異世界に転生したので、悪役令嬢に会ってみようと思いました。
異世界転生ものの短編を書いてみました。
気楽に読んで頂ければと思います。
続編も投稿中です。
「異世界に転生したので、悪役令嬢と婚約しました。」
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ここが日本ではないと知った時、僕は自分が異世界に転生したのを知った。
僕の話をしよう。
異世界に転生した時の話だ。
もし、僕のように異世界に転生した際には参考にして欲しい。
僕は目を覚ました時、ここが異世界だとは思わなかった。
きっと、病室だと思っていた。
でも、それが違ったのだと知るのは意外と早かった。
アニメや海外ドラマのような西洋的な部屋で、目を覚ました僕の周りにいる人たちが涙を流している。
「お目覚めになりました!」
メイド姿の女性が叫ぶと、周囲が慌ただしくなった。
しばらくして、僕の前にイギリス人かフランス人のような男の人が来た。
「私のことがわかるか?」
男の人の質問に、僕はどう応えれば良いかわからなかった。
まず、この人は誰なのか?
そもそも、ここがどこかわからない。
「私はお前の父親だ。お前は私の息子だ」
なるほど、と僕は思った。
これは夢ではないんだ。
そして、僕は思った。
これは生まれ変わったかもと。
「僕はあなたの息子ですか?」
僕が尋ねると、男の人が隣にいる初老の人に目を向ける。
「おそらく、意識が回復したばかりで、混乱しているだけかと思います」
この人はどうやら医者のようだった。
男の人は再び、僕に目を向ける。
「そうだ。お前はフェリックス。私の、ボナール家の息子だ」
そこで僕は名前の名前が
フェリックス・ボナール
であり、僕はボナール家と呼ばれる公爵家の次男だと知った。
やがて、僕は自分の置かれている立場を段々と理解した。
僕は突然、胸の痛みを患い、倒れたそうだ。
今で言う、心臓発作だろう。
そして、僕は生死の境を彷徨った。
その時に、僕は転生したのだろう。
僕が覚えているのは、自分が大学一年生であり、成人式を迎えた日だったということだ。
僕は転生した時のことは覚えている。
その日は、成人式が終わり帰ろうとした時に、酔っぱらった奴が車を暴走させた。
そいつは一升瓶を片手に、成人式の式典に参加していた。
知っている奴だったが、式典の後ろの座席で知り合いたちとお酒を回し飲みしていた。
その時はまだ、こいつが飲酒運転をするとは思っていなかった。
正直、油断していた。
式典が終わり、記念撮影が終わった僕は近くにいた両親や親戚たちと合流した。
親戚の中には、幼稚園に入ったばかりの男の子がいた。
この子とはよく遊んであげていたので、親戚も僕の晴れ姿を見せたかったのだろう。
そんな時、酔っぱらった奴の車が暴走した。
車は男の子に向かっていた。
僕は男の子を救おうとして、その車に跳ね飛ばされた。
そこから、世界は暗転した。
そして、気が付くとこの世界にいた。
僕は体調が回復すると、部屋にある鏡の前の前に立った。
僕の見た目は日本にいた頃とは完全に違っていた。
何と言うか・・・東洋の人間が西洋の人間になるのは、ゲームかコスプレぐらいかと思っていたけど、違和感を感じた。
まず、目の色が違う。
最初に感じた違和感がこれだから、体格も髪の色も自分に合っていないのがわかる。
でも、この世界ではこの姿で通さなければならない。
結局、僕はこの姿に慣れるまでは、何度も鏡を見ることになった。
次に、僕はこの世界には魔法があるのか確認した。
なんとなく、そう言う世界を期待していた。
しかし、調べる方法をどうすればいいか迷った。
まず、この世界にはネットがない。
癖でスマホを探してしまうほど、僕は困ってしまった。
ネットサーフィンと言う言葉が、懐かしくさえ思えた。
しかし、屋敷のみんなに尋ねることを躊躇ってしまう自分がいた。
さて、どうしたものか。
下手な事を言えば、怪しまれると思ったからだ。
そこで、まだ記憶が曖昧だと理由をつけて、屋敷の人々に尋ね回った。
何より、ここにはメイドさんや執事さんがいるのだ。
特に、執事さんの印象は強かった。
初老の執事さんは、いつも優しくてカッコよくて、どんなことでも話を聞いてくれるのだ。
僕自身、怪しまれないよう質問をしていたつもりでいた。
でも、屋敷の人々がおかしいと思うのは当然のことだった。
僕の行動は、執事さんから父に報告が行ったようで、僕はすぐに父に呼び出された。
「フェリックス、お前は何がしたいのだ?」
そう尋ねられた僕は、異世界転生の話を隠して、自分がまだ記憶が曖昧であり、元の生活に戻るためにも、みんなに尋ね回ったと弁解した。
父は僕の話を聞いて、困った顔をしたが、最終的には納得をしてくれて、執事さんだけに質問をするようにと注意された。
僕は、父の言葉に従い、執事さんは僕の質問にちゃんと答えてくれた。
魔法は存在しなかった。
この世界には騎士がいた。
怖い魔物がいた。
それが確認できただけでも、僕は嬉しかった。
