67 神殿での再会
そして、翌朝。雲一つない澄み切った青い空の下で、イズミとミルカはほんのわずかな緊張感と共に神殿へと向かっていた。
時刻はイズミの体感でおよそ十時と言ったところ。朝食を食べたのももう随分と前で、すでにみんな仕事を始めている時間だ。早朝から働く人間であれば、そろそろ小休止を挟む頃合いだと言ってもいい。
「……とうとうだな」
「……ええ」
今日も神殿は、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。礼拝に来たのだろうか、一般客と思われる人間もそこそこいて、その入り口はそれなりの賑わいを見せていた。
良いことがあったり、悪いことがあったり……あるいは単純に願掛けをするときなど。割と頻繁に、この街の人間は神殿に祈りを捧げに来るらしい。祈るだけならタダだし、なによりここの神殿の巫女は胡散臭いインチキ巫女などではなく、実力と実績を併せ持った本物の巫女だ。縋りたくなる気持ちもわからなくもないと、イズミはそう思った。
「このまま普通に行く?」
「いえ、関係者用の裏口に行きましょう」
ミルカ曰く、神殿で暮らす人たち向けの入口が裏手の方にあるらしい。普通の入口を当たり前のようにスルーするミルカについていけば、なるほど確かに、表からはわかりにくい位置にそれっぽい扉がある。表の入口とは違い、こちらは本当に普通の質素な扉であった。
──コン、コン。
小さく、しかしはっきりとミルカはその扉をノックする。
意外なことに、反応はすぐに返ってきた。
「……どちらさまでしょうか?」
落ち着いた、少し厳かな感じのする老婆の声。声の大きさと反応の速さから鑑みるに、どうやらこの老婆は扉のすぐ後ろに控えているらしい。たまたま偶然そこにいたのか、それとも誰かが来るとわかっていてそこにいたのか。答えなんて、考えるまでも無い。
「野イチゴとラズベリーの焼きたてパイを届けに来ました」
すぐに扉は、開かれた。
「……っ!!」
イズミが想像した通り、そこに立っていたのはミルカのそれとよく似た給仕服を着た老婆だった。七割がた白髪となった髪をひっ詰めていて、ちょっぴり吊り上がった目がどことなく厳しそうな雰囲気を醸し出している。顔の皺の割には背筋がピンと伸びていて、この年の女性にしては背が高いように見えた。
「あなたは……ミルカ、なの?」
まじまじと、信じられないものを見たかのように老婆がミルカを見つめる。
「いえ……似ている、だけ? 雰囲気が違う……けど、よく見れば面影がある? 瞳の色と髪の色は同じだけど……でも」
──あの子は死んだはず。老婆がそうつぶやいたのを、イズミははっきり聞いた。
「あなた、誰なの……?」
「私ですよ、サリー婦長。……あまり目立ちたくないので、入っても良いですか?」
「ほ、ホントにミルカなの……!?」
ぐ、とミルカがイズミの腕を掴んだ。混乱し狼狽している老婆──サリー婦長の許可なんていちいち取っていられないと思ったのだろう。実際、本来なら関係者じゃないはずのイズミがその扉を通っても、サリー婦長は唯々呆然とするばかりであった。
「お久しぶりです、サリー婦長。……人目に付きたくないので、婦長室かどこかでお話しできませんか?」
「え、ええ……それは構わないけれど。あなた、本当にミルカなの? 体付きはそっくりだけど……私の知っているミルカは、あなたほど髪が綺麗じゃなかったわ。それに……」
「それに?」
「あなた、ホクロがないもの」
「怒りますよ、婦長ッ!」
そう言えば、行商人として田舎娘っぽく化けているときはホクロが無いな……と、イズミは今になって気づく。化粧の有無であまりにも雰囲気が変わるため、今までその違和感にまるで気づかなかったのだ。
「もう怒ってるじゃんか。……あと、大きな声は出さないほうがいいんじゃ?」
