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転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?  作者: 蘇芳ありさ
幕間『色々なエピソード』
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N社公式生放送『アーニャが訊く』






 2011年12月24日(金)



 N社のホームページで毎月更新される『社長に訊く』という動画は、N社のさまざまな商品やプロジェクトを、同社の経営を預かる磐田社長が質問に答えるという形式で説明する人気コンテンツである。


 何かと歪曲しがちなメディアを介さず、経営トップの口から正確な自社情報を発信するこの試みは一定の成功を収めるものの、内容がやや専門的で、N社の主要顧客である子供たちの反響はいまいつつ(・・・)というところだった。


 いや、わたしもお父さんがN社で働いてるわけだし、見ておかないとマズイかなって何度か挑戦したことがあるけど……やっぱり専門用語が理解できなくって今でも途中でギブアップだ。


 お父さん、ごめんないさい。むずかしい日本語が理解できないわたしを許して……。


 なんて初っ端からボケてみたけど、そうした子供ウケの悪さはN社のほうも掴んでいたようで。


 アーニャ(わたし)がVTuberとして活動を始めると、時に天才(へんたい)とまで言われる敏腕経営者である磐田社長は真っ先にこれに着目。


 サーニャの悪知恵でアーニャのマネージャーをお任せしていたお父さんが、社内でうっかり口を滑らせたのもあって、アーニャの演者であるわたしの特定に成功。


 すぐさま自宅まで押しかけてわたしを口説き落とし、N社の公式VTuberに祭り上げられるところまではサーニャの計算通りだったみたいだけど……磐田社長が大事な自社配信である『社長に訊く』まで一任したいと言い出したからさあ大変だ。


 うん……。なんか最初はコラボの依頼かなって思ったからわたしも引き受けたけど、あれよあれよという間に番組作りそのものを丸投げされたからビビっちゃったよ。


 きたない。さすが磐田社長、きたない。いや本当は大好きだけど、さすがに笑えないよ、こんなの……。


 というワケで、磐田社長の腹黒さが判明したアーニャのファーストライブ以降のわたしは、自身に一任されたこの問題を解決するために頭を抱えることになったが……まあ、なんとかなるっしょの精神で好きにさせてもらうことにしたのだった。


 さて、そんな裏面の事情はさておき。


 プラットフォームをYTubeに移して、タイトルも『アーニャが訊く』に変更したN社の新たなる公式配信の第一回目がまもなく開幕する。


 事前の新聞広告にあった通り、北海道から大量に運び込んだ新雪でお化粧を施したこの京都に、電子の妖精が舞い降りる──。


 配信形式は、N社の敷地にあるRe:live本社に大勢の観客とゲストをお招きして、わたしたちもスタジオ内の巨大モニターからではなく、アーニャのファーストライブでも活躍した立体映像(ホログラム)の上書きによる現実拡張(AR)方式を採用して、現地に直接参加する方式を採用した。


 いよいよ開幕目前。観客の熱気と興奮が肌で感じられるスタジオで、ここまでお行儀良くしていた社畜ネキさんが、ふと口を開いた。


「アーニャたんのファーストライブのときも思ったけど……なんか、これってさぁ……」


「うん?」


「今のアーニャたんって、ホログラムの上書きって形だけど、バーチャルな存在じゃなくってリアルに実在するわけでしょ?」


「ああ、バーチャルなYTuberじゃなくなってるって言いたいんですね?」


「うん、それもあるけど……今なら憧れのアーニャたんとリアルにおセッセできるわけじゃん?」


「『おいっ! なに言ってんだお前ェ!!』」


「やぁん、そんなに怒らないでよ……ただこんなんオタクどもの夢よ、夢。この場で興奮した観客どもにゆかりたんが襲われないか心配なのもあるけど、S子の技術を使えばリアルの彼女を推しキャラで上書きして致すこともできるわけでしょ? 悪用されないか心配だって言いたかったの」


「……まあ、そうならないように善処しますが、この場で持ち出す話ではありませんね」


 そんなとんでもない冗談を口にしたのは、はたして共演者の緊張を和らげるためだったのか……それは社畜ネキさんにしかわからない。


 その騒動を聞きつけたのか、興味深そうにこちらを見やる磐田社長たちに手を振って誤魔化せたのは、ひとえにアーニャの立体映像にわたしの顔面情報が反映されなかったからだ。


 照れ笑いする社畜ネキさんに向けられる仲間たちの視線は、彼女の冗談を好意的に受け止めたグラちゃん以外はたいそう冷たかったけれども……直前まで支配的だった「絶対に失敗できない空気」はどこかに消えてしまった。


 うんうん。もう少し言葉を選んでほしかったけども、やっぱり社畜ネキさんは頼りになるね。


 これが本人に言わせると「お姉さんのメンタルはアーニャたんが居てくれないと弱々よ」とのことらしいが……逆に言うとわたしと一緒なら如何なる罵倒もご褒美と化し、自ら道化となることも厭わぬこの無敵ぶりよ。


 これは大いに頼もしく、「失敗したらコイツの所為」と割り切ったハルカさんとなっちゃんはだいぶリラックスした様子になった。


 それに表情の選択に失敗してもサーニャのフォローが入るこのAR方式は、赤面家のわたしにとってやはり便利だと言わざるを得ない。


 社畜ネキさんの刺激的なジョークで肩の力が抜けたわたしもまた、定刻になってスタジオ内の巨大モニターに表示されたオープニングを見守るころには、自然と笑顔になって気負いとは無縁の心境になれたのだった……。




