いつか出会う運命だったんだよ、きっとね
【電子の妖精】アーニャたんを愛でるスレ232【キャッキャウフフ】
453:名無しの雪国民さん ID:N301WaCHI
なるほど、そのルールなら切り札を抱え込んでも意味がありませんから、彼女としては場が乱れる前に短期決戦を狙うしかありませんね。
454:名無しの雪国民さん ID:AX-2776IT
>>453
はい、N301WaCHI様。私どもの狙いもまさにそれで、いかに彼女の計算を狂わせるかが今回の勝ち筋になります。
458:名無しの雪国民さん ID:M5iy7AP0N
でもそれなら最速で勝てるように山札を組んでくるだけじゃないですか? そうなったら意味がないと思うんですけど……。
459:名無しの雪国民さん ID:AX-2776IT
>>459
いいえ、M5iy7AP0N様。さすがにそこまでしてしまってはイカサマを疑われて、視聴者が白けてしまいます。彼女としてもAnya様の配信を妨害する意図はありませんので、おそらくある程度の揺らぎは残してくるでしょう。今回はそこを突きます。
466:名無しの雪国民さん ID:SHUBARDdd
よく分かりませんが、少ないチャンスをものにする作戦ってことでいいんですかね?
467:名無しの雪国民さん ID:AX-2776IT
>>466
はい、SHUBARDdd様。これは理系の人間が陥りやすい錯覚なのですが、数式が支配する世界に生きるあまり、人間が矛盾した生き物であることを忘れてしまうことが多々あります。自分は非合理とは無縁の生活を送っているし、他人もそこまで愚かなことをするはずがないと、無意識のうちに決めつけて予測を外してしまうわけですね。
473:名無しの雪国民さん ID:SHUBARDdd
なんかそう言うと、頭のいい人はそうじゃない人にペースを乱されて失敗するって読み取れるんだけど?
477:名無しの雪国民さん ID:BON446ta4
でも実際そんなもんじゃない? 相手の手札を知ってたらさ、ここはあのカードを出すのが正解なのに、なんでそのカードをってことはいくらでもあり得るんだし。
481:名無しの雪国民さん ID:N301WaCHI
そうですね。いかに天才でも、人間の不条理な行動を読み切るのは不可能ですよ。
482:名無しの雪国民さん ID:AX-2776IT
>>481
はい、N301WaCHI様。だからこそ、何も知らせないことが重要なのです。知ってしまうとどうしても意識してしまいますからね。
BUnyU3D16様と、AQuA4649N様におかれましては、彼女を遮る盾になっていただき、まずは時間を稼いでいただきたいのですよ。彼女にとって予想外の泥沼の長期戦に引き摺り込む時間をね……。
◇◆◇
2011年12月6日(水)
なんとなく手持ち無沙汰だったんで、マナカと家族の話で盛り上がる傍ら、裏で絵を描いていたのは内緒だ。
リスとウサギにハムスターという三匹の可愛らしい仲間とともに、大勢の雪だるまさんたちの声援を背に、勇者アーニャが魔王サーニャに挑むファンタジックなこのイラスト。
相棒にお願いして、配信画面に急遽公開しちゃったから、今さら内緒も何もないんだけどね。
『相変わらずこの短時間に、まぁ……ゲストも勝手にデフォルメして、随分と逞しくなったものです』
呆れているのか感心しているのかよく分からないサブちゃんに微笑む。内緒と言うなら、裏で普通に話していることを知ったら、みんなは失望するかな?
