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転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?  作者: 蘇芳ありさ
第二章『VTuber活躍編』
31/102

波乱の予感なら毎日していますが?






2011年12月4日(月)


 今日は12月になって最初の月曜日。


 つまり学校があり、登校時と下校時に苦手なあいさつが必要とされる日だが、この日のわたしは一昨日までのわたしとはひと味もふた味も違った。


「じゃ、わたしの家はこっちだから、またね」


「うん、真白さんまたねー」


「ゆかりちゃん、また明日ね」


 何を隠そう、仲のいいクラスメイトに別れを告げたのは放課後の教室ではなく、下校途中の十字路である。


 そうなのなのだ。わたしは遂に念願の『自分から声を掛けてクラスメイトと一緒に下校する』ミッションをコンプリートしたのだった。


 笑顔で手を振る友人たちを見送ると、喜ぶ気持ちが体の奥から沸々と湧き上がる。


「……やったじゃん。やればできるじゃんか、わたし」


 これはわたしにとって大いなる前進ではなかろうか?


 コミュ障でも人見知りでもないはずだが、相手に迷惑かけるのを恐れるあまり、家族以外の他人と関わるのが苦手だったわたしが、アーニャの仮面に頼らないで友好関係を築けるとは。


 地獄のような社畜ネキさんとのコラボを乗り越えた今のわたしなら、もしかしたらできるかもしれないと無謀な勇気を振り絞った結果だったが……実際にクリアしてみると感慨もひとしおであった。


「こういうのを今のわたしならば社畜ネキさんにだって勝てるっていうのかな?」


 調子に乗って言ってみたが、まあ勝つのは無理だろう。あの女性(ひと)には勝てない。


 マシンガンのような勢いでしゃべり散らしても一向に残弾(ネタ)が尽きない莫大な手札に、あらゆる想定外に一瞬で対処する天性のアドリブ。そして何を言われても動じることなく、全力で楽しめる脅威のメンタル。


 小手先の技能ではどうにもならない。もっと根源的な人間としての力量において、わたしはあの女性の足元にも及ばないと痛感する。


 だが、勝てる相手ではないと認識したところで、これまで積み上げたものがくずれるわけでもなかった。


 世の中には想像もつかないほど凄い人たちが大勢いることを、わたしはすでに熟知している。


 一昨日の土曜からずっとそんな大人たちとの出会いに恵まれ、良い関係を築いてこれたのだから、良縁に感謝こそすれ卑屈に(こうべ)を垂れる必要がどこにあろうか?


 失敗することを恐れるあまり、何もしないで縮こまっていたわたしはもう存在しない。何しろネットで散々やらかしたからね。もう無敵よ。


「……うん。たんに図太くなっただけだね、これ」


 まあ当たって砕けろの精神だよ。人間関係で失敗したら、そこから学んで次に活かせばいいだけの話だ。


 社畜ネキさんだってきっと、そうすることであれだけのコミュ力を養ったのだろうし、ここは素直に見習わせてもらおう。


「それよりも、こっちのほうを確認しておかないと……」


 そんなわたしの変化はさておき、これまで大っぴらにスマホを見れなかったからね。


 まずは急ぎの要件がないか確認して……うん、今すぐ対処しないと拙そうなのはなさそうなので、内心ドキドキしながらメールをポチった。


 宛先はもちろん年上の友人であるアーリャで、内容は当然のように昨日のコラボで紹介したレンタルVTuberの話題である。


 最近、元気のないアーリャを励ますために始めたこの試み。はたして昨夜の配信をみてもらえただろうか……?


「興味を持ってもらえるかな? 今すぐやってみたいと言われたらどうしよう?」


 こんなに返事が待ち遠しいのは初めてだけど、アーリャにも都合があるからね。こちらから返事をせかすような真似はせず、ゆっくり待たせてもらいましょうか。


 メールの着信音を聞き逃さないようにスマホのボリュームを上げたら、ポケットにしまって家まで駆け足。


 元気よく「ただいま」と挨拶したら、手洗いと洗顔を済ませてリビングに顔を出し、弟たちと一言、二言交わしたら、お母さんからおやつをもらって自分の部屋に直行する。


 さて、もう一回「ただいま」と挨拶しないとね。


「ただいま、サブちゃん。元気してた?」


「お帰りなさいませ、ゆかり。私の体調なら、中枢霊子電脳(C P U)の使用率に換算して、負荷は2%未満。極めて快調ですね」


 おお、なんか聞き慣れない単語が出てきた。


「うーん、具体的な話はよく分からないけど、負荷が少ないってことは、そんなに難しい仕事はしてないってことかな?」


「はい、その認識で間違っていません。現在、私が行っているのは匿名掲示板やSNSの監視と、その情報に基づく未来予測と対応策の協議のみ。よって大規模な時空間制御や因果律統制に比べれば、大した処理は要求されていません」


