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転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?  作者: 蘇芳ありさ
第三章『VTuber争奪編』
43/102

幕間『各界の反応』






2011年12月8日(金)



「やっぱりかよ、チクショウ……」


 S社の若手幹部であるその男は、朝刊の見開きを目にした瞬間にそう叫んだ。それほどまでにその広告が持つインパクトは絶大だった。


 雪化粧が施される京の都に、無垢で可憐な歌姫が舞い降りるのを、世界中で絶大な人気を誇るN社のキャラクターが笑顔で迎え入れる。人種、国籍、年齢、性別を問わず、目にしたものを魅了して、夢中にさせる『魔力』がその広告にはある。まして、その広告に込められたメッセージを正確に読み取れる、自分のような業界関係者なら、なおさら……。


「まいったな、完全にしてやられたよ。まさかアーニャがN社の仕事だとは完全に予想外だ! いや、ネットの噂は把握してたけど、できれば信じたくなかったんだよ!? まったく、少しは加減してくれよ……ただでさえここ数年は負け続きなのに、こちらの得意分野にまで手を広げなくてもいいじゃないか……」


 ガリガリと頭を掻いて抜け毛の多さに驚く。


 実のところ、昨日の夕方から民放各社が盛んに報道していたことは小耳に挟んでいたが、彼としては現実のものとして受け止める心境になかったのだ。


 さもあらん。今となっては言い訳にしかならないが、S社はデビュー当初から『アーニャ』という配信者には注目していた。だが、それはあくまでアーティストとしてであった。


 社内の複数の部署から熱心なオファーをしたときに色良い返事はもらえなかったものの、もとより映像と音楽の分野で支配的な影響力を誇るS社である。いずれ関わることになると幹部たちは高を括っていたが、その前提は今朝の朝刊をもって完全に崩れた。


 既にチャンネル登録者数500万人。総動画再生数1億2200万回(しかもデビューからわずか10日で!)の歌姫を、まさか家庭用ゲーム部門のライバルであるN社に奪われようとは……。


「いや、これは最初からN社の仕事と見るべだな。アーニャという歌姫を見出したことが、このVTuberというまったく新しい枠組みを作る仕事への自信に繋がったと……ここはそう見るべきか。そうでなきゃ、アーニャがデビュー当初から使っている映像技術が半端ないことに説明がつかない……」


 真偽のほどは定かではないが、いずれにしろS社はこの分野でN社に大きく遅れをとった。その損失は、アーニャという稀代のアーティストの確保に失敗したことに留まらず、近年飛躍的な成長を続ける動画サイトでの配信分野においても致命的な遅れとなる。


 違法動画が跋扈する大手動画配信サイト──しかし最近ではHi⭐︎KAKINという品行方正な配信者の躍進により、YTuberという造語が一般にも認知され始めた昨今。進出する土壌は十分にあったというのに、抜け駆けを許した!


 いずれにしろ将来の取引相手に名刺を渡しただけで満足した、幹部たちの尻拭いをさせられる身としては泣きたくなるような状況である。多大なストレスが先ほどの抜け毛に繋がったのだと思うと、辞表を提出して転職するのも魅力的なプランに思える。


「いや、そういうワケにもいかないし、こうなったらウチもやるしかないんだが、俺が言っても聞いてもらえないだろうなぁ……せめて山さんがいてくれたら話は違ったんだが……」


 S社の弱点として、家電部門から独立した各部門が社内でライバル関係にあり、連携が上手くいっていないことが挙げられる。この20年あまりで成長した家庭用ゲーム部門とて、当時の社長を口説き落とした傑物の辣腕と、彼を支えた社内相談役の大山の存在があってこそだ。


 もとは家電屋であり、動画サイトをTVの下位互換と見下す向きの強いS社内で、はたしてどこまで危機感を共有してもらえるか……。


「それでもやるしかないんだ。やらなかったらN社にパイを全部持っていかれる。今から経営陣を説得して声明を出し、内外から必要な技術を集積したら事務所を立ち上げ……ああくそ。この際だ、完成度には目をつぶって、とにかく形だけでも作らないと……」