「イズミさん……! いえ、その通りなんですけどぉ……!」
「……待って、こちらの方は? 私の知っているミルカなら、間違っても殿方にそんな風に接したりはしない……!」
「……その辺も含めて何もかもお話しするので、とりあえず婦長室に行きましょう」
勝手知ったるなんとやら。ミルカは淀みのない足取りですたすたと歩いていく。イズミもまた遅れてはならないとそれに続き、一瞬遅れてハッとなった老婆もまたそれに続いた。
奇妙な沈黙。響く三つの足音。あらかじめ人払いをしていてくれたのか、誰一人ともすれ違うことなくイズミ達はそこ──婦長室へと到着した。
「お邪魔します……っと」
質素な校長室だ、というのがイズミの第一印象だ。来客用(?)のソファと机こそあるものの、極端に派手すぎるわけでも、地味すぎるわけでもない。壁際の花瓶を除けば後は実用性に溢れた調度品しか見当たらず、良くも悪くも生活感がまるでなかった。
扉の鍵をガチャリと閉めて、サリー婦長はソファに座るようにイズミ達に促した。自身もまた、その対面に座って背筋をピンと伸ばす。
なんとなくお説教されるような気分になって、イズミの背筋も伸びた。
「……なんだか気が動転したまま流されてしまったけれど。あなたは本当に……本当に、ミルカ……なのよね?」
やはり、そう簡単には信じられないのだろう。行方不明──実質死んだと思われた人間が数か月ぶりにひょっこり戻ってきて、すぐに信じられる方がおかしい。しかも、その相手は以前に比べてずいぶんと雰囲気が変わっているうえ、身元不明の怪しさ満載の男まで連れているのだから。
「ええ、正真正銘ミルカでございます。……言っておきますけど、化粧で変装しています。あの忌々しいホクロはほら、今でもここにありますよ」
若干嫌そうに、ミルカは自分の首元をさする。コンシーラーによって隠れていたホクロが、ぼんやりと浮かび上がった。
「本当に……本当にあなたなのね、ミルカ……!」
「……ホクロで認められたのは大変不本意ですけどね」
複雑そうな顔をしながらも、ミルカは涙ぐむ婦長を手を優しくとってぎゅっと握る。感極まったのか、婦長の目からはとうとう涙があふれ出て、ぽたり、ぽたりとその服に小さな染みを作った。
「良かった……! あなた、生きていたのね……! とっくに死んだと思っていたのに、今までいったい、どこで何をしていたのよ……!」
「長くなるんですけど……ええと、こちらのイズミさんに助けられて生き延びておりました。……ほら、あなた」
ちょいちょい、とミルカに肘で突かれてイズミは取り繕ったような笑みを浮かべた。
「どうも、イズミって言います。今は旅の賢者で行商人、でもって……」
「……あ、あなた? ミルカ、あなた今この人のことを【あなた】って呼んだの?」
ミルカが生きていた、というその事実を知った時よりも。明らかに、婦長は目を見開いて驚いていた。
「あのミルカに、とうとう伴侶ができたの? あの気の強いミルカに?」
「残念ながら、そういう設定ってだけさ。賢者ってのも行商人ってのも方便だ。……尤も、同棲して一緒に生活しているって意味では大して変わらないけれど」
「設定? 同棲? ……ねえ、どういうこと? ミルカ、いったい……何があったの?」
「……ああもう、ややこしくなった」
ふう、と一息ついたミルカは、真剣な表情で言い切った。
「結論から言いましょう──奥様も、テオ坊ちゃんも、そしてペトラも。全員このイズミさんに助けられて生きています」
「え──!?」
「私がこうして生きているのが何よりの証拠。……話すと長くなるので、大神官様もお呼びいただけませんか?」
▲▽▲▽▲▽▲▽
「なんと……そんなことが」
「いやしかし……こうしてミルカが生きている以上、事実なのであろうな……」
イズミの前に座り、驚愕に目を見開いている壮年の男──大神官。その肩書通りちょっぴり豪華な法衣を身に纏っていて、いかにもそれらしい優しげな顔立ちをした男だ。
