これがVTuber魂というヤツですよ
一回の話を5000字前後に纏めるという制約は、遂に破られましたわ。
回を追うことに長くなりましたが、今回は言い訳を許さない1万2000字超え。無様ではありますが、無理やり分割するのもなんですので、そのままお楽しみくださいな。
2011年12月5日(火)
──ゲームの下手なVTuberはアリか、ナシか。
VTuberが広く定着した近未来の世界で、しばし槍玉に挙げられるのがゲームの技量である。
古くから活動しているゲームを専門に扱う配信者と比較して、VTuberの技量はあまりにも稚拙で、見れた物じゃないというのが批判の根拠だ。
わたしとしてもアーニャの腕前が小学生レベルと言われていることは知っているし、下手すぎて見てるみんながイライラするなら考えるが、VTuberの視聴者が華麗なプレイを期待しているのかというと、それも違うと思うんだよね。
もちろん、中には普通に上手い人もいるし、プロ級の腕前を売りにしている人もいる。だがその一方で、車を運転するゲームでなぜか空を飛んで、視聴者の腹筋を崩壊させるピンクの巫女さんもいるし、ゲームの腕前とは関係なしに凄まじい豪運を発揮して、勝ちまくる海賊の人も大人気なわけだし、一概には言えないんじゃないかな。
ただ一つ共通しているのは、あの人の記憶にあるVTuberはゲームが上手い下手に関係なく、とっても楽しそうにプレイしていることだ。
だからわたしはVTuberとして活動するにあたって、あの人たちの姿勢を見習うことにした。
まずは自分が全力で楽しみ、視聴者のみんなを楽しませることも忘れない。あの人もそうだが、VTuberの視聴者はゲームではなく、目当てのVTuberを見にきているのだ。だったらみんなと一緒に全力で楽しまなきゃ、とわたしは思うのだ。
とは言え、N社に勤務する父親を持つ娘として、あまりに無様な姿を見せ続けるのもどうかと思ったから、今回は得意なゲームをチョイスしたわけなんだけど。
P2GをプレイしていないためG級難度は未経験だが、上級難度ならソロで集会所のクエストを制覇してる怪物狩人シリーズの新作。We版3の正当なG級バージョンである3DNS版3Gなら、歌以外でもアーニャのカッコいいところを見せられると意気込み、そして油断した。
ゲストのお二人との会話に夢中で、狩場で獲物の接近に気がつかないなんて狩人失格だよね?
「うわぁーすみません! 油断してましたぁー!!」
「アッハッハ! エリカ死んだわ!!」
今回のお客さまで、家族以外では初めてとなる貴重な狩友の仲上ハルカさんと進藤エリカさんの背後で、青熊獣が威嚇するように立ち上がって咆哮する。
聴覚を保護していない狩人を硬直させるバインドボイスを持っていない青熊獣にとって、それはただの威嚇だったが、この時代独自の仕様として大型のモンスターに『発見』された狩人は怯んで動けなくなる。
つまりこの距離で動けなくなったわたしたちは絶好の標的。モンスターの先制攻撃を受ける立場にあるわけだが、防御力が高く設定されている近接武器を選択したわたしとサーニャ、ハルカさんの三人はまだいいが、防御力の低い砲兵であるエリカさんは、青熊獣の攻撃をもらったら大ダメージは免れない。
先ほど社畜ネキさんに「アーニャが力尽きて、狩人を支援する猫人にベースキャンプまで運ばれる姿が見たい」と言われ、それに賛同するコメントも多数見受けられたが、それはそうなる対象がアーニャだからこそ望まれている話だ。
このチャンネルにとってゲストであるハルカさんたちが足を引っ張るような展開になれば、何をやっているんだと思う視聴者も出てくるだろし、それが原因で叩かれることになっては申し訳がつかない。できれば醜態をさらすのはわたし一人にとどめ、ハルカさんたちには華麗な活躍を決めてほしかったが──。
「無論、心得ています。ここは私にお任せを」
すでに抜刀状態に移行していたサーニャがこの危機を救った。得物の銃槍を構え、その先端に青白い炎を灯して、両手を地面に戻した青熊獣もろとも、硬直するお二人を射程に収め、まさかと思う間もなく、
「Огонь」