 一番いいのはN社と提携して一枚噛ませてもらうことだが、今から交渉しても相手にしてもらえないだろう。


 S社の若手幹部である男は降って湧いた災難に苦悩する。せめてアーニャたんだけでも、今からウチに来てくれないかな、と……。






◇◆◇






「……これは前提条件が大きく変わってきたな」


 そして芸能界に強い影響力を持つ《業界の首領(ドン)》と呼ばれるその人物もまた、N社の広告に込められたメッセージを正しく受け取った。


 もともとYTubeやNicoichi動画に代表される動画配信サイトには着目していたし、動画配信の草分け的存在であるHi⭐︎KAKINがこちらに顔を出すようになったことも承知している。いずれその逆もあるだろう……だが、それは今ではない。少なくとも現時点で自分たちが関わるものではない。男はそう確信して、関係各所に安易に関わらぬよう通達を出していた。


 彼が利用価値を見出しながらも距離を置く理由は、偏に利用者の民度の低さにあった。著作権侵害、盗作、転載が当たり前のように罷り通り、責任を問おうにもアカウントを消して逃亡されたら打つ手がない。大事に育てた子供たちをそんな輩と関わらせる親がいてたまるか。男はそう信じていたが、この広告を見たことで再考の余地を認めた。


「N社が自社製品の動画配信を担当するタレントを確保したか……。しかも奇跡の歌姫アーニャとはな」


 いま、世界中で最も高名なアーティストの口から「許可をもらった」と明言させた、その意味に気付かぬほど愚鈍ではない。


「今後N社は自社製品の配信を許諾制とし、無許可での配信を認めない方向に舵を切るだろう。そうなれば他社も追随し、この件に関してはS社も同調するだろうな」


 いまのゲーム配信界隈は酷いものだ。具体的に叩き潰すプランがないから黙認しているが、配信者は自分たちが紹介してやってるから売れているという態度で、制作者が苦々しく思っているのは容易に想像できる。だが、それも変わる。


 業界の巨人であり、最強と揶揄される法務部を抱えるN社が動けば無法者は震え上がる。いずれゲーム関係の動画配信は許可を取ってやるのが当たり前と、利用者の誰もが考える時代が来るかも知れない。ならばその流れを加速するのも悪くない。


「それにこのVTuberという配信スタイルは大きな可能性がある」


 アーニャのように、アニメ調のキャラクターを本人の代わりに表示するスタイルは、歌やトークを得意としながら、自身の容姿にコンプレックスがあるばかりにイマイチ実力を発揮できないタレントにとって、ひとつの救済策となるかもしれない。事実、男の知る限りにおいても、そうしたタレントはごまんといる。


「オレが口をきいてやってもいいが、N社ではな……いや待て、あそこの広告代理店はD2か。それならば何とかしてやれるかもしれん」


 いずれVTuberの時代が来る。いや、オレの手で必ずそうしてやる。そう心の中で誓った男は、朝刊を持ったままの手につい力が入ってしまったことに気がついて舌打ちした。


「しまったな、アーニャたんの大事なお顔にシワができてしまったじゃないか。……まぁいい。どちらにしろ額に入れて飾るのに新聞紙では格好がつかんだろう。D2の伝手でもっとしっかりしたものを手に入れるか。金はいくらでも出す」


 どうやら業界の首領(ドン)と呼ばれるこの男も、立派にあのスレの住人の同類であるようだった。






◇◆◇






 YTubeの運営元であるGlobal LLC日本支社は、連日のように繰り返される問題に今日も頭を悩ませるのだった。


「やはりサーバーを増強しても根本的な解決にならんか……」


「はい。仮にサーバーを現在の2倍に増強しても、せっかくのリソースを他に食われますからね。いっそ専用のサーバーを立てたほうが問題の解決になると思われます」


「随分と簡単に言ってくれるが、それは彼女の専用の動画サイトを新しく立ち上げるようなものだぞ。気軽に言ってくれるな」


 申し訳ありませんと謝罪する部下を、日本支社の舵取りを任されている男は言い過ぎを悔いるように慰めた。


「いや、もともとYTubeのライブ配信は、視聴者が100万人に迫るような配信者が現れることを想定していなかった。これは構造的な欠陥であって君の責任ではない。君のプランは確かに抜本的な改革になる。今日の午後にでも上に掛け合うことを約束しよう」


