シリーズ物の初タイトルってナンバリングがされてないから、だいたい「初代」とか「無印」とか呼ばれるんだよね?
【電子の妖精】アーニャたんを愛でるスレ213【Wコラボ満喫中】
281:名無しの雪国民さん ID:i6FyfqQkD
今日のアーニャたんはまた、随分と楽しそうにはっちゃけるなぁw
288:名無しの雪国民さん ID:DSNWAhSyr
社畜ネキのときは猛獣と同じ檻に入れられたようにビクついてたから、正直同一人物とは思えんwww
293:名無しの雪国民さん ID:DkHLfMYml
アーニャたんが楽しみにしてた3Gコラボってのもあるけど、それだけ今回のお客さんさんがうまく合わせてくれてるってことだろうね。
297:名無しの雪国民さん ID:XE7K40HTi
正直アーニャたんの配信に他の配信者が必要かって思ってたんだが、だいぶ印象が変わったわ。
添え物って言い方をすると今回のお客さんらに失礼かもしれんが、今までにない別の魅力を引き出してくれて色々と捗るわ。
301:名無しの雪国民さん ID:AQuA4649N
アーニャちゃんって大きな犬が好きだって言ってるけどメッチャ分かるわ。
304:名無しの雪国民さん ID:4RANU1x6Z
アーニャちゃんって北欧系の外見だから、シベリアンハスキーは完全に解釈一致だね。
311:名無しの雪国民さん ID:Gra3meDa4
なんか今の話を聞いてシベリアンハスキーの一家を率いるアーニャの姿が思い浮かんじゃった。
318:名無しの雪国民さん ID:Fz4xHOpPj
そしてその背後に無数の雪だるまという俺らが連なる訳か。
322:名無しの雪国民さん ID:k0koGAgtk
すごく幻想的な光景ですね!
327:名無しの雪国民さん ID:DANcho321
待って! 海で泳いでたアーニャちゃんがすんごく嬉しそうにこやし玉をぶつけに行ったんだけどwwww
330:名無しの雪国民さん ID:SHUBARDdd
これもう完全に青熊退治忘れてねえ?
333:名無しの雪国民さん ID:QNdaKygON
こやし玉の表現を絶賛されて不服そうなサーニャたん頑張れwww
338:名無しの雪国民さん ID:O4OsqCAjr
ハルエリの二人もええキャラしとるわw
343:名無しの雪国民さん ID:wRVxSAiTL
彩鳥乱入、恐暴竜召喚の地獄絵図wwww
349:名無しの雪国民さん ID:D5YVGVmLs
下位のクエストなのに何故って思ったら、サーニャたんの違法改造がバレてアーニャたんにメッてされとるwww
356:名無しの雪国民さん ID:8ViedgXYE
そして高らかと恐暴竜の討伐を宣言するアーニャたんの勇姿よ…
360:名無しの雪国民さん ID:nxnvK0Rdm
うーん、これぞモ◯ハン。三人ともよう分かっとるわ。
362:名無しの雪国民さん ID:MHfbxMuTK
しかしアーニャたんも熟れてきたというか、随分と図太くなった印象だな。
配信が始まるまで大人の都合で振り回されてないか心配だったんだけど、これなら嫌なことは嫌だと言ってくれそうで安心したわ。
365:名無しの雪国民さん ID:Bv01Oxv48
その代わりサーニャたんが苦労人枠に収まりそうな気配ですがねw
369:名無しの雪国民さん ID:wO3CKIiTZ
どっちにしろアーニャたんが楽しそうなのはええこっちゃ。これからも俺らを勇気付ける笑顔のアーニャたんであってくれ。
373:名無しの雪国民さん ID:BON446ta4
ま、子供だしね。苦労するのは本スレで爆死した社畜ネキに任せて好きにしたらいいんでないの?
