転生したと言われましても
臨終の際に途切れた意識は復活したが、気分としては死んだままだ。
雲上にそびえる光の国を一望しても、天国って本当にあったんだと、それしか感想が浮かんでこない。
「ご理解いただけましたでしょうか? 貴方はこれから生まれ変わって新たな人生を歩むことになります。はい、分かりやすく言うと、いわゆる転生ですね。それをしてもらうことになります」
「はぁ……」
担当の天使と名乗る少女に気の抜けた返事をしてしまった。失礼だと思うが勘弁願いたいところだ。
私事になりますが、こちらは半年に渡る闘病生活が終わった解放感に包まれていた矢先でして。いきなり転生と言われても気持ちがついていきません。
「転生って本当にあったんですね……」
「ええ、あまり一般的な知識ではないと思いますが……いえ、貴方の国では割りと有名では?」
「はい、異世界転生物っていうんですか? 事故かなんかで異世界に生まれ変わって活躍する漫画や小説、アニメがあるのは知っています。ですが実際にそうしたものがあると信じているかというと……」
「……まぁ、そうですよね」
輪っかも翼もないが、本人の自称するところ天使であるという少女の、よく変わる表情に恐縮しながら拝聴を続ける。
「戸惑うかもしれませんが、転生自体は古くからあるシステムです。一度きりではなく、数多の人生を経験することで霊的な高みに到達する。主が貴方たち人類に望んでいることです」
なるほど。そう考えると私の人生もまったく無意味なものではなかったのかと、安心したような気持ちになる。
「通常は生前と同じ時間を回想に費やす反省期間というものがあります。自分の人生の何が悪かったのか、失敗からしっかり学んで、次の人生で活かしてもらうためですね。ただ、こちらの手違いで死なせてしまったり、貴方のように悲惨な……失礼、恵まれない人生を送ってしまわれた方の場合は、できる限りの便宜が図られます。子らの魂は報われなければならないと主も仰せです」
しかし、悲惨な人生か……そう言われるとあまり否定できない。両親を憎んでいた時期もあったし、独立を援助した弟と妹は一度も見舞いに来てくれなかったから、裏切られたような気持ちになったこともあるが、もう終わったことだ。ひどい家族に振り回された人生だったが、彼らが死後に過剰な罰を受けないように願いたい。
「とまあ、そんな理由で、貴方の転生にはかなりの特典が追加されますが、希望はやはり剣と魔法の世界に転生して俺Tsueeでしょうか?」
ウキウキと聞いてくる少女の姿に笑みを誘われる。
「なんていうか楽しそうですね」
「……失礼しました。わたしは最近になって解脱を認められた新参の身なので、貴方のようにやり甲斐のある方を担当して気持ちが先行していたようです。なにとぞご容赦を」
そうなのか……だとしたらこの子には悪いんだけど、彼女の要望は叶えられそうにないな。若い頃ならまだしも、疲れ切った今の自分に剣と魔法の世界を生きる気力はない。
そんな私の様子を見て察したのだろう。少女の表情はみるみる曇っていった。
「あの、もしかして私が転生しないとあなたが困ったことになります?」
「い、いえ、あくまで貴方の意向が第一なので、わたしのことはお気になさらず」
そう言いつつも否定しないあたり、私が転生しないのはあまり嬉しくない事態なのだろう。
それはまずい。人に迷惑をかけてはいけない。これは絶対だ。
「では、同じ世界に転生ってできます? 生前と同じ、現代の日本って意味なんですけど?」
「できますよ!」
安心したように大きな声で答えた女の子が笑顔で続ける。
「その場合、まずは親ガチャですね。最低でも総資産数千億円の上流階級のSSR確定ガチャをご用意します。これくらい、貴方の前世を考えれば当然ですよね」
彼女の提案に、どんだけ悲惨だと思われてんだ私の人生、と慌てる。
「いえ、両親は普通、普通でいいんです。両親は子供に暴力を振るったりしなければ、それだけで十分ですから!」
「なるほど……過度の豊かさよりも、心が安らぐような家庭をお望みと……。重ねて失礼しました。貴方の境遇を思えば当然ですよね」
「ええ、まぁ……何事も程々が一番なのかな、と」
彼女の納得した様子に安心するの早かった。
「では次にチート能力ですね。容姿はもちろん、全ての人類を過去にする頭脳や身体能力、魔術や超能力……なんなら受肉した英霊や、現役のNo.1ヒーローなんてのも面白いかもしれませんね。いっそ全部お付けしましょうか?」
「いやいやいや! 普通で! そういうのも普通が一番ですから!」
忘れていたが、今の私は生身の肉体ではなく転生前の魂である。ぶっ飛んだ提案に動揺を隠しおおせるのは難しく、少女のきれいな顔はまたしても曇った。
「でも、それだとポイントの消化が……」
ポイントね。不遇ポイントかな。よく分からないが、それを消化しないことには私の転生を担当する天使さまに迷惑をおかけしてしまうらしい。そうなると、何か、世間様に迷惑をかけないような才能なりなんなりを希望しなければならないが……私にもそうしたものが存在しないわけではなかった。