「こちらでは初めまして! N社の公式VTuberのアーニャです!! 今日も元気にやって行くから、みんな応援よろしくね……!!」


 わたしの新曲『みんなドキドキ、いつもワクワク』に合わせてN社の看板キャラクターたちが、Re:liveのVTuberたちと遊び回るオープニングが終了するのをもってそう切り出すと、満員御礼のスタジオ内は大きな歓声に満たされた。


「みなさん初めましてぇ〜! どうも、Re:live0期生の仲上ハルカと申します。本日はN社の新たな公式生放送『アーニャが訊く』の司会に抜擢されましたので、僭越ながら全身全霊をもって務め上げたいと思っております!! どうかお目溢しのほどを〜!!」


「同じくRe:live0期生の社畜ネキです。本日は生まれた年がファ◯コンと同じとかいう理由でこの場に引っ張り出されてしまいましたが、ホントはお姉さん17歳だから違うからね? おい、なんだよ『まさに適任』とか書かれたそのプラカードは!? お前ら事実無根の誹謗中傷をしたら許さんからな……今からゲーム業界の生き証人の立場から磐っちにツッコミを入れるけど、お前らも例外じゃないから覚悟しとけよ……!!」


 そして司会のハルカさんが挨拶したあとで社畜ネキさんが荒ぶる。サーニャの言うところによるとスタジオ内の観客は、半数ほどが『あのスレ』出身の大きなお友達みたいだけど……社畜ネキさんなら身内に揶揄われても負けないと、今は信じよう。


「あー、うちの社畜ネキがなんかすみません。後で言っとくんで勘弁してもらえると……。ンンッ、Re:live1期生の芹沢菜月です。本日はゲーム初心者の立場から質問さてもらうチュバな。よろしくお願いするシュバァ〜!!」


「何その語尾? ども。Re:live1期生のグラシャラボラスだよ。今日はアーニャたちと一緒に(エッチな)質問をして磐田社長を困らせるつもりだから、みんな期待してね」


 うん……。研修中にぽぷらさんの配信スタイルの研究をしたっていう芹沢さん(なっちゃん)の語尾はともかく、グラちゃんの英語はしっかり翻訳されて字幕に表示されちゃったから、あとで保護者にしっかり怒られるんだね。


「どうも、N社の宮嶋です。今日はゲストの一員として、磐田さんの鉄面皮に穴が空くのを期待して見守らせてもらうんで、よろしくお願いします」


「どもども。上手いことやったと評判のC社の藤村Pです。僕は宮嶋さんと違って色々とツッコミを受ける立場だと思うので、今から戦々恐々です。どうかお手やらかにお願いします」


「……どうも。新たにアーニャたん、じゃないアーニャさんのRe:liveと提携することになったS社の鈴木です。自分も深みにハマった自覚があるので、藤村さんじゃないけど程々のところでお願いします」


「どうも、SE社の社長を務める渡瀬と申します。N社のファンの方々からは裏切り者と思われがちの弊社ですが、本日はN社のめでたい席にお呼ばれして、両社の和解に奔走した私は大変喜ばしく思っております。どうか最後までよろしくお願いします」


「どうもどうも。N社の広告を引き受けてるD2の社長をやってる鶴見と言います。本日は他業種の人間は僕だけなんで、なんで呼ばれたのか磐田社長の狙いが分からず困惑してますけど、どうかよろしくお願いします」


 そしてわたしたちの挨拶が終わるの待って、ゲストの方々も一人ずつ立ち上がってご挨拶されたんだけど……なんていうか錚々(そうそう)たる顔ぶれだね。


 業界No.1クリエイターの名声を(ほしいまま)とする宮嶋さんはもちろん、主にわたしの所為でギネス級のヒットとなった3Gのプロデューサーである藤村さんに、国民的RPGという看板タイトルを二つも持つSE社の渡瀬さんに、N社のライバル企業であるS社の鈴木さん。そして中村さんと最後までどちらが出演するか争ってたD2の鶴見社長か。


 なんか、みなさん観客気分でいらっしゃるみたいだけど……磐田社長から必要ならあっちにも容赦なくツッコミを入れてくれって言われてるんだよね。大丈夫かな。特に頭を掻きむしってるS社の鈴木さん。『頑張れ脱毛ニキ』のプラカードも目につくし、そちらには被害が行かないように配慮しないと……。


 ま、それはそれとして、今夜の重要な質問は主にふたつ。まずはわたしの名乗ったVTuberが何を意味する言葉なのか、この点を説明したい。


 未だにネットの百科事典でも、何をもってVTuberとするべきか──誰もが納得できる定義が確立できていない現状を放置するのは、普及を目指す上でマイナスとなりかねない。


 よって、この場を借りて提唱者であるわたしの口からあらためて周知したいところだ。あの人の知識にある先人の功績を横取りするようで申し訳ないけれども、どうかこの点は許してほしい。


「さて。さっき司会のハルカさんが言及したけど、今日からこの番組は『社長に訊く』じゃなくて『アーニャが訊く』にタイトルが変更されたことからも分かるように、わたしが磐田社長にあれこれ質問して行くことになったんだよね?」


「はい、アーニャさん。磐田社長に色々と質問するところまで同じですけども、今日からその役目はゲストの業界関係者の皆さまではなく、アーニャさんが取り仕切ることになりました。……もちろん仲上たちも協力しますので、なにかと突飛な思いつきが目立つ磐田社長の狙いを分かりやすく紹介していきましょう!!」


 そしてハルカさんの言うように、わたしの思いつきに飛び付いた磐田社長の狙い……これも出来たら明らかにしたいところだ。


 VTuberを世に広めたいというわたしの夢を叶えるために、今や全世界に事務所を構えるに至ったRe:liveを創立したN社の持ち出しは、はたして幾らになるのだろうか……?


