68 『どうする、奥様?』
「いや、狭いところで申し訳ない……」
「いやいや、お構いなく……」
イズミの家のリビング。感動の再会後、とりあえず腰を落ち着けて話しましょう……ということになり、選ばれたのがこの場所であった。
イズミ、ミルカ、ペトラに奥様、それにテオ。協力者として今まで頑張ってもらっていたアルベールにニーナ。それに大神官と婦長……と、赤ん坊もいるとはいえ、総勢九名ともなれば、神殿でうろついていたら間違いなく目立つ。この場所で話すことになったのも、ある意味では当然だ。
「やー、婦長も大神官殿も本当に久しぶりだな……二人とも、ちょっと痩せられたか?」
「はは……そりゃまあ、巫女様もあなたたちもいっぺんにいなくなってしまったのだもの。そういうあなたこそ……いえ、ミルカも巫女様も、ずいぶんと血色が良いというか、肉付きも肌の張り艶もよくなっているような」
「良いもん食べて、ストレスのない環境でぐっすり寝られているからな。あとは賢者特製の石鹸のおかげだよ」
積もる話もいろいろとあるのだろう。婦長は物珍しそうにあたりを見渡しながらもペトラたちと話している。大神官と言えば、テオを抱っこして数か月前とは明らかに重くなっているその様子に顔をほころばせていた。
「うっひゃあ……! 本当に大神官様だ……!」
「それに、神殿の地下にこんな場所があったとは……なんで水が光っているのやら」
一方で、アルベールとニーナの方は少しばかり気まずそうというか、手持無沙汰な感じが否めない。ここ最近の生活ですっかり忘れてしまっていたが、彼らは本来平民であり、特別な立場である奥様やその関係者とは文字通り接点がないからだ。
「それにしても……みんな、ずいぶんと変わった服を着ているのね。それも賢者様の服なの?」
「えーっと、まぁ……そうですね」
少々ぎこちなく笑いながら、ミルカはお茶を濁す。
ペトラも奥様もニーナも、着ているのはイズミが持っていたダサいジャージだ。着心地の良さはこれ以上なく、部屋着としてはもってこいではあるものの、本来ならばこういった来客時に着るべきようなものではない。
そのことを知っているミルカはさりげなく着替えているものの、同じ価値観を持つ……そのことを教えたイズミは、どことなく申し訳ない気持ちになった。
「さて! それじゃあそろそろ、これからについて話そうか」
ミルカが淹れた紅茶が全員に行き渡るのを見届けてから、イズミは家主として声を上げた。
「さっきもちょろっと話したが、俺達の当初の目標はこうして神殿関係者と接触して奥様の安否を知らしめることだった。そのために、こっちのアルベールさんとニーナさんには色々協力してもらった」
ぺこ、と二人が大神官と婦長に頭を下げる。
「つまり……とりあえず、二人の役目はこれで終わりってことになる」
アルベールとニーナの役目は、イズミ達が怪しまれずに街へ入るのに協力するところまで。商人として怪しまれない程度に実績を積み、こうして神殿の中に入れた時点でその役目は終わったと言っていい。これからのイズミ達の動きがどうなるか次第ではまた協力することもあるのだろうが、ひとまずはそういうことだ。
「で、俺達の方なんだけど」
ちら、とイズミは奥様の方を見る。
奥様は──俯いていた。
「……元々、俺は帰らずの森を彷徨っていたミルカさんとテオを拾った。偶然にもガブラの古塔に流刑にされた奥様とペトラ様が近くにいると知って、一緒に助けた」
振り返るように、言い聞かせるようにイズミは語る。
「それからずっと、森で暮らしていて……俺はそれでもよかった。いや、俺は正直なんだってよかったんだ。だから、ワガママ言ってテオが生まれたこの街を見に来た」
本当は少し違う。イズミは森の中で暮らし続けるのも、この街に来るのも、みんなが一緒であればなんだってよかったのだ。