銃槍の奥義である竜撃砲が炸裂して青熊獣を転倒させ、ハルカさんたちを安全圏まで吹き飛ばしたのだった。
怪物狩人のシリーズにおいて、味方である狩人からの攻撃は、設置型の爆弾を除いて0ダメージとして計算されるから、たしかに今の状況ではナイスアシストと言えなくもないが、それにしても乱暴な。
してやったりと鼻息を荒げるサーニャのL2Aを見ていると、なんとなく納得できない気分になる。
「助かりましたぁー! これは一転してチャンス到来ですね!!」
「この借りは返すYO! 食らえ麻痺弾レベル1!!」
しかしわたしよりベテランの狩人であるお二人はそんな気持ちとは無縁なのか、すんなり割り切って反撃態勢に移行するが、ここでサーニャが待ったをかけた。
「いえ、今は麻痺弾の温存を。ここで撃っても無用の長物になりかねないので」
「え? ううん了解了解!」
ここで畳み掛けるつもりだったエリカさんは怪訝そうな顔をしたが、サーニャの武器が何であるか識っているわたしには判った。わざと離れたところで大剣を構えて溜め状態になる。
その間、銃槍の基本コンボである三連突きを青熊獣の頭部に見舞ったサーニャは、バックステップで攻撃直後の硬直をキャンセルして、もう一回三連突きを繰り出し、そして爆発した。もがきながら立ち上がった青熊獣の頭部が部位破壊され、再び転倒する。
「うわぁー! いま青熊獣の頭部が爆発しましたよ!?」
「すっげ! もしかして竜撃砲で頭部の怯み完了からの、いまのコンボと爆発で頭部の部位破壊が完了したってこと!?」
「まさにエリカさんのおっしゃる通りです。これこそ今回の看板モンスターやごく少数の武器だけが持つ新属性『爆破』の状態異常なのですよ」
「うん、知ってるよ。麻痺武器や毒武器のように、攻撃するたびに蓄積され、規定値に達したら爆発してダメージを与えるんでしょ? 麻痺とかとの違いは、部位ごとに状態異常が蓄積されるから、狙った部位を破壊できるんだよね? ちなみに爆発に武器の属性も乗るから、爆発で尻尾だって切れるんだよ……っていうわけで弱点の頭部にドンピシャの溜め3!!」
[おー、アーニャたんの解説分かりやすいわ]
[アーニャたんがサーニャたんのセリフを奪った]
[アーニャたん出番の少なさを気にしてた説w]
[まぁ再転倒を見越していたのはお見事]
[Anya's promised sword of victory]
[アーニャたん溜め3を外してもよかったのに]
[最初はどうなるかと思ったけどやるなぁ]
[部位ごとに蓄積できて武器の属性も乗るって爆破強すぎやん]
[溜め3が炸裂した瞬間に爆発したら脳汁ヤバそうwww]
ふっふっふ。口だけじゃなく、転倒、回復、即転倒を見越していたからこそ予測地点で溜めてたんだよね。大剣の基礎にして奥義である溜め3を食らった青熊獣に、心得た狩人が群がる。
「それじゃあ青熊獣の前方はアーニャさんたちにお任せして、仲上は後脚に張り付きます! 食らえ、斧剣ならではの剣モードの定点攻撃!!」
「エリカは横から顔面狙い! 逃げられそうになったら麻痺弾を撃つYO!!」
そしてフルボッコである。サーニャは頭部だけではなく両手も攻撃して、爆破で腕甲を破壊。再び立ち上がったところをまたしても転倒させ、仲上さんも後脚に張り付いて、累積ダメージの蓄積による怯みから転倒を狙うなど、わりと容赦のないハメ殺しを仕掛けていく。
「よっしゃ、狙い通り!」
喝采を叫んだ仲上さんの台詞から判るように、起き上がり小法師と化した青熊獣は四度目の転倒となり、その間ずっと的が動かないのだから、わたしとエリカさんはやりたい放題だった。
「はい溜め3のおかわりだよっ!!」
「エリカ地味ぃ〜! サーニャちゃん、PC版3GにもFのような超速射を実装してぇ〜!」
「さすがに仕様変更は管轄外ですので、そうした要望はC社の藤本Pへどうぞ」
頭部に溜め3と通常弾レベル3が炸裂しまくる。あまりに一方的な攻撃に視聴者のみんなが楽しめているか不安になるが、しかしこれもモ◯ハン。容赦する気はまったくなかった。
……というか楽しかった。弟や妹とするモ◯ハンも楽しいが、弟は上手いが同行者に気を使わないタイプだし、妹は引率が必要なのでそちらに気を使う必要があった。
