《短編版》断罪されそうになった侯爵令嬢、頭のおかしい友人のおかげで冤罪だと証明されるが二重の意味で周囲から同情される。
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王立学園の卒業パーティにて、侯爵令嬢エリスは婚約者である第二王子に婚約破棄を告げられた。
「エリス・クライス! 貴様との婚約は破棄だ!」
声高に叫ぶ第二王子の手には王から正式に承認された婚約破棄通知。
「存じております。既に父から伺っておりましたので。それでは失礼いたします」
エリスの紫の瞳に宿るのは呆れ。背を向けて立ち去ろうとした、が王子の側近が回り込みそれを阻止する。
「待て! 貴様は理由を知らねばならぬ。まあ、心当たりしかなかろうが」
嘲笑的な笑みを浮かべた第二王子に冷たい視線を投げるエリス。第二王子にぴったりと寄り添っていた子爵令嬢ルコットがわざとらしく怯える。
「殿下、私怖いですぅ」
「可哀想にルコット、こんなに怯えて」
第二王子がルコットを抱きしめエリスを睨む。
「貴様は私の愛しいルコットに数々の嫌がらせをしたそうだな! 己より低い身分の彼女を見下していたのだろう!」
「いいえ、それはありえません。私の友人には貴族の最下位である男爵令嬢もおりますので」
「ふん! それも、下級貴族とも親しくする自分がルコットに嫌がらせする訳がない、という演出だろうが! そうすれば己の下劣な行為を隠せるとでも思ったか! その友人とやらもお前の偽装の為に利用されて難儀なことだ!」
この発言にエリスは少し片眉を上げた。しかしそれだけだった。
その時、突然の断罪劇を遠巻きに見守っていた人だかりから、一人勢いよく飛び出してきた。それは、骨付き肉を片手に口をもぐもぐ動かす銀髪に緑の瞳を持つ少女だった。
突然の妙な闖入者に王子の取り巻きもどうしてよいものか迷っている。
少女は口の中の物を飲み込むと、大きな声で、
「エリスは私を利用してたのか!?」
と叫んだ。
「いいえ、違うわ、ニナ」
ニナと呼ばれた少女はまたもや叫ぶ。
「そこのルコットとかいう人苛めるの隠すために、そいつより身分の低い私を構ってた!?」
王子は先ほどエリスが言った男爵令嬢とはこの者かと合点した。
「そうだ! エリスはお前のことなど友人と思っていないだろうさ!」
「そんな……」
小刻みに震え始めるニナ。優しいエリスのことは信じたいが、婚約者に近づく女を排除したいという気持ちを持つのは人として当たり前に思われた。
「学校に一緒に行くのも、お昼を奢ってくれるのも、勉強を教えてくれるのも偽装の為?」
偉そうに頷く王子。
「嫌な授業頑張ったご褒美に手作りクッキーくれるのも」
嫌な授業は逃げ出すニナ。それでは当然単位が貰えず卒業できない。それを案じたエリスはニナにご褒美を用意した。ニナは偏食なので、果物やナッツ、ハーブなどが使用された手の込んだ菓子を嫌う。仕方が無いので素朴な手作りクッキーを与えると喜んだ。
「ダンスできない私が補習受けるだけで単位貰えるようにしてくれたのも」
ニナはダンスが致命的。教師に頼み込んで苦手な者は補習で単位を貰えるようにしたのはエリス。
「昼夜逆転を子守歌で寝かしつけて改善してくれたのも」
夜にテンションが上がり眠れず朝起きれないニナを毎晩寝かしつけているのはエリス。
「野生のミョーに突っ込んでもげた腕くっつけてくれたのも」
ミョーとはこの世界に存在する魔物。「みょー」と鳴き、ふわふわで見た目は愛くるしいが非常に獰猛。
そこが可愛いと奇声を上げて何度もミョーに突っ込んでぶっ飛ばされ、終いには腕が見事にもげたニナ。使用できる者が少ない高等回復魔法で必死にくっつけたのはエリス。
「ミョーの毛皮被ってはしゃいで没収されたけど取り返してくれたのも」
ニナがミョーの頭付き毛皮を被って徘徊していると生徒数人が本物のミョーと間違えてぶっ倒れた事件。こっぴどく叱られミョーの毛皮を没収されたニナだったが、またもや教師に頭を下げて取り戻してくれたのはエリス。
「イライラしてつい爆散させた校舎の修繕費いつも立て替えてくれたのも」