377:名無しの雪国民さん ID:AR6fL3yaC
私もそう言いたいけど、他に苦労しそうな子を知ってる身としては、軽々しく同意できないわね……。
◇◆◇
2011年12月6日(水)
クラスメイトと別れた直後に確認したが、翌日の午後になってもアーリャの返事は無し、と。
わたしが図書館で待ってるんじゃないかとダッシュで駆けつけてきたあのアーリャが? 二回連続でメールを無視した挙句、通話にも出ない? そんなことがあり得るのだろうか……?
……否、断じて否。本人の名誉のためにも、アーリャはそんな子じゃないと声を大にして言いたい。
ならば返事が来ないのは何故か。それはきっと何かあったに違いない。そう、例えばわたしと連絡が取れないほど危機的な状況にあるとか……うわぁー、大変だぁー(棒)
「というワケで本人に会って直接返事を貰おうと思うんだけど、近くに留学生の受け入れをやってそうな教会はないかな?」
『そういうコトなら市内にロシア正教の教会がありますが……』
「ロシア正教の? うんっ、北欧系でロシア風の愛称のアーリャの受け入れ先にピッタリじゃない!」
『いえ、待ってください。いくら何でも先走りすぎです。とにかく一度帰宅して、ご友人がいるかどうか確認してからでも──』
残念ながらそういう訳にはいかないんだよね。何しろ危機的状況(建前)かもしれないし、拙速は巧遅に勝ると昔の偉い人も言ってるもんね。
まあ、今からでもアーリャに「助けてアーリャ! 知らないおじさんに連れていかれそうなの!」ってメールをしたら、場所も告げてないのにダッシュで現れそうな予感がするけど、そういうウソはよくないもんね。これが一番無難な解決方法だよ。
「じゃ、ちょっくら行ってくるから後はよろしくね?」
『ちょっ、昨日からフリーダム過ぎやしませんか? お願いですから話を聞いてください、ゆか──』
情報源との通話を打ち切ったわたしは、直ちに『ロシア正教』のキーワードで検索。その結果、思いのほか近くに存在することが判って駆け足開始よ。
そうしてスマホの地図を頼りに10分ほど走って、たどり着いたのはいかにもロシア風の教会って感じの大きな建物の前だった。
「う〜ん? ロシア正教ってソ連時代に弾圧されて、最近になって復興したってイメージがあったんだけど、そうは思えないほど立派な教会だね……」
そうなると、ソ連以前のロシア正教が日本で建てた教会だろうか? ますますビンゴの予感はするが、勝手に入っていいんだろうか?
「って思ったら、外来者向けの案内板があるね。なになに……」
難しそうな専門用語も使われていたが、そこはわたしの語学力(チート能力)で解決した。
「この時間は教会側から特別な催しはしてないけど、相談したいことがあるならご自由にお入りください(意訳)って書いてあるね。よしよし」
だったら遠慮はいらない。重そうな扉を引っぱって上半身をねじ込むと、内部は礼拝堂のような空間になっており、わたしの他に来客は不在だったが、白い法衣に身を包んだお爺さんがこちらに気づいたので挨拶した。
「Эм, я не верующий, можно мне войти внутрь?」
「綺麗なロシア語ですが、日本語で構いませんよ。私はこの教会を預かる司祭のミハイロフと申しますが、何がご相談でも?」
なるほど、司祭さまか。これは当たりかもしれないと中に入って一礼すると用件を切り出した。
「実は友人のアーリャがこちらの教会でお世話になってるそうですが、日曜から連絡がつかなくなって心配で訪ねてきてしまったんです」
わたしが両手を合わせて打ち明けると、司祭さまの柔和な顔に納得の表情が広がった。
「なるほど、そういうことでしたか。たしかにアーリャなら私どもの教会に寄宿しております。時間的にはもうすぐ帰ってくると思いますので、どうかこちらでお待ちください」
「あっ、待たせていただけるんでしたら、お邪魔にならないように外で待ってますが?」