 今さら言うまでもないけど、N社は事業を通して利益を上げなければならない一般企業である。現状こそ3Gの広告費やファーストライブの成功で十分にペイできただろうが、それは結果論だ。


 Re:liveが思うような利益を上げられなかったとき、その経営責任は社長である磐田さんに重くのしかかる。それが諸々の手続きを後回しにした磐田社長のゴリ押しなら尚更だ。


 それだけのリスクがあったというのに、わたしの夢を後押ししてくれた磐田社長の真意はどこにあったのだろうか?


 ……それは、わたしがずっと訊きたかったことだ。


 本当なら、N社と契約したあの場で訊かなきゃいけなかったこと。


 臆病なわたしは今まで先延ばしにしてしまったけれども……今度こそソレと向き合う。


 そう思って磐田社長に目を向けると、あの人は優しい笑顔でうなずいてくれた。


 まいったな……どうやら磐田社長はわたしが何を言おうとしているのかお見通しのようだ。


 社畜ネキさんたちもわたしを磐田社長と同じ目で見ている。


 ここまで状況ができあがっちゃうと、さすがに逃げられない。


 みんな、大好きだよ──そう微笑んだわたしはこう切り出すのだった。


「それじゃあ、さっそく磐田社長にお尋ねしたいんですけど……」


「どうぞ」


「こんなふうに言っちゃうと失礼かもしれませんが、磐田社長はVTuberが何なのか理解してらっしゃいますか?」


 さすがにこう来ることは予想外だっだのか、磐田社長は少しだけ驚いた表情をしながらも(よど)みなく答えてくれました。


「VTuberとは何なのか、ですか……。私はアーニャさんのように何にでもなれる配信形式と理解してますが?」


「うーん、残念。点数を付けるとしたら30点かな」


「あらら、これは失礼を」


 あまりの酷評に、たぶん演技だろうけども面目なさそうに落胆し、ゲストの宮嶋さんに「もっとしっかりしてくださいよ」と野次られるが、めげずに「うるさいぞミヤポン」と返した磐田社長が反撃に出る。


「いや、私の理解がひどく浅いところに止まっていたことは謝罪の言葉もありませんが、その話をしてきたということは……VTuberが何なのか、アーニャさんから説明していただけると?」


 磐田社長の言葉に、スタジオが「おおっ」と騒めく。


「もちろんそのつもりですけど……その前にみんなの意見も聞いてみたいな。みんなはVTuberを何だと思ってる?」


 わたしが尋ねるとこれも予想外だったのか、みんなもかなり驚いていたけど……こんな時でも先陣を切る社畜ネキさんはやはり流石だ。


「はいはい! お姉さんは仲上みたいなNicoichi動画の配信者が、身バレを回避して活動できるのが最大の利点だと思うな!!」


「仲上もそう思いますねぇ……。何しろ配信業は狭い界隈ですから、素性が割れると面倒しか起きないんですよね」


「ねぇねぇ、それって例えば人気配信者が自分とコラボして稼がせてやるから、その代わりグヘヘへへ、みたいな? ハルカ実際にそういうことがあったの!?」


「おい止めろ、馬鹿野郎……!! 言葉を選んでも言ってることは変わりないからな!?」


「まぁまぁ、なっちゃんも落ち着いて……。でもそうしたリスクを回避して配信できるのも、VTuberの利点なわけでしょ? ハルちゃんもその点どうよ?」


「ええ、その点は、まあ……」


「ほら、やっぱり」


「何がやっぱりだ!? ハルカ先輩が認めたのはVTuberがそうしたリスクに悩まされないのであって、実際に何かあったわけじゃないからな!!」


 保護者であるコーデリアさんが不在だからか、同期のなっちゃんが刺激的な話題を提供するグラちゃんを必死に押さえ込もうと頑張る。


「でもわかりました。VTuberが菜月たちのためにアーニャさんが用意してくれた、とっても有り難い配信スタイルだってことは……。アーニャさんはそこまで考えてVTuberを思いついたんですね?」


「ファイナルアンサー?」


「……ファイナルアンサーで」


 わたしが質問に答えず宣言したことから、なっちゃんはみんなに視線で助けを求めたけれども救援はなく……やがて根負けしたようにそう答えたけれども、わたしは誠に残念な採点結果を公表しなければならなかった。


「うーん、大負けにオマケして20点かな」


「『えぇー!?』」


 いやいや。みんなは不満そうに嘆いたけども、わたしの質問に答えてないじゃん。わたしの視線を受けたサーニャが呆れた顔をするのも道理だ。


「アーニャはVTuberとは何かと質問したのに、みなさんはVTuberの利点を語るのみでどなたも明確な回答はできませんでしたからね。アーニャの言うように0点を回避しただけでも大温情では?」