『ま、サブちゃんが仕掛けたプロレスだしね。台本は知らないけど、このままみんなと協力して、サーニャに一杯食らわせてやればいいんでしょう?』
『はい、その通りです。誰がこの配信の主役か、身の程知らずなメイドに思い知らせてやってください、ゆかり』
そう言って、配信の枠外で微笑むサーニャの笑顔はいつもと変わらなかったが、やっぱり何か隠し事をしているような気配がする。
具体的にどこが気になるのかうまく説明できないけど……強いて言うなら自発的にお布団を干して、おねしょの証拠を闇に葬ろうとしたときの妹と似たような挙動というか。
まぁいいや。もう少し時間がかかるんだったらこの話もして、こっそりプレッシャーをかけてやろうと思ったら、どこかの作戦会議に参加した二人が帰ってきた。
ぽぷらさんはイラストの小動物まで気が回らなかったようだけど、水色さんはバッチリ気づいて恥ずかしそうに微笑んだから、L2Aにリスの耳を付け加えてみた。
もちろん水色さんだけじゃなく、マナカにはハムスターの耳を、ぽぷらさんにはウサギの耳をプレゼントすると、これがまあ二人とも照れること照れること。
あまりに似合ってたんで、耳だけに留まらず尻尾も描いとくんだったと悔しがるが、まあ、お尻にカメラを向けることはないだろうしこのままでもいいか、と雪豹をモチーフにした猫耳を装備して首尾を訊ねる。
「おかえりなさい。二人とも、サーニャに中指を突き立てる準備はバッチリ?」
「うん、バッチリ……。これなら運とか関係なく勝てると思うよ……」
照れつつも嬉しそうに報告する水色さんに、ぴょこぴょこ動くウサ耳に気を取られたぽぷらさんも続ける。
「でもまあ、勝利の秘訣はチームワークだから、作戦が大事だけどね。具体的には……」
「喋っちゃダメ。知らないことが重要だってあの人も言ってたよね?」
「あっ、ごめん。うっかりしてたぽぷ」
「じゃ、予定通り三人でね。舵取りは任せるから、LEADの合図を見逃さないでね」
LEADとは、利用者同士でメッセージをやり取りするアプリだが、わざわざ三人と口にするってことは、二人に呼びかけた社畜ネキさんと今も連絡を取り合ってるのかな?
どっちにしろわたしたちには内緒のようだし、ここは信じて任せるとしますか。
「よしっ、それじゃ、アーニャちゃんもマナカちゃんも、いっせーの、せで、あてぃしの合図を真似してね」
そうして秘密の作戦会議が終わったあとに、水色さんが伝えてきたので彼女の手元に注目して合図を待った。
「はいっ、いっせーの『せっ』」
直前まで例のポーズを用意してたんだけど、水色さんがサーニャに『おいで、おいで』と手招きしたので予定変更。四人で捨てられた仔犬のようなサーニャを呼び戻すのだった。
「…………私の指定した合図と違いますが、まあいいでしょう」
どこか安心したように──それでいてどこか焦っているよう応じたサーニャは何もない空間に視線を向け、わたし以外には聞き取れない声で「厄介な」と吐き捨てた。
わたしは何か予定外のアクシデントが生じたのかと思ったが、枠外のサーニャはわりと平然としていたので、お得意の未来予測が狂ったわけではないと判断してそのまま続けることにした。
「それじゃあやりたい放題のメイドに一矢を報いる、突発アーニャクエストIIIのUNO対決を始めるよ。水色さん、ルールを説明してもらえるかな?」
わたしが咄嗟に思いついたタイトルを発表すると、可愛らしいリスの耳をピコピコと動かした水色さんが条件を提示した。
「ルールは、数字の0と7を出したときに、手札を交換する特殊ルールを採用して……あとUNOを宣言してあがるときは、必ず数字のカードじゃなきゃいけないっていうルールでやります」
水色さんの提案に、枠内のサーニャが不服そうに眉をしかめた。
「……それだけですか? てっきり貴女たち四人がドロー4を手札に加えた状態でスタートする、くらいの条件は突きつけてくると思いましたが、まさかその条件で私に勝てるとでも?」
「もちろんまだあるけど、そんなことをしなくても勝てるよ。それと並び方はサーニャちゃん、ぽぷら、アーニャちゃん、マナカちゃん、あてぃしの順で、ドローカードを重ねるのも禁止でお願いします」
水色さんが提示したルールを頭の中で整理したけど、この条件では勝てる気がまったくしないってのが本音である。
サーニャの正体を知るわたしは、この子がTASさながらに望んだ山札を作れることを知っている。
ぶっちゃけわたしたちは2枚、サーニャだけ20枚の条件でスタートしても勝てる気がしないんだが……はたしてこの条件で超AIの牙城を崩せるものなのか?