こうして、この世界の常識を学んだ僕が、次に考えなければならないのは・・・。
転生したのだから、今度はこの世界でどう生きていくか考えなければならない。
幸いにも僕は、貴族階級の次男として生まれ変わった。
日本人であるため、異世界転生に関しても問題なく受け入れることができた。
異世界に転生した小説や漫画、アニメが豊富な国だったなと懐かしんだ。
おそらく、他の国の人々で異世界転生ものに触れていない場合は、精神的に苦労するかもしれない。
そんな時に、僕の兄と呼ばれる人が戻ってきた。
兄は騎士を生業としていた。
将来はこの家を継ぐ人だ。
兄は僕の様子がおかしいことに、すぐに気づいたようだ。
「お前、変わったな」
兄はすごく戸惑っていた。
僕は兄にその理由を尋ねた。
「お前は次男だからと言って、我儘で父や俺に反発していたのだ」
次男あるある、だと僕は思った。
「そうだったのですか・・・すいません」
僕が謝ると、兄は頭を撫でてくれた。
頭を撫でられるのは、子供の頃以来だった。
「もし、悩みがあるなら聞いてやるぞ」
これは良いタイミングだと、僕は思った。
そこで、僕はすぐに兄に僕に向いている生き方を聞いた。
「お前は次男だ。この家を継ぐのは俺だから・・・外に出た方が良い」
「その場合だと、僕はどうすれば良いですか?」
「そうだな・・・交易ギルドに入るとか・・・学者になるとか・・・かな」
「なるほど」
「だが、剣術は続けろ。どんなことがあっても、最後にものを言うのは、自分の腕だ。剣術は自分を守るためにある」
さすが異世界だ、と僕は感心する。
「学業も疎かにするな。お前の身を立てるためにも必要なものだからな」
その後も、兄は僕に構ってくれた。
兄は僕が異世界転生者とは知らない。
でも、僕が変わったことで、兄として心配だったのだろう。
その辺りから、この家の家族の雰囲気が変わった。
父や母は、僕のことを優しく見守ってくれた。
執事さんやメイドさんもだ。
生活環境が変わると、僕は学生に戻ることになる。
体調が回復した僕は、学園と呼ばれる場所に復学しなければならないのだ。
頭の中には、単位のことが浮かんでいたが、さすがにこの世界ではないだろう。
そうなってくると、今度はこの世界での授業が気になる。
前の世界では、僕の中ではコンスタンスに各科目をこなしていたが、この世界ではどうだろうか。
僕はこの世界の学校に通うことになった。
登校前までに、何を学んでいるか知る必要がある。
この世界の学校は、中高一貫校だった。
僕の場合は、高校に当たる中等部に所属していた。
ちなみに、小学校と中学校はどうやら同じであり、これが初等部として6年間の義務教育の方針だった。
中等部は4年間と聞くと、大学受験と言う難問はこの世界では薄い印象を受けた。
授業内容は前の世界と変わることはあまりなかった。
国語全般、地理歴史、数学、理科は変わらない。
特に、数学はどの世界でも重要なのだと改めて理解できた。
違うとすれば、体育の授業がファンタジー向け、いや、戦争向けになっていることだ。
このまま、野球とフットボールを流行させてみたいと思ってしまう。
これは困ったな、と考える暇もなく中等部の生活は開始された。
前の世界と比べ、授業は楽だった。
ただ、国語全般と歴史は苦戦した。
転生したばかりの僕にとって、この科目が苦手なのは覚悟はしていたが、さすがに点数の悪さが問題となった。
そこで父に頼んで、改めて国語の基礎を教わることにした。
父は僕の頼み事に戸惑いながらも、家庭教師をつけてくれた。
英語もそうだが、基礎を踏めば問題は解決する。
僕の考えは間違っていなかった。
家庭教師は元騎士団の人で、名前をフェルディアと紹介された。
彼は父の知人で怪我のため騎士団を退職し、今は怪我の治療のために、リハビリを兼ねて僕の家庭教師に手を挙げてくれたそうだ。
彼の教え方はわかりやすかった。
無駄な部分はあまりなく、あくまで基礎を叩き込むことだけに集中していた。
おかげで、2ヶ月も過ぎれば、僕は中等部の教材を理解できるまでになった。
歴史に関しては、この世界に興味があるので、時間があれば自分から進んで学んだ。
わからないことがあれば、フェルディアに尋ねて講義をしてもらった。
しばらくして、フェルディアからこんな提案をされた。
「どうだろう、私が君の剣術を指南したいのだが?」
僕は迷う事なく頷いた。
僕は翌日より、フェルディアから剣術を学んだ。
日本にいた頃、テレビなどで見た剣術とはまったく違っていた。
この世界の剣術は、叩き付ける、刺し抜けると言った感じで、その理由をフェルディアを尋ねると彼は「そんな質問をされたのは初めてだ」と笑いながらこう応えた。
「騎士の持つ剣は斬るものではない。鎧を叩き壊し、鎧の隙間に刺して相手を再起不能にするからだ」
僕は「なるほど」と納得した。
その様子を見たフェルディアは、また声を出して笑う。
「君は面白い。教え甲斐がある」
異世界から来た僕にとっては、どれもが新鮮なものだ。
