79 ふれあい
「ひん……っ!」
背中に感じる、ひりひりと沁みる痛み。細く滑らかな何かがつーっと背中をなぞり、ぞくりと伝わってくるその感覚にイズミは思わず声を上げた。
「もう……変な声出さないで下さいよ」
ぺたぺた、ぺたぺた。火傷の薬を片手に持ったミルカが、半裸となったイズミにその薬を塗りこんでいる。丁寧に丁寧に、塗り残しが無いように。火傷の度合いとしては正直そこまでではないものの、全身くまなく満遍なく真っ赤になってしまっているゆえに、その作業は必然的に長引いてしまっていた。
「そうはいっても……ひゃっ!?」
「……なんかこう、私が悪いことをしている気分になってきますわね」
「沁みるんだよ……! マジでめちゃくちゃ沁みるんだよ……!」
「……ふぅん?」
ぬりぬり、ぐりぐり。ミルカは半ばからかうようにして、イズミの背中に薬を塗りつける。ひとさしゆびをくるくると──「の」の字を描くように背中に沿わせ、触れるか触れないかのその距離でくすぐるようにして薬を塗っていた。
「ちょ、ちょ……ミルカさん」
「なんでしょう?」
「その……なんか、マジで変な気分になってきそうと言いますか……」
十七歳の見目の麗しい美少女が、半裸の三十過ぎの男にべたべたとした薬を塗っている。軟膏ゆえにそういう性状をしているのは当然のことなのだが、イズミの妙に盛り上がった肉体はツヤツヤテカテカと輝いており、見る人が見れば大変アレな光景になってしまっていた。
そうでなくとも、素手で全身をマッサージされているようなものである。火傷により赤く腫れあがった──いつもより敏感になってしまったその肌では、ミルカの手つきはあまりにも刺激的すぎたのだ。
「あら。どんな気分になったのか、ぜひともお聞かせ願いたいところですわね」
「ひう……っ!?」
挑発的に笑ったミルカはイズミの首元にも薬を塗りこみ、そして耳元にふうっと吐息を吹き付ける。
この人実は結構サドっ気があるんじゃあないかと、イズミはミルカに対する認識をほんの少しだけ改めた。
「大の大人がこれしきの事で情けない声を出すなんて。ええ、ええ。どうぞ存分にみっともない姿を晒してくださいまし」
「あー……その、やっぱり怒ってます……?」
「さぁて、何のことでしょうかねえ?」
「きゃんっ!?」
ぺしん、とミルカがイズミの背中を叩く。痛いは痛いが十分に加減されたその一撃は、逆にそのせいで妙にむず痒いというか、開けてはいけない扉を開けてしまいそうになる絶妙な加減になってしまっていた。
まさか自分の口からあんな声が出るだなんて、三十余年を生きてきてなお、イズミは初めて知ることとなった。
「やっぱり怒ってる……」
「そう思うのなら、甘んじて受け入れるべきだと思いますよ」
にっこりと笑ったミルカは、再びイズミの厚い胸板に指を這わせた。
──ティアレット・クラリエスが捕まってから早五日。あの直後は騎士団の事情聴取や神殿側とのやり取りがあって慌ただしかったものの、今は一応の一段落となり、こうして家でゆったりできる程度にはイズミにもミルカにも平穏な時間が流れている。
無論、これから捜査が進むにつれ……広場での一件だけに限らず、最初に起きた水の巫女に対する濡れ衣の件やガブラの古塔からの生還など、今まで起きたことを全て説明してほしいと言われてしまっているが、今回は本当に状況の確認をしたいというだけで、いつぞやのような尋問や詰問のそれではない。それだけでもう、イズミとしてはずいぶんと気が楽であった。
そう、ティアレットとその取り巻きたちが公式に捕まったことで、ようやくイズミも奥様も堂々と表を歩けるようになったのである。もう正体もわからない敵の襲撃に怯える必要はないし、犯罪者のレッテルを張られることも無い。正真正銘、ただの胡散臭い自称賢者としてこの街に滞在することが出来るのだ。
「奥様は今日も神殿……いや、領主の館だったっけ」
「ええ。水の巫女としての顔の方が有名ですが、領主夫人でもありますからね。神殿でのやり取りは一通り済んだという話ですから、しばらくは向こうに行くことになるでしょう」
「ペトラさん、かなり渋々ついていってたっけなぁ……」
「……出来ることなら、家でぐうたらしていたいというのがペトラの本音でしょう。いえ、外出するにしても神殿だったら喜んでついて行っていたはず。単純に、あちらはペトラにとってあまり居心地が良くないのですよ」
「なんか堅苦しそうだもんな、領主の館って」
「ええ、まさしく」
問題があるとすれば。
──ありがたやありがたや……!