 さっすがサーニャ、よく分かってるね。


「そう。磐田社長の言いように、VTuberは何にでも成れる。演じるのが恐竜でも、演者次第で十分に成り立つ。社畜ネキさんたちが指摘した利点も大いに大正解。でも、その本質は──」


 そこでわたしは、わたしに忠実なメイドの顔をじっと見つめた。すでにわたしの真意を知っているあの子は、少しだけ心配そうな顔をしたけれども──わたしの意思が揺らぐことはないと見定めたのだろうか。やがて手元の機器を操作してわたしの願いを叶えてくれた。


「『ああっ……』」


 呆気に取られて沈黙するスタジオ内で、アーニャの外装が解かれる。


 立体映像の偽装が解除されて現れたのは、何の変哲もない小娘だ。


 名を真白ゆかり。父・真白軍平と、母・真白千雨の長女。長男・真白順平と次女・真白美鶴の姉。どこにでもいる12歳の小学6年生。それがわたしだ。


 けれども……この容姿のせいでなかなかそう思ってはもらえない。


 本物のお嬢さまだと言われたこともあるし、将来は傾国の美姫間違いなしなんて言われたこともある。


 異様なほど整った顔立ちに、日本人離れした長い手足。大した手入れをしたこともない髪は烏の濡れ羽色で、どうしてこうなってるか自分でも理解できないし……全身の素肌はどこを見回しても肌荒れはおろか、黒子ひとつ見つけられず、無駄毛の一本もない有様だ。


 他人事ならなんて綺麗な造形だと思うけども、当事者ともなると薄気味の悪さすら覚えるそんな容姿だ。


 この人間離れした見た目の所為で友達が離れていったのかと思うと、遺伝子の配列を呪わしく思って自傷の誘惑に駆られることもあったが……それも昔の話だ。今は誇らしく思うことこそないが、卑下しようとも思わない。


 だってわたしは変われたと思うし、変わらずに残ったものもあった。アーリャ。トモちゃん。寧々ちゃん。かなめちゃん。そしてみんなも……だからわたしはアーニャに頼らずこの日を迎えることができた。


「みなさん、初めまして。わたしがアーニャの演者である真白ゆかりです」


 シンッと静まり返ったスタジオでスカートの端を摘んで挨拶したわたしは、今こそわたしにとってVTuberとは何なのかを明らかにする。


「わたしにとってVTuberは仮面舞踏会でした。臆病なわたしはアーニャの仮面がなければみんなに話しかけることもできなかったんですね……。でも、今は違います」


 そうだ。わたしはもうアーニャのフリをしなくってもみんなとお話しできるところまで成長できたけども……それでもわたしにとってアーニャの仮面か無用の長物になったわけではないのだ。


「先ほど磐田社長がVTuberは何にでも成れると仰いましたが、わたしの場合は逆でした。わたしは、わたしがわたしのままでいられるために、アーニャを必要としました。人目を気にせずありのままの自分を表現する舞台! それこそがわたしの考えるVTuberです!! だからわたしは──これからもVTuber(アーニャ)を続けます!!」


 その宣言をもってアーニャに戻ると、スタジオは割れんばかりの拍手に包まれ、中には号泣する人もちらほら見受けられた。


 わたしはその中の一人である社畜ネキさんに振り返ると、精一杯の笑顔を浮かべてこう口にするのだった。


「なんか、途中から引退発表みたいな雰囲気になっちゃったけど、わたしにとってVTuberが何なのかは分かってもらえたかな?」


「うん、正直目からウロコが落ちたわ……。ありのままの自分を表現するためって発想は、さすがのお姉さんも予想外だったよ」


「ええ……グスッ、仲上もあんなに悔しい思いをしたのにその発想には至れませんでしたよ」


「ふふ、わたしがわたしでいられる為のVTuberってことは、これからもわたしはわたしでいていいってわけだよね?」


「そうだけども………おい、少しは加減しろよ。お前がやらかすとコーデリアさんが苦労することになるんだからさ」


 みんなはひどく感心したように応じてくれたけれども……まあ、この子たちの感想にはリップサービスも含まれるだろうから、あまり過信はできないけどね。


 だって、わたしのアーニャがこの子たちを引っ張り出した直接のきっかけだけど……この中にアーニャのような仮面を必要とする子がいるとは思えないからだ。


 居るとしたら精々、内気なあずにゃんと人見知りをする琴子(ぽぷら)さんくらいかな?