面白くなくてどうする、と考えている。
その想いがどんな形であれ、フェルディアに届いて喜んでくれるだけでも嬉しかった。
僕がこの世界に来て1年が経った。
僕は学園に復学してから、クラスメイトを観察していた。
僕自身は、入学と言った感じかな。
だからこそ、クラスメイトの雰囲気を見ておきたかった。
クラスメイトは、僕が復学してもあまり声をかけない。
おそらく、兄が言うように我儘だったのだろう。
そこで僕は、積極的に学園の行事を手伝うことにした。
ここは父には申し訳ないが、公爵家の存在を使わせてもらった。
と言っても、「公爵家たるもの、人の心を知らないといけない」と先生やクラスメイトに話したものだから、みんながびっくりしていたのが印象的だった。
すると、僕に友人ができた。
クラスメイトのレジスだ。
レジスは子爵家の長男だが、誰に対しても親しくなれると言う、コミュニケーション能力抜群の男子生徒だった。
レジスと友人になると、クラスメイトだけでなく、他の生徒たちとも交流がスムーズになった。
これも彼のおかげだと言えた。
その間に僕は、クラスメイトの様子を見ながら、彼らの人間関係を把握し終えていた。
この学園は恋愛関係でドロドロしていた。
これは、どの世界でも変わらないのだと思った。
誰が誰と付き合っているとか、誰と誰が別れてとか、他のクラスの誰かと付き合い始めたとか、そんな情報はクラスメイトのレジスが勝手に教えてくれた。
僕は彼の話を聞きながら、相関図を書いたのだが、レジスは「そう言うの初めてだ」と相関図を作る僕に感想を伝えた。
「作ったことないのか?」
「いや、そんなもの初めて見た」
この世界には、相関図はないようだ。
これは面白いな、と思いながら、僕はクラスの相関図を完成させた。
今後、この関係は更新されるだろうなと思いながら、僕は自分の立ち位置を確認する。
「・・・僕は当たり障りがないかな」
「そうだな。お前は幸せだな」
「今、この中で問題が起こりそうなのは誰?」
「そうだな・・・この二人だな」
レジスが指で示したのは、ジュリアとヴァンサンと呼ばれる生徒だった。
「二人は婚約をしているんだけど、最近、ヴァンサンが別の女の子に心奪われているんだ」
「それは誰?」
するとレジスは、ノートにアントワーヌ・デュクルノーの名前を書いた。
「この子はどんな子なの?」
レジスは僕の質問にこう応える。
アントワーヌは男爵令嬢の長女でこれまでに数々の男子生徒と交際をしては別れているそうだ。
その彼女がジュリアと婚約中のヴァンサンにアプローチをしており、彼も彼女の容姿を気に入って一緒に行動をしていると。
・・・これは<悪役令嬢>ってやつかな。
この世界には、<悪役令嬢>は存在していたのだ。
僕はアントワーヌに興味を抱いたと言うか、お笑い芸人のようにいじってみたいと思った。
これが、彼女と出会うきっかけになるとは思いもしなかったけど。
でも、その時の考えは彼女には失礼だったと、後に反省している。
「お前、何笑ってんだ?」
レジスが尋ねてきた。
「アントワーヌのこと、もう少し詳しく調べてくれないか?」
「お前・・・正気か?」
「ああ。それに・・・こう言うの・・・面白そうだし」
「お前、死にかけてから変わったな」
「まあね」
「お前、快楽主義者みたいだぞ」
「褒めて頂いたと受け取るよ」
こうして僕は、アントワーヌへ接触をすることにした。
僕がアントワーヌと接触した日、彼女は女生徒たちに苛めを受けていた。
僕はその様子を見て、「何してるの?」と彼らに声をかけた。
僕が現れたことで、彼女たちは苛めを止めた。
そうか、僕が公爵家だからか、と気づく。
「なんでしょうか、フェリックス様?」
「それ、苛めでしょ?」
僕は単刀直入に聞く。
彼女たちは、急に焦り出した。
「それはですね、アントワーヌ嬢の日頃の行いを戒めているだけですわ」
周囲の女生徒たちも同調する。
「でもさ、外から見ると苛めに見えちゃうし」
僕は話すと、彼女たちは自分たちはやっていることを理解したんだろう。顔を下に向けた。
「それに、せっかくの可愛い顔が卑屈になって台無しだよ」
僕は彼女たちを持ち上げる。
すると、彼女たちはそんなことを言われたことがないようで、恥ずかしそうな顔をしながら、何も言わずにその場から離れた。
「意外と使えるもんだ」
日本にいた頃、何度か使ったことのある持ち上げ方が、ここでも使えたのは嬉しかった。
「ありがとうございます」
アントワーヌが話しかけてきた。
「ごめんね。すぐに止められなくて」
「いえ、助かりました」
アントワーヌが礼をする時、廊下の奥に見知らぬ男子生徒がいるのを僕は確認した。
「疲れただろ?屋敷まで送るよ」
「ですが・・・」
「こんな時だから、心配なんだ。気にしなくて大丈夫だから」
僕がそう言うと、アントワーヌは「宜しくお願いします」と応じてくれた。
すると、廊下の奥にいた男子生徒がその場から離れた。
その段階で、僕はアントワーヌを苛めている黒幕がいるのでは、と考え始めていた。
