表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら美少女VTuberになるんだ、という夢を見たんだけど?  作者: 蘇芳ありさ
プロローグ 〜とある少女の困惑とVTuberになるまでの経緯〜
10/102

臆病なわたしはこれっきりにします






2011年11月26(土)


 日本では珍しいロシア正教の所縁ある施設の一画。聖職者とその親族が暮らす宿舎の私室で、白に近い金色の髪の少女が高齢の司祭に詰め寄っていた。


「撤収ってどういうことですか? 私には転生者を守護する責任があるはずです!」


 少女の名はアーリャ。彼女こそ真白ゆかりをこの時代に転生させた天使であり、現在は特例に従って経過観察を行なっている守護天使だった。


 守護天使とは転生者に何かしらの不備が生じたときに派遣される役職で、その目的は転生者の保護、並びに監視が主な目的となる。


 今回の場合、真白ゆかりの記憶の継承が遅れたので、無自覚に能力を行使して彼女の身に危険が及ぶのを避ける目的があったのだが……。


「『協定』だよ。このままでは抵触する恐れがある。だから撤収するのだ。分かっておくれ、アーリャ」


 高齢の司祭は孫娘を見守るような優しい目で、穏やかに教え諭した。


「『協定』ですか……」


 さすがにその言葉は予想外だったのか、アーリャがたじろぐ。そんな少女に変わらず慈愛の眼を向けながら、老司祭は聖書を朗読するように続けた。


「西暦2722年に人類は、遂に主の領域に到達した。これをもって、人類を教え導き、奉仕すべき我ら天使の役割は終わった。よって以後の歴史に我らは関われない。我らが関われるのはそれ以前の人々と、主の御許に到達できなかった世界のみ。彼らは我らの手を離れたのだよ、アーリャ」


「それは、()っています。天使になって、そう教わりましたから……」


 でも、と。


「この時代は西暦2011年だというのに、何故そんな話になるのですか?」


 さながら頑迷な祖父に反抗するかのような態度に、老人の口元が微笑みを刻んだ。


「答えは簡単だよ、アーリャ。真白ゆかりは転生者の記憶を覚醒後、人工知能を開発した。この時代に生まれ、西暦3211年に完成した人工知能をね」


「えっ……?」


「その人工知能は自己進化を終了させると、当然のように創造主である真白ゆかりの保護に動いた。彼の時代の人工知能にとって、距離も時間も大した問題ではないからね。現在、真白ゆかりは西暦3200年代の人工知能の保護下にある。これが我ら天使が関われなくなった理由だよ」


「そんな……」


 ここで反抗するなら、司祭は上官として処罰しなければならない立場にあったが、打ちのめされた少女にその気力はなく、力なく膝から崩れるのみであった。


 司祭はそんな少女を不憫そうに見つめる。司祭はこの少女のことをよく知る立場だ。若くして功徳を積み、死後に天使の存在を知ると、迷うことなく人類から天使への解脱を選択した──この博愛と献身しか知らぬ少女のことを。


「年内……それが限界だろうな。我ら天使はそれまでにこの時代から退去しなければならない。よって、以降も友人として関わるならば……お前は天使の資格を喪失することになる」


「司祭さま……?」


「よく考えることだ。あのときお前の願いを聞き入れたのはこの儂だが、それがお前にとって本当に()いことだったのか、未だに確信が持てない。お前が天使になるのは、もっと他の生き方を知ってからでもよかったのではないかと、そう思うのだよ」


「司祭さま……お言葉ですが、私は自分の生き方を後悔したことはありません。私は主の御心に学び、主の御心に殉じた身です。後悔などあろうはずがありません」


「そうかね。ならば真白ゆかりの友人になることは諦めるのだな。彼女の身に何があっても、お前は関わってはいけないよ」


 その言葉を最後に少女の私室を退去した司祭がため息をこぼした。なんとも頑なであるが、彼女は本当にわかっているのだろうか?