 わたしが何もせずともこの子たちはあの人の記憶にあるように、いずれVTuberになって世界を魅了していただろう。


 わたしがしたことはその時期を早めたことだけ……その確信がわたしにはある。


「そういうわけでこの場をお借りして、わたしにとってVTuberとは何かを明らかにしましたが、磐田社長はいかがだったでしょうか?」


「いやはや、その発想は私にもありませんでしたね。内気な女の子がありのままの自分を表現する為のVTuberですか。見事な着眼点です。さすがはアーニャさんですね」


 そして磐田社長もこう言ってるけど……あの顔はなんでわたしがVTuberをやろうと思ったのか、ほとんどお見通しって顔だな。やっぱり敵わないなぁ……。


 まぁようやく場も整ったことだし、悔しい気持ちは質問に変えて磐田社長にぶつけるとしますか。


「うーん、なんか暢気ですよね。磐田社長って……。わたしのためにRe:liveを作ってくれたのも、十分な採算を見込んでいたんだったらいいんですけど……もし大コケしてたらどうするつもりだったんですか? わたしのお父さんがどうせやるなら止めはしないから、せめて手続きだけはちゃんとしてくれって嘆いてましたよ。何かあったら責任問題だけじゃなく、意図して会社に損害を与えた背任に問われかねないって心配しましたからね。どうかこの場で株主のみなさんに説明してください」


「うっ……そういうところは真白くんの娘だね……」


 磐田社長は頭を掻いて誤魔化そうとしたけど、その手は通用しないよ。


「まぁまぁ。アーニャたんは知らないかもしれないけど、家庭用ゲーム事業の莫大な利益を手にした日本のメーカー各社が、お金の使い道に困って社運を賭けた自爆をするのは割と伝統芸よ? ねぇ、ウチの会社のCGは世界一と勘違いして、ハリウッドのスーパースターも使わずにオリキャラばっかのフルCGの映画で壮絶な自爆をしたSE社の渡瀬社長はどう思います?」


「ははは、それを言われるとつらいですね……。その時に作った借金の後始末に苦労した弊社としては、S社の視線を気にしながらも磐田社長に自重をお願いするしかない立場ですよ」


「まぁ業界の主要プラットフォーマーであるN社がVTuber事業に失敗して、本業の継続に支障が出るようなことになったら、両社の和解を成し遂げた渡瀬社長の苦労も吹き飛びますからね。どうかたんなる思いつきでありませんようにって祈るのもわかる気がしますよ」


 家庭用ゲーム業界の歴史に詳しい社畜ネキさんが、映画版ファイナル・ファンタジアの失敗という経験を持つSE社の渡瀬社長を巻き込んで追求すると、ハルカさんが捕捉する形でこれを追撃。ふたたび宮嶋さんに「どうなんですか磐田さん?」と野次られてますます苦しい立場に追い込まれた。


「本業が吹き飛ぶほどの自爆が家庭用ゲーム業界の伝統芸ですか。菜月は何の話かよく分かりませんが、言われてみれば自宅にファ◯コンのロボットや、顕微鏡みたいなゲーム機もありましたね。持ち主である父親の話によるとあまり売れなかったそうですが、あれもN社の経営を苦しくしたりしたんでしょうか?」


「他にも誰だってボーイ(童貞)を捨てる日が来るのコマーシャルで有名な、発売の前後にカラー版も販売するって発表したモノクロの携帯ゲーム機もあったね。コーデリアがそんな発表をしたら買い控えが起きるのは当然だろって怒ってたから、わたしよく覚えてるよ」


「うん、あったよねぇ、そんな会社も……。本当にファンとしてみたらおい馬鹿やめろとしか言えないようなやらかしをした会社が、いっぱいさ」


 さらに意外な方角から日本のメーカー各社のしくじりぶりが指摘されるに至って、C社の藤村PやS社の鈴木さんまでもが、居心地の悪そうに冷や汗を拭うことになり……わたしは冷や汗さんの猛威に苦しんでるのは自分だけじゃなかったんだと、内心でほっこりしたんだけど、ざっと見回してみたところ、みんなのこれまでにない追求は好意的に受け取られているみたいだ。


 ……ま、それも当然か。業界関係者の口から、お互いの黒歴史に触れるような話が出るはずないもんね。


 だけどそんな忖度は、あくまで一人のゲーム好きであるわたしたちに関係のない話であり。それは困り顔でこそあるものの、磐田社長の口元に浮かぶ隠しきれない笑みを見れば明らかだ。


「いやぁ、みなさん予想以上に手厳しくって、思わず笑ってしまいましたね……。そう。それでこそアーニャさんたちにお願いした甲斐があるというものです。今までの身内ばかりの配信では、お互いに忖度しあって、こういう質問はお目にかかれませんでしたからね」


「それって磐田社長……今までの『社長に訊く』は、君はすごいね、いやいや君こそすごいよっていう、間接的な自画自賛の席だったってことですかね?」


「まぁそうした面は否めなかったですね」


 なっちゃんのかなり失礼な指摘も笑顔で肯定した磐田社長は、いよいよ反撃の用意が整ったのか自信に満ちあふれた笑顔でわたしに向き直った。


 勿論わたしは受けて立つ……。さあ、磐田社長。どうか身の程知らずの小娘をコテンパンにのしちゃってください。そのためにわたしはここに居るんですから。


「さて、みなさんの指摘にあったように……私がアーニャさんの活動を後押ししたいと行動したのは、社内の了解こそ事務方のトップであるアーニャさんのお父さんから得ていたものの、かなりの勇足だったことは認めます。ですが、私は必ず成功すると確信していました」


「なるほど。アーニャさんと言えば、キャラデザがWisperに公開された時点で大変な騒ぎになりましたし、VTuberとしてデビューするや配信業界とは無関係の他業種からも注目されましたからね。磐田社長がそう判断されたのはもっともだと思いますよ」