──ああ、どうか祈りを届けてください……!
家の外から聞こえてくる、そんな声。もはやすっかり毎日の恒例行事となってしまっていたそれは、こうして自由を勝ち取った後もなお続いてしまっている。もう奥様は神殿に自由に出入りできるというのに、未だにイズミの家に周りには祈りを捧げる人達が集い、その石塀に水の入ったコップを置いていく。
それもそのはず。
だって……すべてが終わってなお、イズミたちは未だにあの広場に家を構えているのだから。
「引っ越し……したいなぁ……」
「しかし、都合の良い場所が無いのもまた事実ですわ。非常時でもないのに地下礼拝場に家を構えるわけにもいきませんし、ここよりほかに広い場所があるというわけでもありません。あと……いろんな人たちから、せめて所在は確かにしておいてくれと言われたではありませんか」
「まさか、家があるのに住所不定扱いにされるとは思わなかったぜ……。いやまぁ、確かにマジで住所なんて無いし、連絡が取れるようにしておいてほしいって言う気持ちはわかるんだが」
現状の問題点。イズミはこの家を自由自在に呼び出せるがゆえに、決まった住処というものをもっていない。普通の商人だったらどこか間借りした家か、あるいはどこぞの宿か何かに滞在しているからそれで連絡が着くが、イズミに限って言えば一度行方をくらますと文字通り追いかけることが不可能になってしまうのである。
故に、まだしばらくはここに家を構える必要がある。イズミ個人としては街のすぐ外辺りにでも引っ越ししたいのだが、それはそれで外部から来た人間に対して目立ってしまうし、なによりミルカが外出許可を出してくれていない。奥様の癒しの魔法をもってしても未だに残り続けるこの火傷の痕がどうにかならない限りは、この半引きこもり生活は続いてしまうのだ。
「しかし、何で未だに祈りの水が届けられるのやら。もう奥様は神殿で日課をこなしているってのに」
「それは……神殿を通すよりも、奥様に直接渡してもらったほうが効果がありそうだからでは? あと、単純に……」
「単純に?」
「神殿に行くより、こっちのほうが近くて楽だから……とか?」
「……だよなあ」
状況としては、ガブラの古塔から奥様達を助け出した直後とよく似ている。細々としたことはまだ残っているものの、とりあえずは安心できる状態で、そしてイズミに外出許可は出されていない。部屋の中をうろつくのにさえミルカの厳しい視線に晒されるのだから、もし「ちょっと外をぶらついてくる」なんて口に出そうものなら、終わりのないお説教タイムに突入するのは火を見るよりも明らかだ。
よって、イズミにできることはおのずと限られてくる。
「テオぉ……!」
「うー?」
イズミの視線の先。テレビの前でそれに釘付けになっていた──薬を塗る時間を稼ぐためにミルカが用意したそれに夢中になっていたテオを、イズミはにこりと笑って呼び寄せた。
「みー? たー?」
「よーしよしよし、お前もテレビなんかより俺と遊ぶ方が楽しいだろう!」
「あっ! こら、まだ薬は塗り終わってないですよ!」
奥様もいない。ペトラもいない。他でもないミルカは自分の背中に薬を塗っているとなっては、テオの面倒をみられるのは自分しかいない。赤ん坊を放置するのは絶対してはいけないことだ……とイズミは自分に言い訳をしつつ、よちよちとハイハイしてきたテオを抱き上げた。
「きゃーっ! きゃーっ!」
「どうだ、楽しいだろう! 何言ってるかわからんテレビよりも体を動かすほうがいいよな!」
遊んでもらうのが堪らなくうれしいのだろう。テオはにこーっと満開の笑みを浮かべて、そしてぱたぱたと手足を動かしその気持ちを表現する。一昔に比べるとずいぶんと腕にかかる負担が大きくなっており、それがまたイズミをなんとも幸福な気持ちにさせた。
「ああもう、あなたってば……! 動いたら終わるものも終わらないですよ……!」
「おっ、じゃあもっと動かないとだな! 楽しい時間は終わらせたくないだろう?」