強力な破壊魔法の使い手であるニナ。ストレスが爆発すると破壊魔法を使ってしまう。
その度に巻き込まれた負傷者を癒して、修繕費も立て替えて出世払いにしてくれるのはエリス。
「というかエリス自身を巻き込んで殺しかけたけど許してくれたのも」
爆散に巻き込まれて死にそうになったエリスに泣いて謝ったニナ。微笑んで許したエリス。
「全部、私を利用する為だったなんて嘘だああああああ!」
膝をつき慟哭するニナ。その片手には未だしっかりと骨付き肉が握られている。
しかし、同学年の生徒たちは思っている。
『そんだけ迷惑かけといてそれはねーだろ』
王子と子爵令嬢は若干ニナに引いていたが、気を取り直し、
「はっ、これはお前が仕組んだ茶番か? 第一、校舎が爆散など聞いたことが無い。いくら学年によって敷地が分かれていても、そこまでの事件は伝わるはずだ! 嘘も大概にしろ!」
「そうよ! そんなのすぐわかる嘘!」
「いえ、そこのニナ嬢が校舎破壊の常習犯であることは同学年ならば知っていることです」
口を挟んだのは第四王子リーゲル。
「嘘に決まっている! 他の学年が知らぬわけが無い!」
「ニナ嬢の存在はなるべく他学年に知られぬように隠されていましたから、まあその最大の原因である兄上と側近の方々が卒業なさるので隠す必要がなくなったのですが」
第二王子は今回卒業する最高学年で、ルコットはエリスたちの一つ下の学年だった。
「何!? どういう事だ!」
「もう接点が無くなるので説明しても大丈夫ですね。ニナ嬢を第二王子派閥に引き込まれると厄介だったのですよ」
学園在学中に優秀な人物を引き込むのはギリギリ許容されているが、卒業し成人になった者が未来ある若者を青田買いするのは厳しく禁じられている。
「校舎を爆散……派閥…………そいつを辺境伯の所に送るつもりか!?」
優秀な破壊魔法を操る人物を辺境に派遣するのだと気づいた第二王子。
「そうです。辺境は魔族の国に隣接した諍いの絶えぬ地。ニナ嬢のような人物が一番輝ける場所ですね」
「待て、それなら私の元婚約者であるエリスがそいつの面倒を見ていたとはどういうことだ! エリスは、クライス侯爵家は、我が派閥だろう!」
「殿下ぁ、私お話についていけません……」
第二王子にしなだれかかり空気を読まずに甘えた声を出すルコット。
「ルコット、そうだな。お前が我が妃になった時には知っておかなければならないこと」
そう言って第二王子が、第一王子派閥は辺境伯とは持ちつ持たれつの関係を維持する方針、第二王子派閥は辺境を掌握し手中に収める為に辺境の武力を弱体化させたい方針であることを小声且つ早口で説明した。
「ええ、じゃあニナって娘送られると困るじゃないですかぁ!」
「そうだ、しかし私が王太子に選ばれればどうにでもなるさ」
「ならぁ、心配ないですね!」
「ああ、そうだとも!」
勝手にいちゃつき始めた二人に観客が白ける中、黙っていたエリスが発言する。
「それで、私はもう失礼してもよろしいでしょうか」
「待て! お前は婚約破棄の……ん?」
自分で言って置きながら、首を傾げる第二王子。第四王子が溜息を吐いて馬鹿な兄に説いてやる。
「兄上、そもそもエリス様はニナ嬢に掛かりきりでルコット嬢に構う暇が無いとわかったでしょう。エリス様の無実の証明など我が学年全員ができますとも」
同学年の生徒たちがうんうん頷く。
「いや、しかしルコットはエリスに苛められたと……」
「そうです! 私は嘘つきなんかじゃありません、殿下ぁ」
「では、侮辱罪ですね。侯爵令嬢を不当に貶めた罪は重いですよ」
にこやかに第四王子が告げればルコットの顔は青くなる。
二人の相手は第四王子に任せて、エリスはニナに近づく。
「ニナ、大丈夫?」
「……エリスはつまり……二人存在する!?」
何がどうなればそういう結論にたどり着くのか。しかしニナの突飛な言動には慣れているエリス。
「私は私一人よ。ルコット嬢の言っていることは嘘」
「エリスはあの王子派閥? なのに私の面倒みてるってどういうことってどういうこと?」
話がいきなり飛ぶのもよくあること。これも慣れていた。
