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うねび倉庫  作者: 采火
27/29

「この戦争から帰ったら結婚するんだ」と言っていた幼なじみ騎士が記憶を失くして帰ってきた。

■テーマ

幼なじみ両片思い、すれ違いからの再会ハッピーエンドの王道で!


■登場人物

ニケ・カルヴェ

赤髪エメラルド瞳


エタン・バード

銀髪アメジスト瞳


アンネ

金髪サファイア瞳



■ストーリー


「僕、この戦争から帰ったら結婚するんだ」


私からちょっとだけ視線をはずしながら、彼がそう言ったのを覚えている。


国境騎士団に勤めている彼は私の幼なじみで好きな人。彼に好きな人がいることも、彼が戦争に行ってしまうのも悲しかった。


でも私は前線に行く彼の気がかりにはなりたくなかったから、「それなら生きて帰ってこなきゃね」と笑って送り出した。


そんな幼なじみが、終戦を迎えて今日、帰ってきた。


私だけの記憶をぽっかりとなくして。




◇   ◇   ◇




「君、可愛いね? 僕と結婚する?」

「……は?」


玄関先でおかえりを言うよりも早く、私を出迎えたエタン・バードから求婚されてしまった。

戦争に行っていたエタンが帰ってきたって聞いて、私と一緒に隣家のバード家に押しかけた両親も面食らう。

私だって一瞬ポカンとしたし、そのあと顔が赤くなっちゃったけど、すぐにスンッと真顔に戻った。


「フェリママ? エタンどうしたの? 頭打ったの?」

「ニケちゃん〜。ノエラとアルマンさんもいらっしゃい〜」


エタンの背中越し、廊下の向こうにいたフェリママもびっくりしたようで固まっていたけれど、私が声をかけたらすぐにハッとして玄関にまで来てくれた。


エタンのお父さんはエタンが生まれてすぐに亡くなった。女手ひとつでエタンを育てようとしたフェリシアママを、同じ頃に私が生まれて、しかも家が隣同士だったうちの両親が色々とお節介を焼いたそう。


家ぐるみの付き合いだった私とエタンは、それこそ兄妹のように育ったわけで。


「エタン? なんの冗談?」

「あ、僕のこと知ってるの?」

「はぁ?」


本日二回目のはぁ? はちょっと力がこもってしまった。






「つまり、エタンは記憶喪失なの?」

「一部だけね。母さんのことも覚えてるし、ノエラさんとアルマンさんのことも覚えてるよ」

「じゃあなんで私だけ」

「ニケちゃんだけじゃないよ? 同じ部隊のやつら曰く、僕の婚約者のことも忘れてるっぽい」

「はぁ!? あんた、そんな大事な人まで忘れちゃったの!?」

とはいえ、私もエタンの婚約者は知らない。

「帰ってきたら結婚するんだって言ってたじゃない」

「わぁ、熱烈」

「他人事じゃないわよ! どうするの、戦争が終わって、あんたのことを待ってる人がいるのよ……!?」

つきんと胸が痛む。エタンとけっこんするのは私じゃない。

「とにかく、エタンの婚約者を探さなきゃ。手がかりはないの?」

「え? ニケちゃんは僕の婚約者を知らないの?」

「知らないわよ。あと、そのニケちゃんって呼ぶのやめて」

子供の頃みたいな気持ちになる。くすぐったい。でもこんな甘い気持ちを持っていいのは、エタンの婚約者さんだけだ。

「婚約者の手がかり……フェリママに聞いてみた?」

「聞いてみたけど、教えてくれなかったんだよね」

「えっ、なんで?」

「今知っても、あなたにとって他人でしょうって言われてしまった」

他人という表現が胸に刺さる。エタンに知らない人のようにされたのはキツかった。それを婚約者さんに強いるのもちょっとどうかと思う。

「じゃあ他に……同じ部隊の人は?」

「むしろ根掘り葉掘り聞かれたよ。結婚するから死ねないって言ってたらしいけど、でもその相手の名前は出なかったって」

「そうよね……私だってエタンの好きな人の名前知らなかったし……」

むぅ。エタンに大切にされているらしい婚約者さんに嫉妬しちゃう。

「あ、でもこれ。これは婚約者からもらったって」

「なにこれ? リボン?」

「見覚えある?」

見覚えのあるような、ないような。

「分からないわ」

「残念。これ、僕のお守りだったんだってさ」

なんだか優しい表情。痛む胸に蓋をする。

私は幼馴染。笑って結婚をお祝いするって決めたでしょう!