 いや、確実に理解していない。彼女に少女を見捨てることなど不可能だと、本人だけが理解していない。これではため息のひとつも出ようものだ。


「いずれしろ、人々に主の祝福があらんことを。我ら天使の願いはそれだけなのだから」


 その願いに孫娘のような少女が含まれることを、今は司祭だけが熟知していた。






2011年11月27日(日)


 マスクと帽子とサングラスの三点セットに、少し早めのコートで完全防御。まるでお忍びの芸能人か不審者のような出で立ちだが、残念ながらわたしはどちらでもない。その証拠に防犯ブザーも完備してる。最近お父さんが心配性で、目立たないように厳しく言われてるってのが理由の半分なんだよね。


 で、残りの半分は個人的な事情。こっちから会いに行くって決めたんだけど、未だに心臓がバクついてるくらい小心者だから、できれば向こうから声をかけられるのは避けたい。こちらから見つけて声をかけるワンクッションを置きたいからこうなったんだけど……前回出会えた市立の図書館にアーリャはいなかった。


 あの特徴的な金髪を見落とすのは考えにくい──なら府立のほうかと探索したが、こちらも不発。入れ違いになったのかなと市立のほうに戻ってもアーリャは不在。まあそうだよね。そんなに都合よく出会えないか。


 時刻は午前の9時を少し過ぎたところ。このまま二つの図書館を交互に行き来する不審者ムーブを続けるのも何だから外で待機したが、これからどうするか。10時まで待って不発なら出直すしかないかなとため息をついたまさにそのとき、誰かが盛大に転倒する痛そうな音が道路の右側から聞こえてきた。


「えっ? ええっ……?」


 地面から剥がした顔に手を当ててものすごく痛そうしてるけど、あの金髪は間違いない。何してんのアーリャ!?


「ちょっと、大丈夫なのアーリャ」


 わたしが声をかけると、ビクリと体を震わせたアーリャが引き攣った笑顔を向けてきた。


「あ、あら? き、きき奇遇ねゆかり! まさかこんなところで会うなんて!!」


 いや、いやいや……わたしより怪しいでしょ、この子……って、そんなことを気にしてる場合じゃなかった。


「アーリャって意外とドジっ子なんだね……怪我は大丈夫? ちょっと見せて?」


「そうなのよ、わたし肝心なところが抜けてて、ミハエルさま……司祭さまにもよく怒られるわ」


 見たところおでこと鼻の先が多少赤くなってるが、出血はしていないし、これなら痕が残ることもないだろう。


「うん、大丈夫そうだね。アーリャはまた漢字のお勉強?」


「え、ええ、そうなの。ゆかりを見かけたから、もしかしたら教えてもらえるんじゃないかと思って、慌てて……」


 そう言ってアーリャは、ありもしない鞄を広げて何かを取り出す動作をしたが、もちろんそこには何もなかった。


「『…………』」


 あまりの沈黙に世界から切り離されたような錯覚を覚える。わたしとしてもツッコミどころが満載すぎて、どこから突っ込めばいいのかまるで判らなかったが……。


「ふふっ」


 なんかもう、そんなことは全部どうでもよかった。あれこれ悩んだことも、今となってはいい思い出だ。


「ならちょっと早いけど、近くでお茶でもしようか。誘ったのはわたしだからね。好きなものを頼んでいいよ」


「そんな、悪いわよ。迷惑をかけたのはこっちなんだから、私が出すわ」


 アーリャはそう言うが、全身のポケットに手を突っ込んでも財布はおろか、スマホすら出てこなかった。


「じゃ、こうしよっか。今回はわたしが出す、その次はアーリャが出す。これでどうかな?」


「ええ、本当にごめんね。わたしっていつもこんな風で……」


 はいはい、とアーリャの手を引いて歩き出す。滑らかな素肌の温もりが不思議と気持ちよかった。






 恐縮するアーリャを近くの喫茶店に連れ込んでから、わたしは前回アーリャがしてくれたように色んなことを話した。


 家族のこと。優しくて頼りになるお父さんがいること。でも最近ちょっと疲れ気味で心配なこと。


 お母さんの話もした。おっとりしてて浮世離れしてるけど、怒らせると怖いこととか、生意気だけど根は素直な弟と、可愛いけど何を仕出かすか油断ならない妹の話と、あと学校の話もした。