サーニャもわたしの考えと同じなのか、この程度では番狂わせは起きないと見切ったかのように余裕の笑みを見せるが──。
「それと出せるカードがないときに、山札からカードを引くときは、出せるカードが引けるまで引き続けるってルールでお願いします」
その余裕は、水色さんが提示した最後のルールによってわずかに揺らいだ。
「なるほど、そう来ましたか……」
これまでに水色さんが提示したルールをは全部で四つ。
ひとつ、数字の0と7を出したときは手札を交換しなければならない。
ふたつ、UNOを宣言して上がるときは数字の手札でなければならない。
みっつ、ドローカードにドローカードを重ねることはできない。
よっつ、山札から引くときはカードを出せるまで引かなければならない。
ひとつひとつのルール自体はわりと見かけるが、それら全てのルールが複雑に絡み合った結果がどうなるのか。予測するのはサーニャの頭脳を持ってしても簡単ではないのか、その口元は今や楽しそうに吊り上がっていた。
「考えましたね。もっとも、誰の入れ知恵かは想像がつきますが」
「うん。同期のみんなが、サーニャちゃんによろしくって」
同期というのはMIT時代の学友という意味かな……?
なんとなくわたしの脳裏に、マリCa配信のときに協力を申し出たサブちゃんのお仲間が思い浮かんだんだけど、さすがにこれはないか。
まさかご主人さまに反抗的なメイドを見て、サブちゃんが人類に反逆したと意図的に曲解して、お祭り気分で冷やかしに駆けつけるほど暇じゃないだろうし、これはわたしの胸にしまっておこう。
まあ真偽は不明だが、当初の余裕が吹き飛んだサーニャを見るに、乗る価値は十分にありそうかな?
「アーニャもその条件でいいと思うよ。負けたらアーニャがサーニャの代わりにメイドをするから、そのときは勘弁してね」
わたしがおどけると、コメントが『アーニャたんがメイドになるとな?』と騒ついたが、気にせず確約した。
「うん、負けたら一週間サーニャがご主人さまで、アーニャがメイド。ソファーで寝そべってぐうたらするサーニャの代わりに、アーニャがメイドのお仕事をしながら配信するね」
「アーニャったらそんなことを言ったら、ここの人たちが……あ、やっぱり」
[アーニャたんが負けたらメイド服だと……?]
[ば、馬鹿な……そんなことがあっていいのか?]
[ごめん。お姉さん、サーニャたんに味方するわ〉社畜ネキ]
「当然スカートは膝上ですよね!?]
[Oh my God! I never thought they would betray you!]
[やばっ、メッチャ面白い〉進藤エリカ]
[社畜ネキが裏切った! 恥を知りなさい!!〉仲上ハルカ]
[おのれ……だが社畜ネキの気持ちも分かる!]
[これは直ちに魔王軍を組織せねば……]
マナカが嘆く間もなくコメントの世論が二分して、めでたく『魔王軍』なる勢力が出現する。
大魔王サーニャに味方して、生捕りにした勇者アーニャをメイドの身に堕とそうとする悪の組織を統べるのは、悪の女幹部と化した社畜ネキさんだろうか?
だとしたら、直前まで打倒大魔王の秘策を練る軍師のポジションにいたのはなんだったのか? あまりの変節ぶりに、生真面目なぽぷらさんが肩を震わせて激怒する。
「こいつらマジでぶん殴りてぇぽぷだな……特に社畜ネキのヤツ、言い出しっぺの分際で裏切るか、普通?」
「うーん、アーニャの視聴者はわりとこんな感じだから……」
他人の迷惑にならない範囲で自分が楽しむことを優先するスタンスは、何もわたしの専売特許ではない。彼らもまた、思い思いにわたしの配信を楽しむ。
これは勝っても負けてもメイド服のアーニャを描くことになりそうだなと笑ったわたしに、どこまでも自分の欲望に忠実な社畜ネキさんを責めるつもりはまったくない。
「はぁ……社畜ネキってさ、アーニャちゃんがメイドになったらエッチな絵を描く気だよね?」
「言われてみれば、さっき家族の話をしていたときに、弟さんたちの絵も描いてほしいってコメントしてたけど、まさかね……」
「いやいや。あいつはきっと何気ない顔をして、アーニャちゃんたちのいやらしい絵を描く気だぽぷ。本当にあいつだきゃあ……」
まあ日頃の行いからあらぬ誤解をされても自業自得なので、フォローする気もまったくないんだけどね……。
「いいでしょう……どんな条件を出されても呑むつもりでしたから、この程度、なんの障害にもなりません」
しばらく無言だったサーニャも勝ち筋が見えてきたのか、不敵に笑って無謀な挑戦を退けると宣告する。
はたして勝つのは傍若無人なメイドか? それとも他人の視線に耐えられない小動物なりに、意地を見せるわたしたち四人か?