 なんていうか、藪を突いたら蛇が出そうな気配だよね。深みに嵌まる前に日常に回帰しようっと。


「とりあえず難しい話はおいといて、ネットの反応を注視してたってことだよね? どんなふうになってるか聞かせてもらっていいかな?」

 

「はい、すでに纏めてありますので、順番に説明致します」


 サブちゃんがそう答えると同時にPCのスリープが解除され、モニターに表示されたサーニャが一礼して使用中のタスクを整理する。次々と消される大小様々なウィンドウに代わって、タイトルに『音楽業界の反応』と書かれた資料が展示される。まずはそっちか。


「昨日は日曜ということもあって、水面下での情報収集を優先させた国内外の関連団体ですが、今朝になって本格的な交渉に乗り出したようです。現在はゆかりのお父さまが社内に専門の部署を立ち上げ、淡々と処理なさっておられるようですが、一部、対応に苦慮する様子も見受けられます」


 ああ、やっぱりそういことになってたか……。


 あのときは悪評を吹き飛ばすことを優先してかなり本気で歌ったし、7カ国語を使いこなすとか久しぶりにチート全開だったし、目敏い人なら見逃さないか。


「奇跡の歌姫ねぇ……まあ、他社(よそ)に獲られたら堪らないって理屈は分かるんだけど、前にも一度断ったにしては意外としつこいね? てっきり大人の話し合いで解決したんだと思ってたけど、今度は別の会社?」


「そうですね。以前はS社など国内の音楽メーカーの他には、国外の一部の音楽学校からオファーが中心でしたが……今回は全部(・・)です」


「全部……?」


「はい、そういっても過言ではないと思いますよ? 何しろ国内だけでも小川文部科学大臣に、萩生経済産業大臣。日本音楽教育文化振興会に、日本音楽振興協会。NNKに民放各社。以下、音楽・映像・家電・出版メーカー各社に、珍しいところでは自動車メーカーや、飲料メーカーなども手を挙げていますね」


 なるほど……危うくお茶を吹き出すところだったけど、そりゃサブちゃんじゃなくても全部と表現したくなるよね。


「海外でも似たような団体が獲得に乗り出していますが、交渉先がすでにゆかりと契約済みのN社ですからね。定型文(テンプレート)のメールしか返ってこない時点で周回遅れに気づいてもおかしくないのですが……」


「うん。テンプレを返すにしても内容を確認しないわけにはいかないだろうから、外国語の翻訳に苦労しそうだけど……聞いた感じじゃ門前払いってことでしょ? お父さんたちがそこまで苦労するかな……」


「いえ、ゆかりのお父さまがアーニャのマネージャーであることは、もう知られているわけですから、恨まれないようにする必要もあるのですよ」


 そうか、それがあったか。


 テンプレで済ませちゃまずい相手もいるだろうから、お父さんも大変だ。


「とは言え、N社がアーニャと契約したと発表する前にこのイベントを消化することができたのは僥倖でした。これが発表後になると、どんな反発が起きるか予測するのは不可能でしたからね」


 なんというか、サブちゃんが土曜の配信を急かした理由が判ってきたような気がする。


 今や海外の報道でも空前絶後の天才歌手と絶賛されているアーニャとの契約。わたしがアーニャとしてデビューした時点で、いつかはこんな騒ぎになると予想して然るべきだった。


「つまりサブちゃんはさ、どうせ一度は燃え上がるんだったら、制御可能な内に消火しようと思ってあんな企画を提案したんだよね?」


「はい、その通りです。実のところアーニャの配信は、最初からN社の仕事だと誤解されるように取り計らいました。そうすることで、いずれN社がアーニャとの契約を公表しても、やはりN社の仕事だったかと諦めがつくように。……少なくとも出し抜かれたと思わせなければ、決定的な反発は避けられますから」