何より、アントワーヌが悪役令嬢に見えないのだ。
僕はその後、アントワーヌを彼女の屋敷まで送った。
時々、後ろを見るとその男子生徒の姿が見える。
尾行が下手だな、と僕は呆れる。
屋敷に着くと、僕はアントワーヌに二つお願いをした。
一つは明日から一緒に学園に通おう。
「これは君への苛めを少しでもなくすための手段だ」と教えると、アントワーヌは戸惑いながらも、僕の提案を了承した。
もう一つは、木の剣を借りたいと話した。
アントワーヌは不思議そうな顔をしながら、屋敷にある木の剣を貸してくれた。
僕はそれを布で隠すと、アントワーヌの屋敷を出た。
もし、僕の考えが正しければと考えていると、やはりと言うか、路地の奥から布で半分顔を隠した3人の男たちが現れた。
「貴様、なぜ、アントワーヌを関わ・・・」
リーダー格と思われる男が話し出した瞬間、僕は木の剣を取り出すと、その男の頭部を殴りつけた。
先手必勝だ。
僕の攻撃は見事に、男の頭部を捉えた。
痛みのあまり、その場に倒れ込んだ男の姿を見て、周囲にいる残り2人の男たちは何が起こったかわかっていないようだった。
僕は続けざまに、左にいる男の腹部に木の剣を叩き込んだ。
男は僕の攻撃を防ぐこともできず、路地の奥へ吹き飛ばされた。
フェルディアの教えは、ちゃんと僕に伝わっていた。
相手を油断させれば、人数が多くてもその場を制圧できると。
最後の男は、なりふり構わず剣を振り回していたが、攻撃が単純だったので、僕は股間を蹴り飛ばした。
男の急所は痛い。
男は痛みのあまり、その場に崩れ落ちて悶絶している。
「この世界では確かに剣術は必要だね」
僕は納得する。
僕のその後の行動はこうだ。
まず、3人の男たちを裸にして放置した。
女の子を苛めた罰だ。
もちろん、身分が分かるものを回収した。
これで、黒幕が動くと思ったからだ。
屋敷に戻ると、兄がいた。
兄は僕が持っている布の中に、木の剣があることをすぐに知った。
「それはどうしたんだ?」
「女の子を苛める男たちを退治しました」
すると、兄は笑いながら「詳しく聞かせろ」と尋ねてきた。
僕はこれまでの経緯を、兄にすべて話した。
「そうなると・・・明日には、そいつがお前に接触してくるぞ」
兄の考えに僕も同意する。
「いいか、対応次第では、アントワーヌと言う子がさらに孤立するかもしれん」
「では、どうすればいいのでしょうか?」
「味方を増やせ。お前ならできるだろう」
兄は僕の頭を撫でる。
最近、兄は屋敷に戻るたびに僕の頭を撫でてくれる。
「わかりました」
僕は強く頷いた。
翌日、僕は約束通り、アントワーヌと共に学園に登校した。
アントワーヌの屋敷を訪れると、彼女は僕が来ないと思っていたのか、急いで登校の準備を始めた。
「本当に来られたのですね」
アントワーヌが驚いていた。
「いやいや、ちゃんと来るって」
僕は呆れてしまった。
仕方ないか。
今まで、異性と登校するなんて、彼女は慣れていないだろうし。
この世界に来て、僕自身も大胆になってきたと思う。
リア充かどうか、僕自身はその領域に近いと思っているが、せっかく転生したからには楽しまないと。
そう思いながら学園に入ると、僕とアントワーヌは注目を浴びていた。
公爵家の次男と悪役令嬢が一緒に登校したんだ。
注目は浴びるだろう。
でも、これは引っ掛けだ。
アントワーヌを苛める奴が、必ず現れるはずだ。
彼女を教室まで送った後、僕は隣の教室へ移動をした。
クラスメイトたちは、僕に注目している。
そんな中で、僕はさっそくレジスに事情を話した。
「おいおい、なんだよそれ」
レジスは大笑いする。
その笑い声は、クラスメイトたちの興味を誘う。
「このクラスには、アントワーヌ嬢に恋人を奪われたり、誘いを受けた奴はいないぞ」
すでに、僕の周りにはクラスメイトたちが集まっている。
レジスは教室のドアを全部閉めると、みんなに事情を話してくれた。
アントワーヌのこと。
僕は男子生徒に襲われたこと。
クラスのみんなが驚きながらも、口々に許せないと言ってくれる。
レジスのコミュ力は凄いと思った。
みんなが、僕の計画に協力してくれると約束してくれた。
兄の言うように、味方を増やすことは大切なのだ。
放課後になり、僕は一人になることにした。
僕の予想通り、一人の男子生徒が接触してきた。
ヴァンサンだった。
そう、アントワーヌにアプローチを受けていると噂されている男子生徒だ。
「君はアントワーヌに興味があるのかい?」
ヴァンサンが僕に尋ねてきた。
本人は気付いてないようだけど、彼の視線は僕を睨みつけている。
よほど、僕のことが気に入らないのだろう。
「そうだな・・・彼女が苛められていたのを止めたんだけど、ちょっと、不安になってね」
「不安とは?」
「また、苛められるかなって思って」
「だから、一緒に登校したのかい?」
「そうだけど問題あるかな?」
「君はアントワーヌの噂を知っているだろう?」
やはり、そうきたか。
揺さ振りをかけたいのだろう。
「知ってるも何も、その噂って本当なのかな」
「どうして、そう思うんだ?」