大神官もやはり、知らせを聞いた時は信じられない気持ちでいっぱいだったのだろう。雰囲気が別人のように変わったミルカに驚き、そして隣に控えるイズミを見てさらに驚き、驚き疲れて何もしていないのに軽く息が上がってしまっている。
「まさか、あの帰らずの森に逃げ込んでいたとは……本当に、本当に無事でよかった」
あれから、イズミとミルカは今までのことを全てこの二人に話していた。
馬車での移動中、私兵団と思われる賊に襲撃されたこと。命からがらテオと共に帰らずの森に逃げ込んだミルカが、イズミに助けられて生き延びたこと。そこから奥様達がガブラの古塔に流刑にされたことを知り、帰らずの森を突っ切って救出したこと。
森を脱出してからは、怪しまれないようにこの街に入るべく、商人として活動していたこと。最近になってようやく怪しまれない程度の知名度と実績を手に入れたから、こうして会いに来たこと……などなど。細かい話は他にもいろいろあるものの、大筋としてはそんな感じだ。
「変装していたのは、妙なトラブルに巻き込まれるのを防ぐためです。万が一、私が生きていることがバレたら何をしてくるか分かったものじゃないですし」
結局、どの人間が襲撃してきたのかはわかってないでしょうし、とミルカは続けた。
「む……確かに、未だに襲撃犯の正体は掴めていない。それどころか、ルフィアを陥れた方法すらも……」
「水の巫女が井戸に毒を入れる所を現行犯で抑えたなど……! どうしてあんなおかしな話がまかり通ったのか……!」
井戸や水源に水の巫女が毒を入れる所を現行犯で捕まえた──というのが、奥様がガブラの古塔に送られることなった罪状として公知されたものであるらしい。おそらく、意図的に病人を作って癒すことで自らの地位と権力の保持、拡充をしようとしたのではないかと、その界隈ではまことしやかに語られたとのこと。
ちょっと調べればすぐに嘘だとわかってしまう話な上、よりにもよって水の巫女が水を汚すことなんてありえないことだ。しかしながら、敵の手腕もまた見事なもので、その嘘を事実として突き通し、実際に誰の横やりも入れさせぬまま奥様を処刑することに成功している。どこかで誰かが止められるはずの杜撰なやり口のはずなのに、どういうわけか結果としてありえないことをやってのけているのである。
「しかしまぁ、何にせよ皆が生きてくれていて本当に良かった。……イズミ殿、本当にありがとう。もう、なんて礼を言えばいいか……いいや、どんな礼をもってしても全く足りないであろうが、どうか礼を言わせてほしい」
「私からも……まさか、こんな夢みたいなことがあるだなんて。正直今も、ここにいるのはミルカの妹か何かじゃないかと疑っているくらいですわ」
おそらくはすごく偉い人たちから……それも、自分よりもずいぶんと年上の人間にこんなふうに感謝されると、イズミとしてもなんだかちょっと背中がむず痒くなってくる。イズミの体感としては奥様達を助けたのはもう数か月前の話で、そしてその時に十分感謝されたのだから、こうして改めてお礼を言われるとなんだかちょっと照れくさいのだ。
「しかし、こうしてはおられませんな」
「ええ、そうですとも」
ひとしきりイズミに感謝を告げた後。婦長と大神官は、今までにない程の力強い光を目に宿していた。
「ミルカ。お前の判断は正しかった。死んだと思われていたお前が最初にこうしてこっそり私たちに会いに来てくれたおかげで……こっちとしても、ルフィアとテオを万全の態勢で迎えに行ける」
「もしそのまま巫女様と坊ちゃんがここに来ていたら……さすがにどこかで、その情報が漏れて広まるはず。いいえ、下手したらここに辿り着くことすらできなかったかもしれない」