「なるほどねぇ……後になってよその子を奪おうとしていたって判れば、まともな会社なら反省して大人しくなってくれるか」


「そうなんですが、小川文部科学大臣や萩生経済産業大臣まで動くとは、正直予測できませんでした。これが関係省庁の縄張り争いの結果か、それとも何らかの思惑による大臣個人の動きなのか、あるいは大衆迎合が大好きなあの党の体質なのか、ちょっと読みきれませんね」


 今の政府かぁ……うん、何かとんでもないことをしそうで怖いのは分かるけど……。


「政府が信用できないのは分かるんだけど、何をしでかすかサブちゃんでも予測できないんだ?」


「はい、できませんね。何しろ今の政府与党は、最低限のバランス感覚すら持ち合わせていない寄せ集めの素人集団ですから。党内の不満をねじ伏せる実力者も不在で、全員が好き勝手に動いているとなると、カオス理論に当てはめて解析しようにも、私たちAIに理解できない衝動の占める割合が大きすぎます」


 う〜ん、そう言われると耳が痛いね。


 日本人はこの3年間で政治的な無関心が大きなツケとなることを、わたしのような子供でさえしっかりと学ばされたわけだが、それをもって彼らの支離滅裂な行動に驚かされなくなったわけじゃないからね。


「下手をしたら国民の知る権利とか言い出してN社に情報開示を命じたり、マスコミを引き連れて会社まで押しかけたかも知れないってことだよね?」


「ちなみに言わせてもらいますが、国民の知る権利を守るというのは、権力者が不都合な情報を握りつぶすことを許さないということなのですが、どうにも勘違いしてる方が多いようで……」


 よほど呆れているのか、モニターに表示されるサーニャから精神的な疲労が伝わってくる。


「いずれにしろ、汚い大人たちの相手はN社の方々に一任すべきです。今回の件で、今の政府によからぬ動きがあることは十分に伝わったでしょうから、あの方々なら上手く処理するでしょう」


「そうだね。ちょっと申し訳ないけど、わたしのような子供の出る幕じゃないか」


 本当にお父さんのように頼りになる、大勢の大人に守られていると実感する。これでサブちゃんまでいなかったら、わたしは今ごろ押しかけたマスコミに囲まれて卒倒しちゃってるね。


「でも、そうなると頼まれたイラストはどうしようか? 一応、クリスマスの前までに描いてほしいって言われたけど、少し早めに提出して、判断はあちらに任せたほうがいいのかな。それともほとぼりが冷めるまでもう少し寝かしとく?」


 わたしが訊ねると、サブちゃんは珍しく「う〜ん」と判断に迷った。


「予測不能という点では、失礼ながら磐田社長も大概なんですよね……。私としてはアーニャとの契約を公表するリスクを最小化すべく算段を立てているのですが、あの方がそんな些事を気にするかと問われれば、なんとも返答に困ります」


「うん……。予想できるんだったら、お父さんがあんなに苦労するはずないし」


 なんせNDSの発売日に東北まで行っちゃう人だもんね。いま送ったら明日の朝はそれ一色、なんてことも否定できない。


「そう考えるとお父さんの苦労が少なくなる方法が一番かな? とりあえずお父さんが帰ってきたら、磐田社長に頼まれた絵ができたって報告して、いつ渡すかの判断も任せちゃったほうがいいと思うんだけど……」


「それが一番無難かもしれませんね。それではこの件はゆかりのお父さまに一任するとして、次の報告に移行しますか」


 結論を出せなかったことにAIとして責任を感じているのか、どことなく申し訳なさそうな様子のサーニャが一つ目の資料を回収して、二つ目を貼り付ける。


 わたしは昨日のコラボの話かなと、内心ウキウキだったけど、次の資料の概要に「C社が自社ソフトの使用を許可すると自主的に通達。怪物狩人3G即時提供の申し出も」と大きく書いてあったのでビックリした!


「えっ? 即時提供って、発売前の3Gをこっちに送ってくれるってこと?」


「お父さまがこちらに送ってくださったメールによるとそうなります。察するに昨夜の配信でゆかりのアーニャが楽しみにしているのを見て、よい宣伝の機会になると判断したのでは? 実際に世界的な注目も高まっていますから、なかなかの英断かと」


 うん、将来的には発売前のゲームの宣伝をVTuberに依頼するのは珍しくないけど、今の時点でそれができるってC社の人たちも尋常じゃないよね?