なんだってよかったから──奥様が心の中に秘めていた、【この街に戻りたい】という願いを年上としてそれとなく気を使って叶えたに過ぎない。奥様自身が願ったというのではなく、あくまで自身がワガママを言ったという形で、そうしただけなのだ。
そして、その目的自体が達成されたのならば。
そこから先を決めるのは、奥様自身となる。
「どうする、奥様? こうしてこっそり神殿に入れたんだ、これからだって同じようにこっそり入ることもできるだろう。今までと同じように俺とミルカさんが商人として活動すれば、怪しまれることなんて絶対にない。……それこそ本当に商人になっちまうっていう手もある。……俺は、それでもいい」
「……」
プラン一。今まで通り、奥様達が商品を準備して、イズミとミルカで商品を売りさばく。家は前と同じ場所に置いておけばそうそうバレることはない。今まで通りの日常がそのまま続くだけで、時折こうして神殿に顔を出すことだってできるだろう。
「あるいは、いっそ俺自身が神殿の関係者としてこっちでの身分を作るとか。さすがにずっとここに家を置き続けるわけにもいかないから、そこはまあ適当にこの地下を増築とかしてもらわないといけないが」
プラン二。完全に神殿の庇護下に入り、新しい生活を偽装する。神殿関係者であればイズミがこの神殿内をうろつくことに不自然は無いし、奥様も多少であれば神殿内で過ごすことが出来るだろう。今までだってそこまで自由に外を出歩けたわけじゃないため、かつての生活とさして変わらない生活が送れるはずである。
「あとは……この街から遠い、別の場所で暮らすか。例の雷山公の街でもいいし、流浪の旅でもいい。人目なんて気にせず、自由でのんびり気ままな暮らしだ」
プラン三。親しい人に挨拶だけ済ませて、さっさとこの街を離れるというもの。この街から離れれば面倒ごとなんて起こるはずがなく、そして流浪の旅であれば奥様が人目を気にする必要も無い。今までできなかった分、あちこちを旅して、世界のあらゆる場所を観光して……どこか定住の地を見つけるのでもいいし、時たま里帰りとしてここに戻ってくるのでもいい。
今まで通り過ごす方法。完全に神殿の中で過ごす方法。旅人として世界を巡る方法。その三つを、イズミはあえて最初に挙げた。選択肢はいくらでもあり、そのどれを選んでも自分は構わないのだと言外に主張した。
言い方を変えれば、どれを選んでも奥様の望む通りに──森の中で暮らしていた時と同じように、一緒に過ごしたいのだと伝えた。どれを選んでも自分は着いていくから、こちらのことは気にせず好きにしていいと伝えたつもりであった。
イズミ個人としては、本当にその辺はどうでもよかったりするのだ。ただ単純に、ミルカやテオ……もちろん、ペトラや奥様と離れて一人で暮らすのが、嫌だというだけである。
そして、その三つ以外の答えもここには存在する。
「イズミ様ぁ……!」
「うん」
泣きそうになりながら……というか、奥様は目に涙をいっぱいに浮かべていた。
「わた、わたし……! こんなにもイズミ様が気を使ってくれているのに、最低なことを……!」
「ああ、大丈夫大丈夫。俺の知っている奥様は、そんな最低なことを言う人間じゃないよ」
「でも……!」
「それに、実は似たようなやり取りは以前にも……ウッ」
「お互い、その話は忘れようって……私、何度も言いましたよね!?」
どす、とイズミの脇腹にそこそこいい一撃が入る。婦長とニーナがその様子をにこにこと眺めていたのが、なぜだかイズミには気にかかった。
「……まあともかく。この際だ、言うだけ言っちまってもいいと思うぜ」
イズミの言葉に、決心がついたのだろう。奥様は絞り出すようにして、その言葉を告げた。
「私……あの人に、会いたい」
