、下着だけゆかりのを貸してあげなさい」


「ほう、ゆかりと一緒にですか……お背中をお流ししても?」


「おっ、いいですねえ。三人で女の子同士、仲良く洗いっこでもしましょうか」


 いやいや。いやいやいや。どうかそれだけはご勘弁を。


 だって、とっくに身内認定が終わってるサーニャはともかく、鴨川さんと一緒だと恥ずかしいんだもん。


「それじゃ、お母さん用意するから……あら、あなたも一緒に入りたいの?」


「クゥーン」


「じゃ、ユッカも一緒にお願いね。すぐに着替えを持って行くから」


 でも、この流れで逆らっても無駄なんだよなぁ……大人しくユッカを受け取って観念する。いいや、もう開き直ろう。


 脱衣所では胸を見てもドキドキしなかったサーニャを衝立にして、洗い場では愛犬を洗うことに集中する。わたしの背中と頭を洗う四つの手は、心を空っぽにしてやり過ごし、お返しの催促は「ごめん、いまユッカを洗うので忙しから」と聞き流した。


 だって、ねぇ……しつこいようだけど恥ずかしいんだもん。


 鴨川さんってボーイッシュな美人で、スタイルもグラビアアイドルみたいに完璧なのに、そんな人の生まれたままの姿をさ、勝手に見たりしたら申し訳ないと思うんだよね?


「眼福、眼福……いやぁ、本日も実にいいものを拝見させていただきました。ゆかりさんに洗っていただけなかったのは少々残念ですが」


「代わりに洗うほうに専念できたからいいではありませんか。私としては前まで洗うのも吝かではなかったのですが……」


 だからわたしは声を大にして言いたい。女の子同士だからって遠慮がなさすぎるこの二人がおかしいんだよ。


 ……それとも同性なのに変に意識しちゃってるわたしのほうがおかしいのかな?


「ゆかりさん、お風呂を満喫中のユッカちゃんをこちらにもお願いします」


「私は結構ですよ。まだ慣れていないのか、妙に警戒されていますからね」


 湯船から身を乗り出して愛犬を受け取る鴨川さんの姿を、やはりまともに見れない。女性として完成された鴨川さんの素肌を見ることに躊躇し、罪の意識と同時に羞恥を感じるわたしは、もしかしたら思春期というやつなのだろうか?


 心も体もまだまだ不安定で、毎日のように揺れ動くわたしは、赤くなった顔を誤魔化そうと湯船に顔を沈めるのだった。






 お風呂から出ると、すでにお母さんからサーニャの在宅を聞かされ、浮ついた様子の弟たちが騒ぎだした。


「うおっ、ほんとにサーニャじゃん! アーニャの配信に出てるときとそっくり!」


「サーニャちゃん! わたしファンなの、サインちょうだい!!」


「サインですか。書くものがあるなら構いませんよ」


 サーニャが満更でもなさそうに薄い胸を張ると、二人は直ちに自分の3DNSと近くにあったマジックを差し出した。それ、書いてもそのうち手の脂で消えるやつ。


「あのさ、プラスチックにマジックで書いても、気付いたら消えてると思うんだけど?」


「書かれたところに触んなきゃ大丈夫だろ? それより姉ちゃんもアーニャのサイン書いてくれよ。友達に自慢すっから」


「みつるも! みつるもお願い! 学校のみんなに自慢したい!!」


 そんなしょうもない理由で……?


 わたしは思わずため息をついたが、この二人はアーニャ(わたし)の正体を内緒にさせたりした件で、だいぶ振り回してるから仕方ない。3DNSとマジックを受け取り、デフォルメしたアーニャとサーニャのイラストと一緒にサインを記入すると、アーニャちゃんねる特製サイン入り3DNSの完成に二人は大喜びになった。


 うん。この様子なら、フリマサイトで転売されたりしないかな……?


「あのー」


 なんて余計な心配をしていたら、鴨川さんが目を輝かせて頭を下げてきた。


「昴もあとでお願いできますでしょうか? 社畜ネキさんに自慢したいので……」


「クゥーン」


 何かと思ったらもっとしょうもない理由だったんで驚いたら、ユッカまでお気に入りのおもちゃを持ってきたんだけど?