 そう断言した磐田社長に、社畜ネキさんが無言で挙手してツッコミの許可を願うと、司会として合いの手を入れたハルカさんが脱線を警戒しながらも許可してくれた。


「横から恐縮ですけど、それってアーニャたんのスター性を確信したって言えば聞こえはいいけど、成功するかどうかはアーニャたん次第だったってことですよね? 磐田社長なら知ってると思いますけど、一時期ネットでアーニャたんのアンチが暴れまていましたよね……。アーニャたんがアンチの誹謗中傷に嫌気がさして、もうVTuberを辞めたいって言い出したら、その時はどうするするつもりだったか聞かせて欲しいんだわ? まさか契約を盾に嫌でも続けろって迫るつもりだったとでも……?」


「いえいえ、もちろんその時は、アーニャさんの様子を父親の立場から見守ってる真白くんから要請があり次第、彼女ををお守りするために具体的な行動を起こす用意がありましたよ。しかし私はアーニャさんが途中で投げ出すとはこれっぽっちも心配していませんでしたね」


「なんでそう言えるですか? アーニャたんがとっても優しい女の子だって磐田社長も知ってるだろうし、人の悪意に触れて嫌気が差したり、子供のすることなんだから途中で飽きることも想定できたでしょ?」


「ええ、その点は確かに……。でもアーニャさんは社畜ネキさんたちに会えてとても楽しそうにしてましたからね。少なくとも途中で飽きて投げ出すことは想定できませんでしたよ」


「くそっ……その返しは卑怯だろ。そんなふうに言われたらお姉さんの涙腺がまた決壊しそうになるってのによぉ……」


 まあ、社畜ネキさんの気持ちもわかる。人たらしの名人と言われる磐田社長は、どうやら人泣かせの名人でもあったようだ。


 確かにここに来るまでにあったことは楽しいことばかりではなかった。アンチの誹謗中傷こそサーニャが遮断してわたしの目に触れないようにしてくれたけど、散々にやらかした恥ずかしさに居た堪れず、穴があったら入りたいと思ったことは数えきれない。


 ……だというのに逃げ出さなかったのはわたしが孤独(ひとり)じゃなかったからだ。


 わたしにはわたしを応援してくれる家族がいた。わたしにはわたしを支えてくれる相棒(サブちゃん)がいた。


 他にもアーリャやみんなも……寂しいときに慰めてくれる愛犬も、頼りになるお父さんや磐田社長、中村さんや北上さんのような大人も、わたしの七転八倒を温かく見守ってくれる視聴者(ファン)のみんなも。


 あまりにも恵まれすぎた道のりを歩んできたわたしは、おそらく最期の瞬間まで後悔することはないだろう。わたしにあるのはただひたすらに謝りたいと感じるこの気持ちだけだ。


 みんな、こんなわたしを信じてくれてありがとう……。


「ま、磐田社長が心配せずとも生涯現役のVTuberを貫きますけど……」


「そうだよ! わたしとアーニャはずっとVTuberを続けるんだから!!」


 そこで背後から抱きついてきたグラちゃんの小さな体を驚きながらも受け止めると、勢い余ってクルリと一回転して肝を冷やすことになった。


「おいっ! だからそういうコトをするならせめて一声掛けろと言ってるんだ!! アーニャさんもフラついてたし危ないだろうが……!!」


「やだ、わたしアーニャからぜったい離れないんだから」


 珍しく泣き顔のこの子は、なっちゃんに叱られてもお構いないだったけど……ああ、この顔は心配かけちゃってたね。


 わたしは途中で投げ出すつもりこそなかったけれども……いつかアーニャの存在がこの子たちの障害になるようなら、どこかキリのいいところで身を引くつもりだった。


 だからこの子も心のどこかで不安に感じていたんだろう……。だから実年齢よりずっと幼く感じる女の子の小さな体を抱き返したわたしは迷わなかった。


「大丈夫だよ、わたしはどこにも行かないから。なっちゃんも、わたしが転びそうになったらサーニャが支えてくれるから安心して」


「ううっ、アーニャぁ……」


「はぁ……その手の返し方は卑怯だと、先ほど社畜ネキさまが仰っておられたでしょうに」


 サーニャにしては珍しく感情的な発言に口元を綻ばせながら、ようやく安心したように微笑んだグラちゃんの傷心を慰めたわたしは磐田社長に向き直った。


 そうだ。わたしはまだまだこの人に訊きたいことがあるんだから……。


「とりあえず磐田社長にわたしが必ず成功するっていう確信があったのはわかりましたが、もちろんそれだけじゃないですよね?」


「ええ、もちろん他にも狙いはありましたが……一つは広告戦略の見直しですね」


「広告戦略ですか……本業への波及効果ではなく?」


「ええ、広告戦略です。……仲上さん。D2の鶴見社長が嬉しそうに手を上げてますから、発言を許可していただいても?」


「あ、これは失礼しました。どうぞ、鶴見社長」


「ありがとうございます。磐田社長がその話をするってことは、僕にお鉢が回ってきたと受け取っても?」


「ええ、今からする話は鶴見社長もずっと頭を悩ませていたことですから、ここからしばらくは自由に合いの手を入れていただいても構いませんよ」


 磐田社長の意外な狙い──それはわたしのアーニャを代表とするVTuberとのコラボによる本業への波及効果ではなく、広告の在り方そのものだとは。


 ウッキウキで待機する鶴見社長からこちらに視線を戻した磐田社長は、思い思いの表情で困惑するわたしたちにこう尋ねるのだった。


「みなさんはテレビ番組の合間に差し込まれるCMや、ポストや新聞に入ってる広告はもちろん、インターネットを閲覧中に表示されるポップアップ広告にどのようなイメージをお持ちですか?」