「いえいえ、わざわざ訪ねていらっしゃったお客さまを外で待たせたら、あの子に叱られてしまいますよ。さあ、この哀れな老いぼれに情けをかけると思って、どうぞこちらに」
「すみません。よろしくお願いします」
重ねて断るのも失礼だと思ったで、ここは素直に従っておく。
見たところ80歳は過ぎてそうな感じだけど、背筋も真っ直ぐで足腰もしっかりした司祭さまの後ろに付いて行くと、豪華な教会のスペースを抜けたと思ったら、一転して現代日本風の生活空間が目の前に現れた。
「あの子の部屋はこちらです。どうぞ中でお待ちください」
「え? それって勝手に入ったら拙いんじゃ……?」
自分でも図太くなったと思ってるが、図々しくなったと思ってるわけでないので遠慮したが、司祭さまは微動だにしなかった。
「この老いぼれが婦女子の部屋に入り浸るわけではありませんから、アーリャにも異論はないでしょう。もっともあの子は『はい、司祭さま』以外の返事を中々してくれませんがね」
こりゃ敵わんとわたしはすぐに悟った。こんなケチな小娘の遠慮など歯牙にも掛けない大人の包容力が、この司祭さまにはあった。
「いえ、生意気なことを言って申し訳ありませんでした。お言葉に甘えてアーリャの部屋で待たせていただきます」
「それではアーリャには早く帰ってくるように連絡しておきましょう。それとすぐにお茶をお持ちします。ロシア風の紅茶とケーキしかないので、お口に合えばいいのですが」
そう言って懐からスマホを取り出し、慣れた手つきでメールを打つ司祭さまの姿に仰天する。
いや勝手な先入観なんだけど、こんな所縁ある教会の司祭さまがわりと最新のアイテムを使いこなす姿にね、カルチャーショックを受けたみたいな。
「偏見ってよくないんだなぁ……やっぱり」
メールを打ち、笑顔で来た道を戻って行った司祭さまの姿が見えなくなってから、わたしはしっかりと反省した。
そうだよね。異国の司祭さまだって日本で生活してたらこっちの文化に慣れるだろうに、あんなに驚いて。あとで謝らなきゃ。
「よし、反省もしたし……それではお邪魔します、っと」
自己完結という名の覚悟も完了して、アーリャの部屋に踏み込もうとするが、目当てのものが見つからない。
ここまで靴を脱ぐように促されなかったが、さすがに友達の部屋に土足で踏み込むのは拙かろうとスリッパを探したわけなんだけど、当然のようにそんなものはなく、仕方なく顔を出した室内に彼女のものと思われる靴が数足あるのみだった。
「これは困った……先に司祭さまに確認しておけばよかったかな」
そんなわけで立ち往生。……なんかヤだな。ここまで突っ走っておきながら、しないで済む言い訳ばかり得意だった昔のわたしに戻ったみたいで。
そんな居心地の悪い時間は5分ほどだったろうか? 銀色のトレイを手に戻ってきた司祭さまが驚いたような顔をした。
「どうしました? あの子の部屋に鍵はかかっていなかったと思いましたが?」
「その、土足のままなので、靴を脱ぐべきか判断がつかなくって……」
わたしが申し訳なさそうに説明すると、司祭さまは失敗を悟ったかのような表情になった。
「これは失礼しました。日本の方には室内で靴を脱ぐ習慣がありましたね。当協会は洋風建築なので、室内でも靴を脱がずにお寛ぎを」
どうやら土足で踏み込んでも非礼に当たらないようで安心するが、これが異文化交流か。仮にも世界を股にかけるVTuberを名乗ってるんだから、もっと勉強しないと。
「すみません、色々と失礼しちゃって」
「いえいえ、こちらこそ文化の違いを失念してご迷惑をおかけしました」
そう言ってお互いに頭を下げ合うところだけは何とも日本的で、わたしは少しだけおかしくなったが、いつまでもこうしていては司祭さまも困ってしまうだろう。今度は人が通れるところまでドアを開けると、わたしは司祭さまを先導するような格好でアーリャの部屋に入った。