「サインをねだられるなど、有名税にしては可愛らしい部類ですよ、ゆかり。書いて差し上げては?」


「有名税かぁ……まあ、そういうことなら仕方ないけど、鴨川さんはともかく、ユッカは誰に自慢するんだろうね?」


 おもちゃのぬいぐるみにアーニャのイラストを描いてやると、ユッカが嬉しそうに咥えて居間の中を走り回った。


 夕食前のひと時に笑い合い、和やかに過ごしていると、台所からいい匂いがしてきてお母さんが顔を出した。


「さあ、できましたよ。みんなこっちにいらっしゃいな」


 お父さんこそ多忙につき不在だが、他の家族がいて、鴨川さんとサーニャまでいる団欒のひと時。幸せってこういうものだろうなって、わたしは自然と手を合わせて感謝するのだった。






 そんなこんなで夕食も終わり、配信に備えてわたしの部屋に集まったわけだが、ここで重要なお知らせがある。


「あのぅ……どんなふうに配信するかまったく聞いてないんですが、これって大丈夫なんですかね?」


 そうなのである。今日は帰ってくるなり事務所の会議やサーニャとの一悶着があったもんで、ぶっちゃけいつもは欠かさずやっている打ち合わせが全然できてないんだよね。


「一応、鴨川さんが自分のハンドルネーム決めてくれたから、あとはこっちで何とかするけど……3Gか遊戯大全でもする?」


「クゥン?」


 モニターの前に陣取るユッカの頭を撫でながら、右隣りの鴨川さんに訊ねる。いつもは対面のサーニャ(サブちゃん)としかしてないからこういう配信も新鮮だけど、ぶっつけ本番は不安だ。


「いえ、誠に勝手ながら、配信用のゲームはこちらで用意してあります」


 だが、二次元から三次元の世界に飛び出した相棒にとっては些細な問題なのか、さながら本物のメイドのように背後に佇むサーニャは自信満々に答えた。


「鴨川さまの魅力を十分にお伝えできるよう、抜かりなく手配させていただきましたので、どうかご安心を」


「でも教えてくれないんだよね……実際に何をさせるつもりなのかをさ」


 わたしが少しだけ恨めしそうに突っ込むが、サーニャの鉄面皮(えがお)が変わることはなかった。


「その点は、初見ならではの反応を大事にしたいということでご納得を。今回はそういう配信ですから」


「まぁ昴としては家族に負担をかけず生きて行くためなら、どんなことでもやってやるという心境ですから、特に不満はありませんが……」


 そこでチラッとこちらを見たので、わたしは鴨川さんが何を心配しているのか判った。この人もぽぷらさんのように、わたし(アーニャ)の配信を台無しにするんじゃないかって心配しているのだろう。


「大丈夫だよ、なっちゃん(・・・・・)。うちの視聴者はアーニャ(わたし)で鍛えられてるからね。多少のやらかしはご褒美と変わらないよ」


「ワン」


 鴨川さんの気負いを解くように励ますと、わたしの気持ちを汲み取った愛犬が嬉しそうに尻尾を振った。


「そうですね……最初から気負っても始まりませんし、ここはハルエリのお二人と、社畜ネキさんの自然体を見習わせてもらいましょうか」


 こちらを心配させないように微笑む鴨川さんの姿に確信する。どれだけわたしのことを信頼してくれても、やっぱりVTuberというまったく新しい仕事で身を立てるのは不安なのだ。


 でも、それは当然だろう。鴨川さんはまだ17歳の女の子に過ぎず、社畜ネキさんのように社会に出た経験もなければ、ハルエリのお二人のように配信者として手慣れているわけでもない。


 だというのに自宅の火事もあって、家族に負担をかけないために身を立てるというなら、自宅と両親が健在で、学生の身に不安のない水城さんやぽぷらさんのような立場とも違う。


 この不遇な家なき娘を一人前のVTuberとして送り出す。わたしにかかる責任の重さは普段とは比べ物にならないが、そのことに気を取られて自分を見失うことはなかった。


 こっそり背後を覗き込むと、視線の合った相棒が自信満々に微笑んだ。この笑顔があるかぎり、わたしの仕事はいつもと変わらない。


 まずは楽しもう。そして楽しませよう。わたしは恵まれている。あの人の()るVTuberの誰かが、視聴者にいつも遊んでいるだけだと思われたいと語ったことを憶えているが、その陰には想像もできないような苦労と努力があったはずだ。