 外資系の企業で、中途入社でありながら社長を任される男が無能であるはずがない。Global LLC日本支社のトップを務める男は、会議の最中にネクタイを緩めて頭の中でぼやいた。


 まったく、ぼやきたくもなるものだ。確かに彼女の恩寵は凄まじい。瞬く間に世界を席巻した稀代の歌姫は、Global LLCに莫大な利益をもたらした。急増する顧客にスポンサーの企業。そして跳ね上がる株価。なるほど、本社が幸運の女神と歓喜するのも解る。最高経営者の自室に女神の肖像画が飾られていることも事実だ。だが歓待する立場としては、扱いに困るというのが本音だ。


 ただでさえ彼らは一度対応を間違えている。海外のクレーマーを恐れるあまり、正規の手続きを逸脱して女神のアカウントを凍結するという失態を。


 その判断をしたのは彼ではなく、日本支社ですらなく、海外の本社に務めるフェミニスト気取りの優男だったが、そんな事情は顧客には関係ない。結局その件はN社の最高幹部が抗議する事態となり、Global LLCは不名誉な謝罪を強いられる運びとなった。


 既に一度──二度目は許されない中で、頭の痛い問題ばかり積み上がる。


 アカウントの凍結を解除した女神は、その日のうちにYTubeのサーバーを焼き付かせた。信じられない勢いで急増する視聴者の数がそれを可能としたのだ。


 いみじくも先ほど部下を諭したように、YTubeのシステムは彼女のような配信者の登場を想定していなかった。今や最大で80万に届く同時接続者をどう捌くか──せめて彼らがコメント送信を控えてくれたらもう少し何とかなるのだが、女神の信奉者に自重を促しても無駄に終わるだろう。何故なら彼らは女神に自分を認識してもらいたくて必死なのだから。


 いや、もしかしたら内実は異なるかもしれないが、仮にそうだとしてもプラットフォームを維持する彼らの苦労は変わらない。落ち着く気配の見えない熱狂に加えて、もうひとつ、動画サイトの宿痾と言うべき問題も突きつけられているのだ。


「次に無断転載のほうはどうなっているか説明してくれ」


「はい、アーニャのコピー動画は、57の国と地域に拡散して、もはや日本支社が単独で対処できる問題ではなくなっています。本来なら個別の案件として処理すべきですが……総動画再生回数が6億回を超えてますからね。これだけの再生数を『無かった事』にして闇に葬れば、はたしてどんなクレームがクライアントやスポンサーから叩きつけられるか……」


 無論、理解している。彼女の収益化はこの問題を解決せねばどうにもならない。さすがに支払われる対価が実態の5分の1以下になれば、N社は当然として、女神に広告を依頼したいと殺到するスポンサー各社も黙ってはいないだろう。


「解った。その件も午後の会議で上に……いや、一番上に掛け合わねばどうにもならんな。会長に直接掛け合うのはできれば避けたかったが、もはやそんなことは言ってられんか」


 まったく、うちはいつから女神の下請けになったのだろうか? 今やYTubeの運営にとって不可欠の存在となった女神の存在は、幸運であると同時に予想外のトラブルの象徴でもあった。