でも今は違う。全員が合わせることを意識してプレイするモ◯ハンがこんなに楽しいなんて。
しかもパソコンの画面に表示される笑顔のL2Aを眺めていると、あの人が大好きだったVTuberのコラボに参加してるみたいで嬉しくなる。
そんなふうに人知れずはしゃいでいると、なんとか立ち上がった青熊獣が背中を見せた。
「もうだいぶ弱ってきましたね。逃走に備えましょうか」
「やった! エリカの麻痺弾の出番、出番だYO!!」
こちらを見ながら足を引きずって逃走する青熊獣にエリカさんの麻痺弾が炸裂。哀れ、青熊獣のフルボッコは継続されたが、やはり四人中三人が初期武器では火力が足りなかったのだろう。麻痺の解けた青熊獣はモタモタとした逃走から猛ダッシュに移行。わたしたちのいるエリア1から完全に姿を消すのだった。
「あっ、ペイントボールを投げるの忘れちゃった」
「こめんなさい、仲上もすっかり忘れてました」
「エリカはペイントの存在自体忘れてたし」
「まぁ行き先は判っているのですから、ゆっくり追いかけましょうか」
「そうだね。でもその前に砥石、砥石と」
その言葉にエリカさん以外の三人が砥石を使って武器を研ぐ。近接武器は弾丸を必要とするボウガンと違って、弾切れがない代わりに敵を殴ると切れ味が低下するのだ。今まであまり気にしなかったが、あらためて見てみると中々に間抜けな光景である。
「いつも思うんだけど、そうして武器をシャコシャコしてるのって、犬の頭を抱えておやつをあげてるみたいでメッチャ面白いんだけど」
「いや、それは愛犬におやつをあげるときに、いちいち頭を抱えるエリカがおかしいんだろうが! おいコラ笑うな、アーニャさんの配信だぞ!?」
そしてわたしたち三人の姿をそう喩えたエリカさんは、遠慮なく爆笑して仲上さんに怒られたり。
「さて、武器も研ぎ終わりましたし、青熊獣が逃げたエリア2をチェックしますか」
「そうだねー。ところでエリカさんは犬を飼ってるんだね。うちはお母さんが飼うのに反対するから、ちょっと羨ましいんだ。何を飼ってるか訊いていいかな?」
「フヒッ? あっ、エリカもねー、実家にいるときはマミーが反対して飼えんかったんよ。生き物の世話はアンタだけで十分ってひどくない?」
「あはは、うちのお母さんとおんなじこと言ってる」
「そうなん? どこも一緒やねー。親近感湧くわ。……でねでね、いまの大学に受かって一人暮らしを機に、ずっと飼いたかったラブラドールを飼ったんよ。真っ黒の。これがメッチャ可愛くて、いまもエリカたちの後ろで尻尾を振っていい子にしてるから、あとで散歩に連れてったるわ」
「ホントかお前? 最近ごん太の散歩は仲上ばかりしてないか? 朝は遅いし夜は飲んだくれだし、少しはやる気をだな……」
サーニャに促されて移動中もずっと雑談して、これが配信中の出来事であると忘れかけたり。
いつもは視聴者との一体感を意識して、頻繁に確認してたコメントもたまに見て、好評ならそれでいいかと割り切って。
これは配信者としての姿勢の後退を意味するのか? 否、熟れてきたと自然とそう思うほどに、わたしはこの配信にのめり込んでいた。
「ハルカが名前を呼んだから、こっちに来ていいんだと思ってメッチャクンクンしてる。いまハルカとエリカの間に挟まってメッチャ楽しそうしてるよ」
「いいなー。アーニャもね、大きい犬が好きなんだよね。飼うならシベリアンハスキーかグレートピレニーズがいいなって思ってたんだけど、ラブラドールレトリーバーも飼いたくなってきちゃった」
「アーニャちゃんならチャンネルが収益化したら全部飼えるんじゃない? エリカYTubeの収益計算どうなってるか知らないけど、よく聞く1再生0.2円でも飼育員さんごと飼えるかも?」
「アーニャさんが多国語で歌った配信だけでも、再生回数は5000万回を超えてますからねー。単純計算で1000万円は行くのでは?」
「盛り上がってるところを恐縮ですが、エリア2に青熊獣の姿はありませんね。あの弱り具合から見るに、おそらく巣のあるエリア6に移動して休んでいるのでしょうね」
