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転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?  作者: 蘇芳ありさ
第一章『VTuber誕生編』
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東北大学未来科学技術共同研究センターの川◯教授なら、わたしの気持ちも理解してもらえると思うんだ!






2011年12月2日(土)


 昨日はすごい話を聞いてしまったし、聞かされてしまった。


 おかげで全身の毛穴が開いて、すっかりクールダウンした。疲労困憊になって寝つきも良く、朝もスッキリとはいかないけど、早めに起きれたよ。寝坊しないで済んだね。ありがとうと言わせてもらおう。


 なんて冗談はここまでして、現実と闘おう……まさかサーニャが非実在人物じゃなくなるなんてね。


 完全に忘れるのは無理だけど、精神衛生上あまりよろしくないから、なんとか記憶の片隅に追いやらなきゃ。


 まあサーニャ(サブちゃん)の話はいいや。それよりお父さんの話だよ。


 お父さんが勤め先のN社──正確には社長さん個人から、再三にわたって打診されたという提案。それを昨日、お父さん本人の口から聞かされた。


 内容はなんとも光栄な話なんだけど、N社の磐田社長はアーニャの後ろ盾となって、その活動を全面的に支援したいそうだ。


 お父さんの話によると、磐田社長がどうしてそう言い出したのか判らず、そちらに関してはいずれ本人に聞いてくれとのこと。


 企業人としての立場や、大人の思惑もあるので盲信するのは危険であり、契約するなら内容をよく吟味すべきだとも言われたが、こちらの立場は大筋で決まっている。


 アーニャの活動にお父さんの勤め先であるN社を巻き込む。これはサブちゃんが言い出し、わたしも幾つかの打算から了承した話だ。ほんと悪い子だね。わたしたちって。


 だから何も知らないお父さんには悪いんだけど、わたしたちはこの話を受けることを決め、その旨を伝えた。


 わたしの目的は世界初のVTuberとして成功することだけではない。


 もちろんアーニャたちの活動が認められたらわたしだって嬉しいし、視聴者(リスナー)のみんなとあれこれ遊ぶのは純粋に楽しい。


 でもそれはあくまで副次的なもので、本来の目的はその道を切り拓き、あの人たちが自由に活動できる環境を整備すること。だからこれは大きな後ろ盾になる。


 あの人の記憶によると、VTuberの華やかな成功は、同時に手探りの苦闘の連続でもあったという。


 インターネットやSNSでの誹謗中傷。身バレに端を発したストーカー被害。些細な失言。言葉狩りによる炎上。挙げると正直キリがないが、そうした被害を不幸にも受けることになったVTuberに、所属事務所はほとんど何もできなかった。


 事務所に所属する演者(ライバー)を守る意思がなかったわけではない。ただ彼らは2Dのアニメーションや、3Dモデルの構築を得意とするIT系の企業ではあっても、その手のトラブルに強い芸能系のプロダクションではなかった。悪意のある攻撃に対処するノウハウが決定的に不足していた。


 だから標的にされる。現実の世界で芸能人に同じことをしようとする人は少ない。そんなことをしたらタダではすまないのは誰だって知ってる。


 でもVTuberはその限りではない。守りたくても事務所に炎上対策のマニュアルはない。対応は後手後手にまわり、その結果、VTuberの中の人である演者さんが傷つく。あの人の記憶にあるあの人たちは、本当に小さな存在なのだ。


 だから大きな会社に守ってもらえるならそれに越したことはない。


 問題があるとしたら、その会社が急激に成長するVTuberの界隈から搾取することしか頭にない場合だが、そういう意味でもあの会社は信用できると思う。


 なにしろ今すぐ廃業しても、社員全員を食べさせていけると言われるN社である。極端な金儲けに走るとは思えない。それがわたしたちの判断だ。


 帰ったらサブちゃんとその話をしよう。他にも再開の時期や、謝罪の方法。考えないといけないことは山ほどある。


 下校中にそんなことを考えながら、そういえばメールをチェックしてなかったなとaphoneを取り出す。お父さんやサブちゃんから緊急のメールがあるかもしれないのに、これでは何のためにスマホを持たされているのか分からない。