 だからわたしは恵まれている。サーニャ(サブちゃん)がいる限り、わたしはそうした苦労と無縁でいられるのだから。


「さて、時間になりますよ。鴨川さまは、ゆかりを本名で呼ばないようにお気を付けを。……別にそうしたところで今さら問題が起きるわけではありませんが、現実(リアル)と混同して視聴者を混乱させるのは、VTuberとして望ましくありませんからね」


「はい、気を付けます」


「ゆかりも配信中は鴨川さんの本名ではなく、ハンドルネームを呼ぶように。この方はゆかりのように身元を明らかにしていないのですから、万が一もないように頭の中でも切り替えるようにお願いします」


「うん、気をつけるね」

 

 その言葉を待っていたように、オープニングのPVが配信画面に流れ始める。


 内容はいつものテーマソングを背景に、雄大な国立公園をパトロールする鴨川さんが主人公か。飛び交う小鳥や、川の向こうを歩く子連れのヒグマまでもがレンジャーの少女を友好的に歓迎する。


 いつも以上に気合の入ったこのPVは、デザインを上げたのこそわたしだが、後は全部サーニャの仕事だ。その入念ぶりに、この子が鴨川さんを悪いようにするはずがないと確信する。


 直前になってユッカの出演を強く求めたのも、きっと何か考えがあるのだろう。今日もあの子を信じて任せよう。


 最後は残雪に彩られた湖のほとりで、鴨川さんがアーニャと出会ったところで終了となる。配信画面がログハウス(いつも)の部屋に切り替わった。まずは挨拶しよう。


「今日も電子の世界からこんにちは! インターネットの妖精。北の国からやって来た女の子で、名前はアーニャだよ。今日はみんなに紹介したい家族が二人もいるから、まずはこの子から紹介するね」


 挨拶がてらに伝えると、画面にユッカのL2Aが表示された。


 多少は漫画チックにアレンジしたが、銀色のモフモフした毛皮と愛らしい顔つきはそっくりだ。ユッカもアーニャの前に表示されたのが自分だと解るのか、満足そうに尻尾を振っている。


「この子が前にも話したことのあるアーニャの愛犬。名前はユッカだよ。男の子だからちょっとヤンチャだけど、仲良くしてあげてね? さ、ユッカも挨拶しようか。元気よく、でも吠えないように気をつけてね?」


「ワォン」


 自分でも無茶言ってるなって思ったけど、ユッカはよく応えてくれた。自分のL2Aに夢中になることなくわたしと同じ目線で、本能的に誰かがいると察知したモニターの向こうに挨拶したのだ。


[アーニャたんいきなり無茶振りw]

[ユッカきゅんきゃわわ]

[Wow! "Why are you a cute husky puppy!"]

[あっ、すごい! アーニャたんの無茶振りに応えた!]

[これは名犬ユッカ間違いなしですね]

[i want to keep it too Should I move?]

[あかん、これは惚れてまうやろ]

[ユッカきゅんマジモンのお利口さんやん]

[アーニャたんもユッカきゅんにデレデレやないの]


 うーん、やっぱりこの子ってばおりこうさんだ。コメントもユッカにデレッデレだし、こんなの思わず抱きしめちゃうよ。


「ああもういい子、いい子。さすがは世界初の動物系VTuber……は、エリカさんちのごん太くんだから、世界で二番目だね」


「クゥン?」


 他の子の名前を出したからか、キョロキョロと周囲を気にする愛犬の背中を撫でてやりながら、今日の真打を紹介しようと視線で合図すると、タイミングよく鴨川さんのL2Aが表示された。


「で、こちらがアーニャのお姉ちゃんになってくれた芹沢菜月(せりざわなつき)さん。アーニャはなっちゃんって呼んでるの。みんなも仲良くしてあげてね」


 わたしが視線を向けで紹介すると、鴨川さん、じゃない芹沢さんは緊張半分、恐縮半分といった様子でぎこちなく挨拶した。


「どうも。ただいまご紹介に与りました芹沢菜月です。アーニャちゃんねるを視聴する皆様方におかれましては、どうかよろしくお願い申し上げます」


[Hello, natsuki. Nice to meet you.]