サーニャの指摘に楽しい雑談を中断したわたしは考える。正直なところエリカさんたちとのお喋りが楽しすぎて、青熊獣の存在が頭からすっぽりと抜け落ちていた。
いかんいかん。配信中なのは忘れてなかったが、そんなんじゃボコボコにされて楽しませてくれた青熊獣に失礼だぞ、とマップを確認する。
「それじゃ、エリア5を通ってエリア6に行こうか」
「そうですね。青熊獣に引導を渡しに行きましょう」
「そう言うと、なんか青熊獣が悪いことをしたみたいで、エリカの腹筋が痙攣するんだけど?」
「知らん。勝手に笑ってろ」
というわけで、逃走した青熊獣を追って最短距離のエリア5に移動したんだけど、これがマズかった。フルHDで描かれたエリア5の美しい海岸を目にした瞬間、わたしの箍は外れてしまった。
「海だぁ〜!!」
この質感、まさに海。この時ばかりは相棒のやり過ぎも気にならなかった。
いや、むしろ感謝して一目散に突進する。
「海っ! これは泳がずにはいられないっ……!」
「やべっ、エリカ水着しまっちゃったから裸になるわ」
「ならんでいい! そのまま飛び込め!!」
そして、そんなわたしにこの二人も乗った!
やっぱりハルカさんたちも、楽しそうなことは見逃さないVTuberの魂というものがよく分かってるよ。
「……まぁ3以降の特色である水中戦を解説するのは無意味ではありませんが」
ただ一人あきれ顔のサーニャも続いて、わたしたちは青熊退治の目的も忘れて水中探索に熱中した。
「見て見てぇ、エリカの泳ぎ方、大股開きでメッチャ下品」
「そう思うならカメラアングルには気をつけろ! お前の汚いものが映り込んだ所為でアーニャさんがBANされたらどうする気だ!!」
「あはは、そんな警告無しのBANはもうしないって、約束してくれたから大丈夫だよ。それよりほら……」
わたしが指差すと、アーニャのL2Aが日差しの差し込む海面を見上げた。
「水深の浅いところはあんなに明るくってとっても幻想的」
「うーん、いいですねぇー。この表現は3でもありましたが、サーニャさんのPC版は輪にかけて美しい」
「うん、メッチャ綺麗。……ところで話が変わるけど、水中戦ってどうしたらいい? エリカ結局どうしたらいいか解らなくて、正面以外から弾をぶっ放してたんだけど?」
「モンスターも水の抵抗があるので、真横には動けないことを意識すれば立ち回りやすくなりますよ。この点は全武器共通なので、覚えていて損はないかと」
「そうなんだ。そう言えば弟も真横に回り込んで攻撃してたね」
「おっ、噂の弟さんも3Gをやるんですか?」
「うん、昨日の告知を見てからすっごく話を聞きたそうにしてたけど、わたしが忙しそうだと思って我慢してるとってもいい子なんだよ。なにしろね、むかしわたしの胸が大きくなりだしたときに、お姉ちゃんの胸が腫れてるって心配するぐらい優しい子でね。わたしもこれは腫れてるんじゃないよって、安心させるために」
「さ、さあっ、雑談は後にして、いまは青熊退治の時間です! あまり寄り道せず完遂しましょう!!」
って、いいところで水を差されちゃったけど、言ってることは正しいよね。
わずかに理性の回復したわたしは本来の目的を思い出して海面に浮上したが、そこで陸地に鎮座する青熊獣を発見すると、ムクムクと悪い考えが込み上げてきた。
「あのさ、青熊獣って海の中には入れないよね?」
「? 私も入れないと記憶してますが?」
「そっか。それじゃみんなはちょっと待ってて」
わたしはみんなに断りを入れると一人で陸まで泳いで、ぼんやり座り込む青熊獣の背中に溜め3を叩き込むと全力で逃げてきた。
「あはは、怒ってる怒ってる」
「あはは、やりますねぇ。水の中に入れなくて怒ってますよ」
「待って待って、これこやし玉をぶつけたらどうなるかメッチャ楽しみなんだけど?」
「いいねぇ、それじゃあちょっくらぶつけてくるよ」
こやし玉とは、苦手のエリアからモンスターを追い払うときに使われる道具で、ようは悪臭を放つう◯ちを練り固めたものだ。
そんなものを背中から攻撃してきた相手が海の向こうに逃げて、悔しそうにしているところにぶつけられるのだ。撮れ高しかないとはこういうことではなかろうか?
