ナマコのキュビエ器官とは!?
そんなナマコを見て、手下は重々しく口を開いた。
『姐さん、このナマコのキュビエ器官を見れないか聞いてください。』
「さんださぁん。こいつがキュビエ器官を見たいって言ってるんですぅ。どうでしょうかぁ?」
「いいですよ。それならこっちの水槽に移しましょう。分かりやすいと思いますので。」
そう言って三田は手掴みでクイーンアレクサドリルナマコを汚れた水槽へと移した。それからナマコの後部をちょんちょんと突いた。
すると、見る見る金色の糸が放出された。通常キュビエ器官とは外敵に対する反撃、または防御として放出されるものだ。
「さあ、ここからですよ。よくご覧ください。」
三田の言葉から一分後、薄汚れた水槽がたちまちきれいになってしまった。水が浄化されてしまったのだ。
「このように解毒だけでなく浄化作用もあるんです。本来なら明日の幹部会『ナマウニクルセイダーズ』の会場で発表する予定だったんですよ?」
「おおー! これはすごいですねぇ! 海がきれいになりますかねぇ!」
手下はじっと水槽を見つめたまま動かない。それからナマコだけでなくウニの見学もした。最後にウニの踊り食いをして二人はホテルへと送られた。結局手下はそれから口を開かなかった。
翌日の昼前。首や手首に包帯を巻いた手下と元気が余ってそうな姐がホテルのロビーにいた。三田を待っているのだ。
これから『ナマコとウニを愛でる会』の幹部会『ナマウニクルセイダーズ』が集まる会場へと移動する。姐はオフ会が大好きなので今からウキウキだ。
会場はとあるカラオケのVIPルーム。ヤポンを陰から操るとも噂されるナマウニ会にしては質素な場所であった。
中にいたのは七人。いずれ名の通ったナマウニ会の幹部である。全員が眼鏡をかけており、知的なオーラが隠しきれない。
「やあ、遠いところをようこそ。お久しぶりですねアネッサさん。そして初めましてテシッタールさん。」
全国八万のナマウニ会員の頂点に君臨する会長『只野 仁』だ。
「会長お久しぶりですぅ。お会いしたかったですぅ。」
姐は会長に抱きつき、両頬にチュッチュとしている。
「テシッタールデス、ドゾヨロシク。」
手下は普通に握手をした。
それから幹部会という名のオフ会は始まった。議題は『クイーンアレクサドリルナマコのキュビエ器官について』
「やはり餌のデトリタスが……」
「そうなると熱帯性ナマコの多くが……」
「しかしヤポンのナマコはほぼ……」
「再生までに要する時間も……」
手下は姐に翻訳されながら話を聞いている。
「そもそもキュビエ器官としては……」
「口派と肛門派が……」
「その点クイーンの解毒作用は……」
「もっと有効な手立てが……」
「アノー、チョットイイデスカ?」
ついに手下が口を開いた。
「おお! テシッタールさん! 何かご意見が!? さあどうぞどうぞ!」
会長は嬉しそうだ。
『姐さん、通訳お願いします。』
手下は姐の耳元に囁いている。姐の頬に赤みがさす。
「えー、テシッタールが言うにはクイーンの解毒作用でナタデ・ドコ常用者を救えないかと。クイーンアレクサドリルナマコの奇跡の力で秘薬の禁断症状に苦しむ方々を何とかできないかと言ってますぅ。」
静まり返る一堂。
我に帰ったかのように口を開いたのは会長だった。
「なるほど……試してみる価値はある……さすがはアネッサさんのご友人だ。三田さん、すぐに国立棘皮動物研究所に連絡を! 伊賀野さんは警 視 庁で押収したナタデ・ドコを貰ってきてください! 残る皆さんは私と一緒にゴクドーの事務所に殴り込みです。狙いは顧客リストです。最低でも常用者を三十人は集めますよ。人体実験には犠牲が付き物ですからね。いいですね?」
「ええ!」
「はい!」
「おう!」
「うっす!」
「へけっ!」
「にゃっぽ!?」
ナマウニ会がヤポンを陰から操っていると言うのもあながち嘘ではないようだ。
そしてわずか三時間後。全ての準備が整った。場所は山奥、只野会長の別邸に全員が集まっている。
「会長、こちらクイーンアレクサドリルナマコのキュビエ器官を乾燥させて煎じたものです。それから生きたままでもう二十匹ほど。」
「会長、警視庁が押収した乾燥ナタデ・ドコを二十キログラムです。」
「三田さん、伊賀野さん。ご苦労でした。こちらは見ての通りです。ナタ中を三十人ほど集めて参りました。では、実験開始といきましょうか。くれぐれも彼らに素手で触らないようご注意くださいね。」
それから半日に及ぶ人体実験が始まった。経口摂取、静脈注射、皮膚塗布。量を変え、濃度を変え、時には他の薬や漢方を混ぜたり。
その結果……
「あれ? ここはどこっすか?」
一人の若者が正気に戻った。