「うざい。邪魔。もう二度とあたしの前に現れんな」


「ですよねぇ……。仲上もネットを見ているときに表示されるポップアップ広告だけは許せないタチでして」


「ああ……あの消すための×(バッテン)がやたら小さい」


「エッチな広告もやたら多いよね。わたしはいいけど、R-18のサイトでもないのにあんな広告を表示されたら、普通の子供は困っちゃうよね」


 すると即座に社畜ネキさんがバッサリと切り捨てて、他のみんなも似たり寄ったりの苦笑いで応じると、鶴見社長が我が意を得たとばかりに「そうなんですよねぇ」と相槌を打つのだった。


「基本的に営利目的の宣伝って、何も考えずに広告という形で世に出したらマイナス効果しかないほど嫌われるんですよ。だから僕らはいかに嫌われない広告を打つかに頭を悩ませてるっていうのに、ネット事業者はあんな広告を安易に許可してヘイトを煽って……」


「そこでアーニャさんたちVTuberの出番というわけですよ。すでにアーニャさんの優れた宣伝効果は、ギネス級の売り上げを日々更新しているC社さんの3Gが証明してますからね」


「それって今後は案件って形でアーニャたんに押し付けるってことぉ? そんなコトをしたらかえってネット民の反感を買うだけなんじゃ……」


「……ええ。社畜ネキさんの仰るとおり、C社(ウチ)にもその手のクレームが殺到しましたので、せめて売り上げの半分を持っていって頂かないと困ったことになるのは確実でして」


「まあ、今後はお仕事という形式でみなさんに紹介することになりますが、アーニャさんを案件漬けにするのは私や真白くんはもちろん、サーニャさんが許しませんよ。それにそんなことをしなくっても、推しのVTuberが楽しそうにプレイしてるゲームを欲しくなるのは、これまたC社さんのサバイバルホラーを満喫された芹沢さんが証明してますからね。おかげでVTuberが持つインフルエンサーとしての影響力が業界の内外に広く知られるようになりましたので、これからデビューするみなさんも食いっぱぐれることだけはないかと」


「えっ、菜月の所為でそんなことになってたんですか?」


「はい。おかげさまでWeのバーチャル・コンソールにある関連商品はどちらも記録的な再ヒットですよ」


「ああ、また頭の痛いところを……菜月さん。僭越ですが、今この場で30億円ほど受け取って頂けませんか?」


「要りません!!」


「まぁまぁ、そう言わずに助けると思って……Re:liveの事務所にも申し出たんですが、あちらも3Gのときにアーニャさんたちの手にお渡しできなかった経緯から、同様のクレームが少なからずあったみたいで、あまりいい顔をしてもらえず……」


「うぐぐっ、今度は泣き落としですか……」


「これまた断りにくい線で攻めてきましたね……。なっちゃんも受け取ったら? そうしたらなっちゃん以外みんな幸せになれるよ?」


「菜月が不幸になるのが前提の話を当人にするって、さすがにおかしいだろうがっ!? お願いだから誰かおかしいって言ってくれよ……!!」


「そりゃ、ナ虐のなっちゃんだしぃ……」


「ナツキの悲鳴は世界を幸せにする。はっきりワカンだね」


「お前らぁああああっ!?」


 なっちゃんの悲鳴はみんなを幸せにするかぁ……うん。スタジオにいる子供たちの中にも笑顔しかないことから、これは新たな宇宙法則に採用されたと見て間違いないかな?


「うーん、確かに磐田社長の仰るように、アーニャさんの思いつきで即日デビューさせられた菜月さんをしてそれでしたからねぇ……。仲上としてはあまり期待されても困りますが……おや、渡瀬社長は何か?」


「はい。C社さんの苦悩はさておき、今やみなさんに自社製品をプレイして欲しくないという日本のメーカーは存在しませんからね。もちろん弊社もみなさんのRe:liveから許諾の申請があったときは、全面的に協力させて頂きますよ」


「ああ……それはS社(ウチ)としても避けられませんが、そうか、アーニャたんを営利目的で利用するなっていうネット民への配慮もいるのか。クソッ、さっきから頭が痒いな……」


「あまり掻かないほうがいいですよ、鈴木さん。……ほら、あちらのプラカードにも、なんかそれっぽい文面が」


 そうしてネット広告やわたしたちVTuberの案件をめぐる議論は、ゲストの皆さんも巻き込んでますます加熱し──。


 記念すべき『アーニャが訊く』の一回目の配信は、予定時間を大幅に延長して3時間近くも続けられることになりましたが……観客席から見学する子供達の集中力は最後まで途切れず、大いにスタジオを沸かせてくれるのでした。


 終わってみればわたしのN社の公式VTuberとして初仕事となるこの配信は、チャンネル登録者数が1億人オーバー、同接最大2000万近くまで跳ね上がり、アーニャのファーストライブで記録した天文学的数字が御祝儀でも何でもないことが証明されて、密かにわたしをビビらせるのだった……。




 ……いや、おかしいよね。確かに数字的に同レベルのインフルエンサーも探せばいるだろうし、これは世界的な家庭用ゲーム機メーカであるN社の公式チャンネルだもんね。売り上げたゲーム機の台数を思えば、むしろこれぐらいなきゃおかしいってなもんよ。


 でもさぁ……同接はさ。ほら、時差とか色々あるのに2000万って、さすがにおかしいでしょ?