奥様の答え。ある意味予想通りの──テオの父親、すなわち奥様の旦那であるこの街の領主に会いたいというそれ。
イズミがあえて口にしなかった四番目のプラン。奥様の生存を公表し、この街での居場所を取り戻すというものだ。
「たった一回、ほんの少しの時間だけでもいいんです……ワガママだというのはわかっています。それに危険が伴うであろうことも、わかっています。でも……」
「いや、奥様からしてみれば当然だろうよ。それに、俺も前に言っただろう?」
イズミは、わざとらしく腕をバキボキと鳴らした。
「テオと奥様を泣かせたクソ旦那のツラぁ拝んで、一発ぶん殴っておきたいってね!」
本当に殴られるのは困るのですが、と大神官は困ったように笑う。
いい気味ですし、一発と言わずに何発でも殴ってほしい、と婦長はからからと笑う。
そんなことするつもりだったんですか──と、アルベールとニーナはぎょっとしたような顔をしていた。
「じゃあ、さっそくその方向で行こうか。あとのことは会ってから考えればいいし。それこそ、会うだけあってそのままトンズラするのだっていいんだから」
「え、その……」
「問題は、どうやって領主とのアポを取るかだよなぁ……。適当に捧げものをしたいとかって言えば会ってくれるかねえ……」
「……案外、悪くないかもですよ? 魔よけのマントの評判も良いですし、この街の防衛のために寄付しますって言えば行けると思います。ただの有象無象ならともかく実績も積んでいますし……そうともなれば、領主としても一度は顔合わせをするはず」
「おっ、マジか。なんだよ、こんなところでもアルベールさんたちの世話になっちまったな!」
たった一言。奥様がそう口にして決断をしてくれるのであれば、イズミとしてはそれでよかった。変に未練や後悔を残すよりも、どんな形であれ心残りは無くしておいた方がいいに決まっている。どのみち生きる目標なんてこれといって持ち合わせていないイズミにとっては、それこそが重要なことなのだ。
「……ホントに、いいの?」
「良いと思いますよ、奥様。イズミ殿がそういう人間だって、あなたももうわかっているでしょう?」
「……うん」
「前にも言ったかもしれませんが……本当にイズミ殿の気持ちに報いたいのなら、その行動に感謝を示し、誠意を見せることですよ。ああ、この人を助けてよかった──と、そう思ってもらえるように振舞うことです」
「……そう、ね。そうだよね」
やることが決まってしまえば、後は早い。どうすればそれを達成できるのか、みんなでそれを考えるだけだ。
「とりあえず、奥様を連れて領主の屋敷に行くのは確定だろ。まずは行くだけ行ってみるかね?」
「む……しかし、領主さまは今、仕事で別の街に出かけている。数か月は戻らないと聞いたが……」
「そんなに街を空けていて大丈夫なのか……いや、そもそも旅自体が数か月かかるものなのか。……でも、奥様が戻ってきたってことを知れば、いくらなんでも戻ってくるだろ?」
「そうですな。少なくとも、仕事を中断して街に戻るには十分すぎる理由となりましょう。どのみち事実を公知するつもりなら、下手に手を拱いて時間を浪費するよりも、さっさと公表してしまったほうが敵に動く時間を与えずに済んでいいかもしれません」
奥様と領主を何とか再会させる。その目標を達成するための話し合いは、昼をまたぎ、夜をまたいでなお続いた。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「……よし、まあこんなものだろ」
翌朝。イズミ、ペトラ、奥様の三人は神殿の入口で互いの装備を確認していた。
イズミは最近の定番になりつつある、どこか胡散臭い商人スタイル。ペトラは真新しい皮鎧と剣を装備した護衛の冒険者風のスタイル。そして奥様は、ミルカのメイクテクニックと神殿にあった衣服を用いた、地味な町娘スタイルだ。
