タピオカの脅威が去ってから……
それは正式名称を『Trace-Asteroidonic-Panicable-Insanity-Orgynal-Kinky-Anabolicks』と名付けられた。
一度でも服用してしてしまったが最後。もうそれなしでは生きていられない体になってしまう。そのため後の人生を売人の言うがままの値段で買い続けるために過ごすことになる。最悪の常用性を持った薬物のことだ。
通称……タピオカ……と呼ばれて、いた。
東南アジア、とある悪徳の街ミソッパではこの弾力を持つ秘薬『タピオカ』が社会問題になっていた……こともあった。
しかし、それも今は昔。
市場からタピオカが駆逐され、老舗マフィア『ガイヤーン』が昔から取り扱っている秘薬『プロテイヌ』、『カフェイヌ』が勢力を盛り返したこともあった。
だが……人の悪意は止まらない。利益率の良さが並ではない薬物売買は誰もが手を出したがる旨味の大きい商売である。
『それ』が生まれたのは東南アジアの悪徳の街『ミソッパ』ではない。
黄金の国とも呼ばれる極東の国『ヤポン』であった。
『それ』は正式名称を『菜蓼-ドコサヘキサキシリボ核酸化合物P-4』、通称『ナタデ・ドコ』と呼ばれている。
タデ科の植物の一種『菜蓼』から抽出、精製された成分『ドコサヘキサキシリボ核酸化合物P-4』は有史以来最悪の秘薬と呼ばれた。
多幸感、常用性が高いことは言うまでもないのだが、この秘薬の恐ろしさはそんなものではない。
『ナタデ・ドコ』を使用中に誰かと接触した場合、その相手も快楽を味わうことができるのだ。それは何も粘膜接触に限った話ではない。極端な話、ナタデ・ドコをキメたジャンキーが満員電車に乗ろうものなら……一両まるごとナイストリップしてしまう可能性すらあるのだ。救い、というほどではないが最初の人間がこの秘薬をキメた瞬間からカウントして一時間もすれば感染力はなくなり、二時間もすれば本人は気持ちが沈んでしまうことぐらいだろうか。
だが、人口過密のヤポンで流通したことで……一気に世界に広まってしまった。ヤポンの都心部では人口の二割がナタ中(ナタデ・ドコ中毒)となってしまった。さぞかし製造元は笑いが止まらないことだろう。
そんな中、東南アジアの悪徳の街『ミソッパ』では……
「どねぇなっちょるんかあ! ナタっちゃあなんかいやぁ!」
「ボス、ナタデ・ドコです。歴代最高の多幸感と常用性はあのタピオカをも上回る最悪の秘薬です。あんなのを売り出されてしまったら、うちの商品が売れないのも当然です。」
「そんなこたぁ分かっちょるんじゃあ! じゃけぇどねぇするほかっち聞いちゃるんじゃいや! ワシらぁこのままじゃあジリ貧でぇ!?」
「正直お手上げです。今回は製造がヤポンの農家です。世界一の品質を誇るヤポン農家です。彼らは一切の妥協をしないことでも有名ですからナタデ・ドコの品質が落ちることはないでしょう。そして需要の拡大にも完全に対応してみせるでしょう。打つ手なしです。」
「くそったれがぁ! そねぇにヤポンの農家ぁすげえんかよ! どうにかそいつらを利用できんのか、あぁ!?」
「うちの新商品を開発させてみますか? ですがナタデ・ドコはかなりよくできてますよ? とてもあれを上回る秘薬なんてそうそう開発できるもんじゃないですよ? 第一その資金はどうするんですか? せっかく一時期持ち直したのに、姐さんがパーっと使っちゃったじゃないですか。」
はぁ……とため息をつく部下。カフェイヌやプロテイヌの売上が回復し、一時は人数も増えたが……ここ最近の売上低迷でたちまち逃げてしまった。これでもミソッパで一番の歴史を誇る老舗マフィアのはずなのだが……
「呼んだぁー? 何かアタシの話をしてたんでしょお? あ、アンタぁー? アタシまたヤポンに行ってくるからねぇー。」
「あぁ!? ヤポンじゃあ!? 何しに行くんかぁ!?」
「オフ会よオフ会。『ナマコとウニを愛でる会』の幹部会『ナマウニクルセイダーズ』の集まりがあるんよぉ?」
さすがの部下も八方塞がりなのだろう。姐の行動に何ら光明を見出すことはできなかった。
「あの、姐さん……その集まりってどんな趣旨なんですか……?」
「別に? 各界の重鎮が集まって酒を飲みながらワイワイ騒ぐだけのことよぉ? ナマコのキュビエ器官を干して煎じたものに解毒効果があるとか何とかってねぇ。」
「解毒……キュビエ器官……」
考え込む手下。
「姐さん、私も行きます。連れてってください。」
「いいよぉー?」
「なんじゃあ? そんならワシも行くでぇ!?」
「ボスはだめですよ。パスポートないじゃないですか。密入国する金もないし。とりあえず吉報を待っておいてください。あぁ、街にナタ中がいても襲ったらだめですよ。ボスまでナタ中になったら最悪ですから。」
「ちっ、しゃあねぇのぉ!」
こうして姐と手下はヤポンへと旅立っていった。姐はファーストクラス、手下はエコノミーだった。