 反省しながらロックを解除、するまでもなくホーム画面にお父さんから「すまん」とメールの通知が。


「…………わたしの勘違いじゃなかったら、前にも似たようなことがあったよね、これ?」


 なんだろう、嫌な予感しかしないんだけど。急いで確認したら、本文は「すまん、止められなかった」としか書かれておらず、ますます不安になった。

 

「……………………まさかもう来てたりしないよね、磐田社長」


 気分は完全にDNSの発売日にアポなしの訪問を受けた東北大の某教授である。ダッシュで戻った自宅を一周して、知らない車が停まってないか確認したが、こちらのほうは杞憂に終わった。


 違法駐車の痕跡はなく、自宅の駐車場に停まっているのもお母さんの軽自動車だけ。流石にそこまで非常識じゃなかったか。わたしはホッと胸を撫で下ろしたが、安心するのは早かった。


「こちらのメールにありましたが、明日には来るそうですよ。いやはや、さすがの行動力です」


 あまりの報告に、わたしは手にしたランドセルを落としてしまった。


「えっ? 昨日の段階では社長さんの思いつきでしかなかったのに、もう社内の意見をまとめて、明日にはわたしの家にその話をしに来るの?」


「はい、さすがというか何というか、言葉もありませんね」


 サブちゃんは磐田社長が伝聞以上の人だったことが嬉しいのか、しきりに感心していたが、わたしとしては溜まったものじゃない。


「すでに具体的な契約内容もメールに記載されていますよ。それも社内向けの文章ではなく、子供向けにイラストを用いたものが。これならゆかりも明日までには理解できますし、私としても大助かりです」


 サブちゃんは無邪気に喜んでいたが、余裕ぶっていられたのもそこまでだった。


 窓が開いているからだろうか。外から車が停まる音が聞こえてきた。そして数人の話し声と、数台は停まれる自宅の駐車場にお父さんが誘導する声も。


「…………さっき来るのは明日だと言ってたよね」


「すみません、磐田社長の行動力を承知していたつもりですが、それでもまだまだ過小評価していたようです。まさか昨日の今日で駆けつけるとは……」


「……………………わたしまだお昼も食べてないんだけど?」


「さすがにそれくらいは待ってもらえると思いますよ? その間に契約内容を確認して、作戦を立てましょう」


 サブちゃんはそう言うが、その認識すら甘かった。ノックの音に続いてお父さんの「すまん」という掛け声。あまりの惨状に、わたしは思わず叫んでしまった。


「すまんじゃないよ、お父さぁ〜ん!!」


 扉を開けると、かつて見たことがないほどに燃え尽きたお父さんが、弱々しく「すまん」と謝ってきた。


「すまん、うちのバカ社長とアホ常務が、どうしてもと聞かなくてな。一応、抵抗したんだが……外堀を埋められた挙句、理詰めで論破されてな、企業人として逆らえなかった。頼りない父親で、本当にすまない……」


 ……こんなに弱々しい姿を見せられたら何も言う気になれない。


 お父さんは何にも悪くないのに、わたしのせいで巻き込まれて、こんなにボロボロになったんだもん。思わず「お父さんは悪くないよ。わたしのほうこそごめんね」と抱きしめてしまった。


「ああ、そう言ってもらえて、随分と気が楽になったよ。……ゆかりも昼はまだだろう? うちのバカ社長が寿司でも一緒にどうかとしつこいから、早めに降りてきてくれると助かる……」


「うん、分かった。着替えたら和室だね? そっちのほうに行くから、それまでよろしくお願いしますね」


 そう言ってもう一度抱きついたお父さんを送り出したが、それ以上の時間稼ぎはできそうになかった。


「どうしよう? わたし一人でぶっつけ本番の大勝負?」


「いえ、それはさすがにさせられません。今まで容量の関係で実行しませんでしたが、ゆかりのaphoneに『サーニャ』をインストールしました。それとワイヤレスイヤホンも目立たないように装着してください。これでそちらの状況を理解したうえで助言できます。申し訳ありませんが、今日のところはこれで凌いでください」


「うん、ありがとう」


 サブちゃんの言われた通りにしてから気合を入れる。


 他の誰かを責めるわけにはいかない。これはわたしが始めた戦いなんだから、わたし自身が矢面に立つのが筋だ──そんな子供の強がりは、リビングの食卓を彩る料理を見て吹き飛んでしまった。


「お、姉ちゃん遅ぇよ。和室に父ちゃんの客が来てっけど、姉ちゃんの分はそっちだってよ」


「お寿司すごぉーい! 天ぷらも美味しそうだね!」


「うん、とっても美味しそうだね……」


 弟たちは無邪気に喜んでるけど、幾らしたんだろ、この超が付きそうな高級料理? やっぱり社長さんかな? お父さんがわたしも一緒にどうかって言ってたし……って、わたしの分は和室だから、初めから選択肢なんてないじゃんかさ!