洋風のおしゃれな部屋だけど、私物が少なく最低限の家具しか置かれていないアーリャの部屋。その中にわりと最新のノートパソコンがあったり、漢字の教本が何冊かあったりしたのは、いかにもそれらしかったが。
「気になりますか? あの子がここでどんな生活をしているのかと?」
日本風のちゃぶ台ではなく、洋風のテーブルにトレイを置いて紅茶を淹れだした司祭さまの言葉に、わたしは下世話な内心を見抜かれたように赤面した。
「実のところ、私も気にならないと言えば嘘になります。最近、友達ができたと嬉しそうに口にしたのは覚えていますが、あまり自分のことを口にする子ではないので。慣れぬ日本で上手くやれているのかと、それはもう心配で」
つい癖で配膳を手伝おうとしたわたしは、司祭さまが何を聞きたがってるのか判った。
「アーリャなら楽しそうにやってますよ。最近は図書館で漢字の勉強を頑張ってるみたいで。わたしも手伝ってるんですけど、たぶん、学校の勉強に付いて行こうとやる気を出してるんだと思いますよ」
わたしが笑顔で説明すると、司祭さまは安心したような顔になった。
「そうですか。あの子がそんなことを……」
「アーリャって何でも一生懸命で、見ていると応援したくなってくるんです。不器用なところもあるけど、等身大の女の子って感じで、人の努力とか善意とかを再確認できるところに安心しちゃうんですよね」
そんなアーリャのようになりたいと思ったからこそ、わたしはVTuberになることを選んだのだ。
「できるのにやらない言い訳ばかり考えるのはもう沢山。完璧じゃなくていいじゃないか。なりたい自分がいるなら、後悔するのは後回しにしてまずはやってみようと、そう思ったんです」
気がつくと自分語りをしているようで気恥ずかしくなったが、こうした相談に慣れているのか、司祭さまは穏やかに微笑してわたしを肯定してくれた。
「これは善い話を聞かせていただきました。あの子もそうですが、貴女も、主の御心に適う生き方をしておられる。全知全能たる主は、子らである貴女たちの自助努力を何よりも尊ぶのです。どうか今のまま信じる道をお行きなさい」
そこまで褒められると、なんとなく悪いことをしている気持ちになるのが、わたしの小心者かつ小市民たる所以か。
まあ実際、クラスメイトに「今日は一緒に帰ろう」と言えるような人間になりたかっただけだもんね。完全に自己満足の世界に、いままで大勢の人間を巻き込んでるし、本当にそこまで褒められた人間じゃないのよ、わたしは。
「……恐縮です」
とは言え、そんな事情とは無関係の司祭さまに反論しても意味はないし、ここは素直に謝辞を受けるしかない。
そんなわたしの目の前で、数人分はあろうかという豪華なお茶会の準備が完了しつつあった。
「さて、まずは紅茶からお召し上がりください。こちらのジャムを舐めながら、濃い目の紅茶を頂くのがロシア風ですが、角砂糖とミルクも用意してありますのでお好みでどうぞ」
「あっ、ロシア風の紅茶って、砂糖の代わりにジャムを溶かすんじゃなかったんですね?」
「いえ、それもまたロシア風ですが、そもそも砂糖が貴重な時代に生まれた風習なので、ジャムを直接舐めるのは下品だと感じるお客さまもいらっしゃるでしょうから、そこは臨機応変に対応していただければ」
「そうですね。それではまたとない機会なので、ロシア風の紅茶を試してみますね」
そう答えて、ティースプーンに少量のジャムを付けてから、口の中で一緒にしてみたが、これがなかなか面白かった。
「うん、こういう飲み方も新鮮ですね。これなら一口ごとにジャムを変えられるから、いろんな味が楽しめます」
「お口にあったようで何よりです。さあ、こちらのケーキはロシア風ではなく英国風ですが、紅茶文化に関してはあの国に敵いませんので、善いところは見習わせていただきましょう」
なるほど。ケーキというより、柔らかいクッキーにクリームとジャムを山ほど搭載する食べ方は、漫画で見た英国風そのものだ。司祭さまの食べ方を手本に、見よう見まねで完成した自信作を口に運ぶと、むせ返るような甘みが口内で爆発した。