敵の正体も勢力も不明。そして奥様は水の巫女という肩書ゆえにこの国では超が付くほどの有名人。その生存が知られれば……否、始末したはずの人間が再び現れたとなったら、敵側としては余計なことをされる前に真っ先に消しにかかるだろう。そうでなければ、今度は自分たちの首が飛びかねない。
「こちらも十分に戦力を整えたうえで、賢者殿の家に迎えに行こう。ミルカ、戻ってきて早々で申し訳ないが……案内を頼めるだろうか?」
「あー、その、それなんですけど……」
ちら、とミルカがイズミへとアイコンタクトを送る。それだけで十分であった。
「婦長さん、大神官さん……この神殿のどこかに、それなりの広さがあるスペースってあるかい? できれば人目のつかないところが理想なんだが」
「む? 神殿関係者のための地下礼拝場などはそこそこ広いが……なぜ?」
「わざわざこっちから向かう必要なんてないんだ。俺の力を使えば、奥様を直接ここに呼び出すことが出来る。場所さえあれば今すぐにでもいけるぜ」
「なんと……!?」
自称賢者な一般人であるイズミの、たった一つだけ振るえる賢者らしい異能の力。自分の家に帰るためだけの──家を呼び出すことが出来るだけの力。イズミにはそれしかできないが、それだけはできる。
「奥様もテオも、みんな俺の家にいる。俺の力は、俺の家を直接目の前に呼びだすことが出来るんだ」
「そ、そんなことが……! いや、そうか……! だから帰らずの森を踏破することもできたのか……!」
「賢者様にご厄介になってここまで旅してきたっていうのは、本当にそのままの意味だったのね……!」
「ええ。イズミさんのこの力のおかげで、迂遠ですが確実で安全な方法を取ることが出来ました」
話が決まれば後は早い。四人は婦長室を後にし、大神官の権限を持って神殿の最深部──地下礼拝場へと赴く。もちろん、移動の間も極力姿を見られないようにし、婦長は何食わぬ顔で女中たちに指示をすることで、地下礼拝場への人の動きをほぼ完全に遮断した。
「ここが地下礼拝場です」
「お、おお……! なんか、他のところ以上にひんやりしているな……!」
地下礼拝場と呼ばれたそこは、ともすれば洞窟の中と言われても信じるくらいに自然味があふれた場所であった。実際、そこは地下室のような造りをしているわけではなく、天然の洞窟をそれっぽく改造したものであるらしい。祭壇や石畳こそ見受けられるものの、そこ以外はほぼ岩肌がそのままとなっている。
そして、一番の特徴として──その祭壇は、うすぼんやりと神秘的に輝く池(?)の中にある。地底湖というほど大きいものではないが、単純な広さだけならば学校のプールの倍以上はあるだろう。この光る池が空洞のど真ん中にあるからこそ、燭台もほとんどないのに十分な明るさが確保されているのだ。
「どうだろうか、賢者殿。人目に付かない場所というのであれば、ここが一番広いのだが……」
「十分すぎるぜ」
光る池の畔。十二分に──というか、無駄に設けられているスペースに向かい、イズミは大切にしまっていた鍵を握って心の中でそれを唱えた。
──【House Slip】
「ほ……!」
「ひゃあ……!」
いたっていつも通り。何の前兆も前触れもなく、見慣れた我が家がそこに呼び出された。この神秘的な空間にはとても似合わない、ごくごく普通の田舎でよく見る二階建ての家だ。池の光を浴びてライトアップ(?)しているように見えるのがいつもと違うところだが、しかし門扉の向こうに見える干された洗濯物が、その雰囲気をぶち壊してしまっている。
そして。
「──あ」
外の様子が変わったことに気づいたのだろう。玄関の扉がガチャリと開き、サンダルを履いた──テオを抱っこした奥様が、ひょこりとその姿をのぞかせた。
「ルフィア……!」
「巫女様……!」
「大神官様……! 婦長さん……! そう、上手くいったんだね……!」