「……もう、行ってしまわれるのですね。できれば、もっとおもてなしをさせて頂きたかったのに」
「なに、問題が無ければまた今晩もここで厄介になることになる……それこそ、こんなふうに変装せずに大々的に顔を出すことだってできるかもしれない」
名残惜しそうにつぶやく婦長に、イズミはなるべく気楽な様子で声をかけた。
──話し合いの結果、領主を呼び戻さないと意味がないという結論に至ったイズミ達は、まずは領主の屋敷に奥様を連れていくべきだと判断した。領主の屋敷は言ってみれば奥様の嫁ぎ先であり、本拠地と言ってもいい場所である。味方だって当然いるわけで、そうでなくとも領主夫人を無下に扱うことなんて出来るはずがない。
一応、奥様は公的には罪人扱いになっているが、ガブラの古塔への流刑というのが今回は幸いした。
死刑にできない罪人を限りなく死刑に近い形で処罰するためのもの──それこそがガブラの古塔だが、表向きには罪を償う修行の場所である。即ち、そこから出ることが出来たのであれば、罪を十分に償い許されたということなのである。
ガブラの古塔からの生還。それはつまり、元々無実の冤罪だったから……という、無理やりな主張もできないことはない。今までそれを成せた人間はいないわけで、今回は本当に無実の罪だ。そのうえで、奥様はあの水の巫女様であるということを鑑みれば、法律的にも体面的にも、罪人扱いをすることは難しいと言えないことも無いのである。
じゃあもう後は、領主側の人間と上手いこと話を合わせるだけだ。とはいえ、本人を見ないことには向こうも納得しないだろう。だから、まずはサクッと顔見せだけして、協力体制を敷くところから始めよう──というのが、イズミ達の作戦であった。
「本当に、三人で大丈夫なのですか?」
「婦長殿も心配性だな。私がいるし、イズミ殿もいる。奥様だって魔法を使えば身を守ることはできる。そもそも奥様がここにいること自体、私たち以外には知られていないことなんだし」
「ああ。それに車に乗っていくから。あれに乗っていれば、最悪囲まれたとしても突破できる」
大人数で行くよりも、少数精鋭で行ってサクッと済ませる。何かあった時には、人が少ないほうが小回りが利いていい。本当に最悪の場合、敵の私兵であれば躊躇わず車を突っ込ませる覚悟がイズミにはあった。
夕飯までには帰るつもりだと婦長に告げて、イズミ達三人は宿屋へと歩を進める。朝の少し遅い時間だからか、既に道は仕事で行きかう人たちでいっぱいで、それなりの賑やかさを見せていた。
「久しぶりに歩いたが……あまり変わらないな。もうちょっとこう、雰囲気が変わっているものだと思っていたが」
水の巫女が謀殺されたことくらい、市井の人間でもわかりそうなものなのに──と、ペトラが不満そうに口をとがらせる。センセーショナルな話題と言えど、さすがに数か月もそれを引きずるのは精神衛生上よくないんじゃないかとイズミは思ったが、それを口に出さない程度の良識はあった。
「イズミ様とミルカが泊まった宿って、どんなところだったんですか?」
「アルベールさんが言ってた通り、やたらと豪華で高級な宿屋だったよ。部屋に風呂までついていたんだけど、魔道具式だったからお湯が出せずにミルカさんに出してもらったっけ」
「へえ……!」
神殿を出た当初は緊張していた奥様も、今は風景やおしゃべりを楽しむ様子すら見せている。箱入りに育てられたというのは本当のようで、イズミ以上に街のあちこちを興味深そうに眺めていた。あるいは緊張からの無意識の逃避行動かも知れないが、いずれにせよガチガチに固まるよりかは何倍もいい。
「おっと、ここだ」