「でしたら、転生時の性別は女性で……歌と絵がある程度上手で、パソコンのプログラムもできて……ついでに英語もできるように、というのは通りますか?」
「通りますよ。ちなみに何のためかお伺いしても?」
ほっとしたように、それでいて興味津々に訊いてくる少女に恥じらいを覚える。唯一の趣味がそれだと打ち明けるのは、なかなかに勇気が必要とされた。
「VTuberってご存知ですか?」
「知ってますよ! ピンクの巫女さん面白いですよね! 配信時は毎回張り付いてますから!!」
なんと、まさかの同好の士である。VTuberが天国でも視聴できるとは。
「ええ、私はみんな大好きなんですけど、彼女は特に好きで……いつも笑顔を貰って、頑張ろうという気にして貰えました」
「つまり転生したら美少女VTuberになってコラボ配信をしたいと?」
「いえいえ、そうした欲望がないとは言いませんが、何しろ急激に発展した界隈ですから、ノウハウが足りず、何もかもが手探りで……その所為で悔しい思いをした人もいるでしょうから、私のような人間でも、何かお役に立てないかなと」
何しろ前世では実家への仕送りや闘病生活で貯金も尽き、ろくな支援もできなかった人間である。降って湧いた転生の好機に、彼女たちへの恩返しができるのであれば、これに勝る喜びはない。
そんな自己満足に浸っていると、私の身体は光に包まれた。
「ともあれ、貴方の希望は了解しました。どうか良い人生を」
「ありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいのか……」
「転生先は現代の日本で、年代は成人時にVTuberが人気になる時期に設定しました」
「何から何まで、本当に……」
「それとポイントは希望の性別と才能に振り分けましたが、カンストしたので幾つか限界突破しておきました」
「はい……?」
「たぶん容姿は誰もが振り返る絶世の美少女で、才能面は、絵と歌は今すぐ覇権が取れるレベル。プログラミングは異次元の天才、語学はありとあらゆる言語を一瞬で習得するレベルになると思います。楽しみですね。応援していますよ」
「ちょっ!?」
そこまでしろって言ってないんですけど!?
2011年11月19日(土)
そんな夢を見たわたしの心境を述べよ。
「なんでやねん」
いや、ホントそれ。思わず地元の方言でツッコミが炸裂する。わたしの両親は東京の人だから普段は使わないけども、あんな夢を見てしまったら仕方ないというか。
まったく、何が悲しくて来月には12歳になるのに「俺、転生したら美少女VTuberになるんだ」という夢を見ないといけないのか。というかVTuberって何だよ。誰か説明してよ。
「まぁ、夢に文句をつけても仕方ないんだけど……」
先週はスライムに転生した人の仲間になったな。あれは面白かった。二週連続でそんな夢を見るとか、疲れてるのかな、わたし。
「そんなことはないと思うんだけど……いいや、着替えて学校に行こう」
学校か……あまり愉快な気分にはならないが、このままでは引きこもりになって家族に迷惑をかける。気合入れんと。
着替えて二階の洗面所で顔を洗って髪を梳かす。鏡に映るのはいつものわたしの顔だ。自己認識ではフツメンだが、周囲の評価はそうならないわたしの顔。
『──たぶん容姿は絶世の美少女で』
ふと、夢の中で言われた言葉を思い出す。いやいや、そんなのはただの偶然。気にするなんてどうかしてる。
頭を振って下に降り、家族に挨拶してから台所でお母さんを手伝い、朝食を頂いたんだけど……今朝の夢が頭から消えてくれない。普通ならすぐ忘れて、思い出せなくなるのに不思議だ。
「なんだよ姉ちゃん、辛気臭い顔して」
「んー、なんか変な夢見た」
「え? お姉ちゃんどんな夢見たの?」
「転生したらVTuberだった件」
「お兄ちゃん、ぶいちゅーばーってなに?」
「YTuberなら知ってっけど、VTuberなんて知るかよ。どうせYとVを間違えただけだろ」
「だよねー」
「こら、食事中だぞ。唾を飛ばすんじゃない」
9歳の弟と7歳の妹と大笑いしたらお父さんに怒られた。まことにごもっともで。お母さんにも笑われた。
そんな感じで夢のことはすっかり忘れて「行ってきまぁーす」と駆け足で登校した。
今日は土曜で学校は午前中で終わり。学校のみんなに挨拶して、ワイワイ楽しく授業を受ける。うん、ここまではできるんだよな。
三時限目の授業が終わり、ちょっと長めのホームルームも終わった。さて、ここからだ。
「それじゃあ真白さんまた月曜ね」
「またねー」
「うん、みんなまたね……」
これだよ。本当にダメだなぁ、わたし。昔から友人たちに「途中まで一緒に帰ろう」と言うこともできない。
原因は何だったか……新しいクラスメイトに「真白さんは美人だから、迷惑をかけたら叱られちゃうから」と言われたのがきっかけだったか。
心と体が成長するたびに離れる距離。今ではまるで画面の向こうのお姫さまだ。自分から一歩を踏み込めば変わるかもしれないのに、どうして二の足を踏んでばかりなのか。
「真白、少しいいか?」
と、そんなふうに悩んでいたら先生に声をかけられた。なんだろう?