 それほどまでに短期間で世界中を魅了したアーニャという女神の恩寵に、彼らは連日のように頭を悩ませるのだった。






◇◆◇






 D2は予想される事態に備え、過去最大規模の人員を用意して問い合わせに対応していたが、午後になっても連絡が途絶えずうれしい悲鳴をあげていた。


「今度はNNNです! ぜひ一度話し合いの場を設けさてほしいと!」


「J事務所の会長からN社を紹介してほしいと連絡が! もちろんこちらの同席を望むとのことです!」


 顧客の広告活動代行する広告代理店には、その幅広い人脈に期待してこのような仲介を依頼されることが多々ある。だが、今回これほどまでに依頼が殺到したのはN社の特殊性にある。


 銀行からの融資を必要とせず、経団連にも所属せず、あらゆるしがらみに捕われないN社と関わりのある企業は、その規模から考えると驚くほど少ない。よって、伝手もないのに直接乗り込む自信過剰な人間ならまだしも、友好関係を築きたいと考えるまともな企業が、N社の広告代理店であるD2を頼るのは自然な流れであった。


 午前中の問い合わせだけで200件を超え、最終的にどれだけの案件が発生、どれだけの企業に恩を売れるか、現時点では想像もつかない。


「忙しくなりそうね」


 そんな特需を生み出してみせたN社担当の中村みゆきは不敵に笑った。まったく、アーニャの生みの親である真白ゆかりには、いくら感謝してもしきれない。


 既に最高幹部会から「でかした!」と絶賛され、引き続きN社の担当と、アーニャ関連の案件を一手に委ねられた彼女の将来は明るい。


 そんな中であえて不満を述べるのなら、あまりの忙しさに次はいつ休めるか判ったものではないということだろうか。せっかくプライベートでも親密になれそうだったのに、はたして再会はいつになることやら。


「ま、いいわ。さすがに泊まり込みということはないでしょうから、帰ったらあの子の動画で癒されましょう」


 疲れて帰宅したら、やたら家庭的な妹に笑顔で出迎えられるあの感覚。あれは仕方ない。魅了される。本人もアーニャたんに優るとも劣らぬ美少女だけど。


 N社担当の中村みゆきは両者の笑顔を糧に仕事に励み、けっきょく会社に泊まり込んで『アーニャちゃんねる』の最新動画を視聴することになったが、化粧を落としたその顔は、過酷な労働に追われたとは思えないほど優しくあどけない笑顔で、後輩の女子社員を驚かせた。






◇◆◇






 ところで日本中の関連業界を震撼させ、混乱のるつぼに叩き落としたN社はどうだったかというと、こちらはいつもと変わらぬ平常運転だった。


 平日最後の夜にしては、社内をうろつく社員が数が多すぎるが、これも平常運転。彼らは別に翌日の休日出勤を命じられているわけではなく、たんに会社のほうが遊ぶ相手に困らないから──と、そんな理由で会社に寝泊まりをしている不届きものであるに過ぎない。いつもの光景である。


 もっとも、今日はその数がいつもより多かったが……それとて今朝の朝刊を機に、本人に会ったことがあるという常務から詳しい話を聞きにきた、熱心なファンであるに過ぎない。


 だが、そんな彼らにも常識はある。多忙極まる上司を私事で煩わせようとまでは思わない。ただでさえ、永久機関を搭載しているとしか思えない社長の磐田肇が健康診断で癌が見つかり、入院したばかりなのだ。乏しい常識を発揮して珍しく遠慮した彼らは、同志に声をかけると、共に動画を視聴しながら熱心に語り合うのみであった。


 もっとも、この場に社長代行の真白軍平がいたら、日頃の鬱憤を込めてこう言ったかもしれない。「あの二人が苦労してる? 馬鹿も休み休み言え」と。


 そしてその偏見はこの場において完全な正解だった。朝から社内の自室に籠城して、一心不乱に何かしらの作業に没頭していると思われたN社情報開発本部長にして常務の宮嶋は、真白ゆかりから預かった『宇宙人狼』なるソフトの改良に余念がなく、今も入院中の上司と少数の有志に配布して、休む間も惜しんで遊んでいるだけなのだから──。