よく分からない理由で始まった決戦の火蓋は、こうして切って落とされたのだった。
と、そんな感じで始まった変則UNO対決だが、CPUに配られたカードは予想以上に酷かった。
スキップやリバース、ドロー2などの役札は一枚もなく、色も満遍なく散っていて、特殊ルールの手札交換に使える0と7も見当たらない。
まさか数字のカードだけでUNOをやることになるとは……さてはサブちゃんのヤツ、なりふり構わず最速で勝負を決めにきたな?
「特に色が散ってるのが痛いね。都合よく同じ数字で色を変えられても、そう何回も変えられるわけじゃないし」
「そうよね。手詰まりにならないように相談しなきゃね」
マナカがわたしの嘆きに同調するが、ぽぷらさんは明るい笑みを見せた。
「そうなったら、山札から出せるカードが出るまで引けるからチャンスぽぷよ? 何事も前向きに考えよう」
「普通ならそうだけど、どうせあてぃしたちは0と7以外の数字しか引けないようにできてるんだよ。……そうだよね、サーニャちゃん?」
「さて、結果としてそうなったとしても不正は一切していませんよ。自動生成される山札を、望んだ構成で引き当てるタイミングを知り尽くしているなら、話は別かもしれませんがね」
まずは水色さんが揺さぶりをかける作戦かな? 水色さんがカードをシャッフルした時点で不正をしてたんじゃないのと指摘するが、サーニャはカード見ながら組んだ山札とまったく同じ構成でも偶然だとシラを切る。
このソフトがサーニャの作ったものだと知っているわたしは、水色さんの指摘の正しさを認めたが告発できるような証拠はなく、その気もない。
水色さんもそこまで追求する気はないのか、ジャブの応酬に満足したように微笑するのを確認して、サーニャが山札から捨て札を切った。
出てきたカードは緑の7と、これがまた白々しい。
「おや、残念でしたね。もう少し早く出ていれば、UNOを宣言した私の手札と交換するチャンスもあったでしょうに」
「そんなことは誰も期待してねぇぽぷだから、少し黙ってろ、マジで」
運が悪かったで片付けるサーニャをジト目で睨んで、左隣のぽぷらさんが緑の4を捨て、順番が回ってきたのでわたしも緑の6を捨てた。
そのあとはマナカが緑の1を捨てて、水色さんが緑の8を、サーニャが緑の3を捨てて場が一巡する。
……うん、なんていうか地味だね。
わたしとしては役札と悲鳴がバンバン飛び交うUNOが好きなんだけど、今回のルールでそうならないことは理解しているつもりだ。
まずドローカードにドローカードを重ねられない時点で、特定の相手を狙い撃ちにすることはできない。そして最後の一枚に捨て札の色に関係なく出せるワイルドカードを温存することも、今回のルールではできない。
つまりサーニャから見れば大量の役札を抱えるメリットはないし、自身の進行を妨害しうる両隣の二人に役札を引かせることも論外と考えれば、こうして数字の手札を淡々と場に出す地味な展開になるのも理解できるが、やはり面白くはない。
「やっぱりさ、UNOは大量に抱え込んだドローカードを切るのが面白いんだから、サーニャのお尻をペンペンしたら、次はドローカードを重ねられるルールでやろうね」
わたしが何気なく提案すると、コメントが『サーニャたんのお尻をペンペンだと?』って騒ついた。またか。
[そ、それはお仕置き中の光景も配信されると考えても……?]
[悪い子のお尻をペンペンするなら、当然パンツを下ろしますよね!?]
[ば、馬鹿な……そんな至福があっていいのか?]
[ごめん。お姉さんやっぱりアーニャたんに味方するわ〉社畜ネキ]
[What a punishment for a maid?]
[裏切り者はカエレ! こっち来んな!!〉仲上ハルカ]
[エリカ、そのルールでだいたい爆死するw〉進藤エリカ]
[よし、ここは間をとって二人ともお仕置きを……]
[BANされてもいいように録画しといて良かった……!!]