「ニナは卒業したら魔法師団に入って辺境に行かなければいけないでしょう?」
「うん、それは小さい頃から耳にタコができるくらい言われてる」
「でも魔法師団は学園卒業資格が必要だから、貴女はなんとしても卒業しなければいけなかった。それも第二王子派閥に知られずに。でも貴方は大人しくできないでしょう?」
「昔よりは比較的大人しい」
胸を張っていうニナに苦笑する。校舎破壊魔が何を言うのかと。
「だから第一王子派閥はニナを隠すように手を回していたの、貴女と同学年になる子を持つ第二王子派閥の家や学園にそれ相応の見返りを用意して」
「第二王子派閥? なのに? 何で?」
「……貴族は色々あるのよ」
ニナは男爵家に養子に入った平民だ。未だに己が貴族という意識は無く、理解しようともしないので、色々と言って置けば納得する。
「色々かー」
「そう、色々」
「まだ下の学年いるから私、第二王子派閥? に連れてかれる?」
「第四王子殿下がいるから大丈夫よ」
「そうかー」
第一王子派である第四王子が最高学年になれば、そう簡単にニナに手出しはできない。
「あれ? そういえば、エリスが私に構う理由は無い? やっぱり利用……」
「利用はしてない。私はただ……貴方に興味があって」
最初は本当に珍しくて興味があるだけだった。でも遠目にみるだけ。
魔物の出る森での課外授業でミョーに突っ込んで怪我したニナを助けたエリスは彼女に顔を覚えられた。その時腕はもげなかったが、死にかけた。それで命の恩人であるエリスを見ると手を振って屈託ない笑顔をむけるようになったニナ。
それは、今まで誰にも向けられたことの無かった種類の笑み。
エリスの周りは自分を駒扱いする父、そりの合わない義理母と異母弟妹、頭が悪く冷たい婚約者、侯爵家令嬢という肩書に媚びを売る者。仲の良い使用人もいるが、それは雇用主の娘と使用人という一線が引かれた関係。
エリスがニナに惹かれるのに時間は掛からなかった。
「仲良くしたかっただけ」
「そうかー」
ニナが少し照れ臭そうに笑う。
「でもエリスには迷惑かけてばっかりで……」
自覚はあったらしい。
「私は何もしてあげてない」
「そんなこと無いわ、たった今救ってくれた。愚かな元婚約者に悪者にされそうになったけど、貴女がいたから冤罪だと周りにすぐ伝わったのよ」
「そうかー役に立ってたかー」
まあ、ニナがいなくても後日アリバイを証明してルコットを侮辱罪で訴えていたのだが。しかし、その場合は断罪の場で居心地の悪い思いをしていたのは確実。
今回、周りからの視線が婚約者を寝取られ断罪された令嬢をみるものでは無く、「変人の面倒をみていた苦労人」に対する同情的視線なのはかなり有難いことだった。
親切な令嬢が一人ぼっちの変人を気にかけ、世話をやいてあげていたら、放置された婚約者が勝手に浮気したのだ、と言い訳もできる。
「エリスあの王子と婚約者だったのかー」
「ええ、不本意ながら」
「じゃあ、次を探さなきゃ?」
「それは……必要ないのよ。今回のことで父からは卒業後に勘当といわれているから」
第二王子に婚約破棄を知らされた父親は婚約者をコントロールできないエリスが全面的に悪いと怒り狂ったが、卒業までは在学を許してくれた。おそらく無理矢理退学させた上で娘を捨てる父だと世間体が悪いからだろう。
「勘当ー。エリスどうするの?」
「それなんだけど、私も辺境に行こうかしら。高等回復魔法が使えれば重宝されるでしょうし」
「じゃあ……卒業後もエリスと一緒にいられる!?」
ニナの最近の悩みは卒業したら唯一の友人であるエリスと簡単に会えなくなることだった。
感動して涙を流し始めたニナを、握られた骨付き肉のソースが艶やかな金髪につくのも厭わず抱きしめるエリス。
二人の少女が抱き合う姿が何となく絵になっていたので数人が拍手を始める。それは周りに伝播し、会場全体に拍手が鳴り響く。
「何よ! 何なのよこれ!」
「五月蠅いぞ! 静かにしろ!」
ルコットと第二王子の怒声は拍手にかき消された。
第四王子はやれやれと肩を竦めて小さく呟く。
「エリス様が辺境に、か……私に止めることはできないでしょうね」
抱き合う二人を引き裂くのは無粋に思われた。