 アーリャと出会ってから学校の友達と少しだけ距離が縮まって、おしゃべりするのが楽しくなったことを。


「素敵な人たちね。その調子で世界中の人たちと友達になったら? そのほうがきっと楽しいわよ」


「うん、もしかしたらそうなるかもしれない」


 美味しそうにいちごのショートケーキを食べるアーニャに打ち明けるのは勇気が要ったが、わたしは迷わなかった。少し前に買い与えられたaphoneを操作して目的のアプリを開く。


「この子を使ってね、今日の夜から動画配信をするから、アーリャにも見てほしいんだ」


 YTubeに表示されたアーニャのチャンネルを教えると、アーリャは静かに息を飲んだ。驚いているのだろう。空になった紅茶のカップが震えている。


「いいの? そんな大事なことを私に打ち明けちゃって……?」


 うん、この様子だとアーニャがネットを騒がしてるのは知ってるな。そしてアーニャの絵師と周囲に漏らすことが何を意味するのかも。


「いいの。アーリャは誰かに言いふらしたりしないって信じてるからね。特別だよ」


 わたしが悪戯っぽく微笑すると、アーリャは涙ぐんだ。


「うん、約束する。わたし誰にも言わないわ。動画も見る。どこに行っても必ず見る。約束するわ……」


 口元を押さえてポロポロと涙を流すアーリャにわたしは慌てた。まさかここまで感激されるとは思わなかった。泣かせるつもりじゃなかったのに。


 子供のように泣きじゃくるアーリャの肩を抱いて、必死に慰めるわたしの心はしかし、混乱と対極にあった。むしろわたしの心はとても温かいものでいっぱいになって、勇気を出してよかった──アーリャと友達になれて本当によかったと、そう思ったのだ。






















「おや、いい顔をしていますね? おかえりなさいませ、ゆかり。気分転換は大成功だったようですね」


「そうだね。いっぱい元気をもらったよ。もう何も怖くないかな」


 恭しく一礼するサーニャ微笑んでから、コートをハンガーにかける。


「ネットの反応も上々です。デビューまでいよいよ秒読み……と言ってもまだ8時間ありますが、これなら大丈夫そうですね」


「うん、わたしのほうはバッチリだけど、サブちゃんのほうは?」


「はい、要望にあったPVの加工が完了しました。こちらのほうはゆかりに見てもらって問題なければ今夜の配信で使いますが、昼食はまだこれからですか?」


「うん、ちょっと遅刻しちゃったから急いで食べてくる。ごめんね、二度手間になって」


「いえいえ、どうぞごゆっくり」


 マスクを外し、帽子とサングラスも片していつものわたしに戻ると、くるりと身体を翻してお礼を言った。


「いつもありがとう。それじゃ行ってくるね」


 そうだ、わたしはもうどこにでも行けるんだ。


 もしかしたらさっきのアーリャのように転んで痛い目を見るかもしれないし、道に迷って心細い思いをするかもしれない。いいことばかりじゃないのは分かってる。でも何もないよりずっといい。


 臆病なわたしの中には未だに弱音がある。でも今さら迷わない。失うものより得られるもののほうがずっと多いと学んだから。


 過去の自分を振り切るように、階段の残り三つで軽やかに跳躍したわたしは、目測を誤り尻もちをついて家族を呆れさせたが、それでも笑った。


 笑うことができるようになった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] この話、アーリャの事を2回くらいアーニャって言ってるね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