「エタン、がんばって探しましょう。婚約者さんもきっと、あなたが帰ってくるのを待ってるわ。教えてあげなきゃ」

「うん、そうだね。ニケちゃん、ありがとう」

「だからちゃん付けはやめて。恥ずかしいの」

エタンが声をあげて笑った。






エタンの婚約者探しは難航した。

「フェリママは知ってそうなのに教えてくれない〜! うちのパパとママも微妙な反応だから、たぶん知らないわ……」

「僕も思い出せる場所、いっぱい行ってみたんだけどなぁ。全然、思い出せないよ」

「ちなみに私のことは?」

「ぜーんぜん。今日も可愛いね、ニケちゃん!」

「恥ずかしいからやめて」

エタンの可愛い攻撃に深くにも頬が熱くなってしまう。これは社交辞令、これは社交辞令……!

「他に覚えていないことはないの?」

「ニケちゃんはなくした小物がある場所分かる人?」

「聞いた私が悪かったわ」

覚えていないことは覚えていない。それ以上はなし。

「そういえばエタン、休みはいつまで?」

「病気療養扱いだから、まだしばらくは休みだよ。でも記憶だけだから、ひと月くらいで復帰の予定」

「……また遠いところに行くの?」

「しばらくはここにいるよ。戦時のような遠征はないだろうけど、国境には戻ることになると思う。でも定期的に帰って来るから」

精悍な青年の顔。自分の知ってる少年じゃないんだ。

「婚約者さん、見つかると良いね」

「そうだね」

とはいえあてはなく。

「あ、もうこんな時間」

「なにか用事?」

「なに言ってるの……、って、そっか。覚えてないんだっけ。仕事だよ。パン屋さんで働いているの」

「パン! ちょうどお腹空いたし、送るよ」

「私よりもパンが目的でしょう」

「……ばれた?」

「ばればれでしょうが」

呆れちゃう。

「エタンはなんのパンが好きか当ててあげようか」

「あ、なんだか知り合いっぽい。ぜひ」

「知り合いどころか幼馴染なんだけど」

ちょっと拗ねる。

「エタンの好きなパンは、バケットにガーリックバターを染み込ませたやつ。アンチョビと食べるのが好き」

「正解! めっちゃ好き」

「相変わらず酒飲みみたいなものが好きなんだ。お酒飲めないくせにね」

「同僚にも言われたな、それ。そっか、ニケちゃんも知ってるのか」

「だからちゃん付けやめてってば」

「あ、でも。あれも好き。白パンの中に、クリームいれたやつ。おいしいよね」

あ、と思った。

これは私の知ってるエタンだ。

「……どうして好きなの?」

「ん〜? だって、それを半分こにして食べると喜ぶ子がいるんだよね」

心臓がどきどきと大きく鳴る。つい、前のめりに聞いてしまう。

「喜ぶのは、誰?」

「そりゃもちろん――あ、れ?」

エタンの目が瞬く。

それからくしゃりと泣きそうな顔になって。

「……誰、だろう。そう、誰かが喜ぶんだ。誰か……ニケちゃんは、知ってる?」

私も泣きたくなってしまう。

「白パンを半分こにして食べてたのは、私。クリーム入りの白パンは、私の大好物なの」

「そ、か……」

「思い出は、残ってるんだね。私のこと、ちょっとずつ思い出してくれると嬉しい。私はいつもここにいるからさ。……それよりエタンの婚約者さんだよ! ずっと待ってるんだから探してあげないと!」