[おー、芹沢菜月って名前なのか。よろしくねー]

[おおぅ……すごく低い声だけど緊張してるのかな?]

[Is this a restrained tenor or baritone?]

[これエコーかかってる?]

[えらく低い声だけど、これアーニャたんの声真似じゃないよね?]

[This is an unexpected tone of voice and a polite way of speaking]

[一人称はあたしの元気系ボイスを期待してたからギャップがw]


 うん、コメントにもあるけどガチガチだね。思わず「ドドンがドンドンドン! 全VTuber一礼儀正しいのは誰だ!」なんて光景が頭の中に浮かんじゃったよ。


「なっちゃん、固いよ。リラックスリラックス」


「そう言われましても、これが菜月の性分ですから……どうかお目こぼしを」


「クゥーン」


 わたしとユッカが立ち上がって肩のマッサージをしたり、顔を舐めても芹沢さんの緊張は解けなかった。


 困ったな。芹沢さんの魅力はこの固さと明るさのギャップにあるのに、これじゃあ魅力が半分も伝わらないよ。


 わたしがこっそりため息をついたちょうどそのタイミングで、眼鏡と教鞭を装備したメイドが自信満々に登場した。


「おや、お困りの様子ですね? ですがご安心を。このゲームをプレイすれば醜い本性が剥き出しに……失礼、上辺の緊張などどこかに吹き飛びます」


「いや、誤魔化されないよ。いま醜い本性がどうとか言おうとしたでしょ? アーニャたちに何をさせる気なの?」


 なんというか、急に雲行きが怪しくなったので追及したが、サーニャは聞こえない振りをしてゲームを起動させた。


 表示されたのは3Gと同じC社のゲームで、怪物狩人シリーズに匹敵する大黒柱、サバイバルホラーシリーズなんだけど、ずいぶんピクセルが粗いな? ナンバリングもされてないし、これはかなり昔の作品かなって首をひねると、サーニャがいつになく挑発的に訊いてきた。


「アーニャは以前、Weに移植された4をやり込んだと言っていましたが、誠ですか?」


「うん、ちょっと怖いけど、アーニャあれ大好き。最終的に鎧を着せた大統領の娘さんを敵に突っ込ませて、ミサイルを撃ち込むところまでやったよ」


「おーっ、考えることは誰でも一緒ですか。菜月もあまりの恐怖体験に最初は泣いてばかりでしたが、最終的に弾数無限のガトリングガンでブイブイ言わせましたね」


「ほほぅ? そこまでやりこんでいらっしゃるなら、今さら初代をプレイしても手こずらないでしょう。基本は同じですから、ゲームオーバーになるか、インクリボンを使ってセーブしたら交代というルールでどうでしょうか?」


「それでいいよ。最終的に4はクリアまで2時間切ったからね。今日中にクリアして見せるよ」


「これは頼もしいですね。アーニャさんならセーブしないでクリアできそうですが、疲れたら言ってください。菜月が交替しますので」


「うん。頑張ろうね、なっちゃん」


 ちょっと固さの取れた芹沢さんに喜んでハイタッチを決めると、コメントが異様に騒ついていることに気付いた。


[なんという鬼畜采配……]

[サーニャたん鬼! 悪魔! サーニャたん!]

[Oh my God]

[これは……久しぶりにいいものが見れそうですね]

[なんという俺らへのご褒美]


「ねぇ……もしかして初代はとんでもなく難しいとか?」


「いえいえ、難易度的にはむしろ下のほうですね。昔の作品ですから、ハードのスペック的にも多数の敵を同時に描写できませんし、武器弾薬もゲームの進行が不可能にならないように必要十分なものが配置されてますから」


「なるほど……聞いた感じだと初見でも十分やっていけそうですね。敵の配置を見落とさなければ、奇襲や包囲もされないわけですから」


「はい、芹沢さまのおっしゃる通り、敵の配置を(・・・・・)見逃さなければ(・・・・・・・)まず死ぬことはありませんよ」


[せやな。基本一対一の戦闘やから、先手必勝やね]

[うんうん、ちゃんと周りに注意するんだよ]

[弾も邪魔な敵だけ始末すればむしろ余るしね]

[謎解きも簡単なほうだしアーニャたんなら楽勝でしょ]

[マグナムが使えるゴリラが特にオヌヌメ]


 うーん、サーニャの笑い方がどこかひっかかるけど、みんなのコメントを見ても矛盾してるところはないし……考えすぎかな?