「やっぱりクルーとすれ違ったときに挨拶して、最大三件までログに残るのはいいな」


 そして入院中の身でありながら、とある匿名掲示板に出没して無理難題を吹っかけたかと思えば、就寝を勧める看護婦を言い包めて遊び散らすこの男もまた同罪。N社の代表取締役であり、今は気楽な休暇気分の磐田肇はどこまでも自由人であった。


「誰といつどこですれ違ったか分かりますからね。初心者でも苦し紛れに嘘の証言をした人狼の矛盾を指摘できますよ」


「やりすぎると人狼側が不利になり過ぎるが、そういう意味でもすれ違いログが最大三件というのはちょうど良さそうだな」


 宮嶋を始めとする少数の同志と存分に遊んだ磐田は、荒削りなソフトの問題点を指摘してはまた楽しむ。


「あとは会議をどうテンプレ化するかですね。既存のボイチャ主体の他にも、全員が自分のアリバイを証言して、矛盾を感じたら追及できるモードを用意しますか」


「テンプレで追及できるのも三回までと回数制限をつけようか。それとどちらも同時に使えるモードがあるといいかな」


「そうですね。それなら今日中にできますから、明日にでもゆかりさんを通して確認しもらって、オーケーが出たら本番で使いましょうか」


「俺の番組で人狼ゲームか。でも面白そうだな。どうせならクルーをうちのキャラと差し替えるかい?」


「いいですね、やられたときの悲鳴もすぐ用意できますよ」


「さすがにパックリやられちゃうのは刺激が強過ぎるだろうから、たんこぶを作って目を回す程度にしようか」


「そうですね、子供向けの番組ですから」


「そっちが完成したら、ゆかりさんのアーニャたちも使ってみたいな。今のところ五人だが、来週には二桁は行くだろうからな」


「いいですねぇ。でもそれなら設定にも凝りたいですね。もしかしたらうちの新しい看板商品になるかもしれないから、半端なことだけはしたくないです」


「お前さんも凝り性だな。その辺りはゆかりさんの他にも、本人の意向を確かめにゃならんから、今の時点では何とも言えないがな」


 そんな会話をしながら何度目かのテストプレイを終え、他人のゲームを魔改造した二人は同時に息を吐いた。


 あまり根を詰めるのは良くない。息抜きに珈琲をセルフサービスした宮嶋は別の話をすることにした。


「ところでサーニャさんが組んだプログラムすごいですね。無駄がまったくない。元・天才プログラマーから見てどうです?」


「元をつけるなよミヤポン。俺はいまでも現役だぞ」


 ちょっと傷ついたふりをしてみせつつも、磐田は年長の友人である宮嶋の質問には素直に思うところを述べた。


「あれは機械語だな。それをベースにしている。だから無駄がまったくない」


「機械語ですか? でもあれって大変なんじゃ?」


 機械語とは、機械にとっての言語であり、コンピュータのCPUなどが直接解釈・実行できる命令コードの体系である。0と1を並べたビット列として表され、機械にとっては最適の言語であるが、人間とって扱いやすい形式では断じてない。


「まあ、そうなるね。機械語は、8bitなら256種類のアルファベットを使ってコンピューターと会話しているようなものであり、16bitなら6万種を超える漢字を、32bitなら21億以上の象形文字を使うようなものだよ。手に負えん」


「いえ、ちょっと待ってくださいよ。サーニャさんのプログラムは普通のC言語でしたよ?」


「だからベースにしていると言っただろうが。一度機械語で完成したものをC言語に変換してるんだ。それなら異常に読みやすいのも分かる。スパゲッティコードの正反対だよ」


「……疑うわけじゃないけどそんなことできるんですかね?」


「おいおい、忘れてもらっちゃ困るぜ。既存のプログラミング言語も、機械語と格闘した先人が生み出したものだ。そう考えりゃ何の不思議もないだろうが」


「それはそうですけど……」


 どちらにしろ天才だとしか言いようがない。宮嶋は戦慄すると同時に、偉大な才能の持ち主と知り合えた事実に興奮した。


「ねぇ、磐田さん。今からでもサーニャさんを僕のところで引き取れませんかね? ゆかりさんのお父さんと同じ職場だし、行けると思うんですがね」


「それはさんざん話し合ったろ? ゆかりさんもそうだが、サーニャさんもまだ子供だ。本人が強く希望するならまだしも、子供の将来を勝手に決める大人がいてたまるか。子供はやっぱり好きに遊ばせないとな」