雑談しつつ、歩くことしばらく。約一日ぶりにその宿に訪れたイズミは、受付に軽く断りを入れてから裏手の馬房へと向かう。得体のしれない車の傍に停めるのは嫌だったのか、他に停めてある馬車のどれもが微妙にイズミのそれと距離を開けているのが印象的である。
自動車に乗り込み、エンジンをかけて。エンジン音にビビった馬たちが落ち着くのを見計らってから、イズミはそうっとアクセルを踏み込んでいく。
「領主の館までの道案内、頼むぜ」
「任せろ」
助手席に乗るのはいつも通りペトラ。ミラーを使った後方確認もすっかりサマになっていて、ある種の貫禄すら漂わせているほどである。イズミが助手席に乗せていて一番安心できる人間は、間違いなくペトラだろう。
「しかしまぁ……車で街に入ると聞いた時は少々無理があると思ったもんだが、こうして実際に走ってみると意外と違和感が無いな」
「そうか? 俺としては信号も標識もミラーも無い所を走るってのに未だに慣れないんだけど」
「馬車からの風景とさして変わらないし、この程度の速さしか出せないのも一緒だ。周りの人間も、巻き込まれたらたまらないとばかりに距離を取っている……うん、やっぱり馬車と大して変わらない」
「そんなもんかねえ」
ここから領主の館まで、少しばかり距離があるらしい。とはいえ、あくまで街の中ではという話であり、そう何時間もかかるようなものではない。このノロノロとした速さの車でも、数十分もあればつくだろう……と言うのがペトラの話であった。
「最短距離なら大通りを進めばいいが、やはり人が多いからな。回り道の方が結果的に速くつくかもしれん」
「あー……変に人が多い道よりかはそっちのほうがいいかねえ……」
──そんなことを、話していた時だった。
「──ッ!?」
「きゃっ!?」
どん、と何かが破裂したような音。ガクンと車体が大きく揺れ、イズミの手のひらからは尋常ならざる振動が伝わってくる。
ブレる視界に、揺れる体。異常事態が起きたことは疑いようがなく、イズミはほぼ反射的にブレーキを踏もうとして……。
「な、ん……!?」
明らかにいつもと違う手ごたえ。妙に軽いようにも、重いようにも感じるそれ。踏み込んでいるのに踏み込んだ気がしない……のに、いつもより踏み込みが重くなっているような気もする。
おまけに。
窓の外に見える景色が、赤く染まっている。
「襲撃だ! 逃げるぞイズミ殿!」
アクセルを踏み込もうとして、イズミはそれを止めた。ペトラが真っ先に車を飛び出したのを見たのと──車のタイヤが燃えているのを見つけたからである。
「ちっくしょう! 車検したばっかなんだぞ!」
悪態をつきながら、イズミはドアを蹴破るようにして車から脱出する。どうやら燃えているのはちょうど運転席側のタイヤだけらしい。タイヤのゴムの所が燻るように燃えていて、既にその役目を果たせなくなってしまっている。まだそこまで火の勢いが強くないのが、不幸中の幸いであった。
だが、問題なのはそこではない。
このタイミングで、こんな街中で襲撃を仕掛けてきたというその自信の表れと──そして、移動中の車のタイヤを的確に燃やす術を持った人間がいるという事実である。
「あの時と同じだ! いきなり馬車の車輪が燃えて……外に投げ出されたんだ!」
「おい、それってまさか──!」
「ああ、その通りだよ!」
突然炎上した自動車。物珍しさにこちらを見ていた人間の大半が悲鳴を上げて逃げ出し、巻き込まれたら敵わないとばかりに距離を取る。馬無し馬車と言う見慣れぬ怪しいものがいきなり燃え上がったのだから、まっとうな人間の反応としては至極当然のものだろう。
だというのに……逃げ惑う人たちに混じって、逆にこちらとの距離を詰めてくる人間がいる。今までどこに隠れていたのかはわからないが、そろいもそろって悪人面で、そして皆が同じデザインの剣を片手に持っていた。