……うん、知ってた。
本当にここの人たちときたら自分の欲望に忠実で、呆気に取られるサーニャの顔を見ると笑みがこぼれそうになる。
「あのね、お尻ペンペンはただの言葉の綾だから、そんなに期待されても困っちゃうよ」
言って二巡目のカードを出して、これで緑の手札は打ち止めとなる。
なおも騒然とするコメントを他所に、マナカは緑の手札がないのか山札を引いて、二枚目で緑の9を引き当てて場に出し、水色さんは淡々と緑の6を出す。
サーニャはしばらくお祭り騒ぎのコメントを睨んでいたが、例の芝刈り機を持ち出すほどではないと判断したのか、黄色の6を出して捨て札の色を変えてきた。
「うーん、黄色なら一枚あるから、サーニャのほうから色を変えてくれたのはありがたいんだけど……」
ここまでマナカ以外の面子は順調に手札を消化している。サーニャの狙いが最速での勝利でも、ゲームの親を担当するこの子の出番は一番最後。その前にわたしたちの誰かが上がってしまったら、その方程式は成り立たない。
そう思うと今は順調でも、このまま黄色の捨て札に乗ったらドン詰まりになるかもしれない。ならば早めに色を変えるべきだ。
「深読みのしすぎかもしれないけど、できたら他の色に変えたいよね」
今回は四人かがりということで、禁止されていない相談を持ちかけるとマナカが乗ってきた。
「私も黄色はあるけど、ブラフの可能性はないかな? 私たちにそう思わせて、別の袋小路に追い込もうとしてるみたいな?」
「うーん、読み合いは苦手だけど、サーニャならそこまでお見通しかもしれないね」
あえてUNOを宣言するときに、ワイルドカードで見当違いの色を指定して疑心暗鬼にさせるこの手口。他の参加者の手札が潤沢で、途中で色を変えられそうなときに仕掛ける心理戦だが、こっちの手札をお見通しのサーニャなら序盤から仕掛けてきてもおかしくない。
はたして正解はこの裏か? そのまた裏か?
柄でもなくギャンブラーのように深読みして、頭から煙が出てきたわたしに笑みをこぼした水色さんが提案する。
「それなら間を取って元の色に戻すのはどうかな? サーニャちゃんも緑は二枚使ってるから、黄色を減らしたかったのもウソじゃないと思うんだよね」
UNOはサーニャがやったように、前のカードと同じ数字なら色が違っても場に出せて、捨て札の色を変更できる。この場合、緑の6があるなら元の色に戻せるんだけど……。
「ごめん、アーニャは緑のカードを使い切っちゃった」
「私も緑は一枚しかなかったから……」
と、ここでぽぷらさんの返事が少し遅れた。
直前まで余所見をしていたぽぷらさんが自分のカードを確認すると、別の案を提示してきた。
「なら別の色にしようや。赤ならできるけど、他の色は無理ぽぷな」
「私は赤もなくって。……青なら3と5があるから、アーニャかぽぷらさんが同じ数字を出してくれたら変えられるけど?」
「あっ、青でもいいよ? 変えられる?」
再度の要請に確認するまでもなく覚えていたので、わたしは即座に了承した。
「赤の3ならあるよ! アーニャの番が来たら出せばいいんだね?」
「うんっ、お願いね!」
「おけぽぷな」
ぽぷらさんが赤の6を出し、わたしが赤の3を出すと、その間、何事か考え込んでいたサーニャが疑念も露わに叫んだ!
「待ちなさい! 一体どう言うつもりで──」
構わずマナカが青の3を出して色を変えると、水色さんはしてやったりと満面の笑みを咲かせてこう言った。
「あっ、ごめーん! よく見たら青を持ってなかったから山札から引くね?」
なんというか、さすがにこの展開は予想してなかった。まさか出せないカードを指定して、山札を崩そうとするとは。
清々しいほどの笑顔で山札からカードを引く水色さんに、サーニャが肉食獣のように口角を吊り上げる反応を見るに、この一手が蟻の一穴になることは確実だった。
「……手持ちにない色を指定するとは思いませんでしたが、この程度の計算外を修正できないとでも?」
「わかんないよ? チリも積もれば山となるっていうし、なんでも試してみるもんだよ」
「そうですか。そういうことならそちらの砂遊びに協力して差し上げましょう」
2枚目のカードで青の4を引き当てた水色さんに続いて、サーニャが場に出しのはワイルドドロー4のカードだった。
捨て札の色に関係なく場に出せて、次の人に四枚のカードを引かせた挙句、強制的に手番を終了させる強力きわまりないこの役札。持っているだろうとは思ったが、このタイミングで切ってくるとは……これはマズいのでは?