「まあ、あのシリーズが海外で売れるようになるのはW以降って話だし、海外向けの宣伝って考えると適任かもしれないけどさぁ……そういう発想をする人は磐田社長でお腹いっぱいなんだけど?」


「さすがは家庭用ゲーム業界の覇権争いとは一定の距離を置き、どの陣営とも良好な関係を維持しながら、独自のタイトルで現在の地位を築いたC社ですね。大変お見事な政治的手腕です」


 掛け値なしに絶賛するサーニャ(サブちゃん)の笑顔に、わたしはそれ以上の詮索を諦めるのだった。


 C社が十分な宣伝効果を見込んでソフトを提供するというのなら、一方的に借りを作るって話でもないようだし、視聴者(リスナー)のみんなにいち早く遊んでる姿を届けられるのはいいことだもんね。お父さんがいいと言うんだったら、この話、受けるとしますか。


「でも現物を送るってことは、一緒に遊べるのはサブちゃんくらいかな? レンタルVTuberを利用するお客さんの手元には届かないんだから、一緒に遊べるのは発売後になりそうだね」


 予定ではしばらく積極的にお客さんを呼んで、3Gは土曜から遊んでいくつもりだったけど……その前に宣伝で使うとなると、一緒に遊べないお客さんとのコラボを減らす必要が出てくる。


「なかなか難しいね。いっそ自宅まで来てもらうというのは……ダメか。お父さんが許可するわけないもんね」


 わたしとしては、あくまで一緒に遊べたらいいなって感じに訊いてみたんだけど、目の前で真っ黒な笑みを浮かべたサブちゃん(サーニャ)ときたら、とんでもなく腹黒いことを言ってきた。


「どうせレンタル制度(こちら)の内情なんて判らないんですから、いっそ3Gのソフトを人数分送ってもらったら、実際には私が制作したPC版を利用するというのはどうでしょうか? これならPCとコントローラーさえあればクラウドゲーミング方式で遊べますよ」


 わたしは反射的に小市民根性を発揮しそうになったが、実利を取るならそれもアリかなと思い直した。


 もし発売前にマルチで遊べるのはおかしくないかと追求されたら、膝を突き合わせて赤外線通信で遊んでいることにしとけばいいのだ。


 わたしはサブちゃんと一緒に真っ黒になって、かつての冗談を口にした。


「ふふ。お主も悪よのぉ、三河屋」


「いえいえ、お代官様ほどでは」


 そんな流れでサブちゃんにそう名付けるに至った漫才を再演し、満足したら本題を催促する。


「それじゃあ、お父さんが帰ってきたら3Gを4本ばかし送ってもらうとして、コラボの成果はどんなもんだったかな?」


 そう、今日の本題はこれに尽きる。


 社畜ネキさんとのコラボの評価を聞くのも楽しみだが、やはり気になるのは、わたしが提案してサブちゃんが形にしたレンタルVTuber制度の是非についてだ。


 個人的なものも含めて今後の計画に大きく関わるこのシステム。はたして狙い通りの成果を挙げたかどうか……。


「ふむ……そちらに関しても大きく三つに分けて説明しましょう。まずはコラボ相手の社畜ネキさまに関してですが、当初の予測を遥かに上回る勢いで好評を博しております」


 おおっ、さすがは社畜ネキさん。当日はサブちゃんの検閲が予想以上に厳しく、みんなのコメントを殆ど見れなかったから不安だったんだけど、やっぱり色んな意味ですごかったのか。


「元から評価の高かった絵は当然として、ネットでの書き込みからある程度は予測されましたが、それを遥かに上回る圧巻のトークと抜群のアドリブ。さらにはアニソンもオタクならではの熟練ぶりで、声真似も得意と。……あの方もまた変態(てんさい)の一員ですね。私たちAIに理解できない方々は、そう分類するしかありません」


 まさに絶賛……というには失礼な評価も混ざっていたので、わたしはこの点に関してしっかりと追求した。


「サブちゃんってば、社畜ネキさんには色々と失礼だよね。昨日も本人の目の前で『この程度でいい』って言ったしさぁ……ダメだよ、目上の人はきちんと敬わなきゃ」


 めっ、と睨みつけるとサブちゃんにしては珍しく、弟のように口答えしたそうな顔をした。


「何その顔? 言っとくけど口答えは聞かないからね。今度会ったらしっかりと謝るんだよ」


「そこまで言うならあの方の実像を……という訳にもいきませんか。仕方ありませんね。今回は負けておきます」


 わたしとしては人間にとって当たり前の道徳を説明したつもりなんだけど、サブちゃんの反応たるや、妹がこっそり食べたアイスの件でお母さんに叱られてる弟のようだった。


 なんだろう……何かわたしの知らない葛藤でもあるのだろうか?