 お母さんはわたしの肩を抱いて「頑張りなさい、ゆかり」と励ましてくれたけど、こんなにプレッシャーのかかる昼食は遠慮したかった。


 ガクガク震える膝を励まして和室まで到達するが、この中にあの磐田社長が待ち構えているかと思うと、正直なところ声を出すのも躊躇われるぐらいだ。


 楽しそうに談笑する声が聞こえる和室の外で、なんとか呼吸を整える。あとは挨拶をして中に入るだけだが、こんな時になんて挨拶をしたらいいか、それさえも分からなくなる。


 失礼しますでいいんだろうか? 先にノックをするのは……ダメだ。和室なんだからノックをできる場所がない。本当にどうしよう? お父さんが呼びに来るまで待っていたほうがいいのかな?


『こういうときは少しだけふすまを開けて、失礼しますでいいんですよ、ゆかり』


 そんなふうに混乱するわたしの耳にサブちゃんの声が届く。慌ててスマホを見ると、待機画面に表示されたサーニャが優しく微笑んでいた。


『大丈夫、貴女は独りではありません。私が居ます。お父さまも助けてくださいます。なにも慌てることはありません』


 ……うん、ありがとう。


「失礼します」


 教えられた手順を踏んで到着を知らせると、中から「ゆかりか、入りなさい」というお父さんの声が聞こえた。どこか安心したような響きが、少しだけ可笑しかった。


「真白ゆかりです。本日はよろしくお願いします」


 今度はふすまを開けきり、一礼してから挨拶すると、お父さんを含めて五人(・・)の大人が笑顔で歓迎してくれた。


「いやぁ、これはよくできたお嬢さんだ。真白くんが自慢をするのも分かるよ。ささ、ゆかりさんもどうか中に入ってお座りください」


 そう言ってお父さんをからかった人を、わたしは()っている。でも来客はその人だけではなかった。


「N社の社長を務める磐田と申します。いやぁ、お会いできて光栄です。もうゆかりさんに会いたくて会いたくて、昨日は興奮して寝れませんでしたよ」


「どうも、ゆかりさんのお父さんにはいつもお世話になっています。N社情報開発本部長を務める常務の宮嶋です。その節は失礼しました。僕もゆかりさんと会うのをずっと楽しみにしていましたよ」


「N社法務部長の大谷です。本日は未成年のゆかりさんに契約内容分かりやすく伝えさせて頂きますので、何か分からないことがありましたら遠慮なくお尋ねください」


「D2社営業部所属、N社担当の中村です。当社もゆかりさんの大変興味深い試みには注目していまして、本日はアポイントも取らずに押しかけてしまったことを、まずはお詫びしますわ」


 うん、磐田社長だけだと思ってたから完全に油断してたわ。なにこのN社オールスターズ。宮嶋さんに最強法務部の部長さんまでいるじゃん。この三人がス◯ブラに参戦しないのが不思議で仕方ないんだけど?


『気持ちは分かりますが、落ち着いてください、ゆかり。別に動揺を悟られても構いませんから、まずは着席を。自分の席は判りますか?』


 耳元でわたしのAIが何か言っているが、ちっとも頭の中に入って来ない。


 D2の中村さんはともかく、他の三人はお父さんの会社の同僚なんだから、こんなに緊張するのはおかしいと思うが──あの人の記憶を持ち合わせているわたしにとって、この人たちは歴史上の人物も同然なのだ。


 織田信長と豊臣秀吉、徳川家康の三人に笑顔で挨拶されたも同然と言えば、少しはわたしの気持ちも伝わるだろうか?


 しがない庶民の小娘としては、せめて一人ずつに小分けしてほしいと願わずにはいられなかった……。






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