「やった、さすがアーニャちゃんだ! エリカたちにできないことをやってのける、そこに待って画面茶色でメッチャ面白い!!」
「うわぁー! この質感、まさに気体と化したう◯ちでは? さすがサーニャさん、完璧な仕事ぶりですねぇ!」
「……………………どうも」
うんうん、まさに悪行三昧。あらん限りの不幸に見舞われた青熊獣が這々の体で退散し、それと入れ替わるように別のモンスターが姿を現した。
「あっ、クルルペッコじゃん」
喉に大きな鳴き袋を持つその敵の別名は彩鳥。その名の通り鮮やかな色彩の鳥竜がこのタイミングで乱入してきた。
フィールド上に複数のモンスターが配置されてる3以降のMHではこういったことも起きるが、まさか陸上にこやし玉を握りしめたわたししかいないタイミングで現れるとは、狙っていたんじゃないかと邪推したくなる。
さすがに初期装備でこいつと渡り合うのは危険なので、もう一度こやし玉をぶつけて追い払おうかなと思ったが、真の災厄はこの後に姿を現した。
わたしの姿を発見した彩鳥が怒り狂い、そして歌った。
彩鳥の大きな特徴として、鳴き袋を利用した声真似が挙げられる。他のモンスターの鳴き声を真似て、戦力として呼びつけるこの特性──判断に迷ったわたしの前に、下位のクエストでは現れるはずのない第三のモンスターが召喚される。
「……なんで恐暴竜が出てくるの?」
ゴーヤの愛称で親しまれる恐暴竜グリムジョー。上位後半からようやく登場する危険極まりない怪物。それがわたしの目の前にいる。
「すみません、出てきたら面白いだろうと設定していたのを伝えていませんでした」
息を切らせて駆けつけてきたサーニャの言い訳に、わたしはジト目とともに説教した。
「ダメだよ、仕様にない改造をしたら。あとでCOPCOMさんに謝らないとね」
「……………………はい」
なにか納得し難いものでもあるのか、サーニャがくっと喉を詰まらせるが、いまは後回しだ。
「どうしますかアーニャさん。こやし玉をもう一回使って追い払うのも手ですが、青熊獣を追ってわたしたちがエリア6に移動するのもアリだと思いますが?」
わたしの後ろで訊ねるハルカさんに答える。
「戦ろうか?」
「正気ですか! みなさんの装備ではワンパンで即死ですよ!?」
「当たらなければどうということはない!」
わたしの正気を疑う相棒に、とあるアニメの敵役の名言を借りて答えるのだった。
実際わたしが正気かどうかは自信がない。我ながら浮かれている自覚はあるし、どう考えても無茶な選択だと頭ではわかっているが関係ない。
「だってこのまま青熊獣をボコって終わるより、こっちのほうが断然面白いでしょ? 初期装備で恐暴竜と戦えるなんてまたとない機会だよ! それで3乙してもぜったい面白いって!!」
「乗った!!」
わたしの無謀な宣言が響く中、真っ先に賛同したのはやっぱりこの人だった。
「いいじゃありませんか! 面白そうなものを見逃さないアーニャさんのVTuber魂にあらためて惚れ直しましたよ。わたしたちに足りなかったのはこういうものだったんですね!!」
「エリカもやる! こんな面白そうなことやらなきゃ損でしょ!?」
そしてエリカさんも同じ橋を渡って、ここに熱く燃え盛るVTuber魂の持ち主が集結した。
最後に絶句するサーニャに振り返って、わたしたち三人は高らかと宣言するのだった。
「『これがVTuber魂だよ』」
かくして本来の目的である青熊退治はそっちのけで、上位相当の恐暴竜に初期装備で挑む決戦が幕を開けるのだった。
◇◆◇
京都市内の病院に、経過観察と称して入院させられたN社の代表取締役である磐田肇は、個室のベッドでアーニャの配信を視聴していた。