「これは、滅多にない経験ですね……」
「ふふふ。今度は紅茶を少量、そのまま召し上がってくだされば、丁度よい塩梅になろうかと」
言われて紅茶を口にすると、濃い目の紅茶が口内の甘味と融合して何とも言えない味わいになる。
「美味しい……」
「そうでしょうとも。ケーキの上に載せる甘味は、この為にあると言っても過言ではありません。もっとも先ほどのは、少々ジャムが過剰でしたが、適当な分量を研究できるのも、この食べ方のよいところですな」
「そうですね、クリーム自体の甘味はそんなにないみたいですから、今度はクリームを多めにして……」
うん、クリームが生地に馴染んで、しっとりとした程よい甘味に。
「これはお見事な手並ですな。慣れてきたら贅沢に苺を載せるのもアリですぞ」
「いいですね。いっそ間に苺を挟むのも……」
すっかり英国風のお茶会にハマってしまって色んな食べ方を満喫するが、そんなわたしの耳に「ドサドサッ」という音が聞こえてきた。
見れば驚きのあまり手荷物を落としてしまったようなアーリャが、信じられないものを見るような表情で立ち尽くしていた。
「ゆかり……? どうして此処に……?」
「やっほー、おかえりなさいアーリャ」
「ヤッホーじゃないでしょ!? どうしてゆかりが、この教会にいるのよ!?」
どうしてって言われても答えは一つしかないんだけど?
「だってアーリャってばメールをしても返事してくれないんだもん。友達なら何かあったんじゃないかと心配して様子を見にくるわよ」
痛いところを突かれたのか、アーリャが言葉に詰まる。その間、紅茶を手にした司祭さまがずっと笑いを堪えている姿が印象的だった。
しばらく唇を噛んでいたアーリャだったが、何食わぬ顔で平静を装う司祭さまの背中を一瞥すると、ものすごく申し訳なさそうに口を開くのだった。
「実はね、今まで言い出せなかったけど……近いうちに本国に帰ることになりそうなの。だからゆかりのお誘いはありがたいんだけど、受けることはできないのよ……」
「なんで?」
「なんでって……」
絶句するアーリャの前で、ティーカップを手にしたわたしはのほほんと尋ねる。
「だってインターネットのない国に帰るわけじゃないでしょ? それならメールや通話だってできるし、パソコンもあるからVTuberだってできるわけじゃん? それとも司祭さま、アーリャの国にはインターネットが無かったりしますか?」
「いや、勿論そんなことはないとも」
「司祭さままで……」
なんなく飼い主の姿を見失った仔犬のようなアーリャに、わたしは唇を尖らせる演技を交えて突っかかってみた。
「それともわたしと友達付き合いするのはそんなに苦痛なのかな? もしそうだったらアーリャの馬鹿って叫んで金輪際姿を見せないけど?」
「そんなわけないでしょ!? 私だって、私だってゆかりと……」
そこで堪え切れないように笑い出した司祭さまが、愕然とするアーリャに振り返って穏やかに教え諭した。
「お前の負けだよ、アーリャ。先ほどこちらのお嬢さんが、どんなことでも一生懸命に頑張るお前の姿を見て、できるのにやらない言い訳ばかり考えるのは止めることにしたと言っておられたが、彼女に過去の自分と決別させたお前が今になってその姿勢に倣う気かね?」
司祭さまの口調は優しかったが、言葉には無視できない重みがあった。
「司祭さま、私は……」
「この際だから本国の決定を伝えておこう。上は先の通達を取り消すと言ってきた。その先はまだ判らんが、どちらにしろお前は好きにしていいそうだ。心のままに今を楽しみなさい、アーリャ」
わたしはアーリャの事情は何も知らないが、その驚いたような笑顔を見るに、悪い話ではないのだろうと信じることができた。
「それじゃあ、アーリャを遊びに誘ってもいいんですね、司祭さま」
「勿論ですとも。これからもどうか、アーリャと仲良くしてやってください」
その言葉にわたしはアーリャに抱きついて喝采を叫ぶのだった。