「さて、それでは今回は初見ですから、体力に優れ、火力の高いマグナムも使える本作の主人公、ゴリス・オブザワイルドの使用を特別に許可しましょう。それでは、オープニングをご視聴ください」


 使用するキャラまで勝手に決められたのは釈然としないけど、まあ、今回の企画を練ってくれたサーニャに何か考えがあるなら、そこまで追求することもないか。というわけで、芹沢さんと一緒に初代の導入を頭に叩き込む。


 舞台は米国の地方都市。郊外にある洋館の付近で怪物を目撃したという通報を受け、警察が調べに行ったものの連絡が途絶え、事態を重く見た市警は特殊部隊を派遣。Bチームが先行するも、後続のAチームと連絡がつかなくなり、そして──。


「あ、ゾンビ犬に襲われましたね」


「うん、これは洋館に逃げ込む流れかな」


 群がる獣牙に追われたAチームは壊滅状態になりながらも必死に走り、洋館に逃げ込んだところでオープニングムービーが終了したが、何しろかなり昔のゲームだからね。この手のムービーを最新機種の4で厭になるほど見てきた身としては、正直あまり怖くないかな。


「ええと、隊長さんに変な音がした部屋を見てこいって言われたけど、最初はなっちゃんがプレイしてみる?」


「いいんですか? それでは喜んで」


 だが、わたしたちに余裕があったのはここまでだった。芹沢さんがコントローラーを操作するとおかしな点にすぐ気づいた。まずはカメラだ。


「ねぇ、サーニャ……カメラがなっちゃんの後を付いてこないんだけど?」


「当時は3Dのゲームに必須の、キャラクターとカメラの間に映り込んだオブジェクトを透過する技術をK社が独占し、他社に使わせませんでしたからね。そのあおりを受けて、初代のカメラは固定されています」


「あの、サーニャさん……キャラの動きもなんか変なんですけど?」


「そちらも当時はアナログスティックが非対応で、十字キーの操作が主流です。十字キーの左右で方向転換、上で前進、下で後退で、右上や左上に入力すると、前進しながら曲がることも可能です。面倒でしょうが慣れてください」


 なるほど……昔のゲームならではの不自由さか。でもそれがゲームの難易度を上げているということは特になさそうで、しばらく最初の部屋を走っていた芹沢さんは早速マスターしたようだった。


「サーニャさんのおっしゃるように基本は変わりませんね。×ボタンで走って、Lボタンで武器を構えるから、攻撃するのはRボタンですね?」


「はい、その通りです」


「ありがとうございます。最初は戸惑いましたが、これならなんとかなりそうです。それでは、そろそろ先に進みましょうか」


 操作にも慣れ、満足した様子の芹沢さんが物音のするドアを開けると、その先はL字型の通路になっていた。気になる音は、通路の左側を曲がった先から聞こえるようだ。


「行きたくない、行きたくないよね。4ならカメラの操作で簡単に確認できるのに……なっちゃんは怖くないの?」


「怖いですよ。正直行きたくありませんが、そんなわけにもいかないので」


 不思議そうな顔をする愛犬を抱きしめて、無理筋のある笑顔を浮かべて縮こまるわたし(アーニャ)に比べるとまだ余裕があるのか、芹沢さんは真剣な表情で曲がり角に向かった。


 まさかカメラワーク一つでこんなに怖くなるとは思わなかった。芹沢さんが慎重に操作してその先に向かうと、カメラが天井方向から見下ろす形に切り替わった。ままならぬ視界がもたらす恐怖に、もう止めようかと軽口を叩くこともできない。


 不自由な視界の中、ゆっくり先に進んで行くと、座り込んだ誰かの背中が見えたと思ったら、ムービーが流れ出し──何かを食べる誰かが振り向くと、その手から誰かの生首がこぼれ落ち、そして。