医療機器の誤作動を防止するため、院内で電波を発する電子機器の使用はご法度なのだが、磐田は入院するためにどうしても必要だと周囲を説得して、特別に電波を通さない個室を与えられていたが、やってることはYTubeの試聴なので、厄介な仕事を押し付けた部下に知られたら職権濫用の誹りは免れなかっただろう。
だがここにいるのは磐田本人の他には、気心の知れた盟友にして同じ怒られ役のN社情報開発本部長兼、常務取締役の宮嶋本春しかいないのだから暢気なものだった。
「今日のゆかりさんはまた一段と楽しそうですね」
「そうだな。いつもは視聴者の目を気にする傾向が強かったが、今日は我を忘れそうなほどのめり込んでる。おそらく、これがあの子にとって理想とするVTuberの姿なんだろうな」
「コラボ相手のお二人とは今日が初めてなんですよね? 初対面にしては随分と息があってますが?」
「うん、これが当たり前なんだよ。あの子が思い描くVTuberのコラボはね。そういう意味で言うなら、それを自然と汲み取った相手の二人もすごいな。お互い当初は遠慮もあったが、今では十年来の友人のようじゃないか」
満足そうに頷いた磐田が茶を啜ると、宮嶋は自分で持ち込んだ見舞いの茶菓子に手をつけながら指摘した。
「たしかにゆかりさんはこの上なく魅力的な配信者ですし、今回の配信もとっても魅力的ですがね。磐田さんの狙いはそれだけじゃないんでしょう?」
「ん? それだけじゃ何を言ってるのか判らんな」
「惚けないでくださいよ。関係者の間では、磐田さんはゆかりさんの配信を通して、無法状態の動画サイトを是正する気だと言われてますがね。僕は磐田さんがそんな後始末のような仕事に熱心になるなんて信じられないんですよ。今度はどんな面白いことを考えてるのか、僕だけ特別に教えてくださいよ。真白さんには内緒にしてあげますから、ね?」
身を乗り出し耳を近づける宮嶋に苦笑した磐田は、しかし誤魔化す気もないのか、気色悪い真似はやめてくれよと鷹揚に笑ってから、取り留めのない話を口にした。
「理由はいくつかあるが、ゆかりさんの才能に惚れ込んで、あの子の仕事であるVTuberの枠組みを代わりに作って、楽をさせてあげようと思ったのは本当だよ」
「そこは疑ってませんよ。僕だってゆかりさんがどこまで行けるか見てみたいですからね。余計な仕事を真白さんに押し付けるのは賛成です」
「お前さん、いつか真白くんに殴られるぞ? まぁ社長代行に指名した俺も大概だが、いまはこの話を進めよう」
そう言ってもう一度茶を啜る磐田の姿に、宮嶋はずっと封印してた疑問をぶつけるのだった。
「磐田さんは、サーニャさんのような技術者のいることに初めから気付いていましたね? まあ少しでも詳しい人が見れば、ゆかりさんが配信に使ってるL2Aのようなソフトの異常性を見落とすわけがないんですが、狙いはやっぱりサーニャさんのスカウトですか?」
「それはお前さんの願望だろう。サーニャさんがいたら、あんなゲームもこんなゲームも作れるのにってな」
見抜かれた宮嶋だったが、それのどこがいけないんですかと居直った。
「ゲーム屋として、俺もそうしちゃいかんとは言わないさ。もっともサーニャさん自身がスカウトお断りと明言してるから、無理強いは許さんがな。……まぁ先方の好意で連絡先は教えてもらえたから、たまに相談するくらいは見逃してやるがね」
最後にフォローしたことで復活した宮島を横目に、照れくさそうに笑った磐田が本題を切り出す。
「実はな、異世界を作りたいんだよ。俺たちが生活してるこの世界とはまったく別の、魅力的でいつまでもそこに居たくなる異世界をな」
さすがの宮嶋もこの回答には面食らって、平静を装いながら選んだ言葉を口にした。
「異世界っていうと、最近よく聞くなろう系ってやつですか? 事故かなんかで生まれ変わって移動する先の?」