「う、うん」

「うちのパン屋で腹ごなししたら、また手がかり探しに行きなよ? そうだ、行きつけだったお店に行ってみたら? 誰か一人くらい、知っているかもよ?」

「そうだね。もう一度探しに行ってこようかなぁ」

誰も知らない、エタンの婚約者。

その婚約者のことよりも、私に繋がる思い出を覚えてくれていたことが嬉しかった。






エタンの婚約者がまだ見つからない。

「もうひと月経っちゃうけど、いいの?」

「うーん、相手の人も名乗りあげてこないしなぁ」

「そんなお気楽な。エタンの悪いところだよ、それ」

「そんなこと言われても」

パン屋でたむろするエタン。パン屋の主人から色々とおまけをもらってほうばっている。

「町中、エタンの婚約者探しで噂しているよ」

「それね。小さな町だから、広まるのって早い早い」

「なのにエタンの婚約者が見つからないんだけど。ねぇ、本当に婚約者なんていたの?」

「ちょっと僕も疑ってたり。これだけ探しても見つからないから、僕ってば虚言癖があったのかなって思えてくる」

「それはそれで嫌なオチね……」

「ま、会ってみたら、ニケみたいにちょっとずつ思い出すかもしれないし! 向こうも名乗り出ないなら、もしかしたら忘れているのかもしれないしね」

「結婚だよ? 人生をかけた結婚だよ? そんな忘れるかなぁ」

「忘れていたら、忘れていたでいいよ。そうしたら僕、ニケちゃんと結婚しよ〜」

「ちょ、また馬鹿なこと言って……!」

最近、エタンからの可愛いアピールがすごい……! 私じゃなくて婚約者を口説いてあげてよ、もう!

「あの、すみません……」

「あ、はーい!」

「こちらにエタン様はいらっしゃいますか……?」

「はいはーい、いますよ」

知らない女の人。誰?

「おひさしぶりです、エタン様」

「は、はい?」

「戦地より帰られたと聞いて、本当はすぐに参りたかったのですが……わたくし、父について王都へ買い付けに行っておりましたの。お会いするのが遅くなって、申し訳ありませんわ」

「ええと、君は……?」

「まぁ、わたくしをお忘れなんてひどいですわ。アンネでございます。エタン様は婚約者のお顔をお忘れで?」

「え……?」

「婚約者、本当にいたの……?」

お店の中がざわついた。






エタンの婚約者が本当にいたことはびっくりしたけれど、とはいえエタンの記憶がすぐに戻るわけもなく。

エタンは婚約者と一緒に、思い出を探しに行くことが増えた。

「エタンが鼻の下を伸ばしてる」

「そうねぇ。あのドラ息子、いつの間にあんな阿婆擦れをひっかけてきたのやら……」

「フェリママ?」

「うふふ。記憶が戻った時が楽しみね、ニケちゃん」

「は、はい」

フェリママはなんだか楽しそうだけど、私にとっては胸が痛い。エタンの隣はずっと私だと思っていた気持ちが主張してきて、胸に秘めていた思いまでいつか口走ってしまいそう。

「あら、ニケちゃん。このマドレーヌ、また一段と腕を上げたわね。綺麗に焼けてるし、おいしいわ」

「ほんとう? でもまだお店に並べさせてもらえないの」

「あのパン屋の主人、職人気質だものね。味は間違いなく、この町で一番美味しいけれど。ニケちゃんがうちに来たら、毎日安泰ねぇ」

「なぁに、私にエタンの妹になれって?」

「うふふ。ノエラに聞いてみようかしら」

「むしろフェリママが私のお姉ちゃんになるのが早いかも?」

「それもいいかもしれないわね。でもそれだとニケちゃんはエタンのおばさんになっちゃうけど」

「うっ、それは嫌かも」






ちょこちょこと町でエタンと、その婚約者さんを見かける。

「本当に結婚しちゃうのかな。なんか似合わない」

パン屋のごみ捨て中。

「ちょっと貴女、よろしいかしら」

「はい?」

婚約者のひと。

「貴女、エタン様の幼なじみの方ですってね」

「そうですけど」

「身を、引いてくださらない?」

「はい?」

「エタン様に我が屋敷に来るようにお願いしているのですけれど……なかなか頷いてくださらなくて。ほら、エタン様ったら、先の戦の英雄でしょう? 悪い虫がついてしまったらと思うと、わたくし、夜も眠れませんの」