「はぁ……どこまで加熱するんだ、アーニャの人気も……」


 そんなわけで配信終了後に、中村さんが好意で用意してくれた専用の個室に閉じこもったわたしは自分のスマホを片手に、サーニャがこれ見よがしに溜め息をこぼすのにも構わず下着姿で戦慄するのでした。


「ところがどっこい、夢じゃありません。現実、これが現実ですよ、ゆかり」


「あはは、そのセリフ知ってる。読んだことはないけど、たしかギャンブル漫画の主人公が、一文無しになったときに店員さんに言われたんだよね……はぁ、わたしの預金も誰か全額もらってくれないかな……」


「まったく……いくら明日から冬休みだからって、もうすぐ日付が変わるんですから急いで帰宅せねば旦那さまたちを心配させるというのに、これは重症ですね」


「そうだね。たぶん重症かな」


 とうとう頭がおかしくなったと思われるのもなんだから、説明するけど……まあ、アーニャのファーストライブのときはね。ついに解禁したスパチャの総額が天文学的な数字になっても、事前にクリエイターの育成を目的に設立したサーニャの財団に全額押し付けるって宣言してあったから、ここまでのダメージはなかったんだよね。


 でも今回、N社から出演者全員に正当な報酬として振り込まれたお金からは、さすがのわたしも逃れられなかったのだ……。


「いっせんまん、1000万円かぁ……どうしようサーニャ、わたしまだ小学生なのに、お金持ちになっちゃったよ……」


「この程度の金額でそこまで落ち込んでどうするのです。当初の話では数億円規模になりそうだったの被害を最小限に抑えたんですから、もっと心を強く持ちなさい。そう、飛び上がって喜んでおられた社畜ネキさまのように……!!」


「そうは言うけど、わたし使い道が思いつかないよ……ねぇ、サーニャ。これも貰ってくれるわけにはいかないかな?」


「ダメですね。莫大な贈与税が発生しますし、ファンも許しませんよ……。それに『私』が再計算したところ、ゆかりに受け取り義務のあるアーニャの収益は、来年の春までに最低でも兆単位に達します。使い道が思いつかないなら私も一緒に考えますから、そろそろ現実を受け入れるように」


「ううっ、そんなぁ……わたし税率100%の国に移住したいよ……」


 たぶん髪は死んだと嘆く人々の心境は、きっとこんなふうなんだろうな……。


 あらためて人生に悲嘆したわたしがノロノロと立ち上がり、サーニャの差し出す着替えを受け取ろうとした、そんな時だった。


 更衣室のドアが開いて、家族のように見慣れた鴨川さん(なっちゃん)が目をパチクリしながら現れたのは。


「おや? ゆかりさんはまだ着替えの途中でしたか、失礼しました」


「……あ。鴨川さんも大変だったね。けっきょくサバイバルホラーの収益分を受け取ることになって」


「ええ、まあ、そうなりますが……幸いと言ったら語弊がありますが、昴の家族はお金に困ってるところがありますからね。正直、自分でも多過ぎやしないかって金額が振り込まれることになりそうですが……申し訳ないと言う気持ちは、そのぶん余計に誰かの幸せに貢献することで相殺しようって、自分を納得させましたから。今回は感謝して受け取らせて頂こうかと」


 ……なっちゃんは立派だ。わたしよりよっぽど庶民の気持ちを大事にいているのに、固辞したらC社の藤村Pに迷惑をかけるって理由で受け取りながら、しっかりと前を向いているのだ。


 わたしも、このままじゃいけない……。うん、鴨川さんを心配させないように頑張ろうと気合を入れるが、手足の脱力は如何ともし難く、わたしは再び更衣室のソファーに座り込むのだった。


「あらら、やっぱりゆかりさんはかなりお疲れみたいですね……そうだ! 実はですね、研修中にゆかりさんと似たような状態になった昴は、グラちゃんに元気の出るおまじないを教わったんですが、良かったら試してみますか?」


「グラちゃんのおまじない? どんなの?」


「なんかですね。足の付け根の辺りを、こう、全体的に下から上に向かってマッサージしてやるといいとか……」


「待ちなさい、その手つきは危険です……!!」


「んっ……あれ? 変だな……鴨川さんの手がお股の辺りに触れると、なんか変な気分に……」


 なお、その後のマッサージについては大変危険なものであると判明し、グラちゃんが保護者のコーデリアさんに詰め寄られる一幕があったのは、ここだけの話だ……。


 そしてわたしもその日から、妙に乙女チックな気分になることが増えたのは、できればここだけの秘密にしておきたい。


 以上、現場からの報告でした……!!







というわけで、今回は第二部(前章)が半年後の世界ということもあってスルーしてしまった配信について触れてみました。


次回は多分、Re:live版宇宙人狼か年末歌謡祭に触れて、どちらも終わったら本編に戻るという形になりますのでよろしくお願いします。


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