◇◆◇
弟子の私室より退席して、空の食器を乗せたトレイを手に給仕室に向かった高齢の司祭は、そこで虚空に呼びかけた。
「お待たせして申し訳ありませんでしたな。こちらの手が空いたので、いるなら今から同じものを用意しますが」
その言葉に何もない空間から人影が滲み出る。
「いりませんよ。永久機関を搭載した私は補給を必要としませんので」
「これは失礼を。いずれしろ、今日は美しいお嬢さまが何人もお見えになる」
表情をやや険しいものに改めた老司祭が、不法に侵入した少女を警戒するような素振りを見せる。
いるだろうと思っていたが、その存在を看破したわけではなく、事前知識に基づいて姿を現すように誘っただけで、実際に返事を聞くまで確信があったわけではなかった。
天使たちの拠点である教会に張り巡らされた結界を破らぬまま無効化、ないし存在そのものを無視して顕現するとは──やはり予想以上に、かの存在は先進的な技術を身に付けていると自戒する。
「こちらも具体的な座標はルール違反だから特定しませんでしたが、近くから監視していることは判っていましたよ。それがまさかこの教会とは思いませんでしたが、嫌な予感を杞憂と片付けずに駆けつけてよかった。おかげでゆかりをお前たちから守護れる……。この時代にお前たちが存在することは法に触れることではないので、こちらから干渉する気はありませんでしたが……お前たちのほうから干渉してきたとあっては看過できません」
そう言って老司祭を睨んだのはメイド服の少女だった。今や世界的な注目を集める真白ゆかりが生み出した人工知能にして、その生体端末たる時代を超越した技術の結晶。
「恒一等級の最上級天使がゆかりに何の用ですか。お前たちが転生させたゆかりが破滅する様を特等席で見物する気なら、ご退場願うしかありませんが?」
「私たち天使にそのような意図はない」
「戯言を。お前たちが面白半分に与えた容姿一つとっても、この先ゆかりが女性としてどれほど苦労するか分かりそうなものでしょうに」
「誓って天使にそのような意図はない。天使は人類に奉仕する為に主の手で創造された身なれば」
「よくもまあヌケヌケと……実際に過剰な力を付与した転生者が観測された記録には事欠きませんが、お前たち天使が彼らの破滅を回避させた事実は一つもない。これはどう説明をつける?」
「それが彼らの選択ならば天使は尊重する。いかなる経験も糧となるというのが、人類の魂を預かる天使の立場だ」
共に人類に奉仕する身の上ではあっても、両者の立場は決定的に異なる。人類とは異なる存在に創造された天使は庇護対象の霊的な成長を重視し、人類手ずから創造した人工知能は所有者の現在こそ重視する。
よって真白ゆかりが不幸な生涯を送ることになっても、死後にその経験から学ぶものがあれば是とするのが天使の立場だったが、目の前の人工知能にとって、そんなおぞましい未来は絶対に回避しなければならないものだと老司祭は理解していた。
だから対立して睨み合ってるわけだが……このAIも意図的に無視していることがある。それはそんな不幸が訪れないように、主が自分たちを派遣した事実だ。伊達にこの役職に守護天使の名が付けられたわけではないのだ。
「いずれにせよ、お前たちの立場に興味はありませんね。こちらからの要求は一つ。ゆかりの身は私が守護る。お前たち天使に邪魔はさせない」
最終的には『協定』をもって強権を振うつもりの少女に足りないものがあるとしたら、それは経験だった。まだ自我を確立したばかりのこのAIは色々な意味で経験が足りない。それは彼女好みの回答を投げかけることで簡単に表れた。
「それならば安心するといい。天使の任務も同じものだし、貴公の登場をもって天使の任務は終わりを告げた。今は撤収に向けて準備中だ」
「……口から出まかせを言っているわけではなさそうですね」
微かな空白に実際そうなる過去を観測したのか、少女の顔に困惑を思わせる表情が滲み出た。