「英雄……? 人違いじゃありませんか?」

「まぁ、無礼な方ね。エタン・バード様といったら、ガイア峠の立役者ではありませんか」

エタンは戦争のこと、ちっとも教えてくれない。

「エタンが貴女のお屋敷に行くかどうかは、エタンが決めることです。私には関係ありません」

「そう……そうですわよね。たかがパン屋の娘ですもの。それが懸命ですわ。そのお言葉、違えることないように」

もやもやしたまま仕事を終えて、家に帰る。お隣がちょっと人だかりができてて騒がしい。家に入るとエタンがいた。リビングのソファーを我が物顔で占領してる。

「ちょっとエタン、なんでいるの」

「あ、おかえりー、ニケちゃん」

「ちゃん付けはやめてってば。で、なんでいるの」

「ごめんねー、ニケちゃん。ちょっと今、物々しくて」

「あれ? フェリママもいる」

「お隣、今ちょっと厄介なことになってるみたいで、一時的にこっちに来てもらってるのよ」

「どういうこと?」

「なんか僕、有名人」

「どういうこと??」

「うちの家今、僕の自称婚約者だらけ」

どうやら王都にも詳しく今回の戦争の話が伝わり、療養中のエタンへ押しかけにくる人がいるらしい。

「もてもてね」

「嬉しくないよ〜。疲れるし、気軽に町にいけなくなるし。母さんにも迷惑かけちゃったし……ねぇ、母さん、そろそろ僕の婚約者誰か教えてよ」

「まぁ、少なくともあんたが振り回されているあの子ではないわね」

「えっ」

「やっぱり? 思い出話、全然出てこないんだよね」

「フェリス、エタン、今日泊まっていくでしょう?」

「そうね、そうするわ」

「ニケ、お風呂沸かしてあげて」

「なんで私が……」

婚約者があの高飛車な人じゃなくてほっとした。






「ニーケちゃん、パンください」

「また来たのね、暇人」

「ニケちゃんつれないな〜。ねぇ、デートして?」

「仕事中に冗談はよしてよ」

自称婚約者がやってくる

「貴女、先日の言葉をお忘れなのかしら?」

「先日の……?」

「ニケちゃん、知り合い?」

「私じゃなくてあんたの知り合いでしょうが」

「ちょっと貴女っ! エタン様に馴れ馴れしいわよ!」

「ですって。営業妨害なのでパンを買った人は出てってくださーい」

「えー」

「エタン様! こんな貧相なパンなんかより、私の屋敷のシェフに焼かせたほうが何倍も美味しくてよ!」

「ですってエタン。良かったわね、美味しいものが食べられて」

「えー、僕、ニケちゃんの手作りが食べたいなぁ」

「エタン様!」

パンに袖がぶつかって落ちそうなのをエタンがキャッチ。

「あ、触っちゃった。ニケちゃん、これ買うね」

「……まいどー」

令嬢がギリギリしてる。めっちゃ睨まれてるなぁ。






仕事が終わった帰り道のこと。

「ニケ・カルヴェ。来ていただけるかしら?」

「え。私何も用はないんですが……」

「だまらっしゃい! 貴女がいますとエタン様とわたくしの婚約の妨げになりますのよ。しばらく貴女には大人しくしてもらいたいだけ」

「いや、大人しくって……私は普通に生活しているだけで」

「わたくしに口答えするなんて! 躾がなっていないわね。やっておしまい!」

「わぁっ!?」

令嬢の護衛みたいな人たちに担がれる。

「ちょっ、何するの!?」

「言ったでしょう。大人しくしてもらうって」

どこかに連れて行かれそう!

「胸騒ぎがしたから来てみれば……何をしているんだい?」

「っ、エタン様……!?」

「その子をどうするつもりなの?」

「ほほ……我が家に招待するだけですわ。エタン様もぜひご一緒に」

「嫌がってるみたいだけど?」

「……」

「嫌がってるよね?」

「っ、この子は所詮、平民ですわ! エタン様が目をかける必要などございませんのよ!」

「僕も平民だけど?」

「いいえ、エタン様はこの国の英雄です! エタン様にはこの国の繁栄のためにも、わたくしと婚約するのですわ!」

「うーん、だからといって、嫌がる子を無理やり連れて行くのとは話が違うよね? これ誘拐だよ? 誘拐犯をお嫁さんにするのはちょっとなぁ。まぁ、君は僕の婚約者じゃないらしいし、関係ないけど」

「なんですってぇ……!」

「自分の婚約者は自分で決めるから、もう関わらないでくれる?」

激昂令嬢。エタン、言い方が悪いよ……!