□
一年後、無事卒業したニナとエリスは辺境に居た。
ニナは魔法師団所属の軍人として辺境に配属。
エリスは辺境伯の軍に治癒魔術師として採用された。
何故か、第四王子リーゲルも辺境の現状を記録して中央に報告する官吏として赴任してきた。
「リーゲル何でここに居る?」
「こら、ニナ。殿下と呼びなさい」
「いいのですよ、エリス様。私はもう王位継承権を放棄し、第一王子に仕える只の臣下ですから」
在学中、エリスとニナが二人でいるとちょくちょくリーゲルが加わっていた。明らかにエリスに秋波を送っていた為、恋愛感情に疎いニナでもこいつは要警戒だと認識していた。
「そういえば、最近中央の方はどうなっていますか? 王太子は第一王子に決まりそうだとか」
第二王子が堂々と愛しいと呼んだルコットが侮辱罪で有罪になったことで、虚言を信じた第二王子は無能だと証明されたも同然。いくら第二王子を傀儡にして甘い汁を吸おうとした派閥の者が優秀でも挽回するのは困難。
「そうですね。ほぼ決まりでしょう」
「アホの王子が王太子にならなくて良かった」
「こら、ニナ。思っていても口には出してはいけません」
へへへ……と反省していないニナを見詰めるエリスの眼差しは優しい。そんな二人を一瞬羨ましそうにするが、すぐにいつもの微笑みに戻るリーゲル。
談笑する三人の前にある人物が通りがかる。
「あ、辺境伯ー。おっすおっす」
「こら、ニナ。その挨拶はやめなさい。すみません、辺境伯様」
辺境伯と呼ばれた艶やかな黒髪で凛々しい顔つきの男は無表情だが、穏やかな口調で、
「構わない。それより、エリス。例の返事はまだか」
「ええと、その……」
言葉に詰まり、苦笑するエリス。
リーゲルがニナを捕まえて小声で問い詰める。
「例の返事とは何ですか」
「何かー休みの日に馬で遠乗りしようってー。でもエリスは私と辺境の街ぶらつきたいから断りたいってー」
小声で聞いた意味なく、普通の声量で答えたニナの口をリーゲルが抑える。
「遠乗りよりも、散策の方が良かったか」
「ええ、まあ」
「ならば私が案内しよう。もちろんニナも付いてきて構わない」
非常に断り難くなったエリスにリーゲルが助け舟を出す。
「すみません、辺境伯。エリスとニナは辺境に来たばかりの私を案内してくれると話していた所でした」
「…………ならばお前には部下に案内させよう」
「いえ、不要です。同窓生である二人と積もる話もありますので」
「……お前も散策に付いてくれば良い」
「いえ、辺境伯がいてはできない話もありますので。三人で過ごしたいのです」
無表情で冷めた視線の辺境伯、にこにこだが眼が笑っていないリーゲル。バチバチと音が聞こえそうなほど睨み合う二人。
「お前らいらないんだって、空気読めよ」
ニナの一言に全員停止する。
「友達二人で気楽に遊びたいんだってば、わかれよ」
「こら、ニナ。言葉遣いに気をつけなさい」
「こいつらはっきり言わないとわからないし」
エリスは否定せずに困った顔した後、
「ええと、ではそういうことで。失礼します」
ニナの手を引いて歩き出す。
しばらく歩いて、ニナの方を向く。
「助かったわ。辺境に来てから貴方に助けられてばかりね」
「お役に立ててなによりー」
どうも辺境伯に気に入られたらしいエリスは戸惑っていた。自分より一回り年上で、落ち着きがある男性に好意を向けられるのは嫌ではない。
だがどうしても自分は不釣り合いだと思ってしまうエリスだった。
「エリス、リーゲルと辺境伯だったらどっちがいい?」
「え? 何で殿下が出てくるの?」
心底不思議な表情を浮かべるエリスにニナは珍しく口籠る。ニナでも分かったというのに、エリスは気付いていない、リーゲルの気持ちに。
辺境伯のようにわかりやすく好意を示さなければ鈍いエリスには伝わらないのだ。一応第二王子と結婚すれば義理の弟だったので、全く異性として認識していないせいもあるが。
「がんばれりーげるくん……」
ニナはボソッと呟いて、同窓生の健闘を祈った。
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