「うー! うー!」
「ほら、テオもそう言ってる!」
「言ってません」
とはいえ、なんだかんだでミルカもそこまで本気で止めるつもりはないらしい。座った状態でテオを抱き上げたところで、動ける範囲はたかが知れている。薬を塗る程度であれば問題ないし、下手にストレスをため込むのもよろしくない。ならば、この程度であれば十分に眼を瞑れる……むしろ、この程度で満足してくれるのであればそれに越したことは無いのだ。
「最近外での水遊びもできてないからなあ。ご機嫌斜めになる前になんとかしたいもんだ」
「そうですね……。今はまだ……ええっと、教育番組、でしたっけ? パソコンで取得したそれで注意を引けていますが、それもいつまで持つものやら」
「結構種類があるから、内容に飽きが来ることは無いはずだが。それでもやっぱり、いつかは限界が来るだろうな」
滅多にあり得ないことではあるが、今回のようにミルカがイズミに薬を塗っているときなど、誰もテオの傍にいられない時はテレビやビデオにテオの注意を引きつけることがしばしばあった。プロが子供向けに作ったからか、文字通り世界の垣根を超えてもそれはテオの興味を引くのに十分なものであり、意味も言葉もわからないなりにテオはそれを楽しんでいるのをイズミは何度も見ている。
ミルカや奥様からしてみれば何が楽しいかわからないそれであっても、重要なのはテオが一人遊びできるというその一点である。故に、ミルカはイズミの助けを借りつつも、テレビにパソコンで取得した番組を表示させるというその手法を覚えたのだ。
「みー! う! う!」
「あら?」
イズミの抱っこに満足したのだろうか。テオはイズミの腕から乗り出すようにして、ミルカに向かって手を伸ばす。
ミルカには……いいや、イズミにも、それがいわゆる「抱っこして」ではないことは簡単に分かった。
「抱っこじゃない……が、なんだ?」
「ああ……きっとこれは」
火傷に効く軟膏──異世界産のものだ──が入った小さな壺。その中身をテオの手のひらに少しばかりこすり付けて、ミルカはにっこりと笑った。
「自分も、イズミさんに薬を塗りたい……ですね」
「ま!」
ぱあっと明るく笑ったテオが、その柔らかくて小さな手のひらをイズミの体に押し付けていく。ぺちぺち、ぺちぺちと拙い手つきであるものの、見ている方が笑顔になってくるくらいに楽しそうであった。
「ふふふ。楽しいねえ、テオ」
「み! うー! ……う?」
「おいおい、俺のは引っ張っても何も出ないぞ?」
「……ま?」
「おう。だがミルカさんならもしかす」
「アホなこと言うのはこの口ですか?」
「……んま!」
ミルカが後ろからイズミの背中に薬を塗りこんで。テオが前からイズミの胸に薬を塗りこんで……というか、その胸板をぺちぺちと楽しそうに叩いて。あらゆる意味で全身がくすぐったくなって、イズミはそれをごまかすようにテオを大きく抱き上げた。
「きゃーっ! きゃーっ!」
「あら。前より少し肩回りがたくましくなっているかも」
「お、ホント?」
「んー……。腕を上げた時の感じが、前に比べて……うん、やっぱりちょっと、大きくなってる」
イズミの首の根元辺りをぴとぴとと触って。明らかに前よりゴツく、硬く盛り上がっているその筋肉を確かめるように撫でて。薬を塗るという大義名分すら忘れて、ミルカは唯々自らの興味のままその感触を楽しんだ。
「うふふ……やはり殿方の体はたくましくないと。これだけあればもう、立派なものですよ」
「おっ、ミルカさんのお眼鏡にかなうとは光栄だね。なんかこう、どっちかというと童話に出てくる王子様みたいな華奢なタイプが好みだと思ってたけど」
「ええ……!? 私、そんなイメージありました? そういうの、むしろ苦手なんですけど」
「いや、普通に面食いというか、男臭いのを嫌ってそうなタイプだなって」
ミルカは露骨に眉間にしわを寄せた。