「はい、なんですか先生?」
「ここじゃなんだ。職員室に行こうか」
え、職員室? もしかして何かやらかしたか、わたし? 内心ドキドキしながら連行される。
「これなんだが、どう思う?」
どこか遠慮がちな先生に、とても綺麗な絵を見せられる。題材は今日の図工で描いた果物なんだけど、一目でプロの仕事だと判る完成度だ。
「すごいですね。先生が描いたんですか」
「何を言ってる? これはお前が描いたものだぞ?」
「えっ……?」
最初は先生が冗談を言ってるのかと思ったが、違った。よく見たら右下に『真白ゆかり』と、わたしのサインがある。
本当にワケが分からない。これは本当に友達とおしゃべりしながら適当に描いた、わたしの絵なんだろうか?
「先生も驚いたんだが、来年のコンクールに出展してみるのはどうだろうか? 出すのはもちろんこの絵でも構わないが、ここまで描けるんだ。コンクール用にひとつ、本気で描いてみるのは──」
熱心にコンクールへの出展を勧める先生には悪いんだけど、わたしはそれどころではなかった。気分が悪くなって倒れそうになり、驚いた女性の先生に抱えられて保健室に直行した。
救急車を呼ぼうとする先生方に大したことはないと告げ、無理強いする気はなかったと謝罪する先生に逆に謝り、帰宅したわたしは自分の部屋で現実と相対した。
「いや、まさか、そんな……」
どんどん鮮明になる誰かの記憶と、今朝の夢。それを否定するかのように、わたしは掃除以外の目的で一度も触れたことのないエレクトーンに向かった。
楽譜も知らないアニメの主題歌を演奏する両手と両足が自分のものとは思えず、わたしは戦慄した。
「わけがわからないよ」
意図せず口走った台詞があまりにも似ていて、咄嗟に口を塞ぐ。
いやいや、歌で覇権が取れると言ってたから、音域的に再現できても不思議じゃないけど、こんなのは偶然偶然。
その証拠にもう一度絵を描いてみる。わたし図工の成績3だからね。記憶を頼りに描いても多分酷いのが出来上がる。さっきの絵は、先生が誰かのものと間違えたんだろう。
「…………」
と思ったらわずか30分で書き上げてしまった全員集合の図。しかもその道のプロが描いたとしか思えない完成度。これには冷や汗もにっこり。
思わず否定しようと描いたページを引きちぎろうとするが、生まれた作品に罪はない。というかクシャクシャに丸めるなどファンとして許されない。ファンとか言っちゃってるよわたし。絶望しながらノートから切り取って机の奥にしまう。あとで額縁を用意しないと。
「いやいや、鎮まってわたしの厨二病。発症まで二年早いよ、二年」
でも否定できる材料がないんだよな、これが。夢の中のあの人も割とオタク趣味だったけど、わたしもお父さんの仕事の関係でゲームとか好きなんだよね。下手だけど。というか、あの人の記憶を自分の記憶であるかのように思い出せるあたり、我ながら重症である。
「転生したら美少女VTuberになるんだ、って夢を見たんだけど……こんなの全然笑えないよ」
幸いにも……そう言っていいのかどうか迷うが、前世の記憶に目覚めたからって、今のわたしがどうにかなることはなかった。多少の混乱はあるが、あの人の人格と入れ替わるとか、自分のものではない記憶に苛まれるということはない。このあたりはさっぱりしたものだ。
とりあえず観念して帰宅した家族と面会したが、違和感はまるで覚えなかった。今朝までの家族を他人と思うこともなく、たんに十二歳の誕生日を機に、色んな厨二設定がわたしに追加されただけのようだ。
もっとも心から楽しめる心境には程遠かったので、こんなわたしに笑顔を向けてくれる家族には申し訳なかったが……。