 仮にあるとしたら、サブちゃんが昨日のコメントをわたしに見せなかったことと無関係じゃないんだろうけど……。


「うん、まあ、社畜ネキさんが気にしてないんだったら、わたしも気にしないことにするけど……」


 なんとなく気まずいものを覚えて追求を控える。


 もしかしなくてもこれは、弟の無実があとになって判明したパターンと同じか?


「……うん、ごめん。ちょっと生意気だったね」


 わたしが謝ると、サブちゃんは少し戸惑ったようだったが、こう言って仲直りに応じてくれた。


「いえ、こちらこそあの方の暗黒面に拘りすぎましたね。……社畜ネキさま個人の評価は以上になりますが、コラボの可否についても概ね好評です」


 あっ、それは嬉しい!


「もちろん純粋にアーニャとの対話を期待していた視聴者(リスナー)の中には、突然のコラボに戸惑う向きもありましたが、最終的に普段にない魅力を引き出してくれたと評価する声が大半を占めます」


「そっか、よかったぁ……」


 白状すると少しだけ心配だったんだよね。


 VTuberが当たり前のようにコラボするようになるのは、伝説とまで呼ばれる企業勢の成功があってこそだ。


 その下地もなく、アーニャ目当ての視聴者ばかりの中でコラボの概念が受け入れられるか不安だったが、さすがは社畜ネキさん。当たり前のように馴染ませてくれた。


「よしよし。社畜ネキさん個人も大人気。コラボの概念も導入成功となると、あと気になるのはVTuberの敷居が下がったかどうかだね。サブちゃんは敷居を下げるために社畜ネキさんを呼んだと思うんだけど、これ、成功しすぎて逆に敷居が上がってない?」


 わたしが指摘すると、サブちゃんは余裕のある笑顔で首を横に振った。


「確かに社畜ネキさまの力量は私の予測を大きく上回りましたが、あまり敷居を下げすぎると、何百、何千という希望者が殺到しますから、むしろ好都合ですね。昨夜の配信に怯むことなく、アーニャとのコラボを希望する有志……今回はそんな方々からのメールを紹介しましょう」


 その言葉を皮切りに6通のメールがモニターに表示される。


「人数は7名と数こそ少ないですが、その内の4名は現役の動画配信者と、かなり期待できる顔ぶれです」


「なになに? 仲上ハルカさんと進藤エリカさんのコンビ配信者に、歌手志望の谷村美子さんに、人をぶっ殺すゲームが大好きな寺田杏子さんか……うん、個性は大事だよね」


 ざっと目を通した感じだと、最後の寺田さんに一番興味を惹かれたけど……それ以外となると、やっぱりこの人かな?


「件名が『さくらもやる』で、本文が『さくらにやらせて』かぁ……なんていうか無駄なところが全然ないね」


「その方はおそらく園児だと思われますね。今回は便宜上希望者のお一人として扱いましたが、さすがにその年齢では……」


「うん、残念だけど今回は選考外かな」


 微笑ましいけど、配信中にフォローできる自信がないからね。


「他にはロサンゼルス在住のグラディスさんは……うん、これは完全にファンレターだね。嬉しいけど、レンタルの部分は『いつかコラボしようね』としか書いてないや」


「コラボの意思はあるようですが、現役配信者の方々に比べると具体性に欠けますね。VTuberになるために日本語を勉強してらっしゃるなど、意欲そのものは評価したいところですが……」