「あらやだ、ずいぶんな言い草ですこと。……ちょっと身近に、そういうタイプの悪い例がいたもので。ええ、一般的には王子様みたいな甘いマスクで、力仕事は無縁な華奢な美少年のような体付き……という評価の方でした。文字通り、箱入り娘の理想をそのまま体現したかのような」
「あー……そりゃ好きになれるはずが無いな」
「それが無くても私はそういうの、好みじゃありませんわ。なんと言っても男は甲斐性。家族のために汗水たらして働ける……そんな人が良いです」
「ふむ」
「綺麗な指よりも、厚くて傷だらけな働き者の手。華奢で美しい体付きよりも、何人でも子供を抱き上げられるようなたくましい体。……母も祖母も、【男の価値は胸板の厚さで決まる】と、口癖のように言っておりましたとも」
「ほぉ……」
テオを抱き上げる手をぴたりと止め。イズミは、ついつい気になったことをそのまま口にしてしまった。
「そういう意味では、俺は合格点に達してるのかな?」
「……んもう」
拗ねてるような、恥ずかしがっているような。真っすぐテオを抱っこしているイズミでは、後ろにいるミルカの顔を見ることはできない。はっきりしているのは、さっきまでずっと感じていたはずのくすぐったいそれがピタッと止まったということだけだ。
「……言わせないで下さいよ」
「思った以上に脈ありか……? 五本の指くらいには入ってるのかね……?」
「……パパよりも上、です」
「それってつまり、どれくらい?」
「……今まで私が見てきた中で、一番素敵な男ですよ」
「お゛っ……!?」
まさかの答えに、イズミの喉の奥から変な声が出た。
「な、なんですかその反応! 人がせっかく勇気を出したというのに!」
「いや……! マジでストレートに来るのは本当に予想外で不意打ちだった……! なんか、いつになく素直というか本当に十七歳の女の子みたいで……!」
「みたい、じゃなくて十七ですけど!? いくらなんでも失礼過ぎません!?」
「ごめん、ごめんって! 叩かないで痛いからホントに!」
ミルカからの制裁を一通り受け入れて。ひりひりする背中に大いなる反省の意を覚えたイズミは、今後は少しは言動に気を付けようと心から誓った。
「はぁ……こういう所が無ければ、文句なしなのに……」
「こういう所が無かったら、俺じゃないぜ?」
「わかってしまう自分に腹が立つ……! それに、そういうあなただからこそテオと全力で遊んで……あ」
喋っている途中で、ミルカははっと何かに気づいて口を噤んだ。
それが意味することは、ただ一つ。
「……寝てるな、テオ」
「……いつの間にか、すっかりおねむですね。はしゃぎつかれたのかなあ」
イズミに抱っこされたまま、テオはそれはもう幸せそうなあどけない寝顔を晒している。安心しきっているのだろう、口元はふにゃりと緩んでおり、その端からはわずかばかりのおよだが垂れていた。
すぴー、すぴーと小さな寝息。ミルカがハンドタオルで口元を拭おうとすると、テオはその指にぱくりと嚙り付きそうになった。
「良い時間ですし、このままお昼寝にしましょうか」
「だな。ちょっと寝床の準備を頼む」
「ええ」
テオを起こさないようにイズミは慎重に立ち上がる。ミルカはさっさと隣の部屋……というかイズミの私室に移り、ささっとベッドの上を整えた。テオのお気に入りのタオルケットとクッションも用意して、後はそこに寝転がせるだけの状態である。
ちょっと前までは、リビングの傍らに万年床があった。ただ、アルベール達とも生活するようになってからは、さすがにだらしが無さ過ぎるだろうというミルカの判断により、それも撤去されていたのである。故に、テオのお昼寝はリビングに最も近い寝床──イズミの部屋で行われることがそれなりに多かった。
「さ、あなた」
「ん」
ベッドの上で添い寝の態勢に入ったミルカに、イズミはテオを受け渡す。一応テオは一人でもお昼寝ができるのだが、目覚めた時に近くに誰かがいないと酷く不安がって泣き出すため、こうしていつも誰かが添い寝をしているのだ。
ただし、今日はいつもと少しばかり様子が異なった。
「……ミルカさん?」