「いや、あくまでゲーム上のものだ。だが、いつでもその世界に入り浸れる、そんな世界だな」
宮嶋の反応を予想していたらしい磐田は、まだ完全に固まっていない自身の構想を語るのに苦労している様子だった。
「その世界には何百万人の利用者が生活して、当然、ゆかりさんのアーニャもVTuberとして活躍してるし、会いに行くこともできるんだぞ。そしてあの子から、ライブがしたいから会場を確保してほしいとお願いされるんだ。
だが困ったことに、そこではそんな伝手はない。だったら自分たちで作ろうと手頃な土地を確保して、建築のスキルを持った人を募集して、ライブ会場を完成させるのに必要な材料を購入する。
そうして完成したライブ会場をゆかりさんに貸し出して、アーニャのライブを見にきた観客相手に商売する。貨幣制度も、そちらの世界限定じゃなく、こちらと互換性を持たせたいな。これが成功したら、お金を稼ぐためにそちらの世界で仕事もできるようになる。
いまは夢物語でしかないが、そちらの世界が魅力的なら十分にやっていける。そんな世界を作りたいと、俺はゆかりさんの配信を見たときから思い浮かべてるんだ」
まだメタバースの概念もない時代に、磐田肇が見る夢は随分と未来を見据えていたが、現在に生きる宮嶋は否定しなかった。
「……言うならば、多人数接続型のオンラインスローライフですかね? いいと思いますよ。それが当たり前になったら、仕事ではなくゲームに追われることになると思いますがね」
「まぁな。まだ構想は俺の頭にしかないから、実現可能かじっくりと考えにゃいかん。そういう意味で言うなら、今回の休暇は心底有り難かったよ」
休暇ではなく入院だが、宮嶋もその点には触れなかった。
「だから俺もサーニャさんの力が借りられるならそれに越したことはないんだ。彼女なら確実にこの構想を形にできる」
「いや、まあ、ゆかりさんの配信で使ってるPC版3Gが額面通りのものなら、サーニャさんは天才としか言いようがありませんが、なぜそこまで断言できるんです?」
まだ自分に隠してることがあるんでしょうと言わんばかりに、宮嶋は磐田の表情を観察するが、出てきた言葉は些か以上に突拍子もなかった。
「お前さん、実はゆかりさんが未来の世界から生まれ変わってきた転生者だって言ったら信じるかい?」
「はあっ?」
「そんな顔をするなよ。転生云々は言葉の綾さ。でもゆかりさんが未来の常識を形にしようとしていると考えると、色々としっくり来るんだよ。少なくともあの子がVTuberのシステムを、一から全部思いついたとするよりはな」
「…………」
「つまり色々と見えすぎてるんだよ。だから転生云々は冗談としても、何か未来情報のようなものを受信してるんじゃないかって話なんだが、その点はサーニャさんも同じだな。事務所の件が落ち着いたら、今度はゆっくりと話してみたいな。きっといい話を聞けると思うんだが……どうした? さては俺の頭がおかしくなったと思ってるんだろ?」
「いやいや、さすがにそこまで思っちゃいませんよ? ただ磐田さんも随分と疲れてたんだなぁ、と思っただけで……」
磐田肇は悪性の腫瘍が脳に転移した疑いがある──宮嶋はそう確信しながら、口にするのは磐田の憶測を否定する言葉だけだった。
「ところでゆかりさんから預かったソフトの仕様書は出来上がったか?」
「え、ええ。やっぱりすごいですよ、サーニャさんのソフトは。L2Aもそうですが、Cord:DMYもSky PTPより格段に使いやすいんですよね。今は社内で試験的に運用していますが、やっぱり相手を登録しておけば招待不要でログも残せるのが便利でして」
途端に熱く語り出す宮嶋に、始まったよと苦笑した磐田が話半分にノートパソコンを畳む。時刻は夜の10時半を過ぎて、アーニャの配信はようやく終わりを迎えた。