「考えてみなよ、片方の噂のみしか聞こえてこないものを、信じろって難しいだろ?」
「だが、僕はアントワーヌのアプローチを受けている」
「そうなんだ。でも、今後は君へのアプローチはなくなると思うよ」
そう、僕がアントワーヌと一緒に登校した。
この意味合いが、ヴァンサンに理解できないはずはない。
「どう言う意味だ?」
ヴァンサンの声が重くなった。
これは怒り出してきたね。
「それよりも、昨日、アントワーヌを屋敷に送った後、男たちに襲われたんだ」
その話を切り出すと、ヴァンサンが動揺した。
「まあ、相手にならなかったから問題なかったけど、相手の身元は確保してるんだ」
「そ、そうなのか?」
ヴァンサンがしどろもどろになっている。
「近日中には、学園に報告するよ」
僕はそう言うと、ヴァンサンと離れた。
きっと、この後に何かリアクションを起こすはずだ。
その予想通り、レジスがヴァンサンの動きを掴んでくれた。
「ヴァンサンが、アントワーヌ嬢を断罪するそうだ」
思い切ったことをする、と僕は思った。
ヴァンサンは事を急いだ。
なにせ、僕を襲った男子生徒の身元が明らかにされてしまうのだ。
このままでは、自分が彼らに指示を出した事が発覚してしまう。
だから、ヴァンサンは先に手を打とうとしたのだが、それがアントワーヌの断罪と言うのには、あまりに短絡過ぎて、僕は呆れてしまった。
僕はすぐにアントワーヌに会い、事を次第を伝えた。
「君はあの男に断罪される」
「私が・・・ヴァンサン君の告白を断ったからですか?」
アントワーヌの話に、僕はヴァンサンの動機を知る。
なんとまあ、子供じみたことをすると思う。
婚約者がいる身分に関わらずにだ。
これも貴族階級の驕りと言うものか。
「でも、ヴァンサン様はジュリア様と婚約されているのですよ?」
「彼はね、女の子を侍らせたいんだ」
「それでは、不貞ではありませんか」
アントワーヌは唖然とする。
「そうだよ。でもね、彼は貴族だから、愛人がいても問題がないと考えていると思う」
「その候補が・・・私だったのですか?」
「うん。だから、僕は君を助けたい」
「・・・フェリックス様」
アントワーヌが涙目になっている。
抱き締めたい。
でも、それはいけない。
僕の自制心が働く。
「そこで、僕の話を聞いてほしいんだけど?」
アントワーヌがそのまま頷いた。
「まず、君と僕が交際したことにできるかな?」
僕の提案にアントワーヌが驚く。
「私は男爵令嬢です。形だけとはいえ、公爵家のあなた様にご迷惑をおかけします」
「だから、形だけ。君を助けるために必要なんだ」
僕は説明する。
ヴァンサンは地位の低いアントワーヌを断罪することで、自己満足をする。
でも、それだけで終わらない。
きっと、アントワーヌの家に地位に任せて、莫大な慰謝料を請求する。
アントワーヌの家が慰謝料を払えない場合、彼女は妾として差し出されるだろうと。
これは兄だけではない。
レジスやクラスのみんなが思ったことだ。
「・・・そんな」
アントワーヌが絶望する。
「だから、僕と交際すれば大丈夫」
こうして、アントワーヌは僕の考えに納得してくれた。
「あと・・・君に聞くのは恥ずかしいんだけど・・・君の体の特徴を教えて欲しい」
「特徴ですか?」
「そう」
すると、アントワーヌは僕の話の意味を理解し、頬を赤らめて、両手で胸を隠した。
「あ、ごめんね。そう言う意味じゃないんだ。でも、そう思うよね」
僕はどう答えていいのか困ってしまい、こめかみに指をあてると、そこを掻いた。
その様子を見たアントワーヌは、不思議そうな顔をした。
「あの・・・理由を教えて下さいませんか?」
「君が男遊びが激しいって噂を否定するため」
「できるのですか?」
「うん。できるよ」
僕ははっきりと応える。
アントワーヌは僕の話を聞くと、一度、僕から視線を逸らして考え出す。
そして、僕に向かって応えてくれた。
「フェリックス様を信じます」
この後、僕は彼女から身体的な特徴を教えてもらった。
翌日、僕はレジスから情報を得る。
レジスはヴァンサンが三日後に、アントワーヌを断罪すると情報を掴んでいた。
さすが、情報通のレジスだと僕は感心した。
僕は次にジュリアと接触することにした。
こっそりと会わなければならないので、ここもレジスの力を借りた。
レジスには、食堂のチケットを七日分で手を打ってもらった。
父上、ありがとうございます、と財布を潤してくれた父に感謝した。
僕はジュリアと会った。
彼女はヴァンサンと同じ伯爵家だったので、家柄としては申し分ないのだろう。
「珍しいですわね、ボナール公爵の方が、私に声をかけてくるとは」
実はボナール家とジュリアの家は仲が、あまり良くないと執事さんから聞いている。
しかし、アントワーヌを救うためには、彼女を避けて通れない。
「声をかけては、駄目かな?」
僕はジュリアの嫌味に対して、平然と応える。
ジュリアは毒気が抜かれたようで、彼女も笑い返した。
「フェリックス様、学園内ではあなたは、おかしい方と聞いております」