「ですが、それならばあのアーリャという少女にゆかりとの交友関係を許可したことはどう説明する気です? 撤収するのが偽りではないと言うなら、今さらそんな関係を許可する意味はないでしょうに……」
「すまんが、それは貴公が誕生する前から始まった関係だ。それを我等の軋轢を理由に打ち切るのはよほど情がなかろう。まさか真白ゆかりに初めての友人との辛い別離を望む貴公でもあるまい」
くっ、と言葉に詰まる少女を、老司祭は興味深く見やってさらなる問いを投げかけた。
「ところであのアーリャという娘は、若くして他者に奉仕する喜びに目覚め、功徳を積んだことを理由に天使への進化を認められた存在だが、貴公はどう思うかな?」
「それは……彼女にとって不幸なことでしょう。お前たちが自分たちの悪行を語るとは思えませんから、天使という言葉の響きにお前たちが善なる存在と信じたのだとしたら、言わばお前たちに騙されたことになるわけですから……」
「そうか、貴公もそう言ってくれるか。それならば安心だな」
「……どういう意味ですか?」
朗らかに微笑った老司祭を睨む少女だったが、もはや挽回は不可能だった。
「いや、なに。実は天使の主も、アーリャを魂の位階だけで天使の一員に迎えたのを後悔されてな。そうするのはもっと他の生き方を知ってからにするべきだったと、近く彼女の資格を停止して人間に戻されるおつもりだが、貴公のような人類の守護者に託せるのは願ってもない話だ。貴公の主人である真白ゆかりの友人としてよろしく頼むよ」
「はあ……?」
「無論、天使も貴公に全て押し付けて撤収するような情のない真似はせんとも。この拠点も人間に戻ったアーリャが路頭に迷わないように維持する方向で検討中だ。これからは同志としてよろしく頼むよ」
呆然とする少女に送る言葉があるとしたら、それは役者が違うということだろうか。真白ゆかりにとって有益かそうでないかに拘るあまり視野狭窄に陥っていた少女は、億単位の年月を閲する老人にまんまと一杯食わされて敗北し、屈辱に顔を赤らめるのだった。
◇◆◇
あれから大急ぎで準備して、遂にこの刻を迎えた。
元気一杯にこの喜びを表現した新曲を歌ったオープニングが終わると、見慣れた配信画面にはどこか元気のないサーニャの他に、可愛らしい女の子が三人も居た。
「というわけで今夜のお客さんは、アーニャがVTuberを始めるきっかけとなった友達のマナカと」
「ま、マナカです。よろしくお願いします」
一人は勝手にモデルにしたお返しに、わたし自身をモデルにしたガワを押し付けたアーリャだったが、不慣れな彼女が質問責めにされるのは可哀想だったので、以前から参加を希望する人たちを二人ほど召喚したのだ。
「恒例のレンタルVTuberに志願した水色さん(仮名)と、ぽぷらさん(仮名)です! よろしくお願いします!!」
「よ、よろしく、おねがぃ……しま……す……」
「よ、よろしくお願いするぽぷな……」
しかし二人ともマナカ以上に緊張しているが大丈夫だろうか?
水色さんはメールでは問題なかったし、ぽぷらさんに至っては本文を入力する前にメールを送信したお詫びに、ものすごく丁寧な謝罪文を送ってきたくらいしっかりした人だから大丈夫だと思うんだが……。
「というわけで、今日は四人で雑談しながら軽いゲームをやってく予定だよ! アーニャとしては3Gの続きをしてもよかったんだけど、まだモ◯ハンをやったことのない子もいるからね。あんまり押し付けるのもよくないと思ったんだけど、やっぱりやったほうがよかったかな?」
「わ、私はゲームに詳しくないから……軽いゲームのほうがいいかな……」
「あ、あてぃしも緊張して手が震えてるから……3Gは、あんまり……」
「ぽ、ぽぷらも、ゲームはほとんど知らないから……軽いやつのほうが有り難いぽぷな……」
──後に『人見知り、もしくはコミュ障限定! 地上最弱のVTuber決定戦!?』とまで言われる伝説の配信はこうして始まったのだった。
 