「色は、当然緑で。良かったですね。三人とも手札を増やすチャンスですよ」
わたしたち三人が緑のカードを持っていないことは先ほど口外してしまった。
短く舌打ちしたぽぷらさんに続いてカードを引くと、五枚目にしてようやく緑の1が出て、マナカは四枚目にして緑の5を。
水色さんは沼ったのか、九枚もカードを引いて、配信のコメントは絶望的な戦況に阿鼻叫喚の惨状に──おい、魔王軍はどこに消えた?
「これは勝負ありましたね。降参するなら寛大な私はもちろん許して差し上げますよ? これに懲りたら……」
社畜ネキさんのモーションデータを参照しているとしか思えないサーニャが、とびきり邪悪な笑顔で勝利宣言をするが、それを阻んだのは──。
「そうでもないよ……?」
水色さんがようやく引き当てたカードを出すと、サーニャの顔色が変わった。
「ちょっと注意力が散漫だったね? こうなる前に決着をつけるつもりで、意外と浅いところにしまってたのかな?」
緑の7を場に出した水色さんが、自分の手札をサーニャの手札と交換する。
「まあ、あてぃしの凡ミスまで計算するのはちょっと無理だったかな? それともアーニャちゃんの発言に沸き立つコメントに苛立って、集中力が欠けちゃったとか?」
「えらそうに言ってるけど、7がでたのは偶然だかんな? 本当なら、サーニャちゃんが自分で引くつもりのドローカードが出たら万々歳だったし」
「……やってくれましたね」
どこか悔しそうに──それでいて嬉しそうに負け惜しみを口にするサーニャの笑顔を目にしたわたしは、この子の狙いが何処にあったのか判ってきた。
見事にやり遂げた二人の笑顔に、当初の緊張はどこにもない。
それが答えの一つだろうと納得したわたしは、机に手をついて立ち上がると反撃の狼煙を上げた。
「よしっ、このまま押し切るよ。水色さん、変えてほしい色があったら早めに言ってね。みんなで援護するから」
「そうは行きませんよ。私の手札が奪われても、まったく想定していなかったわけではありませんから、ここから十分に巻き返せます」
面白くなってきた。この手の頭脳戦は苦手だが、こういうのを経験すると悪くないと思える。
その後は水色さんのUNOがサーニャに阻止されたこともあって、わりと泥試合になったが……27分の激闘を制したのは、どんなに手札が呪われていてもめげずに頑張ったマナカだった。
いや、マナカがUNOを宣言したときはすごかったね。サーニャに色を変えられて、山札から大量に引かされること二回連続でさ。三回目に宣言したときはみんな祈ってたもん。これ以上マナカたんを虐めないでって。
そんな途中経過があったから、マナカが上がったときはコメントがすごいことになって、YTubeの接続に遅延が発生したけど大丈夫だったかな?
まあ数分もしたら落ち着いたから、特に問題はなかったと思い込むとしようか。ネットのニュースを確認するのが怖いけど。
そうして昨日に続いて30分以上延長した配信も、つい先ほど終わりを迎えた。
敗北して囚われの身となった大魔王は、視聴者も含めた全員にごめんなさいと謝罪して笑顔で許され、肩に『負け犬』のタスキをかけて、柴犬をモチーフした耳と尻尾をつけることで無罪放免となり、和解後は一般的なルールのUNOを遊んで大盛況だった。
「ふぅ……熱くなりすぎて汗かいちゃったな」
時間になり、マイクを切って新作のエンディングを流すと、だいぶ汗をかいていたので思わずチェックしてしまった。寒気はしないから冷や汗さんじゃないと思うが、念のため着替えておくか。
インカムも外して立ち上がったわたしに、サブちゃんがぺこりと頭を下げてきた。
「お疲れさまでした、ゆかり。これで彼女たちも自信を付けるでしょう」
やっぱりそういうことか。それならそうと伝えてくれればいいのに、サブちゃんってば相変わらず秘密主義なんだから。
「まぁ、そんなことだろうと思ったけど……だからって憎まれ役までやることはないんじゃないかな? 途中までサーニャが嫌われたらどうしようって、内心かなり焦ってたんだけど?」
たぶん、その汗も含まれてるな。わたしがタオルを取ろうと離席すると、その背中にサブちゃんの意外な弱音が届くのだった。
「実のところ、私はお前のようなポンコツに用はないと叩かれたかったのかもしれませんね」
「……どういうこと?」
わたしは意味が分からず、タオルを手にした姿勢のまま硬直した。
「白状しますと、昼間にやらかしまして……」
恥じらうように俯いたサーニャが懺悔する。