「それは知ってるよ。でも、別に気にしてないし」
すると、ジュリアがクスクスを笑い声を出した。
「あなたって面白いのですね」
「褒めてもらって光栄です」
僕はお辞儀をすると、ジュリアも笑いながらカーテシーをした。
僕はジュリアに、今回のアントワーヌの件を話した。
その上で身分的な問題もあり、隠していたが、彼女と交際していると伝える。
もちろん、僕がヴァンサンの取り巻きたちに襲われたことも。
すでに、兄が動いているので、彼らは逮捕されるのも時間の問題だとも伝えている。
まだ、学生の彼らには取り調べは耐えられないだろうし、ヴァンサンの名前も出るだろう。
ジュリアは最初、アントワーヌの名前を聞くだけで嫌な顔をしたが、僕の話を聞くと頭を抱えた。
「私の婚約者がそんな男だったとは・・・」
ジュリアとしては、困るのは当然だった。
これが事実とすれば、今度は貴族間の家同士の問題になる。
「私はどうすればいいのかしら?」
「何もしないでもらえますか?」
僕の話にジュリアは驚く。
「何故ですの?」
「二日後に、ヴァンサンはアントワーヌを断罪します」
「なんですって!」
ジュリアが目を見開いた。
「僕はその時、アントワーヌを護るために動きます」
「交際を公にするのですね?」
「そうです。ジュリア様も気付いているようですが、ヴァンサンはアントワーヌを愛人にするつもりです」
そう、ジュリアも貴族階級の恐ろしさを知っている。
「・・・彼は常々、貴族である限り、愛は無限だと話していました。それがこんな形になるとは・・・」
「ですので、ここは僕に任せてもらえませんか?」
「よろしいですわ。ですが、婚約破棄の手続きは密かに進めさせてもらいます」
ジュリアとしても、保険はかけておきたいのだろう。
僕は頷いた。
断罪の日を迎えた。
。
僕は学園に行く前に、アントワーヌを迎えに行く。
アントワーヌも僕に慣れてきたので、素直に話しかけてくれる。
今まで悪い噂を流されて、辛い目にあったんだ。
彼女が明るくなるだけでも、僕は嬉しかった。
僕はアントワーヌに、ヴァンサンが断罪を行うことを改めて伝える。
「アントワーヌ、必ず僕の名前を呼ぶんだよ」
アントワーヌは僕の話に力強く頷いた。
昼食時間になり、僕は密かに行動を開始した。
レジスやクラスのみんなも手伝ってくれる。
「動いたぞ。奴ら、アントワーヌを食堂へ連れ出した」
僕は急いで食堂へ向かう。
すでに食堂では、多くの生徒たちがいた。
僕はアントワーヌに、その姿が見えるようにした。
彼女も僕の存在に気付き、強い眼差しを向けてくれた。
アントワーヌは覚悟を決めたのだ。
「アントワーヌ・デュクルノー嬢、君はこの学園に入ってから、多くの男子生徒たちを誘惑した。そのため、学園内に不貞を含め、数々の問題を起こした。僕も君に誘惑を受けた一人だ。僕には婚約者がいるにも関わらずに。よって、僕はここで、君の罪を問い、君を学園から追放するを提案する」
僕は呆れた。
言ってることが、無茶苦茶だ。
そもそも、文章がおかしい。
婚約破棄ものとかだと、もっとちゃんとした文章を作るぞと言いたい。
何よりどうしてお前が罪を問う?
常識的に考えれば、学園の先生に話をするのが当たり前だろうに。
しかも、自分の考えに酔っている。
「お前、バカじゃないの」
僕はおもわず声を上げた。
周囲の学生たちが、僕を一斉に見る。
「フェリックス様!!」
それが合図となり、アントワーヌが僕の名前を呼んだ。
さて、始めましょうか。
僕はゆっくりとヴァンサンの前に現れる。
僕はふと思う。
婚約破棄ものの主人公を助けるキャラってこんな気持ちなんだろうと。
僕は公衆の面前で、ヴァンサンの断罪劇を糾弾し始める。
まず、僕はアントワーヌの側に寄る。
その光景に、周囲にいる生徒たちが驚いている。
ヴァンサンの周りにいる取り巻きたちは、僕の顔を見て震えている。
散々、痛めつけたしね。
「フェリックス君、何の真似かな?」
「アントワーヌを助けにきた」
そう言うと僕は、少し過呼吸になっているアントワーヌに話しかける。
「この紙袋で呼吸をして」
僕はアントワーヌの口元に紙袋を置くと彼女に呼吸させる。
前の世界にいた頃、学校で教わった救急医療を実践しただけ。
アントワーヌの過呼吸が落ち着く。
「・・・ありがとうございます」
アントワーヌは嬉しそうにする。
自分の悪い噂に関わるだけでも、大変な目に合うのはわかりきっているのに、僕が来たことでアントワーヌの緊張が切れたようで、彼女は僕に抱きついた。
「なっ!?」
その様子を見てヴァンサンが声を上げる。
「信じて良かったんだ」
アントワーヌの声が震えている。
やはり怖かったんだ。
「アントワーヌから離れろ!!」
ヴァンサンが興奮している。
ツンデレが行き過ぎた彼に、僕はあえて不思議そうな顔をする。
「どうして?」
「今、僕はそこにいるアントワーヌに罪を問う最中だ。それを邪魔するとは何様のつもりだ!」
「いや、俺はアントワーヌと付き合っているんだけど?」