「そうだね。将来的にはありだけど、今の時点で国内向けの配信で英語オンリーってのもね」


 悩ましいところだけど、この子も保留かな。


「最後の子は、件名に『コラボ見ました』って書いてあるけど、本文は白紙だね」


「う〜ん、その方は多分メール自体に慣れてなくて、間違えて送信してしまったんだと思いますよ。続報を待ちましょうか」


「そうだね。そうしようか」


 んっ、と体を伸ばして確認すると、結構な時間になっていた。


「じゃ、今日の配信はお休みして、戻ってきたらこの中の誰かを明日の配信に招待するって流れでいいかな?」


「もうそんな時間ですか。分かりました。ゆかりが戻ってくるまでの間に、この方々の動画を精査して、参考資料を作成しておきます」


「うん、いつもありがとう。それじゃ、行ってくるね」


 いつものように留守を任せて自分の部屋を後にする。


 その間、一階の台所でお母さんの手伝いをしていたので、以後のことはわたしの与り知らぬ話だった。






◇◆◇






 子供というのはよく気がつく(・・・・・・)生き物だ。


 この大人は信用できる人物か。気を許してもいいのか。自らの生存戦略に直結した観察力は侮れないものがある。


 真白家の次女、美鶴もまたそんな子供の一人。


 他の家族には考え無しに甘えてると思われているが、彼女は甘えても迷惑にならないタイミングをきちんと見計らっていた。


 そんな美鶴だから当然のように姉の異変を見逃さなかった。


 美人で優しくて、自分の我が儘を何でも聞き入れてくれた姉の様子が最近おかしい。急に動画配信を始めたこともそうだが、そちらにばかり夢中になって構ってくれなくなったのも、姉のこれまでの人間性から考えるとおかしなことだ。


 終いにはそのことを理由に、夕食後に姉の部屋に立ち入ることを両親に禁じられても、優しいはずの姉は一言も抗議してくれなかった。


 だからおかしいと、その日から彼女は異変の正体を見極めようと躍起になった。


 さすがに中の人が入れ替わったとか、そんな荒唐無稽な想像はしなかった。姉は姉。それだけは確信をもって断言できる。だが姉の中の優先順位が変わったのも間違いのない事実だ。


 姉に自分より大事なものができたと気付いたとき、美鶴は歯を食いしばった。


 そんなことは認めたくなかった。でもそう考えると納得できる。そして自分より大事なものができたとしたら、それはきっと亀のように閉じ籠るようになった姉の部屋にあるに違いない。


 そこまで絞り込めればあとは簡単だ。姉の部屋は自分が投げ出したエレクトーンを置いてある関係で防音室になっているが、中の音が全く聞こえないわけではなかった。


 聞き耳を立てると変なことはすぐに判った。両親との約束通り、夕食後は姉の部屋に近寄らず、聞き耳を立てたのは夕食前だ。まだ動画配信をしていないような時間帯。


 だというのに床との隙間から漏れ出る会話は誰のものか。片方は姉だが、もう片方は知らないようでどこか聞き覚えのある声だった。


 そこまでたどり着いたらもう止まれなかった。姉が部屋から出る気配を感じて二階のトイレに駆け込み、その背中を見送ったらもうやることは一つだ。


 内側からしか鍵のかからない姉の部屋のドアノブを掴んでゆっくり開けると、机の上にあるパソコンのモニターが見えた。


 モニターは、付けっ放しだ。何かソフトを使っているのか、デスクトップにアニメ調のキャラクターが表示されて──。


「サーニャだ」


 ポツリと漏らした呟きにサーニャのL2Aが硬直する。まさに不覚。この部屋に自身のアンテナとなるものは配信用のマイクしかないなど言い訳にもならない。


「サーニャでしょ? みつる知ってるもん。アーニャのメイドのサーニャでしょ? なんでお姉ちゃんのパソコンにいるの?」


 サーニャのL2Aを動かさず、霊子電脳上の仮想処理で溜め息を吐くという感情表現を行ったAIは、子機となる端末(スマホ)を操作して主人に事情を説明した。


 どちらにしろ従僕たる身で勝手なことはできない。まずは主人の耳として現状を報告する必要があった。


 願わくば主人に解決の妙案が在らんことを。






◇◆◇






 偽りの身分を全うして拠点に帰還した少女もまた、スマホを手にして立ち尽くしていた。


 彼女は帰還してからずっとそうしている。見守る老司祭は静かに嘆息した。


 原因は察しがつく。司祭は庇護下の少女が真白ゆかりと友人関係を続けていることを察知している。


 おそらく真白ゆかりが構築したレンタルVTuberなるシステムは、最近沈みがちな友人を励ますために考案したのだろう。


 だからこそ彼女は苦悩しているのだ。無邪気に誘われて、さりとてそこまで関わっていいものかと。


 不器用なことだ。主人の手で無より創られた自分達とは異なり、人類から進化した彼女は選べる立場だというのに、これしか道はないと頑なに両目を閉ざしているのだ。


「これは思ったよりも早く結論を出す必要があるかもしれんな」


 どちらにしろ従僕たる身で勝手なことはできない。まずは主人の耳として現状を報告する必要があった。


 願わくば主人に解決の妙案が在らんことを。






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[一言] 一番ハブいちゃダメな奴が園児だからでハブかれたwww まあメール送った側が悪いよこれは(
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