「んきゃぁああああ!!!?」


「ほらぁああああ! やっぱりゾンビじゃねぇかああああ!!」


 こちらを新たな獲物に定めたゾンビが振り替えると、わたしは堪らず抱きついた芹沢さんを揺さぶった。


「逃げて、逃げよう、なっちゃん、逃げようよ」


「逃げます、菜月は逃げる……でもどうやって逃げればいいんでしたっけ?」


 あろうことか画面ではなく、コントローラーを凝視する芹沢さんの体を掴んだまま、わたしは盛大にパニクった。わたしたちの悲鳴に驚いた愛犬が、その元凶と思しきゾンビに吠えてるようだったが、そんなことを気にする余裕はなかった。


「えーと、えーと……そうだ下だよ! 十字キーの下で逃げるんじゃなかったっけ!?」


「そうでした! って、ぁあああああああ!?!?」


 二人して画面に視線を戻したときはすでに遅く、血溜まりに臥した主人公はすでに事切れているようだった。赤い血文字で記された「You died」の文字に、わたしたちは現実を知った。


「『…………』」


「クゥ〜ン?」


 敵の消失と突然の静寂に戸惑ったように吠えるのをやめたユッカが、首を伸ばしてあごの辺りを舐めてきたので、芹沢さんの肩を揺さぶっていた手を戻して「心配しないでいいよ」と頭を撫でたんだけど……正直あまりの衝撃に気持ちのほうが追いついてこなかった。


「まずは1回目のゲームオーバーですが、どうかご安心を。今回はC社の了解を得て、特別に直前から再開できるようにしてありますので、余計な手間は取らせませんよ」


 再び表示される地獄のようなL字を背景に、わたしは愛犬と引き換えにコントローラーを受け取ったが、理解は未だに追いついていなかった。


「アーニャさん、十字キーの下で逃げるですよ、十字キーの下でね」


「うん……もうムービーが流れたら、十字キーの下を押しとく……」


 そうして序盤のラスボスと再び相見(あいまみ)えるが、今回は2回目ということもあって、ある程度冷静に対処できた。


 ゾンビが立ちあがろうとする間に後退して十分な距離を取り、その場で旋回して向きを変えたらダッシュで逃げる。あとはこの場で起きたことをオールバックの隊長に報告したらお役御免だ。


「って、なんでドアが開かないの? もしかして外から鍵を掛けられた!?」


「アーニャさん違う! 菜月たちが入ってきたのはそっちのドアじゃない!!」


「えっ、そうなの? じゃあ戻らないと……」


 ドアを数回ガチャガチャやったところで間違いを指摘されたが、時すでに遅し。こちらに追いついたゾンビに背後から噛みつかれ、振り払うことは成功したが、狭い通路に立ち塞がられ……あれ? もしかしなくてもこれ詰んでる?


 すり抜けるのに失敗し、突き飛ばしたゾンビをすり抜けるのにまた失敗するという無限ループの末に、二度目のゲームオーバーを喫する。


 呆然とするわたしに、悲鳴をあげる芹沢さんと、周囲を警戒するユッカだったが、ただ一人この状況に含み笑いを漏らす裏切り者が存在した。


「フフ……これで2回目のゲームオーバーですね。それではコントローラーの受け渡しをどうぞ」


 事ここに至れば煮詰まったわたしの頭でも理解できる。


「……騙したでしょ? 何がそんなに難しくないよ。鬼畜じゃん、このゲーム」


「はぁ……私が貴女たちを騙すなど、言いがかりもいいところでは?」


「なんでよ? 視界は悪いし、直感的に操作できないし、敵は強いし鬼畜難度もいいところでしょ?」


 気分は証人のムジュンを追求する逆◯裁判の主人公だったが、サーニャはいつものように薄い胸を張ると、わたしの追及を跳ね除けるのだった。


「それでは今回は私の言葉に嘘がないことを証明するために、特別に模範解答をお見せしましょう。無論、今回だけですよ」


「いいよ。そこまで言うならやってもらおうじゃないの」


 というわけでコントローラーを渡して証明してもらおうと思ったら、サーニャってばゾンビを容赦なく射殺しちゃったんだけど……?