「私は先入観による偏見に囚われていました。残された記録から、きっとこんな連中に違いないと軽蔑し、嫌悪していた相手と接触して……でも実際に話してみたら全然そんなことはなく……それで自信がなくなってしまったんです」
「…………」
「もともと私のしていることは、ゆかりなら問題なくできることばかりです。ソフトの開発も、私の製作者であるゆかりのほうが遥かに上……。まあその場合は、ソフトの出所を誤魔化すのに苦労しそうですが、周囲の大人がうまくやるでしょう」
「…………」
「私の存在は決して不可欠ではない。こんな愚かな失敗をするAIはゆかりの成長を阻害するだけではないかと……」
「…………」
「だから私は叱ってほしかったのでしょうね。今日も自然と私が叩かれる流れになればと、無意識に私情を配信に持ち込んでいたようです。本当に勝手なことをして申し訳ありませんでした、ゆかり。どのような罰でも甘んじてお受けします」
……うん、一千年以上未来のAIでもとんでもない事実誤認をすることはよく分かった。
「あのね、サブちゃん」
「はい、ゆかり」
「わたしはすごいAIだからサブちゃんを大事にしてるんじゃないよ?」
わたしはタオルを手にしたまま机に戻って、ジッとPCのモニターを覗き込んだ。
「仮にサブちゃんがとんでもないポンコツでもわたしの気持ちは変わらなかったと思うな」
あのときの気持ちはよく覚えている。
これからどうしようかと手探りでVTuberを目指したときに、サブちゃんと出会って協力を申し出られたときの気持ちは。
「嬉しかった。……こう言うと誤解されるかもしれないけど、サブちゃんはわたしにとって、自分のお腹を痛めで産んだ実の我が子も同然だもんね。わたしが初めてママって呼んだとき、お母さんはきっとこういう気持ちだったと思うよ」
「ゆかり……」
「だからわたしはこれからもこう言うよ。サブちゃん、いつもありがとうって」
サーニャのL2Aはまるで迷子の女の子のようだった。
でも帰ってきた。わたしのところに帰ってきてくれた。そんな子に伝える言葉は他に知らない。
「おかえりなさい……。というわけで、今後もどうかお見捨てなく……なんちゃって」
「はい、こちらこそどうか……いつまでもゆかりの傍に置いていただければと」
じっと見つめあって仲直りすると、さっそくいつもの調子を取り戻したサブちゃんは自分の後ろに資料を表示させる。
「さて、汗かきのゆかりは着替えを優先してください。昼間はゆかりが教会に突撃したせいで、いつもの作戦会議ができませんでしたからね。伝達事項を纏めてありますので、汗を拭きながらお聞きください」
「うん、ごめんね」
「いえ、ゆかりはそうでなければと応援している身なので謝罪は無用です。まず先日のC社の案件ですが──」
サブちゃんの報告を聞きながら汗を拭き、寝巻きを新しい物に替えると、不意にスマホから着信音が聞こえた。
この独特のメロディは、メールの着信音ではなく──。
「どうぞ。通話の相手はご友人のアーリャさまのようですから、どうかそちらを優先してください」
そんなに視線で「出たい」と訴えてたのかな?
なんだか浮気をしているようで気まずくなったが、サーニャの笑顔は優しいままだったので、お言葉に甘えることにした。
「もしもし、アーリャ? 今日はありがとう。すっごく楽しかったよ」
あのときわたしが設計したプログラムは、この時代のパソコンでは動かなかった。それでも諦めずにわたしに会いにきてくれる確率はどれくらいあったのか。
わたしがお父さんとお母さんの娘に生まれて、弟や妹と暮らせる確率。磐田社長や宮嶋さん、大谷部長や中村さんと知り合える確率。社畜ネキさんに目をつけられる確率。仲上さんたちや、ぽぷらさんたちからメールをもらえる確率。そしてあのときの臆病なわたしがアーリャに返事をする確率。すべて乗算したら、いまの現状は奇跡としか思えないような確率の上に成り立ってるのだろう。
それでもわたしたちは出会った──ならばきっと、これはそういう運命だったのだろう。
世界は回る。みんなを乗せて。自分の殻に閉じこもらず外に出れば、いつかきっと出会える。
だって世界はこんなにも繋がっているのだから──。
「ところで、転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど、アーリャはどう思うかな?」
「えっ……? い、いきなりそんなコトを言われても……」
 