──どう見たって、仲良くお話し合いをする雰囲気ではない。
「どうするペトラさんッ!? 奴さん、やる気だぞ!」
「どうするもこうするもあるか! やることなんて決まってるだろ!」
ペトラは腰に提げていた剣を引き抜いた。
「強行突破だ! 広場まで逃げるんだよ!」
無言のまま切りかかってきた男を一発で打ちのめし、ペトラが叫ぶ。それを皮切りに、剣を持った男たちがいよいよもって本格的にイズミ達に襲い掛かってきた。
「舐めるなァ!」
一閃、二閃。剣をたった二回振り払っただけで、ペトラは大の男を見事に沈めて見せた。ほんの瞬き一回くらいの時間で何のためらいもなく悪党を無力化し、そしてその隙を突こうと襲い掛かってきた別の男を逆に切り伏せる。
その動きは、今までイズミが鍛錬で見てきたものよりもはるかにキレがある。奥様の護衛という肩書の重さが、そのままその実力に直結しているかのようであった。
「ぼうっと立ってるんじゃない、イズミ殿! その腰に提げている鉈は飾りか!?」
「……すまん!」
「口よりも足を動かせ! 突っ切るぞ!」
ペトラの叫びに、ようやっとイズミは自分の役割を思い出す。護身用に持ってきていた鉈を手に取り、そして奥様を守るように傍に立った。
「……援護します!」
走りながら放たれた、奥様の魔法。何もない中空からいきなり大量の水が湧き出でて、襲い掛かってきた男たちをまとめて押し流していく。単純に水をぶつけただけとはいえ、水は思っている以上に重いし、剥き出しの地面を転がされればそれ相応のダメージが入ることは想像に難くない。
「くそ……! 何人いるんだよ、こいつら!」
「何人でも構わない! どうせ一度に襲ってこれる人間には限りがある!」
立ち塞がる人間を切り伏せ。横から襲い掛かってくる人間を水で押し流し。
先導するペトラが向かうは、街の真ん中にある中央広場。いや、広くてそこそこのスペースがあればどこでもいいのだが、ここから一番近いのがそこだというだけだ。
「もう少し! あともう少し走れば広場だ! イズミ殿、わかってるな!?」
「ああ!」
走る。走る。わき目もふらずにただひたすらに走る。
「見えたぞ、広場だ……ッ!?」
ペトラの持っていた剣が、一気に燃え上がった。
反射的にペトラはその剣を投げ捨てるが、悲しいことに広場の入口を塞ぐようにゴロツキらしき男が二人ほど立っている。
もちろん、その手には剣がある。
「俺の鉈──!」
「いいや、このまま突っ込むッ!!」
スピードを一切緩めずに男たちに肉薄したペトラは、その勢いをそのまま利用して顎を拳で打ち抜いた。フラついたところで見事な回し蹴りを胴体に入れ、堪らず腹を押さえて蹲ったところで顔面に膝を入れる。
この間わずか三秒。流れるように剣を奪い取ったペトラは──後ろを振り返ることも無く、その剣を投げつける。
──だが、そこには誰もいない。
「ちっ……イズミ殿!」
「おう!」
ワンテンポ遅れて広場に入ったイズミ。隣でぜえぜえと荒い息をつく奥様。
イズミ達を追って広場になだれ込もうとするゴロツキたちは、先ほどよりもその数を増やしているように見える。二十人か、三十人か、あるいは五十人か。少なくとも、たった三人で相手どるのはなかなかに無茶ぶりだと言えるくらいには膨れ上がっていた。
だけど……ここまでくれば、イズミ達の勝ちである。
──【House Slip】
ざわめき。何の脈絡もなく突如として出現した田舎によくあるタイプの二階建ての一軒家。あまりにも異質なそれを見て、さすがの悪党どもも動揺したらしい。
「忠告しておく……これ以上やるなら、マジで手加減しないぞ」
奥様を入れて、ペトラを入れて、最後に自分も中に入ってから。イズミはがちゃりとその門扉を閉め、男たちに向かってそうつぶやいた。