「『…………』」


 思わずサーニャのプレイを見守ったわたしと芹沢さんの顔が赤くなった。そうだった。銃があるんだった。こんな狭い通路で逃げ回るくらいなら、ゾンビなんて倒しちゃえばよかったんじゃん。


「ご理解いただけましたか? ゾンビなど、所詮は9パラ数発で倒せる雑魚に過ぎません。ゾンビは足が遅いので広場なら放置して構いませんが、通過の邪魔になる個体はこのように排除してしまえばいい。無論、きちんととどめを刺せば復活もしませんので、弾薬を無駄にすることもない。これは基本ですからしっかり覚えてくださいね」


「『アッハイ』」


「それでは私の言葉に嘘がないと証明されたところで続きをどうぞ。直前まで巻き戻しますから、私の模範解答を参考に突破してくださいね」


 愛犬をわたしに委ね、コントローラーを受け取った芹沢さんはしばらく無言で俯いていたが、やがて頭を上げると(おとこ)の顔になってこう言ってきた。


「大丈夫です、アーニャさん。答えは得ました。あとは自力でなんとかして見せます」


「う、うん。まあ、倒し方を見せてもらったしね」


 さすがにもう死なないだろうとドキドキしながら見守っていると、芹沢さんはサーニャがやったようにあっさりと序盤のラスボスを射殺した。


「どうですか? この不肖芹沢菜月の活躍は?」


「うん、カッコいいよ、なっちゃん。もう大丈夫だね」


「そうですね。ところでゾンビの犠牲になった隊員の側に9パラが落ちてますから、きちんと回収しておいてくださいね」


「これはどうもご丁寧に……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


 と思ったら、死んだと思ったゾンビに足を噛まれて凄まじい悲鳴をあげた。どれくらい凄まじいかって言うと、この部屋が防音室じゃなかったら確実にご近所から苦情が来るレベルで、正直鼓膜がビリビリする。


「芹沢さま。ゾンビの拘束をレバガチャで最小限に止めるというのは、この当時から基本ですよ」


「もうやってますって!!」


 必死のレバガチャでしがみついたゾンビから足を抜き、そのまま頭部を踏み潰した芹沢さんを見ていると、サーニャが何をしたいのか見えてきた気がする。


「なっちゃん、お疲れさま。弾薬を回収したら戻ろうか」


「そうですね、菜月は疲れました。正直このまま眠りに就きたいくらいですが、隊長の指示を仰いでもう一踏ん張りしますか」


「言っておきますが、まだ配信が始まって30分も経っていませんし、ゲームも始まったばかりですよ」


「ウソでしょおおお! 菜月もう限界なんだけどぉおおお!!」


 そう叫ぶ芹沢さんに配信当初の緊張はなく、昨日からの同居生活で時おり覗かせた地の部分も見えるようになった。


 そしてゲームは仲間が謎の失踪を遂げたこともあって洋館の探索となり、エントランスの右側の扉を抜けると芹沢さんの悲鳴が再びこだまするのだった。


「おいこれ悪意しかねぇだろ! なんだよこの通路! 窓から外の犬が飛び込んでくるの確定じゃねぇか!!」


[なんという逸材! これは今後の活躍から目が離せませんな!]

[the cutest scream ever]

[あかん、なっちゃんが可愛すぎて新しい性癖に目覚めそう]

[なっちゃん可愛いよなっちゃん]

[This scream that shakes the sound is the best]

[99%の芸人魂と1%のアイドルとしての精神こそVTuberよ]

[よく見つけてきたよな、こんな天才]

[As expected of Anya-tan's production]

[これは今後も期待しかありませんね]


「ねぇサーニャさん? このゴリラほんとに強いのぉ? アイテム全然持てないし、武器もショットガンしか使えないんだけどぉおおお!!」


 かくして期待のVTuber芹沢菜月の悲鳴が世界中を揺るがした配信は2時間に及び、舞台が洋館から中庭に移動したところで次回に持ち越しになった。






 そうして初めての配信が終了すると、芹沢さん、じゃない鴨川さんはぐったりと肩を落としてぼやくのだった。


「こんなもんでよかったんですかね? 昴はもう、ゆかりさんの配信を台無しにしたんじゃないかと、おっかなくて仕方ないんですが……」


「ううん。全然そんなことないよね、サーニャ?」


「はい。どうかこちらをご覧ください、鴨川さま」


 サーニが恭しくお辞儀して表示させたグラフは、鴨川さんを応援するコメントの割合だった。実に全体の4割近くのコメントが鴨川さんの悲鳴……もとい活躍を賞賛するもので、これは今までの0期生と比較しても格段に多い。