「貴方たち、それを捨て置きなさい。帰りますわよ」

「はい」

「……帰っちゃった」

「ニケちゃん、大丈夫?」

「う、うん。なんとか。ありがとう、エタン」

「これくらいなんてことないよ。それにしてもあの子、めんどくさいね」

「めんどくさいって……一応、エタンの婚約者候補だったじゃん」

「んー。いやでもさ、最初からなんとなく違う気はしてたんだよ。あんな子、一緒にいたら疲れそうだもん。結婚なんか無理だろ」

「違いない。でもこれでエタンの婚約者探しも振り出しかぁ」

「別に僕はもう良いかなって思ってるけど。名乗りに出てこない時点で、愛想がつかされてるのかも……」

「弱気になるなって。英雄になったんでしょ? 堂々としなよ。失恋してる英雄様とか、カッコ悪い」

「やめて〜。僕は別に英雄なんかじゃないから!」






昨日の今日でまさか。

「朝一で、誘拐ですかそうですか……」

あのご令嬢、破落戸を雇ったみたい。

「あの、仕事があるので帰してほしいんですが」

「そうはいかねぇんだよなぁ。俺らの雇い主が、あんたをえらく恨んでるみたいでな。ちょーっと痛い目にあってもらいたいんだとよ」

「痛い目って……例えば?」

「さぁて。好きなようにしていいと言われてるからなぁ」

「きゃあっ」

「おっ、可愛い声で泣けるじゃん。おら、そっち抑えろ」

「ちょっ、やだっ、やめてっ!」

「大丈夫だ。お嫁に行けなくなることするだけだぜ。別にいいだろ? 本当に貰い手がなくなったら俺が嫁にしてやるからさぁ」

「い、いやぁっ、エタン――」

「ざっけんなコラ。その子は僕がお嫁さんにするんですけど」

「なんだお前!」

「エタン……っ」

「ニケ、ごめん。遅くなった。ちょーっと暴れるから、怖かったら目を閉じててくれるかい?」

「う、うん!」

「さーて。僕さ、今すごく虫の居所が悪いの。記憶が飛んでた自分の馬鹿さ加減とかさ、ニケにこんな怖い思いさせたこととかさ。ちょっとばかし憂晴らしも兼ねるから、痛かったらごめんよ」

「ごちゃごちゃ言ってんな! 野郎ども、やれ!」

「オッケー、全員ぶっ飛ばす!」

す、すごい、エタンかっこいい……!

「くそ……っ、お前、なんでそこまでするんだよぉっ! 聞いてるぞ、この女は別にお前と関係ねぇんだろうがよぉっ!」

「全然、関係あるし。君の後ろにいる依頼主も騎士団通してみっちり絞るから、覚悟しなよ。僕のお嫁さんに手ぇ出したことに後悔しな」

「え……? お嫁さん?」

「ニケ、大丈夫?」

「う、うん」

「は〜。パン屋行ったらニケがまだ来てないって言うからさー、めちゃくちゃ焦ったよ。馬鹿ニケ。心配させないで」

「う、ん……あの、エタン?」

「なんだい?」

「雰囲気がいつもと違うような……ううん、昔に戻ったっていうか……あの、それよりお嫁さんって……?」

「あーあー、もう、かっこ悪い。かっこ悪過ぎるよ僕。あんなにかっこよくニケに『戦争が終わったら結婚するんだ』とか言って、こんなことになるんだからさ」

「エタン……! 記憶が戻ったのね!」

「そういうこと」

パン屋で私を探しに行こうと飛び出そうとした瞬間、入ってきたお客さんが押した扉に頭を強く打った衝撃で記憶を取り戻したらしい。

「それでさ、ニケ」

「うん、うん、なに?」

エタンが私のことを思い出してくれて嬉しい。

「僕、結婚したい人がいるんだけど」

「う、ん……」

嬉しいのに気分が一瞬で落ちちゃった。でも祝福してあげないと……!

「ニケ・カルヴェ嬢。ずっと昔から、君のことが好きだった。僕のお嫁さんになってくれませんか」

「え……?」

私……?

「……エタン、からかってるの?」

「一世一代の告白を疑われるか。もっとおしゃれなシチュエーションが良かった? ちょっとこれかっこ悪すぎるから、もう一回記憶なくしてこようかな」

「ち、ちがう! 違う違う! あの、ちょっとびっくりしただけで……! だってエタン、今までそんなこと一言も……!」

「だってさ、告白して付き合って、ニケと家を持ってさ。僕、騎士だから。もし死んじゃったら、ニケが一人になっちまうだろ? そんな淋しい思い、ニケにはさせたくなかったから」

「エタン……」

「でも、もういいだろ? 戦争は終わって、国境もしばらくは安泰だ。退役許可は降りてないけど、戦争がなければニケとずっと一緒にいられる。君に淋しい思いをさせなくて済む」

「いっぱい考えてくれてたんだね」

「戦場でニケのこと考えすぎて記憶を失くしちゃったのは誤算だったけどね」

「エタンの馬鹿」

「うん、そうだよ。そんな馬鹿な僕だけど、結婚してくれますか?」

「喜んで!」






私は国境近く、とある町のパン屋で働くしがない女の子です。

「ニケ、お疲れ様」

「エタン! もうそんな時間?」

「うん。さぁ、帰ろっか」

今日から私が帰る家は、エタンのいる場所です。



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