「でもそんな社風のせいで、うちは子供部屋で仕事をするおじさんの巣窟ですがね。こいつは誰の責任になるんですかね?」


「少なくとも俺の責任じゃないな」


「僕の責任でもないですよ」


「なら先代だな。あの人が自由にやらせ過ぎたのが悪い。おかげて二代目の俺は旧弊を改める気にもならん。困ったもんだよ」


 仮にこの場に二人のお目付役がいたら、酷く冷たい目で見られたことだろう。先代が特に可愛がっていた宮嶋を自由に遊ばせる為に、代わりに宿題をやる係として外部から引き抜かれた真白軍平の苦労や如何に……。


「まぁ過ぎたことは言っても始まらん。俺たちは精々、いい勉強をさせて貰ったと思うとしようや」


「そうですね。先代も、僕らは面白いと思うものを作ればいいって言ってましたし、苦労するのは真白さんに任せればいいと言ってましたしね」


 ひとしきり愉快そうに笑った二人は息抜きを終え、とある少女にいい顔をする為だけに『宇宙人狼』の手直しを再開するが、その中で磐田は唐突に話題を変えてきた。


「ところで昨日の配信の最中に現れた『天才』は覚えているかい?」


「覚えていますよ。けっきょく何だったんですかね、あの人。具体的に何をしたのかも不明ですし」


「実は裏でメールを送って確認したんだが、サーニャさんの意識が逸れた隙にPCをクラッキングして山札を並び替えたんだよ。本人が白状した」


「……それはまた穏やかじゃないですね。でもそう言われれば、配信中のサーニャさんは妙に周りを気にしていましたね。もしかして予測してたんですかね」


「ああ、本人も出し抜くのに苦労したと言ってたよ」


 愉快そうな磐田の声をボイスチャットを通して聞きながら、宮嶋は話題の中心である人物に興味を持った。自身の知るかぎり最高の天才である磐田ですら舌を巻く少女を出し抜く──それには頭脳だけではなく、クラッキングなどの技術においても比肩せねば不可能だ。


 そんな天才がこの短期間に二人も現れた──宮嶋は心の底から渇望すると同時に、違和感も覚えるのだった。


 自身のアンテナはそこまで低くないつもりだが、これまでまったく引っ掛からなかったのは何故だろうか、と。


「そうそう、さっきの機械語だが……俺は偽装を疑ってる」


「……偽装ですか?」


「ああ。本当は機械語だけでもっと完成度の高いプログラムが組めたのに、目立ちたくないから稚拙を装った……そんな偽装だな」


「……そこまで言うなら何か根拠があるんですよね?」


「あるにはあるが、ここはかのシャーロック・ホームズを見習ってこう言わせて貰おうか。今はまだ語る時期ではないってね」


「なんですかそれは?」


「察しろよ。推理が間違っていたら恥ずかしいからな。もっと証拠が集まるまで、そう言って威厳を保ったんだよ」


 苦いコーヒーを口に含んだ宮嶋は笑った。まったく磐田さんは例の異世界を作りたいって話もそうだが、思わせぶりなことばかり言って僕を楽しませるんだから、と──。






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[気になる点] 幕間『各界の反応』の誤字報告適応されなかった語句についての疑問と補足 > いや、これは最初からN社の仕事と見るべだな。 他は『〜見るべき』で、ここだけ『見るべだな』になってて誤字対…
[一言] 一気に物語が進んでうれしい・・ どう進むのか気になりますね・・
[良い点] 見たかった未来だなぁ
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