「大丈夫。わたしも、サーニャも、磐田社長も……事務所のみんなも鴨川さんを見捨てたりしないから、不安ならみんなと一緒にやって行こうね」


「ありがたい話ですが、そこまでして頂いても昴に返せるものは何もないので、心苦しい限りなんですが……」


「だったら後輩の子に優しくしてあげればいいと思うよ。それで全部チャラ。あとは立派な家を建てて家族を呼び戻すの。恩返しってそういうことだよね」


「はい。情けは人の為ならず。巡り巡って自分を助けるものです。そうした善の循環に助けられたのならば、ご自身の善き行いによって助ければいいのですよ」


 わたしたちのちょっと気取ってみせた言葉に、鴨川さんはドキリとするような微笑を浮かべた。絶望と諦観が払拭されたような晴々とした笑顔に、胸の中が熱いものでいっぱいになった。


「昴は火事の後の親族会議でちょっと嫌なものを見てしまって、気落ちしてたんですが……ゆかりさんたちのお陰で救われたような気がします。ファンがゆかりさんのアーニャを天使と呼ぶのは、比喩じゃなく本当のことだったんですね……」


「ワン」


 その言葉になぜか嬉しそうに尻尾を振ったユッカが、腕の中から身を乗り出して鴨川さんの顔を舐めたそうにする。それを受け取り、くすぐったそうに抱きしめた鴨川さんの笑顔が強く印象に残った。


「もう10時を過ぎていますが、もう少し話せますか? もちろんご迷惑じゃなかったらですが」


「もちろんいいよね、サーニャ」


「ええ、まあ、ゆかりが寝不足にならない範囲でしたら……」


 帰りそびれたことを気にするサーニャを押し切ると、わたしたちは床に布団を敷いて遅くまで話し込んだ。正直いつ寝たのかも記憶にないが、翌朝の目覚めはバッチリだった。


 すでに身なりを整えたサーニャに挨拶すると、幸せそうに眠りこける鴨川さんを申し訳ないが起こしてやり、枕元で丸くなったユッカを抱いて下に降りると、昨日は会えずに終わったお父さんが真剣な表情で今朝の朝刊を読んでいた。


「おはよう、お父さん。どうしたの? そんなに怖い顔をしちゃって……?」


「ああ、おはよう。……そうだな、ゆかりにも無関係の話ではない。目を通しておきなさい」


 そして差し出された新聞を見て、お父さんの顔色が優れない理由を知った。


「お父さん、これって……」


「うむ、実は向こうの担当者と何度か話をして、協力してことを進めると確認したばかりなんだが……もしや、こちらを快く思わない社内の反N社勢力にお家騒動を起こされたのかな? あちらとは先代の頃から因縁があるからな……」


 判断に困ったようにため息をつくお父さんを尻目に記事の詳細を確認する。


 新聞の一面に取り上げられたその記事は、Nicoichi動画を運営するD社の株式を取得したS社が独自のVTuber事業を推進するとあった。


 誰も見たことのないフル3Dの動画配信が世界を変えるという、担当者の美辞麗句で締められたその記事は、最後にN社はアーニャに相応しくないと締め括られていた。






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― 新着の感想 ―
[一言] S社が「アーティストとして活動するならN社よりうちの方が断然ノウハウやコネがあります!」なんて考えなんだとしたら、アーニャに 「アーティスト? 私は1人のVTuber、それ以上でもそれ以下で…
[良い点] ちょうどリアルの推しの子もバイオ初代やっててすごい楽しい回でしたね [一言] 学生時分からS社派の私としては、ちょっと複雑な展開になりそう……一部の過激派の仕業だと思いたい……
[良い点] なっちゃん可愛いよなっちゃん [気になる点] 順平くん、サーニャには当たりが柔らかいけどひょっとしてメイドスキーか? [一言] S社に斜陽加速フラグが? この世界プレ○テ5出ないかも? …
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