僕の告白、まさかの交際宣言にみんながどよめいた。
僕はあえて<俺>と言ったのも効果があった。
「交際しているだと・・・」
「そうさ。ね、アントワーヌ」
僕がアントワーヌに微笑むと彼女は頷いた。
僕と彼女が密かに付き合っていると言うことをアピールする。
これだけで、ヴァンサンが勘違いしたのではとみんなが思うはずだ。
「ぼ、僕は聞いていないぞ」
ヴァンサンの動揺を見て、僕は心の中で笑う。
そもそも、お前はアントワーヌと付き合っていないだろう。
「それはそうさ。僕は無理にアントワーヌに秘密にして欲しいと伝えていたからね」
「だが、彼女がいろんな男子生徒に声をかけて、不貞な行為を働いていたのは事実だ」
「だからさ、それは無理だよ」
「なんだと!?」
「じゃあ、俺の質問に応えてもらおうかな」
そう言うとヴァンサンの側にいた取り巻きの男子生徒たちに尋ねる。
こいつは、僕が木の剣で頭を殴って気絶させた奴だ。
ちゃんと、頭に包帯を巻いてくれている。
「君さ、彼女と寝たと言ったね?」
「そ、そうだ」
僕は彼に向けて、指を突き出す。
その動きが、頭を殴られた時の事を思い出させたようで、彼は尻もちをついた。
「じゃあ、彼女の特徴は言えるよね?」
「えっ?」
彼は間抜けな事を上げる。
「彼女を抱いたと言うのなら当然言えるよね?」
「いや・・・それは・・・」
言えるはずないよね。
考えてみればわかるはず。
彼女を抱いていないのなら特徴なんて言えるはずがない。
それを言えば、彼自身が不貞を働いたことを認める。
つまり、アントワーヌと共に罰を受けないといけない。
その事に、やっと周囲の生徒たちは気付いた。
「その段階で嘘だと認めた証拠さ」
僕はその後も、アントワーヌと関わった生徒たちに尋ねたが誰も応えることはできなかった。
「僕は知っているけど言おうか?」
「・・・フェリックス様」
不意にアントワーヌが声をかけてくる。
「恥ずかしいです」
アントワーヌの頬が紅潮している。
彼女も勇気を出して僕の芝居に乗ってくれた。
「そうだね、失礼だよね。これは俺たちだけの秘密だもの」
「やめろ!!」
ヴァンサンには、僕たちの芝居は耐えきれないようだ。
「僕は彼女を抱いた」
「そう言うのなら彼女の特徴を言えよ」
僕はあえてヴァンサンに圧をかける。
「それは・・・胸元にほくろがあるとか・・・」
「大雑把だな・・・」
僕は呆れた。
この童貞が、と思ってしまう。
アントワーヌも呆れている。
「だったら、お前は言えるのか!?」
「アントワーヌ、話しても大丈夫?」
僕はアントワーヌに尋ねる。
僕は彼女と話した後、あえて体の特徴を教えてもらっていた。
「彼女の右太ももに幼い頃についた小さな傷がある」
僕はアントワーヌを安心させるため微笑みかける。
僕が話したことは僕と彼女が恋人同士であると宣言するようなものだ。
だからこそ、彼女と心が通じ合っているとアピールした。
「・・・フェリックス様」
彼女も微笑み返してくれた。
これで彼女は守ることができる。
周囲を見ても、誰もが納得してくれている。
僕は安心する。
さて、ヴァンサンを逆に断罪しなければならない。
これまでの行いを、ちゃんと償わせるんだ。
「はっきり言うよ。お前だろ、アントワーヌの噂を流したの?」
僕が詰め寄ると、ヴァンサンは動揺した。
「しょ、証拠でもあるのか?」
「証拠ねえ・・・アントワーヌがお前を嫌がっているのが証拠じゃない?」
僕はアントワーヌに確認する。
アントワーヌが覚悟を決めている。
「・・・私はヴァンサン様に告白を受けました。でも、私はヴァンサン様がジュリア様と婚約されているのを知っていましたのでお断りしました。何もしていないのに、ヴァンサン様は勝手に噂を流しました。そのせいで・・・私はみんなから嫌われて苛められました。でも、フェリックス様が助けてくれました。私はヴァンサン様が嫌いです。だから、私たちに関わらないで下さい」
アントワーヌが勇気を出してヴァンサンを否定してくれた。
僕はアントワーヌを強く抱き締めると、彼女が「ありがとうございます」と呟いてくれた。
これで最後の締めを行おう。
僕はアントワーヌをゆっくりと立たせる。
「貴様・・・」
「だからさ、俺はここで、アントワーヌに婚姻を申し込んでも問題ないだろ?」
僕はアントワーヌに向かい微笑んだ。
すでに、僕はアントワーヌが好きになっていた。
このまま、君を奪い去りたいと思っていた。
だから、アントワーヌに婚姻を申し込む。
彼女は僕を見て頬を赤らめる。
「やめろ!!」
ヴァンサンが叫ぶが、僕は彼を無視して、アントワーヌの両手を握り締める。
僕としては、女の子の手を握るのは慣れていないし、正直なところ恥ずかしい。
でも、僕は止まらない。
「こんな時にごめんね。本当ならちゃんとした場所で告白したかったけど許してもらえるかな?」
「はい」
アントワーヌが恥ずかしそうに頷く。
「じゃあ、僕と結婚しましょうか」
「お願いします」
アントワーヌが僕の胸に飛び込んだ
その瞬間、周りにいた同級生や下級生たちが歓喜の声を上げた。