予定を30分以上超過したが、お父さんに夜更かしを叱られていなければいいが。
「次に会うのはあの子の誕生日かな」
N社の社長である磐田は、部下の娘にとびっきりの誕生日プレゼントを用意して微笑するのだった。
◇◆◇
「ふぅ……」
時刻は夜の10時半を過ぎて、ようやくWコラボに幕を下ろしたわたしは、新作のエンディングテーマを眺めて息を吐いた。
大好きなゲームを想ってわたしなり紡いだ新曲が、疲れた頭によく馴染む。
けっきょく上位相当の恐暴竜は初期装備では倒しきれなかった。時間切れでクエストも失敗したが、それでも──。
「本当に楽しかったなぁ」
そう、自信を持って断言できた。
「楽しかった、ですか」
そんなわたしの前で、相棒はサーニャに憮然とした表情を作らせて言ってきた。
「こっちはゆかりがハメを外しすぎるから、予定を消化するのに苦労したというのに楽しかったですか?」
「あはは、ごめんごめん。でもサブちゃんも楽しかったでしょ?」
わたしが訊き返すと、サブちゃんは憮然としたまま答えた。
「まあ悪くなかったと思いますよ? 同接といいねも2日の配信には及びませんが、ゲーム系では過去最高を記録しましたし、配信中のコメントも大変に好評でしたが……なぜあそこまで浮かれていたのかお尋ねしても?」
「だって楽しかったんだもん」
わたしの頭のわるい回答にサブちゃんはしばらく絶句していたが、やがて立ち直った。
「やはりAIの私が人間の感情を理解するのは無理がありましたか。これでもゆかりのことはそれなりに理解できたと思っていたのですが……」
どこか寂しそうな顔するサブちゃんの内心を思いやって、わたしは優しく微笑んだ。
「わたしは見ての通り単純な人間だよ? 知らない人と仲良くなって友達になれた。それだけの理由で、天に昇るくらい幸せになれる単純な女の子だって知ってほしいな」
そんな自虐とも取られかねない台詞を口にしながら、スマホを操作してメールを打つ。宛先はもちろんアーリャで、タイトルは「今日の配信を見てくれた?」に決定。本文は「明日のコラボに出演してもらうからよろしくね」にしておくか。
これなら返事がまったくないってことはないでしょ? 返事が来たら口説き落としてやろうと決意して机にスマホを戻すと、目敏く発見したサブちゃんが驚いたように目を剥くのだった。
「なるほど……ゆかりも日ごとに成長しているのですね。これでは私の認識が追いつかないはずです。もっとよく観察して修正して行かなければいけませんね」
そう言われると照れくさいものがある。わたしの自己認識では、今夜のコラボの成功で気が大きくなっているだけなのだから。
「ところで配信が終わって、弟さんたちがゆかりの話を聞きたそうにしていますよ」
「お?」
言われてみれば扉の向こうに様子を窺う気配がある。わたしより先に気がつくとは、サブちゃんのアンテナは以前より格段に増設されているようだ。
「じゃ、ちょっくら行ってくるから、何かメールがあったらお願いね」
「はい、行ってらっしゃいませ、ゆかり」
まあ、弟たちの要件は判ってるからそんなに時間は掛からないんだけどね。
COPCOMさんから配信用に是非と渡されたソフトを二つほど手に取って、扉を開けたら「カーチャンたちには内緒だぞ」と顰めっ面で渡してやるだけだ。
サブちゃんはわたしの変化に認識が追いつかないと言っていたが、そんなのは当たり前のことだ。
わたしも変わる。世界も変わる。誰一人として昨日までと同じところには留まっていない。ならば変わらなければ取り残されるだけ──そんなのはゴメンだった。
内心で笑いを堪えたわたしは、扉の外に予想通りの二人を発見すると、右手の人差し指を唇に当てて、目当てのお宝を差し出してやるのだった。