婦長は完全に泣き崩れ、大神官の目からも堪えきれなかった涙が滴る。奥様も同じように目を涙で濡らしており、何もわかっていないテオだけがいつも通りにぱあっと明るい笑顔を浮かべて手をぱたぱたと動かしていた。
「ああ、本当に……本当に、夢じゃないのだな……! ルフィア、テオ、おまえ達なんだな……!」
「ええ……! 私もテオも、こうして生きています……! 大神官様たちこそ、おかわりないようで……!」
「何を言っているんですが、巫女様ったら……! 私達なんかのことよりも、あなた様たちのことのほうが……! ああ、もっとよく顔を見せてください……!」
単純計算で、数か月ぶり。それも、既に死んだと思っていた相手との再会。自分の親世代の人間がこうもポロポロと涙を流す姿を、イズミは初めて目にした。テレビの中でそれを見たことはあっても、こうしてナマでその光景を見ると、決して画面からは伝わってこないリアルな感情がそっくりそのまま伝わってくるかのようである。
おそらく、婦長も大神官も、奥様とはあくまで神殿関係者というつながりでしかないのだろう。それでも、こうして人目も憚らず泣いているところを見れば、きっと家族と同じかそれ以上に互いに大事に思っていた関係なのだろうと想像することが出来た。
「……ひとまず、一区切りがついたってところかな?」
「ええ。これからのことも考えないといけないですが、今はこれで……」
「奥様にとっては、久しぶりの実家みたいなもんだもんな……おっと、扉を開けないと」
門扉越しに会話をする三人。婦長と大神官は、家の結界に阻まれて中に入ることが出来ない。テオを抱っこしている奥様は両手が塞がっているゆえに、その閂を開けられるのはイズミだけである。
「……ん?」
「どうしました?」
閂を開けるべく動き出したイズミは、ふと違和感を覚えた。
「いや……なんかいま、変に物音がしたというか。視界の端が、妙にブレたというか」
「……はて? そんな音、聞こえませんでしたけど」
「気のせいだな、たぶん」
光に揺らめく影と、水の音だろう──とイズミは一人で納得し、そして今度こそ閂を開けるべく門扉のそれに手をかけた。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「……いや、ドキッとしたなぁ」
神殿の外、建物裏の暗がり。一般の客はまず来ない──神殿関係者であっても見回りか何かの用事でしか訪れないような、特に特徴も無い影となったそこ。
ぐにゃりと空間がゆがむようにして、ぬうっと赤づくめの男が姿を現した。
「まさかまさか、噂の賢者様の秘密を探ろうとしていただけなのに……それ以上のものが見つかっちゃったよ。驚きすぎて一瞬魔法が乱れちゃったじゃないか」
あれ以上深入りしていたら、賢者様にはバレちゃっていたかもしれないね──と、赤づくめの男は言い訳するでもなく、おかしそうにつぶやいた。
「御子様、ずいぶんとまぁ大きくなってたねえ……賢者様のところでいい生活をしてたのかな。子供が育つのは早いというけれど、いや、実に素晴らしいことだ」
ぱちん、と赤づくめの男が指を鳴らす。
見えない炎が赤づくめの男を燃やし──否、赤づくめの男の身に纏わりついて、その姿を周りの風景と同化させていく。
「僕個人としては、賢者様とは仲良くやって……魔法談議で盛り上がったり、あのお酒を仲良く酌み交わしたかったところだけど。……さすがにこれは、黙って見過ごすことはできないよなあ。ウチのご主人様、執念深くてヒステリックだし……それに」
赤づくめの男の姿は、完全に見えなくなった。
「あれだけのお金をもらっている以上、役目はきっちりこなさないと。水の巫女様も、わざわざ戻ってきたってことは……まぁ、そういうことだろうしね」
小さな小さなつぶやき。ぞっとするほど冷たい響きをもったそれは、誰に聞かれることも無くせせらぎの音にかき消された。
「──残念だよ、本当に」