テオのすぐ傍らに横たわったミルカが、ひょいと腕を伸ばしてイズミの服の裾を掴んでいた。
「なんで戻ろうとしているんですか。……イズミさんも一緒に寝ましょうね」
「ええ……? なんでまた急に……」
「……言ったでしょ、いつか一緒にお昼寝するって」
確かに言った。他でもないイズミ自身が、いつか三人で川の字になってお昼寝したい……とはっきり口にしている。それが果たしていつのことだったかはすっかり忘れてしまったが、言ったというその事実はしっかり頭の中に残っている。
「いいの?」
「……言わせないでください。だいたい、あなたが望んだのではありませんか」
「そ、そうだけどさ」
イズミのベッドはダブルベッドではない。どうせ一人暮らしでスペースもあり余っているからとセミダブルサイズではあるが、それも結局は一人用のものであり、複数人で使うにはちょっとせせこましいのは間違いない。女子供だけならまだしも、そこにさらに大の大人が加わるとなれば結構窮屈となるのは火を見るよりも明らかだ。
「今更何を恥ずかしがってるんですか。……んもう、人をからかうのは好きなくせに、からかわれるのは慣れていないんだから」
「いやあ……その、互いの年を考えると犯罪になりかねないかなって……」
「そう思うのなら、普段の言動を改めてくださいまし……えい」
「うぉ!?」
完全なる早業。一切の躊躇いなく、ミルカはイズミの腕を引き込んだ。
「……奥様もペトラも今はいません。ようやく二人きりになれたのです。今を逃したらいつできるか分かったものじゃありません」
「わ、わかったよ……ああもう、なんか今日は本当に心臓にクるようなことばかりしてくるな……」
「うふふ。ようやくお昼寝する気分になってくれましたか。……ゆっくり寝て、少しでも体を癒してくださいね」
態勢を少しばかり変えて。テオが落ちないようにポジションを──ちょうど、ミルカとイズミでテオを挟むように位置取りを整えて。セミダブルのベッドに三人が寝転がるのはやはり窮屈な感じが否めなかったが、それがイズミには何とも心地よかった。
「……なんかマジに眠くなってきたな」
「あら。それでは寝付くまで頭を撫でてあげましょうか?」
「おう、頼む」
「おまかせあれ」
温かで柔らかい感触。確かに伝わる鼓動と息遣い。目の前には幸せそうなあどけない寝顔を晒すテオと、にっこりと慈愛の笑みを浮かべてからかうように頭をなでるミルカがいる。
「いーい気分だ……」
「私も、ですよ……」
どこか懐かしい気分に包まれたイズミは、自分でも思った以上にあっさりと幸せなまどろみの世界に旅立っていった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「──三人とも、見事にぐっすり寝ていますね。返事がないから何かあったかと思いましたが……なんともまあ、幸せそうな顔しちゃって」
「ミルカってば、ずるいなあ……! 私もみんなでお昼寝したい……!」
「ミルカを叩き起こしますか?」
「うー……ダメ、さすがにそんな野暮なこと、できないもん」
「……」
「あのミルカが、こんなふうに笑っているだなんて。……ふふ、前よりももっと素敵で魅力的だね」
「こんなにも、それも男にここまで心を許すなんて想像だにできませんでしたね。……もう、親子にしか見えないですよ」
「……」
「奥様?」
「……やっぱりミルカ、ずるい。テオの隣は私の場所だもん。……こう、頑張ればうまく間に潜り込めないかなあ?」
「奥様……」
「だって私、今日もお勤め頑張ったんだもん……! ご褒美くらいあっても……!」
「……今度はみんなでお昼寝しましょう。だから、今日だけはそっとしておこうではありませんか」
「……ホントに? 聞いたからね、絶対に約束は守ってもらうからね!」
「はいはい。さ、邪魔者はさっさと退散しましょうか」
──幸せそうな三つの寝顔。その様子をしっかりと目に焼き付けた二人は、名残惜しそうに扉を閉めた。