恥ずかしい。
でも、この子を救うことは悪くはない。
「決闘だ!!」
しかし、せっかくの幸せな世界を崩したのはやはりこの男だった。
「決闘?」
「そうだ、僕は君に決闘を申し込む」
ヴァンサンの両目が血走っている。
明らかに興奮状態だ。
でも、それは自分の評判を悪くするのに気付いてないようだった。
僕はレジスに声をかける。
「レジス」
「なんだ?」
「決闘の場合、どうすればいいのかな?」
「お前、受けるつもりか?」
「ああ。受けて立つよ」
今度も、周りにいた同級生や下級生たちが、歓喜の声を上げた。
その声にヴァンサンが周囲を見回すものの、誰も味方がいないことにやっと気付いてくれた。
「じゃあ、俺から先生のところに行ってくるわ」
「それでいいのか?」
「俺もちゃんとしたことがわからないし。だから先生に聞いた方が早いだろ?」
レジスが笑ったので、彼の意図を僕はすぐに理解した。
先生を呼ぶことでこの場を収めるばかりでなく、ヴァンサンの悪事を伝えようと考えてくれているのだ。
レジスはすぐに職員室へ向かった。
この雰囲気ならヴァンサンは、逃げることはできないだろう。
「待ってくれ!決闘はなしだ!」
ヴァンサンがその場を取り繕うとする。
だが、僕は彼を逃がすことはしない。
「お前、逃げるの?」
「違う!」
ヴァンサンは否定するが、周囲にいる同級生や下級生たちが、彼に呆れたのかひそひそと悪く言い始めた。
「なんだよ、口だけかよ」
「悪い噂を流したって本当のようね」
「ジュリア様が可哀そう」
他にももっと悪く言う人もいたが、ヴァンサンには耐えきれないものになっていた。
突然、ヴァンサンが発狂した。
そして、僕ではなくアントワーヌに襲い掛かった。
だが、僕はそれを予想していた。
フェルディアの教え通り、僕は彼の前に出るとその体を投げ飛ばした。
彼の体は勢いそのままに、床に叩き付けられた。
これでは、受け身は取れなかっただろう。
彼はその場で気を失ってしまった。
「あ~あ、遅かったか」
レジスが先生を連れてきたのだが、目の前でヴァンサンが襲い掛かるところを目撃したので、これでヴァンサンの謹慎は確定になったと思う。
「あの・・・」
アントワーヌが僕に歩み寄ると、ハンカチを差し出した。
「血が出てます」
アントワーヌの視線が僕の右腕へ向けられている。
どうやら、ヴァンサンを投げ飛ばす際に爪で腕が抉られたようだった。
「ありがとう」
僕が応えると、彼女はハンカチを傷口に当ててくれた。
その後はこんな展開になった。
ヴァンサンは無期限の謹慎になった上、ジュリアとの婚約も破棄された。
これはこれでアントワーヌはある意味、<悪役令嬢>だと言えた。
アントワーヌの悪い噂は、レジスのおかげで完全に消えた。
もちろん、ヴァンサンの悪事に手を貸した生徒たちも、反省文と共に謹慎処分を受けた。
僕は父に怒られた。
父は家のことを考えて、これから婚約者を考える予定だったのに、息子である僕が勝手に婚約者を探してきたので、当主として怒らなければならなかったのだと思う。
でも、その後は僕がアントワーヌを救った話を聞いたようで、彼女との婚約を前向きに考えてくれると話してくれた。
母は母で「あなたがそんなに情熱的だったとは」と興奮しており、若い頃を思い出したのか、その夜は父と数年振りの枕を共にしたようだ。
兄は兄で、いつものように僕の頭を撫でてくれた。
「よくやったぞ」と。
フェルディアは、僕に新しい技を教えるつもりでいる。
「今度はより集団戦に慣れた戦い方を覚えましょう」
僕がこの技を使うことになるのは、後のことになる。
今日も、僕はアントワーヌを屋敷まで送る。
彼女との登下校は慣れてきた。
「フェリックス様」
アントワーヌが僕に声をかけてきた。
「なんでしょう?」
僕は彼女に尋ねる。
「この前のお話ですが・・・」
アントワーヌが、しっかりと僕に向き合っている。
前はそんなことができなかったのに。
でも、今は彼女は強くなったのだろう。
「その前に、これを受け取って」
僕はアントワーヌに正方形の箱を渡す。
「これは?」
「見て」
アントワーヌは箱を開けると、そこにはハンカチが入っている。
「前に汚したから新しいものを買ったんだ」
「よろしいのですか?」
「うん」
僕が微笑むと、アントワーヌはハンカチの入った箱を抱き締める。
「私、初めてなんです」
「初めて?」
「はい、私、男の人からプレゼントをもらうのが初めてなんです」
「ちょっと恥ずかしいな・・・」
僕は照れてしまう。
「大切にします。だから・・・」
「うん?」
僕はアントワーヌの様子が変わったのに気付いた時、彼女は僕を真剣に見つめながら言った。
「誓いのキスして下さい」
その瞬間、僕はやってしまった。
僕はどうしてか、恥ずかしさのあまり、倒れてしまった。
この時のことを、アントワーヌはこう話してくれた。
「フェリックス様は、意外と臆病なんですね」と。
こうして、僕の異世界での転生生活は始まった。
今後はどうなるのか、それだけでも面白そうだ。